カラン、コロン。
乾いた音が、静寂に支配されたモノクロームのカジノに響き渡る。
宙を舞った二つのダイスがテーブルの上で転がり、やがてその目を天に向けた。
シラベのダイスは6と4。計10。
ヒナタのダイスは3と4。計7。
「先攻は俺だ」
「どうぞ。王者は後から、悠然と動くものだからね」
負け惜しみすら優雅な所作で包み隠し、ヒナタはシラベに先手を譲る。
網タイツに包まれた長い脚を優雅に見せ、豊満な胸元を強調するように背筋を伸ばすその姿は、カードゲーマーというよりはカジノの女王そのものだ。
シラベは無言でデッキトップに手を伸ばした。
ミトラから渡されたデッキは、スリーブの滑りもシャッフルの感触もシラベが普段愛用しているものとは違っていた。指に吸い付くような高級感。今度はこのブランドのスリーブも使ってみるか、とシラベはふと考える。機会が無いと、なかなか道具の乗り換えはしにくいものだ。
初期手札の7枚を引き終わり、扇状に広げて眺める。
赤い枠と黒い枠が入り乱れる、火と闇の二重属性デッキ。
対面のヒナタもまた、初期手札を確認する。その表情に微かな笑みが浮かぶ。引き直しは無い。
「対戦よろしくお願いします」
シラベは小さく息を吐き、最初の一枚をテーブルに置く。
「『柘榴石のルーン台』をセット。ターンエンドだ」
テーブルの上に、ルビーで作られたかのような小さな製図台が出現する。カジノという環境に合わせているのか、そこに描かれている魔法陣はカジノチップのような意匠に変化していた。
『柘榴石のルーン台』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉,1点のライフを支払う,柘榴石のルーン台を生け贄に捧げる:あなたの山札から闇属ルーンカード1枚か火属ルーンカード1枚を探し、フィールドに出す。その後、山札を切り直す。
複合属性デッキにおいて事故を防ぎ、各属性へのアクセスを確実にする特殊ルーンカード。以前のシラベの財力ではシングル購入を躊躇った高額カードを当たり前のように投入しているミトラに、シラベは少しの悔しさと頼もしさを覚える。
「それだけかい? ずいぶん慎ましいんだな」
対するヒナタの1ターン目。待ってましたとばかりにドローを行う。その所作一つ一つが、舞台上の役者のように芝居がかっていた。
「私のターン。『火のルーン』をセット」
ヒナタの手元で、赤々と光を放つチップが実体化する。そこから生み出された赤いマナを吸い上げ、彼女は即座にカードをプレイした。
「戦術──『無謀な設計変更』!」
『
コスト:〈火〉
タイプ:戦術
・カードを2枚引く。その後、手札を2枚捨てる。
・バックドラフト〈2〉〈火〉(あなたの墓地にあるこのカードを、コストを支払うことで唱えてもよい。その後、これを追放する)
彼女は山札から二枚のカードを抜き取ると、手札にある二枚を選び、まるで不要なゴミでも捨てるかのように墓地へと投げ捨てた。
その瞬間。墓地へと送られるカードから、二つの影が幽霊のように揺らめき出た。
一つは、黄金の翼と傲慢な笑みを浮かべた女帝。
もう一つは、虚ろな瞳でただ飢えを訴える闇色の少女。
一瞬だけ実体化しかけた彼女たちは、ヒナタによって墓地の闇へと突き落とされていく。
消えゆく彼女たちに向け、ヒナタはさも親しげに、そして残酷な笑みを向けた。
「君には見覚えがある顔だったかな?」
「さてね。最近ツラの良い女にばかり会うから、美人には慣れたんだ」
シラベは表情一つ変えずに受け流す。その冷淡な態度に、やれやれとヒナタはかぶりを振った。
「薄情者だな。彼女たちは君に受けた仕打ちへの復讐のために、私と巡り合ったというのに」
「へーぇ。どうやって知り合ったんだ?」
「彼女たちに導かれたのだよ。運命的な夜だった。これ以上の説明はいるかい?」
ヒナタは手札から次なるカードを場に叩きつけた。
「機械『脊界樹の雫』を設置!」
