貴族連合所有の艦、パンタグリュエル。そこには貴族連合に協力している面々が使っている部屋がいくつも存在する。その内の一室。一際広く、豪華な造りをされているその部屋に備えられた質のいいベッドの上で寝転がっている女性が1人。
「……おかえりなさい、グリアノス」
深い溜め息をついて、腕で目を覆い隠していた女性──ヴィータ・クロチルダは、開けっ放しにしていた窓から使い魔として使役している蒼い鳥、グリアノスが戻ってきた音に気がつき、いつもの妖艶な声で出迎えた。グリアノスは一声鳴いてから自ら止まり木に移動する。その体躯はぼろぼろで、自慢の綺麗な羽もいくらか傷ついている。
(やれやれ……エマもⅦ組で予想以上に成長していたようね)
ゼムリアストーンと呼ばれる特殊な鉱石を使って騎神専用の武器を造ろうとしていることを知ったヴィータは、エマや他のⅦ組の連中を倒すためにグリアノスを使役して戦ったのだが、思っていた以上に成長した彼女たちの前に敗北を喫してしまった。
「妬けちゃうわね……」
なんとなく呟いていた言葉に、ヴィータはすぐさま口を閉ざした。今の言葉の真意を知られたくない相手の足音が近づいてきたからだ。
「おう、ヴィータ。入るぞー」
ノックしてきた相手はヴィータの許可を聞くより先に扉を開け、室内に入ってきた。銀髪にトレードマークと言うべきバンダナ、そして赤い瞳をもつ青年──クロウ・アームブラストは、ヴィータがベッドに寝転がっているのを見て首を傾げる。
「何だ、寝てんのか?」
「女性(レディー)の室内にずかずかと入るのは感心しないわね」
「お前が時間を指定したんだろうが……ほら、昼メシ持ってきてやったぞ」
「ん、ありがとう」
少し前にリィンがこのパンタグリュエルにやってきた際、彼にクロウがフィッシュバーガーを振る舞ったのだが、それを食べたいとせがんできたヴィータのために昼食に持ってきたのだ。
「舌が肥えた歌姫殿には合わないかもしれないけどな」
「クロウ」
「何だ?」
「起こして」
「……知るか」
クロウの姿を捉え、横向きになったヴィータは抱っこしてほしい子供の様に彼の方へと両手を伸ばした。しかしクロウはつれない態度を取り、勝手にソファーに座ってフィッシュバーガーとフライドポテトが入っているバスケットを開く。
「意地悪」
「何で俺が起こさなきゃ……あぁ、そういうことか」
面倒くさそうに頭を掻くクロウだったが、傷ついているグリアノスを見て納得する。溜め息を零し、ヴィータの傍まで行くと彼女の両手が首に回され、ぐっと顔が近づいてきた。女性特有の甘い香りが鼻孔をくすぐるが、クロウはつとめて平静を装う。
「抱っこ」
「誰がするか、阿呆!」
そう言って首に回されている腕をほどこうとするクロウだったが、ヴィータはあろうことか彼を自分の方に引き寄せてくる。豊満なバストが目の前に広がり、危うくそこへ顔だけダイブしそうになったが、両手をついてそれ以上倒れないようにして堪える。
「どこを見ているの、クロウ?」
「別に」
そういうことを言わせようとするあたり、本当にサドだ。クロウはヴィータの両足と背中に手を通すと、そのまま抱えて立ち上がった。あのままの体勢でいるよりずっとましだ。さっさとソファーに座らせ、その対面にクロウも座る。
「ふふっ、ありがとう。素直な子は好きよ」
「あー、はいはい」
素っ気なく返しつつ、バスケットを広げてヴィータの分も用意していくクロウ。自分が作ったものだからなのか、無意識の内に進めてしまうだけで、決してヴィータの言葉を聞いたからこうしているわけではない。
「ほれ、作ってきてやったぞ」
「美味しそうね。それじゃあ、早速」
「あぁ」
具材を零してしまわないように包装紙を半分だけ捲って一口。ちょうどよい温かさを持った白身魚のフライと、その味を消さずに、しかし味を主張するタルタルソースが美味しい。
