カスレアクロニクル   作:すばみずる

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97 ボクが教えてあげるから

 少しの待機時間の後。VRグラスの向こう側に、世界が生まれた。

 

 ステージの景色が消え、代わりに現れたのは広大な荒野だった。ひび割れた大地が地平線の彼方まで続き、灰色の空からは腐り落ちた巨木の幹が天を衝いて聳えている。

 

 エインヘリヤル・クロニクルの世界は既に終わった世界での魔術師同士の戦いだ。荒廃している世界こそ相応しいのだと誇示するような光景。

 

 パーティションの外側では、この光景がリアルタイムで投影されている。観客席からは、フィールドの上に異世界が出現しているかのように見えているはずだ。

 

「あーあ、まったく。嫌になるね。こんな世界を作っちゃって」

 

 周囲の景色に呑まれ、対戦フィールドを前にして再び緊張に襲われているクモンの背後で、ノルはぼそりと呟いた。

 

 紙のカードとは全く違う。手札はクモンの目の前に半透明のホログラムとして展開され、デッキは宙に浮く光の束として傍に控えている。触れるべき場所に手を伸ばせば、カードが応えると聞いている。

 

 そこにあるのは借り物のデッキだ。リストは事前に見せてもらったが、自分の手で組んだものではない。カード一枚一枚の役割は頭に入っているつもりでも、手に馴染んでいない不安が指先に滲む。

 

「大丈夫だよ。ボクが教えてあげるから」

 

 クモンの背中に、細く硬い感触があった。ノルの杖がクモンの背骨に沿うように当てがわれいるらしい。彼女の囁き声が耳元に落ちてくる。VR空間の見ているクモンにとっても、何故だか彼女は溶け込んで感じる。

 

 途端。クモンの根本から何かが抜け落ちるような虚脱感と、それを補填するかのように明晰な知覚が流れ込む。馴染みのない筈のカードたちの知識が注ぎ込まれ、血肉となるような感覚にクモンは瞠目する。

 

 対面のヒナタは、VR空間の向こう側で既に準備を終えているようだった。レヴェローズを侍らせたヴェルガラの衣装を着た美女はVRの荒野の中においても一切劣らず、戦姫そのものの佇まいを見せている。

 

 MCの声がVR空間にいる二人へ響く。

 

「それでは──対戦、開始!」

 

 第一ターン。先攻はクモン。

 

 未だ震えが残る指で、最初のカードをフィールドに置いた。

 

「『風のルーン』をセット」

 

 VR空間の地面に、翡翠色の紋章が刻まれた石板が浮かび上がる。風の属性を示すルーンだ。紙のカードでは単なるイラストだったものが、三次元の質感を伴って目の前に実体化している。

 

 続けて、手札から一枚を選ぶ。ノルの杖が背骨を軽く叩き、『それでいい』と合図するように温もりが伝わった。

 

「『森ゴキブリ』を召喚します」

 

 


『森ゴキブリ』

 コスト:〈風〉

 タイプ:生命体

・〈T〉:風属性マナを1点生み出す。

 [1/1]


 

 

 風のルーンからマナが立ち昇り、フィールドの上に光の渦が生まれる。渦の中から姿を現したのは巨大な甲虫だった。

 

 体長およそ二メートル。油を塗ったような光沢のある黒褐色の甲殻。触角が不気味にうねり、六本の脚が地面を掻く音までVRで再現されている。

 

 パーティションに投影されたその姿を見た観客席の一角から、悲鳴が上がった。 虫が駄目な人間にとっては地獄絵図だろう。

 

 だがカードプレイヤーの多くからは、むしろ感嘆の声が湧いていた。紙の上では二センチ四方のイラストでしかなかった生命体が、実物大で動いている。その迫力と技術に対する純粋な驚嘆だ。

 

 関係者席ではキリメが顔をしかめていた。

 

「うげぇ。クモンのやつ、なんてもん出しやがる」

 

 その隣で、ワンピースに顔を半分埋めていた小さな人影が鼻で笑った。

 

「風のルーンからの森ゴキブリなんて昔からの定型なんだから。むしろこういうお披露目の場でやるには最高じゃない」

 

