カスレアクロニクル   作:すばみずる

217 / 233
217 全部同じじゃないのかこれ

 昼を過ぎたとある駅の電気街口で、シラベはビルの壁に並ぶ看板を見上げていた。

 

 バスを降りて駅の反対側へ回っただけで目に入る店の種類が随分変わる。携帯電話、ゲーム、フィギュア。その間に挟まったカードショップの看板を見つけ、何階なのかと目を凝らしたところで袖を摘ままれた。

 

「シラベ様。そちらではございませんわ」

 

「見てただけだよ」

 

「ええ、ええ、そうでしょうとも。ですが、まずはこちらからご覧ください」

 

 カルメリエルは手にしたスマートフォンの画面を見せ、駅から離れる方へ指を向けた。地図には印がいくつも付いている。

 

「なんか多くねえか。何軒回る気だ?」

 

「回れるだけですわ。全部で買うわけではありませんけれど」

 

 画面をしまうなりカルメリエルは白い日傘を開く。傘の下で振り向く糸目はいつも通り微笑んでいるが、足の先はもう行きたい方を向いている。

 

「さ、参りましょう。シラベ様も日陰にいらしませんか?」

 

「いいよめんどい。というか周りの邪魔にならねえか、それ」

 

「そうでしょうか。似たような方は結構いらっしゃいますけども」

 

 周囲をぐるりと見ると、カルメリエルほどバチバチにキマッたコスプレはともかく、華美な衣装に日傘というのはぽつぽつと見える。

 

 普段は視界から意図して外す珍妙な恰好の女が隣にいるだけでこうも見方が変わるのか。シラベは妙なところで感心しながら、カルメリエルの隣に並んだ。

 

 

 

 この買い物に誘われたのは、二日前のことだった。

 

 手元の配線材や細かな部品を補充したい。ついでに工具と、製作中の機材に使うケース等々を見ておきたい。そういう話だった。寄贈してもらった廃品では賄えない部分は、通販でも大抵は揃うらしいが、手に取ってみないと分からないところもあるという。

 

 怪しげな工作活動に付き合うことにはシラベもいささか不安があったものの、むしろ買うものを目の前で見れるなら不審物の検閲もしやすいだろうと納得しようとする。だが荷物持ちをお願いしたい、と付け足されたことには少々引っ掛かった。

 

「力仕事ならお前の方が向いてるだろ。伝結晶付ければお前も熊並みの腕力じゃねえか」

 

「では、シラベ様と二人きりで一緒にお買い物がしたい、と申し上げればよろしいですか?」

 

 わざわざ言い直してから顔を寄せてくる。こうも素直に踏み込まれると逃げにくい。

 

 断る用事があるわけでもなかったので、こうしてシラベは出てきた。留守はミトラとレヴェローズが回してくれているし、晩飯までには帰ると言ってある。調べてみれば乗り換えをせずに済むバスがあったのも、シラベの出掛ける億劫さを和らげる材料であった。

 

「あちらですわね」

 

 カルメリエルの声でシラベは顔を上げる。目当ての店を見つけたらしい。細い通りの脇で手早く日傘を畳むと足早に進んでいく。シラベも続いて中へ入った。

 

 壁際の棚から中央の陳列台まで、小さな透明の袋がびっしりと並んでいた。赤や黒の線を巻いたもの、何本も脚の生えた黒い粒、細い金属片。型番が書かれた札は一応あるものの、それでも何をどこに置いてあるのかさっぱり分からない。

 

 シラベに辛うじて用途まで分かるのは電池くらいだが、それさえ見慣れない大きさのものがある。

 

 入口に重なっていた小さなトレイを取ると、カルメリエルがすぐに棚へ手を伸ばした。

 

 何らかの線の束を二つ。それから別の棚へ移り袋を三つ。スマートフォンに入れたメモを確かめてはトレイへ置いていく。

 

「今の線、同じのじゃねえの」

 

「色を変えておきますの。繋ぎ先を取り違えないように」

 

「ああそういう」

 

 そう聞けば納得出来るものの、説明されなければ何を基準に選んでいるのか見当も付かない。

 

 カルメリエルは近くの店員に声を掛け、棚から取った品を見せた。

 