「どうだ?」
「美味しいわ」
「なら良かった。これでも緊張していたんだぜ?」
「そうなの? 私は辛口評価なんてしないんだから、そんなに心配しなくて良かったと思うけど」
「そりゃあ、女に料理振る舞うんだ。誰だって緊張するさ」
「あら、黒兎や神速の子には作ってあげないの?」
「あいつらはまともな感想もくれなさそうだからな」
「ふーん。それじゃあ、クロウの手料理は私が独り占めしているわけね♪」
嬉しそうに言うと、ソファーから立ち上がってクロウの口元にそっと指を当てる。そうして、ついていたタルタルソースを指で拭い、妖艶にんだ。
「喜ぶのはいいが、お前も口についているぞ」
クロウがヴィータの口元についているタルタルソースを指ですくうと、彼女はその指を妖艶に舐めた。狙って言っているようには見えないが、どちらなのかはヴィータしか分からない。意識的にしているとしたらとんでもない話だが、無意識だとしたらもっととんでもないものだ。
「そういえばお前、グリアノスを通して何をしていたんだ?」
やがて昼食を終え、バスケットに包装紙などを片づける。ヴィータが紅茶の準備をしてくれている間、クロウは傷ついてじっとしているグリアノスを見ながら問う。
「ちょっとエマに稽古をつけてあげただけよ」
「で、このザマか。妹虐めも程々にしておけよ、サドな歌姫殿」
「紫電(エクレール)にもサドって言われたけれど、私はこう見えてマゾなのよ」
「それ、誰も信じねぇから。
あーあー、グリアノスにこんなにも無茶させやがって……酷い主だよな?」
そう言って同意を求めようとグリアノスに手を伸ばすと、いきなり鋭い嘴につつかれてしまった。
「イテッ!? な、何だ?」
「貴方が私のことを酷い主とか言うからでしょ。
グリアノスに振られちゃって、可哀想に。今ならお姉さんが慰めてあげるけど?」
「いるかよ、そんなの」
「強がっちゃって」
つつかれた手の甲をさすりながら、しかしクロウはヴィータに甘えようとはしなかった。それを残念に思うこともなく、ヴィータはベッドに寝転がる。しかし1人で寝るには大きすぎるベッドだ。それを不満に思うことはないが、今はちょうどもう1人いるのだから、一緒に寝るのもまた良いだろう。
「クロウ、こっちに来て」
「何だ?」
「いいから」
ヴィータが何を望んでいるのか、なんとなくだが分かっている。素直にそれを受け入れるのは気が進まないが、かと言って抵抗するのはもっと面倒なので止めておく。
「せっかく広いベッドがあるんだもの。一緒に寝ましょう?」
「何でそうなる……ガキじゃあるまいし、寝たきゃ1人で寝てろ」
「つれないわねぇ……グリアノスに振られてしょぼくれているのを、お姉さんが慰めてあげようと思ったのに」
「誰がしょぼくれているだって?」
呆れるが、このまま押し問答を繰り返すなんてやっていられない。致し方なく、ヴィータの言う通りにする。彼女が寝転がっているベッドに腰掛けると、素直な態度を嬉しく思ったのか、妖艶に微笑んだ。
普段から露出度の高い服を着ているだけに、少し足をずらしただけで太腿よりも上の部位が見えてしまいそうになる。なのにヴィータは特に気にすることもなく、寧ろクロウを誘うかのように、その美脚を晒している。
「ちゃんと毛布をかけないと身体を冷やすぞ」
「心配してくれてありがとう。流石は私の蒼の騎士ね」
「だから、あんたのじゃねぇっての」
縁に腰かけただけでは不満なのか、服の端を引っ張るヴィータ。その様子はまるで子供っぽく、魔女と称されているとは思えない。もっとも、クロウは彼女が魔女だからなんだと言った気分だ。彼女の導きでオルディーネと邂逅することができたのだから、寧ろ感謝さえしている。
