カスレアクロニクル   作:すばみずる

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62 実質無害です

 ボトムレスピットのデュエルスペースを二つに分けて進行している多人数戦プロトコル、『四国無双』。その片方の卓から、この世の終わりでも見たかのようなか細い嘆きが吐き出された。

 

「……私の、私の輝かしい帝国軍が、こんなにあっさりと崩壊するなんて」

 

 安物のTシャツ姿のまま、がっくりと肩を落としてうなだれているのはレヴェローズだった。四人で始まったゲームにおいて、彼女は一番最初にライフを削り切られて無残な脱落者として一人蚊帳の外に置かれていた。

 

 敗北のショックのさなかにあっても尚、彼女は隣の卓をちらちらと盗み見ていた。そこでは自身の契約者であるシラベが、同じく四国無双の戦いを繰り広げている。シラベの手元には国主として指定された自分自身のカードが置かれているはずで、彼がそれに触れそうなタイミングを見計らっては、私を使えと無言の熱いアピールを送ろうとしていたのだ。

 

 だが、そのたびに彼女の足首には鋭い痛みが走っていた。

 

「痛っ……またか! こら、大穴! 私が契約者と心を通わせようとするたびに、なぜ噛み付いてくるのだ!」

 

「かっ」

 

 レヴェローズは足元でうずくまっていた黒い毛玉を乱暴に抱き上げた。闇色の毛並みを持つ黒猫、大穴である。大穴はレヴェローズの手にぶら下げられながらも、全く悪びれる様子もない。ただ面倒くさそうに短い鳴き声を上げて顔を背けた。

 

 大穴にしてみれば、シラベに言われた通りこの騒がしい女が懸想するたびに噛みついているだけ。ただ忠実に仕事をしただけのことだ。文句を言われる筋合いはない。

 

「貴様が邪魔をするから集中を乱して負けてしまったのだぞ。どうしてくれる!」

 

 責任転嫁も甚だしい言い訳を猫に向かって喚き散らすレヴェローズ。そのみっともない姿を見かねて、まだ三人が生き残って対戦を続けている卓からあきれ返ったような声が降ってきた。

 

「見苦しいな。確かに君は隣の卓ばかり見て注意が散漫ではあったが、それが直接の敗因ではないだろう」

 

 声の主は男装と主張する仕立ての良いスーツを着た女、亜修利ヒナタだ。形の良い胸元の膨らみを隠す気もなく優雅に手札を弄っている彼女は、多人数戦の初心者とは思えないほどの落ち着きを払っている。

 

「なんだと? では何が原因だと言うのだ。私の展開は完璧だったはずだ!」

 

「その完璧さが問題なのだよ」

 

 ヒナタは手札から視線を外し、哀れな敗北者へ向けて事実を突きつけていく。

 

「君の展開は早すぎて、そして圧倒的過ぎた。ゲームの序盤から強大な呪法や生命体を並べ立てて盤面を制圧しようとすれば、他のプレイヤーから見れば君が最大の脅威に映る。そうなった時、三人が一斉に攻撃の矛先を君へ向けるのはごく自然な流れ、当然の帰結だろう?」

 

 一対一の対戦とは異なり、四国無双のような多人数戦においては、単に強いカードを出すだけでは勝ちにくい。誰が一番の脅威かを全員が天秤にかけ、突出した者から叩き潰される政治的なヘイト管理の概念が存在する。

 

 上級者ならいわんや、初心者同士であっても自然とそれは発生する。出る杭を叩き潰すのは人間の性質だ。

 

 そして、三人から狙われる一人というのは当然ながらひどく守りにくい。ヒナタは初心者でありながらこのプロトコルの肝をすでに理解して、レヴェローズが目立つならと影になるよう盤面での立ち回りを控え続けていた。そんな彼女からしてみれば、レヴェローズが落ちたのは摂理に他ならない。

 

 正論でめった刺しにされたレヴェローズは、反論の言葉を見つけられず、口をパクパクとさせたまま完全に黙り込んでしまった。

 

 居心地の悪くなった彼女は、自分が抜けたまま進行していく戦いの卓から逃げるように離れる。抱えていた大穴を床に下ろすと、そのまま隣の卓へとすり足で近づいていく。

 

 向かった先は当然、シラベの背後だった。

 

「契約者ぁ……酷いのだ、あの女が私を理詰めでいじめてくるのだ……慰めてくれぇ……」

 

