写し身の12ターン目。六枚の水のルーンが揃って起き直る。
先の攻防の響きはとうに暗がりへ呑まれて、大穴の体内は元の静けさへ戻っている。二つの場を照らす盤の明かりだけが淡く揺れていた。
石の指が山札から一枚を抜き取り手札へ加える。写し身の手札はこれで八枚となった。
守るべき儀式はもう無く、神像は光の鎖に繋がれた。あの繰り返しが消えた今、写し身が次に何をするのかミーシャには読みようがなかった。ただ、六つのルーンを丸ごと自由に使える写し身をこの盤で見るのはこれが初めてだ。
六枚のルーンが順に瞬き、マナが残らず吸い上げられていく。写し身の手から、一枚のカードが盤へ差し出された。
地鳴りに似た音を立てて、写し身の場にそれは現れた。
細長くうねる、巨大な石の塊だった。そびえ立つ岩山から剥がれ落ちた巨大な欠片が、たまたま長い虫の形に似てしまった。そうとしか言いようのない、歪で奇妙な姿をしている。頭も尾も見分けが付かず、等間隔のひび割れだけが全身に並び、身をうねらせるたびに乾いた石の粉を暗がりへととめどなく零していた。
石で出来た、途方もなく大きなミミズ。ミーシャの中で必死に探した言葉の形は、結局のところそれに落ち着いた。
『繰り返す巌の欠片』
コスト:〈3〉〈水〉〈水〉〈水〉
タイプ:生命体
・繰り返す巌の欠片は、3体以上の生命体によってしかブロックされない。
・あなたが対戦相手のカードの使用を打ち消すたび、それにより墓地へ置かれたそのカードを追放してもよい。そうしたなら、あなたはそのカードをコストを支払わずに使用してもよい。
・繰り返す巌の欠片がフィールドから墓地へ置かれた時、これを持ち主の山札に加えて切り直す。
[6/6]
手札で出番を待つレディのカードと肩を並べるほどの性能。三体以上の生命体で協力しなければその巨体をブロックすることすら叶わず、仮に倒したとしても墓地には行かず、持ち主の山札へと帰っていく。おまけに、写し身がミーシャのカードを打ち消そうものなら、その打ち消したカードを奪い取って自分のものとして使ってしまうという効果まで備えている。
これほど強い生命体を持っていたのなら、どうして今まで石柱神像ばかりを繰り返し使っていたのか。ミーシャの頭に一瞬だけ疑問が湧くが、答えはすぐに分かった。いくら大きくてもこの生命体には飛翔効果が無い。
どれだけ大きくても、裁定者とバニーガールが空から仕掛ける攻撃をこの巨体では止められない。写し身に必要だったのはミーシャのライフを削る生命体ではなく、儀式を守るための盾だったのだ。
石柱神像なら飛翔を持ち、倒されても山札へ戻る。儀式の「0」で拾い直せば、同じ役目を何度でも果たせた。使うマナも4で済んで、残りの2マナを鏡亀や打ち消しのために立てておける。
だが、もう儀式はない。石柱神像も鎖に繋がれたままで、守るものを失った写し身はいよいよ攻め手を取るとミーシャに伝えている。
同時に、ミーシャはもうひとつの事実を確かめる。写し身の水のルーンは六枚すべてがステイしている。マナを支払う普通の打ち消しは今の写し身には使えない。
もちろん、『水飛沫』のような別の支払い方を持つカードまでは否定できない。それでも、前のターンに儀式で山札へ戻された二枚はどちらも元は写し身の手札にあったカードだ。すぐに使いたい打ち消しなら、わざわざ次とその次のドローまで待たず手札へ残しておくはず。
その上、写し身は神像と儀式をまとめて無力化した『穏やかな歩み寄り』を通している。絶対にない、とまでは言い切れない。それでも、少なくとも次のドローまでは、マナを使わない打ち消しを警戒し過ぎる必要はない。
レディを出すなら今しかないと、ミーシャは確信する。
ミーシャの12ターン目。
「スタンド。チェックはありません。ドローします」
引いた一枚を確かめてから、ミーシャは息を吸いこむ。これが正しいと分かっていても、いざ実行しようとするのは居心地が悪い。
「メイン位相に入ります。ルーン七枚とチップで8マナ、ぜんぶ使います」
七枚のルーンとチップが順に光り、集められた8マナが一枚のカードへ流れ込んでいく。
「『賭博都市の女帝、レディ・ローマ』をフィールドへ!」
言い切って、写し身の手札を見る。石の指は動かない。
