カスレアクロニクル   作:すばみずる

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23 私たちを買う権利をあげるわ!

 シラベは夢を見ていた。

 

 無機質な蛍光灯、灰色のオフィス──ではない。そこは目も眩むような黄金の輝きと、底知れぬ漆黒の闇が混ざり合う、奇妙な空間だった。

 

 まるでカジノがそのまま墨溜まりにでも飲み込まれたようなおかしさ。遠くからはスロットマシーンがジャラジャラとコインを吐き出す音が響いてくる。

 

 

 

 シラベの目の前には、二つの影があった。

 

 一人は、豪奢なドレスに身を包む貴婦人。

 

 もう一人は、闇色の肌にボロ切れを纏う女。

 

 

 

「貴方、あの店の店員ね? 私たちを買う権利をあげるわ! だからデッキを使いなさい!」

 

 貴婦人が吠える。背中には光り輝く翼が現れ、身に纏ったカードのスートがあしらわれた露出度の高いドレスが翻る。その手には、運命すら撃ち抜く長銃が握られていた。

 

 圧倒的な強者のオーラ。シラベはその姿を知っている。

 

 

 


賭博都市の女帝(エンプレス・オブ・ジャックポット)レディ・ローマ』

 コスト:〈5〉〈光〉〈光〉〈光〉

 タイプ:生命体

・飛翔(この生命体は飛翔を持たない生命体によってはブロックされない)

・早撃ち(この生命体は、早撃ちを持たない生命体より先に戦闘ダメージを与える)

・監視(この生命体は攻撃してもステイしない)

・貫通(攻撃しているこの生命体は余剰の戦闘ダメージをそれが攻撃しているプレイヤーに与えることができる)

・即時行動(この生命体は、あなたのコントロール下で戦場に出てすぐに攻撃したりステイしたりできる)

・固有領域(火)、固有領域(闇)(この生命体は火と闇に属する発生源によっては、ブロックされず、ダメージを与えられず、術式対象にならない)

 [6/6]


 

 

 

 古いブースターパック『煉獄賭博都市』のレアにして、当時の環境を戦い抜いた光属性のフィニッシャー。

 

 コストは重いが一度着地すれば火と闇という主要な除去属性からの影響を受け付けず、圧倒的な力を振るう破壊の権化だ。今でこそインフレの波に飲まれて採用率は落ちたが、その輝きは未だ色褪せていない。

 

 

 

「……お腹すいた。……使ってくれないと、暴れる」

 

 そして、その女帝と並び立つもう一人の影。女体の形をしてはいるが、その肌は夜空よりも深い闇色。身に纏っているのは局部を辛うじて隠すだけのボロ切れ一枚。

 

 その姿に馴染みは無い。だが、シラベは察しがついた。

 

(ああ……萌え路線に舵を切り始めた頃の再録版イラストか、これ)

 

 

 


『全てを喰らう大穴』

 コスト:〈4〉〈闇〉〈闇〉〈闇〉

 タイプ:生命体

・飛翔(この生命体は飛翔を持たない生命体によってはブロックされない)

・貫通(攻撃しているこの生命体は余剰の戦闘ダメージをそれが攻撃しているプレイヤーに与えることができる)

・あなたのターン開始時に、これ以外の生命体1体を生け贄に捧げる。そうできない場合、これはあなたに7点のダメージを与える。

 [7/7]


 

 

 

 通称『大穴』。こちらはレディ・ローマより古い、『エインヘリヤル・クロニクル』最初期のパックから存在する、由緒正しきデメリットアタッカーだ。

 

 毎ターン味方を喰らうか、主人のライフをごっそり削るか。その代償として7/7飛翔貫通というフィニッシャーに相応しい能力を持つ。

 

 シラベの記憶にある初期イラストは単なる地面に開いた巨大な穴だったが、目の前には美少女版で現れている。硬派な怪物カードが再録の際に擬人化されてオタクの財布を直撃するのはTCGの常だ。

 

 光の女帝と、闇の災害。

 

 本来ならデッキタイプすら噛み合わないはずの二人が、なぜかシラベの前に立ち塞がっている。

 

 それらが言い放つ、使ってくれという言葉にシラベは困惑した。

 

 そもそも精霊らしき二人が詰め寄ってきている状況にもだいぶ困っていたが、それはもう横に置くとする。多分あの幸運の疫病神が原因だろうから。

 

「別に俺が使わなくても、世の中にはお前らのファンがいっぱいいるだろ?」

 

 彼女たちは第一線からは退いたとはいえ、根強い人気があるカードだ。ファンデッキはネット上にいくらでも転がっているし、店舗大会レベルなら見かけることもある。

 

 ネットでデッキリストを検索しても採用数ゼロ、ストレージの守護神と化していたどっかのポンコツ総督とは訳が違う。彼女たちは十分に愛されているはずだ。

 

 だが、その回答にレディ・ローマと大穴は満足しない。

 

「違うのよ! パーツとしてじゃなくて、『私たち』のデッキを使って欲しいの!」

 

「我々はセット……バラバラにするな……」

 

「セット? 光と闇で属性も噛み合わないのにか?」

 

 二人は首を振り、それぞれの豊満な胸の谷間に手を突っ込んだ。

 

 そこから取り出されたのは、二つのデッキケース。光り輝く白のケースと、どす黒い闇のケース。

 

