カスレアクロニクル   作:すばみずる

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35 燃えないゴミの日だから捨てといて

 戦いが終わり、《レーラズ・フィールド》の異空間が解けた後。舞台は店舗の二階、シラベが寝泊まりしている六畳間へと移されていた。

 

 ただでさえ狭い部屋の中は、現在極めて異常な人口密度と空気の重さに支配されている。

 

 部屋の中央には、腕を組み冷徹な視線を下ろすミトラ。

 

 その視線の先、万年床の端に正座させられているのは亜修利ヒナタだ。シラベの放った回転刃のカード効果によって右半身が弾け飛んだバニースーツ姿はあまりに破廉恥であり、見かねたシラベが押し入れから引っ張り出した毛布を肩から羽織らされている。敗北のショックと事後の気まずさからか、彼女はすっかり借りてきた猫のように俯いていた。

 

 開け放たれたドアの向こう、廊下の陰からはレヴェローズが室内を窺っている。

 

 さらにその足元には、シーツで簀巻きにされ、芋虫のように転がされているピンク髪のシスターの姿があった。

 

 防犯カメラの存在を知りながら、退屈しのぎのために一週間もヒナタの盗撮を見過ごしていたカルメリエルである。激怒したミトラによる苛烈な折檻を受けた結果、彼女は現在完全に沈黙を保っていた。

 

「で。あんたがうちから盗んだのは、この二つね」

 

 ミトラが座卓の上に並べたのは、白と黒の二つのデッキケースだった。

 

 ヒナタは毛布をきつく握りしめながら、小さく頷く。

 

 シラベは無言で黒いケースを手に取り、中身の束を引き出した。パラパラとカードの表面を確認していく。

 

「……ヒナタのデッキに入ってる『賭博都市の女帝レディ・ローマ』と『全てを喰らう大穴』以外は、全部揃ってるな」

 

 シラベの報告を受け、ミトラは再びヒナタをねめつける。

 

「ほら、出しなさい」

 

 有無を言わせぬ響きだった。ヒナタは唇を噛みながら、自身の灰色のデッキケースに手を伸ばした。そこから抜き出した二枚のカードを、震える手で座卓の上に置く。ミトラはそれを素早く回収する。

 

「まったく、カルメリエルの除霊で大人しくなっておけば良かったものを」

 

 ミトラの呆れたような呟きが部屋に落ちる。

 

 敗北と事前のアンティで定められた誓約により、《レーラズ・フィールド》の絶対的なルールが働いている。レディ・ローマと大穴の精霊としての力は封じられ、姿を現すことはない。

 

 シラベは座卓の端に転がっている、黒い樹脂の塊の一つをつまみ上げた。

 

 カルメリエルが自白した後に回収された、ヒナタが店内に仕掛けていた小型の無線カメラだ。

 

「ミトラ、これどうするんだ?」

 

「明日、燃えないゴミの日だから捨てといて」

 

 ミトラは鼻を鳴らして答える。

 

 あまりに雑な処理方法に、シラベは眉をひそめた。

 

「そうじゃなくてさ。不法侵入に窃盗、おまけに盗撮だぞ。今度こそ警察呼んでマジ逮捕された方が良いんじゃねえの」

 

 シラベがヒナタを顎で示すと、毛布に包まった彼女の肩がビクリと跳ねた。交番での説教を軽々飛び越える処罰が待っていることは想像に難くない。先ほどの対戦中の傲慢さは完全に消え失せ、すがるような目でミトラを見上げている。

 

 ミトラは長々とした溜め息を吐き出した。

 

「これくらいだったら高校時代にこいつから学校でやられてたし」

 

「お前、それ絶対慣れちゃダメな奴だからな」

 

 ミトラの呆れ果てた声は怒りというよりは、長年の腐れ縁に対する諦めだった。

 

 シラベは心底引いた顔でツッコミを入れる。ストーカー被害に順応してどうするのか。

 

「それに、カメラを外すときにカルメリエルも私も結構ベタベタ触ってたし、ヒナタの指紋が残ってたとしても分かんないでしょ。警察呼んで事情聴取されて、店を休むのもめんどくさいし」

 

 ミトラは実利と手間の天秤を掛け、この場で終わらせることを選んだらしい。

 

