カスレアクロニクル   作:すばみずる

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46 暴力はいけません

「あうっ」

 

 静まり返った廃工場にカルメリエルの悲鳴が響く。普段の胡散臭い態度からかけ離れた可愛らしい声色だった。

 

 カルメリエルはシスター服の裾を押さえながらその場にうずくまり、蹴られた向こうずねを両手でさすって涙目を浮かべている。

 

「な、何をなさいますの、ミトラ様。暴力はいけません」

 

「つべこべ言ってんじゃないわよ」

 

 ミトラは痛がる精霊を冷たい目で見下ろすと、くるりと振り返ってシラベに顎をしゃくった。

 

「シラベ。この辺の廃品買取業を調べて。即日出張してくれる奴で」

 

「なんで俺が」

 

「さっさとやりなさい。無料回収でもいいから。よく分からない余計な石ころもくっついてるけど、こんだけ金属の割合多ければ引き取り手はあるでしょ」

 

「おい待て、私の伝結晶をキロいくらの鉄屑と一緒に売ろうとするな!」

 

 神輿の動力炉として組み込まれてしまっている自らの力の結晶を指差し、レヴェローズが血相を変えて叫んだ。しかしミトラはその抗議を黙殺し、容赦のない視線をカルメリエルに向け続ける。

 

 すねを痛がりながらも、カルメリエルはよろよろと立ち上がった。そしてフルメタル神輿を背中で庇うように両腕を広げ、ミトラの前に立ちはだかる。その姿は一見すると、迫害に立ち向かう聖女のようでもある。

 

「た……たとえミトラ様と言えど、この子を壊させるわけにはいきません。私と、地域の皆様の汗の結晶なのですから」

 

 先程までの余裕はどこへやら、カルメリエルの声には必死な色が滲んでいる。よほどこの兵器じみた神輿にご執心らしい。

 

 目の端に光るものを浮かべながら気丈に振る舞うカルメリエルだったが、ミトラは無言のまま再び片足を軽く引いた。いつでもローキックを放てる構えを見せると、カルメリエルの肩がびくっと跳ね、あからさまに怯えたように後ずさる。

 

 シラベはその不毛な争いを半ば蚊帳の外のような気分で眺めていた。身内同士の諍いなんてアホくさい。

 

 だがシラベがいくら冷めた目で無関係を装おうとしても、ミトラはそれを認めない。ボトムレスピットの一員に対して、不機嫌そうな眼をじろりと向ける。

 

「あんたも言ってやりなさいよ。こんな危険物、祭りの場に出せるわけないじゃない」

 

「えー……つってもなぁ」

 

 同意を求めて矛先を向けてきたミトラに対し、シラベは頭を掻きながら煮え切らない態度を見せた。

 

「たしかに、こんな装甲車もどきで喧嘩神輿をやろうとするのは完全に気が狂ってると思う。やっぱヴラフマに改造された淫乱ピンクは根本的に頭のネジが飛んでて駄目だなって再確認出来た」

 

 シラベの口から飛び出した容赦のない暴言に、カルメリエルのこめかみに青筋がピキリと浮かび上がったが、シラベは構わず言葉を続ける。

 

「でも近所の小学生やらが祭りのために手伝って作ったって聞くとさぁ。それを問答無用で呆気なく壊して業者に売り払うのは、さすがにちょっと気が引けるというか。子供の夢を物理で粉砕するのは、ちょっと俺の良心が痛む」

 

 シラベは廃工場の隅に置かれた子供たちが飲んだであろうジュースの空き缶や、置き去りにされている漫画雑誌へ視線を向けていた。

 

 カルメリエルの企てとはいえ、ここで一丸となり一つのものを完成させようと頑張っていたのだろう。そういう彼らが無邪気に手伝っていた姿を想像すると、頭ごなしに壊すのには躊躇いが生じる。

 

 カルメリエルはそこまで計算して子供たちを巻き込んだのだろうか。そうだとすると本当に性格の悪い女だ。

 

