カスレアクロニクル   作:すばみずる

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207 通りますか? ※

 写し身の6ターン目。ステイしていた水のルーンが起き直り、石の指は山札の一番上を滑り取り、手札へ加えた。

 

 続けて抜き出されたのは水のルーン。前のターンに『水飛沫』の代わりとして戻されたカードが、元の並びへ据え直される。

 

 次に動いたのは『マァツ・ブラフマの儀式』だ。彫刻の纏う水が高く跳ね、写し身の山札へ細かな雨となって降り注ぐ。三枚のカードがひとりでに浮かび上がり、そのうち二枚が、望む順で山札の上へ戻されていった。

 

「0」の効果。そして、手札の一枚を写し身が盤へ差し出す。重い水音と共に石の亀が浮かび上がり、背負った太い柱まで、先ほど砕いたものと同じ姿を現した。

 

 予想した通りだった。儀式で山札の三枚目に戻った神像を引き込み、また場に出す。ミーシャが考えた手順を写し身はそのまま辿ってみせた。当たったところで止める方法までは思い付いていないし、ここはこのままでいいとミーシャは考えている。今は何をやるにも手札が足りていない。

 

 ミーシャの6ターン目で引いたのは光のルーンだった。六枚目として場にセットし、裁定者を『マァツ・ブラフマの儀式』へ向かわせる。

 

 先のターンの焼き直しのように石柱神像が行く手を塞いだ。ミーシャはバニーガールをステイさせ、裁定者へ淡い光を送る。ぶつかり合いの末に神像は砕け、また写し身の山札の上から三枚目へ帰っていった。

 

 その次もやることは変わらない。写し身は儀式で三枚引き、二枚を戻して、石柱神像を使用する。ミーシャは裁定者を飛ばし、バニーガールの力を借りて神像を砕く。

 

 攻防のたびに石の砕ける響きが暗がりの奥へ吸い込まれていく。真っ暗な大穴の体内で、盤の明かりが明滅を繰り返していた。

 

 儀式の周りにはACの個数を示す四つの珠が変わらず巡り続けている。神像を手札へ戻すために「0」を選ぶ以上、写し身は「+2」の効果を使えない。ミーシャの攻撃も神像に止められるため、儀式のACを減らせなかった。

 

 裏向きの石碑も盤の隅で動かない。裁定者が監視持ちである以上、攻撃時にステイすることなく見張り続けているからだ。写し身が攻撃を仕掛けて来ることもなく、ミーシャのライフは21のまま止まっている。

 

 首から提げたままの探査装置が、身じろぎのたびに胸元で小さく揺れる。ここが大穴のお腹の中だということを、ミーシャはその重さで時々思い出した。

 

 互いの盤面は変わらない。それでも手札は一枚ずつ増えていく。ミーシャの山札は七枚目の光のルーンを最後にルーンを寄越さなくなり、徐々に選択肢が増えている。

 

 写し身の手札も膨らんでいた。しかもあちらは毎ターン、石柱神像を引いてくるついでに次のターンのドローを選んでいるようなものだ。手の内の枚数以上のものを常に把握している。

 

『届いたわね』

 

 七枚目の光のルーンを置いた時、手札から静かな声がした。扇形に広げた手札の中で、長銃を構えた婦人の絵がこちらを見ている気がした。

 

 光のルーンが七枚と、すり減ったカジノチップが一枚。合わせて8マナ。ようやくレディ・ローマを場に出せる。

 

「……はい。でも、もう少しだけ待っていてください」

 

 返事をしながら、ミーシャは墓地へ目を向けた。そこには打ち消された『天獄の金庫番』が置いてある。

 

 同じようにレディまで打ち消されたら、代わりはおそらくもうない。写し身の手札が増え続けている今は、8マナ揃ったからといって気軽に出していい状況には思えなかった。

 

『ええ。あなたの戦いですもの。好きになさいな』

 

 早く私を出しなさい、と言っていた人とは思えないほど穏やかな返事だった。退屈しのぎに早くしろと、レヴェローズのようにわがままを言うかとも思っていたがそういうたちではないらしい。

 

 あるいは彼女も、今はその時ではないと分かっているのだろう。だが、待てば答えが見つかるわけでもない。レディを出すためのマナはある。けれど、『水飛沫』のようなカードがもう一枚あればそれで終わる。ならば先に使わせればいいのか。だがどのカードで、どうやって。

 

 考えている間にも同じ攻防は繰り返され、そうして迎えた写し身の11ターン目。

 

