「それで、どちらへ向かわれますの?」
「着いてくるなら、そのうち分かるわよ」
一瞥もよこさずに言う随分な扱いだったが、カルメリエルは文句も言わずに微笑みながらミトラの隣へ並んだ。
問い詰めて機嫌を損ねる理由はどこにもない。何を隠しているのか分からないまま家へ帰されるよりましだ。脛にはまだ鈍い痛みが残っていたが、そのくらいは目を瞑ってよい。
ミトラは商店街や駅、カルメリエルが試作機の実験場にしている山とは別の方角へ歩いていた。住宅の合間の道を抜け、やや広い通りへ出ても足は止まらない。道沿いの店へ目をやることもなくずんずん先へ進んでいく。
この先にはよく魚を安売りしているスーパーがあったか、などとカルメリエルが考え始めたところで、隣のミトラが不意に足を止めた。
「どうかなさいまして?」
ミトラが見上げている先には古びた看板があった。赤や青の塗りは日に焼けて白っぽく褪せ、角の一つが欠けている。入口のガラス戸の向こうでは色とりどりの明かりが忙しなく瞬き、電子音が途切れることなく漏れ出していた。
ミーシャも時折立ち寄っては小銭を溶かしているという、ゲームセンターという類の場所だ。集金装置に金をつぎ込む意味がよく分からないカルメリエルにとって縁がないところである。
「まだあったんだ、ここ」
それだけ言って、ミトラは相談もなく入口の方へ足を向けた。カルメリエルもすぐに追う。
「こちらが目的地で?」
「ううん、ちょっと覗くだけ」
戸が開いた途端、爆音が押し寄せてくる。右からは派手な音楽、左からは何かが弾ける音。硬貨の落ちる音や機械の声が幾重にも重なって、話をするにも声を張らなければならない。落ち着きのない場所である。
店内は新しい筐体ばかりではなかった。奥へ行くほど年季の入った機械が増え、画面の縁が擦れたものや、ボタンの色が抜けたものが並んでいる。
カルメリエルにとって物珍しいものたちの間を、ミトラは足を緩めもせず入っていった。
その慣れた様子と店前での呟きを思い出し、カルメリエルは思わず独り言ちる。
「ミトラ様も外で遊ばれる時期がありましたのね」
「喧嘩売ってる?」
「滅相もございません」
喧噪で聞こえないかと思っていたのだが、はっきりと睨まれてしまった。
カルメリエルがにこやかに受け流している間に、ミトラは一台の筐体の前で立ち止まった。画面には色の付いた小さな塊が上から落ち続け、積み上がったものが消えてはまた落ちてくる。
「あ、これまだある」
「以前なさっていたものですの?」
「うん。たまに」
ミトラは財布から硬貨を出し、椅子へ腰掛けた。つま先が床に届いていないが気にする様子はない。慣れた手つきでレバーとボタンを操って、落ちてくる色を左右へ寄せては回して積み、まとめて消していく。
カルメリエルは後ろからしばらく眺めていた。特別な機械には見えない。操作も仕組みも複雑ではなさそうだ。これならレヴェローズも遊んでいる携帯ゲーム機や、スマートフォンで遊ぶものの方がよほど遊びがいがありそうに見える。
だがミトラの手は軽快に動き続け、画面から放たれる灯りに照らされた黒い瞳はどことなく生き生きしていた。
「手慣れておりますのね」
「昔はもうちょい出来たけどね」
そう言う間も手は動き続け、やがて得点が大台に乗ったところでミトラはあっさり席を立った。
「もうよろしいのです?」
「キリがないし、懐かしかっただけだから」
そう言って、隣の列へ視線を移す。こちらは縦長の画面を備えた筐体が並んでおり、画面の下から小さな機体が上から降ってくる敵や光の弾を撃ち落としている。
ミトラがその一台を指した。
「あんた、これやってみれば?」
「わたくしが?」
予想外の提案に、カルメリエルは思わず目を開けてしまう。急に何を言っているのだろうこの人は。
「あんたがゲームやってるかは知らないけど、こういう機械好きでしょ。よく弄ってるじゃん」
「はぁ。妹にねだられるので嗜みはありますけど、その二つは似てはいても非なるものだと思いますが」
「やらないんだ? 今なら奢ってあげるのに」
カルメリエルの脳裏で、今と同じくにやにや笑いながら誘い掛けてくるミトラを鬱陶しげに押し退けていたシラベの姿が再生されていた。当事者になってみるとよく分かるが、こういう時のミトラは何故か果てなく鬱陶しい。
「……そこまで言われますと、試してみてもよろしいでしょう」
抵抗を諦めて、椅子に腰掛ける。操作部はレバーが一つ、ボタンが二つ。筐体に貼られた説明によれば一方が通常の射撃でもう一方が画面全体を巻き込む大技らしい。なるほど、簡単なものだ。