 それを、二人は左右からシラベに押し付けてくる。

 

「問答無用! これを使いなさい!」

 

「受け取れ……。温めておいた……」

 

「ちょ、何出して──うおっぷ!?」

 

 谷間から取り出された二つのデッキケースが温かさと共にシラベの顔面に押し付けられる。

 

 視界が柔らかな肉とカードの箱で埋め尽くされ窒息しそうになる中、シラベの意識はフェードアウトしていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 昼過ぎ。

 

 昼休憩のコンビニ弁当を胃に収めて戻ってきたシラベは、レジに立つミトラに声をかけた。

 

「あー、店長。ちょっと聞きたいんだけど」

 

「ん、なに?」

 

「『レディ・ローマ』と『全てを喰らう大穴』の組み合わせで、なんか思い当たるのないか?」

 

 唐突な質問に、ミトラはスマホから目を離して少し考え込んだ。

 

「ローマと大穴……光と闇……ああ」

 

 何かを思い出したように、ミトラは脚立を持ってきて商品棚の最上段、埃を被った在庫の山を漁り始めた。

 

「あった。これのことじゃない?」

 

 ドン、とカウンターに置かれたのは、色褪せたパッケージの箱だった。

 

『デュアル・コンストラクション:光と闇の狂宴』。

 

 十年以上前に発売された、構築済みデッキの二個セット商品だ。パッケージには、夢で見た通りのレディ・ローマと大穴が描かれている。

 

「うわ、懐かしいなこれ。俺が高校くらい……十年くらい前のやつだっけ?」

 

 当時はシラベも現役プレイヤーとして対戦相手を求めて店にも入り浸っていたが、構築済みデッキなんて初心者向けだと思って見向きもしなかった記憶がある。

 

「うちでも未開封品はこれ一つだけ。販売価格はこんだけ」

 

 チラリと見せられた売値にシラベは目を剥く。レヴェローズ200枚分くらいだろうか。

 

「高っ!? これそんなに強いデッキなのか?」

 

 構築済みデッキなんてとりあえず動くだけの紙束という印象しかシラベは持っていない。骨董品としての価値があるにせよ強気すぎる。

 

 だが、ミトラは冷めた目で首を振った。

 

「デッキ自体はゴミよ。シナジーなんてあったもんじゃないし、今の環境じゃ紙束同然」

 

「じゃあなんで」

 

「こいつが入ってるから」

 

 ミトラがスマホで検索画面を見せる。

 

 そこには、一枚のカードが表示されていた。

 

 

 


『ロキの賄賂』

 コスト:〈1〉〈闇〉

 タイプ:戦術

・あなたの山札からカードを1枚探してそれをあなたの手札に加え、その後あなたの山札を切り直す。


 

 

 

「あー」

 

 シラベは納得した。

 

 たった2コストで、デッキから好きなカードを何でも手札に加えられる万能サーチカード。黎明期に刷られたぶっ壊れカードであり、現在では公式プロトコルのほとんどで禁止や制限指定を受けている。

 

 使用できるのは全てのカードが使える魔境プロトコル『永劫回帰』か、一種一枚百枚デッキで戦う多人数戦プロトコル『四国無双』くらいだ。

 

「ろくに再録されてないこのカードが入ってるから、この箱を買っては『賄賂』だけ抜き取り残りのデッキはストレージにポイってのがあったみたいよ。ま、新規イラストで収録された看板二枚も愛好家からはありがたがられてるだろうけど、その程度ね」

 

 つまりカードゲーマーにとって、このデッキセットは『ロキの賄賂』という宝石を包んでいるだけの豪華な包装紙というわけだ。

 

 シラベは夢の中の二人を思い出した。

 

『パーツとしてじゃなくて、私たちのデッキを使って欲しい』。

 

 彼女たちは自分たちが主役のデッキとして世に出たはずがおまけとして扱われ、中身をくり抜かれて放置されていたのを知っているのだろう。あの必死な形相は、存在意義をかけた悲痛な叫びだったのかもしれない。

 

「世知辛い話だな」

 

「市場原理よ。で、どうするの? 買う?」

 

「いやその値段は……無理だろ」

 

「じゃあ戻しとくわね」

 

 ミトラが箱を下げようとする。シラベは一瞬迷ってから、その手を止めさせた。

 

「あー、ちょい待ち。バックヤードに置いといてくれ。金は貯めとく」

 

 シラベの金欠を良く知るミトラは怪訝そうな顔をする。

 

「マジ? あんた四国でもやるの?」

 

「いや、そのままで遊ぶ」

 

 ミトラの目はますます奇矯なものを見る目になる。

 

「やっぱエロいカードであれば見境ない感じ?」

 

「違う……うん、違うはず」

 

 縁が出来る精霊がそんな姿ばかりで自信が無くなってきていた。

 

 ミトラから投げ渡される箱をキャッチしながら、シラベは自身の女運のおかしさを訝しむ。パッケージの女帝と大穴が、心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろう。

 

 彼は箱をバックヤードの棚の一角、「非売品」と書かれたガムテープの貼られたスペースに丁寧に置いた。

 

(そのうち遊んでやるから、もう夢にまで出張ってくんじゃねえぞ)

 

 心の中で釘を刺し、シラベは午後の業務へと戻っていった。

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