 いつものように儀式が動き石柱神像が場へ戻る。その終わりに、ミーシャは両方の場と手札を順に確かめた。

 

 ミーシャの場には光のルーン七枚とカジノチップ。手札は五枚。

 

 写し身の場には水のルーン六枚。引き込んだ戦術カードの効果で手札は八枚まで増えていた。

 

 数え終えたその時だった。写し身の石の指が手札から一枚を抜き取った。場に出すのでも、儀式の効果で山札へ戻すのでもない。そのまま足元の墓地領域へ置いたのだ。

 

「……あ」

 

 手札の上限。たしか、そんな決まりがあった。ターンを終える時に手札が七枚を超えていれば、七枚になるまで選んで捨てる。教わったルールの隅にあったものを、ミーシャはようやく思い出した。

 

 捨てられたカードは墓地へ行く。そして墓地領域は、対戦者のどちらも中身を確かめられる場所だ。

 

 写し身の墓地には、先に使われた『水飛沫』と、新しい一枚が表を向けて並んでいた。ミーシャが目を凝らすと、横文字の上から意味が流れ込んでくる。

 

 


『対話拒否』

 コスト:〈水〉

 タイプ:戦略

・生命体でないカード1つの使用を対象とする。その使用者が〈2〉を支払わない限り、それを打ち消す。


 

 

 生命体でないカードだけを打ち消す戦略。それも、使う側が2マナを追加で支払えば打ち消されずに済む。

 

 なぜ、これを捨てたのだろう。写し身は六枚のルーンのうち、毎ターン四枚を石柱神像へ使っている。残るのは2マナ。『水飛沫』も普通に使うなら2マナのカードだ。ミトラに見せてもらった『塩対応』や『再提出』も、たしか同じくらいだったはずだ。

 

 水のルーンが二枚立っている時は気を付ける。それは店での対戦を見ているうちに、ミーシャもなんとなく覚えていた。もっとも、『水飛沫』にはルーンを手札へ戻す使い方もあった。マナが全てステイしているからといって何も出来ないとは限らないことは、もう痛感している。

 

 写し身は『対話拒否』を選んで捨てた。あれは1マナのカードで、構えておくのも容易いように思える。

 

 ミーシャがこの対戦で使った生命体でないカードは、序盤に置いた二枚の機械だけだ。使われる見込みが薄い上に、今のミーシャには8マナある。2マナを要求するだけでは、簡単に支払われてしまう。だから、ほかの札よりも要らないと判断されたのかもしれない。

 

 または。写し身の手札には、これよりも残したいカードが七枚ある。その中に別の打ち消しが含まれていてもおかしくない。

 

 捨てられた一枚から、見えない手札の形がほんの少しだけ浮かび上がった。

 

 盤の明かりが翳り、ミーシャへ手番が渡る。

 

 ミーシャの11ターン目。

 

「スタンド。チェックはありません。ドローします」

 

 引いた一枚を確かめ、手札へ加える。これで六枚。

 

 同じことを続けていれば、写し身の手札は毎ターン選び抜かれていく。いつかは、あちらからこの形を崩すカードが出てくるはずだ。

 

 ミーシャはちらりと写し身の姿を見る。顔の空洞と色彩以外は自分と瓜二つの姿には、どこか居心地の悪さを感じていたが、こうして長く対峙していると自然と慣れてしまうらしい。

 

 不気味さが薄れた今なら、彼女──彼女でいいのだろうか? 自分の姿だからいいのだろうか? ──の様子を、人間と同じように見つめることが出来る。

 

 たとえば同じ状況が続くことへの苛立ちがあるのか。何かをじっと抑え込み、反撃の機会を待っているのか。そういう雰囲気の欠片だけでも感じ取れれば、一つの判断の基準になるかもしれない。

 

 なんなら、相手に聞けばいい。そう言ったのはレディだ。あの時はとても無理だと思ったけれど、今なら少しだけ、その気になれた。

 

「えっと……」

 

 何か話しかけたい。が、咄嗟の言葉がなかなか出てこなかった。何か参考になることはないか。カルメリエルのような滑らかな語り口はとても無理だ。レヴェローズの自信過剰っぷりも参考には出来ない。ミトラはミーシャに対して優しいものの、雑談とは違う気がする。手本になるのはやはりシラベだろうか。

 

 考えている間も、暗がりは物音ひとつ立てず、自分の呼吸の音ばかりがやけに近くに聞こえていた。

 

「やり直し」

 

 シラベがお客と話している時の様子を思い出していたところに、自分の声がふと響く。遅れて気付く。これは自分から出たものじゃない。写し身からだった。

 