 シラベの指摘に、ミトラは黙り込んだ。純粋な子供たちの労働力と期待が詰まっていると言い出されると、いくら冷徹な店長とはいえ強硬な態度に出づらいらしい。

 

 工場の中が気まずい沈黙に包まれる。その膠着した状況を打ち破るように、腕を組んで思案顔をしていたレヴェローズが声を上げた。

 

「ええい、埒が明かんな。それならば、私たちの流儀で決めるべきだろう」

 

 レヴェローズは豊満な胸を張り、堂々とした態度で提案した。さも当然決まっているような口ぶりだが、場にいる一同にはピンと来ない。

 

「流儀ってなんだよ。飲み比べでもするか?」

 

「酒量を比べて何になるというのだ。おいしくないし」

 

 口を尖らせてぼそりと付け加えるレヴェローズ。不定期にミトラの部屋で行われている飲みの席に精霊たちが寄り付かないのはそういう理由のようだ。

 

「カードによる決闘に決めようではないか。姉様が勝てば、この神輿で祭りに出る事を店長にも前向きに検討してもらう。店長が勝てば、大人しく参加は取りやめる。どうだ、文句はあるまい」

 

 それは文明的とは言えない提案だった。だが彼女たちはカードゲームの存在であり、ミトラもシラベもそれによって雇用契約を結んだようなものだ。何を馬鹿な、とは言い難い。

 

「……分かったわよ。やってやろうじゃない」

 

 ミトラは不機嫌そうに承諾すると、ワンピース代わりに着ているぶかぶかのパーカーの裾を、唐突に無造作に捲り上げた。

 

 シラベは突然露わになったミトラの白い素肌と華奢な腰のラインに思わずどぎまぎして目を逸らす。ミトラはそんなシラベの反応には一切気づかず、腰のベルトに留めていた革製のホルスターから、愛用のデッキを素早く抜き出した。

 

「お前、なんでわざわざデッキなんて持ち歩いてたんだよ。しかもそんなところに」

 

「こんなこともあろうかと、ね」

 

 シラベが呆れたように尋ねると、ミトラはシャッフルをしながらニヤリと笑う。

 

 特撮番組の防衛隊員じみたセリフをドヤ顔で言い放つ雇い主を見て、シラベは普段から何考えて生きてるんだこいつ、と心の中でツッコミを入れた。

 

 対戦の準備を整えるミトラに対し、カルメリエルはふと何かを察したように目を細め、静かに言う。

 

「確認ですが、ミトラ様。私の胸に納めているデッキのプロトコルは輪廻転生ですが、併せていただけるのでしょうか」

 

 その一言を聞いた瞬間、ミトラの動きがピタリと止まった。

 

 数秒の後、ミトラは無言のままもう一度パーカーの裾を捲り上げ、今取り出したばかりのデッキをホルスターへと静かに仕舞い込む。

 

 カルメリエルが確認しなければ、無法レギュレーションの永劫回帰仕様のデッキを何食わぬ顔で身内にぶつけようとしていたのか。その大人げなさにシラベは思わず天を仰いだ。

 

「デッキ持ってなかったから、実力行使で決めよっか」

 

 悪びれもせずに言い放ち片足で素振りをするミトラに対し、カルメリエルは数歩下がりつつも今度は余裕の笑みを浮かべた。

 

「それならば問題ありませんわ。レヴェローズ、あれを持ってきてちょうだい」

 

 カルメリエルの指示を受け、レヴェローズが工場の隅から重そうなジュラルミンケースを運んでいく。

 

 ケースの蓋を開けると、中にはエインヘリヤルクロニクルの公式ロゴが印字された紙製のデッキケースが、隙間なくぎっしりと詰め込まれていた。

 

「神輿作りの作業の合間、手伝ってくださった方々に布教するために買っておいた、デュアルコンストラクションシリーズのフルセットですわ。『光と闇の狂宴』は抜けておりますけど」

 

「おお」

 