『脊界樹の雫』
コスト:〈0〉
タイプ:機械
・『脊界樹の雫』を生け贄に捧げる:あなたのマナ・プールに、好きな属性1種のマナ1点を加える。
テーブルの上に、虹色に輝く雫の結晶が現れる。
シラベの眉がピクリと跳ねた。
「おや? 何かおかしなカードでも使ったかな?」
その微細な反応を見逃さず、ヒナタがニヤリと笑う。シラベは溜め息交じりに、頭を軽く掻いた。
「……そのカードは、『輪廻転生』じゃ使えないカードだな、と思っただけだ。使えるのは、過去の全カードが解禁されている『永劫回帰』だけだろ」
「そのようだね。君が普段楽しんでいるプロトコルである『輪廻転生』では登場しないカードだ」
ヒナタは悪びれもせず頷く。
「だが、裁定を下すべき《レーラズ・フィールド》は何のアクションも起こしていない。そもそも、君だってこの戦いにおけるプロトコルが何であるかの確認をしていなかっただろう。つまり──この決闘空間はプロトコル『永劫回帰』下にあるということだ」
ヒナタは両手を広げ、このモノクロームのカジノを見渡した。バニースーツの胸元が大きく揺れ、その肢体が放つ存在感は異様な説得力を帯びている。
「だが安心したまえ。『永劫回帰』下において、君が『輪廻転生』に則ったデッキを用いても、それはルールには抵触しない。もっとも、君が普段行っている『輪廻転生』とは、カードの使える範囲が少しだけ広いかもしれないがね」
「よく言うぜ」
少しだけ、どころではない。シラベは舌打ちを漏らす。
長い歴史を持つエインヘリヤル・クロニクルの中で生まれたカードは膨大だ。そのすべてを使えてしまうと、新たなパックのカードを作る際にも膨大な手間と時間が掛かるし、ともすると妙な組み合わせを発見されて、想定されていないコンボによるバランス崩壊すら引き起こしかねない。
それを改善するために考案されたルールがプロトコル。使用出来るカードの範囲を分け、プレイヤーの住み分けを行い、カードの価値や使用機会を損なわないように考えられたレギュレーション方法。
『永劫回帰』はいわば無法地帯。カードデザインの変更によって切り替わった『輪廻転生』や、販売から数年のパックのみを遊ぶ競技性の高い環境『曙光滅相』では禁止の檻にぶち込まれた、かつてゲームバランスを崩壊させた凶悪カードたちも我が物顔で跋扈する魔境だ。
「お前が勝つ気満々だったのはこういう訳か。環境外からの一刺しとは、随分やりやがる。お前の懐なら高額カードを揃えるのも訳ないだろうしな。金持ってる奴はこれだから嫌だね」
「持たざる者が持てる者を恨むのは理解している。その怨嗟を私は受け止めるよ。存分に恨みたまえ」
「そうさせてもらう。つーか、俺がプロトコルを指定していたらどうするつもりだったんだ?」
「店舗大会でも使用されていた貸し出し用カード、あれらは在庫品から組まれていたものだったね。低いパワー、単純な記述、初心者に負荷の掛からないように選定していく中で、古いだけで弱いカードが入れられていた。新環境で再録されてないそれらは、カードパワーとは関係なく『永劫回帰』でしか使えないのがルールだ。つまりこの大会は根本からなんでもありのルールだった。エキシビションだからといってその枠組みを崩すのは不当な行いだ、とでも言うつもりだったよ」
シラベは答えない。だが、普段の店舗大会とは異なり、ティーチングで開催される大会に明確な規定が無かったのは確かだった。それはヒナタのような狂人の付け入る隙を与えるためではなく、『かつて触ってて今では古いカードしか持ってないけど再開したい』『誰かから譲り受けたカードを使いたい』というカード資産が乏しい初心者を救済するための、敢えて空けてある穴だ。
「お前みたいなのがいるから、他の慎ましい奴が割を食うんだよな」
シラベの不快感を嘲笑うように、ヒナタは『脊界樹の雫』に艶めかしい指を這わせる。
「起動。即座に生け贄に捧げ、闇属性のマナを発生」