「え?」

 

「やり直し」

 

 録音機器のように、あの夜の囁きと同じ声が、同じ言葉を切り取って繰り返す。それは問い掛けの形ではなく、盤面を指差して何かを示すような形に見えた。

 

 やがて、ミーシャにも何を言っているのかなんとなく伝わって来た。先ほどから続いている、そしてこれからも続けられる、盤の上のやり取りのことだ。

 

「そう、ですね。やり直し、ですね」

 

 とりあえず乗っておこうと思い、ミーシャは同意する。すると写し身の空洞から細かい石の粒がぱらぱらと落ち、空洞の輪郭が奇妙に震えた気がした。

 

 それを笑う様子だと気付けたのは、そこ以外が自分の体だからだろうか。

 

「……もしかして」

 

 まさか、と思いつつも、空洞の中に浮かぶカードを見ながらミーシャは言う。

 

「やり直してる……繰り返し同じことをしてるのが、面白い、とか?」

 

 ミーシャの問い掛けに、硬いものの擦れる音を立てて、石造りの頭が大きく揺れた。身じろぎなどではなく、間違いなく写し身は頭を縦に振ってみせた。

 

 自分にとっては毎ターンを動くかどうかを悩み続けるだけのやり取りを、楽しいと感じているのか。ミーシャとしては困惑するしかない。

 

 もしかすると、こちらから何かするまではずっとこのまま続けるつもりなのだろうか。その考えにぞっとしたミーシャは、すぐに戦うための手はずを頭の中で組み立て始める。

 

 ただし、写し身の場には石柱神像を出した後に残っている二枚の水のルーンがスタンドしている。こちらの一枚はきっと止められる。ミーシャはそう考えて、手札を見比べた。

 

『ん? 私の出番かしら?』

 

 ミーシャは声には出さず、小さく首を横に振った。

 

 レディを出すのは違う。8マナ全てを使ったところへ打ち消しを受ければ今度こそ何も出来ない。ならば、先に別のカードを見せる。必要なのは妨害しやすいカード。相手に行動を起こさせるカードでなければならない。

 

「メイン位相に入ります。ルーン四枚から4マナ。呪法カード『裁定者の翼刃』を使用します」

 

 


『裁定者の翼刃』

 コスト:〈2〉〈光〉〈光〉

 タイプ:呪法

・術式対象:生命体

・術式対象の生命体は、+2/+2の修整を受けるとともに飛翔と監視を持つ。


 

 

 選んだのは、裁定者と同じ黒い翼が描かれたカードだった。バニーガールへ使えば、飛翔を持つ二体で同時に攻められる。石柱神像が片方を止めても、もう片方の攻撃は儀式へ届く。写し身から見ても放っておけない一枚のはずだ。

 

「術式対象はバニーガールです。どうですか?」

 

 これが通ればバニーガールは3/3となり、飛翔に加えて監視も得る。攻撃中に自分の効果を使えば、4/4。裁定者と二体で攻めれば、確実に『マァツ・ブラフマの儀式』を破壊出来る。

 

 だが、それだけがミーシャの狙いではない。写し身が打ち消しを持っているなら、レディではなく、このカードへ使わせたかった。もし『対話拒否』のように追加の支払いを求める類いなら、残したマナで払えばいい。それすら来ずに素通しされるなら、相手の手札への警戒を一段緩めてもいいはずだ。

 

 使用したカードに合わせて、盤の上に刃の形をした翼飾りが現れた。羽根の一枚一枚が研がれた光を帯びて、暗がりの中で鈍く輝いている。バニーガールが目を輝かせ、受け取ろうと両手を伸ばす。

 

 そこで、写し身が動いた。スタンドしていた二枚の水のルーンが光り、マナが吸い上げられていく。

 

(来る)

 

 ミーシャは写し身の手札へ目を向ける。しかし、どのカードも動いていない。

 

 代わりに、3ターン目から盤の隅に立っていた石碑が、ゆっくりと表へ返った。

 

 


『御影の鏡亀』

 コスト:〈1〉〈水〉

 タイプ:生命体

・石碑体〈1〉〈水〉*1

・このカードが表面になった時、対象を1つ取るカードの使用か能力1つを対象とする。その対象を変更する。

 [1/2]


 

 

 のっぺりとしていた立像が、鈍い音を立てて形を変える。現れたのは、鏡のように光を弾く甲羅を背負った小さな亀だった。甲羅は盤の明かりを映し込み、細かな光の斑を暗がりへ散らしている。

 

