「店長のターンだな。姉様の場は『プリアヘクスンの収税吏』が睨みを利かせている。迂闊には動けまい」
「いや、そうでもないんじゃねえかな」
シラベは盤面の状況と、対峙する二人の表情を交互に見やった。
「相手の場に4/4がいるのは確かだが、注目すべきはカルメリエルの手札だ。残り2枚しかない。一方、ミトラはルーンも手札も潤沢にある。ここから一気に盤面をひっくり返す手立ては、十分に揃っているはずだ」
ミトラの9ターン目。彼女の場にあるすべてのルーンと生命体が、再び行動可能な状態へと輝きを取り戻す。
ミトラはデッキトップから流れるようにカードを引き抜くと、小さく口の端を歪めた。その眼差しは獲物を狙う猛禽のように鋭い。
「丁度良い、刈り取らせてもらうわ」
手札から新たな風のルーンを配置し、ミトラは盤面に蓄積されたマナを一気に解放する。色とりどりの光が彼女の手元で渦を巻いた。
「火のルーン、光のルーン、水のルーン、そして『拡張術式』の付与された風のルーンから2点、さらに闇属性マナを生成。合計5マナを支払い、過呪コスト込みで生命体を召喚。『闇夜鷹の飼い主』」
闇夜鷹の飼い主
コスト:〈2〉〈火〉
タイプ:生命体
・過呪【〈1〉〈闇〉/〈風〉】(あなたがこの生命体を召喚するに際して、あなたは追加の〈1〉〈闇〉か〈風〉またはその両方を支払ってもよい)
・闇夜鷹の飼い主がフィールドに出たとき、過呪〈1〉〈闇〉が支払われていた場合、プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーはカードを2枚捨てる。
・闇夜鷹の飼い主がフィールドに出たとき、過呪〈風〉が支払われていた場合、呪法1つを対象とし、それを破壊する。
[2/2]
薄汚れたローブを纏い、顔の半分を覆い隠した男がフィールドに降り立つ。その腕には、不吉な赤い双眸を光らせ、鋭い鳴き声を上げる夜鷹が止まっていた。
レヴェローズはその生命体の基本性能よりも、支払われたコストの内訳に目を剥いた。
「ん……んん?? 闇マナ!? あのデッキ、五属性だと!?」
「過呪コストだから、必ずしも払う必要自体は無いがな。しかし、こんな場面でドンピシャに打ち込みやがる」
手札破壊の能力を使うには、本来のコストと併せて5マナが必要となる。いくらルーン加速を積んでいるとはいえ、五色ものマナを扱うデッキは事故の危険と隣り合わせだ。
「それに、最初期にドロー源の呪法を割れてなきゃここで手札丸ごと捨てさせることは出来なかった。相手が選んで捨てるセルフハンデスをこう当てられると楽しいもんだ」
「さあ、その手札を捨てなさい」
ミトラの冷酷な命令に応じ、夜鷹がカルメリエルに向かって滑空する。鋭い爪がカルメリエルの指先を掠め、彼女の手札を容赦なく弾き飛ばした。
カルメリエルは思わず手を伸ばすが届かない。宙を舞った二枚のカードが墓地へと送られる。
これで彼女の手札は完全にゼロになった。選択肢を奪われることの恐ろしさは、カードゲーマーであれば誰もが知っている。
「さらに2マナを支払い、『風刻みの調印家』を召喚。これでターン終了よ」
風刻みの調印家
コスト:〈1〉〈風〉
タイプ:生命体
・〈1〉〈風〉:好きな属性1つのマナ1点を加える。
[2/2]
ミトラの陣地に風を纏った新たな生命体が追加され、盤面の守りがさらに厚みを増す。
「手札を全て失ったか……流石の姉様もこれは痛手だな」
レヴェローズの言う通り、カルメリエルの第9ターンは苦しいものになった。
カルメリエルは引いたばかりのたった一枚のカードを手に持ったまま、しかし少しも余裕を崩さない素振りで優雅に指を振る。
「戦闘位相。『プリアヘクスンの収税吏』でミトラ様へ攻撃しますわ」
「通すわけないでしょ。『風刻みの調印家』と『闇夜鷹の飼い主』でダブルブロックよ」
