Persona〜Sleep of Rebirth 作:氷室狼
「ぶっ壊せ⋯ジャバウォック!」
その叫び声と共に遥の両手剣は赤々と燃え上って消失し、赤い二足のドラゴンとして顕現。
更にそれが翼を広げると同時に熱波を周囲に拡散、瞬く間に近くで凍結していた歩夢やアイリスの氷を溶かしていく。
「良い気分だぜ、今まで溜まったフラストレーションを纏めて返してやるよ!」
それを見て新たな敵が現れたと思った近江二等海曹の変化したイージス艦のシャドウは、何度目かの氷塊を上空に発射して降り注がせる。
だが、遥のペルソナ…ジャバウォックは自らの頭上に降ってきた氷塊を安々と片手で受け止め、そしてお返しとばかりに投げ付けて艦首に命中、乗っていた正帽を弾き飛ばした。
「軽ぃんだよ、何もかも。一丁前に艦長の正帽被ってテメェの力で船一隻動かした気になって、結局やってんのは部下イジメとか、下らねえ夢見てんじゃねぇよ!」
そして跳躍したジャバウォックは低空飛行しながら肉薄して氷に覆われた艦首を爪で一閃、氷を一瞬で破壊して頭部の部分にまで切り傷を付けるも、瞬く間に傷口を氷で覆っていく。
しかしジャバウォックはそのまま口から火球…アギを放って再生を阻止。
「つーっ、何か覚醒しちまったか?」
「みたい…デスね…。」
その様を何とか立ち上がりながらモルペウスでディアをかけた歩夢と、かけられたアイリスが眺めるも、もはやそれは遥とジャバウォックの独壇場であった。
相手のシャドウは間違いなく硬い上に氷で更に護りを固めるタイプなのだが、ジャバウォックの破壊力がそれを上回っている為に防戦一方を余儀無くされ、氷で防ごうにもジャバウォックの火球がそれを許さない。
「その汚え面、引き剥がしてやるよ!」
そして何度目かの交錯の後、遂にジャバウォックの爪が艦首部分に深々と刺さり、そのまま渾身の力を込めて顔部分を剥がそうとしていく。
しかし相手シャドウも必死に力を込めてそれを防ごうとして拮抗。
「はっ、全部寄越してこんなもんかよ?まだ本気出せるよな!」
が、決死の抵抗で何とか拮抗した所に、遥の感情の昂りに反応してジャバウォックは無意識の内に攻撃力上昇系の補助スキルのタルカジャを発動、赤い光を纏いながら元々高い攻撃力を更に跳ね上げて強引に近江二等海曹の頭部部分を引き千切る。
明らかに肉などが千切れるような嫌な音がしながらも、顔部分が剥がれた所からは血とも燃料ともつかぬ液体が絶え間なく流れ出していた。
しかし、それでもシャドウは尚も動こうとして無くなった顔の部分すら凍結させて治そうとする。
「エグいな…。」
「ちっ、まだ動けんのかよ。やれ、ジャバウォック。」
が、ジャバウォックは無慈悲にも剥がした顔部分を放り投げながら再度爪で艦首を切り裂き、液体が溢れ出た所にアギで点火。
直後、燃料は爆発しながら大炎上して近江二等海曹のシャドウを撃破したのだった。
それと同時に、周囲を覆っていた冷気が急激に去っていく。
「へっ、ざまぁ…みろ…って…。」
そうしてそれを見届けた遥だったが、それと同時に緊張の糸が切れたのか急激な疲労状態になって座り込む。
「何か…滅茶苦茶疲れた…力が入んねぇ。」
「ペルソナ召喚したてで思いっ切り飛ばし過ぎたんだな。おかげで助かったが。」
「あれほど使ったら、多分私でも疲れマス。」
「アイツがしぶと過ぎたんだ…って!?」
相当窮地ではあったものの、まさかの瀬戸際での遥のペルソナ覚醒という事態によって助かった事に安堵する三人だったが、いつの間にか眼前には倒した筈の近江二等海曹のシャドウが人型に戻りながらも横たわっていた。
「テメェ、しぶといにも程が…!」
「ははっ、もう指一本動かせませんよ。」
「あぁ!?トドメ刺してやろうか?」
「それも悪く無いですが、少しばかり私の独り言でも聞いてください。」
