昼下がりのボトムレスピット。バックヤードの机で、ミトラは店のノートパソコンを開いていた。
画面で流れているのは、カードショップの店内を撮影した動画だった。
『こちらのお店は駅前の商店街から少し外れたところにありまして──』
柔らかな合成音声に合わせて、昔ながらの商店街を映した映像から一軒のカードショップへ画面が切り替わる。右下には赤毛をポニーテールにした少女のアバターがバストショットで重なり、口をぱくぱくと動かしながら店の雰囲気を語っていた。
投稿者名は『アイラバ☆モヒニ』。投稿一覧を遡ってみると、同じように実店舗を紹介する動画がリスト化されて十数本は並んでいる。関東圏の個人経営らしい店が中心で、昔ながらの玩具屋からカード専門店まで取り上げる店はまちまちだった。
ミトラは片肘を机に置き、頬杖を突いたままぼんやりと眺める。
動画そのものは丁寧に作られている。店の外観から入り、売り場を一通り流した後、ショーケースや対戦スペースへ移っていく。店員へ質問する場面では、質問文のテロップが出てから店員の返答へ移る間も自然で、実際に会話を聞いているように編集されている。
ただ、盛況というほどでもない。コメント欄を開いても書き込みはまばらだった。常連らしい名前がいくつか感想を残し、紹介された店を知っているらしい者が補足を入れている。その程度だ。
「君がそういう動画を見るとは珍しいね」
「んー。ちょっとシラベから話聞いたから」
ミトラは画面を見たまま答えた。映像ではストレージの棚へカメラが寄っている。右下のアイラバ☆モヒニが身振りを付けるように小さく動き、取り扱っているカードゲームや大会の開催日を説明していた。
店そのものを主役にして、画面の端からアバターが案内する。派手さはないが、たまにふらっと寄って、掘り出し物でも探したい人間には穴場の選定に分かりやすそうではある。
「……あれ?」
そこでようやく、ミトラは頬杖を解いた。椅子ごと少し振り返る。
「って、なにあんた普通に裏まで入って来てんのよ」
いつの間にかヒナタがすぐ横に立っていた。今日も仕立てのいいシャツとパンツといういつもの男装姿で、細身の服の上から目立つ豊満な胸元がぴっちりと張っている。
咎められた本人には、悪びれた様子など欠片もなかった。
「カウンターのカルメリエルには許可を得たよ」
「あいつ……だからって堂々としすぎでしょ」
「許可を得ているのだから、こそこそ入る方がおかしいだろう?」
「そういう問題じゃないんだけど」
ミトラは呆れて息を吐いた。
とはいえ、今さらヒナタを追い出すほどでもない。勝手に入り込んだのならともかく、カルメリエルに一言通しているだけでも以前より随分まともな気がする。
ミトラは再び画面へ向き直った。
「それにしても、アイラバ☆モヒニか。よく見ているのかい?」
「んー、別に。シラベはたまに見てるみたいだけど」
以前、仕事中に動画を流していたシラベへ文句を言ったことがある。ミトラがこれを知ったのはその時だ。それ以来、わざわざ動画を見ることなかったが、名前だけは覚えていた。
「なんかこれのマネージャーだかが、うちを取材したいって連絡してきたんだって」
「ほう。なるほど」
ヒナタが短く漏らす。
声には驚いた様子も、面白がる様子もない。何を思ったのか読み取りづらい返事だった。
ミトラは横目でヒナタを見る。
「なんか知ってる?」
「少しだけね」
ヒナタはにっこりと笑った。
「少なくとも、後ろ暗いものがある者ではないよ。ごく一般的な個人配信者だ」
「ふーん」
「活動歴はそれなりに長い。カードゲームを中心に扱っていて、たまに
ヒナタの視線が画面右下のアバターへ向く。
「カード動画の中心はエインヘリヤル・クロニクルの環境解説、デッキ紹介、新商品の話題。他のTCGも扱ったことはあるけど、触り程度の紹介だね。実店舗の紹介は不定期だが、すでに十数本ある。投稿は基本ひと月に一本前後。生配信の場合は週末の夜に行うことが多く、新商品の発売日や大会の前後にも枠を取る」
「……へえ」
「規模は中堅より少し下、といったところかな。数字を取るタイプではないが、カード関係の動画には継続して見ている視聴者がいる。店舗紹介も再生数そのものは大きくないが、紹介された地域の人間にはそれなりに見られているようだ」
ミトラはもう一度コメント欄を眺める。言われてみれば、先ほどから何度か同じ名前を見掛けていた。
