カスレアクロニクル   作:すばみずる

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61 冗談ですよね?

 盤面に並んでいくカードを見つめながら、キリメは自分の手元にあるデッキがどのような性質を持っているのかをゲームの進行とともに肌で感じ取っていた。

 

 そもそもデッキごとに出来ること、得意な戦術は限られている。それはカードゲームの経験が乏しいキリメでも、実際に数ターンを回したことで直感的に理解できたことだった。

 

 例えば、キリメが操る火属性と水属性のこのデッキ。単体の属性として見れば、基本的に火は相手の生命体やプレイヤー自身を焼く直接的な火力に優れ、水はドローによる手札の補充や相手の行動を遅延させる妨害が得意な属性だ。

 

 だが、その二つの属性を重ねたこの構築済みデッキが両者の強みを引き出せているとは到底言い切れない。いくら百枚という膨大な枠があるとはいえ、相反する要素を一つの山札の中で両立させるほど、この束は精緻な作りにはなっていなかった。

 

 代わりにこのデッキが得ていたのは横への展開力、数の暴力だ。

 

 コストの軽い機械の生命体や、カードの効果によって生み出される代替品(レプリカ)を序盤から盤面に並べていき、物量で戦線を維持していく粘り強さを持つ。

 

 シラベから次に回ってきた第3ターンにおいてそれを体現するように、キリメは手札からさらに1体の生命体を召喚し、その能力によって生み出された2体の飛翔持ち代替品を盤面に並べることに成功していた。

 

 相手を直接焼き払う勢いも、手札を増やし妨害する手段も足りないかもしれない。しかし場に並んだ機械たちの姿はキリメにとって何よりも頼もしい盾であり矛だった。これがこのデッキの持つ第三の強みなのだと、確かな手応えを感じていた。

 

 一方で、他者の盤面に目を向ければそれぞれのデッキが持つ個性がだんだんと浮かび上がってくる。

 

 オオタのデッキは風属性と光属性で構成されている。その戦術は、生命体そのものの強化に重きを置いていた。第2ターン目に場に出ていた機械のカードは生命体に装着されることでその性能を飛躍的に引き上げる。その上で、風属性の象徴とも言えるマナを生み出すルーンの増加にも寄与するという、無駄のない優れものだ。

 

 キリメに続く第3ターンでオオタが新たに戦場へ送り出した生命体は、単体で攻撃を仕掛ける自身の生命体の能力をさらに強化するという性質を持っている。その勢いそのままに、装着を済ませた『毛皮被りの大樹』で盤面の空いているカルメリエルへの最初の攻撃を果たした。

 

 横に数を並べていく物量のキリメに対して、オオタは少数の生命体を限界まで鍛え上げ、一点突破の質で迫ってくる構成なのだと容易に理解できる。オオタ自身の気弱そうな振る舞いとは裏腹に、そのデッキはひどく真っ直ぐで力強い。

 

 キリメの対面に座るカルメリエルのデッキは、未だにその底が読めなかった。

 

 彼女の盤面は静かすぎる。マナを安定して生み出すための機械も場に出ておらず、基盤となるルーンの数も他の三人に比べて明らかに遅れをとっている。

 

 果敢に攻撃を仕掛けたオオタの『体毛皮被りの大樹』の一撃はあっさりと通していたものの、次のカルメリエルの第3ターンではお返しとばかりに『大樹』を戦術カードで破壊してのけた。後々に残せば強力な生命体を倒せたのは大きいが、しかし全体を通して見ればマナを余らせ、手札を抱え込んだまま動かない、精彩を欠くプレイングと言っていい。彼女の浮かべる柔和な微笑みと糸目の奥に何が隠されているのか、キリメの経験値では推し量ることができなかった。

 

 三者三様、デッキコンセプトが交錯する盤面。だからこそ。四人目である彼が引き起こしている異常性があまりにも際立って見える。

 

神印集約(アエティール・コングロマリット)──神印は条件を満たし、合計で7マナを産むようになった」

 

