「ふぅ。目の保養はここまでだ。ゲームに戻るぞ」
シラベはヴェルガラの艶めかしい肢体から無理やり意識を引き剥がし、手札へ視線を戻した。
状況、相手の場には強力なシステムエース。こちらはバニラの小粒が2体。サイズだけ見れば互角、質では明らかに劣勢。
それでも手札には、かつての相棒デッキから現代でも通じると見込んで残した古馴染みがいた。
「俺のターン。ドロー」
引いたカードを確かめ、シラベは口元を緩める。
「ルーンセット。『機械のルーン』」
シラベの場にも、歯車仕掛けの紋章が重い音を立てて出現する。これで場にある「機械」タイプは、『機械のルーン』『間に合わせの機甲兵』『灰被りの機甲兵』の計3枚。ルーンは3枚。そろそろ大きく動く頃合いだ。
「2マナ使用、戦術カード『マニュアル閲覧』を発動」
「『マニュアル閲覧』? コストは4と水属性マナだと書いてあったはずだが」
訝しげに眉をひそめるレヴェローズへ、シラベはカードを指で弾いて見せた。
『マニュアル閲覧』
コスト:〈4〉〈水〉
タイプ:戦術
・量産(このカードを唱えるコストは、あなたのフィールドにある機械の枚数分〈1〉減少する)
・カードを2枚引く。
「こいつは能力として『量産』を持ってるんだよ。自分の場の機械カード1枚につき、コストが1減る。今、機械は3枚……よってコストは1と水マナの計2つで済む」
「コスト軽減だと? 味な真似を」
「2枚ドロー。……よし、来たな」
シラベは引いたカードをそのままフィールドへ叩きつける。
「残り1マナで、2体目の『間に合わせの機甲兵』を召喚!」
再びポンコツロボが出現し、場の機械は4枚に増えた。
そしてシラベの手札には、いまのドローで揃った同名カードが2枚。素のコストは4。そこそこの重さだが──
「さらに手札から、『野蛮造りのはぐれ機兵』を2体召喚!」
「コスト4を2体だと!?」
「こいつも『量産』持ちだ。場の機械は4枚。つまり、こいつらのコストは0になる!」
宣言と共に、フィールドへ荒々しい鉄塊が続けざまに落下してくる。
『野蛮造りのはぐれ機兵』
コスト:〈4〉
タイプ:機械・生命体
・量産(このカードを唱えるコストは、あなたのフィールドにある機械の枚数分〈1〉減少する)
[2/2]
スクラップを無理やり溶接して人型にしたような、粗雑だが殺意に満ちた2/2が2体。マナを一切支払わず、シラベの盤面は一瞬で埋め尽くされた。
ユニット数は計5体。対するレヴェローズは2体。
質では負けているが、数による制圧力は完全にシラベが握った。
「雑魚風情が……わらわらと!」
レヴェローズがたじろぐ。ヴェルガラの効果は凶悪だが、攻撃を防ぐ役には立たない。頭数で押し込まれるのは面白くないはずだ。
「バトル
シラベは攻撃せず、ターンを終えた。
仮に『間に合わせ』と『灰被り』で殴っても、『負いし者』と『ヴェルガラ』に止められる。そのままヴェルガラの効果で『負いし者』を貪られれば、あちらは一気に6/6まで跳ね上がり、おまけに『死蝋集積所』にまでカウンターが乗る。殴る意味が薄い。
まずは盤面を固め、必殺のタイミングで一斉攻撃を仕掛ける。それしかない。シラベは内心の冷や汗を隠して、強がりに口の端を歪めた。
ずらりと並んだ5体の機械兵。壮観な屑鉄の軍勢を前に、レヴェローズは奥歯を噛み締める。だが、それも束の間。
「私のターン。ドロー」
声から熱が消えていた。氷のように冷徹な響き。紫の瞳が盤面を見渡すその様子にシラベは遠い記憶を思い出す。これから殺すという決意をにじませたプレイヤーは、総じてそのような冷徹さで高揚を隠す。
まさか、とシラベは頭を振った。まだこちらは一切ライフが削れていないのだ。まだ序盤のはずだろう。
「3枚目のルーンをセット。『機械のルーン』」
重厚な金属音が響き、彼女の背後に巨大な歯車が出現する。
これでレヴェローズのマナ基盤は、機械・風・機械の計3つ。加えて『夢幻色の宝物印群』をステイさせれば、好きな色のマナがもう1つ出る。
「1マナ使用。2枚目の呪法、『伝結晶潤滑剤』を発動」
先ほどフィールドを覆った粘液が、さらに濃度を増して降り注いだ。視界が歪むほどの異様な光沢が、彼女の軍勢を包み込む。
「お、おい……まじかよ。2枚張り?」
シラベが頬を引きつらせた。『伝結晶潤滑剤』の効果は重複する。これで彼女の生命体にカウンターが置かれるたび、その数は+2されることになった。