「店舗取材についても、今のところ揉め事は見当たらない。公開前には店側に動画の確認もしてもらっているようだし、公開後に店舗情報が変わった時や、突発的なイベントがある時にはSNSでも補足している。過去に取材を受けた店の書き込みでは、現地に来たマネージャーは礼儀正しくて話しやすかった、という評判が多いね」
「…………」
ミトラは完全に画面から目を離した。
「なんであんたそんなに知ってんのよ」
「ん? ああ、少し前に調べる必要があったからね」
ヒナタは何でもないことのように答えた。
何のために、と一瞬思うミトラ。だが、すぐにそれらしい答えが浮かんだ。
「ああ。あんたの会社、ディーヴァ・アリーナで今もECeの企画やってるもんね。それ関係の宣伝に使えそうな配信者を調べてたってところ?」
「まあ、そんなところだよ」
頷くヒナタに納得したミトラは、それ以上考えるのをやめた。企業人とはどういうものか知らないが、そういうものなのだろう。
『へぇ~! ここまで手厚く教えてくれるんですね! レプリカカードも付いているし、初心者を沼に沈めるにはおすすめですよ!』
画面では店長おすすめの商品が映されている。店長自身が組んだデッキをそのまま販売し、使い方の説明書まで付けているらしい。少し大げさなくらい持ち上げているのがもし自分のことだったら、と思うとむず痒くなるが、自分の売り方を紹介してもらえていると思うと素直に嬉しい、のかもしれない。
「どうしようかなぁ」
頬杖に戻りながら、ミトラは思わずぼやいた。そこに、ヒナタのおやという意外そうな声が掛かる。
「君のことだから、すぐに断ると思ったよ」
「そのつもりだったんだけどね」
ヒナタの言葉にざっくり同意を示す。知らない人間が来る。話をする。撮影の場所を決める。店の中を片付ける必要もあるだろうし、映されたくないものがないかも見ておかなければならない。
考えるだけで面倒臭い。以前ならそれだけで断っていたと思う。
だが、今は違う。自分勝手な感情だけで過ごすには状況が変わり過ぎた。
「ほら、家族も増えたし。私ももうちょっと真面目に働こうかなって」
「ずいぶん殊勝だね」
「うるさい」
ミトラはヒナタを睨んでから、すぐにまた画面へ戻った。
「こういうのに出れば、店知ってもらうきっかけにはなるんでしょ。客増えるなら悪い話じゃない気もするし。今までみたいに、来る奴だけ来ればいいってやってるのもどうかなって思うし」
とりあえず店を続けていければそれでいい。長いこと、本気でそれくらいに考えていた。
けれど今は、ここで暮らす人間が増えた。シラベがいて、レヴェローズとカルメリエルがいて、ミーシャもいる。食卓も騒がしくなって、店の中に誰かの声があるのが当たり前になった。
繁盛していない店でも続けてはいられる。だが、その保証は誰がしてくれるものではない。不確かな未来を少しでも安定させるにはどうしたって金がいる。
なら、店長として少しくらいは稼ぐ努力をしてもいいのかもしれない。
「でも面倒くさそうなのよねぇ……」
「そこへ戻るのかい」
「だって面倒なものは面倒だし。あと私が映るのが嫌」
ミトラとしては一番のポイントがそこだった。これまでの動画では必ず店長が映り、店内の紹介やインタビューに応じている。老若男女が映っているが、小学生にしか見えない店長なんて一人も出てきていない。
「店長としてこんなちんちくりんが映ってみなさいよ。絶対変なコメント付くでしょ。笑いものにされるかもしれないじゃん」
「なるほど」
「店だけ映してもらえばいい気もするけど、店長が一切出ませんってのも変な感じするし。聞きたいことを紙にまとめてもらって、こっちで答えを書いて返すとか……いや、それは向こうが面倒か……」
集客はしたい。面倒なことはしたくない。撮られたくない。でも店の宣伝にはなるかもしれない。
考えれば考えるほど答えから遠ざかっている気がする。
「うー……」
ミトラが机に額を付けそうなくらい頭を傾けたところで、頭頂部に手が乗った。そのまま、ゆっくりと髪を撫でられる。
顔だけ上げると、ヒナタがにこにこと笑っていた。
「……なに」
「いや。悩んでいる君も可愛らしいと思ってね」
「うるさい。撫でんな」
そう言いながらも、ミトラは手を払いのけなかった。頭の中で必死に悩んでいるのに、この上ヒナタがじゃれついてくるのまで対処するのは無理だ。飽きてもらうのを待つしかない。
『今回のお店はこちらのビルの中にあります。エレベーターはあるから運動不足のカードゲーマーでも安心です。それでは参りましょう──』
画面では次の店内映像へ切り替わり、アイラバ☆モヒニが変わらない調子で
本当に自分の店もここに並んでいいのか。まだまだ答えは出そうになかった。