「じゃあ、私は誰のかしらね?」
「…さぁな」
「そこは『俺のだ』って言うべきだと思うのだけれど……蒼の騎士は意外とヘタレなのね」
「…うるせぇ」
本当は言おうかと思ったのだが、ヴィータの言う通りその勇気がなくてやめてしまったのだ。それを見透かしているかのような言葉に、クロウは子供っぽく口を尖らせる。
「そこまで言うなら、言ってやってもいいんだぜ?」
クロウは意を決してヴィータに覆い被さるような姿勢を取る。今は腕を伸ばし、膝立ちをしているので密着はしていないが、いつ身体を密着してもおかしくはない。
「その勇気があるのなら……どうぞ」
それでもヴィータのペースを乱すことはできなかった。本当に言うかどうか──しばし迷いはしたものの、心のどこかで既に決心はできていたと思う。クロウはヴィータが拒まないと分かると、頬に優しく触れてから彼女の華奢な体躯にそっと自分の身体を重ねた。
「お前は……俺だけのものだ」
耳元で囁かれた言葉に、ヴィータはくすぐったそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。そして密着したクロウを逃がすまいと腕を回してくる。
「…クロウ」
「なんだ?」
「私を貴方だけのものにしたいのなら……私から離れてはダメよ」
「……ったく、お前はまだまだ子供だな」
「本当、どうしてなのかしらね」
2人はそのまま目を閉じ、やがて静かに寝息を立て始めて眠った。
◆◇◆◇◆
12月30日、木曜日───。
この日、クロウが通っていたトールズ士官学院が貴族連合の手から解放された。きっと今頃、盛大に盛り上がっていることだろう。そんなめでたい時だが、クロウはもちろん貴族連合に協力する一員としてカレル離宮にある一室でカードを眺めていた。
ブレードⅡと呼ばれるカードゲームだ。先日、リィンがパンタグリュエルに来た際に、彼に渡しておいたのだが、しっかり練習しているか気がかりだった。どうせ変に考え込んで、このカードの存在すら忘れている可能性が高い。箱の中に書き置きをしておいたのだが、もしかしたら回りくどいやり方だなぁと文句を言っているかもしれない。どちらにせよ、いずれまた彼とこのブレードⅡで戦おうと思っているので、練習でもしようと思って持ってきたのだ。
「で、何でお前までここにいるんだ?」
「いいじゃない。私もブレードⅡに興味があるんだし」
最初はここには1人で来る予定だったのだが、いつの間にかヴィータについてこられてしまった。別にかまわないのだが、もうすぐリィンとの決着も近いのだから、彼女も相応の準備をしておいた方がいいはずだ。
(まぁ、それは俺もなんだけど)
こんな時にカードゲームで遊んでいるとは誰も思わないだろう。ヴィータを邪険にせず、共にリィンの妹、エリゼ・シュバルツァーが幽閉されている部屋へ向かう。暇を見つけてはこうしてエリゼのところへ行っているのだが、最初の頃はとにかくどうしてこんなことをしているのかと何度も質問されていた。それでもしばらくはぐらかしていると、やがてはどうあっても答えないと分かったのか、その質問はもうされなくなった。
「と言うか、まさかと思うが嬢ちゃんに会うとか言わねぇよな?」
「会えるわけないじゃない。かどわかした張本人なんだから」
「ならいい」
エリゼの気分を害されては困る。彼女が救出されるまで、どうせ時間の問題だろう。ならば最後まで気を落ち着けていてもらいたい。
「と言いたいところだけれど、残念ながら私も会おうと思っているの」
「いや、流石にそれは……」
部屋の前まで来てそんなことを言われるとは思わなんだ。クロウはヴィータを帰らせようかと思ったが、それよりも早く彼女が扉を開けて入室してしまったため、それは叶わなかった。
「こんにちは、エリゼ嬢」