ミトラは2/2の生命体二体を壁として躊躇なく前に出す。合わせて4点のダメージを与え、相打ちによってカルメリエルの場に居座る厄介な収税吏を討ち取る算段だ。盤面のアドバンテージを考えれば、2対1の交換でも十分に元が取れる。
だが、カルメリエルはまさにそれを待っていた。
「ブロック指定後、レスポンスですわ。闇のルーン3つからマナを引き出し、たった今引いたこのカードを唱えます。戦術『闇からの手招き』!」
闇からの手招き
コスト:〈1〉〈闇〉〈闇〉
タイプ:戦略
・〈闇〉でない生命体1体を対象とし、それを破壊する。それのコントローラーは2点のライフを失う。
対象となった『風刻みの調印家』の足元から、底知れぬ泥のような闇が噴出した。それは悲鳴を上げる間もなく調印家の肉体に絡みつき、ずぶずぶとその姿を深い闇の中へと飲み込んでいく。
「対象を破壊し、さらにコントローラーに2点のダメージを与えますわ」
「……っ!」
生命体を飲み込んだ闇の余波が、ミトラの身体を覆う不可視の障壁を削り取る。ミトラのライフは10から8へと減少した。わずかに顔を歪めるミトラを見下ろし、カルメリエルは嗜虐的な笑みを浮かべる。
「これでダブルブロックは成立しません。収税吏の攻撃は残された『闇夜鷹の飼い主』を一方的に粉砕します」
振り下ろされた収税吏の一撃が飼い主の男を両断し、光の粒子となって消滅させる。計算通りにミトラの壁を排除し、カルメリエルは満足げにターンを終了した。
「闇属性なら除去札は豊富だろうな。贅沢に使いやがる」
シラベが毒づく中、ミトラは少しも揺らいだ様子を見せず、自らの第10ターンを迎える。
「調子に乗らないで。……ドロー」
ミトラは手札を確認し、静かに反撃の狼煙を上げた。
「火のルーンを配置。そして3マナを使用し、呪法『ワルキューレ・ルーン』を『聖印の爆ぜ鼬』に付与するわ」
ワルキューレ・ルーン
コスト:〈1〉〈風〉〈光〉
タイプ:呪法
・術式対象:生命体
・術式対象の生命体は、+2/+2の修整を受けるとともに貫通を持つ。
・術式対象の生命体がダメージを与えるたび、あなたはその点数に等しい点数のライフを得る。
小さな鼬の体に、空から降り注いだ光が神聖なルーン文字となって刻み込まれる。途端にその肉体が倍以上に肥大化し、神々しいオーラを放ち始めた。+2/+2の修整を受けて4/3の強力なアタッカーとなった鼬は、余剰ダメージをプレイヤーに通す貫通と、ダメージを与えるたびに主のライフを回復させる擬似的な吸血能力を得た。
「戦闘。『聖印の爆ぜ鼬』で攻撃」
カルメリエルの場にいる収税吏は先ほどの攻撃でステイ状態となっており、ブロックすることができない。
矢のように放たれた強化鼬の鋭い爪が、無防備なカルメリエルの身体を正面から捉え、4点のダメージを叩き込む。
「くっ……!」
カルメリエルのライフが15から11へと減少する。同時に鼬が吸い取った生命力がミトラへと還元され、彼女のライフは8から12へと安全圏まで持ち直した。
「まだまだ行くわよ。残りのマナを使用。火マナでの過呪を含めて4マナを支払い、『陽光火の飼い主』を召喚!」
陽光火の飼い主
コスト:〈2〉〈風〉
タイプ:生命体
・過呪【〈火〉/〈光〉】(あなたがこの生命体を召喚するに際して、あなたは追加の〈火〉か〈光〉またはその両方を支払ってもよい)
・陽光火の飼い主がフィールドに出たとき、過呪〈火〉が支払われていた場合、生命体1体かプレイヤー1人を対象とする。陽光火の飼い主はそれに2点のダメージを与える。
・陽光火の飼い主がフィールドに出たとき、過呪〈光〉が支払われていた場合、機械1つを対象とし、それを破壊する。
[2/2]
灼熱の炎を操る魔道士が現れ、その手から放たれた高熱の火球がカルメリエルに向かって一直線に飛来し、胸元で爆発した。
「過呪能力で2点のダメージ!」
「ああっ!」
