カスレアクロニクル   作:すばみずる

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45 お尻痛いんだけど

 ボトムレスピットの店内は、珍しく穏やかな時間が過ぎていた。

 

 バックヤードで事務作業に専念しつつも弄れるネタを目敏く探すピンク髪も、我が物顔で無駄に胸を張って威張る金髪の姿もない。トラブルメーカーの姉妹が揃って不在という奇跡的な状況の中、押江シラベはレジカウンターの中で静かに息を吐いた。

 

 平和だ。そう実感する彼の右肩には、大穴のずっしりとした重みが乗しかかっている。彼女はシラベの首筋に冷たい鼻先を押し当てながら、喉をゴロゴロと鳴らして微睡んでいる。シラベは平和の代償と考え、その質量を受け入れていた。

 

 現在店内にいるのは、常連の騒がしいカードゲーマーたちではなく、近所から散歩がてらやってきたらしい老夫婦と、その手を引く男の子だった。

 

 ボトムレスピットはカードショップとしての一面が強いが、元々は古くからある街のおもちゃ屋だ。店には今でもプラモデルや今クール放送中の女児向けのステッキや変身ベルトなどが陳列されている。

 

 男の子が祖父に買ってもらったのは、流行りの特撮ヒーローのソフビ人形だった。シラベは手慣れた手つきで店のロゴが入ったビニール袋に商品を滑り込ませる。

 

「はい、お釣り三百円。ありがとうな」

 

 シラベが袋を差し出すと、男の子は満面の笑みでそれを受け取った。しかし、すぐに何かを思い出したように首を傾げて、カウンター越しのシラベを見上げる。

 

「ねえ、お兄ちゃん。このお店って、お祭りの時になんかするの?」

 

「お祭り――」

 

 シラベは呟いて記憶の糸をたぐり、ああと声を出す。

 

 そういえば、近々この商店街が属する町内会で大きめの秋祭りがあるはずだった。確か、あの露出狂ストーカーレズ女こと亜修利ヒナタが経営に関わる企業がスポンサーとして後援し、例年よりもやや規模を拡大して開催されるとかいう触れ込みだ。

 

 しかし、それはあくまで町内会と商店街全体の催しであって、万年人手不足のこの店に直接関係のある話ではない。シラベも話自体は聞いているものの、するりと流してばかりだ。

 

「うちは毎日忙しいから、特別な催しはやらないかな。いつも通り店を開けてるだけだ」

 

 シラベが肩をすくめて答えると、男の子は露骨に頬を膨らませた。

 

「ちぇー。カードの安売りとか、くじ引きとかしないんだ。つまんないの」

 

「悪いな。うちの店長、そういう面倒くさいことが嫌いなんだよ」

 

 奥のバックヤードで昼寝を貪っているであろう合法ロリ店長の顔を思い浮かべながら、シラベは苦笑した。

 

 すると、財布をしまっていた老夫婦の夫の方が、思い出したように口を挟んできた。

 

「あれ? でもお兄さん、この前の組合の寄り合いで、おたくのピンク髪の美人さんが、組合長さんにずいぶんと熱心に今年の出し物のことについて打ち合わせていたみたいだけどね」

 

 シラベの顔から笑みが消えかけた。

 

「あー、ええ。そうですね。端っこでも商店街の一員ですから、情報収集くらいはしておかないとってことで」

 

 シラベは表面上は愛想笑いを浮かべて適当に話を合わせつつ、脳内では警戒レベルを引き上げていた。

 

 商店街組合の寄り合い。ミトラが絶対に参加しないため、シラベとカルメリエルが持ち回りで出席している月一の集会だ。商品券がどうこう、清掃活動がどうこう、イベントがどうこうと話してからは親睦を深めるという名目で飲み会へ移行するのがお決まりだ。

 

 その内容自体は店内で共有しているものの、ミトラがアレなものだから主にシラベとカルメリエルの間の引継ぎに近い。そして引き継がれる内容も毎回代わり映えしないものだから、シラベの確認はだいぶ緩くなっていた。

 

 あの腹黒シスターが、ただの世間話として祭りの出し物に興味を持つはずがない。彼女が動く裏には、必ず打算と、他人の頭痛を引き起こすような企みが潜んでいる。

 

