アパートへの帰路、そして帰宅後のアパートは、敗北者の愚痴を垂れ流す無価値な独演会と化していた。
『ボトムレスピット』での買い取り結果はまあまあの戦果だった。往年のレアカードのいくつかにコレクター需要があったらしく、高額紙幣が二枚ほど財布に増員された。お陰で今夜は発泡酒を第三の云々から本物に昇格させることが出来る。
だが、そんなささやかな幸福を噛み締めるシラベの横で、プライドを傷つけられた総督閣下は未だに憤慨し続けている。
「納得がいかん! 断じて納得がいかんぞ!」
ちゃぶ台をバンバンと叩きながら、レヴェローズが叫ぶ。
彼女はコンビニ袋から取り出した焼き鳥を串ごと噛み千切らんばかりの勢いで咀嚼しながら、シラベに詰め寄った。
「あの小娘、よりにもよって鳥だぞ!? あんな知性のかけらもなさそうな機械鳥と、高貴なるこの私を比べるなど……! おい契約者、貴様ももっと憤らんか!」
「落ち着けって」
シラベはプルトップを開け、黄金色の液体を喉に流し込む。
「悔しいのは分かるが、あの嬢ちゃんの言ってたことは事実だ」
「むぐっ……! だ、だからと言って……!」
「いいか、冷静にスペックを見ろ」
『
コスト:〈8〉
タイプ:機械・生命体 ― 総司令
・あなたのターン開始時に、あなたがコントロールする各「伝結晶」生命体の上に
・伝晶6(この生命体は
[0/0]
175cm/68kg/B124(K)/W58/H96
押し付けられていたレヴェローズのカードを卓上に出して、シラベはその性能を比較していく。
「あっちの鳥、『伽藍造りの空猟兵』は7コストで実質6/6飛翔持ちだ。攻撃防御時のデメリットなんて終盤じゃ大して気にならないし、何より『飛翔』が偉い。地上のチャンプブロックを無視して顔を殴れるのは、フィニッシャーに相応しい性能だ」
「わ、私だって大きさには自信がある! ドゥブランコ王家の『伝晶』の威容は伊達ではない! 傷物の姉様と違う!」
レヴェローズが自身の豊満な胸部を強調するように反らした。
確かに、身体のスペックで言えばレヴェローズの圧勝だ。あの鳥にデカい胸はないし、むしゃぶりつきたくなるような太腿もない。
だが、それを口にすれば癇癪で泥沼化するのは目に見えている。シラベはその言葉をビールと共に飲み下し、カードゲーマーとしての見解を述べた。
「お前が鳥に勝ってる点、それは『伝晶』能力だけだ」
「そうだ! 私のアイデンティティたる結晶の輝き!」
「ああ。死亡時に
シラベの冷静な分析に、レヴェローズが言葉を詰まらせる。
だが、彼女は諦めが悪かった。王族としての矜持か、それとも単に負けず嫌いなだけか、彼女はふんっ、と鼻を鳴らして自身の胸の谷間から例のデッキケースを取り出した。
「だが! 現に貴様は負けたではないか! この私が指揮する、私の入った『潤滑剤』デッキにな!」
彼女はドヤ顔でデッキを突きつけてくる。確かに先日の主役と乳を賭けたデュエルはシラベの完敗だった。
「認めるよ。お前の組んだそのデッキは強かった」
「であろう! ならば……!」
「『潤滑剤』と『失伝結晶機』のシナジーがな」
シラベは焼き鳥の肉を引き抜きながら、淡々と事実を突きつけた。
「あのデッキの勝因は高速展開と直接火力だ。4ターン目か5ターン目には相手を焼き殺すのが理想の速攻デッキだろ? そこに本来、8コストのお前が入る余地なんてねえんだよ」
「な、なにい……?」
「お前が勝てたのはな、お前自身が手札に来なかったからだ。もし初手に『レヴェローズ』が来てたら、それは実質手札が一枚減ってるのと同じだ。事故要因なんだよ、お前は」
「ぐっ……!」
レヴェローズが胸を押さえてよろめく。
「じゃ、じゃあ貴様のデッキならどうだ! 『純水量産』! あれは低コストを並べるデッキだろう! 私が死んで
「それも噛み合わねえなあ」
シラベは即答した。
「俺のデッキのメインは確かに『機械・生命体』だから、お前の『伝晶』で
「それだけで十分ではないか!」
「足りねえよ。俺のデッキの連中は、
シラベは溜息交じりに続ける。
「『飛翔』も『貫通』もない小型の生き物が一体デカくなったところで、チャンプブロックされて終わりだ。オーバーキルな攻撃力なんて意味がない。それに、お前を出すための8マナがあれば、俺は手札を全部吐ききって展開できる。その方が強い」
「う、ううぅ……」
レヴェローズが涙目で縮こまる。
自分の存在意義を全否定され、しかもそれが理屈に基づいているだけに反論できない。
「つまり、結論として」
シラベは空になった缶を握り潰し、改めて宣告した。
「現状の俺のデッキからも、お前のデッキからも、退去してもらうのが一番の強化になる」
「そ、そんなぁ……。私は……私はただのストレージの肥やしなのか……」
ガックリと項垂れるレヴェローズ。
その背中から漂う哀愁は、見ていて少し忍びないものがあった。これだけ見事なプロポーションを持ち、キャラクターとしても(中身はともかく)魅力的なのに、カードとしては救いようがない。
だが。シラベの脳裏に、ふと、ある可能性が過った。
(……待てよ?)
彼はレヴェローズのカードを手に取り、そのテキストを再確認する。
コスト8。能力は『伝結晶』生命体の呑気な強化と『伝晶6』による
そして、基本スペックは――0/0。
「なあ、レヴェローズ」
「……なんだ。もう慰めなどいらん。私はどうせ顔だけの女だ……」
「あと乳と尻と太ももな。じゃなくて、お前の素のスタッツ、0/0だよな」
「それがどうした。『伝晶』で6/6になるのだから関係なかろう」
「いや、そこだ」
シラベは顎を撫でながら、記憶の奥底にあるデータベースを検索する。
「場に出る時は
「! ほ、本当か!?」
レヴェローズがガバッと顔を上げた。
「『攻撃力1以下の生命体を蘇生する』とか、『パワー0の生命体をサーチする』とか、そういうニッチなサポートカードがあれば……お前の重すぎるコストを踏み倒して場に出せる可能性がある」
正規のマナを払うから弱いのだ。たとえば墓地から1コストや2コストで釣れるなら、実質6/6のサイズは戦力になる。
「おお……! おおお! そうだ、それだ! 正面から馬鹿正直に戦場に出ることに拘る必要はない! 伏兵や騙し討ちは戦場の華だな!」
「そうかなぁ」
光を見出したレヴェローズが、シラベの手にすがりついてくる。その瞳は期待に輝いていた。
「契約者よ! 素晴らしい着眼点だ! ではすぐにそのカードを探しに行こう! 『ボトムレスピット』に戻れば店のストレージにあるかもしれん!」
「……あー、いや」
シラベは言い淀む。
可能性はある。だが、それはあくまでマイナーカード同士の無理やりなコンボだ。まともなデッキに勝てる保証はないし、何より。
「探すのめんどくせえし、買う金も勿体ない」
「貴様ァァァ!!」
希望を与えてから突き落とされた総督閣下の絶叫が、薄壁のアパートに響き渡った。