 甘えた声を出しながら、レヴェローズはシラベの背中へ豊満な質量を思い切り押し付け、首元に腕を回して抱き着いた。Tシャツ越しでも伝わってくる柔らかさと熱量がシラベの背中を圧迫する。

 

 しかし、シラベは背後からの過剰なスキンシップに対して一瞥もくれなかった。彼は盤面と手札のカードに意識を集中させたまま、空いている片手を無造作に後ろへと伸ばす。

 

 そしてシラベの手はレヴェローズの顔面を正確に捉え、そのまま鷲掴みにした。

 

「ふぐっ」

 

「邪魔すんな。今それどころじゃねえんだよ」

 

 情け容赦のないアイアンクロー。顔面を強く締め上げられたレヴェローズは、悲鳴にもならないくぐもった声を漏らしながら、よろよろと後ずさった。

 

「痛いではないか……少しは労りの言葉というものがだな……」

 

「見物するなら黙って見てろ。気が散る」

 

 冷たく言い放つシラベの横顔はいつもの気怠げな余裕を失い、険しいものになっていた。そのただならぬ雰囲気に気圧され、レヴェローズはしゅんとして大人しく引き下がる。

 

 だが、数秒も経てば持ち前の図太さが顔を覗かせる。彼女はシラベの斜め後ろにこそこそと陣取ると、嬉しそうな小声を漏らした。

 

「なあ契約者。さっき隣の卓まで少し声が聞こえていたぞ。私のカードが出たのだろう? さぞかし圧倒的な力で、貴様の窮地を救い、大活躍したのだろうな?」

 

 自分の分身であるカードが戦場に出たという事実だけで、レヴェローズの機嫌は完全に持ち直していた。期待に満ちた目でシラベの横顔を見つめる。

 

 しかし、シラベの返答は彼女の期待を木っ端微塵に打ち砕くものだった。

 

「ああ、珍しく次の手番まで生き残って攻撃もしてたよ。さっき国主領域に送り返されたがな」

 

「えっ」

 

 苦々しげに吐き捨てられた言葉。レヴェローズがシラベの盤面に目を向けると、そこには彼女が期待していたような強固な陣地など存在せず、もぬけの殻となった無惨な荒野が広がっていた。

 

 

 

 ほんの少し前まで、シラベのフィールドは圧倒的な優位を誇っていた。無属性の5コスト生命体『矮小なる者ランテゴス』と、自身の国主である8コストの大型機械生命体、『伝結晶総督レヴェローズ・ドゥブランコ』を並び立たせていた。

 

 ランテゴスは他のプレイヤーターンに自身をスタンド状態に戻すことができる異常な能力を持ち、さらに対象へダメージを飛ばせ、攻撃やブロックを封じる効果を備え、おまけにドロー能力もある。万能と言える能力で相手の攻め手を縛りつつ、レヴェローズの単純なデカさを押し付けて盤面を支配していたのだ。

 

 その重圧は確かに凄まじかった。シラベはカルメリエルのライフを30から更に20まで一気に削り落とし、キリメやオオタのライフも30まで滑り落ちていた。防戦一方に追い込んでいたと言っていいだろう。

 

 だが、ヒナタがレヴェローズに語ったヘイト管理の法則は、そっくりそのままシラベの盤面にも適用された。あまりにも強固で、放置すれば確実にゲームを終わらせる布陣。それが完成してしまったことで、他三人のヘイトは一気にシラベへと向かっていた。

 

 シラベがレヴェローズで攻撃を仕掛けた次のターン。牙を剥いたのはキリメだった。

 

「良い気になってんじゃねぇ! 戦術カードを使うぞ!」

 

 


『工程表の破棄』

 コスト:〈3〉〈水〉〈水〉

 タイプ:戦術

・ルーンでない存在6つを対象とし、それらを持ち主の手札に戻す。


 

 

 一対一では取り回しの悪さが目立つ高コストの戦術カード。しかし多人数戦においてコストは問題にならず、柔軟な働きを発揮する広範囲へのバウンスカードだった。

 

 キリメはシラベの場にいたランテゴスとレヴェローズ、さらにマナを生み出していた貴重な置物を含めた3枚を対象に取り、ついでにオオタの場の厄介な生命体2体と、カルメリエルの場の1体をまとめて手札へと送り返した。