そう言いながら横たわって空を見るシャドウだったが、既に存在が不確かなのか半透明になってきており、全身で息をしている事から虫の息なのは確かだった。
しかしその目はシャドウ特有の金色ながら憑き物が落ちた様子。
「こう言ったら何か言われるでしょうが、私が"教育"した奴も新兵イジメをやってたのですよ。勿論最初は口頭注意で、それで止まないから更にも上には報告したんだが"教育担当のお前に責任がある"って言われたら何としても止めるしか無かった。」
「やり方が悪かったな。」
「今考えればやり過ぎたかもしれない。が、解せないのは奴は"こんな所じゃなくても俺は仕事出来ますから"とかほざきやがりましてね、流石に手が出ましたよ。」
「あー、そりゃ一発殴りたくなるのも分かるな。テメェは何のためにその制服着ることを選びやがったってな。」
「それだけでは腹の虫が収まらなくて、ネット上の復讐代行サイトとやらに書いてしまいまして。色々取り引きした結果がこのザマ。奴は自殺未遂をやらかし、私はサイト管理者に詰め寄ったら代わりに職を用意すると言われた。」
それは同情は出来ても同感は出来ない述懐。
被害者が加害者でもあり、加害者が被害者でもあった哀しき現実だった。
シャドウなので正確には本人では無いが、それでも本人の記憶は全て持った影である以上、それは聞くに値する情報。
むしろ剥き出しの本音である以上は本人よりも信憑性がある。
「サイト管理者って、さっきの女か?」
「そうだ、だが相当アレだとは思っていたが彼処までアレだとは思いませんでした。組む相手を…間違えた…フェ…ノー…。」
そしてそこまで喋った所で力尽きたのか、近江二等海曹のシャドウは霧散して消えて行った。
かくして、それと同時に付近一帯を強い揺れが襲う。
「何だぁ!?」
「此処の主が消えたから、此処が消えるんだよ。サッサと脱出するぞ!」
「立てマス?」
「何とか…な。」
何とか崩れ落ちる世界を走って入口まで戻ると、既に外は夕暮れ時。
「はぁ…前にも増して疲れた…。早く帰りたい、明日水曜だから七時間授業だしさ…。」
「水曜!?土曜日じゃねぇのか!?」
「異常高温が発生シタのが13日なので、土曜日から中に居たみたいデスね。」
「うげっ、色々面倒くせぇ…。てかいつの間に俺はこんなの着けてた?」
そう言って遥が自らの右手を見ると、その中指には紫色の蝶をモチーフにした指輪。
「あー…夢の世界とやらのフリーパスみたいな物だな。」
「そうなんデス?」
「漢文か何かで胡蝶の夢ってのがあったから、蝶は夢と親和性高いんじゃないか?」
「漢文とか知らねぇよ!とりあえず腹減ったから飯だ飯。確か近くにカレー屋あったな。」
遥の提案により、色々あって疲弊した事もあって三人は近くにあるカレー屋に。
「んー、面倒だからメガの特盛りだ。」
「メガって全部乗せ…流石に無理だから野菜カツカレーで止めとくか。早めの夕食みたいなもんだし。」
「ビッグチキンカレー、盛りでお願いしマス。」
「え?」
食券をそれぞれ買うも、食べそうな遥はともかくもアイリスまで歩夢より大量のカレーを注文。
因みに他の客を見ると、近くに海上自衛隊基地があるせいなのか自衛隊員っぽい人もチラホラおり、そのせいなのかカレーの量は結構多め。
「今日は父も母も帰りまセンので、少しばかり多く食べマス。」
「お、おう。」
「盛りなんて多くねぇだろうが。」
そうして持ってこられたのは、メンチカツ・チキンカツ・ハンバーグ・そ〜せ・コーン・ポテトサラダがドカンと盛り付けられたメガカレーの特盛りと、ご飯部分を覆う程の大きめのチキンカツが乗ったチキンカツカレーの盛り、そして通常サイズのメンチカツが乗った野菜カレーの並。
並でさえチェーン店の盛りサイズなので、盛りや特盛りの量は推して知るべし。