「残りは3マナか。……見るがいい、我が王家の負の遺産を。2マナ使用、機械・生命体『
空間に亀裂が走り、不安定に明滅する水晶の塊を背負った、異形の機械人形が滑り落ちてきた。四肢はなく、浮遊する結晶が不協和音を奏でている。
『
コスト:〈2〉
タイプ:機械・生命体
・これが場に出るとき、これの上に
・これの上から
[0/0]
サイズは0/0。だが効果により、
「『潤滑剤』2枚の効果適用。基本の1個に+2され、計3個のカウンターを乗せて着地する」
低い駆動音と共に、人形の周囲に3つの光点が灯った。
『失伝結晶機』。一見すれば2マナ1/1相当のユニットだが、これには恐ろしい起動型能力がある。
──カウンターを1個取り除くことで、対象に1点のダメージ。マナコストなし、回数制限なし。乗っているカウンターの数がそのまま「弾丸」になる、歩く砲台だ。
「……ッ! まさか、お前」
シラベは即座に計算を始めた。嫌な予感どころではない。これは詰みの匂いだ。
レヴェローズの場には『伝結晶戦姫ヴェルガラ』がいる。機械を生け贄に捧げてカウンターを得る、あのサクリ台が。
「演算プロセス終了。──契約者は
レヴェローズが指を鳴らす。
瞬間、ヴェルガラが凶悪な笑みを浮かべ、隣の『伝結晶を負いし者』の首を掴んだ。
「能力起動。ヴェルガラ姉様で『負いし者』を仕留める」
金属の砕ける音が響く。『負いし者』が生け贄に捧げられ、ヴェルガラの上にCCが1個──いや、違う。『潤滑剤』×2の効果で、その個数は3個になる。
ヴェルガラのカウンター:2個 → 5個。
「そして『負いし者』の死亡時効果。乗っていた1個のカウンターを、ヴェルガラ姉様へ移動させる」
破壊された残骸から光が飛び出し、ヴェルガラへ吸い込まれる。
移動するのは1個。だが乗る瞬間に、また『潤滑剤』が作用する。1+2で、3個の追加。
ヴェルガラのカウンター:5個 → 8個。
「同時に『死蝋集積所』の効果が誘発。死亡した『負いし者』が持っていた1個分のカウンターを、タンクに貯蔵する」
黒いタンクの目盛りが1つ上がる。
だが、これはまだ序章に過ぎなかった。
「続けて、ヴェルガラ姉様自身の能力を起動。生け贄は……ヴェルガラ姉様自身」
シラベの目の前で、ヴェルガラが自らの胸にパイルバンカーを突き刺した。凄惨な光景だが、戦場における計算式は留まる事を知らない。
「ヴェルガラ姉様は死亡する。自己強化の効果は解決されないが、死亡時の『伝晶』は発動する。彼女が抱えていた8個のカウンターを全て、『失伝機』に託す!」
爆散したヴェルガラから、膨大な光の奔流が溢れ出す。結晶8個の移動に『潤滑剤』の補正+2が加わり、計10個のカウンターが『失伝機』へ装填される。
失伝機のカウンター:3個 → 13個。
「そして『死蝋集積所』の効果。ヴェルガラ姉様が抱えていた8個分のエネルギーを回収する」
集積所のカウンター:1個 → 1+8 = 9個。
フィールドには今、不気味に唸る『失伝結晶機』と、限界までエネルギーを溜め込んだ『死蝋集積所』だけが残っている。
シラベのライフは20。失伝機の弾丸は13発。まだ耐えられる。まだ死なない。
だが、レヴェローズは無慈悲に
「──バトル
黒いタンクのバルブが全開放される。
「集積所に貯まった9個のカウンターを全て、対象の生命体、『失伝結晶機』へ移動する」
ドス黒いエネルギーが奔流となって砲台へ注がれる。9個の移動。そして、
9+2 = 11個の追加。
失伝機のカウンター:13個 + 11個 = 24個。
シラベは呆然と、目の前の数値を凝視した。
「……オーバーキルじゃねえか」
「チェックメイトだ。行け、『失伝結晶機』」
レヴェローズが軽く手を振る。
砲台の結晶が眩い閃光を放ち、24発の魔弾がマシンガンめいた連射でシラベに殺到した。ライフカウンターが高速で動いていき、瞬く間にゼロを通り越してマイナスへ叩き落とされる。
衝撃が抜け、煙が晴れる。そこに残ったのは、ライフを-4まで削られて真っ白に燃え尽きたシラベと、腕を組んでドヤ顔のレヴェローズだった。
「見たか。これがドゥブランコ王家の、美しくも完璧なリソース管理だ」
王女は豊かな胸を張り、勝利の余韻に浸って宣言する。
「さあ約束だぞ、契約者。貴様のデッキの主役は、この私だ!」
カスレアの主役採用と最優先召喚。再会したその日のうちに、シラベのデッキに呪いの装備の常駐が確定した瞬間だった。