 

 破壊ではなく、手札へのバウンス。膨大なマナを使う相手にはその場しのぎでしか無いようにも見える。しかし8コストも支払って出したレヴェローズやランテゴスを手札に戻されることは、キリメが考える以上にシラベにとって大きなテンポの喪失を意味していた。

 

 国主であるレヴェローズは手札ではなく専用の国主領域に戻り、次に出す際には追加のコストを支払わなければならないというペナルティまで科せられている。

 

「だが、戻されただけならまた次のターンで出し直せばいいのだろう?」

 

 盤面の事情を深く理解していないレヴェローズが、呑気な声で言う。

 

「そうだな」

 

 シラベは短く答え、そして誰にも聞こえないほどの小声で付け加えた。

 

「そうできればいいがな」

 

 もともとあまり使うつもりがない国主はともかく、ランテゴスについては痛手だった。それぞれの相手ターンに能力を使えるのが強みであるランテゴスだが、即時行動の能力は持っていない。つまり自分のターンが返ってくるまでは利点を活かしきれない。

 

 一度手札に返されてしまうと、最短でも相手の手番を3回経過させないとせっかくの能力が使用出来なくなってしまう。ランテゴスの強みを活かしきるには、それこそキリメの場に毎ターン出てくる小型生命体の代替品(レプリカ)への除去が必要だった。

 

 塞ぎつつあった盤面は、たった一枚のカードによって一瞬にして瓦解させられた。

 

 シラベの視線の先には、盤面を更地にされた他のプレイヤーたちを尻目に、唯一自陣に戦力を残しているキリメの姿がある。

 

 キリメの場には既に、水と火の複合属性を持つ機械・生命体、『氷炎の彫刻家ライン』が鎮座している。それは毎ターンの戦闘開始時に新たな生命体である代替品(レプリカ)を生成し、さらに自軍の他の代替品(レプリカ)をすべて任意の代替品(レプリカ)のコピーへと変貌させるという、放置すれば自己増殖を繰り返す能力を内包している。

 

 他のプレイヤーの戦力を削ぎ落とし、自分だけが盤面を握るという理想的な展開。自らが引き起こしたこの圧倒的な優位性に、キリメは口元をニヤリと歪ませていた。

 

 その不敵な笑みを見つめながら、シラベは手札の中で眠る大型生命体たちのコストを計算し続ける。

 

 

 *

 

 

「……合計16マナを出す。2体の生命体を場に設置だ」

 

 長考の末、シラベは二枚のカードを盤面へと投入した。

 

 


『無知なる者ヨストラゴ』

 コスト:〈7〉

 タイプ:生命体

・無知なる者ヨストラゴが攻撃するたび、防御プレイヤーは自分がコントロールするパーマネントを2つ追放する。

 [7/5]


『暮稚児の夢』

 コスト:〈9〉

 タイプ:生命体

・あなたがこの生命体を手札から設置した時、あなたの墓地にある生命体1枚を対象とする。あなたはそれをフィールドに戻してもよい。

・この生命体が攻撃するたび、防御プレイヤーは2つの存在を生け贄に捧げる。

 [10/9]


 

 

 一つはコスト7の生命体、無知なる者ヨストラゴ。攻撃するたびに防御プレイヤーへパーマネントを二つ追放させる能力を持った巨大な怪物。

 

 そしてもう一つはコスト9の生命体、暮稚児の夢。手札から出た瞬間に墓地の生命体を蘇生させ、さらに攻撃時には防御プレイヤーに二つの存在を生け贄に捧げることを強要する存在。

 

 機械とは異なる、無属性特有の、どこか生物の理から外れた奇妙な造形の生命体たちが描かれたカードがシラベの場に鎮座した。

 

 暮稚児の夢は場に出た時に墓地から生命体を戻すことを選べる。犠牲になっていた『閉所作業者』が復活して再び能力が起動する。

 

 ターンが巡り、キリメの手番となる。デッキに置く指は未だぎこちないものの、迷いは無くなっていた。

 

 先ほどまでのキリメなら、威圧的な効果テキストにビビって萎縮していただろう。自分の貧弱な戦力では到底太刀打ちできないと、諦めの息を吐いていたかもしれない。

 

 だが、今は違う。

 

 キリメの三白眼が鋭くなる。それは街の路地裏で自分と同じろくでなしと対峙した時、相手の無防備な急所を探り当てる捕食者の目つきだった。

 

