昼を少し回ったボトムレスピット。対戦スペースは空いており、レジへ来る客も途切れていた。
「今のうちに、ちょっと弄らせてもらうか」
呟きながら、シラベはカウンターの内側で持ってきたデッキケースを取り出した。隣には採用候補を詰めたストレージを置く。会計時の邪魔にならないよう場所を調整してから、ケースの蓋を開けた。
中の束はデッキと呼ぶにはまだ少し厚い。入れたいものをとりあえず突っ込んで、枚数を絞るところで放置していたやつだ。
先日カルメリエルの買い物に付き合った時、この中にある一枚の話になった。CCを行ったり来たりさせているうちに無限ライフを得る、という例の構想である。話している間に何を入れ何を抜けばいいかまで思い付きかけたのだが、家に帰った頃には忘れていた。思い付いた時に書いておけばいいものを、デッキを見れば思い出すだろうと放っておくからこうなる。
「えーっと……何だっけな」
束を手に取り、何枚かずつずらしていく。どれも覚えのあるカードばかりで、だからこそ、その中のどれに用があったのかが分からない。
触っていれば何か思い出すだろう。シラベはまずルーンをまとめ、残りを大雑把にコスト順へ分けた。
目指しているのは環境で幅を利かせている連中へ殴り込むようなデッキではない。ティアー表に無理やり載せるならティアー3か4あたり。上位の顔ぶれを眺めて勝てる相手を探すより、適当に持ち寄ったデッキ同士で遊ぶ時に使いたい。
何も考えずに生命体を出して殴るだけでは少し物足りない。かといって、相手がまともに動き出す前に決着をつけるほど詰める気もない。
普段は普通に盤面を作って、たまに妙なものが揃いかける。相手がそれに気付いて、ちょっと待てそれ何するつもりだ、と手札を見直してくれれば楽しい。あと一枚を引くか、引く前に潰されるか。その辺りでお互いに騒げる程度が丁度いい。そのための無限ライフだった。
もっとも、言葉だけなら凶悪でも、実際にやろうとすると手間が掛かる。
シラベは束の中から必要なカードを抜き、順にカウンターへ置いた。『イクイの保釈パス』、『スカリヘ』、『泥水抽出機』と並べてまだ終わらない。これに必要なマナまで考えると、相手に何も妨害をされなくても揃うまで随分待たせることになる。しかもそれぞれが単独ではほとんど仕事をしない。
他のカードがあれば強いというのは分かる。その別のカードもさらに別の何かがあることを前提にしているのがよろしくない。説明文だけ読んでいる時は全部揃っている想定で考えがちだが、実際の手札はそう都合良く出来ていなかった。
「これ二枚だけ引いても困るんだが、でも入れないとコンボ成立しねえし」
同じ絵柄の二枚を重ねてみる。片方を外せば引ける確率が下がり、増やせば肝心な時にほかの札を押し退けて出てくる。
見事に回った時だけ眺めている分には夢のあるデッキだ。そこまで持っていくための苦労を考え始めると、別の勝ち方をした方が早いという話になってしまう。
そんなことは最初から分かっている。分かった上で、一度くらいやってみたいから作っているのだ。シラベは二枚ともひとまず元の束へ戻した。
コンボだけを追いかけていると、それを止められた後に何も残らなくなる。普通に生命体を出して攻撃を受けたり殴り返したり出来るくらいにはしておきたい。コンボを警戒させている横で大型が居座れれば、そちらで勝つことだってあるだろう。
それなら無限ライフなんて要らない、などという自分の中の指摘は無視する。入れておくことに意味がある。
ストレージの仕切りを指でずらし、候補の列を前から見ていった。こちらはデッキに入れるのをやめた札と、まだ試していない札が混ざっている。一度は抜いたものでも、ほかの部分が変われば役に立つかもしれない。
「1マナ帯2マナ帯……このへんか?」
安いコストで出せる生命体を一枚取り、採用してあるカードと比べる。序盤に何もせず殴られ続けるよりは、こういうものを少し増やした方が遊びやすそうだった。
あとで何度かデッキを回して、馴染まないならまた変えればいい。完成しましたらお相手いたしますとカルメリエルにも言われていることだし、このまま未完成で寝かせておくよりはひとまず遊べる形にしてしまおう。
そう考えていたところへ、視界の横から一枚のカードが差し込まれた。
「……あ?」
描かれているのは赤い装束に灰色の軍服。腰に並んだ結晶体と、見慣れた金髪。『
カードを持つ手を辿って顔を向けると、レヴェローズがすぐ横に立っていた。片手を腰へ当て豊満な胸を張り、いかにも得意そうに顎を上げている。
いつもは騒がしい癖に何も言ってこない。シラベが自分を見たと分かると、カードをもう少し前へ出してきた。
「何だよ」
返事の代わりにカードが軽く振られた。入れろ、ということらしい。
