カスレアクロニクル   作:すばみずる

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22 お気持ちは分かりますわ

 シラベは夢を見ていた。

 

 無機質な蛍光灯が白々と照らす、灰色のオフィスの夢だ。

 

 目の前の上司から突きつけられているのは、身に覚えのない入出金記録のコピー。

 

 周囲の同僚たちは、誰もこちらを見ようとしない。ただキーボードを叩く音だけが、雨音のように降り注いでいる。その雨音が、次第に「お前がやった」「お前しかいない」というあざけりの声に変わっていく。

 

 軽蔑。失望。あるいは、自分ではなくてよかったという安堵を含んだ冷たい溜め息。

 

違います。俺はそんなことやってません

 

 乾いた喉から絞り出した声は、誰の耳にも届かない。怒号と共に、書類の束が投げつけられる。

 

 バサバサと紙が散らばる音が鼓膜を叩く。働いてきた、積み重ねてきた時間が、音を立てて崩れ去っていく。

 

 誰も信じてくれない。誰も助けてくれない。

 

 自分という存在が、社会という巨大なシステムからエラーとして弾き出される感覚。

 

 胃の腑が鉛のように重く、息ができない。暗い水底へと沈んでいくような、逃げ場のない絶望感──。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、はぁ!?」

 

 胸を叩く衝撃で、シラベは弾かれたように目を覚ます。

 

 背中にはびっしりと冷や汗が張り付き、静寂な部屋に荒い呼吸が響く。そこまで己を顧みてから、ようやく叩いてきていたのが心臓なのだと気付く。しばらくぶりの無様な寝起きに、頭も体も追いついていなかった。

 

 ここは無機質なオフィスではない、薄暗い六畳の自室だ。言い聞かせる内にざらついていた神経が冷えてくる。触れれば未だに痛くても、血の気が巡って来ればいずれ忘れられる筈だ。

 

 整う息。付き合いの長い身体の単純さに胸を撫で下ろす。

 

 だが、その安堵も束の間。目の前に、闇に浮かぶ白い顔があった。

 

「うおあっ!?」

 

 シラベは無様に悲鳴を上げ、布団の上で後ずさった。

 

「なに、その声」

 

 もがく足を止めたのは、思いのほか柔らかな声。

 

 幽霊かと思ったその顔の正体は、この家の主であり、今の上司である佐野ミトラだった。

 

 彼女は死んだ魚のような目で、シラベの顔をじっと見据えている。

 

「あ、いや……店長? なんでここに……?」

 

 シラベは混乱する頭で周囲を見回す。

 

 いつものように布団に潜り込んでいるはずのレヴェローズがいない。代わりに枕元には不機嫌そうな合法ロリオーナーが仁王立ちしている状況。分からない。

 

「うなされてたわよ」

 

 淡々と言うミトラ。それだけで、シラベはバツが悪そうに顔を覆った。

 

 最悪だ。見られたくない醜態を、よりにもよって雇い主に覗かれた。夢の内容がバックドラフトして墓地から吐き気が込み上げる。

 

 だが、今は感傷に浸っている場合ではない。窓の外は既に明るい。

 

「さーせん、寝坊しました、すぐ準備します」

 

 シラベは強引に思考を切り替え、重い体を起こそうとした。

 

 しかし、ミトラの小さな手が、シラベの肩を押し留める。

 

「朝飯ならカルメリエルが作ってる。掃除や準備も、サブロウさんが残していったマニュアル通りにレヴェローズが進めてるわ」

 

 ミトラはシラベを布団に押し戻すと、乱暴に掛け布団を顔まで引き上げた。

 

「顔色最悪よ。ゾンビみたいなツラで店に出られたら客が減るわ。もうちょっと寝てなさい」

 

「いや、でも」

 

「業務命令。二度寝しろ」

 

 それだけ言い捨てると、ミトラは音もなく部屋を出て行ってしまった。

 

 残されたシラベは呆然と閉まったドアを見つめる。胸の奥の澱が、少しだけ軽くなった気がした。

 

 しかし、一度覚醒してしまった脳は、もう眠りを拒絶していた。

 

 

 

 結局、シラベが一階に降りたのはそれから三十分後だった。布団から出た格好そのままだったが、身だしなみを整える気力が湧かなかった。

 

