閃の軌跡 SSオリジナルカップリング集   作:雷電丸

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今回はクロウとクレア大尉のお話になります。
前話と同様に、閃の軌跡Ⅱ本編をクリアしている方がネタバレにならずに済みますので。

少し戦闘シーンを入れてみましたが、いかんせん軌跡シリーズの小説はこれが初めてとなるので、どこか間違っている点があるかもしれませんが、どうかご容赦ください。


クロウ×クレア

 

 

 

 

 

 

「この辺り、ですね」

 

 

 温泉郷ユミルから程近い場所にある、アイゼンガルド連峰。険しい山道には魔物の姿もあるが、頂まで来るのに苦労した様子を感じさせない涼しい声の主は意に介することもなかった。若くして鉄道憲兵隊を指揮する軍人には似つかわしくない麗しい姿は、服に着られることもなく整然としている。

 

 クレア・リーヴェルト──それが、彼女の名前だ。前述した通り、24歳と言う若さで鉄道憲兵隊の指揮をとる彼女は大尉の階級にありながらも、それらに甘んじることもなく、日夜激務に励んでいる。

 

 

(猟兵がまだいるかと思いましたが、そうでもないようですね)

 

 

 先日、このアイゼンガルド連峰に飛空挺が不時着したらしく、内部は脱走した猟兵らによって占拠されていた。それはトールズ士官学院の面々が早急に鎮圧してくれたそうだが、それからと言うもの、山頂付近で奇妙な魔物が出現したとの連絡を受け、こうして訪れたと言うわけだ。それは猟兵が居座っている故の影響かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 

 本来であればクレアが直接出向くような事案でもないのだが、今は戦時下だけあって疲労困憊している部下を頼りきりにするわけにもいかない。なにより、ユミルにはいくらか滞在していたので地理にも少しは詳しい。慣れない部下を連れることもせず、クレアはこうして1人で調査をしている。

 

 

(いくらか未確認の魔物も発見できましたね)

 

 

 報告にあった通り、この辺りでは珍しい魔物を数体だけだが確認できた。そろそろ帰ろうか──そう考えた矢先、背後で雄叫びが響いた。

 

 

「この魔物は……リィンさん達が仰っていた、幻獣ですか」

 

 

 四足歩行をしながら、ゆっくりとクレアへと近づく幻獣──堕ちたる狂竜と言う二つ名を持つリンドバウムだ。竜を彷彿とさせる巨躯に、鋭い角と爪、そして鉄壁を思わせる体つきは他の追随を赦さないと分からせるだけのプレッシャーを感じる。

 

 

(この幻獣の出現が、魔物の生態系を崩した原因ですね)

 

 

 刺激しないようにゆっくりと後ろに下がるクレアだったがリンドバウムの咆哮とともに身体が輝いたのを見て、慌ててその場を離れる。一拍遅れる形で、先程までクレアが立っていた場所に水が溜まり、渦を巻き出した。

 

 

「駆動すら必要としないとは……強敵のようですね」

 

 

 アーツと呼ばれる魔法を使うには、本来【駆動→詠唱→発動】の手順が必須となる。アーツを駆動させ、詠唱を行ってから発動するのだが、今のリンドバウムはそれらの過程を一切行わずにアーツを使ってきた。難敵と言わざるを得ない。

 

 

「はっ!」

 

 

 自身の得物である軍用拳銃をホルスターから抜き、瞬時に引き鉄を引く。それに合わせて弾丸が発射されるが、やはりリンドバウムにはまったくダメージを与えられない。

 

 

(距離を取れば、アーツを多用するだけになるようですね)

 

 

 だいぶ離れたところから様子を窺うと、アーツを連発してきた。ただし使ってくるアーツは1種類だけなので、特に労することもなくかわし続ける。

 

 

「今度はこちらから参ります。フロストエッジ!」

 

 

 アーツが使われた瞬間を狙い、クレアもアーツで対抗する。リンドバウムの周囲に氷の刃が現れ、回転しながら各方向から切り裂く。

 

 

(少しは利いているようですね)

 

 

 クレアはアーツに長けている上に、クォーツと呼ばれる特殊な宝珠を身につけることで身体能力を向上させている。彼女もまた、アーツの詠唱から駆動に至るまでスムーズに行えるのだ。

 

 

(アーツで傷を癒しつつ、不意打ちを狙えば……!)

