カスレアクロニクル   作:すばみずる

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181 労りは平等にあるべきだろう!

 昼下がりの町内会館。広間には長机がロの字に組まれ、網戸越しに蝉の声が絶え間なく流れ込んでいる。天井では年季の入った扇風機が首を振り、順繰りに人々の襟元を撫でていた。

 

 上座の壁には、夏祭り打合せと筆書きされた紙が貼られている。集まっているのは商店街の店主や町内会の年配たちが二十人ばかり。その末席に、ミーシャはレヴェローズと並んで座っていた。

 

 近所の集まりがどういうものか一度見ておくといいというミトラの言と、社会科の実地兼レヴェローズのお目付というカルメリエルのGOサインの下にミーシャはこの場にいる。お目付はともかく、今日のミーシャの役目はお手伝いではなく見学だ。

 

 ボトムレスピットは商店街の組合というものに入っていて、手の空いた者が寄り合いに顔を出すのが店の決まりなのだと、ここへ来る道すがらミーシャはレヴェローズに教わった。レヴェローズはもう何度も顔を出しているらしく、広間に入るなり、あちこちから声が飛んだのには驚いた。

 

「おお、レベさん。今日はあんたかい」

 

「久しぶりだねえ。相変わらず別嬪さんだ」

 

「うむ、金物屋のご隠居も息災で何よりだ」

 

 鷹揚に頷いて返すレヴェローズは、すっかり馴染みの顔であるらしい。店で客から呼ばれているのと同じ、レベさんという呼び名がここでも通っていた。

 

 レヴェローズの登場に波打ったのも束の間。人数が揃って行われている打合せだが、その進行はのんびりとしたものだった。祭りの日取りの確認。通りのどこに何の屋台が立つか。提灯を吊るす順番。議題がひとつ進むたびに、誰かの孫の話やら腰痛の話やらが挟まって、話はころころと脇道へ逸れていく。誰も急かさないし、逸れた話が戻るのもゆっくりだ。

 

 ミーシャは膝の上で手を重ねたまま、その様子を興味深く眺めていた。会議と聞いていたからもっとお固いものだと思っていたけれど、この寄り合いはどちらかといえば、ボトムレスピットでの夜の集いに似ている。結論のないおしゃべりの合間に、時々ちゃんと物事が決まっていく。

 

「ええと、次は……ボトムレスピットさん。今年は店の方はどうするね」

 

 進行役の眼鏡の老人に水を向けられて、レヴェローズが背筋を伸ばした。懐から折り畳んだメモを取り出し広げる。ミーシャが覗き込むと、見覚えのあるミトラの字で箇条書きが並んでいた。

 

「当日は店先におもちゃの詰め合わせと菓子、それとくじのワゴンを出す。ワゴンは町内会で共用のものに空きがあればお借りしたいと言付かっている」

 

「おお、いいじゃないの。ワゴンは空きがあったかね」

 

「こないだ出ていったブティックの奴が放置されてるから、あれ持ってっていいよ」

 

 一人の老人が面白くなさそうにいう。出てった、という言葉に周囲が少し雰囲気を変えるが、眼鏡の老人が何事もなく言葉を引き継ぐ。

 

「そうだな。レベさんとこは表でおもちゃの大会はやっているから勝手は分かってるだろうけど、気をつけてやっておくれよ」

 

「ああ。店先での売り出しは初めてだが、人手も増えた故対応してみせる」

 

「ところでレベさん、あれ考えてくれた? 会報で写真載せるの」

 

「すまんが姉様共々止められた。諦めてほしい」

 

 よどみのない受け答えが続いていた。質問が飛べばメモに目を落とし、書いてあることは言い切り、決められないことは決めない。堂々として、それでいて出しゃばらない。そんなレヴェローズの横顔を、ミーシャはまじまじと見上げてしまった。

 

(意外とちゃんとしている)

 

 そうとしか思えなかった。だが実際、家での様子とはまるで異なっていたのだ。ゲーム機の前で吠え、菓子の袋を抱えて店番をさぼり、ミトラに雷を落とされている姿の方をミーシャはよほど多く見ている。それが外へ出ればこんなに立派に見えるとは。