「で、あのクソ女はあの後見なかったが、サッサとトビやがったんだろうな。」
「同じペルソナ使いなら確かに内部で色々出来るだろうが、結局何がしたかったんだ?」
「分かりまセン。ペルソナ使いという物は、その者の善悪には関係無いそうデス。」
「チッと冷静になってみれば、あのバカ野郎も色々あっただろうしな。最後にフェノーとか言ってたが、アレは何だ?」
「知らね、復讐代行サイトとかの名前か?」
「ペルソナ使いが夢の世界に入れる事を利用シテ、良からぬ事をしてるなんて許せまセン。」
「こっちは個人的に許せねぇ。次に会ったら鼻っ柱を叩き潰してやるあのアマ。」
しかしカレーを食べながらも、父親の職場を汚されたと感じていた遥と、ペルソナ能力を悪用していると感じていたアイリスには別ベクトルの憤りの表情が浮かぶ。
「しかし、代わりの職を用意するとか言ってたのは気になるな。ブラフだった可能性もあるが、個人ではなく組織的犯行グループの一人なのか?」
しかし、憤りに燃える二人とは対象的に歩夢は考察の方にウェイト。
そもそも力があったら悪用する奴らが半分はいると悟ってしまってるのもあるが、官僚思考なのか利益にならない事を人は進んでやらないという前提があるので、何某かの行動に利益を伴った理由を考えてしまうのだ。
「そう言えば、例のイジメ問題で市が裁判費用を持つらしいが知ってるか?」
「あぁ?んな事知らねぇよ、なんで他人が裁判の金出すんだよ?」
「何かあるんデス?」
「いや、知らないなら良い。」
そうして、何とか野菜カツカレーを食べ終わった歩夢は額に手を付けながら溜息。
それはこれからを考えた時、純粋なお人好しタイプなアイリスに加えて直情型っぽい遥を御すのが大変そうだという物から。
何故ならこれまでこの方、歩夢の周りからはそういうタイプが排除されて来た為で、どう接すれば動いてくれるかイマイチ分からないのだ。
「さてと、そろそろ帰るか。」
かくして全員食べ終わった所で、後はバスに乗って帰る事に。
だが、何故か同じバスに遥も乗車。
「こっちなんデス?」
「引越し先がこっちなんだとさ。何でも元公務員宿舎なマンションらしいけどな。」
「元公務員宿舎…ねぇ…。」
その時点で歩夢は嫌な予感がしたが、それはジュネスマリンタウンで二人と同時に遥が降りた事で半ば確信に変わった。
「…なぁ、一つ聞いて良いか?」
「なんデス?」
「何でお前ら、ここまで俺の前歩いてんだ?」
「だって私達、此処の住人ですので。」
そうアイリスが言って指差したのは、ヤマト東二丁目の48階建てのタワーマンション。
「は?お前らも此処なのかよ?」
「正確には今月始めカラ…。」
「先週土曜日からだな。此処って事は、どうせ学校も第三だろ?」
「マジかよ…。」
以降は何かを言おうとして何も言えなくなったが、とりあえずエレベーターに乗り込んでボタンを押す。
「確か11階だった。」
「へいへい。13階で良かったよな?」
「はい、そうデス。そちらは42階なんデスね。」
「42階!?どんな家だよ!?」
「つまらない御役所人間の家系なんで。」
途中で階層について突っ込まれるも、其処は軽くいなしておく。
とはいえ、アイリスは特に気にしないのか分からなかったのかは判別出来なかったが、遥はこの手の階層ヒエラルキーは理解出来るタイプと言うのは把握したが。
「じゃ、明日な。」
そうして、とりあえず戻ってからは宿題やら何やらを片付けていったが、そこでふとポケットに入れっぱなしだったトンボ玉を思い出す。
「そういやコレはこっちに持ってこれたんだな。」
基本的に夢の世界の物は持ってこれないと思っていたし、向こうで着ていた自衛隊の制服も出た時には消えていたのだが、このトンボ玉だけは何故か持ってこれたのだ。
戻るときもついでに落ちてたのを拾って大小様々なトンボ玉12個となり、何だかんだで一番大きいのは宿舎の一階にいたシャドウが落とした物。