 

 

 例え勝てなくとも、この場を逃げ切ることはできるはずだ。そう思って再び様子を窺い、アーツを発動させようと物陰から出た時だった。リンドバウムの一際大きな咆哮を繰り出し、大気が震えたのは。クレアは体勢を維持しようと踏ん張るが、その一瞬の隙をついて、リンドバウムがアーツを発動させる。

 

 

「しまった……!」

 

 

 何もない空間に水が満ち始め、渦となってクレアを襲う。咄嗟に離脱しようとするクレアだったが、リンドバウムが彼女を逃がすまいとその場で何度も足踏みを行う。大きく揺れる大地に足を縺れさせてしまい、アーツを避けきれない。

 

 

「危ねぇ!」

 

 

 だが、そんな彼女を抱えて助けてくれた人物がいた。アーツがクレアを襲うほんの数瞬前、青年が割って入った。クレアを抱えると、彼はすぐさまその場を離れてアーツをやり過ごす

 

 

「あ……!」

 

 

 本来であれば、感謝されて当然の行動だ。しかし、クレアは端正な顔立ちが崩れるのも構わずに、助けに入った青年を睨みつける。

 

 

「クロウ・アームブラスト……!」

 

「久しぶりだな、氷の乙女(アイス・メイデン)殿」

 

 

 クレアに睨まれても、青年──クロウはにっと笑みを返した。その余裕が余計に神経を逆なですると分かっているのかと憤慨したくなる。

 

 

「下ろしてください!」

 

「言われなくてもそうさせてもらうぜ。撃たれるのは勘弁願いたいからな」

 

 

 リンドバウムからある程度離れると、クロウは優しく下ろした。しかしクレアは彼に向かって銃口を突き付ける。そんなクレアの様子にただただ溜め息を零すしかなく、仕方がないと言った様子で両手を挙げるクロウ。しかし、表情は苛立ちや不安に染まることはなく、この状況を楽しんでいるようにも見える。

 

 

「おいおい、そりゃないだろ」

 

「…応戦しようとは思わないのですか?」

 

「ま、アンタとやり合うつもりは毛頭ないからな。

 あの幻獣をどうにかしろって、カイエンのおっさんがうるさいんでね」

 

「……分かりました。抵抗をしないと言うのであれば、この場で逮捕させて頂きます」

 

「はっ、アンタにそれができるのかよ」

 

「くっ……!」

 

 

 クロウは、ついぞ数ヵ月前にクレアが忠義を貫いた相手を射殺したのだ。それも、彼女が止めに入る直前に。ギリアス・オズボーン宰相の射殺──それを行ったのは、誰であろうクロウだった。クレアは彼の出身地である旧ジュライ市国がエレボニア帝国に呑まれた経緯を知っている。どれだけ辛かったか、どれだけ苦しかったか。流石に全部が分かるとは言わないが、それでもあんなやり方を容認できるほど、クレアは情に流されるような人間ではなかった。

 

 

「…っと、その前に……おいでなすったか」

 

「幻獣……!」

 

 

 頂から追いかけてきたリンドバウムに、クロウとクレアはそれぞれの得物を構える。

 

 

「後ろから撃つなよ」

 

 

 クロウはクレアにそれだけ言うと、先行してリンドバウムへと斬りかかった。その背中を見詰め、おもむろに軍用拳銃を構えてクロウの背へと向ける。今ここで引き鉄を引けば、彼を討てるに違いない。この攻撃が致命傷を与えられなかったとしても、幻獣によって殺されてしまうだろう。だが、軍人たる自分が私怨に捕らわれて人を殺めてもいいのか。なによりクロウが死んでしまったら、自分はきっと生きる意味を見失ってしまうだろう。

 

 

(っ!)