「こちらと同じピン数で、足の長いものはございますか?」

 

「足長のは向こうですね。案内します」

 

「ありがとうございます」

 

 案内された先で似た部品を見比べたかと思うと、どちらもトレイに載せて次の部品棚へと進んでいく。今度は小さな部品から何本かの線が伸びていた。

 

「これ何だ?」

 

「基板用コネクタですわ。こちらは基板と基板を、こちらは電線接続向けのもの」

 

「バックヤードに転がってるのを見たことあるような無いような……なんか変な出っ張り付いてら」

 

「勝手に抜けないよう留める爪ですわね」

 

「ほー。全部同じじゃないのかこれ。線の本数一緒だろ」

 

「まさか。同じピン数でもピッチやロックの構造が違いますわ。実装する場所の高さ、それに抜き差しの頻度まで考えますと──」

 

「待て。すまん聞いて悪かった」

 

 シラベの懇願するような声にカルメリエルがくるりと振り向く。何故話を遮るのか理解出来ないといった顔だ。

 

「あー。よし、自分で考えてみる。ちょっと見せてくれ」

 

「あら、そうですか?」

 

 適当に言い繕った結果、部品を二つ持たされる。横に並べてみれば、確かに形状が違うというのは分かる。ではその違いに何の意味があるのかと喉まで出かかり、シラベはなんとか口を塞ぐ。これ以上聞くとここで授業が始まる気がした。

 

 そんな疑問を挟んでいるシラベをよそに、買うものは着々と揃っていく。カルメリエルは一度トレイの中を確かめると、もう会計へ向かっていた。

 

 店を出る頃には、シラベの手に買い物袋が一つ増えていた。

 

「こんなもんか」

 

「まだ最初のお店ですので」

 

 袋の中身よりカルメリエルが持つ日傘の方が重そうだ。カルメリエルは傘を開きながら、またスマートフォンで行き先を確かめた。

 

「今度はあちらですわ」

 

「おう。そういえば何作るんだっけ?」

 

「シラベ様ったら。何度も説明しましたわ」

 

「悪い、聞き流してた。お前の話をずっと聞いてるといつの間にか洗脳されそうだし」

 

 聞いた話を統合すると、どうも商品陳列に使う小さな台を作りたいらしい。

 

「店のショーケースとかにあるやつか。乗せたものが回転するあれ」

 

「ええ、ああいうものですわ。サンプル品を載せるには丁度良いかと」

 

「あんなの完成品がそこらで売ってるだろ」

 

「それでは意味がありません。わたくしが作りたいんですもの」

 

 当たり前のように返されて、シラベは口を閉じた。使うのが目的なら買えば済むが、作るのが目的と言われたら言い返す言葉は無い。自分で欲しい形に出来るならその方が楽しいのだろう。

 

「それに、既製品では伝結晶を仕込むスペースがありませんもの」

 

「お前は店内でどういうやらかしがしたいんだ?」

 

 不穏な呟きへ律儀にシラベが苦言を呈すると、何故かカルメリエルは機嫌良さそうに微笑みを浮かべる。わざわざ聞かせている辺り、どこまで本気なのか分からない。

 

「それはともかく。次買うケースは本体に使うものですわ。出来れば横面が開閉するものにしたいのですが」

 

「大きさは?」

 

「このくらいまでかしら。あまり場所を取るものにはしたくありませんから」

 

 差し出された手が幅と高さを順に示した。いわゆる弁当箱サイズというくらいのものだ。これなら確かに店での陳列に使えなくもないだろう。

 

 そんな話をしながら歩いていると、隣からの返事が途切れた。

 

 少し先まで行ってから振り返る。カルメリエルは道沿いの店先で足を止めていた。

 

 腰ほどの高さに置かれた箱へ、身をかがめて覗き込んでいる。追い付いてみると、プーリーの付いた小さなモーターや、何かの機械から外したらしい金具が無造作に入っていた。上には手書きの値札が差してある。

 

「ここも行く予定の店か?」

 

「いえ。少々気になるものが」

 

 カルメリエルは一つ摘まみ上げ、傘の陰で裏返した。

 

 小さなモーターに四角い箱がくっついているようだが、シラベには用途がまるで分からない。カルメリエルは一度品物を戻して日傘を畳み、腕へ掛け直した。

 