 店員シラベの、第3ターン。彼が3枚目のルーンを出して静かに宣言した時、キリメは自分の目を疑った。

 

 フレイ、ヘイムダル、ティール。それぞれが特定の神の名を冠した三種類の特殊なルーンカード。それらが全て盤面に揃った時にのみ真価を発揮するというテキストは読んだ。だが百枚という膨大なカードの山から、たった一枚ずつしか入れられない特定の三枚を、この序盤の数ターンで引き当てて場に揃えるなどということが起こり得るのだろうか。

 

 しかしシラベの場には、たしかにその三つのルーンが並び立ってしまっている。三つの神印が揃ったことによる効果で、それらは合計7つものマナが生み出される。

 

 それだけではない。第1ターンに設置されていた『ヘイズルーンの杯』と『知の構造体』、そして後から追加された『無のルーン』。

 

 11マナ。わずか3ターン目にして、シラベの懐にはその莫大な資源が蓄えられていた。

 

 それらルーンや機械が生むマナは全て無属性マナだ。通常のデッキであれば、属性を持つ強力なカードを使用できないという重い枷になるはずだ。

 

 だが、シラベの操る国主は無属性。デッキ自体が縛られている以上、整ってしまえばその内側に枷は無い。

 

 それを示すように、2つのルーンと『ヘイズルーンの杯』から生んだ6マナでシラベがカードを示す。

 

「6マナ使用、『矮小なる者ランテゴス』」

 


『矮小なる者ランテゴス』

 コスト:〈5〉〈無〉

 タイプ:生命体

・他の各プレイヤーのスタンド段階に、矮小なる者ランテゴスをスタンドする。

・〈T〉:1つを対象とする。矮小なる者ランテゴスはそれに1点のダメージを与える。

・〈無〉,〈T〉:生命体1体を対象とする。このターン、それでは攻撃したりブロックしたりできない。

・〈無〉〈無〉,〈T〉:カードを1枚引く。

 [5/5]


 

 シラベの場に、奇怪な形状の存在が描かれた生命体のカードが置かれる。キリメはカードのテキストを読み、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

 矮小なる者という名に反して、そのステータスは5/5という大きな数値を持つことがおまけにも見えてしまう。自身のターンだけでなく、他のプレイヤーのターンの開始時にも起き上がるという無法な能力。そこから繰り出されるの多彩な効果。

 

 盤面をコントロールするために生み出されたような、悪意の塊のような生命体だった。

 

「出せる残りは5マナだな。……大穴、あのバカがこっち向いたら噛むようにしてやってくれ。うっとうしい」

 

 シラベは盤面から目を離し、自分の足元で丸くなっている黒猫に向かって低い声で指示を出した。黒猫はシラベの言葉を理解したかのように短い鳴き声を一つ上げると、ゆっくりと立ち上がり、隣の卓の方へと歩いていく。

 

 しばらくして、隣の卓から鼓膜を突くような汚い悲鳴が響くが、キリメにはそんなものに騒動に気を取られている余裕など一ミリも無かった。

 

 こんな化け物のようなカードを、いとも簡単にポンと投げ出してくるようなデッキを相手に、自分は本当に太刀打ちできるのだろうか。キリメの場にいる機械たちはランテゴスの前ではただの玩具に等しい。せっかく並べた代替品(レプリカ)も、毎ターンのように飛んでくる1点ダメージで次々と破壊されてしまうのが目に見えている。

 

 やはり、自分のような初心者がこんな場所に座るべきではなかったのだ。最初から大人しく引き下がっていれば、こんな惨めな思いをすることはなかったのではないか。

 

 自問の渦がキリメの頭の中を駆け巡り、焦燥感が胸の奥をキリキリと苛んでいく。

 

「あらあら。シラベ様、これが初心者も交えた体験会だという事をお忘れなのでは?」

 

 その重苦しい懊悩を切り裂いたのは、向かいに座るカルメリエルの声だった。彼女は口元を手で隠し、困ったような、だがどこか楽しげな瞳でシラベを見つめている。

 