 彼女は座卓に両手をつき、ヒナタの顔を覗き込むように身を乗り出した。

 

「ただ、次は無いから。もしまた勝手に入ったり、変な機材を仕掛けたりしたら、その時は問答無用で通報する。分かったわね」

 

 凄みを利かせた低い声。

 

 ヒナタは毛布を翻し、畳の上に深々と土下座をした。綺麗なアッシュグレーの髪が床に擦り付けられる。

 

「……申し訳、ありませんでした」

 

「あと、あんたが盗んだのはシラベのデッキだから。シラベにもちゃんと謝りなさい」

 

 ミトラの追撃に、ヒナタの動きがピタリと止まる。ミトラに頭を下げるのはまだしも、見下していた男に謝罪するとなると話が違う。

 

 ヒナタはゆっくりと顔を上げ、シラベを見た。その顔には悔しさと屈辱がない交ぜになった凄絶な表情が浮かんでいる。

 

 しかし、今の彼女に拒否権はない。ギリッと奥歯を噛む音が聞こえそうなほど顔を歪めながら、ヒナタはシラベの方へと向き直り、再び頭を床に擦り付けた。

 

「……不快な思いをさせてしまい、誠に、申し訳、ありませんでしたっ」

 

 絞り出すような謝罪の言葉。

 

 シラベは後頭部を掻きながら、小さく息を吐いた。

 

「ま、カードが戻ってきたならそれでいいよ。もうすんなよ」

 

 

 

 その後、いくらなんでも半壊したバニースーツで帰すわけにもいかず、シラベは押し入れから適当なスウェット上下を引っ張り出してヒナタに貸し与えた。ヨレヨレのスウェットに身を包んだヒナタは魂が抜けたような足取りで店を後にする。

 

 閉店後の静寂が戻った一階の店内。シラベはモップを片手に、デュエルスペースの掃除を行っていた。

 

「いくらなんでも甘いんじゃないか」

 

 床の汚れを拭き取りながら、シラベはカウンターの中にいる店長に声をかける。

 

 ミトラはカウンターに肘を突き、戻ってきたレディと大穴のカードを新しいスリーブに入れ替える作業をしていた。

 

「あんなのでも、一応同級生だったから」

 

 不満そうに口を尖らせるミトラ。

 

「あいつ、学生時代から私がカードゲームやってたのを知ってたけど、別に一緒に遊んでたわけじゃないのよ。そもそもヒナタの家って厳しかったし、こういうオタク趣味を見下してるグループにいたから」

 

 カードを一枚一枚丁寧に入れ替えながら、ミトラは昔を懐かしむように語る。

 

「あいつの性格だと、ミトラと一緒の趣味をやりたがりそうだけどな」

 

 シラベがモップの柄に寄りかかりながら言うと、ミトラは首を横に振った。

 

「ヒナタは結局、自分が大好きだから。自分が興味無いものについては、全然触ろうともしないのよ。当時はカードのルールもろくに知らなかったはずだし」

 

 だからこそ、今回の一件は異常だったのだ。ミトラの気を引くためとはいえ、興味のないカードゲームのデッキをわざわざ構築した。

 

「でもね」

 

 ミトラの手が止まる。

 

「一人でカードを触ってる私を、あいつは興味は無かったにしても、否定はしなかったから」

 

 伏せられた目。その雰囲気から、シラベはミトラが高校時代にどういう学生生活を送っていたのかをなんとなく察した。

 

 周りが年相応の話題で盛り上がる中、一人でデッキを構築し、カードの束と向き合っていた少女。変人扱いされ、浮いていたであろう彼女の趣味を、ヒナタは暑苦しく言い寄りながらも馬鹿にせず、ただ無関心なままでいてくれた。

 

 それが当時のミトラにとって、どれほど息のしやすい距離感だったのか。

 

 これ以上湿っぽい話になるのはシラベの性分に合わない。

 

「なら、これからは同級生同士、仲良くカードでもやればいいじゃねえか。ルールも覚えたみたいだしな」

 

 ミトラは毒気を抜かれたように苦笑する。

 

「さすがのヒナタでも、あんな無様な負け方して、恥ずかしくて当分顔出せないでしょ。……またあの破廉恥な格好で来たら、次こそマジで出禁よ」

 