「…売れるのかコレ?」
かくして現金な思考から調べてみると、中古でも一個あたり千円くらいは固く、一番大きいのはアンティークな模様が入っているので数千円クラスにはなりそうとの事。
使える金は多くとも自由に使える金は無きに等しいので、礼歩の監督下にないポケットマネーが欲しいと言うのもある。
「ちっ、18歳未満は保護者の許可が必要か。」
とはいえ古物営業法によって未成年は中古品として売れない為、ある意味で宝の持ち腐れ。
かと言って誰かさんに許可を貰うのも、それはそれで出処を言わされるのが容易に想像出来たので、極めて面倒ではある。
「まぁ良いや、とりあえず寝よ。」
かくして、色々と考えるのも面倒なので後はシャワーだけ浴びて寝たのだった。
尚、ベッドに倒れ込んだ直後に、明日の弁当の事を完全に忘れていた事を思い出したりしたが後の祭り。
「ふぁーあ、7時ジャスト…ちと寝ちまったか。」
そして気付けば朝、ベルベットルームとかいう件の夢を見ると思ったがそんな事は無く、普通に起きて普通に朝食を取り、ゴミを下に持って行って登校。
そうして外に一歩踏み出した時…
「鳴海様、こちらに。」
「調べ物をしていたら寝過ごしちまったから急げよ。」
出た斜め前方に見えたのは、外車に乗り込む制服を来た長身の青年。
車に乗って通学などは金持ちには珍しくもないのだが、その顔と声に歩夢は見覚えがあった。
「確か、土曜日の…。」
此処に来た日の買い物の時、何人かの取巻きを連れていた学生が彼。
その時に特徴が容姿だけだったら忘れていただろうが、男の癖にキツい香水を着けてたので記憶に残っていた。
「全く、どいつもこいつも面倒な奴らばっかりこの建物には居るな。」
その面倒な奴らに自らが入っている事を自嘲しつつも、昨日よりも早めに登校して下駄箱の近くにある弁当注文の所にクラス名と名前を書いておく。
金持ち学校故なのかキャッシュレス支払いに対応してるのは流石だと思ったが。
「500円くらいは仕方無いか。」
多少並んで弁当の種類を書き終わったら、そのまま二階の2A教室に座りながら欠伸してると、何事も無かったように後ろの席にアイリスが座る。
「おはよう御座いマス。」
「おはよー。」
「今日はどうしマス?今の所は特に異常も無いみたいデスが。」
「何も無いなら、今日は野暮用突っ込むんでフリーって事で。」
「そうデスか…遥さんは2Dに編入らしいデスよ。一応私達が2Aだという事は伝えまシタ。」
「2D…って事は理系って事か。」
ヤマサンことこの学校は一学年8クラスあり奇数は文系、偶数は理系となっている他、AとBはそれぞれ文系と理系の特進クラスとなっている上に、実技教科ではA組はB組と組むので休み時間以外では会うこともない。
とは言え、歩夢には一限目が終わった後に駆け込んで来そうなのは想像出来た。
そして、それはその通りになる。
「オエェ…何だよ滅茶苦茶変わったねだとか、キャラ変わっただとか、俺はお前ら知らねぇよ!」
「あー、やっぱりそうなったかぁ。」
「やはりペルソナ使いにはこの手の効果が無いのでショウか?」
「まぁ、シカトするしか無いな。」
一限目が終わったと同時に、顔色を悪くした遥が二人の元に愚痴に。
何でも昔は深窓の令嬢みたいだったとか言われたらしいが、本人曰く中一ではもう身長176cmあったからそんな訳ないとの事。
とは言え、そんな愚痴を聞きながらも歩夢は制服着用の遥に対し、灰色のカーディガン着用のブレザー前開きスタイル、スカート長めと本人なりにアクセント効かせてたが、後ろから見ると男子が女子の制服着てるみたいだなぁと思ってたが。
「てか、親父も微妙に変だったな。まるで後から来て昨日到着したみたいな感じに言われたし。」
「親だろうがお構いなく染まるのか。そりゃ家に居辛そうだ。」