「殴れなきゃどうしようもないんだろ?」

 

 キリメの口から、挑発的な言葉が自然とこぼれ出た。喧嘩相手がどこに怪我を負っているか、どこを突けば一番痛がるかを見抜くように、彼女はシラベの盤面の弱点を正確に見定めていた。

 

「アタシのデッキさ、火と水の属性っぽくねえなと思ってたんだよ。アタシが見てたカードは、もっとド派手な火力とか、バカみたいなドローとか、そういう効果ばっかだったから」

 

 キリメは手札を弄りながら、シラベを真っ直ぐに見据える。

 

「そういうパワーカードに憧れる気持ちは分かる。それで?」

 

 シラベは余裕の態度を崩さず、先を促した。

 

「このデッキはそうじゃないと勝手に思い込んでた。生命体をたくさん出して殴るだけだと思ってた。……アンタのデッキみたいに」

 

 キリメには確信があった。シラベのデッキは、並ぶ生命体の質が異常だ。単体のカードパワーが強すぎる。だが、それほど性能の良い重いカードばかりを積まれたデッキなら、必ずどこかに歪な欠けがあるはずだ。

 

 カードゲームの深い理論や専門用語は分からない。だが、先の全体バウンスが面白いように突き刺さった今なら、肌感覚で理解できる。

 

「アンタのデッキは生命体ばっか。戦略や呪法は無い。こちらが対応すれば、それを妨害する手段が入っていない。そうだろ」

 

「慧眼だな。でも、それでどうする? また手札に返すか? バウンスが切れるまで俺は出し直し続ける。墓地に落ちたら釣ってこよう。不本意だが俺はそういう戦い方をもっとも得意としている」

 

 シラベは自嘲気味に笑う。大型を何度も叩きつける泥臭い戦術。それが彼の持ち味だと言わんばかりに。

 

「ああ。だからさ」

 

 キリメは不敵な笑みを浮かべ、手札から一枚のカードを力強く盤面に叩きつけた。

 

「デッキに帰ってもらうぜ。3マナ使用、『賭博都市のホイール』! 対象はそっちのデカブツ、『暮稚児の夢』だ!」

 


『賭博都市のホイール』

 コスト:〈2〉〈火〉

 タイプ:戦略

・1つの存在を対象とする。それの持ち主はそれを自分の山札に加えて切り直し、その後、自分の山札の一番上のカードを公開する。それがフィールドに設置出来る場合、そのプレイヤーはそれをフィールドに出す。


 

 それは火属性を含む合計3コストの戦略カード。対象の存在を一つ選び、持ち主の山札に加えて切り直させる。その後、山札の一番上を公開し、それがフィールドに出せるカードであればタダで出してしまうという、博打要素の強いカードだった。

 

「オラ、デッキを捲ってみろよ」

 

「……無のルーンだ」

 

 シラベがデッキトップをめくり、苦々しい顔でマナを生み出すだけのルーンカードを場に置く。9コストの凶悪な生命体が、たった一つのマナ源へと変換された瞬間だった。

 

 キリメは満足げに鼻を鳴らし、ターンを終える。

 

「やるな」

 

 シラベが呟くように言った。その声には、初心者をあやすようなお為ごかしではない、純粋な感嘆が混じっていた。

 

「なんだよ。初心者だからっていちいちヨイショしようとすんなよ」

 

 悪態でむず痒さを隠そうとするキリメに、シラベは首を振る。

 

「事実だよ。俺の盤面を張り子の虎とちゃんと理解して、しっかり対応出来ている。おまけにそっちも盤面を整えて、良い調子じゃないか。だから、ほら」

 

 シラベは顎で、キリメの盤面をしゃくった。そこには『氷炎の彫刻家ライン』によって生み出された代替品が並び、確固たる陣地が形成されつつある。

 

「さっきまでの俺みたいだろう?」

 

 その言葉の意味を、キリメは即座には理解できなかった。

 

「次のターンはオオタさんだな。いいよな、キリメ」

 

「あ、ああ」

 

 促され、オオタがターンを開始する。ドローして手札を見比べていくオオタを共に眺めつつ、シラベは口を開いた。

 

「キリメ。突出していた俺を狙っていたのは正しい」

 

「んだよ」

 