 

 

 構えた腕が震え始めていく。やがてはクロウに合わせていた照準もぶれてしまい、クレアは自分を落ち着けるために深呼吸を行った。

 

 

(なんであれ、今はこの状況を打破しなくては……!)

 

 

 クロウが前線に出ているのなら、ここは援護に徹した方がいいだろう。再びアーツの詠唱に入り、速やかに駆動させていく。

 

 

「ハイドロカノン!」

 

 

 巨大な波が一直線にリンドバウムへと迫り、多少なりとも押し返す。水流の勢いは凄まじく、ある程度は怯ませられるようだ。

 

 

「グリムバタフライ!」

 

 

 すかさずクロウもアーツを発動させる。リンドバウムの足元から小さな黒い蝶が姿を現し、惑わすように周囲を飛び回る。それに合わせてゆっくりと強さを増していく本命の攻撃が足元で発動した。

 

 

「…中々、しぶといじゃねぇか」

 

 

 しかし、これでもまだ倒せない。2人は苦々しく幻獣を睨むが、その視線に怒りを覚えたのか、強く咆哮する。また怯んでしまっては相手のペースだ。クレアは銃を構え、リンドバウムへと走り出す。

 

 

「モータルミラージュ!」

 

 

 擦れ違い、そして背後に回り込んだ瞬間、高らかに声を上げて引き鉄を引いた。痛みに苦しむリンドバウムは、標的を彼女に変えてその巨大な尾を振り下ろす。急いで回避しようと思ったクレアだったが、いかんせん場所が悪かった。狭い道の先には崖しかなく、そこから跳び下りるわけにもいかず、ただ尾が振り下ろされるのを見守るしかなかった。

 

 

「ちっ! クロノドライブ!」

 

 

 それを見たクロウはすぐさま自分の身体速度を速めてくれるアーツを発動させ、クレアの元へ急いだ。しかし彼が間に割って入るより早く、クレアが立っていた場所へ尾が振り下ろされる。当人はぎりぎり躱したようだが、崖に近いだけあって岩盤は他より軟だった。砕かれた岩と共に落下していくクレアを、クロウは見送るなんてことをせずに跳び下り、彼女の手を取る。

 

 

「な、何を……!」

 

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 

 

 クロウに抱き抱えられたことに抗議の声を上げようとするクレアを先に黙らせ、周囲を見回す。あるのは砕けて一緒に落ちていく岩ばかり。多少の無茶は必要だが、致し方ない。身体強化のアーツを使ったおかげで、件の岩へ着地すると、また別の岩へと飛び移る。それを何度か繰り返していく内に、なんとか地上へ下り立つことができた。

 

 

「やれやれ、危なかったな」

 

「…早くおろしてもらえませんか?」

 

「はいよ」

 

 

 助けられた身でありながら、クレアは苦々しく言った。クロウは別に怒るでもなく、優しく下ろす。すぐさま距離を取られたことには流石に傷ついたが。

 

 

「…登っていくのは流石に厳しそうですね」

 

「だな。仕方ねぇ、どうにか迂回ルートを探すか」

 

 

 幸いにして下り立った場所はちょうど連峰の中腹あたりのようだ。ただ、ここから下りていくにはかなり遠回りになってしまうので、目指すとしたら上方になるだろう。

 

 

「では、私はこれで」

 

「…つれないねぇ」

 

 

 踵を返し、先に歩いていくクレア。歩く姿も中々に美しいが、その実棘だらけのバラに違いない。しかしそれは、クロウに対してだけなのかもしれないと言うのは、もちろん自覚している。仕方なく、少し距離を空けて後ろをついていく。ついて来るなと理不尽なことを言われるかと思ったが、どうやらその心配はなさそうだ。

 

 

「…クロウ・アームブラスト」

 

「なんだ、氷の乙女(アイス・メイデン)殿」

 

「何故……何故、あのような方法を選んだのです?」

 

「鉄血のことか? 何故って言われてもねぇ……」

 

 

 振り返ったクレアの瞳は、かなり揺れ動いていた。本当はこんなこと、聞きたくはないのだろう。それでも問わずにはいられない自分がいることに戸惑っているのが、綺麗な双眸から窺える。その瞳にあるのは、不安ばかり。どんな答えが返ってきても、きっと憎まずにはいられないに違いない。