 ここしばらくのカルメリエルの不審な行動は、レヴェローズから世迷言と共に受け取ってはいた。 長い買い出しと、それに巻き込まれるように姿を消しているレヴェローズ。点と点が、嫌な形で繋がりつつある。

 

「ありがとうございましたー…………はぁ」

 

「にぁ」

 

 老夫婦と孫を見送った後、シラベは誰もいなくなった店内で大きなため息を吐いた。肩の上の大穴が、それに応じるように短く鳴いた。

 

 

 

 その夜。店舗のシャッターを閉めて一時間は過ぎた頃、ようやくボトムレスピットの裏口が開く音がした。

 

 シラベが一階のデュエルスペースで残務整理をしていると、重い足取りで二つの影が入り込んでくる。

 

「遅くなってしまい申し訳ございません。ただいま戻りました」

 

 先頭を歩くカルメリエルはいつものように涼しい顔でシスター服にもシワ一つない。対照的に、後ろからついてくるレヴェローズは、文字通り精根尽き果てた様子だった。

 

「ああっ、契約者ぁ……疲れた、疲れたぞぉ……もう腕が上がらん……」

 

「やめろ。汗だくだろうが」

 

 安物の無地Tシャツは汗と泥で汚れ、豊満な胸が荒い呼吸に合わせて上下している。彼女はシラベの姿を認めるなり、糸が切れた操り人形のようにふらふらと歩み寄り、そのまま彼の胸に倒れ込もうとした。

 

 シラベはレヴェローズの頭を片手で押しのけ、物理的な質量兵器の直撃を間一髪で回避した。レヴェローズは空振ってパイプ椅子に崩れ落ち、そのまま動かなくなる。

 

 シラベはその惨状を一瞥してから、涼しい顔でバックヤードの小型冷蔵庫から麦茶を取り出そうとしているカルメリエルを見やる。

 

「おい、カルメリエル。お前、町内会の祭りでなんかするつもりか?」

 

 カルメリエルの手が止まる。彼女はゆっくりと振り返り、コップに注いだ麦茶を口に含んでから、優雅に微笑んだ。

 

「あら。耳が早いですわね。ご報告が遅れましたわ」

 

 微塵も申し訳なさそうではない謝罪。それがシラベの神経を逆撫でするためのものだと、理屈なく彼は理解する。こいつはそういう奴だ。

 

「今日の帰りが遅くなったのも、その準備のためにレヴェローズに少し協力を頼んでいたからですの。彼女、不器用ですが体力だけはありますから」

 

「体力だけとはなんだ、体力だけとは……私は総督だぞ……」

 

 レヴェローズがうめき声を上げるが、カルメリエルは完全に無視した。

 

 シラベは頭を掻く。状況が読めない。あのカルメリエルが、ただの地域貢献のために汗水垂らして(汗を流しているのは妹のほうだが)準備をするなどあり得ない。必ず何か裏がある。

 

「お前、他の奴に黙ってなぁ……」

 

「明日は店も定休日ですから、シラベ様もミトラ様も、良ければ私たちの成果を見にいらっしゃいませんか?」

 

 シラベの小言にわざと被せるように、カルメリエルが言う。やましいことは何もないのだと言わんばかりの態度だが、シラベからすると開き直りのようにも見えた。

 

 今言え、と言ってやりたかった。しかしどうやら、事態はシラベが思うよりも密やかに進行しているらしい。

 

 どうせここで糾弾したところで、今日店にいなかった理由、その出先にある成果とやらがが残っている。それならば、まとめて見せてもらった方が楽だ。

 

「分かった。明日説明するってことだな」

 

「ええ。全てお話しいたします」

 

 恭しく頷くカルメリエル。今はこれ以上の追及は無駄だと判断して、シラベは手元の作業に戻る。

 

 あるいはこの腹黒女は、一事が万事こういう調子でないと呼吸が出来ないのだろうか。半ば冗談のつもりでシラベは考えたが、この様子を見ていると本気でそう思えてならなかった。

 

 

 

 翌日の昼下がり。シラベは錆びついたママチャリのペダルを重々しく漕いでいた。

 

 行き先は商店街から少し離れた、河川敷近くの工業地帯。かつて町工場が立ち並んでいたが、今では動いているんだかいないんだか外見からは分からない、寂れたエリアだ。

 

「ちょっとシラベ、段差気を付けなさいよ。お尻痛いんだけど」

 