「歩夢さんは親と同居してないんデス?」
「親父は海外出張、最近初めて知った叔父の隣の部屋で実質一人暮らし。」
「42階だったよな?一人暮らしにしては奮発し過ぎじゃね?てか叔父も金持ちか。」
「金出すのが親心だと思い込んでる人種だからな。今となっては気楽だと判明したが。」
「えーっと、失礼デスが御父様や叔父様のご職業って…。」
「親父は外務省の官僚、その従兄弟が此処の市議会議員だとさ。だからアホほど家賃を割り引きされてる。」
「…マジかよ…水戸黄門の紋所見せられた気分だぜ…。確かに俺の所も自衛官だからって家賃割り引きされてるけどさ。」
そもそもヤマサンは金持ち学校、その中でも海上自衛隊の一等海佐やら研究所の主任研究員はヒエラルキーとしては高い。
だが給料の高低さとは別として、政治系の家に居ると言うのは旧家の出自と同じように別格の扱いなのだ。
「先日、市政に詳しい方が近くに居るって仰ってまシタが、もしかして…。」
「親父の従兄弟の市議会議員、ぶっちゃけ見た目はピザデブ。校長と教頭が顔見せで低頭平身になってたくらいだし、コネ欲しい奴らに擦り寄られたら鬱陶しいから他の奴らに言うなよ。」
「お、おう…。じゃあ…戻るか…。」
そして唖然としながらも遥は2Dの教室に戻っていき、後は粛々と授業を受けて長い七時間授業は終了。
「つー、今から戻って5時だから何とか間に合うか。」
「何がデス?」
「市役所行って市バスの割り引きパスの申請。今日は6時まで市役所やってるらしいし。216円の所を100円で乗れるのは結構デカいからな。」
「そんなのがあるんデスね。ご一緒しても宜しいデスか?」
「まぁ…止めはしないけど。」
そうしてサッサと戻って私服に着替えてからエレベーターホールに戻ると、何故か其処にはアイリスのみならず遥の姿も。
「市バスはどうせ使うし、安くなるなら早く言えよ。」
「へいへい…身分証明と印鑑は忘れるなよ。」
確かに自衛隊基地に行くのは歩いてだとそこそこ掛かるので、市バスの方が楽ではある。
かくして、何だかんだで三人でジュネスマリンタウンから出ているヤマト市循環バスでヤマト市の北側にある市役所前へ。
「北側は雰囲気違うな…明らかに役所街って感じじゃねぇか。」
「確か私の父母の研究所も北側でシタ。」
「行政施設は一箇所に固めるのが通例だからな。」
そう言いながらも歩夢が気になったのはやたらと美術的な価値を持たせた高層の市役所でも、その近くの各行政施設でもなく、市役所に隣接している市立高校。
「ヤマト市立第一高等学校…こんな所にも高校あるんだな。」
「私達の所が第三なので、第一と第二はあると思いマスが?」
「市役所の隣だから、コッチも金持ち学校…って感じじゃねぇな…。」
「ああ、この雰囲気はこういう事だな。」
気になったのでスマホで調べてみると、ヤマト市には四つの市立高校が存在し、その中でも第一は偏差値72という超進学校。
第二は体育会系と銘打ってるが実際は偏差値50を割り込み、金持ち学校の第三が偏差値63、第四は自称芸術系で偏差値55とある意味で属性と偏差値が割り振られていた。
「偏差値72って、宇宙人な奴らだな。」
「模試などで全教科平均が95点くらい…でショウか?」
「流石に少し厳しいな、それは。」
「少しかよ!?」
出来ないとは言ってないが、それでも相当なレベルであるのは確か。
だが歩夢が目を付けたのはそこでなく、土曜日及び今朝いたチャラい男が着ていた制服が、この第一高等学校の物と一致していた為。
「はぁ、面倒くさ…。」
「どうかしまシタ?」
「いや、何でもない。」
あんなのが超進学校にいる事に神の不在証明を脳内で打ち立てるも、それはそれとしてとりあえず目的である市役所の方へ。
「住民票と照合して参りますので、暫くお待ち下さい。」