 

 

「……俺のこと、どこまで知っているんだ?」

 

「旧ジュライ市国の出身で、祖父が市長を務めていたことは知っています」

 

「なら話は速い。祖父さんは市長を辞めてから程なくして死んじまったんだ。

 唯一の肉親を失った俺は、なんの未練もなくジュライをでていって、当てもなくふらふらと彷徨った……生きていくために、色々なことをして、な」

 

「それが、あのようなことに走らせた要因ですか」

 

「全部がそうだとは言わねぇさ。自制することだってできたのに……けど俺は、俺の意思でこの道を選んだんだよ。

 鉄血の首を取る……それだけが、生への執着でもあったからな」

 

「それが成された今、ここで私に討たれても文句はない……とは、言いませんね?」

 

「あぁ。残念だが、俺にはまだ、やらなきゃならねぇことがあるからな」

 

 

 睨む合う2人。互いに譲れない信念を持っているだけに、怯まない。それでもこんなところで殺気立っても不毛なだけだ。クレアは溜め息を零し、先を歩き始めた。

 

 

「別に、鉄血の野郎が絶対悪だとは言わねぇよ。あいつのお陰で救われた奴が、街があることぐらいは分かる。

 けどな……だったら何で、祖父さんの時もそうしてくれなかったんだよ……!」

 

 

 苦々しく呟くクロウに返る声は、1つとしてなかった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「日が暮れてきましたね……」

 

 

 本来は道となっていない場所を通っているため、どうしても時間がかかってしまう。既に日は傾き始めており、登り続けたせいで体力も限界に近い。

 

 

「そろそろどっかで休憩するか。

 っと、あの洞穴ならちょうどいいんじゃないか?」

 

 

 少し歩いたところに空洞が見えた。中を覗くとそこまで奥まっていないさそうだが、ここアイゼンガルド連峰の冷えを凌ぐことはできそうだ。

 

 

「貴方もここで休むのですか?」

 

「御免だって言うのなら、仕方ないから別の場所を探すさ」

 

「あの蒼の騎神……オルディーネを呼べば済むはずです」

 

「マナが切れちまったからな。しばらく休ませているのさ」

 

「そんな時に幻獣を相手にするとは……無謀ですね」

 

「ほっとけ」

 

「……まぁ、犬死されては逮捕もできないので、特例措置としてここで休むことを許可します」

 

「はいはい、そりゃどーも」

 

 

 なんとも嫌な言い方だ。流石のクロウも少しばかりむっとしたが、それを表情に出すこともなく洞穴の入り口を振り返った。まだ明るい内に薪を集めてきた方がいいかもしれない。それを進言しようとクレアを見ると、左腕をぎゅっと押さえている。最初はクロウと一緒にいるのが嫌で仕方ないのかと思ったが、袖口が赤くにじんでいるのに気がついた。

 

 

「おい、ちょっと見せてみろ」

 

「なっ、離してください!」

 

 

 近づき、左腕を握られて咄嗟に抵抗しようと思ったが、肝心の左腕に痛みが走ってそれどころではなかった。

 

 

「いつ怪我をした?」

 

「……例の幻獣の尾で、地面を叩かれた時です」

 

 

 まっすぐに見詰められながら強く言われ、渋々と言った様子で白状するクレア。彼女は左腕の肘辺りを負傷していた。どうやらリンドバウムの一撃で粉砕された岩が怪我をさせたようだ。

 

 

「傷を癒すアーツは?」

 

「生憎と……」

 

 

 弱々しく首を振るクレアに、クロウは舌打ちする。彼も傷を癒すためのアーツを使えない。このまま放っておくと出血が続く可能性もある。

 

 

「とりあえず、止血するか」

 

 

 いつもしているバンダナを取ると、得物のダブルセイバーで引き裂きタオルのようにする。そしてクレアの腕に巻き付け、止血する。バンダナを結んでいる間、クレアはただ黙ってそれを受け入れていた。

 

 

