別冊星達のミュージアム 第4号   作:苗根杏

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6作目は、苗根杏の作品です。
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トルケスタニカ

 

「かのん、結婚おめでとう」

「あっ、すみれちゃん!」

 

 部屋に入った途端、白いウエディングドレスに身を包んだかのんが私を出迎えてくれた。

 

 東音羽が澁谷音羽になる式の日、私は仕事の休憩を無理やりこじ開け、結婚式場に来た。花屋に寄り、御祝儀をカバンに入れ、そして……彼女と話すことを目的として。

 

「ありがとうっ! 来てくれたんだ!」

「ええ。でも、仕事の合間だから少しだけなの」

 

 今朝唐突に思いついたにしては、私の心はひどく落ち着いている。仕事の合間というのは嘘だ。何故なら私は、ここにいる資格のない人間だからである。

 

 未だに音羽のことを想っている、こんな私が来ていいような場所じゃあないんだもの。

 

「そっか……ううん、来てくれてありがとう。話はまた今度、2人で飲みに行った時にねっ」

 

 結ヶ丘を卒業してからはや数年。メンバー全員と定期的に連絡は取ってはいるが、半年に1回飲みに行くほどの仲はかのんだけ。

 

 皆それなりに忙しい中で、私の愚痴に付き合ってくれるのはかのんしかいないのだ。

 

 まあ、私とて彼女の音羽との惚気を毎回聞いてはいるが。

 

 正直、前の飲みで結婚すると聞かされた時は、私の中の何かが壊れたような音がした。ガラスが砕けるようでもあり、鉄が融けるようでもあり、首をはねられるようでもあった。

 

 私は東音羽のことが好きだった。いや、今でも好きだ。隙さえあれば彼の首を絞めて、無理にでも唇を奪い、手篭めにしてしまいたいくらいには。

 

 高校の頃は、もっと純粋な気持ちだった。キスをしたいだとか、手を繋ぎたいだとか、プリクラで抱きつきたいだとか、そういう純なる欲望は、大人になるにつれて歪んでいった。

 

 今でも夢で彼が私を侵し、離してくれない。音羽を奪ったかのんは悪くない。私の心を奪った音羽が悪いのだ。

 

 卒業から2年目、ついに音羽と付き合ったとかのんから聞いた日の夜は、可可を連れて五軒目までハシゴした。覚えたての酒しか私を癒してはくれなかった。

 

 その時の可可は、私の話に耳を傾け、ただ頷くだけで、私にまだチャンスがあるといった類の言葉はかけてくれなかった。あいつは悪くない。でも、高校の頃からいい雰囲気だったなら教えてくれてもよかったじゃあないのよ。

 

 私は音羽が嫌いになった。好きで、嫌いで、やっぱり好きで、でもやっぱり今は嫌いだ。好きだけど、嫌い。

 

 なんで二人きりで出かけたあの日やあの日、あの日にだって、かのんが好きだって言ってくれなかったの。

 

 私はかのんと話しながら、そんなことを頭の中で巡らせていた。最低だ、私。友人と好きな人の晴れの日に、こんなことを思い浮かべては、音羽のことが好きだ嫌いだと、まだ未練がましく思い続けている。想い続けているのだ。

 

「可可は来るらしいわね、泣きすぎてたら殴ってやんなさい」

「ふふ、確かに可可ちゃんは私よりも泣きそうかも」

「……ああ、そうだわ。これ」

 

 私は会話の切れ目に、背中の後ろに隠していた花を差し出す。

 

 それはチューリップの原種ということもあり、似たような咲き方をしているが、しかし花弁の先は尖っていて、外に突き出している。中から黄色が顔を覗かせる綺麗な花。数にして12輪。

 

「これは?」

「見たら分かるでしょう。あんたにあげるわ」

「……綺麗。星の形だね」

 

 私たちはかつてスーパースターと呼ばれた超新星だった。ラブライブ!二連覇を果たし、スクールアイドルの中では名の知れる有名人となり、今の私のショウビジネスにも繋がる経歴となっている。

 

 そんな私たちにピッタリだと、かのんは無邪気に喜んでいる。その花に込められた意味も知らずに。

 

 ああ、やっぱりこんな花、選ぶんじゃあなかったわ。

 