 食卓代わりの長机には、既に三人分の朝食が並べられている。

 

 厚切りのトースト、完璧な半熟具合の目玉焼き、色鮮やかなサラダ、そして湯気を立てるスープ。男の一人暮らしでは面倒という最大の敵に打ち負かされるキチンとした食事を前に、不調を訴えていたはずの胃腸は欲望のままに鳴き声をあげた。

 

「あら、おはようございますシラベ様。まだお休みになっていてよろしかったですのに」

 

 エプロン姿のカルメリエルが、慈愛に満ちた微笑みで出迎えた。

 

「そういうわけにもいかねえだろ」

 

 シラベが気まずそうに席に着くと、カルメリエルがパタパタと動き回ってシラベの分の食事を並べる。

 

 向かいにはミトラが座っており、無言でトーストを齧っていた。シラベの分の配膳を終えたカルメリエルがミトラの隣に座り、幼く見える主の頬についたパンくずを甲斐甲斐しく取ってうざがられる。

 

 シラベの横ではレヴェローズが、目玉焼きの黄身をいつ潰すかという重大な戦略的判断に悩んでいた。

 

「いただきます」

 

 手を合わせ、食事を始める。

 

 味は文句なしに美味い。王族という出自を考えると意外だが、カルメリエルは料理が達者だ。手際も良いし、率先して買い出しに行き食費を抑えるための苦労も厭わない。安さを追求するあまりに遠くのスーパーまで行ってしまい帰りが遅くなることがあるのと、尋常ではないプロポーションで周囲の目を吸収することが玉に瑕だが。

 

 カチャカチャと、食器の音だけが響く。

 

 いつもならレヴェローズが騒ぎ、ミトラが毒づくのだが、今朝は妙に静かだった。ミトラから何か言われてこいつらなりに気を使っているのだろうか、とシラベは考えるが、迷惑だなと思う自分に嫌気がさしたところで思索を打ち切った。

 

 気まずい沈黙を破ったのは、他でもないミトラだった。

 

「ねえ、シラベ」

 

 コーヒーカップを置き、ミトラが唐突に切り出した。

 

「あんたってレヴェローズ抱いたの?」

 

「あ?」

 

「あらあら」

 

「ぶふぅっ!?」

 

 シラベの隣で、レヴェローズが盛大にスープを吹き出しそうになった。なんとか手で口を押さえ、咳き込みながら必死に嚥下する。

 

「けほっ、ごほっ! な、ななな、何を言うか貴様!」

 

 レヴェローズは顔を真っ赤にしてミトラを睨みつけた。その反応はあまりにウブで、かつ動揺に満ちていた。対するシラベは呆れを含んだ溜息をつき、冷めた目でミトラを睨む。

 

「朝っぱらから何聞いてんだよ。セクハラで訴えるぞ」

 

「だって不思議じゃない。ひと月以上前、うちに来る前から同じ屋根の下にいて、屈託なく布団に潜り込んでくるボンキュッボンな美女がいるのよ? 若い男なら手を出さない方が不自然でしょ」

 

 ミトラは悪びれもせず首を傾げる。確かに状況だけ見ればDLsiteのような環境だ。だが現実はツクールエロゲではない。

 

「抱くわけないだろ。こいつの()()()扱いなんてされたら縁起が悪い」

 

「……あー。ま、そりゃそうか」

 

 シラベはトーストを千切りながら淡々と否定すると、ミトラがあっさりと納得する。

 

 その反応に、顔を赤くして俯いていたレヴェローズが、パッと顔を上げた。

 

「む? どういう意味だ?」

 

 紫電の瞳が怪訝そうに二人を行き来する。

 

「契約者よ。私を妻に迎えることが、なぜ縁起が悪いのだ? ドゥブランコ王家の血筋だぞ? むしろ光栄の極みであろう!」

 

「そうですわね。妹は少々不出来ですが、腐っても王族。一般庶民の妻としては破格の待遇ですわよ?」

 

 カルメリエルも興味深そうに身を乗り出してくる。

 

 その純粋な疑問の眼差しに、シラベとミトラは視線を交わした。

 

