頬に押し当てられているやわらかいものの正体も、この後どの順番でどこをつつかれるのかも、ミーシャは目を開ける前から知っていた。
「……おはようございます、大穴さん」
「んなん」
挨拶を済ませてから耳を澄ます。やはりというべきか、階下からはレヴェローズが元気よく神輿は任せろと言っているのが聞こえてきた。
ミーシャは自分の体を見る。あの山の木陰で膝から力が抜けたあの時、着ていたはずの浴衣はどこにもなく、体は寝間着に包まれて布団に収まっている。
眠った覚えは無かったが、あのどうしようもない状況に卒倒した自分に対してまたあの声がやり直させてくれたのだと、そう理解するしかない。
ミーシャは起き上がろうとして、やめた。代わりに胸の上の黒いかたまりへ両腕を回す。
「少しだけ、このままでいてくださいね。考え事をしますので」
「んぐるんる」
起こす役目を終えた猫は寝転んだままのミーシャを咎めたりせず、素直に腕の中へ収まって撫でる手のひらの下で喉を鳴らし始めた。温かい重みを抱えていると、頭の中が少しずつ静かになっていく。
まず、呼び名を決めようと思った。
キリメとクモンが喧嘩をして、離れ離れになってしまったお祭りが『一回目』。二人に会わないと決めて、二人が警察の人に連れて行かれてしまったお祭りが『二回目』。そして今日が『三回目』。
『一回目』の終わり際。やり直したいか問う声にミーシャが応じたことで『二回目』が始まった。『二回目』の終わりにその問答が無かったのは、自分がそれどころではなかったから勝手に行われたのか。捕まる云々を聞いて頭が真っ白になってしまった自分のせいで、どういう事態だったのかがうまく分からないため、ここは一旦置いておくしかない。
分かっていることを、順番に並べていく。
あの二人を今日という日にそのままにしておくと──細かい仕組みはミーシャにはよく分からないなりに──警察のご厄介になってしまうらしい。それが『二回目』で分かったことだ。
それは考えようによっては、自分には関わりのないことのはずだった。『二回目』の自分は、二人に会ってすらいない。会わずにいて誰がどうなったとしても、それはミーシャのせいではない。理屈の上では、そうなる。
「……ダメ」
布団の中で、ミーシャはゆっくりと首を振った。
理屈はそうでも、駄目だった。クモンは初めてのお使いの日に出会って、一日案内をして遊んでくれた。キリメは店で会うたび声を掛けてくれている。友達、と呼んでいいはずだと、ミーシャは思っている。その二人が大変なことになると知っていて、知らないふりをして今日をまた過ごす。そんな自分は、想像するだけで嫌だった。
だから、どうにかしたい。やり直した自分がどうにかする。それは決まった。
問題は、何をするか、だった。
『一回目』のようにそばに居れば喧嘩になり、『二回目』のように離れればもっと悪いことになった。近くても遠くても駄目となると、一体どうすればいいのかミーシャには見当が付かない。こうして考えている間にも、時間は勝手に進んでいってしまうのに。
人の気持ちのことは、正直、よく分からない。嬉しいとか哀しいとかはもちろん分かる。でも、キリメとクモンの二人の間にあるものは……そういうものとは違うのだと、分からないなりにミーシャも気付いていた。
読み書きや地理歴史なら教わった分だけ頭に入るけれど、こんな状況は教わったどの科目にも載っていなかった。
だとしたら、だ。分からないことは、分かる人に聞く。それは勉強で一番最初に教わったことだ。
ただ、シラベもミトラも今日はお店で忙しい。レヴェローズやカルメリエルと交代すると言ってはいたが、『二回目』ではレヴェローズが何か機械の回収を行っていたし、『一回目』の終わり際にはカルメリエルも妙な様子だった。
キリメとクモンを助けたいというのは自分のわがままだ。それをなんとかしたいと忙しく働く家族に頼めば、きっと優しい家族たちは頑張って考えてくれる。自分の言葉のせいで頑張らせてしまうと思うと、それはひどく気が引ける。