指で挟んだカードが淡く輝いて、ミーシャの場に光が降り立った。背に負った羽根。長く螺旋を描く金髪。トランプの模様をあしらったドレスの肩に、使い込まれた長銃を担いでいる。
絵柄のままの婦人が、そこに立っていた。底のない暗がりの中で、その周りだけが舞台のように明るい。
「随分と待たせてくれたわね。置物も、私が片付ける前に掃除してしまっているし」
場を見回したレディが、少し可笑しそうに目を細める。
「は、はい。皆さんに頑張ってもらいました。……イヤでしたか?」
「まさか、上等よ。それなら、残る仕事はひとつね」
レディが長銃を担ぎ直し、銃口をゆっくりと写し身へ向ける。ミーシャは頷いて、宣言を続けた。
「まずは看板の効果で、ライフを1点もらいます」
傍らの電飾がすかさず瞬く。
ミーシャのライフ:23→24
「そして攻撃位相に入ります。レディさんと裁定者、バニーガールで、あなたを攻撃します」
レディは監視と即時行動を持つ。出たばかりのこのターンからステイもせずに攻撃へ出られる力を有するのは、コスト8という大きさを持つが故の特権だ。
迎え撃つ側はどうか。石柱神像は飛翔を持っていても光の鎖に繋がれて誰の前にも立てない。鏡亀と巌の欠片にはそもそも翼がない。写し身の場に空を守れる者はいなかった。
だが、ミーシャの心臓はどこまでも早く鳴り続けた。本当に何もないのか。手札から飛び出してくるカードがあるのではないか。墓地やデッキ、自分の知らないところから想定外の一枚を差し込まれ、この戦場がひっくり返されてしまうのではないか。
無知故の終わらない最悪への想定。それが、乾いた銃声によって掻き消された。
誰の一撃よりも早く、光の弾が写し身の障壁を撃ち抜いた。続いて裁定者の剣が閃き、最後にバニーガールの蹴りが軽やかに追い掛ける。三つの軌跡が交差して、盤の外の闇までが一瞬だけ白く明るんだ。
6点、4点、1点。合わせて11点。
写し身のライフ:19→8
表示されている数字が、一息に半分以下まで落ち込んだ。攻撃を終えても監視を有するレディと裁定者はそのまま写し身から視線を外さない。監視を持たないバニーガールだけが元の場所に戻ってから座り込んで休憩している。
残りは8。ようやく、終わりを意識出来る数字になった。盤面が傾けばあっという間であることに胸の奥が僅かに逸るのを感じながら、ミーシャは口を開く。
「ターンエンドです」
写し身の13ターン目。六枚の水のルーンがまた起き直る。
石の指が山札の一番上へ掛かった、その時だった。光の鎖に繋がれたままの石柱神像が微かに震えた。
柱に彫られた厳めしい顔が淡く光を帯びる。その光が引かれるはずだった一枚へと降り注いでいき、手札へ入るより先に、宙で表を向けて掲げられた。
ミーシャは思わず鎖の巻き付いた神像を見る。そうか、と遅れて思い当たった。呪法が封じているのは攻撃とブロックだけ。能力そのものまでは失わせていない。
毎ターン最初のドローを公開して、それが戦術か戦略のカードなら複製を使える──神像のあの効果は、鎖の中でも生きているのだ。
高く浮かび上がったカードが公開され、ミーシャの目に映る。巻物を持った兵士が苦々しげな顔をしたイラストがそこにあった。
『帰還命令』
コスト:〈水〉
タイプ:戦略
・生命体1体を対象とし、それを持ち主の手札へ戻す。
公開されるに応じて、盤の上へ同じカードの幻影がもう一枚薄く滲んで浮かび上がる。写し身が水のルーンを一枚だけ寝かせて、複製として作り出された『帰還命令』へマナを注ぎ込んだ。
何が戻されるか。ミーシャは思考を加速させる。バニーガールは無い。裁定者もなくはないが、レディなら次の8マナが縛られるが出し直しは可能。しかしわざわざ出し直してしまえば、構えている打ち消しへと飛び込むようなもの。またレディを手札で待たせる必要が出てくるのか。
だが、そんなミーシャの思索を写し身は慮らない。石の指で示された先はレディ──ではなく、裁定者だった。
「……えっ?」
何故。どうして。疑問を挟む間もなく、裁定者の姿が淡い光に解けていく。黒い羽根が畳まれ一枚のカードへ縮んで、ミーシャの手札へ滑り込んできた。絵柄の中の裁定者は、相変わらず少し困った顔をしている。
そのまま本物の『帰還命令』を手札に入れた写し身は、攻撃位相へ入った。巌の欠片が長い体を波打たせて前へ出る。