 

 感心していると、上座の方から日に焼けた老人が身を乗り出した。組合長、と皆から呼ばれている人だ。

 

「ところでレベさん。今年はあれは出んのかね。ほれ、あの鉄の神輿」

 

 途端、広間のあちこちが色めき立った。ああ、あれは大したもんだった。うちの孫がまた見たいと聞かんのだ。今年は夏だが、あれは出るのか。口々に上がる声はどれも楽しげで、期待の色さえある。

 

 鉄の神輿。ミーシャには何のことか分からなかった。神輿というものは祭りで担ぐお社だとカルメリエルから教わったが、それが鉄でできているとはどういうことだろう。

 

 話を振られたレヴェローズに聞いてみるかと思うが、そのレヴェローズが固まっていた。

 

「そ……その件については」

 

 咳払いをひとつ挟んだ。よほど言いにくい事らしい。

 

「も、持ち帰って店長に確認の上、追って正式に回答するものとする!」

 

 妙に四角四面な口調のせいか、広間がどっと和やかに沸く。

 

「はっはっは! 頼んだよ、レベさん」

 

「相変わらず面白いねえ、あんたは」

 

「わ、笑うでない! 報告と連絡と相談は組織の基本だぞ!」

 

 レヴェローズが赤くなって言い返すほど、笑いは大きくなる。ミーシャは事情がさっぱり分からないまま、つられて小さく笑ってしまった。

 

 議題が次へ移ると、隣に座っていた小柄な老婆がミーシャの方へそっと膝を寄せてきた。

 

「そういえばあんた、レベさんとこの新しい子かい」

 

「は、はい。ミーシャと申します」

 

「まあまあ、ご丁寧に。いい子だねえ」

 

 皺だらけの手が伸びてきて、ミーシャの手に飴玉をふたつ握らせた。

 

「あ、あの、私」

 

「いいからいいから。ほら、こっちのお菓子もお食べ」

 

「お、なんぞいるかと思ったらレベさんの子かい。そうかそうか」

 

「えっ、あ、私、レヴェローズ様とは――」

 

「へぇ、こんな大きい子がいたなんてねぇ。ほらお茶飲むかい」

 

 戸惑っているうちに、今度は反対側から別の老人が個包装の煎餅を差し出してくる。それを見た向かいの席からはお茶と一緒に黒糖の掛かった豆菓子が回ってきた。押し返すのも失礼な気がするし、かといって際限なく頂くのも図々しい気がする。正解の分からないままミーシャがおろおろしていると、レヴェローズが横から笑った。

 

「貰っておけ、ミーシャ。皆の善意だ。ありがたく受け取るのも礼儀のうちだぞ」

 

「そうそう。レベさんもほら、あんたの分」

 

「うむ! ありがたいな!」

 

 レヴェローズは差し出された飴を実に誇らしげに受け取った。

 

 その様子にミーシャは気付いてしまった。老婆がレヴェローズに飴を握らせる手つきは、ミーシャにしたのと寸分違わず同じである。つまりこの場において、レヴェローズも自分と同じように子供として可愛がられているのではないだろうか。

 

 当の本人は堂々と胸を張って飴の包みを剥いている。気付いている様子はまるでない。

 

 ミーシャは口元に上りかけたものを飲み込んで、曖昧に微笑んでおいた。世の中には、言わない方がよい親切もあると思う。

 

 

 *

 

 

 打合せが終わる頃には、ミーシャの膝の前には飴と煎餅と豆菓子の小さな山ができていた。

 

 それを崩す間もなく夕方になると、寄り合いの面々はそのまま通りへ出て、商店街の定期清掃に移った。

 

 これも組合の決まりごとだという。竹箒とちりとりが人数分持ち出され、めいめいに受け持ちの区画へ散っていく。西日はまだ暑いが、アーケードの影は少しずつ長くなり始めていた。

 

「ミーシャは無理せんでいいぞ。見学の続きでも構わん」

 

「いえ。掃除ならお店で教わりましたから」

 

 ミーシャは竹箒を借り受けて、通りの端から掃き始めた。

 