 キリメが思ってもいなかったところから語られ、目を丸くした。先ほどまでシラベに抱っこされて甘やかされていた子供が、突然流暢にカードの話をし始めている。しかもその口ぶりは生半可な風格ではない。昔からの定型、という言い回しには、長年ECに触れてきた人間特有の重みがある。

 

「そ、そうなんだ……? つーか、やっぱり店にいっつもいるだけあってカード詳しいんだな」

 

 ミトラの身体が僅かに強張った。

 

 しまった。思わず反応してしまった。シラベの知り合いの子供という体で通しているのに、初心者丸出しのキリメの反応に我慢が出来なかったのだ。

 

 ミトラはなんとか顔を逸らし、再びワンピースの中に縮こまろうとする。だが、パーティションに映し出されているフィールドの光景が、ミトラの意識を引き戻した。

 

 ヒナタの第一ターン。

 

「『夜風の血印』をセット。ライフを2点支払い、スタンド状態で出す」

 

 


『夜風の血印』

 コスト:-

 タイプ:ルーン

・(〈T〉:闇属性マナか風属性マナを1点生み出す。)

・このルーンがフィールドに出るに際し、2点のライフを支払ってもよい。そうしないなら、これはステイ状態でフィールドに出る。


 

 

 ヒナタの足元に、闇と風の二色を孕んだルーンが刻まれる。その紋章が完成した瞬間、ヒナタの腕から赤い光の粒子が散った。ライフの支払いを演出している。

 

 ライフカウンターがパーティションの隅に表示される。

 

 ヒナタ:20→18。

 

「戦略カード、『矮小潰し』」

 

 


『矮小潰し』

 コスト:〈闇〉

 タイプ:戦略

・生命体1体を対象とし、それのマナ総量が2以下であるなら、それを破壊する。


 

 

 ヒナタの手から闇色の光が走った。VR空間の中で、それは黒い鎖となってフィールドを横断する。

 

 鎖の先端がクモンの森ゴキブリに巻きつき、締め上げ甲殻が軋む音と共に巨大な虫が砕け散った。

 

 破片が光の粒子となって散華していく演出に、観客席から安堵の溜め息が聞こえた気がした。

 

「伝統のカードとはいえ、それはあまり長居させたくないな」

 

 一マナの除去呪文で一マナの生命体を落とす。等価交換だが、相手のマナ加速手段を序盤で潰した意味は大きい。

 

 クモンの表情に悔しさが滲んだ。だが背後のノルが大丈夫だよ、と穏やかに囁く。

 

 第二ターン。クモンの手が、二枚目のルーンを置いた。

 

「『生命孕みの颶風印』をセット」

 

 


『生命孕みの颶風印』

 コスト:-

 タイプ:ルーン

・あなたが基本ルーンをコントロールしていないかぎり、このルーンはステイ状態でフィールドに出る。

・〈T〉:風属性マナを1点生み出す。

・〈2〉〈風〉,〈T〉:あなたがコントロールしているルーン1つを対象とする。それは即時行動を持つ0/0の生命体になり、ルーンでもある。それの上にCCを2個置く。それが死亡したか追放されたとき、それをステイ状態でフィールドに戻す。この能力の起動はあなたのメイン位相としてのみ行う。


 

 

 嵐を内包したような深緑の紋章がフィールドに刻まれる。基本ルーンである風のルーンをコントロールしているため、ステイ状態にならずそのまま使用可能になった。

 

「『野生化した晶隊長』を召喚します」

 

 風が渦巻き、光の結晶が宙に凝集していく。現れたのは、全身を半透明の水晶で覆われた獣の姿だった。四足歩行の体躯は狼に似ているが、背中から伸びる結晶の角が異形の存在であることを示している。

 

 


『野生化した晶隊長』

 コスト:〈1〉〈風〉

 タイプ:生命体

・印装填 ― ルーン1つがあなたのコントロール下でフィールドに出るたび、生命体1体を対象とする。それの上にCCを1個置く。

・〈3〉〈風〉〈風〉:あなたがコントロールしている各生命体の上にあるCCの個数をそれぞれ2倍にする。

 [2/2]


 

 

 まだ小粒だが、印装填の能力を持つ。ルーンがフィールドに出るたびにクリスタル・カウンターが積まれていき、放置すれば雪だるま式に膨れ上がる脅威だ。

 

 対するヒナタの第二ターンは静かだった。

 

