異世界に行きなさい。己の全てを犠牲に。 作:唯一神
『亜人種』……ゴブリンに代表される、人ではないと共通認識によって認められている種族たち。
その者たちが今、一斉に戦っていた。
「死ぬ痛みをたっぷり味わえ……これからお前の親兄弟、親族すべてを殺すんだからな。」
初めは、養殖施設で働いていた職員によって幇助された反抗だった。
残機を増やすために、効率的に殺されるゴブリンという種は権力者によって常に捕獲されてきた。野生のゴブリンが歩いているという光景は絶えて珍しい。
養殖施設の中でゴブリンは知恵を習得した。徹底的な『無知化』による知識の断絶は深く、永久的にゴブリンたちは無知なままに行動し、それによって亜人種は野蛮であるという印象を与え、人々の心情を操作する。
ヒューマン至上主義に溢れた者によって死ぬゴブリンたちという光景は養殖施設の中でよく見られたもので、効率的に殺せるように"工夫"が随所に施された。
「屈辱というものが、俺たちを育てた!」
「今こそ殺戮の時!ヒューマンどもを地上から駆逐しろ!」
ゴブリンたちは数が極めて多い。植物と同じように雌雄同体であり、男も女もないからだ。
しかし大陸全体は戦乱の世。残機の需要が急増したため、ゴブリンたちは死ぬこととなった。
そんな理不尽を受け続けたゴブリンたちの中に……『転生者』がいた。
リーダーゴブリンの言葉は、"他者を従属させる"能力を持っていたのだ。
この能力を使い、ゴブリンの集団の中で王となった。
制約も特になく、そして自らが受けたあらゆる傷は従属させた存在に転嫁されるのだ。
それは死すらも同じで、何百年と殺され続けた転生者は発狂したが、狂うことさえできずに永劫の世界を漂い続けている。
まあ、そのような経緯はどうでもよく……大切なのは、反抗を主導した種族が『ゴブリン』であったということだ。無知で凡愚な亜人種という印象を崩したくないがために多数の武器が送られたが、それすらも吸収した。
徹底的に戦い方を教え、リーダーは急速にゴブリンという種の実体を巨大化させた。より強く、より豊かに。
「ウオオオ!この場所をとにかく破壊しろー!」
養殖施設のあちこちからは悲鳴が覗き、次々と職員が死んでいく。万が一の反乱を防ぐために魔法を使うことができない職員ばかり集められた養殖施設は、組織的抵抗ができずに落ちた。
12,365体のゴブリンは次々と押し寄せ、部屋に立て篭もる職員を執拗に狙う。だが、そんな守りに入った職員たちも数の前には敗北し、死んだ。
■
ある部屋の中で、その者は『創造』していた。次々と生成されていくのは、とある液体である。薬効成分があり、鎮痛薬として極めて有効だ。
香辛料貿易をたった1人で破壊して莫大な富を築き、ニッケル合金を作り出すことによって銀本位制が密かに崩れていった。
世界の富が、たった一人の力によって集中したのだ。
「そろそろ期日が近づいてきた。頼むよ、"次の僕"」
その者は銃を持ち、自らの頭を撃ち抜いた。
残響が空間の中に響く。とても殺風景なプレハブ小屋だが、確かな富を感じさせた。
部屋に置かれていた銀のインゴットは酸化して黒くなっているが、中身まで全てが純銀。
そして死体は喉から次第に灰に変わっていき、崩れた。
灰の山の中から出現した能力玉は虹色に光り、とても美しい極彩色の球体となっていた。
それを、指名された個体が触る。
「ああ、わかったさ、テセウス5。」
「今日から僕が、本当に君と同じになる。」
銃を拾い上げた『能力者』によって、選ばれなかった個体は撃たれて死んだ。灰にはならずにそのまま死骸となったが、残機を持ちえないためだ。
この、『テセウスシリーズ』たちの制作時期は今から1ヶ月ほど前だ。なぜならその方がメンタル面で健康を保てるからだ。
オリジナルは死んでいるが、創造の能力を受け継ぎ、そして部分的とはいえその時点までの記憶を全て持った偽物が誕生する。
これをオリジナルとは呼ぶことができないが、能力と記憶が同じなら自己同一性は自分が何人いたとて保てる。
能力がないのならその者は、"まだ自分ではない"。
そのような精神性を全てのテセウスシリーズたちが持っている原因はオリジナルの性格だ。記憶を引き継ぐため、性格もそっくりそのまま受け継ぐ。
しかし、それは自己ではない他人にも使えるようで……