熱波に煽られ、カルメリエルのライフは一気に9まで削り取られた。彼女の整えられていたシスター服の裾がわずかに焦げ、その美しい顔に焦りが見え始める。
ミトラの猛攻により、戦局は完全に逆転していた。
「よし! いいぞ店長、その調子で姉様を叩きのめせ!」
「お前な」
レヴェローズがシラベを激しく揺さぶりながら歓声を上げる。味方であるはずの姉が劣勢に立たされているというのに、まるで他人事のように喜んでいる。どっちの味方なのだかこれではさっぱり分からない。
カルメリエルの第10ターン。彼女は乱れたシスター服を指先で丁寧に整え、静かにドローを行う。しかし、引いたカードを見つめるその目に、いつもの昏い光は宿らなかった。
「……マナが、足りませんわね」
カルメリエルは悔しげに唇を噛み、手元のカードを一枚もプレイすることなく、何もできずにターンを終了した。ルーンを落とされ、手札を一度ゼロにされた遅れが、ここにきて致命的な隙を生んでいる。
「ここで決まるか」
シラベの呟きを肯定するかのように、ミトラの第11ターンは苛烈を極めた。
「私のターン、ドロー。……これで終わりよ」
ミトラは自らの場に並んだルーンから、潤沢なマナを惜しみなく注ぎ込む。空間が歪み、莫大な魔力が闘技場の上空に渦巻いた。
「6マナを支払う。降臨しなさい──『風光迷館の主、ヴァレト』!」
風光迷館の主、ヴァレト
コスト:〈3〉〈風〉〈光〉〈水〉
タイプ:生命体 — 唯一
・飛翔
・風光迷館の主、ヴァレトがプレイヤーに戦闘ダメージを与えるたび、あなたは〈2〉〈光〉を支払ってもよい。そうした場合、属性を1つ選ぶ。その後、あなたは選ばれた属性の存在1つにつき1点のライフを得る。
[6/6]
大理石の床を割って現れたのは、光を乱反射する鱗を持った巨大な飛翔竜だった。6/6という圧倒的なスタッツを誇る多色のフィニッシャーの登場に、闘技場の空気が物理的に震える。
「戦闘位相。『聖印の爆ぜ鼬』と『陽光火の飼い主』で攻撃!」
空の脅威を控えさせつつ、まずは地上の戦力でカルメリエルを追い詰める。ミトラの指揮に応じ、鼬と魔道士が同時に地を蹴った。
「そう簡単には崩れませんわよ! 『収税吏』で『爆ぜ鼬』をブロック!」
「無駄よ。レスポンス、戦術『戦乙女の愛撫』!」
戦乙女の愛撫
コスト:〈風〉〈光〉
タイプ:戦略
・生命体1体を対象とし、それをスタンドする。それはターン終了時まで+3/+3の修整を受ける。
ミトラの手札から放たれた純白の光が『爆ぜ鼬』を包み込み、ターン終了時まで+3/+3の修整を与える。そのサイズは4/3から7/6という怪物じみた領域へと膨れ上がった。
「……っ! ならば、ダメージ解決前に『プリアヘクスンの収税吏』の能力を起動! 自身を生贄に捧げ、『爆ぜ鼬』に-4/-4の修整を与えますわ!」
カルメリエルは自らの最強の盾を犠牲にして、被害を最小限に抑えようと足掻く。収税吏の肉体が爆発し、黒い呪いが鼬の身体を縛り付けた。鼬のサイズは7/6から3/2へと縮小した。
だが、鼬の持つ『ワルキューレ・ルーン』による『貫通』の能力は止まらない。ブロッカーが不在となったため、3点のダメージがカルメリエルを直接襲い、さらに『陽光火の飼い主』の2点が追加される。
「きゃあっ!」
合計5点のダメージがカルメリエルの身体を弾き飛ばす。彼女のライフは一気に4へと落ち込み、対するミトラは再びライフを回復して15となった。完全にミトラの独壇場である。
「姉様がここまで手も足も出ないとは」
レヴェローズが驚愕の声を漏らす中、カルメリエルの第11ターン。
「闇のルーンを配置! 4マナを使用し、戦術『影住まいの寄生虫』を『聖印の爆ぜ鼬』に撃ち込みます!」
怨念を宿したような闇の触手が鼬に絡みつき、4点のダメージを与えてようやくその厄介な強化生命体を破壊する。この破壊によりカルメリエルのライフは4点回復して8となったが、盤面には彼女を守る生命体が何も残っていない。
