カスレアクロニクル   作:すばみずる

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05 これ、いる?

 敗北の余韻と、オーバーキルの閃光の残像で目をチカチカさせながら、シラベは畳の上に大の字になっていた。

 

 天井のシミを見つめるシラベの胸板にはずっしりとしてこの上なく柔らかく、しかし遠慮のない重量が乗っかっている。

 

「契約者よ! 我が主よ! 見たか、私の采配を! これで再び共に歩めるな!」

 

 レヴェローズだ。

 

 先程までの冷徹な総督の仮面はどこへやら、シラベに抱きつき、頬をすり寄せている。主人の帰宅に歓喜して飛びつく大型犬そのものだった。

 

 硬質な軍服の感触と、豊満すぎる肉体の弾力が交互に伝わってくる。甘い香りが鼻孔をくすぐり、潤んだ紫電の瞳がこちらを見つめてくる様は、理性が飛びかねない破壊力だ。

 

「……あー、凄かったよ。完敗だ」

 

 シラベは脱力したまま答えた。悔しさはある。だがそれ以上に、喉元まで出かかっている疑問が心をざわつかせていた。

 

 このまま彼女の幸福な時間を守るべきか、それとも誠実に終わらせるべきか。

 

 数秒の逡巡の末、シラベは後者を選んだ。

 

「なあ、レヴェローズ」

 

「なんだ? 褒め言葉ならいくらでも聞くぞ? 『貴女こそが最強だ』と言ってくれてもいい」

 

 

 

「……さっきの対戦、お前自身(レヴェローズ)は一度も盤面に出てなくね?」

 

 

 

 ぴたり、と。

 

 シラベの胸の上で、レヴェローズの動きが停止した。

 

「……な、何を言う。私は指揮官だぞ? 後方で全軍を指揮していたのだから、実質的に私が戦っていたのと同じ……」

 

「いや、そういう精神論じゃなくて」

 

 シラベは体を起こそうとするが、しがみつかれているため重い。

 

「お前のデッキは良かったよ。『ヴェルガラ』『潤滑剤』『集積所』、そして『失伝結晶機』のコンボ。店舗大会に出ても良いとこまで行けそうな、ちゃんとしたデッキだ」

 

「そ、そうだ! ドゥブランコの魂が形になったかのように組み上げられた、最強の……」

 

「だからこそ、さ」

 

 シラベは彼女の目を真っ直ぐに見た。

 

「あんな完成されたコンボデッキに、コスト8で何もしない大型ユニットの入る余地なんてあるわけがない。事故要員にしかならないからな」

 

「…………」

 

 レヴェローズが視線を逸らした。冷や汗が頬を伝うのが見える。

 

「デッキ、見せろ」

 

「こ、断る! これは軍事機密であり……!」

 

「さっきそこから出しただろ。出せ」

 

 シラベの手が伸びる。レヴェローズは慌てて身を捩り、自らの胸元──デッキケースの収まる聖域──を腕で隠そうとした。

 

「ら、らめぇ! ここはダメだ! 不敬罪だぞ! 死刑だぞ!」

 

「うるせえ、リプレイ検証だ!」

 

 シラベは躊躇なく、その豊満な谷間へと手を突っ込んだ。

 

 ひどくやわらかな肉感と熱、吸い付くような肌の感触が掌を包む。男としてかなり際どい、理性を削られる行為だが、今のシラベの目はデータ解析モードに入っている。性的な邪念の割り込む隙はない。

 

 抵抗する総督の胸の奥から、温まった結晶状のデッキケースを強引に引き抜いた。

 

「ああっ……! うう、私の……私の秘密がぁ……」

 

 抵抗を諦めたレヴェローズが、顔を真っ赤にしてへたり込む。

 

 シラベは無視して中身を取り出し、素早い手つきでカードを検めていく。

 

「『機械のルーン』3枚、『伝結晶潤滑剤』4枚、『失伝結晶機』4枚、『夢幻色』4枚、『ヴェルガラ』4枚……くそっ、これ売り払えねえかな」

 

「怖いこというな!」

 

 どこから湧いたのか謎のカード資産に、感心半分、嫉妬半分で枚数を数えていく。

 

 TCGのデッキは下限枚数──エインヘリヤル・クロニクルなら60枚ちょうどに抑えるのが基本だ。枚数が膨らむほど、キーカードを引ける確率は下がる。もちろん敢えて増やす構築も無くはないが、そんな例外を挙げるオタク仕草はいま必要ない。

 

 このデッキも、その鉄則に従って研ぎ澄まされているように見えた。

 

「58、59、60……」

 

 指が止まる。

 

 60枚目のカードの裏に、もう一枚、余計なカードが張り付いていた。

 

 シラベはその「61枚目」を摘み上げる。

 

 

 ──『伝結晶総督レヴェローズ・ドゥブランコ』。

 

 

 他のカードとのシナジーは、ゼロでないというだけでほぼ皆無。コンボの邪魔にしかならない重いコスト。

 

 完璧に計算された60枚のデッキに、たった1枚だけ異物のように混入された、ピン差しのカード。

 

「……なあ」

 

 シラベはそのカードをヒラヒラと振ってみせた。

 

「これ、いる?」

 

「う、うぅ……!」

 

 レヴェローズが涙目で顔を覆った。

 

「い、いるのだ! それがないと、私が私でなくなってしまう! 私が戦場にいるという証明が……!」

 

「いや、確率論で言えば邪魔なだけだろ。61枚デッキも分からんでもないけど、これは入らねえよ。抜けばもっと安定する」

 

「言うなー! 正論で殴るなぁー!!」

 

 悶え苦しむ総督閣下の声がむなしく響いていった。

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