「そのように元気に展開されてしまうと、こちらとしてはひどく困ってしまいますでしょう。ほら、そちらのキリメ様も、こんなに萎縮してしまわれて」

 

「なっ、び、ビビッてるわけねぇだろ! こんなのどうって事ねえんだよ!」

 

 萎縮という図星を突かれた言葉に、キリメは反射的に声を荒らげる。見栄を張る彼女の性格が、素直に恐怖を認めることを拒絶していた。

 

 威嚇する言葉が口をついて出た直後、キリメは内心で激しく後悔する。またやってしまった。どうしていつもこうなのか。自己嫌悪に陥りかけるキリメだったが、その言葉を遮るように、シラベがどこか気の抜けた声で「ああ」とあっさり肯定した。

 

「確かに展開はしてる。マナが伸びているが、実のところ、実際の盤面はどうってことないんだよ。俺の場はな」

 

「ああん?」

 

 舐めた口を叩かれている。キリメはそう直感した。

 

 11マナも出しておいて、凶悪な化け物を着地させておいて、「どうってことない」などという言葉が信じられるわけがない。初心者だからと馬鹿にしているに違いない。

 

 今度は意識的にキリメはシラベをねめつけた。その鋭い三白眼には隠しきれない敵愾心が宿っている。

 

 一触即発の空気を仲裁するかのように、今度はおずおずとした声でオオタが口を開いた。

 

「手札、ですか?」

 

「その通り」

 

 オオタの的確な指摘に、シラベは口の端を少しだけ上げ、ピッ、と手元に残されたカードを高く掲げた。彼が指先でひらひらと揺らしているカードは3枚しかなかった。

 

「ここまで派手に展開したはいいが、見ての通り、俺の手札はもうこんだけしかない。それに……実を言うと、残りの5マナより上のコストがあっても、ここからさらに展開できるようなものは引けてない」

 

 マナの量がどれほど莫大であろうと、それを使うためのカードが手札になければただの飾りでしかない。マナの量に関わらず展開が出来ないカード。つまりそれは。

 

「残りはルーンカードってことかよ」

 

「そういうこと。いくらマナが出ても、出す先がないんじゃ宝の持ち腐れだ。だから俺の展開はここまで。戦闘位相に、前のターンから出てる『閉所作業者』でカルメリエルを殴っておいて、ターンエンドだな」

 

 防御する生命体がいないカルメリエルは、その攻撃を直接プレイヤー自身で受けることになった。

 

「もののついでに殴らないでくださいませ。これで……ああ、私のライフはもう30点ですわね」

 

 ダメージを受けたにもかかわらず、カルメリエルは何てことない風にライフカウンターの数値を減らす。

 

 そのまま飄々とした態度のまま、シラベはどうぞと手のひらで次のターン、キリメへと促す。その自然な仕草に、キリメは自分が先ほどまで抱いていた絶望感や悪態をつく気力すらアホらしく感じ始めていた。

 

 確かに、異常なマナの総量と巨大な生命体にばかり気を取られて、相手のリソースの要である手札の枚数が見えていなかった。手札がなければ脅威はこれ以上増えない。まだ戦える。

 

 そう安堵しかけたキリメに、再び冷や水を浴びせるような言葉が響いた。

 

「でもシラベ様の場にはドロー効果持ちが沢山おりますわね?」

 

「バカ、言われなきゃ気付かれなかったのに」

 

 言葉とは裏腹に、悪びれる様子もなくシラベは肩をすくめる。遅れてキリメは盤面を見直し、そして呆れる。

 

 『知の構造体』と『閉所作業者』、そして『ランテゴス』。前者2つは一度きりの使い捨てだが後者は恒常的に、どちらもドロー能力を備えている。手札が二枚しかないというのは事実だが、彼にはそれを補充するための手段がすでに盤面に用意されていた。

 

 能力がある事実を隠して――、否、カードは提示されているのだから、ごまかしたまましれっと進めようとしたあたり、この店員はだいぶ性格が悪い。

 

