カスレアクロニクル   作:すばみずる

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47 構築済デッキなんてこんなもんだ

 張り詰めた空気が廃工場を支配していた。

 

 カルメリエルの能力によって展開された大理石の床とステンドグラスのアーチは、神聖な闘技場としての威容を誇り、工場跡の埃っぽい空間の面影はどこにもない。

 

 観客席として一段上がった場所に出現した木製の長いベンチでは、シラベが静かに盤面を見下ろしていた。その腕にはレヴェローズが抱きつき、彼女の規格外の質量をシラベへ容赦なく押し付けられている。肩に頭を乗せ、まるで自らの特等席を誰かに見せつけるかのように満足げな表情を浮かべていた。

 

 シラベとしては鬱陶しいことこの上ない重みと熱だったが、振り払って騒がれるのも面倒だと思い、今は眼下で始まる勝負の行方に意識を集中させることにした。

 

 闘技場となる中央で対峙するミトラとカルメリエル。先攻を取ったミトラが、ぶかぶかの黒いパーカーの袖口から細い指を覗かせ、最初の一枚を大理石の盤面に滑らせた。

 

「私のターン。『風のルーン』を配置して、ターン終了」

 

 ミトラの場が淡い緑色の光を放ち、風の力を宿した紋様が浮かび上がる。簡潔な宣言とともに、彼女はターンをカルメリエルへと渡した。

 

「初動は無いのか。事故か?」

 

「構築済デッキなんてこんなもんだ。1ターン目に動きがないのも珍しくない」

 

 静かな立ち上がりに対して呟いたレヴェローズに、シラベは言い返す。しかし言葉とは裏腹に、やきもきする思いはあった。

 

 高速環境に慣れてしまうとこれだからいけない、と自身を戒める。

 

 シスター服に身を包んだカルメリエルは糸目のまま、口元に余裕の笑みを浮かべてカードを一枚引いた。

 

「では、私のターンですね。『闇のルーン』をセットいたします」

 

 カルメリエルの陣地に、深淵を思わせる黒さをたたえた紋様が刻まれる。彼女は流れるような動作でそのルーンへ触れる。

 

「早速ですが、少しばかり盤面を整えさせてもらいましょう。戦略カード、『強欲な闇』を唱えます」

 


強欲な闇

 コスト:〈闇〉

 タイプ:戦略

・〈闇〉〈闇〉〈闇〉を加える。


 

 闇のルーンから溢れ出した黒い靄が3つに分裂し、カルメリエルの手元へ飛来する。生み出された3つの闇属性マナを支払い、彼女は次なるカードを場に放った。

 

 カルメリエルの背後に、おぞましい鼓動を打つ巨大な卵の幻影が浮かび上がる。

 

「呪法、『脊界卵・融合偽典(ユミル・プリアヘクスン)』を展開。これでターンを終了します」

 


脊界卵・融合偽典(ユミル・プリアヘクスン)

 コスト:〈1〉〈闇〉〈闇〉

 タイプ:呪法

・あなたのチェック開始時に、あなたはカード1枚を引き、1点のライフを失う。


 

「良い立ち上がりだ」

 

 シラベは呟く。最初の手番から属性マナを加速させ、継続的な手札補充の基盤を作り上げる。カルメリエルが選んだデッキで想定されいてる中でも、強い方の動き。そう思えた。

 

 カルメリエルの淀みないプレイングに、ミトラは不機嫌そうに舌打ちを一つ落とした。

 

「私のターン」

 

 ミトラはカードを引き、手札から『火のルーン』を場に追加した。緑と赤の光が彼女の陣地を彩り、熱気が足元から立ち上る。

 

「2つルーンからマナを出して、呪法『拡張術式』を風のルーンに付与。ターン終了」

 


拡張術式

 コスト:〈1〉〈風〉

 タイプ:呪法

・術式対象:ルーン

・術式対象のルーンがマナを引き出す目的でステイされるたび、そのルーンのコントローラーは好きな属性1つのマナ1点を追加で加える。


 

 風のルーンの紋様がより複雑な幾何学模様へと変化し、輝きを増した。これで次のターンからの属性マナの供給源をより強固なものにした形となる。

 

 こちらも悪くない。カルメリエルの瞬間的な加速とは異なり、持続的にマナの総量を増やしていくのは盤石な盤面には重要な一手だ。

 

「契約者よ。風と火のルーンが出たということは、ミトラの選んだデッキは二重属性だろうか」

 

「そうかもな」

 

 もたれかかるレヴェローズに気の無い返事をするシラベ。複数属性であることは間違いない。『拡張術式』はマナ加速と共に、好きな属性を選んで出せることが強みだ。

 

 しかし、単に火属性を補うために『拡張術式』をわざわざ入れるだろうか?

