カスレアクロニクル   作:すばみずる

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09 ちょっと手数料が掛かるだけだ

 翌日。

 

 駅前の大型家電量販店は、平日の午前中ということもあって閑散としていた。

 

 煌々と輝く蛍光灯の下、最新の白物家電や4Kテレビが並ぶフロアを、シラベはポケットに手を突っ込んで歩く。

 

 その背後──あるいは真横を、他人には見えない軍服姿の美女が、キョロキョロと物珍しげに付いてきていた。

 

「ほほう……ここが家電売り場とやらか。用途が分からん機械が多いが、こうも数が多いと壮観だな」

 

「勝手に触るなよ。あと引っ掛けないように気を付けろ。無駄にデカいんだから」

 

「私から触れようとしなければ問題ない、案ずるな」

 

「今にも触れそうだから言ってんだよ」

 

 レヴェローズは興味津々に、並べられたノートパソコンの列を覗き込んでいる。今にも()()がディスプレイに引っ掛かりそうでシラベはヒヤヒヤする。

 

 パソコンコーナーの端、人目につきにくい位置にある展示機を陣取ると、シラベは慣れた手つきでブラウザを立ち上げた。

 

 目的は、『エインヘリヤル・クロニクル』のカード情報を集める事。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 アパートの気怠い朝。窓から差し込む日差しは既に高く、本来なら社会活動を営む人間はとっくに家を出ている時間だ。しかし、この部屋の主である押江シラベにとって現在は安息の時だ。

 

 万年床でゴロゴロと背骨を伸ばしていたシラベだったが、その平和は重量感によって粉砕された。

 

「契約者! 起きろ! そして構築だ!」

 

「ぐぇ」

 

 何度目になるか分からない鳩尾への衝撃が走り、シラベは変な声を上げた。

 

 目を開ければ、視界いっぱいに気品のある顔、遅れて重力に従って垂れ下がる巨大な双丘が映り込む。

 

 レヴェローズだ。彼女は仰向けのシラベの上に跨がり、その豊満な身体を押し付けるようにして揺さぶってきた。

 

「重い、どけ」

 

「嫌だ! 昨日の話の続きだ! 私のためのデッキ、その構想は出来ているのだろうな? 『墓地利用』や『サーチ』やらを使う案だ!」

 

 鼻先が触れ合う寸前の距離でレヴェローズは激しい自己主張をする。薄い軍服越しに伝わる体温と弾力。理性が吹き飛びかねないシチュエーションだが、今のシラベにあるのは寝起きの不快感と、腰への物理的な負担だけだった。

 

「わーった、分かったから! 一回降りろ!」

 

「では、組んでくれるのだな? 私を輝かせるデッキを!」

 

「組むよ、組めばいいんだろ。この押し掛け不良債権め」

 

 ここで折れてしまうからダメなんだ。そう思いつつ、易きに流れることしかシラベには出来なかった。

 

「ただな、今すぐは無理だぞ。カードがねえ」

 

「むっ。……まぁ、大部分を売っていたからな。手元の分では無理なのは分かる。はっ、もしや私の活躍に使えるものも売ってしまったのではないか!?」

 

「考えるだけ無駄だろ、そんな心配。だいたい、カードショップは倉庫みたいなもんだからいいんだよ。引き取る時にちょっと手数料が掛かるだけだ」

 

「なるほど。貴様が金欠の理由が分かってきたぞ」

 

 シラベはレヴェローズのジト目を無視して細い腰を掴み強引にどかすと、溜め息交じりに上半身を起こした。

 

「そもそもだな。新しいデッキ組むんなら、今のカードリストやらデッキリストを確認しねえと始まらねえんだよ。カードの有無を気にするのはその後でいいだろ」

 

 

 

「今まで興味の無かった『リアニメイト』系のカードなんて名前がうろ覚えだし、情報も古い。新しいデッキを組むなら、ここらで最新のカードプールにどんなパーツがあるかを見ておかねえと」