 出てきたセットにシラベは思わず感嘆の声を漏らし、カルメリエルは豊かな胸を誇らしげに張る。構築済みのデッキが一つや二つなら大したことないが、高級なカメラでも詰めていそうな金属カバンにぎっしりと詰められているとなると話は別だ。

 

「何に使っているのかと思ったら、こういうのにつぎ込んでたわけ」

 

「無駄遣いではありませんわ。未来の顧客への投資です」

 

「別に無駄とは言わないけど。うわ、『森ゴキブリ対火トカゲ』なんて初期の英語版じゃない。これだけでも値が張りそう」

 

 渡していたバイト代の使い道を知り、ミトラは呆れたような声を上げた。そんなミトラの声はどこ吹く風で、カルメリエルはケースの表面を指でなぞっている。

 

「これなら、大体のデッキレベルは均一に揃っています。公平を期すため、お互いにこちらから適当に選んで使うのは如何でしょう」

 

 カルメリエルの提案にミトラは肩をすくめて頷き、ジュラルミンケースの中から適当なデッキケースをいくつか抜き出して見比べる。カルメリエルもまた、手前にある箱を優雅な手つきで手に取る。

 

「面倒だからBO1、一発勝負で決めましょう。泣いても笑っても一回で決まり」

 

 デッキを決めたミトラがケースから出しながら提案すると、カルメリエルは頷く。

 

「ミトラ様のことですから、そうおっしゃると思っておりましたわ。構いません。その条件で受けさせていただきます」

 

 互いの合意が形成された瞬間、カルメリエルの雰囲気が一変した。シスター服の裾が風もないのに揺らめき、彼女の足元から眩い光の走査線が放射状に広がっていく。

 

「レーラズ・フィールド、展開」

 

 カルメリエルの澄んだ声が響くと同時に、油と鉄錆の匂いが充満していた廃工場の景色が、淡い光の粒子によって塗り替えられていく。

 

 ひび割れたコンクリートの床は大理石へと変化し、錆びたトタン屋根は高くそびえるステンドグラスのアーチへと姿を変えた。薄暗かった空間は、荘厳な聖堂を思わせる神聖な闘技場へと瞬く間に変貌を遂げた。

 

 今回の意匠はこういう感じか、と結界内を見回すシラベの背後には、いつの間にか観客席のように一段上がった場所へよく磨かれた木製の長いベンチが用意されていた。座って観戦していてもカードの動きがよく見えることだろう。

 

「ふふん。今回は見物させてもらうとしよう」

 

 シラベがベンチに腰を下ろすと、隣に座ってきたレヴェローズが当然と言わんばかりにシラベの腕に自分の腕を絡ませる。

 

「契約者よ。姉が勝つか、店長が勝つか。貴様の見立てはどうだ?」

 

「知るか。二人が選んだデッキの内容も知らないのに予想なんて出来るかよ」

 

 レヴェローズはシラベの肩に自らの頭をこすりつけるように寄りかかり、耳元で悪戯っぽく囁いた。大穴がいないせいで抑圧されていた何かが漏出しているのか、余計にベタベタと張り付いてくるかのようだ。

 

 シラベはそれを適当にあしらいながら二人の様子を伺う。ダイスロールはミトラが勝利し、先攻を選んでいる。

 

「むう、面白みの無い。では契約者よ、せめて戦況の解説くらいはしてくれ。それくらいはいいだろう。もっと私にかまえ」

 

「めんどくせえ……まぁ、どうせこの不思議空間なら、いくらくっちゃべってても二人の邪魔にならないか」

 

 罷り間違ってカルメリエルが勝ってしまうと、祭りの舞台に外道フルメタル神輿が今後ともよろしくしてしまう恐れがある。かといってミトラが勝って情け容赦なく神輿を解体させるのも目覚めが良くない。

 

 落としどころはシラベにも分からなかった。それならせめて後の苦労を棚に上げて、今だけでも楽しむ姿勢を取るべきか。

 

『対戦よろしくお願いします』

 

 両者の戦いの挨拶を聞きながら、シラベはしなだれかかってくる頭を押し退けて盤面に注視し始めた。

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