「……ッ、ターン、エンドだ!」
苦渋のエンド宣言がヒナタの口から吐き捨てられる。
その言葉が宙に消えるよりも早く、シラベの手がデッキトップを捉えていた。
シラベの2ターン目。
「ドロー」
引かれたカードは『火のルーン』。
シラベはそれを場にセットし、既存の闇色の火が灯るチップと、今置いた赤いチップに指先を這わせる。
「火、闇、2マナ使用。呪法『屍操術』を設置」
『屍操術』
コスト:〈1〉〈闇〉
タイプ:呪法―術式対象・墓地にいる生命体
・屍操術は場に出た後、術式対象を「墓地にいる生命体」から「屍操術で場に戻した生命体」に変更する。
・墓地にある生命体カード1枚を対象とし、それを場に出す。それを『屍操術』の術式対象にする。
・術式対象となった生命体は-1/-0の修整を受ける。
・屍操術がフィールドを離れたとき、術式対象の生命体を生け贄に捧げる。
「やはり君も墓地利用か……! しかし、そちらの墓地には何もいないだろう!」
「ああ、そうだな。だがそっちはどうだ?」
「なに?」
モノクロームの空間に、赤と黒の燐光が混ざり合う。
シラベの指先は対面──ヒナタの墓地領域を指し示した。
「対象は、『全てを喰らう大穴』」
指定されたのは、先程のターン、ヒナタ自身の手でレディと共に捨てられたもう一枚のカード。
「ば、馬鹿な! 私のカードを奪うなど!」
ヒナタが金切り声を上げる。自分の所有物、それも共に在ると言ってくれた精霊のカードが他者に利用されることへの生理的な嫌悪。だがシラベは肩を竦めるだけで、その抗議に取り合わない。
「墓地は公開情報領域だ。どっちの墓地だろうと、対象に取れれば利用できる。これはティーチングで教えたはずだぜ」
(本当はレディ・ローマの方が良かったが、あっちは蘇生された途端『固有領域』の効果で弾かれてまた墓地に帰っちまうから仕方がない)
戦力としてはデメリット込みでも申し分ない。そう飲み込むシラベの元へ、黒い霧が渦を巻いた。ヒナタの墓場から湧き出した漆黒の闇が、ドロドロとした粘液のようにシラベのフィールドへと移動していく。
闇は収縮し、やがて人の形を成した。
『全てを喰らう大穴』
コスト:〈4〉〈闇〉〈闇〉〈闇〉
タイプ:生命体
・飛翔(この生命体は飛翔を持たない生命体によってはブロックされない)
・貫通(攻撃しているこの生命体は余剰の戦闘ダメージをそれが攻撃しているプレイヤーに与えることができる)
・あなたのターン開始時に、これ以外の生命体1体を生け贄に捧げる。そうできない場合、これはあなたに7点のダメージを与える。
[7/7]
ボロボロの布切れ一枚を纏った、夜空よりも深い闇色の肌を持つ黒髪の少女。その体躯とは不釣り合いに大きな胸を抱えるように身を竦ませている。
虚ろな瞳は星空のような色彩を湛えながら、かつての主人であるシラベを警戒していた。
──十中八九嫌気が差して投了する。
──このデッキ、カスだわ。
かつてシラベとミトラから吐き捨てられたその言葉が棘となり、未だ彼女の記憶に刺さっている。その視線からシラベは感じ取った。
シラベは椅子から腰を浮かせ、テーブルの上に実体化した大穴の頭へと、そっと手を伸ばした。
「……っ!」
大穴が身を縮める。打たれると思ったのか。ルールに縛られた存在は大きく身動きが取れない。
だがシラベの手のひらは、その闇色の髪を優しく撫でただけだった。
「悪かったな。あの時は言い過ぎた」
ビクリと震える闇色の肌。予想外の柔らかい接触に、キツく閉じていた瞼を大穴は恐る恐る開く。
触れた髪からシラベに伝わってくるのは、底無しの井戸を覗き込んだ時のような芯まで凍る冷たい恐怖心。ぞわりと腹の底から蠢く恐れを感じながら、それでもシラベは手を引かない。
「お前の入っていたデッキは確かにカスだった。だが、お前自身のことは嫌いじゃねえよ」
その言葉に嘘はなかった。
飛翔と貫通。圧倒的な暴力装置でありながら、毎ターン生け贄かダメージを要求する強烈なデメリット。扱いづらいが、だからこそ印象に残り、思い入れを持つ。