 二人の間に、穏やかな笑いが漏れる。

 

 掃除をあらかた終えたシラベは、モップを壁に立てかけ、カウンターへと歩み寄った。

 

 ミトラが作業を終え、綺麗に並べられた黒いカードの束。

 

 シラベはふと、その中の一枚に目を留めた。

 

 先ほどのデュエルで、自分が奪取して共に戦ったカードである『全てを喰らう大穴』。

 

 シラベの指先が、無意識にそのカードの表面に触れた。

 

 その瞬間。カードから黒い霧が噴き出した。

 

「うおっ!?」

 

「なにっ!?」

 

 驚いてのけぞるシラベとミトラの目の前で、霧が実体を持つ。

 

 現れたのは、ボロボロの布切れ一枚を纏った、夜空よりも深い闇色の肌を持つ少女。

 

 身長はミトラ程度だが、ボロ布に辛うじて秘されたその体型はにてもにつかない。トランジスタグラマーという言葉が相応しい、異様に暴力的なプロポーションを持った精霊だった。

 

「……ん……」

 

 大穴は虚ろな瞳をシラベに向けると、迷うことなく彼に歩み寄り、思い切り抱きついた。物理的な衝撃と、凄まじい柔らかさがシラベを襲う。

 

「おい、ちょっと待て! なんだこれ!」

 

 シラベは慌てて引き剥がそうとするが、大穴の腕力は見た目に反して強大だ。ミトラも目を丸くしてカウンターから身を乗り出している。

 

「あいつに取り憑いてた精霊は、アンティの効果で出てこれないはずだろ!?」

 

 動揺するシラベの声に、大穴は彼に抱きついたまま、首だけを動かしてカウンターの上のカードを指差した。

 

 彼女の細い指が示しているのは、『賭博都市の女帝レディ・ローマ』のカード。

 

「……取り憑いてたのは、あっち。私は、くっついてきただけ。知らない」

 

「そんなんありか!?」

 

 ボソボソとした抑揚のない声にシラベは噛み付き抵抗しようとするが、現実は変わらない。服越しでも伝わる冷気と、押し付けられる質量の暴力に理性が飛びそうだ。

 

「だからって、なんで俺に抱きついてくるんだよ!」

 

 大穴はシラベの胸に顔を擦り付けながら、ポツリとこぼした。

 

「……相棒って、呼んでくれたから」

 

 デュエル中の些細な言葉。ゲームの駒としてではなく、共に戦う存在として認めてくれたこと。それが、この飢えた精霊の渇愛を満たしてしまったらしい。

 

「……お腹、すいた」

 

 大穴の瞳が、妖星の色に輝く。

 

 彼女はシラベの首筋に顔を寄せると、躊躇なくそこにガブリと噛み付いた。

 

「いてえっ!? おい、ライフ吸うな! ゲーム外で維持コストを徴収すんな!」

 

 シラベの悲鳴が店内に響き渡る。現実の肉体から直接生命力を吸い上げられる感覚に、彼の膝がガクンと折れた。

 

 その騒ぎを聞きつけたのか、二階へ続く階段からドタバタと激しい足音が降りてくる。

 

「なんだなんだ!? また新手の敵か!?」

 

 現れたのは寝間着姿のレヴェローズだった。

 

 彼女はシラベに抱きつき、首筋に噛み付いている大穴の姿を見るなり、顔を真っ赤にして激昂した。

 

「なっ……! 貴様、私の契約者に何をしている! 離れろ! シラベのライフは私のものだ!」

 

「……やだ。もらった」

 

「もらうな! この泥棒猫!」

 

 レヴェローズが大穴を引き剥がそうと飛びかかり、二人の精霊による物理的な綱引きが始まる。シラベはその中心で揉みくちゃにされ、ただライフと体力を削られていく。

 

「ミトラ! 助けっ……」

 

 シラベが助けを求めるが、ミトラはカウンターで茶をすすりながら完全に我関せずの態勢に入っていた。

 

「二人とも、店の備品だけは壊さないでねー」

 

「店長ぉぉぉっ!」

 

 シラベの情けない叫び声が、夜の商店街に虚しく吸い込まれていった。

 

 

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