「でも、俺ばっかりに目を向けてる時も、他の参加者だって準備を整えてるんだよ」

 

 シラベの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、対面に座っていたオオタが静かに動いた。

 

「ルーンを設置。そして、『黄金樹の後継たち』を使います」

 

 


『黄金樹の後継たち』

 コスト:〈X〉〈光〉〈光〉〈光〉

 タイプ:戦略

・光の2/2の樹木・生命体・代替品をX体生成する。


 

 

 オオタの場に多くの代替品(レプリカ)用カードが並べられる。それは注ぎ込んだマナの数だけ光属性の樹木生命体である代替品を生成する戦略カード。

 

「不定のマナに8つ支払い、8体の生命体を場に出します!」

 

 ルーンを伸ばすための機械を出していたのはキリメも知っていた。だがそれでも、一体一体の攻撃であればキリメも並べている代替品(レプリカ)での対処が可能だ。そう高を括り、対応を考えていなかった。

 だが質に勝る手段を持ちえるオオタのデッキが、キリメのような物量を持ったのなら。それは最大の脅威になる。

 

 盤面が一気にオオタの軍勢で埋め尽くされる。キリメがシラベへの対応に躍起になりリソースを削り合って火花を散らしている間、オオタは己の刃を研ぎ澄ませていたことをキリメはようやく知る。

 

 さらに次のターン、沈黙を守っていたカルメリエルも己の国主を場へと送り出し、いよいよ本格的な殺し合いの気配を漂わせ始める。

 

 そして、再びシラベのターンが回ってきた。

 

「残念ながら出来ることは僅かだな。追加コストを支払いつつ国主を出して、残ってるヨストラゴでキリメを攻撃する」

 

 シラベは国主領域からレヴェローズを再び召喚し、残された7コストの怪物をキリメへと差し向ける。

 

 攻撃による強制追放能力と、ヨストラゴ自身の高い打点。キリメは舌打ちしながら、自陣で増殖していた代替品をブロックと生け贄に捧げてその猛攻を凌ぎ切った。

 

 戦力は削られたが、ラインの能力がある限りキリメの盤面は依然として盤石だ。だが。

 

「ああ、これは俺なんかよりよっぽど手ごわくなるだろうな」

 

 シラベがわざとらしいほど白々しく言い放つ。その視線はキリメの盤面に向けられ、オオタやカルメリエルに今の最大の脅威はキリメであると訴えかけていた。

 

 ヘイト操作にもなっていない、自身の盤面を荒らされた事に対する腹いせのような当てこすり。キリメにとって慣れ親しんだその手の軽口に、彼女の暴力性の撃鉄は容易く準備を整えた。

 

 キリメのターン。彼女はドローしたカードを見つめ、そしてシラベの憎たらしい顔を睨みつける。

 

「るっせぇなぁ。じゃあ全員ぶっ潰せばいいんだろ!」

 

 キリメは手札から、火属性の戦術カードを叩きつけた。

 

 火力と妨害が厚いデッキではない。そのキリメの実感は今も消えてはいなかった。だが、それは火力も妨害も有していないという意味ではない。

 

 先のバウンスが水属性の象徴であるのであれば、こちらは火属性たる証だ。キリメはそう確信しながら、カード名を宣言する。

 

「『賭博女帝の失墜』!」

 

 それは本来なら合計9コストを要求されるカードだった。しかしフィールドに出ている生命体一体につきコストが1下がるという特性を持っている。

 

 現在、オオタの大量展開やカルメリエルの国主、シラベの大型生命体、そしてキリメ自身の代替品によって、盤面には無数の生命体がひしめき合っている。

 

 条件は完全に満たされ、わずか火属性マナ1つで最悪の災厄が引き起こされた。

 

 


『賭博女帝の失墜』

 コスト:〈8〉〈火〉

 タイプ:戦術

・このカードを使用するためのコストは、フィールドに出ている生命体1体につき〈1〉少なくなる。

・賭博女帝の失墜は各生命体にそれぞれ13点のダメージを与える。


 

 

 効果は単純明快。各生命体にそれぞれ13点という、致死量を遥かに超える壊滅的なダメージを与える全体除去。盤面に並んでいたあらゆる思惑と軍勢が、女帝を引き摺り下ろす群衆の怒りと共に飲み込まれることとなる。

 

「あーっ!? てめぇやりやがったな!?」

 