「おい、この薬ちょっと貰ってくぜ。」
「あ、俺も頼む」
とてつもない速さで、液体が詰まった瓶を積んでいく者たち。彼らは、テセウスの2号がかつて作った自分のコピーたちだ。
「じゃあまたねぇ〜!」
軽快な声で去っていくコピーたちは、オリジナルと同じ記憶を有している。それは出会った3年前のリーダーと同じ記憶を有しているが、全員がオリジナルとは違う精神性を有している。
記憶は同じなら精神は同じになる。だが、その後の体験があまりに違うと精神性も柔らかいものに変化するのだ。
人というものは極めて難解だが、これはこういうものだ。
価値観を覆す裏切りや、味わった苦痛の記憶を克明と有しているのはコピーもオリジナルも変わらない。
だが、人生を謳歌したコピーと、常に破壊工作をしていたオリジナルとでは精神性が大きく変わる。
「効率がいいなあ、クスリを売って金稼ぎってさ」
麻薬密売組織として水面下で急速な拡大を見せた。その根拠となる能力は『創造』だ。
合成麻薬という存在を作る科学力はこの世界にない。
魔法はあれど、ヒューマンや一般的な転移者は使えない。
つまり、魔法なしの化学などを使って工夫する必要があるのだが、それらをスキップするのがこの創造という力だ。
物体を生み出す能力だが、できる範囲が広すぎて実態は謎が多い。
設計を知らなくとも機関銃などの複雑なものが作れる上に、弓も銃もなぜか無限に撃てる機能が1%の確率で勝手に付く。
そして空中には作れないものの、開けた場所なら地平線まで創造が届く。
物を出す時は一瞬。1日に『1種類』のものを100回作れる。
この種類というものがざっくりしていて、とても便利。
病気を治す薬と指定すれば、対象に合わせて効能を変える謎の液体が瓶付きで出現し、ワクチンとだけ指定すると抗生物質やら注射器やらが1人分出現する。
しかしこういったものは1回につき1つしか基本的に出ないが、『武器庫』を指定することにより武器が実質的に大量の種類で出現する。しかし、『弾薬庫』も作らなければいけないのでこれは難しい。
が、創造したものは自らの意思以外で消えない。オリジナルはもう居ないので能力を受け継いでも消去機能は受け継げなかった。
「まあ道徳とか気にするとダメだろ、そもそも全員コピーだしなあ。しかし、この世界は価値観が違うのにそこまで正気を保ってるのは凄いねえ。」
テセウス6が褒めながら、創造を続ける。
どんどん積み重なる荷物たちは、この後にやってくるコピーたちのためのものだ。
「確かに?」
「ま、俺はちょっと外商が来るから戻るわ」
そう言いながら、風がテセウスを引き寄せるように流れた。
ブォン、と一瞬の音の後に、先程までいたはずのリーダーのコピーは、ワープしてプレハブ小屋から跡形もなく消えた。
能力玉が創造でも作れないため大多数のコピーは、能力を持たない。しかし、こうした重要なコピーには能力が宿っている。
この能力はワープではない。正体は空間の切断であり、空間を斬ることができる不可視の刃を出現させるものだ。
この刃は壊れることがない。だが、1本しか出せず、出し入れするのに3日かかるという弱点がある。
しかしそれを除けば制限は『無い』。
どのようにすればワープになるのか……それはとても長い話になるので辞めておくが、簡単に言えば出口と入口の間に存在する空間を斬ることでワープ的な挙動を実現する。
■
枯れた葉がすっかり落ち、雪が見え始めていた。
「へい、そこのキャラバン?俺が護衛してあげるよ。この街道を使うのもいいけれど、俺がいた方がもっと安心安全だぜ?」
このような事を言い、近寄る者がいた。
一人でキャラバンの後部の後についていき、行脚する八足馬の行商馬車の荷台に入った。
「お代は無くてもいいぜ?俺の慈善事業だからなあ。」
「こんなにも力が強いんだぜえ?俺様はよぉ!」
石と石をぶつけ合い、両手の間に挟まれた石は哀れ無残。
8つほとの破片に砕け、パラパラと木の葉の上に散った。
(おい、さっきの言い方だと威圧感を過度に与えるだろう)
(山賊をする時にはまず商品を傷つけないもんだ。)
(下手くそすぎるだろ……オリチャーやって上手な出来栄えになるのは熟練者だけだ。)
(料理が下手なやつに送るアドバイスは料理本を忠実に再現することだ、と言うじゃないか。なぜ文言を変えた?)
