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長机の中央へ向かって、順番にプラスチックのダイスが投げ込まれた。カラン、コロンと乾いた音を立てて転がる多面体の数字を見比べ、ゲームの進行順が決定していく。
一番高い目を出したのはキリメだった。それにオオタ、カルメリエル、そしてシラベが続く。
「よし、順番は決まったな。それじゃあ各自、デッキの上から七枚引いて手札にしてくれ。四国無双は一対一のルールとは違って、先攻の一ターン目からカードを一枚ドローできるぞ」
シラベの説明を聞きながら、キリメは分厚い百枚の束の頂上から慎重にカードを七枚引き抜いた。
扇状に広げた初期手札を確認し、緊張が高まる。
多人数戦なんて自分の手番が回ってくるまで待たされるだけの、かったるいボードゲームのようなものだろう。そんな偏見を抱いていたキリメだったが、その予想は先ほどのデッキ確認時からすでに覆されつつあった。
手札に入ったカードを見て改めて思う。自分が見ていたカードの中でも、特に強いと思えるような豪快な効果が、この百枚の山には当たり前のように詰まっている。
いける。これならアタシでも。
キリメは胸の奥で燻り始めた高揚感を押し殺すように、努めてぶっきらぼうなふりをして声を張り上げた。
「アタシのターン! ドロー!」
勢いよくデッキから一枚引き、手札に加える。
そして、初動の要となるルーンカードを机に叩きつけた。
「まずは『国主の御旗』を設置する。そこからマナを引き出して、機械カードの『ヘイズルーンの杯』を展開!」
『国主の御旗』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉:あなたの国主の固有属性1つのマナ1点を生み出す。
『ヘイズルーンの杯』
コスト:〈1〉
タイプ:機械
・〈T〉:無属性マナを2点生み出す。
キリメの場に、国主の属性と同じマナを生み出す塔と、乳白色の液体がなみなみと注がれた器が描かれたカードが並ぶ。わずか1コストで場に出せ、即座に二つもの無属性マナを生み出す驚異的なマナ生産機械だ。
「さらに『ヘイズルーンの杯』からマナを出して、もう一枚! 『水火の活版』を展開して、ターンエンドだ!」
『水火の活版』
コスト:〈2〉
タイプ:機械
・〈1〉,〈T〉:水属性マナ1点と火属性マナ1点を生み出す。
キリメは得意げに宣言した。1ターン目にして、マナを生み出す基盤が三つも構築された。次からは通常よりもはるかに多いマナを使うことができる。
「お、さっそく四国無双らしいカードが出てきたな」
シラベが感心したように口の端を上げた。
「1マナで2マナを生み出す『ヘイズルーンの杯』は通常の環境じゃろくに使えないが、このプロトコルでは必須級のパワーカードだ。強すぎるがゆえに初心者用の構築済みデッキに標準搭載されるくらいメジャーな代物でもある。そこからさらにマナフィルターになる機械まで繋げてる。良い動きだ」
思いがけない店員からの称賛に、キリメの頬がカッと熱くなった。買ったばかりとはいえ、自分のデッキが認められたという事実がひどくむず痒い。
キリメは誤魔化すように手札に目を落とす。
「別に、これくらい。引きが良かっただけだろ」
虚勢を張りつつも、キリメの中でこのゲームに対する純粋な楽しさが確かに芽吹き始めていた。
「では、僕のターンですね。ドローします」
続く二番手のオオタは慎重な手つきでカードを引いた。彼は手札の中で視線を巡らせつつ、恐る恐るカードを場に出していく。
「僕も『国主の御旗』を設置します。そして、1マナを使って『ヘイズルーンの杯』を展開。……僕は一枚だけですけど、これでターン終了です」
「いやいや、1ターン目にそれが出るだけでもだいぶ有利だ。運が良いな、オオタさん」
シラベが気さくにフォローを入れると、オオタは少しだけ安堵したように息を吐き、姿勢を正した。
「次は私のターンですわね。ドローします」
三番手のカルメリエルが、優雅な所作でデッキトップを捲る。
「私はルーンカード『疑神の記憶盤』を設置いたします。このルーンはステイ状態で場に出ますが、その際にデッキトップを確認し、トップに残したままにするか、デッキの一番下に送るか選ぶことが出来ます」
『疑神の記憶盤』
コスト:-
タイプ:ルーン
・疑神の記憶盤はステイ状態でフィールドに出る。
・疑神の記憶盤がフィールドに出たとき、透視1を行う。(あなたの山札の一番上から1枚のカードを見て、そのうちの望む枚数のカードを望む順番で一番下に置き、残りを望む順番で一番上に置く)