「『順風の輪転機』をセット。ステイ状態だ」

 

 


『順風の輪転機』

 コスト:-

 タイプ:ルーン

・(〈T〉:風属性マナか光属性マナか水属性マナを1点生み出す。)

・順風の輪転機はステイ状態でフィールドに出る。

・輪転〈3〉(〈3〉,このカードを捨てる:カードを1枚引く。)


 

 

 三色のマナを生む多色ルーンだが、ステイ状態で出るためこのターンは使えない。ヒナタの盤面に攻防の動きはなく、ターンを返す。

 

 第三ターン。勝負の天秤が傾き始めた。

 

「『万力腕の印兵』を召喚。さらに──『製図台帳』をセットします」

 

 クモンの声に力が入っていた。先ほどまでの震えが薄れている。

 

 


『万力腕の印兵』

 コスト:〈1〉〈風〉

 タイプ:生命体

・貫通

・印装填 ― あなたがコントロールしているルーン1つがフィールドに出るたび、ターン終了時まで、万力腕の印兵のパワーを2倍にする。

 [1/2]


『製図台帳』

 コスト:-

 タイプ:ルーン

・〈T〉,製図台帳を生け贄に捧げる:あなたの山札から基本ルーンカード1枚を探し、ステイ状態でフィールドに出す。その後、山札を切り直す。その後、あなたが4つ以上のルーンをコントロールしているなら、そのルーンのステイ状態を解除する。


 

 

 機械仕掛けの腕を持つ兵士がフィールドに実体化する。ステータスは1/2と貧弱だが、このカードの真価はそこではない。

 

 ルーンがフィールドに出るたびに、パワーが倍になる。出たばかりで動けはしないが、その能力は致命になる可能性が十分高いカードだ。

 

 製図台帳のルーンが置かれた瞬間、万力腕の印兵の機械腕が軋みを上げて膨張した。同時に、並び立っている晶隊長の背中でクリスタルが一つ増殖する。

 

 さらにクモンは製図台帳を生け贄に捧げ、デッキから風のルーンを引き出した。二度目のルーン着地。万力腕のパワーが再び倍の4に。

 

 晶隊長の肉がボコリと盛り上がり、クリスタルがもう一つ増える。そのステータスは合計4/4に成長していた。

 

「動けないのは少しもったいないが、気にせずやってしまおう。」

 

「うん――戦闘。晶隊長で攻撃します!」

 

 ノルに囁かれながらもクモンが指示を出し、水晶の獣が咆哮した。重低音が轟き、結晶に覆われた巨体がフィールドを駆ける。ヒナタの場に生命体はいない。

 

 晶隊長の突撃がヒナタに直撃した。VRの演出がヒナタの周囲に水晶の破片を散らし、ライフカウンターが回る。

 

 ヒナタ:18→14。

 

 観客席がざわついた。開始僅か数ターンで主催者側のヒナタのライフが六割近くにまで削られている。キリメが身を乗り降り出した。

 

「やるじゃん、クモン」

 

 毎日のように対戦を重ねてきたクモンは、こんな舞台であってもきちんと動けている。

 

 キリメはクモンの実力を知っている。気持ちを浮つかせずにいれば、このままの調子を保てるはず。

 

 だがミトラの目は別のところを見ていた。ヒナタの盤面。ルーンは事故の兆候なく二枚出せているし、顔に焦りはない。

 

 この程度のライフ差は承知の上だろう。ミトラも含め、観客のカードプレイヤーは腕を組んで状況の推移をまだ見定める。

 

 ヒナタの第三ターン。

 

「『ひりつく輪転機』をセット。ステイ状態だ」

 

 

『ひりつく輪転機』

 コスト:-

 タイプ:ルーン

・(〈T〉:闇属性マナか風属性マナか水属性マナを1点生み出す。)

・ひりつく輪転機はステイ状態でフィールドに出る。

・輪転〈3〉(〈3〉,このカードを捨てる:カードを1枚引く。)


 

 

 またしてもステイ状態のルーン。だが前のターンに置いた順風の輪転機が、このターンからスタンド状態になっていた。ルーンの印刷を行う輪転機はようやく駆動を開始する。

 

「『遅効性呪縛法』を唱える」

 

 