(これだから野蛮なヤツは困るなあ……)
(あのさあ、少しでも考えればそんなこと──────────
風が吹き、盛り上がった木の葉の一部が剥がれた。
その中に一瞬、何者かが見えた気がした。
(視界の端に今、何か映ったな?撃て。さっき凍結した池を割ったのを見ただろう?)
(武器を有効活用しろ。疑わしいところにはまず銃弾を撃ってだな……弾数が無限なんだから制圧射撃し放題なんだよ。お前も見ただろう?)
(下手くそな照準でも多少なんとかなる。アイアンサイトを使え、目測で敵との照準をするな。脇を閉めろ、荷台にバイポッドを立てろ、そうだ。そのままだ。いいか撃て!考えるな、撃て!)
「ああもううるさいなぁ、分かってるよ!」
軽機関銃の弾が殺到し、茂みの中にいた伏兵はあまりの激痛に叫んだ。
反動は荷台に逃げ、積まれていた箱は多少歪んだが、エンボス加工の木箱のため壊れることはなかった。対角線上に補強材が付けられている直方体は、しっかりとした耐久性のある木箱であることを直感させるだろう。
ガガガガガ、と放たれた弾の雨はほとんどが縦にバラけ、バイポッドが木箱から離れる。
「うーん、肩が壊れそう。」
「どうやってあんなに連射してたんだ?」
(フルオートで制圧射撃をするな、あれは300m以内の至近距離だったから俺はフルオートで軽機関銃を撃ったんだ。速射が基本だぞ?銃口がブレるじゃないか)
(当たった弾がほとんど無いじゃんね)
圧倒的な破壊を見せつけられたキャラバンの一人。商人が荷台に向けて話す。
馬車には背部に換気口が着いており、それが結果的に声を届かせるのだ。
音に驚いた八足馬を制御しようと御者が手網を握り、静止した。
「おおっ!なんて破壊力……あなた様は頼りがいがありますね!」
「いやあ、なんとも素晴らしい力でございます。」
その言葉を聞き、満足そうに頷きながら、街道の護衛は俺に任せろと言わんばかりに大袈裟に反応した。
「ああ!凄いだろう?この武器は。何百人が来てもへっちゃらだぜ!」
■
大量の砂糖細工が街を覆っていた。
精巧な蝋人形かと思えば、それらも全てが砂糖。
実寸大で、街を時間を止めてカメラで切り取ったような生き生きとした表情の砂糖の塊たち。
それらは全て、『チート能力』と共通して呼ぶ能力によって作られた。
「ああ。またやらかした」
砂糖細工の街で、財布から紙幣や硬貨を抜き取っていく。能力の影響範囲の中と外、ちょうど境界線上にいた人々は自重で砂糖に変化した部位が崩れて死んだ。
オレンジジュースが血液と同じく血管にあり、それは正常な部位に流れ込んでいた。
いくら出血しようとも、明るいパステルカラーの飲み物に変わる。
綿あめの脳みそはオレンジジュースの脳脊髄液で溶けていき、思考さえ出来ずに砂糖細工の人間たちは頭から崩れていく。
うずまきの模様が着いた飴の木に、クッキーとチョコレートに変化した家々。
自分以外の全ての物体をお菓子に変えてしまう能力は、とてもではないが制御ができない。
何かを能力の影響下に置きたいと思考が誘導される。精神力の欠けた人物だと能力に影響を受けてしまうのだ。
「どうして……」
ココアミルクの川に、じわじわと溶けながら流れていくマシュマロの魚たち。
全てが影響下にあり、無差別な効果を齎した。
甘ったるい空気に、味覚と嗅覚が麻痺しそうになる。
平和に暮らしていた人々は死に絶え、街の全域が砂糖に包まれた。
それは生命だけでなく、建物すらも変化していった。
煙突暖炉の中にいた人間は、綿あめの煙とビターチョコレートの煤だらけになって落下した。
赤色のグミが黄土色のゼリーに乗っていて、クッションにはなったものの砂糖細工には厳しい衝撃だった。
崩れて崩れ、砂糖の山として既に姿を変えた。
どうしてこのようなことになったのかと嘆く能力者は、自らの能力を自覚していた。
しかし止められるかは別問題。自制心だけで止められない。
それほどまでに過ぎた力は、人の身の丈に合っていない能力なのだ。
うまく演出して大衆に知らしめれば、神の所業として聖人になれたかもしれないが……そのような事は、もはやできない。
不可逆的な死をプレゼントするお菓子化は、食べるものがいなかった。
鳥も虫も、いない。
それにどれだけ時間が経っても腐敗することは無いのだ。