・〈T〉:水属性マナか闇属性マナを1点生み出す。
カルメリエルはデッキの一番上のカードをめくり、そのテキストを確認した。ピンク色の髪がわずかに揺れ、糸目が楽しげに細められる。
「このカードは、そのまま一番上に残しておきましょう。ターン終了です」
「おっと。1ターン目の加速からは出遅れちまったな。でも次のターンに良いのを引きそうじゃないか」
シラベが軽く茶化すように言うと、カルメリエルはふふっと上品に笑い返した。
「ええ。この程度の遅れなら十分に挽回可能ですわ」
「そうかい。じゃあ、俺は二人に続かせてもらうとするか。俺のターン、ドロー」
最後にターンを迎えたシラベは淀みなくカードを場に出していく。
「ルーンカード、『ヘイムダルの神印』を設置。そして1マナから『ヘイズルーンの杯』。そこからマナを出して、『知の構造体』を展開してエンドだ」
『ヘイムダルの神印』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉:無属性マナを1点生み出す。
・あなたが『フレイの神印』『ヘイムダルの神印』『ティールの神印』をコントロールしている場合、代わりに無属性マナを2点生み出す。
『知の構造体』
コスト:〈2〉
タイプ:機械
・〈T〉:無属性マナを1点生み出す。
・〈1〉,〈T〉,知の構造体を生け贄に捧げる:カードを1枚引く。
シラベの場に、機械のカードが2枚並ぶ。
キリメと同じく1ターン目から複数のマナ基盤を整える動きだ。キリメから見れば自分と同じようなスタートダッシュに過ぎず、特段気にするような盤面には見えなかった。
だが、カルメリエルだけは違った。
彼女はシラベが最初に置いたルーンカード、『ヘイムダルの神印』を見た瞬間、ピクリと表情を動かしたのだ。
「……あら」
カルメリエルは口元に手を当て、向かいに座るオオタと、斜め向かいのキリメへと視線を向けた。
「お二方、お気をつけなさいな。あのシラベ様のデッキは、少々危険ですわね」
その微笑みに含まれた不穏な色に、キリメは思わず眉をひそめる。
「危険だなんて。ひどい言われようだな」
シラベが苦笑いしながら肩をすくめる。
「事実でしょう? もしその展開が続くのであれば、倒すなら貴方からがよろしいですわね、シラベ様」
「お手柔らかに頼むぜ、聖女様」
笑い合いながら牽制を交わす二人の大人。腹の探り合いのような、じゃれあうような雰囲気は、キリメにとってあまり面白いものではなかった。
シラベの出したルーン、『ヘイムダルの神印』の効果のテキストは読めた。神印シリーズの三種類を盤面に揃えなければ真価を発揮しない。今はまだ無属性のマナを一つ生み出すだけの、ありふれたルーンに過ぎないはずだ。
それなら、別に今慌てる必要もない。このルールなら特殊ルーンも一枚ずつしか入れられないのだから、そうそう引けるものじゃないだろう。
それに。スリーブをタダで提供してくれたり、ルールを教えてくれたりと何かと親切にしてくれたシラベを、真っ先に攻撃の標的にするのは気が引けるという複雑な感情も同居していた。
「アタシの方だって、負けてねえくらい強いぞ。2ターン目だ! ドロー!」
ゲームは第2ラウンドへと突入する。キリメは引いたカードを手札に加えると、1ターン目に構築した潤沢なマナ基盤を活用していく。
「『水のルーン』を設置。それから、2マナを使って『晶体設計人』を展開する!」
『晶体設計人』
コスト:〈1〉〈水〉
タイプ:機械・生命体
・あなたが使用する機械カードは、それを場に出すためのコストが〈1〉少なくなる。
[1/2]
青いマナを帯びた機械の生命体がキリメの場に置かれる。この設計人がいる限り、自分が手札から唱える機械カードのコストは一つ少なくなるという、優秀な支援能力を持っていた。
「さらに3マナの戦略カード『即席製図』を発動! デッキからカードを3枚引く!」
『即席製図』
コスト:〈2〉〈水〉
タイプ:戦略
・カードを3枚引く。その後、あなたが機械カードを1枚捨てないかぎり、カードを2枚捨てる。
キリメは勢いよくデッキから3枚のカードを引き抜いた。
即座に手札が増える快感。綺麗に回っていく盤面。これが自分のコントロール下で起きているという事実が、たまらなく心地よい。
「で、その後は手札から機械カードを1枚捨てて、ターンエンドだ」
マナが伸び、手札も増え、生命体も出てきた。順調な滑り出しだ。満足感が湧いて来る。
ふと見えたシラベの顔も微笑んでいるように見えて、少し馬鹿にされている気がしなくもないが、認められている気がして悪くはない。
「なるほど、良い回転だ。次はオオタさん」