「欲しかったやつか?」

 

「いえ。初めて見るものです」

 

「なんかに使えるとか」

 

「まったく分かりませんわ」

 

「おいおい」

 

 カルメリエルはシラベの声を気にするでもなく、別のものを取った。こちらは軸の先に小さな金属の円盤が付いている。

 

「こういうものを見てから、作りたいものが決まることもありますもの。あの部品と組み合わせられるかしら、とか。今まで考えていた形を変えてみるのも良さそうですし」

 

 円盤へ指を添えて回し、横から見ている。それから最初の一つをもう一度持ち上げた。

 

 シラベは袋を持ち直した。見てから欲しくなるということなら覚えがあるので文句も出ない。安いカードの箱を漁っている時などは特に、だ。今のデッキに入れるわけでもないのに、妙に使い道がありそうな効果を見つけると買ってしまう。

 

 家へ帰ってから組み合わせを調べて、結局デッキにならずに終わるものもある。だがそういう札ほど、次に別のカードを見た時に思い出すのだ。

 

 そういう宝探しをしている時に早くしろと言われるのは、あまり嬉しくない。

 

 脇の箱を覗くと、同じような金属の塊が並んでいた。

 

「……こっちにも似たのあるぞ」

 

 呼ばれたカルメリエルが顔を上げ、シラベの指の先へ目を向ける。

 

「どちらでしょう」

 

「ほら、この奥の」

 

 示すために少し身を引くと、その空いたところへ肩を寄せられた。髪が腕に触れる近さだが、カルメリエルの顔は箱へ向いたままだ。

 

「ああ……。そちらは少し大きいですわね」

 

「ダメか」

 

「いえ、ダメということではないのですけれど。全体の大きさに関わる部分になりそうなので……ふむ」

 

 カルメリエルはもう品物へ目を戻していた。シラベも最初の箱を覗き直す。

 

 結局、カルメリエルが買ったのは最初に見ていた小さなモーターだった。一つだけのそれを袋へしまい、今度こそケースを探しに向かう。

 

 到着した店では電子部品の店とはまた異なり、棚の上から下まで四角い箱が並んでいた。今度は入口のかごをシラベが提げて、カルメリエルの後ろに付く。

 

 黒い樹脂、白い樹脂、銀色の金属。どれも中は空っぽで、上か裏のネジを外して開けるものが多い。単純な大きさや素材ならシラベにも品物同士の違いが分かる分、さっきの店より取っ付きやすい。

 

 カルメリエルは棚に出ている見本を持ち上げ、底を見て戻した。その隣も同じように確かめている。

 

 シラベが一段下の棚へ目を移すと、手頃な大きさの銀色の箱が隠れていた。天面にはネジが見えず、横の板の四隅にだけ小さなネジが付いていた。

 

「これじゃダメなのか。こっちから開きそうだけど」

 

「どれです?」

 

 手渡すと、カルメリエルは側面へ指を当て、継ぎ目を確かめた。棚に貼られた寸法の表示と見比べてから、もう一度箱へ目を戻す。

 

「……そうね。これでしたら……」

 

 声が小さくなる。考えを巡らせる時間に入ったらしい。板が外れる方向へ指を滑らせ、今度は上の面を指先でなぞっている。

 

「こちらの面へスイッチを付ければ、線を繋いだまま開けられますわね。中を触る時にも……ええ、良さそうです」

 

「いい感じか?」

 

「はい。置き方を少し変えれば。ありがとうございます、シラベ様」

 

 カルメリエルは見本を棚へ返し、同じ品の新品をシラベの持つかごへ置いた。もう決まりらしい。

 

「シラベ様。ついでにこちらも、持ってみてくださいな」

 

 今度はカルメリエルから、見本のつまみを載せた小さな板を差し出される。

 

「つまみ?」

 

「回す速さを変えるためのものです。どちらが扱いやすいかしら」

 

 どっちでもいい、と言ってしまっても良かったが、直前に自分の示した箱が採用されたことに何かをくすぐられてシラベもどれどれと乗っかってみる。

 

「大きい方かな。小さいのは細かく動かしにくいし、力を掛けにくい」

 

「なるほど。では、そちらにいたしましょう」

 