それに、自分でもよく分かっていないこの状況を信じてもらえなかった時のことを思うと、打ち明けるのはまだ少しだけ怖かった。
家族ではない大人で、知恵があって、話を聞いてくれそうな人。
思い浮かんだ顔は、一つだけあった。
「……大穴さん、ありがとうございます。考えがまとまりました」
「なぁぅん」
抱えていた黒いかたまりを持ち上げて、布団の温みが残る場所へそっと下ろす。不満げなひと鳴きはあったものの、大穴は下ろされた先の温みをひと通り検分すると、そのまま丸くなり直した。
部屋の隅、着替えを置いている棚の下に、菓子の空き缶がひとつ仕舞ってある。中身を家族で食べ終えたあと、絵柄が綺麗だからと貰った四角い缶だ。ミーシャはそこを自分にとって大切な宝物の置き場所と決めている。
蓋を開ける。クモンと遊んだ日に初めて自分の手で取ったマスコット。初めての銭湯で飲んだ飲み物の瓶の蓋。ゲームセンターで拾ったコインが数枚。綺麗な小石。その下から、一枚の固い紙を取り出した。
名刺というものだ。表には飾り文字で書かれた紋のようなものが少し大きく描かれており、その下に名前や役職というものがあるがミーシャにはまだ半分も読めない。けれど裏を見ると、そこには走り書きされた数字の並びがある。
──困ったことがあれば、いつでも連絡してくれ。
あの人が正式に名乗ってくれた日、帰り際にそう言って握らされたものだ。裏の数字は直通電話だよと教わっていた。
正直に言えば、気が引ける。あの人との間には距離があるというか、距離を置いておきたいのが本音だ。変な人であることもたぶん間違いない。
それでも。今の自分が頼れる大人の中で、一番頼りになるのはあの人のような気がした。
ミーシャは名刺を握って立ち上がる。考えるのに使った分と、これから電話をするのに使う分。これらの時間を今から取り返さなくてはいけない。
部屋を出てすぐ、階段へ向かいかけた足が止まった。シラベの部屋の戸が開いていて、畳の上に藍色が広げられているのが見えたからだ。かたわらに膝を突いたカルメリエルが、袖の畳み皺を手のひらで伸ばしている。
仕立て直したということだから、それの最終確認中といったところなのだろうか。ともあれ、これで一つ時間の短縮が出来る。
「カルメリエル様、おはようございます!」
「あら。おはようござ──」
「仕立て直してくださりありがとうございます。今日は自分で着てみます!」
「…………はい?」
いつも先の先まで読んでいるはずの人の声が、珍しく困惑一色に染まる。ミーシャは返事を待たずに部屋へ入り、寝間着を全て脱いで準備に取り掛かる。
「さらしはこちらですね、お借りします」
「え、ええ。それは構いませんけれど……ミーシャさん、お聞きになっていたんですか? それに着付けのやり方は……」
「大丈夫です、お母様から聞きました!」
惚けながらも素肌に布地を当てていく。さらしは思ったより素直に巻けた。巻かれるのを二度も経験していれば、順番は頭に入っている。最初のひと巻きの端さえ挟んで留めてしまえば、あとは簡単なものだ。
浴衣もこの短い期間でカルメリエルの手本を二回も見せてもらったのだ。真似するには十分な経験を得ている。
袖を通し、腰で丈を取り、襟を合わせる。カルメリエルの手の動きを思い出しながらなぞっていくと、形は自然とそれらしくなった。
「まぁ。まぁ、まぁ」
カルメリエルは途中から止めるのを諦めたらしく、頬に手を当てて、感心とも困惑ともつかない声を漏らしている。ミーシャが頭を下げて部屋を出ようとしたところで、袖だけがすっと伸びてきた。
「お待ちになって。……はい、失礼しますね」
帯がひと引きで締め直され、二本の指が襟元を滑って整えていく。たったそれだけで、着ているものが急に体へ馴染んだ。
驚かせてやった、とどこかで得意になっていた心が、かぁっと熱を持つ。やっぱりこの人にはどこか敵わない。