 

「ほう、情報収集か。ならば『ボトムレスピット』へ向かうか? あの店ならストレージコーナーも豊富そうだぞ」

 

「いや、あそこは今日はパスだ。また昼間に行くのも気まずいし、狭いから長居しづらい。ストレージ漁るのもかったるい」

 

「そうなのか? 男子たるもの宝探しは心躍るのではないのか」

 

「ずっと立ってるとしんどいんだよ、足腰が」

 

 シラベはあくびを噛み殺し、ジャージの上着を羽織った。

 

「ネットで調べるか。電気屋行くぞ」

 

 

 

 *

 

 

 

 金欠のシラベにとって、スマホやPCは贅沢品だ。持っていたスマホは解約済み。調べ物をするには、こうして店頭の展示品をこっそり活用するか、図書館に行くしかないのが現状だった。

 

 検索窓にwikiのタイトルを打ち込みながら、シラベはふと気になっていたことを口にした。

 

「そういや、お前さ。ストレージの中で自分のカードとしての使用状況云々とか言ってたよな」

 

「うむ。言ったな」

 

「あれってどういう意味なんだ? 箱の中にWi-Fiでも飛んでたのか?」

 

 冗談めかして聞くと、シラベに体重を預けていたレヴェローズがふふんと鼻を鳴らした。

 

「我らカードの精霊は眠りについている間、夢を見るだけでなく、緩やかに意識が繋がっているのだ。他の個体が体験した戦場の記憶や、現世で流行している戦術……そういった知識の集積所のようなものにアクセスできる」

 

「へえ、便利だな」

 

「全部を認識、記憶など到底出来んがな。時に雑多な、時に己の求めたものが、色々と頭に入ってくるのだ。夢の中でマニュアルを読まされているようなものだな」

 

 なるほど、とシラベは納得する。それなら、彼女が自身の収録時期よりも遥か未来のカードである『夢幻色の宝物印群』などを知っていたのも頷ける。

 

「じゃあ、お前が持ってたあの『潤滑剤』デッキも、どっかの大会優勝リストかなんかを丸パクリしたってことか?」

 

 シラベがからかうように言うと、レヴェローズの動きが一瞬止まった。

 

「……まあ、そんなようなものだ。勝利のために、先人の知恵を借りるのは悪いことではあるまい」

 

 無礼な物言いだ、と怒ってくるかと思ったが、彼女は視線を逸らして歯切れ悪く答えるだけだった。

 

 いつもの高飛車な態度とは違う、妙に湿っぽい反応。

 

 何か事情がありそうだが、深く追求するのは面倒な話に巻き込まれそうだ。シラベは肩をすくめ、画面に向き直った。

 

 検索結果には、有志が作成したWikiやカードデータベースがずらりと並んでいた。久しぶりに見る情報の波にシラベの苔生したゲーマー魂が疼く。

 

「『威風忍狗(イブニング)スネイル』って、これ俺が探してた『猛忍狗(モーニング)リベイル』の強化版、いや軽量版か? 死んだ時パワー1以下を墓地から戻せるならアリか? けどリベイルだとキーカードごとリアニできるな……どっちもどうやって墓地に落とすかが肝だな」

 

 シラベは画面をスクロールし、使えそうなカードをメモ用紙に書き写していく。

 

 浦島太郎状態だった知識が、急速にアップデートされていく感覚は悪くない。かつて高嶺の花だったレアカードが再録や環境の変化でワンコインで買えるようになっているのを知ると、宝の地図を見つけたような気分になる。

 

(これならそれなりのが安く組めそうだな。……昔のパワーカードが安くなってるって事は、相応に環境が苛烈になってるってことだが)

 

 まぁ、どうせあのワガママ精霊を大人しくさせるためのデッキだ。環境デッキと殴り合える必要はない。

 