カルメリエルはミトラから受け取った硬貨を投入口へ落とし、ボタンを押した。
僅かな前口上らしい英文が出たかと思うと、小さな機体が画面の下に現れる。レバーを倒せば動く。ボタンを押せば撃つ。敵の攻撃を避けながら撃ち返せばよい。理屈としてはそれだけである。
しかし開始から十数秒後。
「あら」
レバーを少し傾けただけでぐいんと動いた機体が、敵の弾めがけて突っ込み爆発した。
「早っ」
背後で、笑いを堪え損ねた息が漏れる。カルメリエルの唇が引き絞られた。
「……少々、移動量を測っていただけですわ。次は問題ありません」
「ふーん、そう」
カルメリエルの強がりに応じるべく、次の機体が出る。
無理に動かず、敵の弾をよく見てから動けばいいとカルメリエルは己を律する。ひし形の弾は右から、青い弾は正面から、などと特徴が見えてくれば、後は空いている場所へ動けばいい。
そう考えて左へ動かしたところへ、画面の外から別の敵が入ってきた。
「あっ」
そんなところから来るなんて聞いていない。そう思うよりも早く、再び機体は爆発する。
「…………」
「ふふっ」
明確に笑われたが、カルメリエルは振り返らない。余計に悔しくなる。
機械の構造が分からないわけではない。レバーの遊びやボタンの反応も掴めてきた。操作そのものにはもう戸惑わない。問題は、次はどこへ動かすべきかを考えている間にも画面の中が勝手に進んでいくことだった。
ならば判断を速くすればよい。そう割り切った三機目は、弾の出掛かりだけを見ることで予測を早くさせた。
右。左。少し下。上へ戻す。レバーが手に馴染んできたのもあり、先ほどよりも危うげない回避運動が出来ている。
「お」
背後から感心したような声がした。途端にカルメリエルの胸に達成感が芽吹く。
そんな主の声に気が緩んだせいだろうか。予兆を見逃した操縦者のせいで、機体は画面の半分を覆うレーザー光を真正面から浴びた。
「……今のは、ミトラ様がお声を掛けたせいでは?」
「人のせいにしないの」
「集中を乱されたのは事実ですわ」
「はいはい。じゃあ黙って見てる」
言葉の通り、それからミトラは黙った。けれど後ろから見られている気配はある。それが変な熱を呼んだせいだろうか、カルメリエルの手は止まらなくなる。
もう一度。さらにもう一度。今のは惜しいと思えてしまうとさらに熱が膨らんでいく。
敵の出現位置にはある程度の規則がある。弾の広がり方にも癖がある。そこまでは分かってきたのに、なかなか手が追い付かない。ほんの少しだけ動かしたいと思った場面に限って機体が行き過ぎる。慌てて戻せば別の弾に触れる。危ないと思ってボムのボタンまで指が届いた頃にはもう爆発している。
自分の財布から硬貨を追加してから、やがて三度目のゲームオーバーが画面に表示された。
カルメリエルは両手を膝の上へ置いた。
姉や妹ほど戦達者ではないカルメリエルは、戦法に固執しないことこそが戦場で生き残る術だと理解している。それゆえ、学ぶべきと思ったときには躊躇せず頭を下げられる。
「…………ミトラ様。少々、コツをご教授いただけません?」
「無理」
返事は早かった。
「はい?」
「私、シューティングやらないから」
カルメリエルはゆっくりと振り返った。
ミトラは口元を隠すことすらせず、にやにやと笑っていた。
「……なさらない? 一度も?」
「ちょっと触ったくらいしか知らない。好きなのはさっきのパズルゲーとか、格ゲーもやらないことはないけど」
「では何故、わたくしにこちらをお勧めになりましたの?」
「あんたなら得意そうだと思ったから。あと、出来ない時にどんな顔するのか見たかった」
悪びれもしない様子に、カルメリエルは頬が引きつった。
尾行を咎められた直後に同行を許されたことを、少しばかり好意的に受け取りすぎていたかもしれない。
ミトラは周囲を見回し、眉間に皺を寄せる。
「満足したし、うるさいからさっさと出ましょ」
言うだけ言って歩き出すその小さな背を、カルメリエルは見送りかけた。
ここで帰ってしまおうか。ほんの一瞬だけそう考える。
尾行は見破られ、脛を蹴られ、連れて来られたゲームセンターでは遊ばれた。ここまでされてなお付いていく意義があるだろうか。
だが帰れば帰ったで、後で何を言われるかも大体想像が付く。ゲームに負けたから帰ったのか。おそらくそんなところだ。それを認める方がよほど面白くない。
カルメリエルは微笑みを作り直し、ミトラの後を追った。
多忙につき今週の更新は不定期になります。おそらくあと一回行ったあとはお休みします。ご了承ください。