シャッターを下ろした後のボトムレスピットの一階には、営業中に気持ち強めに掛けている冷房の名残がまだ残っていた。
明かりを半分落とした対戦スペースの長机を、店に住む全員で囲んでいる。月に一度あるかないかの、経営会議だか営業会議だかと呼ばれるものだ。名前が揺れる程度には緩い集まりだが、店の予定はだいたいここで決まる。
「それでは、始めますわ。まずは駄菓子コーナーの売れ行きから」
ホワイトボードの前に立ったカルメリエルがバインダーを開きながら言う。長机にも同じような資料が刷って配られているのだから、進行役の仕事ぶりだけは立派で店の規模と比べるとちぐはぐだ。コレの為にわざわざコンビニで印刷しているというのだから律儀というべきか勿体ないと苦言を呈するべきか。
シラベは手元の資料へ目を落とす。その視界の下半分は、小さな後頭部で塞がれていた。シラベの膝の上には定位置とばかりにミトラが収まっている。冬の会議で定着した特等席は、冷房の効く一階でなら夏でも営業中らしい。
文句を言ったところで降りないのは知っているので、シラベは資料を持つ腕ごとミトラを腹の前に抱え込むことにしていた。
長机の向こうではミーシャが背筋を伸ばして座っている。膝には大穴が丸くなり、資料は両手で捧げ持つように持たれていた。これまでは横で話を聞いているだけだったのが、店番を始めてからは初めての会議である。本人の中では大出世なのだろう、紙を一枚めくるだけでもいちいち真剣だった。
「試験運用という形でしたが、好調ですわ。夏休みに入ってから子供のお客様の来店が目に見えて増えております。カードプレイヤーのお客様も、手を汚さない菓子は歓迎されております」
「置いた甲斐があったわね。店で買ったものなら食べてもOKってしたけど、持ち込みもありにする?」
「それやるとヒナタが何持ち込むか分からねえぞ」
「そうだったわね。まったく」
ミトラが膝の上で肩を落とす。
「確認事項として、駄菓子の仕入れに対して在庫の減りが一割ほど計算に合いませんが。──レヴェローズ」
「うむ。品質の確認は毎日欠かしておらんぞ。今のところ全て美味い」
当のレヴェローズは資料を団扇代わりに扇ぎながら、誇らしげに答えた。商品のつまみ食いをしておいてどうしてそんな偉そうに出来るのかシラベは理解に苦しむ。
「検品は立派な仕事ではないか。なぁ契約者」
「ただのつまみ食いを検品って言わねえんだよ」
「ご心配なく。愚妹の消費分は給金から差し引いておりますわ」
「なに!? わ、私は仕事としてだなぁ!?」
「出来た姉がいて良かったわね。正確な数が分からなかったら小遣いフルカットにするところだったわ」
騒ぐレヴェローズを全員で聞き流し、議題は次へ進んだ。
「続いて、先日の児童向けおもちゃ大会とカードイベントの所感ですわ」
カルメリエルが資料のページを指で示す。おもちゃ大会は盛況で、参加賞が危うく底を突きかけたらしい。
「最近のブームは分かりづらくて困るわ。とりあえず次は多めに用意しておくしかないか」
「既に済ませてありますの。カードの店舗大会も、夏休みに入って昼の部の参加が増えております。四国無双の卓に至っては、常連の皆様が勝手に立てて勝手に賑わっておりますし」
「あれ、私も混ざりたいのよね。最近全然出られてないし」
「やめとけやめとけ。ガキに負かされたからっていちゃもん付けて来る奴がいないとも限らねえんだから」
ミトラが不満げに鼻を鳴らした。店舗経営に向き合うようになってから大会に出る回数を減らしているのは感心だが、遊び足りていないのも本音らしい。
「ミトラ様はご自重なさるがよろしいかと。ああ、それと。議題と言うほどではありませんけれど」