 背後から容赦のない抗議が飛んでくる。自転車の荷台には、休日の昼寝を邪魔されて機嫌が最悪なミトラが横座りになっていた。

 

 小柄な彼女だからこそ成立する二人乗りだが、背中にしがみ付いて来る不機嫌のオーラが物理的な重さ以上にシラベの体力を削っていく。

 

「文句言うな。お前が歩きたくないって言うから乗せてやってるんだろうが。それに、お前の精霊が勝手にやらかしてることの確認だ。飼い主としての責任を果たせ」

 

「あいつは私の言うことなんて聞かないでしょ。だいたい、なんで休みの日にあいつらの発表会なんて見に行かなきゃならないのよ」

 

 ブツブツと文句を垂れるミトラを乗せ、シラベは指定された廃工場の前に到着した。

 

 赤錆の浮いたトタン屋根の建物。入口の鉄扉の前には、既にカルメリエルと、すっかり体力を回復して威張っているレヴェローズが待ち構えていた。

 

「お待ちしておりましたわ、お二人とも。さあ、ごらんください」

 

 カルメリエルが恭しく鉄扉を押し開ける。

 

 薄暗い工場の中に差し込んだ日光が、中央に鎮座する巨大な物体を照らし出した。

 

 それは、兵器と呼ぶのが最もふさわしい代物だった。

 

 まず土台となるのは、工事現場の足場材としても用いられる直管の鉄パイプである。

 

 大人数名が横に並べるほどの間隔を空けて平行に配置された二本の主軸に対し、直角に交差する形で何本もの鉄の棒が格子状に組み上げられ、強固な骨組みを形成している。

 

 人が肩を入れて持ち上げるための持ち手なのだろうが、そもそもこの土台だけでも常軌を逸した重量があることは想像に難くない。

 

 そして、その鋼鉄の格子の中心には、装甲車のごとき無骨な建造物が乗せられていた。

 

 木材などという軟弱な素材は一切使われていない。分厚い鉄板を幾重にも張り合わせ、乱暴に打ち留められた純度百パーセントの金属の塊である。

 

 形状こそ小さな寺院や大聖堂の屋根を模しているらしい。だが、鈍く光るその表面は戦車の装甲板と呼ばれた方が相応しい。

 

 頂点には装飾の代わりに槍の穂先のように鋭く尖った鉄の棒が天を突いており、さながらトーチカからそびえる砲門のようでもあった。

 

 それは、間違いなくお神輿の形をしていた。

 

 当然それは形だけであり、木材や漆塗り、金箔といった伝統的な要素は一切ない。構成しているのは、鈍い光を放つ分厚い鋼鉄の装甲板、むき出しの太いケーブル、そして至る所に打ち込まれた無数のリベット。

 

 祭りの道具というよりは、攻城兵器のなり損ないだ。

 

 総金属製の異形の神輿が、そこに完成していた。

 

「この度、町内会の祭りにおいて、商店街からも神輿を出したいが人手も元手も足りないと組合長が嘆いておられました。そこで私がボトムレスピットとして協力を申し出て、地域の子供たちや大人を指揮して作成しておりましたの」

 

 シラベとミトラは、自転車の傍で言葉を失っていた。それを畏敬の念に打ち震えているのかと勘違いしたのかカルメリエルが胸を張って説明するが、常人二人の右耳に入っては左耳から抜けていく。

 

 シラベは近づいて、その鋼鉄の神輿をまじまじと見上げた。工作の跡は荒いが、構造としては恐ろしく頑丈にできている。これを作らせるために、どれだけの労力を使ったというのか。

 

「出来はご立派だけど」

 

 ミトラの冷たい声が工場内に響く。彼女は自転車の荷台から降りると、腕を組んでカルメリエルを睨みつけた。

 

「あんた、祭りのポスターちゃんと読んだ? ただ神輿を担いで練り歩くだけじゃなくて、ぶつけ合う喧嘩神輿だって書いてあったはずだけど」

 

 カルメリエルは悪びれる様子もなくコクリと頷いた。

 

「ええ、存じております。以前はこの街でも盛んに行われていたものだとか」

 

「私がガキの頃にはもう無かったけどね」

 

「いつがガキじゃないんだよ」

 

 睨みつけられたシラベは身をすくめた。

 