「…さて、ちょっくら食糧でも調達してくるわ」

 

「それなら私も……」

 

「ま、好きにしてくれて構わねぇけど……俺を逮捕したかったら、養生するこった」

 

「……言ってくれますね」

 

 

 やはり彼は人を怒らせる天才のようだ。いや、それはクレアがそう感じるだけなのだろう。ざわつく胸を落ち着けようと深呼吸をしてから、クレアは大人しくその場に座り込んだ。

 

 

「クロウ・アームブラスト……」

 

 

 深く溜め息をつき、目を閉じる。忠誠を誓った宰相を射殺した彼を赦せるはずがない。だが、今は自分のことがよく分からなくなってしまっている。私怨に走って彼を手にかけてしまいたい気持ちが少なからず残っていることに気づきながら、自分は果たして軍人を続けていていいのか。だが、裏を返せば、軍人を続けることで自分を律することができているのかもしれない。

 

 

(はぁ……身体が、重い)

 

 

 出血を止めずに歩き続けたせいで、かなりの疲労感がたまってしまったようだ。休息を求める身体に応じ、やがてクレアは小さな寝息をたてはじめた。

 

 

「なんだなんだ? 氷の乙女(アイス・メイデン)ともあろうお方が敵の前で居眠りか?」

 

 

 やがて戻ってきたクロウは、リズムよく寝息を立てているクレアを見て頭を掻いた。だが、その時痛みが走る。顔を歪め、そっと額に触れると、そこには一筋の傷があった。クレアを抱えて砕けた岩を避けている際に切ったようだ。彼女の傷よりも浅いため、既に地は止まっているので大したことはないだろう。

 

 

「さて、火をくべるかね」

 

 

 クレアにコートをかけてから、クロウは点火に取り掛かった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「んっ……あっ!」

 

 

 やがてクレアが目を覚ますと、そこには小型の皿に料理が並んでいた。

 

 

「お目覚めか?」

 

「…これは、貴方が?」

 

「あぁ。ま、簡単なものしかないけどな。

 毒は入ってねぇから、安心しな」

 

「敵の言葉を信じろと?」

 

「信じるしかないだろ、今は」

 

「……はぁ」

 

 

 深い溜め息を零し、クロウが作った料理を食する。味は普通と言った感じだ。毒が入っている感じもない。だが、さっきまで寝ていたのならその隙に殺す機会はあった。今更手が汚れるのが嫌だなどとバカげたことを言うはずもない。毒殺なんてことをするような性格とも思えない。やはり、考え過ぎだろう。

 

 

「あんたは非常食とかないのか?」

 

「少量ですが」

 

 

 問われて、クレアはポーチから携帯食をいくつか取り出す。いくつかクロウに向かって放り投げ、自分もそれを口にする。

 

 

「まずっ!?」

 

「軍人用の携帯食など、そんなものです」

 

「うへぇ……こんなのを食うなら、狩りをした方がましだと思うけどな」

 

「それは動ける状況にあればの話だと思いますが」

 

「確かにな」

 

 

 肩を竦め、文句を言いながらもクロウは携帯食を食べていく。意外と律儀なようだ。

 

 

「…風が出てきたな」

 

 

 入口の方を振り返ると、確かに風の音が強くなってきた気がする。連峰だけあって寒さが増していくのは必至だ。ぎゅっと服を掴むと、何かを羽織られているのに気付いた。

 

 

「…いつの間にこんなものを?」

 

「寝ている間に。邪魔なら返してくれるか? 流石にさみぃし」

 

「これを使うなど、こちらから願い下げです」

 

「傷つくねぇ」

 

 

 苦笑いしつつ、突っ返されたコートに袖を通すクロウ。その表情は本当に残念そうだが、それが真意かどうか見抜けるほど、彼のことを知っているわけではない。クレアは膝を抱えてぼんやりと炎を見詰めた。

 

 

「どこか似ていますね、私たちは」

 

「……何か言ったか?」

 

「…いえ、何も」

 

「あっそ。さて、俺は先に寝かせてもらうわ」

 

 

 枯葉を敷き詰めたところに横たわり、クロウはさっさと寝てしまった。どうせ先程の呟きだって聞こえていただろうに聞こえない振りをしたのだろう。

 

 

(私、どうして……!)