「んだよ! 煽りやがったのはアンタだろうが!」

 

 立て直しつつあった盤面を再び更地にされ、シラベが素っ頓狂な声を上げる。キリメは更地になったフィールドを見下ろし、喧嘩に勝った時のような獰猛な笑みを浮かべて言い返した。

 

「これなら誰が優れてるなんてなんもねえだろ! いや、マナだけは伸びてる陰険な店員だけは違うかもなぁ!?」

 

「そうじゃねえよ! オオタさんの場には破壊耐性持ちがいるんだよ! お前それ撃つんだったらさっきのデッキ戻すやつをあっちに撃っとけばさぁ!」

 

「あっ……う、うるせぇ! 最後に勝てばいいんだよ勝てば!」

 

 店員と客の会話ではない。それどころか、対戦をしている中でこんな言い合いをするのもアホらしい。

 

 だがそれでも。こうやって馬鹿みたいに話しながら綺麗なカードを扱えるという場があるのだと、こんな楽しみ方をしていいのだと、彼らはキリメに教えてくれていた。くだらない罵り合いをしながらも、その事実だけはキリメの胸に灯のような明かりを齎していた。

 

「……はぁ」

 

 そして。キリメの耳には届かない溜め息が、机越しのカルメリエルの口から洩れる。

 

「だ、大丈夫です?」

 

 向かいに座るオオタが、隣で項垂れるカルメリエルに気遣うような声をかけた。

 

「ああ、ええ。問題ありません。むしろ申し訳ございませんわ。当方の店員があのような醜態を晒してしまい」

 

 カルメリエルは優雅に微笑み、対面でぎゃあぎゃあと騒いでいるシラベを軽く手で示す。オオタは少しだけ緊張を解いたように苦笑した。

 

「い、いえ、そんな。僕、こういうパーティーゲームみたいなのに憧れて参加してたんで。だからそんな、気にしてもらわなくても」

 

「そう言っていただけると助かりますわ」

 

 カルメリエルは口元に手を当てて上品に頷いた後、糸目をわずかに傾けた。

 

「ただ、正直なところ、気にするところの多いのはこの盤面ですわね」

 

「あー……ま、まぁ確かに、僕の一人勝ちみたいになっちゃってますからね、いま」

 

 オオタは自身の場に唯一残った破壊耐性持ちの生命体を見下ろし、申し訳なさそうに頭を掻く。他のプレイヤーの戦力が完全に消滅した今、彼が圧倒的な優位に立っているのは誰の目にも明らかだった。

 

「それもありますけども」

 

 カルメリエルは、もぬけの殻となったキリメやオオタの陣地へと視線を流す。

 

「私のデッキ、墓地利用をテーマにしてはいるのです。けれど代替品ばかり使われてしまうと、なかなか使いどころがなくて。代替品はフィールドから離れれば消滅してしまい、墓地には残りませんでしょう?」

 

「ああ、そういう……」

 

 オオタが納得したように頷く。キリメの国主が生み出したのも、オオタの黄金樹の後継たちが生み出したのも、すべてフィールド以外の場には存在出来ない。いくら破壊されても、墓地というリソースには変換されない。

 

 オオタはそこまで考えてから、ふとある事実に気がついた。

 

 代替品ではない、本物の、しかもとびきり強力な大型生命体のカードが、たった今、大量に墓地へと送られたばかりだということに。

 

 オオタの視線が、シラベの墓地へとゆっくりと向けられる。

 

「……つまり、シラベさんの墓地にある大型生命体なら使えるって言ってます?」

 

「……」

 

 オオタの確認するような問いかけに対し、カルメリエルは何も答えず、ただ静かに微笑みを深めただけだった。その沈黙は、雄弁な肯定に他ならない。

 

「……シラベさん、次僕のターンでいいですよね。カルメリエルさんを攻撃します」

 

 オオタは即座に自陣に生き残った戦力をカルメリエルへと向けた。放置すればシラベの墓地に眠る規格外の怪物たちが、今度はカルメリエルの手によって自分の首を刎ねにくる。そう直感した。

 

「ちょ、ちょっとお待ちになってください。まだマナが足りておりませんもの、実質無害です」

 

「放っておけば有害って言ってるようなものじゃないですか……」

 

 カルメリエルが慌てたように猫なで声を出して静止しようとするが、オオタの意志が揺らぐことはなかった。

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