 一瞬のアイコンタクト。二人は無言で顔を近づけ、精霊たちに聞こえないようひそひそと話し始めた。

 

(おい、どうすんだこれ。お前の変な話題振りで面倒なとこ突っ込んでるぞ)

 

(しゃーないでしょ、雑談のネタなんて思いつかなかったし)

 

(計画性皆無かよ。経営破綻しろ)

 

(そん時はあんたも道連れだからね。これを機会に確かめてみてもいいんじゃない、こいつらのストーリーの認識)

 

 

 

 

 

『エインヘリヤル・クロニクル』の背景ストーリー、フレーバーテキストや公式サイトの小説で語られる設定において、ドゥブランコ王家は悲惨な末路を辿っている。

 

 長女ヴェルガラは妹による謀殺。次女カルメリエルは敵国と通じ、姉を謀殺した末に破滅。

 

 三女レヴェローズは辺境へ追放され、国が滅ぶことも知らずに孤立。

 

 王家に関わった男たちは大抵ろくな死に方をしていないし、そもそも国自体が消滅している。

 

 レヴェローズの婚約者なんて、後々のパックに付随したストーリーでは語り手として抜擢されたものの、安否不明のレヴェローズを追い掛けていたら敵国ヴラフマに捕まり、王族の()()()というだけで改造されてえらい目に遭っている。

 

 そのうえ、脱出した先で復讐を誓ったと思ったら呆気なく死んでしまい、次の主人公へとバトンを渡すだけの存在に過ぎなかった。

 

 抱いただけで死ぬ理由になった女なんて不吉すぎる。その豊満な胸に引き寄せられるのは男の本能として仕方がないと開き直っていたが、抱く勇気まではシラベに無かった。

 

 

 

 ともあれ。

 

 シラベとミトラは疑問に思っていた。そういう物語(エッダ)は公式から数あれど、レヴェローズとカルメリエルからは、カードに描写されている以上の物語性がひどく薄い。

 

 目の前にいるレヴェローズは追放されてから総督としてぶいぶい言わせていた頃、カルメリエルは敵国ヴラフマとの内通がうまく行き姉を謀殺した後くらいの時期としての認識しか持っていないように見える。──カルメリエルの有り様がひどいが、こいつの場合は『シルヴァルナ』のフレーバーテキストと併せて姉を殺しているのが確定しているから仕方がない。

 

 

 

(下手に触れて、嘘吐くなと暴れられても困るぞ)

 

(そもそもこいつらにとっての『原作』ってどういう扱い? 自分の過去なのか、それとも予言なのか。ゲームのキャラって自覚はあるっぽいけど)

 

 

 

 シラベとミトラは、キョトンとしている姉妹をチラリと見た。

 

 彼女たちは「キャラクター」なのか、それとも「人格を持った別の存在」なのか。

 

 シラベとミトラはどちらが確認するのかを押し付け合い、最終的に店長権限を持ち出したミトラに負けたシラベが二人へ話すことになった。

 

「あー。確認なんだけど、お前らって『九脊界』とか『脊界樹』は知ってるのか?」

 

「知らん」

 

「機械正教の経典では、『脊界樹』は世界の成り立ちに根差すものだと触れられておりますが、それ以上はあまり」

 

「なるほど。えーっと。どっから話すかな……」

 

 レヴェローズは相変わらずだが、カルメリエルの言葉で彼女たちの知識量を確認していく。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 トレーディングカードゲーム『エインヘリヤル・クロニクル』。

 

 一九九〇年代に産声を上げ、数多のTCGが生まれては消えていく荒波の中で、熱狂的なファンに支えられ生き残ってきた古豪のタイトルだ。

 

 その背景ストーリーは、二つのレイヤーによって構成されている。

 

 

 

 一つは、プレイヤーである魔術師たちが生きる「現在」だ。

 

 この世界において、神話の時代はとうの昔に終わりを告げている。かつて九つの世界「九脊界」を支えていたとされる巨大な「脊界樹」は腐り落ち、神秘は枯れ、ただ人間の営みだけが残る黄昏の世。

 

 プレイヤーとなる魔術師たちは、かつて世界を観測したとされる巨人「全知のギュルヴィ」の遺骨を食んだ異能者という設定だ。

 

