午後の講習会は、異様な緊張感と共に幕を開けていた。
狭いデュエルスペースにひしめくカードゲームを覚えたての小学生たち。そしてその中には、場違いという言葉では生温い存在が鎮座している。
白と黒のツートンカラーのハイレグなスーツに身を包んだ女、亜修利ヒナタ。
露出した肩や太腿は艶めかしく、どう見ても夜の店かコスプレ会場から抜け出してきたかのような装いだ。誰しもがチラチラ見てしまう色香を放ちつつ、その視線をまるで重荷に感じない図太さはシラベに呆れを通り越して尊敬の念すら抱かせかねない。
しかしそのふざけた外見とは裏腹に、彼女はおとなしく講習を受けていた。
「……1ターンは5つの
「ああ。そして、メイン
「へぇ。戦闘の前か、後か。どちらにルーンを置くかだけで読み方が変わりそうだ。興味深いね。最序盤以外では、戦闘後にルーンを出すのが定石なのかい?」
「……状況次第だけどな。ただ、初心者は戦闘が終わると戦闘後メインを忘れてすぐにターンを終わらせてしまうことが多いから、慣れるまでは最初のメインでルーンセットする方が良い」
「初心者の内から習慣付けるのは危険だと思うけど、まぁ今は君が指導員だ。従うとも」
説明を受けてくつくつと笑う姿はやはり異様だが、会話の内容だけならまともだ。カードを捌く手付きも巧みで、シラベやミトラのような慣れているが故の扱いとはまた違う、無駄こそ多いが淀みはなく、見る者の目を奪うような流麗さがある。
「戦闘になるとステップが細かいのだね。戦闘
「どこで割り込みを掛けるかが重要になる場面も多い。トラブル回避のために、戦闘開始、攻撃指定、ブロック指定あたりは相手に確認を取って進めるのが確実だ」
「これらの段階での戦略カードや能力の打ち合いをコンバット・トリックとも呼ぶ、と。これは難しいね」
全く悩む様子の見せない顔で言うヒナタ。しばらく続いたシラベとの問答をやめ、対面の小学生へと向き直り練習を再開した。
「スタンド、チェック、ドロー。ルーンセット、と。ここで動けるものは何もないね。ターンエンドだ」
「えっと、じゃあ僕のターン。……お姉ちゃん、その恰好寒くないの?」
「これが私の愛のカタチだから問題ないのさ」
ヒナタはシラベが教えた手順を正確になぞっている。対面の小学生が純粋な疑問を投げかけても意味不明な供述で煙に巻くのみで、以前のような奇行に走る様子はない。
その静寂こそシラベには不気味だった。
彼女から漂う気配は、以前の単なるストーカー気質とは異なっている。何かがいる。それは分かっている。だが姿を表さず、あくまで今動いているのはヒナタ自身の意思のように見えた。
さて。この状況をどうするべきか。
恰好以外での害は無い。このままこちらからは何もせずにティーチングを終わらせて、はいさようならとしてしまえば当初の用件は済ませることが出来て、これ以上の滞在を突っぱねられる。シラベがそう判断しかけた時だった。
「ああ、そうだ。ねえ、従僕くん」
「従僕じゃねえっつってんだろ。なんだよ」
「少し小耳に挟んだのだがね。このカードショップにおけるティーチングの最後には、参加者同士のトーナメントを行うのが通例だとか」
「……ああ、そうだな。恒例のやつだよ。午前にもやった」
シラベは警戒レベルを引き上げた。単に遊びに来たわけではないことは明白だったが、この店のシステムに言及してきたからだ。
「そして、その優勝者はエキシビションマッチとして、『指名した店員』と対戦できる権利が得られる……そういう『伝統』があるとも聞いたのだが?」
ヒナタは口元を歪め、試すようにシラベを見つめる。
「──お前」
シラベは瞬時に思考を巡らせた。
サブロウさんの手順書には、確かに「優勝者には店員への挑戦権を!」という記述があった。『EC』公式のティーチングイベントでもお決まりの催しだ。他の店舗では初心者がガチデッキを持ち込みながらもうまく回せず、練習が大事だ等という訓戒じみたオチをつけた記事もあった。
『ボトムレスピット』でもこれを行っているのは店舗ブログでも確認出来ただろう。しかし、何のために今確認する?
(……こいつ、最初からそれが狙いか)
目的は明白だ。優勝して権利を得て、店員──つまり、ミトラを指名する。
対戦を成立させることで、シラベがレヴェローズに『自分をデッキに入れろ』という呪いを掛けた時のように、精霊の力を用いた何らかのアンティを呑ませるつもりだろう。「負けたら付き合え」か、あるいはもっと重い何かか。
ならば、ここでそのルートを断つか?
(それは無い)
トーナメントを楽しみにしている参加者もいるだろう。それを直前で無くすのは、あまりにも不義理な行いだ。
ヒナタに対しても下手に断って騒がれたり、実力行使に出られたりするよりは、ルールの上に乗せてしまった方が制御しやすい。
それに。TCG歴ならシラベよりも長いミトラが、初心者であるヒナタに勝てると舐められているというのは、シラベにとって面白くない。
「……よく調べてるな。ああ、やるよ。伝統だからな」
「そうか。それは楽しみだ」
ヒナタは満足げに頷き、手札を見つめる。その目は既に勝利を確信しているかのようにぎらついている。
事態の面倒さにシラベは内心で舌打ちしつつ、進行役としての務めを果たすべく手を叩いた。
「よし、一通りのルールは覚えたな。じゃあここからは実戦形式だ」
子供たちが一斉にシラベを見る。
「今からトーナメント戦を行う。優勝者にはブースターパックのボックス(売れ残り)をプレゼントだ」
「うおおおお! ボックス!?」
「マジかよ! すげえ!」
小学生たちが色めき立つ。子供にとって箱買いなど高嶺の花だ、嬉しいことだろう。
いつの頃からカートン買いの検討をしてしまうようになったのか、シラベは純粋な気持ちの在り処に一瞬思いを馳せ、すぐに振り払う。
「さらに、優勝者にはエキシビションマッチとして店員との対戦権も与えられる。それにも勝てたら、店のショーケースにある好きなレアカードを一枚進呈しよう」
歓声が倍加する。子供たちのやる気は最高潮だ。その高揚の中で、ヒナタは静かに微笑むのみ。
「じゃあ組み合わせを決めるぞ。レヴェローズ、カルメリエル、くじ引きの準備をしてくれ。俺はちょっと裏で景品用意してくる」
「うむ、任せろ」
「かしこまりました。皆様、お行儀よく並んでくださいね」
精霊たちにその場を任せたシラベは、バックヤードへと通じるカーテンをくぐった。