カルメリエルがバインダーを胸に当て、微笑みをミーシャへ向けた。
「ミーシャさん。お手伝いを始めてから、そろそろ日も経ちましたわね。働いてみていかがですの? 困っていること、疲れること、何でも構いませんわ」
「はいっ!」
「んんな」
水を向けられたミーシャは、資料と大穴を素早く机に置いて立ち上がった。立たなくていいのよ、とミトラが言うより早く口が動き出す。
「えっと……疲れはありません! 掃除も、レジの袋詰めとか、打ち方とかも皆さんが教えてくださるので……その、毎日、楽しく頑張れています!」
働かされているというより、働けるのが嬉しくて仕方がないという顔だった。無理をしているようなら止めるつもりで見てきたが今のところその気配はない。
「ありがとうございます、ミーシャさん。この場でなくても。何かあればいつでも言ってくださいまし」
「にゃ」
カルメリエルが柔らかく受けて、ミーシャは照れたように座り直した。机に乗せられた大穴が労うつもりなのか短く鳴く。
こほん、と切り替えの素振りを見せてから、カルメリエルはぐるりと全員へ顔を向ける。
「では、本日の本題ですわ。夏祭りの出店について」
シラベは資料へ視線を戻した。ページをめくると、店先に出すワゴンの図と品目の一覧が並んでいる。
「おもちゃの詰め合わせと駄菓子の選定は、概ね進んでおりますわ。残っているのは、くじ引きの景品ですの」
「くじがなぁ」
景品の欄はまだ白い。シラベは資料を眺めて口を開いた。
「うちらしくカード関係で固めるって手もあるが……祭りのくじを引くのは、常連よりか通りすがりの客が大半だろ。エインヘリヤル・クロニクル以外のタイトルにも人気のやつはあるし、そもそもカードに興味のない子がパックを当てても嬉しくねえよな」
「かと言っておもちゃで固めますと、上の賞の単価が嵩みますわね」
「菓子はどうだ。菓子なら誰に当たっても外れがないぞ」
「あんたが食べたいだけでしょ。詰め合わせで出すのに、くじまで菓子にするのはちょっとね。ああでも、低い賞ならそれでもいいか」
おもちゃか、カードか、菓子か。議論が一回りしかけたところで、遠慮がちにミーシャの手が挙がる。
「あの……当たった人が、景品を選べるようにはできないんでしょうか。私、前にお使いの帰りに見かけたクレーンゲームがそういうものだったので」
「えっ。クレーンゲームって今そういうのあるの? 景品掴んで取るもんじゃない?」
「外遊びしねえもんな店長は。場所によるけど、玉をすくってカップやたこ焼き器みたいな受け皿に入れるのはそういう景品選ぶタイプもある。……なんだミーシャ、そういうのに小遣い使ってるのか?」
「あっ、いやっ、その。……ま、前に才能あるって言われたのが嬉しくて、つい……」
ミーシャは顔を赤らめてごにょごにょ言い始める。以前プライズ品を取ってきたのは知っていたが、それ以降も挑戦しているとは思わなかった。プライズ品が増えていないため気付かなかったのだが、ということはそういうことなのだろう。
別に何に金を使おうと咎めるつもりはないのだが、本人的には釣果の伴わない遊びを指摘されたのが恥ずかしかったらしい。
「等級ごとに棚を分けて、同じ賞の中から選んでいただく形ですわね。それならどんなお客様が引いても収まりが付きますわ。検討の価値はあるかと」
カルメリエルがバインダーへ流麗にメモを取る。ミーシャは自分の案が取り上げられたことにぱちぱちと瞬きをしてから、じわじわと嬉しそうな顔になった。
「そうだ。当日の営業だけれど」
ミトラがシラベの膝の上から口を開いた。