 埃は風下へ。掃き溜めは小さくまとめてから取る。人の足元や店の前は断ってから。この数日、店の手伝いでやっていることと同じだ。しかもここには、掃いた先へ先へと回り込んでくる大穴がいない。あの子の相手で鍛えられたせいか、ただ掃くだけの掃除がずいぶん簡単に思えた。

 

「おやまあ、あんた上手だねえ」

 

「ほんとだ。腰が入ってら」

 

「レベさんのはいい子に育ったねえ」

 

 通りがかる老人たちが足を止めては褒めてくれる。それ自体はくすぐったくも嬉しかったのだが、褒め言葉には決まって飴が一粒ついてきた。ポケットはとうに一杯である。両手で受けるにも箒がある。

 

 見かねたのか、世話役の婦人が売り物の余りだという小さな紙袋を持ってきてくれた。

 

「ほら、こっちに入れておきな。悪いねえ、みんな子供と見るや甘やかしたがって」

 

「い、いえそんな……ありがとうございます」

 

 素直に頭を下げて、ミーシャは菓子の山を袋へ移す。レヴェローズも貰っていたがどうしているのだろうと様子を探すと、通りの向こうでなにやら盛り上がっていた。

 

「そら、追加のゴミだ。こちらに載せるぞ」

 

「レベさん! こっちの蓋上げられるかい?」

 

「任せるがいい。そら、軽いものよ」

 

 口の縛られたゴミ袋を左右の手に二つ持って涼しい顔で集積所へ運んだかと思えば、二人がかりで持ち上げるものだろう側溝の蓋をひょいと片手で外してみせている。蓋の下に溜まった泥をさらう間、周りの老人たちは腰を伸ばして休んでいればいい。

 

「レベさんがいると早いわあ」

 

「ほんに、頼りになるねえ」

 

「ふはは、任せておけ! この程度造作もない!」

 

 夕日を受けて立つその姿は、店で見るより数割増しで格好良く見えた。困っている人の間へ迷いなく入っていき、重いものを引き受けて、恩に着せもしない。ああいうところは真っ当に尊敬出来る。

 

 レヴェローズが得意げに胸を張った、その時だった。

 

「はいレベさん、手が止まってるよ。蓋が無いところの泥が溜まってるからね」

 

「む、むう。今やるところだったのだ」

 

 世話役の婦人にぴしゃりと言われて、姉貴分は肩をすぼめて泥さらいに戻っていった。やはり彼女はレヴェローズなのだと思い出し、ミーシャは箒を動かしながら俯いて笑いを堪えた。

 

 清掃が終わったのは、空の端が赤く染まりきった頃だった。道具を返しに集まった参加者へ、世話役が小さな紙片を一枚ずつ配っていく。

 

「はいよ、お疲れ様」

 

 ミーシャの手にも一枚渡された。入浴券、と印刷されている。読めはしたが、意味が分からない。掃除のお給金なのだろうか。それにしては受け取るものや遠慮しているものも様々だ。

 

「レヴェローズ様、これは」

 

「ふふ。それはな、ミーシャ」

 

 レヴェローズは自分の券を摘んで、にやりと笑った。

 

「労働の後の楽しみ、というやつだ。付いてくるがいい」

 

 

 

 *

 

 

 

 連れて来られたのは、商店街の端にある古い建物だった。

 

 瓦屋根の上に、細く高い煙突が立っている。夕空を背にしたその煙突から、うっすらと湯気らしきものが上っていた。軒先には藍色の暖簾が掛かり、ゆ、と一文字だけ染め抜かれている。

 

「銭湯だ。公衆浴場というやつだな。町の皆で入る、大きな風呂だ」

 

「みんなで入る、お風呂……」

 

 レヴェローズに促されるまま下駄箱に靴を預けて、女湯の暖簾をくぐる。

 

 脱衣所で服を籠に納め磨りガラスの引き戸を開けた瞬間、ミーシャは立ち尽くした。

 

 湯気の向こうに、広間のような洗い場があった。鏡と蛇口が壁沿いにずらりと並び、その奥には大人が何人も並んで浸かれる大きな浴槽が湯を湛えている。壁の一面には裾野を広げた大きな山の絵が描かれ、湯気の中に悠々と聳えていた。