 

 

 抱えている膝に俯き、涙を堪える。何故自分は、こうも敵に弱さを見せてしまったのだろう。こんなこと、あってはならない。鉄道憲兵隊を指揮する大尉であり、氷の乙女(アイス・メイデン)と言う二つ名まで授かったのに──そう思わずにはいられなかった。

 

 クレアは、自分とクロウが似ていると思っている。本音を言えないところ、本心を見せるのが苦手なところ。挙げていけばきりがない。それを受け入れられないと知っていたから、彼は敢えて聞こえなかった振りをしたのだろう。

 

 

(どうしたらいいの……? 分からない……)

 

 

 こんな時、誰かがいてくれたら──そんなクレアの不安を見抜いてか、何か温かいものがかけられた。顔を上げた時、クロウの背中が見えたので視線を落とすと、彼のコートが再びかけられていた。

 

 

「あ……」

 

 

 ありがとう──その一言さえ、今のクレアの口からは出せなかった。だが、礼を言えない理由が今までと少し違う。

 

 

(わ、私……照れて、いるの?)

 

 

 自分でも鼓動が速まっているのが分かる。あっという間に寝息を立て始めたクロウの方へ歩み寄り、その表情を覗きこむが、寝ているので起きる気配が全くない。やがて顔が赤くなっているのは気のせいだと言い聞かせながら、クレアは眠りについた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 翌日───。

 

 クレアは突如起こった地震によって目を覚ました。慌てて周囲を見回すと、何故かクロウの姿がどこにもない。しかも地震が落ち着いてから件の幻獣──リンドバウムの方向が響いた。

 

 

「まさか、1人で……!?」

 

 

 急いで立ち上がり、上方へと続く道を駆け昇っていく。途中で躓きそうにはなるが、ぐっすり寝たお蔭で体力は十分回復している。スピードを緩めることはせず、一気に走って行った。

 

 

「クロウ!」

 

 

 思わず、彼の名前を叫んでいた。一瞬だけこちらを一瞥したが、クロウはすぐにリンドバウムへと向き直る。

 

 

「クロノブレイク!」

 

 

 アーツでリンドバウムの身体に負担をかけていく。クロノドライブとは真逆で、相手の身体に加重をかけるアーツだ。それでも相手が幻獣だけあり、加重も大したことではないようだ。

 

 

「ちっ、図体の割に素早く動きやがって……!」

 

 

 舌打ちして走り回り、狙いを定めないようにする。しかしそうすると尾で攻撃したり咆哮して怯ませたりと多彩な攻撃をしてくる。

 

 

(かと言って後ろに下がりゃあ、広範囲のアーツで一網打尽か)

 

 

 どちらにせよ、逃げ場はない。ならば、少しでも自分が得意とする戦い方で進めた方がいいだろう。

 

 

「クリミナルエッジ!」

 

「フリジットレイン!」

 

 

 使っているクロスセイバーの刀身に力を籠め、薙ぎ払いながら解き放つ。鱗で覆われた足に傷が出来た痛みに怒りを感じ、クロウに狙いを集中しようとするリンドバウム。しかしその直上に巨大な氷が出現し、クレアの一撃によって粉々に砕け散った氷が降り注ぎ、それどころではなくなる。

 

 

「さぁ、一気に攻めましょう!」

 

 

 覇気と共に響く、凛とした麗しい声。クロウはにっと笑い、クレアの声援に応えるべく走り出す。

 

 

「ブレードスロー!」

 

 

 ダブルセイバーを放り投げると、不規則な軌道を描いてリンドバウムの巨躯を2度、3度引き裂く。その一瞬の隙を突き、クレアも再びアーツを起動させる。その魔力はクレアの傍に居なくともひしひしと感じることができる。クロウが巻き込まれないよう離れたのを確認し、アーツを発動させる

 

 

「クリスタルフラッド!」

 

 