 彼らは骨の中に刻まれた記憶を触媒とし、太古の英雄、失われた器物、あるいは事象そのものを「カード」として現世に再構成する。そして互いの持つ骨──すなわち記憶と魔力を賭けて、終わりなき覇権争いを繰り広げているのである。

 

 つまりシラベたちが使うカードは、厳密には本人そのものではなく、骨から読み取られた「記憶の再現体」を描いているに過ぎない。

 

 

 

 そしてもう一つが、カードに描かれる英雄たちが生きていた「過去」──「九脊界」が在りし日の物語だ。

 

 脊椎のように連なり、しかし決して交わることのなかった九つの世界。そこではそれぞれの理によって文明が興り、あるいは滅び、平穏と混沌が入り混じる激動の時代が続いていた。

 

 レヴェローズたちドゥブランコ王家が存在したのは、その中の一つ、『戦乱葦野(ミズガルズ)』と呼ばれる世界だ。

 

 機械と蒸気、そして信仰が融合した『神聖機械帝国ドゥブランコ』と、生体融合技術を操る『海洋融合連合ヴラフマ』。二大国が覇を競い、血で血を洗う抗争に明け暮れていた戦乱の地。

 

 本来、一つの脊界に住む者たちが、他の脊界を知る術はない。世界は隔絶され、互いに干渉することはないはずだった。

 

 だが、ドゥブランコ帝国だけは例外だったという記述がある。

 

 彼らが独自に発展させた『伝結晶』技術。情報の記録と伝達、継承、魔力の増幅を行うそのテクノロジーは、世界の壁すらも越え、遥か『外』の世界と繋がることさえ可能にしていたという。

 

 それが希望をもたらしたのか、あるいは破滅を招いたのかは定かではない。

 

 確かなのは、それら全ての営みが、彼女たちの世界においても骨としてしか残っていないという事実だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ひと通りの説明を終えると、シラベは冷めたコーヒーを喉に流し込んだ。

 

「……とまあ、これが『エインヘリヤル・クロニクル』の大枠の設定だ」

 

 空になったカップを置き、改めて目の前の二人──『戦乱葦野(ミズガルズ)』に在った王女たちの成れの果てを見やる。

 

「要するにだ。俺たちプレイヤーは骨の記憶からお前らを呼び出してる魔術師って設定なんだよ。お前らが生きていた世界も、国も、脊界樹とかいうデカい木も、全部遠い昔に腐って消えちまってる。今ここにいるお前らは、骨に残ってた幽霊やコピーみたいなもんだ」

 

 自分たちが創作物として描かれていること、それはカードゲームになっている以上受け入れられているとしても、自分たちの生きた証も、愛した国も、憎んだ敵も、すべては塵となり、ただのゲームの駒として消費されているという事実はあまりに残酷だ。「箱の中の箱」に過ぎないと己の虚無を突きつけられるに等しい。

 

 実際、原作ストーリーにおいて、この事実に触れた者は哀れな終わりを迎えている。シラベの脳裏を過ったのは、かつて九脊界からの完全な自由を求め、世界の壁を撃ち抜いた『解脱者』のエピソードだ。

 

 あらゆるものを犠牲にし、世界の壁を突き破った彼女。しかしそこで彼女が目にしたのは、自分が『全知のギュルヴィ』の小指の骨の一欠片から這い出たという事実だった。

 

 記憶の中で無限に繰り返される闘争から自分が生じたと知った彼女は絶望し、記憶の九脊界に戻ることもできず、永遠に虚無を彷徨った──そのバッドエンドを示すように、以降のパックで彼女のカードが収録されなくなった、とシラベは記憶していた。

 

 

 

 だが。レヴェローズは残っていたサラダをシャクシャクと咀嚼しながら、事もなげに頷いた。

 

「骨を齧るとは、人間というのは随分と悪食なのだな」

 

「感想そこかよ」

 

 カルメリエルに至っては、うっとりと頬に手を当ててさえいた。

 

「私たちが遠い過去の幻影……骨に刻まれた記憶の再現体だなんて。まるで御伽噺のようですわね。興味深い技術ですこと」

 