 

「わ……わあ……」

 

 葬送外野(ヘルヘイム)にいた頃、体を清めるといえば濡らした布で拭うことだった。井戸の水は多くないし、湯はもっと貴重だ。ボトムレスピットへ来て小さな浴槽に毎日お湯を張ってもらえるだけでも夢のような暮らしだと思っていたのに、ここでは泳げそうなほどの湯が惜しげもなく張られている。

 

「すごい……これだけのお湯を……」

 

 どれだけの燃料が、と言いかけてはっと口をつぐんだ。またこちらの様子を知らない言葉が出そうになっていた。慌てて見上げると、レヴェローズは笑って頷いた。

 

「息を呑む気持ちもわかる。まぁ今は何も考えず、楽しむがいい」

 

「はっ、はい!」

 

 思いの外大きく出た声のせいか、早く早くと気を急かしながらミーシャは足を踏み出した。途端、濡れたタイルの上でつるりと足が滑る。

 

「わっ……」

 

「おっと」

 

 傾いだ体を、伸びてきた腕が難なく受け止めた。

 

「浴場で駆けるんじゃない。床が濡れて滑るからな」

 

「は、はい。すみません」

 

 かぁ、と顔が赤くなるのはもう慣れてしまった。支え起こされてから、今度こそゆっくりと歩く。二人並んで鏡の前の腰掛けに座り、桶と石鹸を借りて体を洗っていく。

 

 レヴェローズは慣れた手つきで蛇口を操り、ミーシャの長い髪を後ろから洗ってくれた。頭皮を揉む指の力加減は先ほど力仕事をしていたとは思えないほど絶妙で、少し強いくらいの手付きがミーシャには心地良かった。

 

「長い髪は洗い甲斐があるな。よし、流すぞ」

 

 泡を流し体を清め終えて、いよいよ浴槽である。教わった通りに掛け湯をして、そろそろと爪先から沈める。少し熱めの湯が、足首、膝、腰と順に包んでいく。肩まで浸かると、今日一日の疲れが湯に溶け出していくのが分かった。

 

「ふう……」

 

「むぅ……良い声が出たな。年寄りのような声だぞ」

 

「レヴェローズ様も出ていましたよ」

 

「こればかりは仕方がない」

 

 くつくつと互いに笑い合う。レヴェローズの気もだいぶ緩んでいるようだ。

 

 夕暮れ時の女湯には、先客がちらほらといた。湯に浸かる人、髪を洗う人。その視線が、時折こちらへ向くのをミーシャは感じた。

 

 正確にはこちらの胸元へ、である。

 

 湯に浸かって並んでみるとよく分かる。この浴場の中で、自分とレヴェローズの二人は特段に胸が大きい。しかもレヴェローズは堂々と胸を張って浸かっているものだから余計に人目を引く。

 

 またも頬が熱くなる。それは湯のせいばかりではなかった。注目を集めるのはやはり恥ずかしい。それでも、俯きたくなるほどではなかった。どんな風に見られても、これが自分なのだ。そう母に言い切れたことは、嘘にしたくない。

 

 ミーシャは背筋を伸ばして、壁の山の絵を見上げた。

 

「あの山は、どこかにあるものなんでしょうか」

 

「富士山とか言うものだ。この国で一番高い山だと契約者が言っていた。いつか皆で見に行くのも良いな」

 

「はい。行ってみたいです」

 

 言葉を交わしていると、ふいに隣から視線を感じた。レヴェローズがミーシャをじっと見つめているのだ。

 

「ほう。ミーシャ、お前の乳も水に浮くのだな」

 

「ふえ?」

 

「どれ」

 

「ひゃうっ!? レ、レヴェローズ様っ、ちょっと!?」

 

 湯の中で気安く揉んでくる手を、ミーシャは慌てて押さえ込んだ。先客の視線がまた集まってくる。レヴェローズは悪びれもせず良い柔らかさだだと一人で頷いていた。この方は外ではあんなに凛々しいのに、どうしてこうなのだろう。

 