「『爆ぜ鼬』の死亡時効果で、デッキからルーンを2枚手札に加えるわ」
ミトラは冷静にデッキからルーンを抜き出し、デッキを圧縮して次なる一手に備える。彼女の顔には既に、勝利を確信した者の冷徹さが漂っていた。
そして、ミトラの第12ターン。
「ドロー。念には念を入れるわ」
ミトラは『風水羽の飼い主』を水マナの過呪込みで召喚し、カードを2枚ドローして完全に手札を補充した。もはやカルメリエルに付け入る隙は一ミリも残されていない。
風水羽の飼い主
コスト:〈2〉〈光〉
タイプ:生命体
・過呪【〈1〉〈風〉/〈2〉〈水〉】(あなたがこの生命体を召喚するに際して、あなたは追加の〈1〉〈風〉か〈2〉〈水〉またはその両方を支払ってもよい)
・風水羽の飼い主がフィールドに出たとき、過呪〈1〉〈風〉が支払われていた場合、飛翔を持つ生命体1体を対象とし、それを破壊する。
・風水羽の飼い主がフィールドに出たとき、過呪〈2〉〈水〉が支払われていた場合、カードを2枚引く。
[2/2]
「さあ、これで本当に幕引きよ。戦闘位相。『風光迷館の主、ヴァレト』と『陽光火の飼い主』で攻撃!」
空を覆う巨大な竜が咆哮を上げ、炎の魔道士と共に総攻撃を仕掛ける。
カルメリエルの盤面には、それを防ぐ生命体は存在しなかった。抵抗の術を失った彼女は、目を閉じてその暴力的な魔力の奔流を受け入れるしかない。
「あ……あぁっ……!」
竜の輝く息吹と魔道士の炎が交ざり合い、合計8点の致死ダメージとなって聖女の身体を容赦なく貫いた。
カルメリエルのライフカウンターがゼロを刻む。その瞬間、空間にヒビが走り、ガラスが砕け散るような甲高い音と共に《レーラズ・フィールド》の幻影が崩壊していく。
光の大理石の聖堂は消え去り、油と鉄錆の匂いが充満する現実の廃工場へと世界が戻った。
静寂の中、カルメリエルはシスター服の膝をコンクリートの床に突き、がっくりと項垂れていた。
「……私の、負けですわ」
その悔しげな呟きを聞きながら、冷たく見下ろした。勝者としての驕りはないが、確かな威圧感がそこにある。
「分かったわね。これで、あんな馬鹿げた神輿を祭りに持ち出すなんて企みは白紙よ」
「ええ……勝負は勝負。従いますわ……」
カルメリエルが大人しく引き下がったのを見て、シラベは両者に近付く。レヴェローズが腕に絡みついたままだったが、振り払うのも面倒なのでそのまま引きずる。
「無事に終わって何よりだが、店長。このデカい鉄の塊、結局どうするんだ。売り払うのか?」
シラベが工場に鎮座する巨大なフルメタル神輿を指差して尋ねると、ミトラは小さく息を吐いてから、面倒くさそうに頭を掻いた。
「さっきも言ったけど、喧嘩神輿には絶対出さない。……ただのオブジェとして展示するくらいなら、まあ……許してあげなくもないわ」
「まぁ! 本当ですか、ミトラ様!」
先ほどまでの悔し涙はどこへやら、カルメリエルがパッと顔を上げて目を輝かせる。その変わり身の早さにシラベもミトラも目を細める。
「ただし! 動力炉にしてるその危ない石ころは全部外すこと。大人が何十人か集まって普通に担げないなら、台車に乗せて引っ張るだけにすんのよ。分かった?」
「はいっ! もちろんですわ! ありがとうございます!」
都合よく立ち直り、嬉々として神輿の調整に向かおうとするカルメリエルを見て、シラベは肩をすくめた。
結局のところ、この店長もなんだかんだ言って甘いのだ。完全に破壊を命じないあたり、彼女なりの譲歩なのだろう。
「良かった良かった、とはならんぞ。動かすつもりがないなら、私の伝結晶を早く返せ」
「……どうせならヒトへの実験を行ってから……」
「やっぱぶっ壊しておきましょうか」
「おい、さっさと帰るぞ。何もやってないのに疲れちまった」
シラベの声は廃工場に響く姦しさに容易く掻き消された。
喧噪を前にして、シラベは長く重い溜め息をつくのだった。