 拍子抜けするほど軽い反応に、シラベは目を白黒させた。隣のミトラも、ジャムのついたスプーンを口にくわえたまま固まっている。

 

「……それだけか? ショックじゃないのか?」

 

 シラベが問うとカルメリエルはきょとんとした顔をして、それからふわりと微笑んだ。

 

「ショックも何も、シラベ様。……私たちは『知って』おりますもの」

 

「知ってる? 設定をか?」

 

「いいえ。詳しい経緯や歴史……そうですね、シラベ様がおっしゃったような『脊界樹』がどうなったかとか、我が祖国がどう滅んだかといった『知識』はありません」

 

 ふむ、とカルメリエルが一息つく。

 

「シラベ様。以前レヴェローズから、『夢の中で知識の集積所に繋がる』という話をされたと仰られていましたわね」

 

「ああ、最新のルールとかが頭に入ってくるってやつだろ? レヴェローズだけだといまいち信用出来なかったから、お前に確認したよな」

 

「契約者! 失礼だぞ!」

 

「お気持ちは分かりますわ」

 

「姉様まで!」

 

 カルメリエルは妹の怒声を無視して、指先で空中に円を描く。僅かに光らせるその指の軌跡は、彼女たち精霊だけがアクセスできるという不可視のネットワークがそこにあるかのように幻視させた。

 

「私たちがまどろみの中で見る夢──『知識の集積所』には、私たち自身のカードとしての能力や、戦場のルールといった情報は無数に浮遊しております。ですが、そこには『世界観』や『歴史』といった物語は記されておりませんの」

 

「じゃあ、知ってるっていうのは?」

 

 カルメリエルは目を伏せ、開く。黙々とトーストを食べている妹を一瞥してから、静かに言った。

 

 

 

「私たちが意識を持ち、夢を見るようになった瞬間。その時から、魂のどこかで理解しているのです。『ああ、もう終わってしまったのだな』と」

 

 その声には、悲壮感はなかった。ただ、あるがままの事実を受け入れる、透き通った諦観だけがあった。

 

「過程は分かりません。誰に看取られたのかも、どんな最後だったのかも。カード名を見れば、多少は推察できるでしょうが、その程度です。私たちが『かつて在ったもの』であり、今はもう『失われたもの』であるという確信だけは、ずっと胸の奥にありました。だから、今さら驚きはありませんわ」

 

 カルメリエルの言葉に、レヴェローズも手をはたいてパンくずを落としながら頷いた。

 

「うむ。姉様の言う通りだ。それに契約者よ、過去がどうあれ、私が今ここに総督として顕現して戦っている事実に変わりはないだろう?」

 

 彼女はにっと笑い、自信満々に胸を張った。

 

「国がなかろうと、私たちがいる場所がすなわちドゥブランコだ! 骨だろうが記憶だろうが、この私が最強であることは揺るがん!」

 

 そのあまりの図太さと、底抜けの明るさに、シラベは脱力して笑うしかなかった。

 

 国が滅びようが、自分が死人だろうが関係ない。今、ここにいて、飯を食って、騒いでいる。それが彼女たちのリアルなのだ。

 

「……ったく、可愛げのねえ。簡単に受け入れやがって、この創作物どもは」

 

「ほう。契約者は我々の脊界を創作物だと保証してくれるのか。では契約者が生きているこの世界が現実であるという保証は、いったい誰がしてくれるのだ?」

 

「知るか」

 

「ま、あんたたちが気にしないならいいけどさ」

 

 ミトラは興味なさそうに肩をすくめ、トーストの残りを口に放り込んだ。

 

「とりあえず、あんたらが生きてるって自覚してるなら、しっかり働いて生きるための対価は払ってもらうわよ。……ごちそうさま」

 

 皿を持ってさっさと二階へ上がる店長に、シラベもつられて手を合わせて片付け始めた。

 

 重い話になるかと思いきや、あっさりと消化されてしまった。だがその軽さが、暗がりにあったシラベには心地よい。

 

「で、なんで私と()()()と縁起が悪いのだ」

 

「wiki見ろ」

 

 シラベはスマホを押し付けてから二階へ向かう。

 

 背後からの呼び声を適当に無視しながら自室に入り、朝になったのだという実感に満ちた腹に満足しながら着替えを手にした。

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