 そんな一幕を挟みつつ、二人でのんびりと湯に浸かった。

 

 気付けば視界の端がぼんやりと滲み、耳の奥で自分の鼓動がやけに大きく聞こえている。

 

「レヴェローズ様……なんだか、くらくらします……」

 

「む。少しのぼせたか。ほれ、掴まれ」

 

 湯から引き上げられ、かるく羽織ってから脱衣所の長椅子に座らされる。年代物らしい送風機が火照った肌に風を送ってくれる。

 

 身体を委ねているとレヴェローズがどこからか瓶を二本買ってきていた。一本は白地に果物の絵、もう一本は茶色の液体が満ちている。

 

「ほれ、フルーツ牛乳だ。風呂上がりは牛乳と決まっているらしい」

 

「いただきます……あ、冷たくて、おいしい」

 

「待て待て、飲み方があるのだ。こうして腰に手を当ててだな、ぐっと呷るのが流儀だ。契約者に教わった」

 

 レヴェローズは片手を腰に当て、コーヒー牛乳の瓶を天井へ向けて掲げてみせる。ミーシャも倣って腰に手を当てた。甘くて冷たいものが、火照った体の真ん中を通っていく。

 

 二本の瓶が空になる頃には、くらくらはだいぶ治まっていた。それでも体の芯はまだ湯の名残でぽかぽかと重い。一日ぶんの疲れも、今頃になって足に絡みついてくる。

 

「うん。では帰るか」

 

「はいっ」

 

 互いに持ち物を確認しあい、菓子の袋を抱え直してミーシャはレヴェローズと連れ立って暖簾をくぐった。

 

 外はもう夜の入り口だった。昼間の熱を残した風が湯上がりの肌には却って心地よい。

 

 その街灯の下に、見慣れた姿が立っていた。

 

「よう。長風呂だったな」

 

「……お父様?」

 

 シラベだった。ポケットに手を突っ込んだまま、ひらりと片手を挙げてみせる。

 

「契約者! どうしてここに?」

 

「掃除の後は入浴券配るのは俺も知ってたからな。ほら、帰るぞ。……っと」

 

 歩き出そうとして、ミーシャの足がふらりと泳いだ。のぼせの名残と、一日の疲れが膝から力を抜いていく。倒れる前にシラベの手が肩を支えた。

 

「大丈夫か」

 

「は、はい、平気です。なんともないですから」

 

「ん。じゃあ、まずそれ寄越せ」

 

 シラベはミーシャの手から菓子の袋を取り上げた。中を覗いてから、町内会は相変わらずだなと軽く呟いたのがミーシャの耳に聞こえた。

 

「お、おばあ様たちが、その、次々と……」

 

「だろうな。まぁ帰ってからゆっくり食べな」

 

 袋を自分の肘に掛けると、シラベは断りもなく身を屈めてミーシャの背と膝裏へ腕を回した。ふわりと視界が高くなる。抱き上げられたのだと理解が追いついたのは、一呼吸あとだった。

 

「わっ、わ。お、お父様、私、歩けます」

 

「無理すんな」

 

 それだけ言って、シラベは歩き出した。

 

「あーっ! ずるいぞミーシャ! 契約者よ、私も疲れた! 私にはおんぶをしろ!」

 

「どこからどう見てもピンピンしてるだろ、お前は」

 

「労りは平等にあるべきだろう! おい! 無視をするな!」

 

 背後で騒ぐレヴェローズを置き去りに、シラベの歩みは揺るがない。ミーシャの位置からは往来を行く人がちらほらと見えた。すれ違う誰かにこの格好を見られている。それを思うと、顔から今日何度目かの火が出そうになる。

 

 でも。服越しにシラベの体温と規則正しい足取りが伝わってくる。菓子の袋を提げて、娘を抱えて夜道を帰る父親。傍からは本当の親子に見えているかもしれない。

 

 恥ずかしさと嬉しさをひとしきり天秤に掛けてから、ミーシャはそっと目を閉じてシラベに頬を寄せた。湯上がりよりも少しあたたかい帰り道を、揺られながら甘えて帰るくらいは、今日一日がんばった娘としての褒賞ということにしておこう。




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