「は、はい! 僕のターン、ドロー」
オオタは手札を確認し、深呼吸をしてからカードを場に出す。
「ルーンは『風のルーン』を置きます。そして、風と光のマナを使って『毛皮被りの大樹』を召喚。さらに2マナで、『採掘用ピッケル』を展開します」
『毛皮被りの大樹』
コスト:〈風〉〈光〉
タイプ:生命体
・〈3〉〈風〉〈光〉:この生命体を変形1させる(CCを1つ置き、変形状態になる)。
・毛皮被りの大樹が変形状態にあるかぎり、これを対戦相手はカードや能力の対象に取れず、破壊されない。
[3/3]
『採掘用ピッケル』
コスト:〈2〉
タイプ:機械
・装着している生命体は+1/+1の修整を受ける。
・装着している生命体が攻撃するたび、あなたは「あなたの山札から基本ルーンカード1枚を探し、それをステイ状態でフィールドに出す。その後、山札を切り直す」を選んでもよい。
・装着〈2〉(自身のメイン位相でのみ使用出来る。対象の生命体1つにこれを装着する)
オオタの場には序盤の攻防において高い突破力を誇る生命体と、それを強化するための武具が並んだ。
カルメリエルとシラベが不気味な牽制を続ける中、オオタは堅実に自分の盤面を構築していく道を選んだようだ。
「私のターンですわね。ドロー」
カルメリエルはカードを引く。先ほど見ていたはずのカードだが、その顔は不満そうだとキリメの目には映った。下に送るべきだったと考えているのだろうか。
「『闇のルーン』を設置いたします。そして2マナで『国王印』を展開。……ふふっ、困りましたわね。これではシラベ様を止められず、この身体を蹂躙されてしまいます」
『国王印』
コスト:〈2〉
タイプ:機械
・〈T〉:あなたの国主の固有属性1つのマナ1点を生み出す。
わざとらしく吐息を漏らし、どこか艶めかしい響きを持たせてカルメリエルが言う。その露骨な言葉のチョイスに、キリメはすかさず声を荒げた。
「身体をってなんだよ! カードゲームの話だろ!」
キリメとオオタが顔を赤くしてうろたえる中、カルメリエルは口元を手で隠してクスクスと笑う。その様子をシラベは面倒くさそうに頭を掻いた。
「変人の相手をするのは疲れるよな、キリメ」
シラベはそうぼやきながら、自分のターンを開始する。
「俺のターン、ドロー。……ルーン、『ティールの神印』を設置する」
『ティールの神印』
コスト:-
タイプ:ルーン
・〈T〉:無属性マナを1点生み出す。
・あなたが『フレイの神印』『ヘイムダルの神印』『ティールの神印』をコントロールしている場合、代わりに無属性マナを2点生み出す。
シラベの場に、二種類目の神印カードが置かれる。
あと一つ。あと一つ別の神印が揃えば、強大なマナの奔流が引き起こされるという不気味な気配が漂う。
「さらに4マナを支払って、『閉所作業者』を展開」
『閉所作業者』
コスト:〈4〉
タイプ:機械・生命体
・閉所作業者がフィールドに出たとき、あなたは「あなたの山札から基本ルーンカード1枚を探し、ステイ状態でフィールドに出す。その後、山札を切り直す」を選んでもよい。
・閉所作業者が死亡したとき、あなたはカードを1枚引いてもよい。
[2/2]
鈍色の機械人形が描かれたカードがシラベの場に現れる。
「こいつが場に出た時の効果で、デッキから基本ルーンを一つ、ステイ状態で場に出す。持ってくるのは『無のルーン』だ。これでエンド」
シラベの宣言と共に、彼の盤面には属性を持たないルーンが追加された。
ターンが終了した時点で、シラベの場には二つの神印、無のルーン、そして『ヘイズルーンの杯』と『知の構造体』が並んでいる。次のターンに彼が引き出せるマナの総量は、異様に高い水準に達していた。
キリメはシラベの盤面を凝視する。対戦前、無属性ということを縛りの様に言っていた。しかし実際に相対してみれば今のように着実に、そして爆発的に資源を蓄えている。
確かに『ヘイズルーンの杯』は強力だ。これが使えるなら、初心者が使うデッキにも入るのは頷ける。
しかし出て来るのは無属性のマナ。属性マナを支払うことが出来ないため、通常のデッキであればメインのカードを使っていくにはどうしても属性マナが出せるルーンを出していくか、『水火の活版』のような色を付けるフィルターを用意する必要がある。
だが、無属性がメインのデッキであるならば。属性に縛られるという楔が無ければどうなるか。
(もしかして。カルメリエルってのが言っていたように、本当はヤバいやつなのか?)
親切な店員という仮面の下に隠された、カードゲーマーとしての獰猛な牙の気配。
キリメの背筋を、冷たい汗が伝い落ちていった。