「行ってらっしゃいまし。ふふ……何がなにやら、分かりませんけれど」
「ありがとうございます!」
巾着を受け取ってからミーシャは一礼して、階段を駆け下りた。
一階は三度目の忙しさの中にある。棚がずらされ、長机に菓子とおもちゃが積み上がり、シラベが荷を抱えて出入口との間を行き来している。
下駄が置かれているのは知っているが、敢えてその隣に置かれたサンダルに足を通す。これから忙しくなるはずなのだから、履き慣れたこちらの方がずっといい。
「おはようございます!」
「お……おう?」
振り向いたシラベの動きがそこで止まった。カウンターの内側ではミトラの手から鉛筆が落ちかけている。その目が、ミーシャの裾から襟元までを何度も往復した。
「あんた、それ」
「お母様、ありがとうございます! あの、とても大事に着ます!」
勢い任せの答えを投げ付けつつ、ミーシャは長机の端に置かれた朝食へ向かう。取り分けられたパンと卵焼きを前に少し迷い、卵焼きをパンに挟んで即興のサンドイッチを作る。
挟んだパンを頬張りながらバックヤードへ入り、シラベが必要とするはずのビニール紐の箱とレジ袋の束を両手に抱えて戻る。
「むぐっ、むぐぅ……ごくんっ。お父様。ビニール紐とレジ袋の予備、ここに置いておきますね!」
「…………ちょうど後で探すつもりだったやつだ。なんで分かった」
「そんな気がしたので!」
シラベの眉が困った形に寄ったが、言葉を待っている時間は無い。次だ。
ミーシャは周囲に目をやって、クーラーボックスを見つける。中に入れる予定の飲み物も段ボール詰めで脇に積まれていた。
「これ、レヴェローズ様たちへの差し入れですよね」
「え、ええ。そうだけど……」
ミトラの反応よりも早く、ボックスを開け、段ボールの封を切る。氷が既に入っていたのは幸いだった。記憶にあった分だけ素早く詰め込んでいく。
ついでにカウンターの端からメモ用の紙を数枚と値札書きに使う太い黒のペンを拝借して帯の内へ挟む。
「じゃ、行ってきます!」
「ちょっと、ミーシャ!?」
ミトラの声が困惑と心配の混ざったものだとミーシャも分かっているが、今ばかりは立ち止まれない。言い切ってからクーラーボックスを揺らさないよう気を付けつつ、ミーシャは店を飛び出した。
朝の通りはまだ祭りの支度の途中だった。提灯の連なりの下を、ミーシャはクーラーボックスを抱えて駆けていく。浴衣の裾は思ったより足に絡んだが、走れないことはない。すれ違う人が二度見をしてくるのは少し恥ずかしかったものの、気にするよりも足が動く方が早い。
あっという間に到着した会館の脇、日陰になった角。鉄の神輿が今日一日を過ごすことになる場所にはまだ誰もいなかった。耳を澄ませば、通りのずっと向こうから、聞き覚えのある掛け声と台車の音がかすかに届いてくる。
あと少しで行列はここへ着くだろう。大変な仕事をした彼らに水分補給は必須だが、そこにミーシャはいなくても大丈夫だ。
ミーシャは箱を角の一番涼しいところへ据えると、帯の内から紙とペンを取り出した。ボックスの上で紙を伸ばし、一文字ずつ、丁寧に書く。
「さしいれです ボトムレスピット」
少しがたつく箱の上で書いたのを差し引いても、我ながらたどたどしい字だ。それでも読めるなら良しとする。紙を蓋の上へ載せ、風で飛ばないように石を上に置いておく。
本当なら、今からここに来る彼らとの交流がある時間だ。レヴェローズの嬉しそうな顔や、おばあさんたちの皺だらけの手を思い出すと少し寂しかったものの、今日のミーシャにはその時間で買いたいものがある。
掛け声が近付いてくる前に、ミーシャは角を離れた。
店の前まで戻ると、店先から両親の声がした。ミーシャは咄嗟に建物の際へ身を寄せる。
「……なあ。今日のミーシャ、なんか変じゃなかったか」
「そうねぇ」
「そうねぇって、それだけか?」