確認するまでもなく分かるが、だからこそ聞きたくなった。今ここで何を組んでいるのかも知らないだろうによくそんな自信満々の顔が出来るものだ。シラベは半眼でレヴェローズを見た。
レヴェローズは笑みを深くするばかりだ。空いている手を腰から離し、デッキの束を指す。入れる場所まで教えてくれるつもりらしい。知っている。
「……はぁ」
シラベは見比べていた候補を置き、デッキになりつつある束を取り上げた。何枚かめくっていき、一枚を抜く。
「ほら」
それは、レヴェローズが差し出しているのと同じ絵柄が印刷されたカードだった。それもレヴェローズが手にしているものとは異なり、軍服も髪も、背景までまとめて光沢を帯びるフォイル仕様だ。カードの表面に店の明かりが映り、傾けた分だけ色が流れる。その中央で胸を張っている総督閣下もどことなく誇らしげな気がする。
カードからの照り返しの光を受けて、レヴェローズの目が丸くなった。自分の手の中と、シラベの手元を見比べる。わずかに開いた口が、そのまま大きな笑みへ変わっていった。
まずい。思った時にはもう遅かった。
「契約者ぁ!」
「おい──」
自分の一枚をカウンターへ置くなり、レヴェローズが抱き着いてきた。シラベも持っていたフォイルを慌てて逃がす。腰へ回ってきた腕に引き寄せられ体が横へ傾いた。肘がストレージの端をかすめるのを背筋に力を込めてどうにか止める。
「危ねえだろ。散らかるって」
「うむ、うむ!」
まるで返事になっていない。レヴェローズはシラベの肩へ頬を寄せ、隙間を埋めるように身を寄せてくる。こちらの姿勢を直す余裕もなく上半身に柔らかな重みが押し付けられた。
シラベはなんとかカードを束へ戻し、落としそうな数枚を奥へ寄せた。かろうじて動かせる手でカードを片付けている間にも肩に乗った頭がぐりぐりと動く。金髪が顎を撫でてきてくすぐったくも鬱陶しい。
「邪魔だからひっつくな。作業させろ」
「何を言う、素直でない奴め。光り輝く私を入れるほど気に入っているのではないか!」
レヴェローズは少しだけ顔を離し、シラベを見上げた。頬が緩みきっている。
「そのお気に入りのカードからの抱擁だ。ありがたく受け取るがいい!」
そう言い切って、また頭を押し当てられた。受け取れという割に片腕が締め上げられていてどうこうできる余裕はまるでない。
シラベは空いた手をレヴェローズの肩へ置いた。
「このデッキは元々フルフォイルにするつもりだったんだよ。お前だけ光ってるわけじゃねえの」
カウンターに残してある一枚を顎でしゃくってみせる。そちらの表面も店の明かりを拾って光っていた。まだ候補の出入りがあるので全てとはいかないが、手に入るものから順に光沢仕様へ替えていくつもりだ。レヴェローズのカードはフォイル仕様も安く手に入るので、先に差し替えておいただけで、選んで飾り立てたわけではない。
「手ごろな大型生命体が欲しかっただけだって。CCも使うし、ちょうどあったから入れてんだよ。聞いてるか?」
「聞いているとも! つまり私が必要だったのだろう?」
「聞いてねえじゃねえか」
言い返そうとした口元へレヴェローズが額を押し付けてきて、語尾がくぐもった。
8マナは決して軽くない。もっと速く、もっと確実に勝とうと思えば先に外れる候補になるのも分かっている。
だが、気軽に回すためのデッキだ。マナを伸ばすカードを入れつつコンボカードが出せるところまで遊ぶつもりなら、そういう大型も採用する余地くらいはある。場に残せれば後続にも働くし、単に大きいというだけでも何もしないコンボ部品を引くよりは助かる時がある。
入れている理由はあるのだ。別に本人に喜んでもらうための一枠ではない。絶対に違う。
「私は分かっているぞ、契約者」
「絶対分かってねえだろ。お前の怨念さえなければ別にお前じゃなくてもだな……」
「うむ。皆まで言わずともよい。私はずっとお前と一緒なのだからな!」
「聞けよ呪いの装備」
何を言っても機嫌が良くなるばかりでまるで効果が無い。デッキに入っていた。その事実だけでもう十分らしい。
ちらりと店内を見やる。まだ客はいない。ふんすふんすという鼻息がこうして近くでやかましくても、店先に人影が来ればぎりぎり気付けるだろうか。
それなら、まぁ。どついて強制的に落ち着かせるよりも、少しずつ宥めていったほうが楽、かもしれない。
「……客が来たら離れろよ」
「うむ!」
返事の勢いだけは良かった。言われた事を実行してくれるかは分からないが。
シラベはカウンターの上に伸ばしかけた手を戻し、いつまでもぐりぐり動いている金髪に載せる。余計に押し当ててくる頭と身体の圧力にいよいよ体が押し負けそうになりつつも、相棒の想いを受け止め続けた。