EC黎明期から存在した、その尖った性能に愛着のあるプレイヤーも多い。シラベもその一人だ。
「戦ってくれるか?」
「……ん……あ……」
大穴の喉から、軋むような小さな音が漏れる。されるがままに撫でられていた頭が、徐々にシラベの手のひらに押し付けるような傾きが掛かっていく。
屍操術によるコントロールの奪取効果だけではない。警戒が薄れていくのをシラベは感じ取る。
「よし。よろしく頼むぜ、相棒」
シラベが手を離すと、大穴はコクンと小さく頷き、忠実な影のようにシラベの横へと寄り添った。
手札からどこぞのポンコツから抗議のような声が聞こえた気がしたが、シラベは無視した。
「ターンエンドだ」
ターンは移り、ヒナタの2ターン目。
彼女の額には隠しきれない脂汗が滲んでいた。大駒の一つを奪われ、盤面を制圧された焦燥。
「私のターン! ドロー!」
祈るように引いたカードを見て、ヒナタの表情がパッと輝く。
「『光のルーン』をセット! ふふ、まだだ、まだ終わっていない!」
希望は繋がった。ヒナタは高らかに笑い、再び墓地を指差した。
そこには先程『皇帝勅令』によって無念の退場を強いられたレディ・ローマが眠っている。
「もう一度だ! 戦術『隣人の灰』! ライフなどくれてやる! 蘇れ、レディ・ローマ!」
宣言と共に、ヒナタの身体から生命力が吸い上げられる。
再びの8点ペイ。ヒナタのライフは一気に残り4点へと落ち込む。だが、数多の能力を持つ怪物が戻ってくるなら安いものだ。
彼女には『即時行動』がある。故に即座にシラベにダメージを与えることが出来る。次ターンで大穴からのダメージと併せれば13点、致命的だ。
『監視』がある。攻撃した後にも隙はなく、大穴からの攻撃を完璧に防ぐことが出来る。
『固有領域(闇)』がある。大穴では一切のダメージを与えられず、手も足も出ない。
「レスポンス」
しかし、シラベはその希望を断ち切る。
「マナの代わりにライフを2点支払い、『サジタル面切断』をプレイ」
「な──ライフで、コストを支払うだと!?」
「追加講習だ。マナには基本五属性と無属性に加えて、ブラフマーマナというものがある。こいつはその属性以外にも、自身のライフを支払うことでも賄える」
シラベを守る防壁が軋む。その代価に唱えられたカードが、禍々しい輝きを放つ。
『サジタル面切断』
コスト:〈(闇/B)〉((闇/B)は〈闇〉でも2点のライフでも支払うことができる)
タイプ:戦略
・いずれかの墓地にある基本ルーンカードでないカード1枚を対象として選ぶ。それの本来の持ち主の墓地と手札と山札から、そのカードと同じ名前を持つカードを望む枚数だけ探し、それらを追放する。その後、そのプレイヤーは山札を切り直す。
障壁の残滓が、鋭利な刃へと変換される。放たれたのは鈍い銀色の回転刃。
唸りを上げて旋回するそれが、墓地で復活の時を待っていたレディ・ローマの幻影を捉え、その体を両断した。
「対象は『賭博都市の女帝レディ・ローマ』。こいつをゲームから除外する」
悲鳴すら上げる間もなく、女帝の姿が霧散する。
それだけではない。シラベの操る回転刃は、勢いを殺さぬままヒナタ自身へと襲いかかった。
「そして。効果により、お前のデッキ、手札にある同名カードを全て根こそぎ除外させてもらう」
刃がヒナタの身体を、そのデッキを、物理的に通過する。
ライフを減らす効果ではないため、肉体的な痛みは生じない。しかし、その刃は概念と衣装を切り裂いた。
硬質な音と共に、ヒナタの纏っていたバニースーツの右半身が弾け飛ぶ。
豊満な胸がこぼれ落ちそうになり、慌ててヒナタは両腕でそれを隠す。
「なっ──!!」
羞恥に染まるヒナタの目の前で、彼女のデッキと手札が強制的に空中に展開される。
全てがさらけ出された。シラベの視線が、並べられたカードの羅列を冷ややかに検分していく。
効果処理として、そこから残りの『レディ・ローマ』を抜き出さなければならない。だが──
「ま、さすがに1枚しか積んでないか」