「でもお前が作るものだろ。俺の手で決めていいのかよ」

 

「ええ、はい。シラベ様の手であれば、問題ありませんわ」

 

 見本を受け取るついでに、カルメリエルの手のひらが上から重ねられる。顔を見れば微笑んでいた。だが、何か言う前にその目は商品棚に戻り、箱とつまみの大きさをあらためて比べていた。

 

 

 *

 

 

 ようやく見つけた喫茶店の席に腰を下ろすと、シラベは足元へ買い物袋を置いた。

 

「結構歩いたな。まさかこんなに席空いてる店が無いとは」

 

「そうですわね。ここは煙草を吸われる方がメインですから席が空いていたのでしょうか」

 

「どっちかっていうとそれが理由で埋まりそうなもんだが。ま、俺は吸わないからどうでもいいか」

 

 ケースの店を出たあとにも、二人は何軒か回った。一本のピンセットを選ぶのにあれほど時間が掛かるのは予想外だったし、ドライバーの先にあんなに種類があることもシラベは初めて知った。

 

 迂闊にどういう違いがあるのかなど聞けばカルメリエルが語り始めるのは分かり切っていたため、シラベはおとなしく待っていた。

 

 ただ待つだけでも立ちっぱなしは膝に来る。それに、彼女の傍から離れようとすると、やけに近くまで寄ってくる客が目についた。混んでいるせいなのかもしれないが、シラベはそこを譲る気にならなかった。

 

 それは独占欲から来るものだったとシラベも自覚しているが、カルメリエルが『事故』を理由に相手をどうにかしてしまうのではないかという危惧も多少あった。

 

 当の腹黒シスターは、今は向かいの席で、シラベの足元から引き寄せた袋を開いて買ったものを出している。

 

「おいおい、ここで工作なんてすんなよ」

 

「そうじゃありませんわ。今のうちにまとめておこうかと思いまして」

 

「そうか。んじゃ、テーブル空けな。ほら、飲み物来たぞ」

 

 カウンターで頼んだものが運ばれてきたのをシラベが指で示すと、カルメリエルは慌ててテーブルの上を空ける。シラベはアイスコーヒー、カルメリエルはアイスティー。一口含んでからシラベは椅子へ背中を預けた。歩き回った分だけ、座れるのがありがたい。

 

 カルメリエルは今度は袋を開けず、膝の上へ手を揃えて座っていた。胸元に掛かっていた髪を肩の後ろへ払い、グラスの縁へ指を添える。

 

「お疲れになりました?」

 

「まあ、立ちっぱなしだったしな。お前、工具見てる間ほとんど動かねえんだもん」

 

「失礼いたしました。つい」

 

「いいよ別に。そういや、あの箱の上に載せる皿は? それもどっかで買うのか」

 

「台の上の部分ですか? そちらは自分で作るつもりですわ。置くものに合わせて替えられるようにしておきたいので」

 

「そういうのこそ既製品の方がいいような気がするけど。アテがあるのか?」

 

「ええ。何なら外注するという手段もありますし。色々仕組みも考えておりますから」

 

 こういうのとか、と指先で形を示そうとしたカルメリエルが手を止める。

 

「……わたくしたち、先ほどからこの話ばかりですわね」

 

「そりゃその為に買い物してるんだから、そうなるだろ」

 

「退屈ではございませんでした?」

 

「そうでもねえよ。興味ないなら俺から聞いたりしない」

 

 今の話だってそうだ。知らないものばかりなのは確かだが、何も分からないまま帰るよりは、どうなるのかくらい知っておきたい。

 

「あの箱がどう仕上がるのかは見たいけどな。いや、詳しい説明は物が出来てからでいいから」

 

「ふふ。承知いたしました。では、完成した折には共同開発者として、一番最初にシラベ様をお呼びしますわね」

 

「しれっと共犯にしやがって」

 

 シラベが胡乱げに向けた目を、カルメリエルは微笑んで受け流した。

 

 こうして色々聞かされている以上は仕方がないかと諦めて、コーヒーを一口飲む。喉を通る冷たさに息を吐くと、向かいでもグラスが持ち上がった。

 

「シラベ様の方は、何かお探しのものがございましたの?」

 

「俺?」

 