 クレアの前方から真っ直ぐ氷が具現化していく。それは一直線にリンドバウムへと走っていき、やがてその巨体すべてを凍りつかせた。じたばたと暴れて氷を砕こうとするが、それよりも早くクレアが次なる一手に入る。

 

 

「目標を制圧します。ミラーデバイス、セットオン」

 

 

 ミラーデバイスと呼ばれる鏡面装置を空中に複数個展開し、銃から発射した光線をミラーデバイスで乱反射をおこなうことでエネルギーが増幅する。そして描かれた軌跡は魔法陣のようになり、そこからエネルギーを放出する。

 

 

「オーバルレイザー照射! カレイドフォース!」

 

 

 頭の中でミラーデバイスや敵の位置などを一瞬で把握した上で行える、正しく一撃必殺と呼ぶに相応しい威力を持った攻撃だ。演算処理に優れたクレアだからこそできる技に、離れていたクロウも流石に驚かされる。

 

 眩いばかりの光がリンドバウムを呑み込む。いくら幻獣と言えど、この攻撃をくらってはただではすまい。やがて光が止み、煙が晴れた瞬間──傷だらけとなったリンドバウムが、クレアへと牙をむいた。

 

 

(しまった……!)

 

 

 完全に油断しきっていたクレアは、咄嗟に避けることも忘れて呆然としてしまう。いくつも並んだ鋭い牙を前に感じた恐怖に縛られ、何もできない。

 

 

「ぼさっとすんな!」

 

 

 そんなクレアを叱責する声。はっと我に返った時、リンドバウムの背後からその巨躯を一閃しながら声の主──クロウが駆け抜けてきた。

 

 

「喰らいやがれ! 終焉の十字……デッドリークロス!」

 

 

 思い切り振るわれた、2度目の一閃。最初の一閃と交差するように放たれた刃はリンドバウムをX字に引き裂く。その一撃により、今度こそリンドバウムは絶命した。

 

 

「…やれやれ。今度こそ片付いたようだな」

 

「そ、そのようですね」

 

 

 安堵の溜め息を同時にもらし、肩を竦める。やがてリンドバウムの巨躯が消え失せ、ころころと何か球体が足元に転がってくる。

 

 

「これは……?」

 

 

 一見してクォーツのようだが、普通のものとは違うように感じられる。しかしそれに気づいたのはクレアだけで、クロウは山頂へ向けて歩き出す。そして程なくして到着すると、蒼穹へと手を掲げた。

 

 

「オルディーネ!」

 

 

 クロウのその呼び声に応えるように、すぐさま彼の傍へと騎神が訪れた。膝を着き、いつでもクロウを乗せる準備ができていると暗に訴える。

 

 

「さて、と……俺はとんずらさせてもらうぜ」

 

「……えぇ。今回ばかりは、見逃すほかないようですね」

 

 

 2人してふっと笑みをこぼし、クロウはオルディーネに乗り込もうとする。しかし、返した踵を止め、振り返ると意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「あ、そうそう。あんたの寝顔、堪能させてもらったぜ。“クレア”」

 

「なっ!?」

 

 

 一瞬で真っ赤に染まるクレアの顔を見られて満足なのか、クロウは彼女が反論するよりも早く騎神に乗り込み、その場を去ることに。ずっと『氷の乙女(アイス・メイデン)殿』と呼ばれていたせいで、かなり恥ずかしい。クレアは飛翔するオルディーネを、片手で髪を押さえながら見送る。

 

 

「……それは、こちらの台詞でもありますよ、“クロウ”」

 

 

 聞こえるかどうか分からない呟きが零れた時、クレアは確かに嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 




クロウとクレア、如何だったでしょうか?

似ているようで似ておらず、近いようで遠い……そんな距離感を少しでも感じてもらえたら光栄です。


ちなみに自分がこの2人の組み合わせを思い立ったのは、実は前作の頃からでした。
前作のラストで、クロウがオルディーネに搭乗して帝都を去る際、クレアを見下ろすと言うことをしなかったので、ちょっと意味があるのかなと曲解してしまったのです(笑)


では、また次回もお楽しみに。

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