 

 ターンを受け取ったカルメリエルは、静かに盤面の卵を見上げた。

 

「チェック開始時、『脊界卵・融合偽典(ユミル・プリアヘクスン)』の効果が誘発します。私のライフを一つ削り、カードを一枚引かせていただきます」

 

 カルメリエルの身体を守る障壁が僅かに軋む。新たなカードを手札に加え、彼女は闇のルーンをさらに1つ配置した。

 

「ターン終了です」

 

 静かな立ち上がり。しかし、互いに次の展開に向けた布石を着実に打っているのが見ている側にも伝わってくる。

 

 ミトラの3ターン目。彼女は引いたカードを確認し、短く息を吐いた。

 

「水のルーンを配置」

 

 ミトラの陣地に青い光が灯る。風、火、水。三つの属性が彼女のコントロール下に置かれた。

 

「三重属性……!?」

 

「強気なデッキだな。回るのか?」

 

 レヴェローズの動揺とシラベの疑問。デッキの属性は、多ければ多いほど円滑な運用は難しくなる。対応したルーンが場に出せなければ手札が腐ってしまう恐れがあるからだ。

 

 もちろんそれを助けるための二属性ルーンや、三属性ルーンは存在する。だが出したターンに使用出来ないデメリット効果があるのが殆どで、そのデメリットを踏み倒せる効果を持つルーンカードは高額になる傾向がある。

 

 当然というべきか、そのような高額カードは構築済デッキに採用されることは少ない。近年、競技者へのエントリーデッキとして収録していたデッキはあったが、あっという間に買い占められて値段が高騰していったのをシラベは覚えている。

 

(だから、前にミトラのデッキを借りた時にはビビったんだよな。『暗い焔のルーン』なんていま一枚10万くらいするんじゃねえか? んなもん積んだデッキを人に貸すんじゃねえよ)

 

 属性についての認識が薄い最初期に刷られ、ただデメリットなくスタンド状態で出るだけの二重属性ルーンは、その希少性も相まって高額で取引されている。現在は『永劫回帰』等特殊環境でしか使えないが、裏を返せばそういう環境では当然のように飛び交う、まさに魔境。

 

 つまり。構築済デッキにおける複合属性デッキは価格を抑えた構築である以上、シビアな運用が要求されるということだ。

 

 だがシラベの心配を嘲笑うように、ミトラは三つの属性マナを盤面に揃えることが出来た。一発勝負を自分から提案しておきながら、どれほど自分の引きに自信があるのか。

 

「風のルーンをステイ。拡張術式の効果で、風属性に加えて光属性マナも出す。さらに水のルーンから水属性マナ。合わせて3つのマナを支払い、戦略カード、『風光迷館の宝鍵』を唱える」

 


風光迷館の宝鍵

 コスト:〈風〉〈光〉〈水〉

 タイプ:戦略

・以下から1つを選ぶ。

○呪法1つを対象とし、それを破壊する。

○攻撃している生命体1体を対象とし、それを追放する。

○カードを1枚引き、その後カードを1枚捨てる。


 

「三つの効果から選べるカードだと!?」

 

「複合属性デッキの分かりやすい強みだな。色の条件は厳しいが、整えちまえば同数のマナ帯よりも強力な効果を得られる」

 

 ミトラがカードを突きつけると、三色の光が螺旋を描いてカルメリエルの陣地へと飛んでいく。

 

属性選択(ジン・セレクト)。対象は呪法。その気色悪い卵を破壊する」

 

 光の奔流が脊界卵の幻影を直撃し、不気味に脈打っていた卵は甲高い音を立てて粉々に砕け散った。

 

「むう。だが、複数の効果があるカードなら、温存するという選択肢もあったのではないか?」

 

「それで抱え落ちしたらしょうがないだろ。放置してたら手札の暴力で押し切られてた可能性もある」

 

 そう言い返すシラベだったが、レヴェローズの考えも理解できる。呪法破壊にしても、より厄介なものが後から出て来る可能性もある。生命体にしても、致命的なものが出てきた時に破壊よりも強い追放が使えるのは心強い。

 

 だが、それらを引き込むのは結局はドローがあってこそだ。まず選択肢を増やさせないことをミトラは選んだ。

 

 優秀な手札供給が絶たれたカルメリエルだったが、彼女の糸目は依然として細められたままだ。

 

「手堅いですわね、ミトラ様」

 

「どうも。ターン終了よ」

 

「では私のターン。闇のルーンを配置します」

 

 カルメリエルの3ターン目。カルメリエルはこれで3つ目の闇のルーンを場に揃えた。彼女の指先が、手札の1枚を優雅に弾く。

 

「闇属性マナを3つ支払い、生命体──『福音書の魔人』を召喚いたします」

 

 その宣言を聞き、ミトラの表情がわずかに険しくなる。

 


福音書の魔人

 コスト:〈2〉〈闇〉

 タイプ:生命体

・貫通

・福音書の魔人にダメージが与えられるたび、その点数と同じ数の存在を生け贄に捧げる。

 [5/5]


 

 盤上に落ちた影が不自然に膨れ上がり、そこから異形の怪物が這い出してきた。悍ましい拘束具めいた装甲に身を包み、鋭い爪を持つ貫通の能力を備えた凶悪な存在。その放つ威圧感は、ステンドグラスから差す暖かな光すらも喰らい尽くしそうだった。