「駅前でご覧になっていたお店ですわ。カードをお探しなのかと」

 

 言われてシラベもようやく思い出す。もう数時間前の事だというのに、よく覚えているものだ。

 

「いや、何があるのかなと思っただけ。古いのも置いてそうだったし」

 

「昔のカードをお使いになるのでしたら、店にもございますでしょう?」

 

「うちのストレージは俺も仕分けしてるから、大体何があるか覚えちゃってんだよ。他所だと見たことねえのが急に出てきたりするし」

 

「なるほど。何が出るか分からない方がよろしい、と」

 

「全部のカードなんて知らないわけだしな。昔の奴なんて、効果の文章がやたら長いのとかあるだろ。ああいうの読むと何か悪さ出来そうな気がするんだよ。前見つけた奴だと、CCを行ったり来たりさせてるうちに無限ライフを得るプランとか……」

 

 口にしながら思い浮かべた一枚の使い方を、シラベはテーブルの上で指を動かして説明し始めた。

 

 一枚では大して役に立たない。だが、他に必要な札が二、三枚あって、それが揃えば勝ちと言っていいコンボルート。問題は揃うまでに殴り倒されることで、そのために別の札を入れると、今度は肝心なものを引けなくなる。

 

「それを役立たせるためのデッキを突き詰めていくと、結局最初のプランが一番邪魔になったりするんだもんな。まったく」

 

「ふふふ。ええ、そういうこともありますわね」

 

 尻すぼみの話にカルメリエルが頷いた。何か心当たりがあったのか口元を隠すほど笑っている。

 

「もしそのデッキが完成しましたら、お相手いたしますわね」

 

「そうかい。……あ、今何すりゃ止まるかまで考えてただろ」

 

「さて。何のことでしょう」

 

 シラベはもう一口コーヒーを飲み、対抗策への対抗策をなんとか捻り出そうと唸るしかなかった。

 

 話が一段落した頃、カルメリエルがスマートフォンを取り出した。

 

「こちらは、またの機会ですわね」

 

 呟きにシラベが目を向けると、カルメリエルは印を付けた地図をスマートフォンに表示させていた。今回は足を伸ばさなかった場所らしい。親指の腹が端末の輪郭を滑っている。

 

「まだ残ってたのか」

 

「ええ。ですが必要なものは揃いましたし。ここからですと少し歩きますので、そろそろ家に戻りませんと」

 

 シラベも時刻を確かめる。帰りの移動を考えれば、駅へ向かう頃合いだった。

 

 ただ、カルメリエルはまだ地図を開いたままだ。理屈を口にして納得しようとしているが、未練があるのがシラベの目で見ても明らかだ。

 

「次はそっちから回ればいいだろ。駅に近い店からずっと見ていかなきゃいけないわけでもないんだから」

 

 スマートフォンの縁をなぞっていた指が止まった。カルメリエルが顔を上げる。

 

「次も、お付き合いいただけますの?」

 

「店の都合がつけばな。段取りは分かったから、今日よりは探すの手伝えると思うし」

 

「……ええ。では、またお願いいたします」

 

 残っていた紅茶を飲み、足元の袋へ手を伸ばすカルメリエル。その横からシラベが先に袋を取ると、素直に手を引っ込めた。

 

「お前は傘だけ忘れんなよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 外へ出ると、通りの片側はもう建物の陰になっていた。カルメリエルも日傘を開かず、シラベの傍にそっと寄り添うだけに留める。

 

 駅の方へ歩き出してしばらくすると、手の甲に指が触れてきた。

 

 やっぱり行きたいと袖を引かれるのかと思ったが、指先は手の甲から下へと下がり、指同士で絡もうとしてくる。

 

 顔を向けると、カルメリエルは体を寄せてくるくせに、視線だけはシラベから外していた。僅かに開いた目から、エメラルドグリーンの瞳が覗いている。

 

「ほら」

 

 持ち手の食い込む袋を反対側へまとめて手を空けると、指がするりと差し込まれた。そこでようやく目が合う。カルメリエルはいつもの糸目に戻り、近付いた肩が歩くたびに腕へ触れた。

 

 シラベは繋いだ手を握り直し、隣のゆっくりした歩調に付き合うことにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。