「……『トルケスタニカ』」

「ん?」

「その花の名前よ」

 

 そして、その花言葉は『失恋』。花の小ぶりさがまた、私の哀しさを加速させる。

 

「本当におめでとう。じゃあ、私はそろそろ……」

 

 そう言って、さっさと出ていきたくなった私を、かのんが引きとめる。何よ、と振り返れば、そこには花嫁姿の良く似合う恋敵が、私を見て笑っていた。

 

「ありがとうね」

「っ……いいわよ! ほら、新郎待たせてるんじゃあないの!? 早く準備しなさいッ」

「うん! またねっ、すみれちゃん!」

 

 私は足早にその場を去った。

 

 ちくしょう。

 

 つかつかと歩く結婚式場の中。幸せなムードに包まれる中、私だけが下を向き、涙をこらえていた。

 

 早歩きをしていたもので、男子トイレから出てきた人と、肩がぶつかりそうになる。

 

「あっ、ごめんなさいッ」

「す、すみません! ……ッ」

 

 頭を下げた私は、その声に聞き覚えがあることを思い出した。夢であってくれ、とばかりにゆっくり、ゆっくり顔をあげると、そこには今や澁谷の姓となった男が立っていた。

 

「……音羽……」

「すみれちゃん! 来てくれたんだねっ!」

 

 まずい。会うつもりなんてなかったのに。かのんにだけ挨拶して、すぐ出て行ってやろうと思っていたのに。

 

 彼の人生から、私はフェードアウトするべきなのに。

 

「かのんと全く同じ顔とリアクション……」

「あっ、そうなの!? へへ……」

 

 腹が立つって言いたかったんだけどな。私は取り繕うように笑みを浮かべて「ホント、お似合いなんだから」と言う。

 

 似合っているというのは本心。彼とかのんは高校の頃からずっとお似合いで、いつ取られるかハラハラしていたものだ。結局取られてしまったが。

 

 手を出さなかった私が悪いのかしらね。唇くらい無理矢理にでも奪っておくんだった。

 

「すぐ帰るから、顔だけでも見せようって思ったのよ。そっちから来てくれて助かったわ」

 

 嘘だ。彼に会うつもりはなかった。

 

 ほわほわとした笑みを浮かべ、夢心地といった様子の音羽は、似合っていないタキシードに身を包んでいた。

 

 いや、本来なら似合うはずだ。私が惚れたオトコだぞ、そのくらいしてもらわないと困る。なら似合っていない原因は……。

 

「まだ『着られてる』わね」

「えっ?」

「こっち来なさい」

 

 近づいてきた音羽の服を、私が正す。前は逆だったっけ。ライブ前、私の衣装をきちっとしてくれてたのは、音羽だった。

 

 あーあー、せっかくさっきセッティングしてくれたであろう服が台無しだ。服全部脱いでトイレしてんのかしら。

 

 襟元のデザインは目立つように。シャツは少し折れた立ち襟で。

 

 どうせ戻ったらメイクさんみたいな人がいるんでしょうけど、彼のことを知っている度合いで言えば私の方が上だ。私が一番、音羽の着こなしを上手く作れる。

 

 ジャケットから覗く手が綺麗で。私より小さいんじゃあないかっていうくらい儚げで。今すぐにでも握って、ここから連れ出してしまいたい。

 

 分かってるの? 音羽。今の私、あんたを攫ってしまうくらい容易にできるのよ。ここまで私をおかしくしておいて、かのんまで泣かせたら許さないんだから。

 

 泣くのは私だけでいい。彼の背中を見ながら、抱きつきたいのを必死におさえて、肩に手を置く。

 

「あと、もっと堂々としなさいよ。背筋伸ばして、ほら」

「人の結婚式とか行ったことないし、どうやって振舞ったらいいのか分からなくて……」

「全く……ロブスターを食べているプリンセスみたいね」

「……ん? 何を言われた? ショウビズ界用語?」

 

 一通り正し終わった私は、彼の背中をドンと押してやる。

 

「わっ」

「気をつけて行くのよ……かのんと、お幸せにね」

「ふふ、はーいっ」

 

 彼は皮肉にも思わないだろうな、こんな言葉。そうは思いつつも、言わずにはいられなかった。

 

 私の心をつゆほども知らない彼は、すっかりタキシードを着こなして、私に笑いかける。その瞬間、私の胸はドクンと高鳴った。

 