 3ターン目から正体を隠したまま置かれていた一枚。その効果が今になって動き出す。鏡の甲羅が強い光を返し、バニーガールへ向かっていた翼飾りが、その光に引かれるように軌道を曲げた。

 

「……対象を、変えた……?」

 

 慄くミーシャの目の前で、光は『クゥルマの石柱神像』を指し示す。太い柱の表面へ刃に似た翼の紋様が刻まれていく。

 

 4/5が、6/7へ。そしてもちろん監視能力も追加される。受け取り損ねたバニーガールは、両手を伸ばしたまま頬を膨らませていた。

 

 しまった、と思う心があった。打ち消しを使わせるつもりだった。ところが写し身はカードを無かったことにせず、その力を自分の神像へ渡してしまった。これなら余計なカードを使わず、いつものように攻撃だけしておけばよかったのかもしれない。

 

 けれど翼刃がバニーガールへ届いていれば攻撃は通っていた。組み立てそのものが間違っていたわけではない。分からなかった一枚を写し身が持っていた。それだけだ。

 

 僅かな悔しさの後から、驚きが追い付いてくる。打ち消さずに対象だけを変える、そういう効果があるとはミーシャは知らなかった。

 

 ミーシャは表になった鏡亀のコストへ目を落とした。〈1〉〈水〉。裏向きで出すための3マナよりも、表へ返すための方が安い。写し身は最初から、この一度のために正体を隠していたのだ。気付けば、ミーシャの口元がわずかに緩んでいた。

 

 傍らでは看板の電飾が光り、薄青い数字が一つ増える。翼刃は行き先を変えられただけで、光属性のカードを使用したことに変わりはない。

 

 ミーシャのライフ:21→22

 

 翼刃を得た石柱神像は6/7。裁定者へバニーガールの力を重ねても、正面からでは届かない状態。それでもミーシャは微笑を消さない。

 

 戦えば負ける。それなら、戦わせなければいい。

 

「続けて、2マナを使います。呪法カード『穏やかな歩み寄り』」

 

 


『穏やかな歩み寄り』

 コスト:〈1〉〈光〉

 タイプ:呪法

・術式対象:生命体

・術式対象の生命体は、攻撃もブロックも行えない。


 

 

「術式対象は、石柱神像です。──通りますか?」

 

 写し身の六枚のルーンは神像の使用と鏡亀を表に返すために全てステイしている。だが、『水飛沫』にはルーンを戻して使用する方法があった。それを警戒して、ミーシャもルーンを二枚立たせて打てるようこのカードを握っていた。

 

 それでも急に来る(ピッチ)カードにどんな種類があるのか、ミーシャの乏しい経験では読み切れない。だが読み切れない部分は無いものとして踏み切った。

 

 果たして、写し身は動かなかった。石の指は手札へ掛からない。顔のない空洞が、ほんの少し下を向いたように見えた。

 

 カードから伸びた光の鎖が翼飾りごと石柱神像へ巻き付いていく。暴れる素振りも、軋み返す音もない。巨体はただ静かに繋がれていった。神像はもう攻撃することも、誰かの前へ立つことも出来ない。

 

 看板がもう一度光り、ライフの上昇を伝える。

 

 ミーシャのライフ:22→23

 

 ミーシャは息をひとつ吐き、二体の生命体を見る。

 

「攻撃位相に入ります。裁定者で『マァツ・ブラフマの儀式』を──バニーガールで、あなたを攻撃します」

 

 裁定者が黒い羽根を広げ、髪を変えた剣を構える。光の鎖に縛られた神像は動けず、鏡亀には飛翔がない以上、前へ出られる生命体はもう写し身の場にいない。

 

 振り下ろされた剣が儀式へ届き、周囲を巡っていた四つの水の珠がひとつ残らず弾け飛んだ。

 

 水を失った彫刻に亀裂が走る。散った水が霧のように漂う中、乾いた音を立てて崩れた『マァツ・ブラフマの儀式』は、写し身の墓地領域へ沈んでいった。

 

 それを見届けるよりも早く、バニーガールが暗がりを蹴る。遮るもののない宙を顔のない写し身へ向かって跳び、両足でその障壁を蹴り飛ばす。

 

 19に減った写し身のライフ表示を見て、ミーシャはようやく先へ進める事に安堵した。

*1
(あなたはこのカードを、本来のコストではなく〈3〉を支払うことで、裏向きで2/2の、石碑という名前のテキストを持たない生命体として場に出せる。あなたが行動権限を持つ際、〈1〉〈水〉を支払うことでこのカードを表面に返すことが出来る)

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