「その歴史を復活させるついでに、地域の活性化を図るためトーナメントバトルのような催し物としてリニューアルすると伺いました。後援企業から、優勝チームに素晴らしい賞品も出るのですよ」

 

 カルメリエルが口元を隠して上品に笑う。その視線の先で、レヴェローズがなぜか期待に満ちた目でシラベを見つめていた。賞品が目当てで手伝わされたという構図が透けて見える。

 

 ミトラはため息をつき、鋼鉄の神輿をバンバンと叩いた。金属の重く冷たい音が響く。

 

「賞品なんてどうでもいい。その催しに、この全面金属の塊でやるなんてありえないでしょ。ぶつけられた他の神輿が粉砕されるわ。というより、そもそもこんなもの、人間の力で持ち上がるわけがないじゃない。何トンあると思ってるの」

 

 ミトラの指摘は極めて真っ当だった。いくら大人が数十人集まったところで、この装甲の塊を肩に担いで暴れ回ることなど物理的に不可能だ。

 

 しかし、カルメリエルの笑みはさらに深くなった。

 

「ふふ。組合の規定には、神輿の重量や素材の指定は一切ありませんでしたわ。そして、人の力で持ち上がらないという問題も、既に解決済みです」

 

 カルメリエルは神輿の側面、社にあたる部分の観音開きの戸に手をかけ、勢いよく開け放った。

 

 シラベは目を細めた。薄暗い社の中に、六つの光源が浮かび上がっている。

 

 それは紫色の光を脈動させる六角形の結晶体だった。金属のソケットのような器具に厳重に固定され、そこから伸びたケーブルが神輿の各部へと血管のように這い回っている。

 

 シラベはなんとなく紫電の輝きを眺めていたが、すぐに既視感に襲われた。

 

 レヴェローズが顕現した際、あるいはカードに描かれている姿。彼女の腰に装着されているエネルギー源。EC(エインヘリヤル・クロニクル)の設定における、機械帝国ドゥブランコの根幹を成す動力。ついでにあのポンコツの瞳の色。

 

「……これ、伝結晶じゃないか。しかもお前の」

 

 シラベが呆れ果てた声で言う。その原因に対して顔を向けると、レヴェローズは気まずそうに目を逸らした。

 

「わ、私だって嫌だったのだ! 自分の力をこんな鉄の塊に詰めるなど! だが、ここまで組み上がったものが、このままだと重すぎて動かせないから困った困ったと姉様に迫られて、仕方なくだな……」

 

 チョロすぎる。シラベは額を押さえた。姉の口車に乗せられて賞品に釣られ、まんまと動力炉代わりに搾り取られたらしい。疲労困憊で帰ってきた理由はこれも一因か。

 

「ご安心ください。このフルメタル神輿はあくまで器。ドゥブランコの伝結晶の力を得ても、これ自体は生命体のごとき力は振るいません」

 

「フルメタル神輿」

 

 脳が機能を停止しているシラベは、その聞き覚えの無い単語をオウム返しにするしかなかった。

 

「この伝結晶から得られたエネルギーを、担ぎ棒の特殊なグリップを通じて担ぎ手に直接注入します。そうすれば、一時的に人間以上の筋力と耐久力を得ることができ、この神輿を軽々と操ることが可能となりますわ」

 

 カルメリエルはドーピングという言葉すら生ぬるい人体改造計画を、さも素晴らしいアイデアであるかのように堂々と宣言した。

 

 ルールに素材の指定がないからといって、担ぎ手を埒外の力で強化して物理で轢き殺すと言い放っているその姿は何故だか自信満々で、一点も曇りもなく正義だとでも言いたげだ。

 

「あんたって奴は」

 

 ミトラは何か言葉を探していた。天を仰ぎ、地を見て、首を傾け、それでも二の句は紡がれない。

 

 その挙動が危険信号であることはシラベは察知していたが、カルメリエルは理解していない。よほど自分の所業に自信があるらしい。

 

「いかがでしょうか、我が契約者様。ご希望であれば、最上段へ搭乗されても構いませんよ」

 

 シラベが初めて見る、カルメリエルの邪気の無い笑顔だった。それくらい、彼女の言葉には善意が満ち溢れている。

 

 その思いに相手が感化されるかは、また別の問題だろう。カルメリエルの向こう脛を容赦なく蹴り飛ばしたミトラを見ながら、シラベはそう思った。

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