「店はほとんど閉めるわ。店内は在庫整理の札でも下げて、表のワゴンだけ。だから全員ずっと働く必要もないの。店先に立つのは常時二人。交代交代で、残りは祭りを見てくる。それでいいでしょ」
「学園祭みたいなノリで大丈夫かよ」
「うちはメインの通りに面してる店でもないし、飲食も出さないから平気よ。きっと」
「だといいがな」
シラベのツッコミには取り合わず、ミトラは長机の向こうへ顔を向けた。
「あ、ミーシャは店番に入らなくていいわよ」
「えっ」
名指しされたミーシャが顔を上げた。
「わ、私もお手伝いします。店員、ですから」
「いいの。せっかく初めてのお祭りなんだから、朝から遊んできなさい」
ミトラの言い方は軽かったが、ミーシャの顔には迷いのようなものが見える。ありがとうございます、とは言うものの力があまり籠っていない。
その表情を、役に立ちたい気持ちと一人だけ甘やかされることへの座りの悪さがせめぎ合っているのだとシラベは読み取った。良く出来た子であるが、そういう娘だからこそ報いてやりたいと思うとひと手間が掛かってくる。
「その代わりに、祭りまでの普段の仕事をちょっと多めにやってもらおうか。バックヤード廻りが最近手を付けられてないから、物の場所を覚えながら掃除していく流れで」
「……! はい、任せてくださいっ」
途端、ミーシャの顔から迷いが消えた。豊かな胸を張り、鼻息まで聞こえてきそうな勢いで頷いてくる。本人の中ではきっちり折り合いが付いたらしい。
「ちょっと」
膝の上のミトラが首を捻り、咎める目でシラベを見上げてきた。そうやって仕事を押し付けるのはどうなのかと言いたいのだろう。シラベはミトラの耳元へ顔を寄せ、声を落とした。
「誰かが働いてるのに遊んでいいって言われる方が気が引けるってやつもいるんだよ」
「ぅ…………」
「働いてもらった分、祭りの日に渡す小遣いを増やしてやりゃいい。本人はまた恐縮するかもだが、祭りでぱーっと使っちまうだろうしとんとんだろ」
囁くたび、膝の上の小さな体がぴくんと跳ねた。ミトラは神妙な顔で頷きつつも、座り直すふりをして腰をもぞもぞと擦り付けながら上目遣いに耳打ちし返してきた。
「……もうちょっとだけ耳元で囁いてもらっていい? これ結構好きかも」
「アホ」
軽い手刀を頭に落とす。大して痛くもないだろうにミトラは大袈裟に首をすくめてみせてから、報復とばかりに後頭部を胸へぐりぐりと押し付けてくる。
「はいはい。いちゃつくのはその辺にしていただいて」
カルメリエルが手を打ち、じゃれ合いを見慣れた顔で流して場を仕切り直した。バインダーの最後のページが開かれる。
「それでは、最後の議題ですわ。夏祭りの新たな目玉について──皆様、こちらの設計案を」
「ダメ」
「ダメだ」
「ダメだぞ」
「なぅ」
資料が掲げられるより早く、店長と店員と居候と猫の声が重なった。ミーシャだけがきょとんと全員の顔を見比べている。
「……まだ何も申し上げておりませんのに」
「言わなくても分かる。装甲車と光線兵器の次はなんだ、航空爆撃機か」
「あら。ご明察ですわ」
動じた様子もなく、カルメリエルは微笑んだままバインダーの紙を抜き全員に見えるよう突き出してくる。神輿の屋根から生えた四枚の翼らしきものが描かれている。
「仮称『フライング神輿』。担ぎ手の負担も夏の熱の問題も一挙に解決する、画期的な祭具ですわ」
「航空法って知ってる?」
「存じ上げております。ですがこういったものは何事も例外があると思っておりまして……」
「例外規定がある限り不正を働く奴が出てくるってマジなんだな」
そこから独自の法解釈を展開するカルメリエルに対して正論パンチをするレイドバトルを行ってしまったのは、ミーシャの教育には少し良くなかったかもしれない。