 それとも、カードゲーマーというのはそういうものなのだろうか? キリメの偏見が、別の形で強化されようとしていた。

 

 キリメが不信感を募らせつつも、ターンは続く。

 

 シラベが強大な生命体を出したものの、それを都合よく除去する手段はキリメの手には無かった。代わりに呪法カードを出し、毎ターン飛翔を持つ代替品(レプリカ)を獲得することに成功する。攻撃が通るたびにドローすることが出来るのだから、飛翔持ちが場に出ていない現状は大きな力となってくれる。

 

「そっちがマナを伸ばすなら、アタシは横に広げてやる。そっちが地上で威張ってる間に爆撃してやるから首洗って待っとけ。オラ、そっちに一体ずつ、代替品(レプリカ)で殴って手札増やしてやる」

 

「ちゃんと相手の名前を言え。最初に言っただろ」

 

「……ッス。……えっと、オオタサンに1体、カルメリエルサンに1体ずつ攻撃で」

 

 キリメが言えたことではなかったが、シラベの口調も何故かキリメに対してはフランクになってきていた。敬語で話される方がぞわぞわするので丁度良いといえばそうなのだが、どこか釈然としない。

 

 手番が回りオオタの4ターン目。オオタは攻撃することで防御が手薄になることを恐れ、一体追加で生命体を出してからターンを終えるのみだった。

 

 そしてカルメリエルの4ターン目。胡散臭かった彼女は、ようやく生命体を場に並べる。

 

「2マナ使用、『疫病拾い』を設置。そして3マナ、『病原菌保持者』を設置しましょう」

 

 カルメリエルのデッキテーマは「病原」らしい。その特性を持つ生命体が死亡するたびにドローする能力持ちの生命体を出す。

 

 そしてその直後に出した「病原」特性を持つ『病原菌保持者』は、フィールドに出た瞬間、プレイヤー全員に生命体を1体生け贄を強制させる。

 

「ちっ、代替品を選ぶ」

 

「う……サポーターを落とします。アタッカーは残しておかないと……」

 

「俺は逆にありがたいな。『閉所作業者』に死亡してもらい、死亡時効果でドローさせてもらう」

 

 そしてカルメリエルも能力の影響にある。『病原菌保持者』は自身の能力で死亡し、「病原」特性を持つ生命体が死亡したためカルメリエルもドローを行う。

 

 ある意味シラベの手助けをするような動きに、思わずキリメは口が出る。

 

「あんたら、組んでるってことはないよな」

 

「あら、バレてしまいましたわ」

 

「悪ノリすんなよカルメリエル」

 

「仕方ありませんの、こうしなければ後でシラベ様からの折檻が待っておりまして……」

 

「だからやめろっつーの。ターン終わりだよな」

 

 漫才じみたやり取りをいちいちするのは癖なのだろうか。キリメもカルメリエルとシラベが手を組んでるなどと本気では思っていない。だがどこか息の合った二人に疑わしい視線を送るのは止めない。暴言は止められると分かっているが、ガンを飛ばすのは特に禁止されていない。

 

 その様子にシラベはコホンと咳払いをする。

 

「手を組むかはともかく。利敵行為をして他の厄介なプレイヤーの相手をしてもらうとかは、四国無双ならではの戦術ではあるがな。あとはとにかくペラ回して命乞いするとか、誰かに攻撃を誘導するとか」

 

「そんなのやっていいのかよ。勝負ごとなんだろ」

 

「勝負以前に遊びだからな。だからって、恫喝や暴言や洗脳が許されるわけじゃねえけど」

 

「恫喝や暴言は分かりますけど、洗脳は冗談です……よね?」

 

「よし、俺の手番だな。『国主』であるレヴェローズを場に出すぞ」

 

「あれ、あの、シラベさん? 冗談ですよね?」

 

 オオタの問いかけにシラベは答えなかった。カルメリエルだけが柔和な笑みを保ち続けていた。

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