「変っていうか……まぁ、ミーシャの事だから、悪いことしてる訳じゃないでしょ。それより手、動かして。開店まで時間ないわよ」
「へいへい」
二人の言葉に、ミーシャの胸の奥がちくりと痛む。良くない想像をされるよりはずっといい。だが、その信用を楯に取って動いている自分が、少し後ろめたかった。
全て終わったら、きちんと説明します。お詫びの言葉を心の中で唱えながら、ミーシャは店の裏口へと回った。
今日のバックヤードには誰も来ない。在庫はあらかた表へ出てしまったし、店内は閉めたままだからだ。
カウンターの電話は親機という大きなものと、持ち運べる子機というものがあることをミーシャは勉強していた。ミトラが長電話の時、子機だけを持ってうろうろと歩き回るのを何度も見て覚えている。
お借りします、と胸の中で断ってから子機を取り、カーテンの内側へ引っ込む。
さらしに挟んでおいた名刺の裏の数字を確認しつつ、一つずつ、間違えないように押していく。耳に当てると、規則正しい音が鳴り始めた。一つ。二つ──。
『はい、亜修利ヒナタだ』
二つ目が鳴り終わる前に、声が出た。朝だというのに、寝起きのかけらも感じさせない涼やかな声だった。
『この番号はボトムレスピットだね。どうしたんだい、こんな朝から。ミトラかい?』
「あ、あの……ミーシャ、です」
子機の向こうで、息を呑む気配がした。それから、声が一段やわらかくなる。
『これはこれは。うん、いい朝だ。渡した名刺、覚えていてくれたんだね』
「はい。その、ご相談したいことがあって。……あの、お忙しいようでしたら構いませんので」
『構わないよ。君のための時間なら、いくらでも都合がつく仕組みになっている』
どういう仕組みなのだろうという疑問を今は封じる。
一秒だけどう話すべきか迷うものの、すぐ心を固める。嘘や作り話を挟むのは慣れていないし、これから頼る相手にはたとえヒナタであってもそれは不誠実だ。
「相談に乗って欲しいことがあります。私は、今日という日を繰り返していて──」
一度決めてしまえば、話す言葉に淀みは無い。ミーシャは縋るように子機を持ちながら語り始めた。
今日と同じお祭りの日をもう二回過ごしていること。『一回目』にあったキリメとクモンの出来事、日を戻した謎の声。『二回目』の観察。レヴェローズに目隠しされたものの、自分にはまだ早い何某かのせいで二人が逮捕されてしまうらしいこと。そしてまた今日、今の時間に戻ってきたこと。
ヒナタは最後まで口を挟まなかった。相槌が話の切れ目に短く置かれるだけで、多弁な彼女にしてはやけに静かだった。
「……以上、です。あの、変な話だと、自分でも思うんですけど」
信じてもらえるのだろうか。分からない。いたずらと思うかもしれない。ミーシャが悩む分くらいの、少しの間があった。
『──分かった。一緒に考えようか』
それらの不安を踏み越えた、あまりにあっさりとした返事に、ミーシャは子機を持ち直した。
「し、信じて、くださるんですか」
『そりゃあ信じるさ。母だもの』
「…………」
この話の流れでその理屈が出てくるのはどうなのだろう。ミーシャの沈黙をどう受け取ったのか、子機の向こうの声は少しだけ真面目な低さに変わった。
『それに、だ。君とはまだ少ししか話せていないが、悪ふざけでこんな嘘を吐く性格ではないことくらいは分かっている。そもそも君自身、この世界の条理とは少し違うところから来た子だろう。頭の固い私でも、君がそう言うのならそうなのだろう、という理解はできるさ』
「……ありがとう、ございます」
言うことは時々おかしいのに、声はどこまでも頼もしい。ミーシャが子機へ素直に頭を下げかけたところで、その頼もしい声は上機嫌に続けた。
『なにより──私に話すということはつまり、ミトラやシラベに迷惑を掛けたくないということだろう。そういういじらしい思いを、無下にできるはずがない。ああ、うちの娘はなんて健気なんだ』
「あ、あはは……」