手続き自体は非常に簡易的な物で、書類に住所と氏名と生年月日を書いて押印した後に、身分証明と一緒に窓口に出すだけ。
「デポジット代として500円頂きます。それと、今ここでチャージされていきますか?」
「とりあえず千円で。」
手続きその物も10分かそこらで終わり、その後は再び循環バスに乗って駅の西側地域へ。
「こっちはこっちで雰囲気が全く違うな。悪く言えば寂れてるのかもしれないが。」
「何か所かシャッターが閉まってマス。」
そこにあったのは、少しばかり古い情緒の感じられる商店街。
そんな所で一番大きい建物がパチスロだという時点で、さもありなんという感じではある。
「チッ、湿気てやがる。」
だからこそ、そんな場所で明らかにガラの悪そうな男がパチスロから出て来ても、別に何時もの光景だろうと思っていた。
が、それが明らかに車の通らない車道を横切ってまで三人の方向に向かってきた時は、遥と歩夢は警戒。
そして、やはりというべき行動に出る。
「ッてぇじゃねぇか!あぁ!?」
その男はわざわざUターンして歩きながらアイリスの方に向かってきて、そのままワザとぶつかって仰々しく後ろに倒れる。
「も、申し訳ありまセン!」
「謝る必要無ぇからほっとけ、典型例な当たり屋だ。」
「あ?こちとら今ので時計が壊れちまったんだ、どうしてくれんだアァ!?」
「単に腕時計の竜頭を引いて止めただけじゃねぇか。これ以上絡むってなら、そこに交番あるし出るとこ出てやる。」
が、並の男より高い身長と度胸を併せ持つ遥により、逆に圧をかけ返す。
というか、傍から見たらどっちが不良か分からない程である。
「この…図体だけデカいアマ!」
「あぁ!?マメチン野郎がなんだって!?」
「チッ、テメェらの顔覚えたからな。フェノメノンを舐めてるとどうなっても知らねぇぞ!」
そして煽りにはしっかり煽りで反撃した後、結局は当たり屋の方が在り来たりな小物台詞を吐いて退散。
「はぁ、怖かったデス…。」
「はっ、親父がキレた時に較べれば大した事ねぇよ。ボクシングも強い柔道五段とかバケモンだ。」
「柔道五段とか想像付かないな。にしても、アイツがフェノメノン⋯か?誰かさんがフェノーと言ってたのって…。」
「サイトの名前かと思ったが、チンピラ共のグループ名かよ。」
「一応、交番の方に言っておきマス?」
「疚しいことは何もしてないから、報告くらいは良いんじゃないか?」
かくして、とりあえずという事で交番に向かうも、其処には明らかにスマホでゲームやってる中年警官の姿が。
「すいまセーン…。」
「ん?道なら其処に地図貼ってあるから見てくれ。」
「…先程、其処でフェノメノンとか言う不良に絡まれたんですが…。」
「はいはい、フェノメノンね。そりゃ不運だったね。」
しかも態度もこんな感じで、その間はずっと目線はスマホに向きっ放し。
何というか、職務放棄に近い。
「警察官なのに何もしねぇのかよ…。」
「絡まれたくらいじゃ民事不介入でやれる事無い。第一、フェノメノンなんて署の担当だから、署の住民相談課の方で相談してくれ。」
「…知り合いに此処の市議会議員居るんで、報告しときますよ。ヤマト中央商店街交番に住民の相談に乗らない警察官が居るって。」
「…若い癖にオッサンみたいな冗談使うんじゃないよ。っと、電話か。」
とまぁ、そんな感じなので取り付く島もない状態。
しかし、電話の内容は…。
「はい長山です…貴金属店でフェノメノンを名乗る連中からみかじめ料を要求?人数は…二人。分かりました、すぐ向かいます。」
「あーあ、言わんこっちゃない。」
「上からの命令なら仕方無いのが組織だよ。ほら、自転車出すから退いた退いた。」
そして、長山という警察官は今までのサボりっぷりは何処へやらという感じで、素早く自転車に乗り込んでスピードを出しながら走って行ったのだった。