三体以上の生命体でなければあの巨体は受け止められない。いまミーシャの場でスタンドしているのはレディただ一人。一体では、盾を並べることすら許されない。
「……通します」
通さざるを得ないだけなのだが、言った方がいいのかと思い口に出す。それと同時に、石の質量が正面から障壁へとのし掛かった。押し出された風が前髪を煽り、鈍い震動が足の裏まで届いてミーシャは小さくよろめく。
ミーシャのライフ:24→18
一度に受けた傷としては、6点というのはこの対戦で一番深い。それでも10点の差がある。このまま攻撃しあっていれば、先に削り切れるのはあちらのライフのはずと、ミーシャは震えそうになる脚をぺちんと叩いて気合を入れ直した。
衝撃の余韻が消えないうちに、写し身は戦闘後のメイン位相へ入った。三枚のルーンが瞬き、盤の中央へ新たなカードが据えられる。
途端、暗がりが一段深くなった。
盤の底から光を吸い込むような暗い色の泡が、幾つもゆっくりと立ちのぼり始める。弾けもせず、消えもせず、ただ漂い続ける泡だった。ひとつがミーシャのすぐ横を過っていったが、水の匂いも、音もしなかった。
『
コスト:〈3〉
タイプ:機械
・このカードをコントロールするプレイヤーの手札の枚数より大きい攻撃力を持つ生命体は攻撃できない。
機械と書いてあるカードだが、その姿は見えない。あるいはこの泡全てがそうなのか。
テキストを理解したミーシャは首を傾げた。写し身の手札はいま、このカードを使用して七枚。残っているルーンは二枚で、たとえ一枚消費出来ても手札は六枚。〜より大きい、という書き方であるなら、六枚では攻撃力6のレディは縛れないはず。
誰にも効かない縛りを、なぜ3マナも払って据えたのか。ミーシャにはすぐに読み取れなかった。
写し身の手は止まらない。残る二枚のルーンが瞬き、最後の2マナが吸い上げられていく。
『失われた杖職人の杖』
コスト:〈2〉
タイプ:機械
・失われた杖職人の杖がフィールドに出た時、あなたは手札からコストが2以下の戦略カード1枚を選び、このカードの下に表向きで置いてもよい。そのカードをこのカードに装填されたカードとして扱う。
・〈2〉、〈T〉:このカードに装填された戦略カード1枚の複製を、コストを支払わずに使用してもよい。
現れたのは、一本の古びた黒い杖だった。柄には細かな傷が幾重にも刻まれ、先端の飾りは半ば欠けている。ぼろぼろの、それでいて元の作りの良さだけは伝わってくる杖が写し身の場へ斜めに突き立つ。
ミーシャはその意匠がどこか見覚えがある気がして、理由の分からない不快感を覚えた。
ともあれこれでマナは尽きたが、フィールドに出た際の杖の効果が動き出した。登場時に手札からコストが2以下の戦略カードを一枚、この杖へと装填できる──。
「……帰還命令。そうか、だから……」
呟くミーシャ。あれは1マナで、装填のための条件を満たしている。そしてあのカードが無くなると、写し身の手札は五枚に減る。そこまで考えて、『
それだけではない。たとえこの先あちらの手札が増えて縛りが緩んでも、杖が2マナで帰還命令の複製を使えるのなら、レディや裁定者は攻撃へ出るより先に手札へ戻されてしまう。レディが即時行動を持っていようと、攻撃する暇そのものが無くなるのだ。
そして、『
いくらライフの数に差があっても、何度も攻撃を通せるところではない。緊張感がミーシャの視界を狭窄させ、その注目を写し身の手札に集中させる。あの兵士のイラストがまた来てしまうのか。
写し身の指が掲げてみせたカードを睨むミーシャ。
だが取り出したそのカードは、『帰還命令』ではなかった。
見覚えのある絵柄だった。荒れた野原に、大きな石がひとつ。写し身の顔の空洞に浮かんでいる、あのカードと同じ絵だ。
名前の枠に並ぶ文字をひとつずつ拾えば、「Revood」と読める。テキストは相変わらずだが、今はレーラズ・フィールドがそれを理解させてくれる。だが、カードを示す名前の部分だけが、欠け落ちたように何も伝わってこない。
Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over
Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over
『■■■■■■』
コスト:〈1〉〈水〉
タイプ:戦略