シラベは鼻を鳴らす。まともな神経をしているなら、その枠により強力なものを入れる。
「『ラース・ブレディング』はちゃんと4積みしてたのか。アレ釣れれば殴りながら回復とドロー出来るのに。デッキから直接墓地に落とすための『カタコンベ』すら引けなかったのはしゃーねーな」
シラベにとっては専門外の『永劫回帰』だが、凶悪なコンボデッキの骨組み自体は頭に入っている。大まかの輪郭はこれで掴めた。
シラベの無遠慮な視線が自身とデッキに晒されて、ヒナタは顔を赤くしながら抗議の声を上げる。
「う、うるさい! なぜこんな辱めるような真似を……! デッキからカードを抜くだけなら私が抜けばいいのに、何故ここまで見られなければならない! ルール違反だろう!」
顔を真っ赤にして抗議するヒナタに、シラベは視線を逸らさず言い返す。
「違反じゃないんだな、これが。総合ルールでは、デッキなどから特定のカードを探す効果に対して、実際にはあったとしても『探したけど見つからなかった』と宣言することが出来る」
シラベは人差し指を立てて、講釈を続ける。
「それなのに相手に探させたら、本当に入っていたとしても『無かった』と嘘が付けちまうだろ? だから相手が中身を確認して、引っこ抜くんだよ」
「じゃあっ、なんでこのカードは私の服を壊した!」
「それは知らん。俺の管轄外だ」
本当に知らないから仕方がない。ホログラム越しに見えるヒナタの肌は、白と黒のカジノの中で、生々しいほどの色彩を放っていた。隠そうと必死になればなるほど、その肢体の艶かしさが強調されていた。
性格はあれでもエロい。シラベはそう思った。
一通り確認を終えたシラベはカードの効果を終了させる。
処理が進むが、対象を失ったヒナタの『隣人の灰』は行き場をなくして虚しく立ち消えた。
「あ……あぁ……私の、女帝が……」
へたり込むヒナタ。
ライフは残り4。盤面は空。手札は透かされ、切り札は消滅。そして、身体も露わにされた屈辱。
「……ターン、エンド」
シラベの3ターン目。
ターン開始時のチェックにおいて、大穴が大きな音を立てた。喉を鳴らす猫に近いが、より重く、シラベの鼓膜を打つ。
「……ん、ぅ……」
シラベの横で、大穴が申し訳無さそうに呻いた。口元からはヨダレのようなものが垂れる。
その正体は彼女の維持コスト。この強大な力を維持するためには、毎ターン、生け贄を捧げるか、契約者の身を削る必要がある。
シラベの場に生け贄にできる生命体はいない。
「構わねえよ。安いもんだ」
服の袖をまくり上げながら、シラベは軽く言う。この程度の消耗はなんでもない。
差し出されたシラベの腕に、大穴は口を開けて歯を立てる。痛みは身を守る障壁の損耗に置換されるが、それでも大穴に食まれる感触は消えない。
身を凍てつかせる寒気に耐え抜いた後。シラベのライフが7点削られ、17から10になる。
「……だい、じょうぶ?」
「平気だ。お前のお陰で勝てるんだからな」
心配そうに寄り添う大穴の頬に触れるシラベ。その信頼に応えるように、大穴の瞳に瞬く星空が強く光る。
ドローを済ませたシラベは、手札もマナも使わず、ただ攻撃の号令を下す。
「バトル。──喰らえ、『全てを喰らう大穴』」
大穴の身体が影となって伸びる。
もはや抵抗する力を持たず、ただ震えることしかできないヒナタへと、漆黒の暴食が襲いかかった。
「あっ、ああっ、やめ──」
6点のパワーによる直接攻撃。障壁は耐えきらず、大穴の怒涛がヒナタを襲う。
ヒナタのライフは4から一気にマイナスへと転落し、盤面のカードたちが薄らいで行く。
大穴はシラベに軽く手を振り、その姿をヒナタのデッキへと消す。
「がッ……ぐぅぅ……!」
世界に亀裂が走る。呻くヒナタ。勝敗は決したが、カジノの幻影はノイズ混じりに明滅こそすれ、崩壊するには至らない。
まだ、決着ではない。
「なるほど、BO3で戦う場合はこうなるわけか」
苦悶の表情を浮かべるヒナタとは対照的に、シラベはのほほんと集積されたカードたちをまとめていく。