 

「3マナで……攻撃力が5で、貫通持ちだと。そのような強力なカードが入っていたのか」

 

 レヴェローズが魔人の迫力に唾を吞む。だが、縋りつかれているシラベの表情はそれほど深刻ではない。

 

「まぁ、確かに強くはあるんだがな」

 

「何を呑気な。スペックが見えないのか。それにあの能力、ダメージを受けるたびに生け贄を強要するのだろう」

 

「あー、逆だ逆。魔人がダメージを喰らえば、その分生贄にしなければならないのは、魔人のコントロール側だ」

 

「それは……なるほど、そういうバランスの取り方をしているのか」

 

 福音書の魔人は、ダメージを受けるとその数値と同じ数だけ自軍の存在を生け贄に捧げなければならないという致命的な弱点を持つ。だが、その代償に見合うだけの圧倒的な戦闘力を誇るのは事実だ。

 

「ミトラの場には生命体がいない。デメリット持ちだが、あの攻撃力は温くないぞ」

 

 カルメリエルの終了宣言と共に、ミトラは動く。焦りはあっただろうか、シラベには分からない。

 

「私のターン」

 

 ミトラの4ターン目。ミトラはカードを引くと、即座に反撃の一手を打った。

 

「火のルーンから火属性マナを出して、1つ。風のルーンから拡張術式込みで2つ。計3つのマナを支払い、戦略カード、ヴラフ・アストラを唱える。対象はその魔人」

 

「あっ」「うわ」

 

 ミトラの放ったカードを見て、シラベとレヴェローズは同時に声をあげた。

 


ヴラフ・アストラ

 コスト:〈2〉〈火〉

 タイプ:戦略

・過呪【〈8〉〈火〉】(あなたはこの戦略を唱えるに際し、追加で〈8〉〈火〉を支払ってもよい)

・このカードは打ち消されない。

・生命体1体かプレイヤー1人を対象とする。ヴラフ・アストラはそれに3点のダメージを与える。この戦略に過呪〈8〉〈火〉が支払われていた場合、代わりに、これはそれに10点のダメージを与え、そのダメージは軽減されない。


 

 ミトラの陣地から灼熱の炎が放たれ、福音書の魔人を包み込んだ。怪物は苦痛に身をよじり、その装甲の隙間からどす黒い体液を撒き散らす。しかし、魔人を死に至らしめることは無い。

 

「やりやがったな、ミトラ。相手のデメリットを狙い撃ちしやがった」

 

 プレイヤーへの決戦火力となりえる戦略カード。だがそれは除去としての運用ではなく、相手の盤面を崩すことに費やしていた。

 

 口の端をかすかに持ち上げながら、ミトラはカルメリエルに宣告する。

 

「魔人に3点のダメージ。さあ、その痛みの対価を支払いなさい」

 

「ええ、仕方がありません。魔人の効果により、私は存在を三つ生け贄に捧げなければなりません」

 

 カルメリエルは涼しい顔で、自らの場にある3つの闇のルーンをすべてを選び、墓地へと送った。これで彼女の属性マナの供給源は一時的に完全に絶たれたことになる。

 

「ターン終了よ」

 

「私のターン」

 

 カルメリエルの4ターン目。カルメリエルはカードを引き、手札から新たな闇のルーンを場に出した。彼女の陣地に再び黒い紋様が1つだけ灯る。ルーンをすべて失ったものの、彼女の場には魔人が立っている。

 

 その身を焦がした火は既に消え、拘束具の下から殺意の籠った眼光をミトラに投げている。

 

「戦闘位相に入ります。福音書の魔人で、ミトラ様へ直接攻撃」

 

 異形の怪物が地を蹴り、ミトラへと迫る。ミトラの場には防壁となる生命体がいない。魔人の重い一撃がミトラを包む障壁を捉え、彼女のライフを大きく削り取った。

 

 ミトラは顔をしかめ、体勢を崩しかけながらもその衝撃に耐えた。

 

「ターン終了です。ミトラ様、少し痛かったですか?」

 

 カルメリエルの挑発的な労いの言葉に、ミトラは無言で鋭い視線を返すのみ。

 

「……ん?」

 

 不意に盤面を指で示しながら確認するレヴェローズ。1、2、3、4と数え、その顔が驚愕に染まる。

 

「け、契約者よ。もしや、ミトラのデッキは四重属性ではないか!?」

 

「今更か」

 

 呑気なのはどちらなのか、とシラベは溜め息を吐く。

 

 ミトラがこれまで使ったカード、『風光迷館の宝鍵』で風、水、光。『ヴラフ・アストラ』で火。計4つの属性を扱ったことになる。

 

「欲張りすぎだろう。今は何とかなっているようだが、動くのかあれは」

 

「俺なら遠慮したいな。だけど」

 

 シラベはミトラの顔を見る。その可愛らしい顔に如何なる算段があるのか、シラベには見当も付かない。

 

 分かるのは、勝利に対する渇望が内側に秘められているということだけ。

 

「あいつは出来ると思ったから、あのデッキを選んだんだろ」

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