・現在のターンをやり直す。
Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over
Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over Do Over
杖の下へ表向きに差し込まれる。その瞬間、写し身の空洞に浮かぶ同じ絵柄のカードが、弾むように回転を速めた。
その途端だった。漂っていた暗い泡が、いっせいにレディへ吸い寄せられていく。泡は集合して大きな一つの弾となり、レディを丸ごと包み込んだ。
「ちょっと。せっかく出てきたというのにこの仕打ちなの?」
レディは眉をひそめて泡を銃の先端でつつくが、割れる気配は見られない。早く出してと声を掛けられているものの、ミーシャはそれにすぐ応じることは出来なかった。
2マナを支払うことにより、杖に装填された戦略カードの複製はコストの支払いもなしに使用される。『Revood』の複製──ターンのやり直し。
ターンの初めから杖とカードが揃った状態でやり直しが起これば、やり直した先でも同じく杖がそこにある。当然使ったマナも巻き戻り、杖と同様にスタンド状態になる。巻き戻ったターンの中でもこの杖は使うことが出来てしまう。
あの杖を破壊しようとして戦術カードを撃ったとしても、それに対応してマナを支払えばターンは巻き戻って壊せないままだ。
そして、たとえ能力を発動させた後に杖を破壊しても、発動している能力自体は消えるわけではない。ガラス玉を射出する手のひらサイズの人形を例にしてシラベが言っていた。ガラス玉を弾き出した後から人形を壊しても、ガラス玉は無くならない。射出されたものはそのまま突き進んでいってしまう。
祭りの一日と同じだ。分かった途端、ミーシャの呼吸が止まった気がした。あの繰り返しが今度は一日ではなく、ひとつのターンとしてこの盤の上に組み上がろうとしている。
「やり直し、したい?」
虚空から再び響く自分の声。発した写し身の盤の明かりが翳る。
ミーシャの13ターン目。
「……スタンド。チェックはありません。ドローします」
問い掛けのようだった言葉には答えず、宣言をしていくミーシャ。ステイしていた光のルーンとチップが起き、引いた一枚で手札は六枚になる。
メイン位相に入る。だがミーシャは手札を下げて、まっすぐに写し身を見つめた。
自分の姿を写し取ったこの精霊は、ずっとやり直したいかと問い掛けている。それが出来る存在なのだ。彼女の本体も、それにふさわしい能力を持っていて然るべきだ。
先ほどまで、何度も何度も同じ戦いを繰り返していた時、写し身はどこか嬉しそうにしていた。きっと杖に装填した効果もよろこんで使うことだろう。
勝つために、ではなく。やり直しという楽しみの為に。
「……さっきの問い掛けに、まだ答えていませんでした」
下げた手札はそのままに、ミーシャは静かに切り出した。写し身は答えない。空洞の中のカードだけが、変わらず回り続けている。
「やり直したいかって、あなたはずっと聞いてくれていたんですよね。あの夜から、ずっと。……ちゃんと答えたのは、最初の一回だけでした」
やり直したい。そう応えたのは、他の誰でもない自分だ。ひどい一日の終わり、布団の中で聞いたあの声がどうしようもなく優しく聞こえたことを、ミーシャはまだ覚えている。
「やり直しって、すごいです。間違えたことを、間違えなかったことに出来るんですから。今度こそって、何度でも思えます。……やり直しの朝が来るたび、ほっとしてしまう私も、確かにいました」
空洞の中のカードが、くるりとひとつ大きく回った気がした。同意なのか、それとも喜んでいるのか。どちらでも構わないと思いながら、ミーシャは続ける。
「あなたが楽しいのも、少しだけ分かります。お祭りは何度見ても楽しかったです。もう一度って思ってしまうくらいに」
同意の言葉に嘘はない。だからこそ、否定のためにゆっくりと息を吸う。
「でも、もう大丈夫です」
この先も、間違えることはあるだろう。良かれと思って選んだことが、思いもよらない悪い方へ転がっていくことも、きっとある。すべて正しい道を選び続けることなんて、自分には出来ない。
「同じ日を四回目まで過ごしただけで、私はくたくたになってしまいました。あの日の方が良かった、こちらは駄目だったと比べ続けて、もっと良い一日を探し続けるなんて、きっと出来ません」