時々おかしいではなく、おかしくない時があると思った方がいいのだろうか。苦笑いのほかに返せるものがなかった。
『さて』
咳払いひとつで、声が切り替わる。
『整理しようか。一回目、君は二人のそばに居すぎた。君に悪気はなくとも、結果として間に入りすぎて、彼らは仲違いしたようだった。二回目、君は離れすぎた。二人きりにしたら、今度は勢いが余って若さが弾け──まあ、立派な事案だ。法律とは忌々しいね』
「……はい」
じあん。また知らない言葉が出てきた。聞き返そうかと一瞬思ったが、今はそれどころではないと思い、やめておいた。
『ところで君、恋愛シミュレーションゲームというものを遊んだことはあるかな』
「れんあい……? い、いえ、無いです」
ゲームならレヴェローズと時々するけれど、そういう名前のものは知らない。
『物語を進めるゲームでね。形式は様々だが基本形として、登場人物には好感度とか、信頼度とか、そういうものが設定されている。会話や出来事のたびにその数字が上がったり下がったりして、数字の具合で物語の行き先が変わっていく』
「はぁ。選ぶものによって内容が変わっていく本、みたいなものですか?」
『そう。飲み込みが早いね』
人の心を数字で扱うなんて無粋の極みだがね、と付け足してから、ヒナタは続けた。
『今のあの二人はそれに例えて考えるのが早いと思う。祭りという環境のせいかな、二人の間の好感度が上にも下にも振り切れやすくなっているらしい。低い方へ振り切れたのが一回目、高い方へ振り切れたのが二回目。君はもう、両方のパターンを見てきたわけだ』
「ど、どうすればいいんですか」
『落ち着きたまえ』
声に、小さな笑いが乗った。
『やることは三つだ。一つ目。一回目に君が一緒にいたこと、あれ自体を失敗だったと思わないこと。二回目で分かっただろうが、二人きりにすればいいというものでもない。二人の距離は本人たちに任せきりにせず、そばにいる第三者が加減してやりなさい。……特にキリメ君だ。気を昂ぶらせすぎると、あの子は捕食者になる』
「捕食者……?」
『そう。思ったよりもというべきか、見た目通りというべきか、直情的な子だったね』
ミーシャは『二回目』で見た最後のキリメの恰好を思い出す。あの乱れた浴衣は捕食者になってしまったということなのだろうか。自分も浴衣の着付けには気を付けなければいけないかもしれない。捕食者とやらに間違われたくはない。
『二つ目。君は一回目も二回目も、二人をずっと見てきたんだろう。なら、どこで二人の好感度が上がって、どこで下がったのか、思い出してみるんだ。それを指標にして今日の二人をうまく導いてあげなさい』
「私が、ですか?」
『ああ。そう難しく考えなくていい。多分二人は、二言三言で動きを変えるくらいいっぱいいっぱいになっているだろうから』
三つ目、と言って、ヒナタはそこで初めて少し間を置いた。
『これは出来たらでいいんだが。合流する前の二人には、会っておきたいね』
「……そうですね。クモンさんに先に会って、早めに来てもらえるようお願いするだけでも、喧嘩の種がひとつ減りますし」
『それもあるが──』
言いかけた声が、ふ、と止まる。
『……いや。確かめてもいないことを言っても仕方がない。まずはこんなところかな。健闘を祈るよ、ミーシャくん。いい報せを待っている』
「はい。ヒナタ様、ありがとうございました」
『どういたしまして。ふふ、娘に頼られるというのはいいものだね』
最後の最後まであの調子のまま、電話は切れた。
子機をカウンターの置き台へこっそり返し、ミーシャはバックヤードへ戻って踏み台に腰を下ろす。帯の内から、残りの紙とペンを取り出した。教わったことが零れてしまわないうちに、頭の中を並べ直しておきたかった。
メモ書きを纏めている間にも、カーテンの向こう、表の通りを行く人の声が少しずつ増え始めている。三度目となる祭りがにわかに賑わいを見せていく中、ミーシャだけは祭りとは別のところに気持ちを固めていた。