小気味よい音を立てて結晶が砕け散る。
溢れ出したマナが、ヒナタの手札にある一枚のカードへと吸い込まれていく。
「蘇れ、我が最強のしもべよ! 戦術『隣人の灰』!」
『隣人の灰』
コスト:〈闇〉
タイプ:戦術
・あなたの墓地にある生命体カード1枚を対象とする。それをフィールドに出す。あなたは、その点数で見たマナ・コストに等しい点数のライフを失う。
「対象は──『賭博都市の女帝レディ・ローマ』!」
ヒナタの宣言と共に、彼女のライフカウンターが削り取られる。
20から12へ。
総ライフの4割をコストとして支払う膨大な代償。だが、それに見合うだけの絶対的な力が、墓地の底から這い上がってきた。
カジノの床が爆ぜる。噴き出したのは黄金の光と、燃え落ちたカードの灰。
舞い散るカードの残骸の中から、真紅のドレスを纏った女帝が降臨する。
背中には巨大な黄金の翼。手には身の丈を超える長銃。
その威容は本来、1ターン目に出現していい存在ではなかった。
『
コスト:〈5〉〈光〉〈光〉〈光〉
タイプ:生命体
・飛翔(この生命体は飛翔を持たない生命体によってはブロックされない)
・早撃ち(この生命体は、早撃ちを持たない生命体より先に戦闘ダメージを与える)
・監視(この生命体は攻撃してもステイしない)
・貫通(攻撃しているこの生命体は余剰の戦闘ダメージをそれが攻撃しているプレイヤーに与えることができる)
・即時行動(この生命体は、あなたのコントロール下でフィールドに出てすぐに攻撃したりステイしたりできる)
・固有領域(火)、固有領域(闇)(この生命体は火と闇に属する発生源によっては、ブロックされず、ダメージを与えられず、術式対象にならない)
[6/6]
「ハハハハ! 見たまえ! 君は火属性で生命体を蘇生させるデッキを使用していたようだが……レディたちは教えてくれたよ。光と闇の属性こそが、生と死を弄ぶのに最も相応しい色であると!」
勝ち誇るヒナタの背後で、レディ・ローマが冷ややかな視線をシラベに向ける。かつて自分を貶した元の主人への、無言の圧力。
だが、シラベは動じない。目の前に現れたフィニッシャー級の怪物を見上げ、ただ静かに手札を弄ぶ。
「戦闘フェイズ! 行け、レディ・ローマ! 愚かな元主人に引導を渡してやれ!」
ヒナタの号令。レディが翼を広げ、長銃の銃口をシラベに向ける。『即時行動』を持つ彼女に停滞の瞬間は無い。
引き金が引かれる直前。
「そこまでだ」
シラベが手札から一枚のカードを弾いた。
「戦闘指定段階後、レスポンス。手札から生命体『トリニティ・ゴリラ』を追放。能力起動」
「は? ゴリラ?」
『トリニティ・ゴリラ』
コスト:〈2〉〈火〉
・あなたの手札にあるトリニティ・ゴリラを追放する:〈火〉を加える。
[2/2]
「ほう。そんなカードがあるのか。知らなかった」
ヒナタが眉をひそめる中、桃色の毛並みの野獣が描かれたカードが、墓地にも送られず虚空に消える。
代わりに生み出されたのは、一点の火属性マナ。
「続いて、『柘榴石のルーン台』を起動。1点のダメージと共に生贄に捧げ、デッキからルーンを場に出す」
ホログラムとして現れたデッキ一覧から、シラベは素早く選ぼうとして、一瞬手が止まる。
「どうした。早くしたまえ。レディの気は長くない」
「気にすんな。ちょっとビビッてただけだ。……場に出すのは、『暗い焔のルーン』」
『暗い焔のルーン』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉:火属性マナか闇属性マナを1点生み出す。
「ん?」
ヒナタは出てきたルーンを見て、僅かに違和感を覚える。見覚えの無いルーン。だがその指摘よりも早く、シラベは『暗い焔のルーン』に触れて闇マナを生み出し、ゴリラから得た火マナと合わせて2マナを支払った。
「戦略──『皇帝勅令』」
『皇帝勅令』
コスト:〈1〉〈闇〉
タイプ:戦略
・プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーは生命体を1体生け贄に捧げる。
提示されたカードの効果を確認し、ヒナタは一瞬きょとんとし、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「あっはははは! 動転しているのかい従僕くん! レディ・ローマの能力を忘れたのかい!? 彼女は闇に対する『固有領域』を持っている! 闇属性の戦略戦術や能力の対象には取られないんだよ!」
高笑いがカジノに響く。
勝利を確信したヒナタの嘲笑。だが、シラベは困ったように眉尻を下げただけだった。
「ああ、そうか。悪いな。最近のティーチングじゃあ、固有領域なんて古い能力は省いてたからな」
「なに?」
「固有領域が防ぐのは、あくまで『そのカードを対象として選択する』効果だ」
シラベの指先が、ヒナタ自身を指し示す。
「俺が対象に取ったのはレディ・ローマじゃない。プレイヤーである『お前』だ」
「なっ……!?」
「プレイヤーが強制的に生け贄を選ばされる効果。これは対象を取らない除去だ。対象に取れないなら、選ばせて墓地に送ればいい」
シラベは淡々と言い放つ。
「たとえば全体除去、光の『ラグナロック』や闇の『アムリッツァ』、あるいはこの『勅令』系。領域対策は色々あるんだよ。……勉強になったな?」
シラベの言葉が終わると同時、空間に見えない断頭台が出現した。
逃れ得ぬ皇帝の命令。ヒナタの体は動かすことを強制される。
ヒナタは顔を引きつらせながら、震える手で自らの最強のしもべを指差すしかなかった。
「く、ぅぅ……ッ! レディ、ローマを……生け贄に……」
絶叫。
黄金の女帝は、その翼を広げたまま、見えない力によって粉々に砕け散った。
マナも、ライフも、手札も消費して呼び出した切り札が、たった2マナの古いカード一枚に葬り去られる。
「こんな……ことがっ! いや、偶然だ! たまたま刺さるカードがあっただけのこと!」
ヒナタの絶叫が、モノクロームのカジノに虚しく反響する。
必勝を期したコンボが崩壊し、彼女は現実を受け入れられずにいた。テーブルの縁を握る指が白くなるほど力を込め、脂汗を浮かべながら目の前の不条理を睨みつける。
その姿はもはや、先ほどまでの優雅な演者ではない。自らの脚本が狂い始め、舞台上で立ち往生する三文役者そのものだった。
「なぁ。まだ気付かねえのか?」
立ち直ろうとするヒナタに、シラベは呆れたように言う。
シラベの瞳にあるのは勝利への渇望ではない。憐れみと冷たさだけだ。
「気付く? なんのことだ」
「俺の使っているデッキ。強すぎると思わねえか?」
ヒナタの眉が僅かに寄る。
何を言われているのか分からない。このタイミングでのデッキ自慢だろうか。いや、シラベはそこまで愚かではないし、自己顕示欲に溺れるタイプでもない。
ヒナタは思考を巡らせる。考え、そして導き出す。ヒナタの端整な顔が歪んだ。
「まさか……!」
「ああ。トリニティ・ゴリラ、暗い焔のルーン。どちらも『輪廻転生』では扱うことの出来ないカードだ。俺が握っているのも、『永劫回帰』で組まれたデッキなんだよ」
シラベは手札をヒラヒラと振ってみせる。そこにあるのはミトラが誂えた凶悪なカードたち。
ヒナタがルール無用の魔境を密かに持ち込んだように、そのデッキは最初から同じ土俵で殺し合う準備を整えられていた。
「……君の厚顔さを甘く見ていたようだ。真っ当な精神を持つなら初心者相手にそのようなデッキを持ち込むと思っていなかったのだが、そこまでするのだね。見縊っていたよ」
ヒナタは深呼吸を一つ挟み、崩れかけた表情を取り繕う。あくまで被害者は自分であり、シラベこそが卑怯な手段を用いたのだと、論点をすり替えようとする。
だが、シラベはその言葉に取り合わない。
「お褒めに預かり光栄だが、残念ながらこのデッキは俺のじゃない。ミトラだ。あいつがこうなることを予測してたんだ」