どれだけ良い一日を送ろうとしたところで、後悔や未練はどこかに残る。今日という日を百点で終える方法なんて、誰にも分からない。山の上で聞いたカルメリエルの言葉が、いまは素直に胸へ収まっていく。
ひどい失敗をした日を、良い日だったことには出来ない。誰かを傷付けたなら謝らなければいけないし、直せるものは直さなければいけない。
それでも、その日そのものを、無かったことにする必要はないのだ。
「失敗した日も、私が過ごした今日なんです。悪かったことは謝って、直せることは直して、その失敗と一緒に、次の日へ行きたいです」
最後に、一番伝えたかったことを、ゆっくりと声にする。
「
写し身は言葉を返さなかった。空洞の中のカードだけが、ゆっくりと回り続けている。
ミーシャは深く、丁寧に頭を下げる。伝えたかったことは、これで全部だ。
「あ、それはそれとして、そのカードは駄目ですよ」
ミーシャは手札から一枚を抜き、四枚の光のルーンへ手を翳した。
「ルーン四枚から4マナ。呪法カード『聖女の介入』を使用します」
『聖女の介入』
コスト:〈2〉〈光〉〈光〉
タイプ:呪法
・術式対象:存在
・術式対象となった存在はすべての起動能力を失う。それが生命体であるなら、攻撃もブロックも行えない。
・この呪法が場に出た時、ライフを4点回復する。
「術式対象は、『失われた杖職人の杖』です」
術式対象は存在。生命体以外の、場にあるものなら何でも掴める呪法だ。『穏やかなる歩み』よりも大きく掛かるコストだが、その分効果は強力になっている。
写し身の水のルーンは六枚とも眠ったまま。手札に戻ることもない。呪法は、静かに解決された。
「呪法の効果で4点と……看板の効果で1点。ライフをもらいます」
宣言に合わせて傍らの電飾が瞬き、柔らかな光がミーシャを包み込んだ。
ミーシャのライフ:18→23
使用したカードの上から、光を纏った幻影が立ち上がる。
ピンク色の髪にシスターの装い。糸のように細い目と、穏やかな微笑み。見間違えようのない、よく知った姿だった。まさかこんな場所で家族の顔を見るとは思わなくて、ミーシャの肩から少しだけ力が抜ける。
聖女の幻影は微笑んだまま、ぼろぼろの杖へ両手を伸ばした。杖の周りに透き通った結晶がゆっくりと組み上がり、装填されたカードごと、その内側へ封じ込めていく。
結晶が閉じ切ると、幻影は薄れて光の粒に還った。装填されたカードの複製はもう作れない。少なくともこの杖が封じられている限り、ターンを幾度でもやり直す組み合わせが動き出すことはない。
写し身の空洞の中で回っていたカードが止まる。ぽろり、と石のふちから小さな石が落ちたが、それを気にする様子もない。どういう感情を抱いているのだろうか。
自分とは正反対のものならば、やりやすいのだけど。自然と浮つく気持ちが、そんな考えをミーシャに齎す。
この写し身が繰り返すことを面白がったように。母親が相手のカードを指二本で差し出したカードで叩き落とすように。父親が逆転の一枚を山札から引き寄せるように。
ミーシャもまた、晒された相手の切り札を封じ込めた事に、言い様も無い痺れを味わっていた。
「さて、と」
暗い泡はまだ場に漂い、写し身の手札は五枚のまま。レディは動けない。手札へ帰った裁定者を出し直すにも残る4マナでは届かない。
泡の中のレディは長々と話した事に対して文句のひとつも飛ばしてくるかと思ったが、長銃を担いだまま片目をつぶってみせただけだった。
いま攻撃へ出られるのはただ一体だけ。ミーシャはバニーガールへ目を向ける。心得たように、小さな体がその場でひとつ跳ねた。
それから写し身へ向き直り、にっこりと微笑む。
「攻撃位相に入ります。それでは、まずはバニーガールで攻撃していきます。──よろしくお願いしますね」
バニーガールが弾むように高く跳んだ。長い耳の飾りを流し、楽しげに宙を渡って、まっすぐ写し身へ向かっていく。宙を行く彼女を遮るものはない。軽やかな両足が障壁を叩き、澄んだ音が暗がりに響いた。
写し身のライフ:8→7
「ターンエンドです」
写し身の手札にはまだ五枚のカードが残っている。対戦は終わっていない。
それでも宣言の声は、ミーシャ自身驚くほど軽かった。
次回、最後のお祭り