『遅効性呪縛法』

 コスト:〈5〉〈光〉

 タイプ:呪法

・豊刻印 ― このカードを唱えるためのコストは、あなたがコントロールしているルーンの中の基本ルーンタイプ1種類につき〈1〉少なくなる。

・遅効性呪縛法がフィールドに出たとき、対戦相手がコントロールしていてルーンでないカード1つを対象とする。それを、遅効性呪縛法がフィールドを離れるまで追放する。


 

 

 VR空間の中で、輪転機から吐き出されたルーン文字の用紙が蛇のようにうねりながらフィールドを横断した。先端がクモンの晶隊長に巻きつき、水晶の獣の全身を黄金の光で覆っていく。

 

 拘束。そして、消滅。

 

 光に包まれた晶隊長の姿が、フィールドから掻き消えた。破壊ではない。追放。盤面から完全に取り除かれ、呪縛法が存在する限り戻ってこない。

 

 コストは本来六マナだが、豊刻印の効果により、ヒナタがコントロールするルーンの基本タイプの種類数だけコストが軽減される。輪転機が並んだヒナタの盤面なら低マナで唱えられる。

 

 クモンの盤面から、成長の核が消える。パーティションの映像を見ていた観客席の空気が変わった。さっきまで小学生の善戦に湧いていた歓声が、ヒナタの的確な一手によって引き締まる。

 

 クモンの顔に動揺が走った。だがノルの手が少年の肩に触れ、何かを囁いている。クモンは唇を結び、手札に目を落とした。

 

 第四ターン。クモンの反撃。

 

「『新たなる結晶国獣』を召喚します」

 

 フィールドに、新たな結晶の獣が降り立った。晶隊長とは異なりより大型で、全身が結晶で構成されている。

 

 


『新たなる結晶国獣』

 コスト:〈2〉〈風〉

 タイプ:生命体

・貫通(攻撃しているこの生命体は余剰の戦闘ダメージをそれが攻撃しているプレイヤーに与えることができる)

・この生命体はCCが1個置かれた状態でフィールドに出る。

・印装填 ― あなたがコントロールしているルーン1つがフィールドに出るたび、この生命体の上にあるCCの個数を2倍にする。

 [0/0]


 

 

 0/0のステータスだが、出た時点でクリスタル・カウンターが一つ。実質1/1だ。

 

 だがこの獣もまた、印装填を持っている。その効果はカウンターの倍加。

 

 ヒナタの表情が険しくなる中、クモンの行動は続く。

 

「『儚い透過印』をセット」

 

 


『儚い透過印』

 コスト:-

 タイプ:ルーン

・〈T〉,このルーンを生け贄に捧げる:あなたの山札から基本ルーンカード1枚を探し、ステイ状態でフィールドに出す。その後、山札を切り直す。

・〈T〉,このルーンを生け贄に捧げる:パワーが2以下である生命体1体を対象とする。このターン、それはブロックされない。


 

 

 ガラスのようなルーンが着地する。万力腕の印兵のパワーが倍加し2に。結晶国獣のカウンターが倍加し、2個になる。

 

 さらに透過印を生け贄に捧げ、デッキから風のルーンを引き出される。二度目の着地。万力腕のパワーがさらに倍の4。結晶国獣のカウンターが再び倍の4個。

 

 たった一ターンの間に、3マナ相応の性能である4/4にまで膨れ上がった。

 

「万力腕の印兵で攻撃します!」

 

 機械仕掛けの腕が唸りを上げる。VR空間の中で、鉄の拳がフィールドを駆け抜け、ヒナタに叩きつけられた。

 

 ヒナタ:14→10。

 

 ライフは半分を切った。観客席の熱量が上がっていく。カードゲームに詳しくない来場者にとっても、数字が減っていくことの意味は直感的に理解できる。

 

 美人社長が小学生に追い詰められている。その構図だけで、エンターテインメントとして成立していた。

 

 だが戦いを知るカードゲーマーたちの見解は違う。ヒナタの手札。ヒナタの盤面。ヒナタの墓地。そしてヒナタの表情。

 

 追い詰められている人間の顔ではない。なにより、四属性を擁するデッキの立ち上がりの遅さは、そのまま高い爆発力を意味する。

 

 ミトラはじっと、ヒナタを見つめていた。

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