その名前が出た瞬間、ヒナタの瞳に嫉妬の炎が燃え上がった。
「ミトラのデッキを盗んだのか! なんて浅ましい!」
「おいおい、さっき見てただろ。あいつから渡してきたんだよ。それに……浅ましいのはお前だってそうだろ」
シラベの声色が、一段階低くなる。
「何が導かれた、だ。お前こそ、レディと大穴のデッキを盗んでいったな」
運命的な出会いなどというロマンチックな言い訳を、シラベは一刀両断に切り捨てた。
ヒナタの表情が凍りつく。だが、すぐに嘲笑の仮面を貼り付け直した。
「おや、とんだ濡れ衣だな。何か証拠でもあるのかい?」
自信があるのだろう。誰にも見られず、証拠も残さず、ただ華麗に店を後にしたという自負。
シラベは懐に手を入れ、一つの無骨な黒い物体を取り出した。
「ああ。ほらよ」
音も立てずにテーブルの上に放り出されたのは、極小のカメラだった。一週間前、ヒナタが密かに侵入し、店内に仕掛けていたもの。
「このカメラ、お前のだろ。映像記録にばっちりお前の姿が残ってたぜ」
「はっ、何を言うかと思えば」
シラベの言葉に対し、ヒナタは鼻で笑った。
動揺はない。むしろ、シラベの浅知恵をあざ笑うような余裕すらある。
「店内に監視カメラがあったのは悲劇的なことだ。しかし、それを私と結び付けるには無理がある。この手のカメラは記録媒体の回収が必要なものと、無線で映像を飛ばすものがある。見る限り、これは記録が本体に残らないものだろう」
ヒナタは流暢に語り出す。その見立て通り、このカメラは無線式だった。映像データは電波に乗って別の場所にあるサーバーや受信機へと送られる。カメラ本体をどれだけ調べようが、そこには何も残っていない。
だからこそ、ヒナタはこの店にこれを仕掛けたのだ。自分の姿が映っても、データさえ手元にあれば証拠にはならないと踏んで。
「おーおー、随分詳しいこと。まるで盗撮博士だな」
シラベが感心したように手を叩く。
「だけどさ。そいつは俺らの常識だろ。俺らじゃないものにとっての常識はまた違うぜ」
「なに?」
ヒナタの眉間に皺が寄る。シラベは自身の頭を指差した。
「うちにいる居候、お前も見たっけか。あのピンク髪の淫乱シスター。カルメリエルっつーんだが、あいつもカードの精霊でな。設定では機械帝国の第二王女で、聖女で、ついでに『
唐突な身内語り。ヒナタにその名は聞き覚えが無いが、確かにそんな姿の店員がいたのは覚えている。
「それが何だと言うんだ」
「だからさ。あいつ、そういうのに強いもんだから──全部傍受してたんだよ。お前が仕掛けたその瞬間からここ一週間。ずっと覗き見してやがった」
シラベは事もなげに言う。まるで、天気がいいから散歩をした、くらいの気軽さで。
「は?」
ヒナタの思考が停止する。 傍受? 無線カメラの暗号化された信号を? 精霊が? 意味が分からない。レディと大穴の二人に出会ったところで、未だヒナタは現実の法則を信奉している事に変わらない。そこへ放り込まれた意味不明な証言に理解が及ばない。
「ミトラから詳しく聞く時間は無かったが、まぁそういうことだ。すまんな。そっちの行動も埒外だが、こっちも大概な奴を飼っててな」
シラベは苦笑交じりに謝罪するが、顔色が変わり続けるヒナタには届かない。青ざめ、次いで朱に染まる。
シラベの弱みを握る為に仕掛けていたカメラが自身の首を絞めたこと。その原因が、精霊という理外の理由で露見していたこと。彼女のプライドが砕けそうになっていた。
「なんで、今なんだ。その精霊が気付いていたなら、すぐカメラを外すはずだ。一週間も黙っていた理由が分からない」
「あいつ性格カスだからな。俺やミトラがカメラの前でなんか面白いことをしないか覗き見したかったんだろ。知らんけど」
言葉を失い、わななくヒナタに向け、シラベは冷徹に告げた。
「さて、双方の恥さらしは今はこれくらいにしとくか。ゲームに戻ろうぜ、泥棒さんよ」