 最低だ、最低だ……私はこの世でいちばん最低な人間だ。あろうことか、今から結婚式を挙げる男を前にして、好きの気持ちが溢れそうになっている。

 

 私、まだこんなにも、音羽のことが好きだったんだ。

 

「すみれちゃん!」

 

 肩がはねるくらいにビクッとする。後ろから音羽が声をかけてきたのだ。

 

「来てくれてありがとう。今度、また会おうよ。いろいろ話したいことがあるんだ」

 

 思い返してみれば、前に音羽と会ったのは去年の忘年会か。それもLiella!全員に加え、それに関わった人のほぼ全員が集まった大規模な宴会でだ。

 

 私は振り返って、音羽に笑いかける。自嘲するようにも。

 

「妻帯者が女とサシ飲み?」

「かのんちゃんなら許してくれるよ」

「まあ、そうね……うん、目に浮かぶわ」

 

 私は少しだけ考える。かのん、あんたの男を今更取ることなんてないわ。あんたは私の友達だから。

 

 でも、このくらいの贅沢は許されてもいいわよね。それに……。

 

「いいわよ。秘密のバーを紹介するわ」

 

 多分、彼が好きだからというか、彼に嫌われたくなかったからだと思う。ここで誘いを断りきれなかったのは。

 

 最悪だ、私。自己嫌悪の声が頭の中で鳴り止まない。ああ、もう全部全部、どうでもいい。今はただ、音羽に会えたことだけで頭がいっぱいだ。

 

 ああ、そうか。音羽に会いたくなかっただなんて、自分で自分を抑え込むための出まかせだ。

 

 好きなんだもの。会いたいに決まってるじゃない。ただ、会うと好きを抑えきれる自信が無かっただけで。

 

 そして、こんな私が音羽に会って、なんでもないような顔で話す資格なんてないと思っていた。彼の友情を裏切っているような気がして。

 

 自分でも今、どうしたいのか分からない。でも、たった一つ、これだけは言える。私は再び彼に背を向けて。

 

「絶対に幸せになりなさい。音羽」

 

 そう言いながら、その場を去っていく。

 

 少し間が空いて、背後から。

 

「すみれちゃんも!! 絶対、幸せでいてねーッ!!」

 

 ああ。

 

 大嫌い。

 

 そんなあんただから、惚れたんでしょうね。

 

 あんた抜きで幸せになんて、無理に決まってるじゃない。私は一生叶わぬ恋にとらわれていることを自覚し、目がうるんできた。泣き顔を見られる前に、私は関係者出入口から足早に外に出た。

 

 式場を出る直前、ばったり可可と居合わせた。千砂都も、恋も一緒で。

 

 あの頃みたいに会うと、どうしてもここにいない音羽とかのんのことを思い出してしまって。

 

 だから私は彼女たちを見た途端、涙目くらいに堪えていたのが一気に決壊して、その場で崩れ落ちた。そして、子供のように声を上げて泣き出してしまった。

 

 ごめんなさい。せっかくのお祝いの日に、こんなに泣いてしまって。しゃくり上げながらそう言う私を、3人は何も言わずに抱きしめてくれた。

 

 音羽。惚れた私の負けよ。

 

 嫌というほど幸せになりなさい。私の大好きな人。




編集部の苗根です。今年もご覧いただきありがとうございます。またトリだ。4年連続最後尾。こうなってくると連載が打ち切られそうな漫画というよりも、コロコロの最後の方にいつも載ってるドラえもんみたいでいいですね。
今回の『トルケスタニカ』は時系列で言うと、星トラの本編と、前回の3号にて連載させていただきました『星達のオーケストラ Duo!!』の間に位置するストーリーです。改めて去年の星トラDuo!!や3号の作品も読んでいただけたらな、と思って書きました。あと平安名すみれは悲恋が合う。
その去年と比べて、今年は割と余裕を持って刊行できました。そして相も変わらず神回だらけで。ホント、皆さんのご協力のおかげです。
小説を書いて、見て、『星達のオーケストラ』を楽しんでくださった全ての方々に、心から感謝いたします。本当にありがとうございます。星トラのこと好き好きクラブの皆さん、また5号でお会いしましょう。シャイニー。
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