仮想の衝撃に身を屈めていたヒナタが、脂汗を拭いながら起き上がる。その瞳には、敗北の屈辱よりも濃い、ドロドロとした執着の炎が宿っていた。
「……確かに、一戦目は敗れた。だがこのエキシビションは二本先取。あと二回勝てばいいだけだ!」
ヒナタは乱れたバニースーツの胸元を直すこともせず、シラベを睨みつける。
シラベは何も言わず手に取ったデッキを眺めつつ、カードを抜き出している。
「先攻後攻の決定権は、先の対戦で敗北した方、つまり私だ。次は私が先攻を取る」
敗者の権利。カードゲームにおけるセオリー通り、彼女は先手を選択した。
コンボデッキにおける先攻の利は計り知れない。相手が土地を置く前に動き出し、妨害を挟む隙すら与えずにゲームを決める。それは何物にも邪魔されない勝利のルートだ。
「私が先攻であれば、君の場には先ほどのようにルーンは出ていない。マナが無ければ、出てきた生命体への対処は出来ない!」
ヒナタは自分に言い聞かせるように叫ぶ。
1戦目の敗因は、後攻を取ったことと、シラベが1ターン目から動ける手札を持っていたこと。ならば、それより早く動けばいい。彼女のデッキは1ターンキルすら可能なポテンシャルを秘めているのだから。
「能書きは良いが、準備はいいのか?」
シラベはデッキを切り直しながら尋ねる。自身の言葉に全く取り合わないシラベに、ヒナタは苛立ちを隠せない。
「急かしているつもりか? それだけ早く倒されたいならやってやる」
「別にそういうつもりじゃなかったんだけどな。そうか。ま、それならカットをどーぞ」
互いにデッキをカットし合い、再び7枚の手札を引く。
ヒナタは配られた手札を見て、口元を歪めた。
完璧だ。土地、マナ加速、そして墓地肥やしと蘇生札。1ターン目から確実に大型生命体を着地させられるハンド。これならば、シラベが何を置こうがその前にゲームを掌握できる。
「引き直しは無い」
シラベはそう言い、手札を構える。
「こちらも無い。行くぞ──」
ゲーム開始の宣言をしようとヒナタが息を吸い込んだ、その時だった。
「あのさぁ」
シラベの気怠げな声が、ヒナタの出鼻を挫いた。
「……なんだ。往生際の悪い」
「互いのアーキタイプが割れてるのにサイドチェンジしないのは、メタ張りに自信が無いって言ってるようなものだろ」
シラベは手札の一枚を、指で弾いてみせた。
ヒナタが眉を顰める。
「何を──」
言葉の続きは、シラベの
「
『
コスト:〈2〉〈闇〉〈闇〉
タイプ:呪法
・
・カードがいずれかから対戦相手の墓地に置かれるなら、代わりにそれを追放する。
カジノの煌びやかな装飾が、消し飛んだ。
シラベの背後から広がったのは、荒涼とした灰色の荒野。枯れ果てた葦が風に揺れ、打ち捨てられた武具が墓標のように突き刺さる、死と忘却の世界。
「……え。ま、待て、そんな。だって、そうしたら」
テキストを確認したヒナタの顔から、急速に血の気が引いていく。
彼女の視線が、手札にある『無謀な設計変更』や『隣人の灰』といったカードに釘付けになる。それらは全て、墓地というリソースがあって初めて機能するものだ。
だが、目の前に現れた荒野は、その前提を根底から否定していた。
「ああ。お前の墓地に落ちるものは、全てゲームから除外される」
シラベは淡々と、死刑宣告を読み上げるように告げた。
「除外されたものは当然、カードの効果の対象外だ」
墓地利用デッキに対する、完全なるメタカード。
それを初手から、マナも使わずに設置されるという悪夢。
ヒナタの完璧だったはずの手札は、今この瞬間、ただの紙屑へと変わった。
「まぁ、希望は捨てるな。こっちも、さっき出しそびれた総督閣下を出してあやしてあげなきゃいけないからさ」
早すぎる呼吸音が自分のものであると、ヒナタは気付かない。
シラベは手札の一枚を撫でてやりながら、朗らかに笑う。
「せめてそこまでは保ってくれよ」
数分後。
シラベのライフを削る手段を見出せないまま、ヒナタはレヴェローズのサーベルにより討たれた。