 ともあれ、レヴェローズを主軸にしたデッキは展望が見えてきた。ファンデッキの域は出ないだろうが、少なくとも今の『純水量産』に無理やり突っ込むよりは遥かにマシなものが作れそうだ。

 

 

 

 一通りの検索を終え、メモをポケットにしまったシラベは、ふぅと息を吐いて伸びをした。

 

「さて、帰るか。……おい、レヴェローズ?」

 

 背後にいるはずの居候に声をかけるが、返事がない。

 

 周囲を見渡すと、彼女は少し離れたカメラコーナーにいた。

 

 そこには、最新のデジタルカメラやアクションカムが展示されている。そして通路に面した一角には、大型モニターとカメラを使った体験型の試遊台が設置されていた。

 

 画面の前に立つだけで、人の動きを認識してエフェクトがかかったり、ミニゲームで遊べたりするアトラクションだ。

 

 レヴェローズはその前に立ち、真剣な顔で腕を振ったり、ジャンプしたりしていた。

 

「…………」

 

 彼女は精霊。当然というべきか、科学の代物であるカメラのレンズにも、センサーにも引っかからない。画面の中には店内の背景が映るだけで、彼女の姿も、彼女が出そうとしているエフェクトも表示されていなかった。

 

 それでも彼女は諦めず、今度は両手を広げて片足立ちになり、奇妙なポーズをとっている。

 

 必死だ。総督の威厳もへったくれもない。

 

 シラベは思わず吹き出しそうになりながら、彼女に近づいた。

 

「おい、何やってんだよ」

 

 小声で話しかけると、レヴェローズはびくりと肩を震わせて振り返った。

 

「み、見ていたのか!?」

 

「俺には丸見えだが、機械にはそうでもないな。幽霊みたいなもんだからしゃーない」

 

「幽霊ではない! 精霊だ!」

 

 レヴェローズは頬を膨らませ、悔しそうにモニターを睨みつけた。

 

「カルメリエル姉様の自動追従機もそうだった。おちょくるように私を認識しないでぶつかってきたり……くっ、これだから自我の無い機械はダメだ!」

 

「はいはい、諦めて帰るぞ」

 

「むぅ……! 見ていろ、気合でどうにかしてやる!」

 

 シラベが促しても、彼女はテコでも動かない構えだ。子供かこいつは。

 

 シラベが呆れて見守る中、レヴェローズはぬぬぬと唸り声を上げ、全身に力を込め始めた。

 

 握りしめた拳が震え、プラチナブロンドの髪が僅かに逆立つ。

 

「おいおい、顔真っ赤だぞ。血管切れるぞ」

 

 シラベが笑った、その時だった。

 

 ──バチッ。

 

 空気が弾けるような音がして、モニターの映像がノイズで乱れた気がした。

 

 次の瞬間。画面の中に、仁王立ちして顔を真っ赤にしている軍服の女性が、鮮明に映し出された。

 

「……は?」

 

 シラベの思考が停止した。

 

 画面の中だけではない。試遊台の横にある柱の鏡面仕上げ部分にも、彼女の姿がくっきりと映り込んでいる。

 

 そして何より、周囲の空気が変わった。

 

 それまでシラベたちの横を素通りしていた買い物客が、ギョッとした顔で足を止め、こちらを見ているのだ。

 

「あら、コスプレ?」「イベントかしら」「うぉ……でっか……」

 

 ざわめきが波紋のように広がる。

 

 シラベは恐る恐る手を伸ばし、レヴェローズの肩に触れた。触れられるのはシラベにとって何時も通りではある。だがそこには生々しさというべきか、生命力と言うべきか。服の布地、その下の肉の質量が、確かな物体としてそこに存在していた。

 

「やった! 見たか契約者! 私の勝ちだ!」

 

 レヴェローズは状況を理解せず、無邪気に勝利宣言をしてピースサインを作っている。

 

 勝ち負けの問題じゃないぞ馬鹿野郎。

 

 如何なるものが働いたのか不明だが、今の彼女は完全な実体としてこの場に顕現している。

 

 ただでさえ目立つ容姿だ。しかもここは公共の場。無許可のコスプレ撮影と勘違いされるか、あるいはもっとヤバい通報案件になるか。どちらにせよロクな事にはならない。

 

「……逃げるぞ」

 

「え? 何を──」

 

「走れっ!!」

 

 シラベはレヴェローズの手首を掴んだ。

 

 温かい。そして柔らかい。生身の人間の手首そのものだ。いつも抱き着いてくる時と何が違う? それを意識してしまうのは危険な気がした。

 

 シラベは彼女を引っ張り、脱兎のごとく駆け出した。

 

「お、おい、待て! なんだ急に!」

 

「いいから来い! 呼び止められたらたぶん面倒なことになる!」

 

 店員の店内では走らないでという制止を振り切り、シラベたちはエスカレーターを駆け下りる。

 

 すれ違う客たちが、驚いた顔で二人を振り返る。

 

 金髪の爆乳軍人コスプレ女と、ジャージ姿の男が手を繋いで疾走しているのだ。これ以上ない不審者カップルである。

 

「契約者、痛い! 手、手が!」

 

「我慢しろ!」

 

 自動ドアを飛び出し、雑踏を縫って路地裏へと滑り込む。

 

 息を切らしながらしばらく走り続け、人気のない公園のベンチまでたどり着いたところで、ようやくシラベは足を止めた。

 

 

 

「はぁ……はぁ……! ここまで来れば、大丈夫か……」

 

 膝に手をつき、荒い呼吸を整える。

 

 心臓が早鐘を打っていた。久しぶりの全力疾走に加え、社会的死のリスクに晒された恐怖で冷や汗が止まらない。

 

「まったく、何なのだ貴様は……いきなり走り出して」

 

 背後で、不満げな声がした。

 

 シラベが振り返ると、そこにはいつもの雰囲気に戻ったレヴェローズがいた。周囲の遊具の金属部品を見ても、映り込んでいる様子は無い。

 

「……戻ったのか?」

 

「戻った? 何がだ?」

 

 彼女はきょとんとしている。どうやら、自分が完全に実体化していた自覚がないらしい。

 

「お前、店の中で完全に実体化してたんだぞ。他の客にも丸見えだった」

 

「な!?」

 

 レヴェローズが目を見開く。

 

「ああ。カメラにも映ってたし、俺が手を引いた時も……いや、それはいい」

 

 シラベは自分の掌を見つめた。

 

 先ほどまで握っていた手首の、しっとりとした肌の感触。熱が、まだ残っている気がした。

 

「お前の態度からすると、自覚してたわけじゃないっぽいな。つーか、なんで基本的に俺以外には見えてないのかも知らないんだが」

 

「そっ、そんなもの、私だって知るものか。貴様は何故呼吸の仕方を覚えているのか説明出来るのか」

 

「夢で繋がるっつー精霊の寄り合い知識でそういうの話題にならねえのかよ」

 

「私はそんなものを知るより、自分のカードが活躍していないか探すことで忙しい」

 

 無駄な努力しやがって、という視線が露骨に出ていたのか、レヴェローズはバツが悪そうにシラベの顔から視線を逸らした。

 

「と、とにかく! 無事に帰れたのだからよしとしよう! デッキの構想も固まったのだろう?」

 

 強引に話題を変える彼女に、シラベは脱力してベンチに座り込んだ。

 

「……たく。お前の世話係やるには胃袋がいくつあっても足りねえよ」

 

 文句を言いながらも、シラベはポケットのメモ用紙を確認する。

 

 幸い、必要な情報は手に入った。あとはこれを元に、安いカードを探すだけだ。

 

 しかし、あの時の手応え。いつもの触れ合いとはどこか異なる温かみ。確かな生命の重み。血の通う脈動がそこにあったと、シラベは思った。

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