「あ……ヴィータさん」
だが、ヴィータの姿を見たエリゼの反応は意外なものだった。怒るどころか、訪ねてきたことにほっとしている様子だ。
「クロウと一緒に遊びに来たの。いいかしら?」
「はい、もちろん」
「よう、嬢ちゃん」
「ごきげんよう、クロウさん」
ヴィータの後ろから慌てて姿を現したクロウを見ると、くすりと笑っていつものように礼儀正しく挨拶をした。だが、クロウは未だにヴィータとエリゼの間に何があったのかが気がかりだった。とは言え、この場で聞くのも憚られるので黙っておくことに。
「今日は何をしにいらっしゃったのですか?」
「あぁ。ブレードⅡってゲームを……と、思ったんだが、ヴィータがはぶられたら怒りそうだし、ポーカーでもするか」
「構いませんよ」
「クロウ、私がそんなことで怒るとでも?」
「今既に怒っているじゃねぇか」
睨みつけてくるヴィータにそう返すと、クロウはエリゼにトランプの束を渡してシャッフルしてもらう。自分がやるとイカサマをするのではないかとヴィータが釘を刺してくるに違いないので、こうする他にないのだ。
「それにしても……嬢ちゃんは肝が据わっているよな」
「そうでしょうか?」
「あぁ。こうして幽閉されているって言うのに、しっかりして……アルフィン殿下なんて四六時中不安だったしな」
「私は殿下と違って、他にも同じ状況の方がいますからね。ヴィータさんから聞きましたが、殿下は御一人で周りは皆貴族連合に協力している方々だったそうですし」
「ヴィータ……お前、勝手にあれこれ話すなよ」
「いいじゃない。クロウだって、随分と話していたそうだし」
「……まぁ、いいか」
ヴィータの指摘が図星だったため、クロウはそれ以上言及せずにエリゼがシャッフルしたトランプをそれぞれに配っていく。もちろんイカサマはしない。
「そういえば……クロウさんとヴィータさんは、お付き合いなさっているのですか?」
「はっ!?」
思わぬ一言。それも、直球ど真ん中の言葉に、クロウは驚きの声を上げる。ヴィータが声を上げることはなかったが、その視線に動きがあったのは間違いない。どうやら少なからずうろたえたようだ。
「何でそう思うんだ?」
「いえ。お二人とも、だいたい相手のことを話すことが多かったので」
そう言われて思い返してみると、確かにクロウはヴィータのことを。そしてヴィータはクロウのことをよく話題にしていた気がする。
「大した想像力だな」
溜め息を零し、呆れた態度を取れるようになったのはつい最近のことだったりする。それまではリィンと同様に気にしすぎる性格もあってか、本気で呆れていると思わせてしまうことが多かったのだ。
配り終えたカードを眺め、これからの役を考える。既にツーペアができているので、ここから狙うとしたら、やはりスリーカードだろう。クロウはヴィータとエリゼを見るが、2人とも特に表情に変化がない。
(やべぇな……人選ミスったかも)
エリゼは何故か強運の持ち主で、ポーカーでの勝率はあまりよくない。そしてヴィータほどポーカーフェイスを得意とする相手はそうはいないだろう。これは、確実に勝てる配役でなければ、自分に勝機はないに等しい。
「残念だけれど、私とクロウはそういう間柄ではないわ」
「そうでしたか。すみません、困らせるようなことを言って」
クロウが思案顔になっている間、エリゼとヴィータの会話は続いた。それに耳を傾けるだけと決めていたクロウだったが、続くヴィータの言葉に耳を疑う。
「大丈夫よ。困っていないし、寧ろそう言う風に見えたのなら嬉しいから」
「何でだよ! 嬢ちゃんに勘違いさせるなよ……」
「いいじゃない。私とクロウが特別な関係なのは変わりないんだし」
「あのなぁ……オルディーネに導いてくれたってだけだろうが」
このまま2人のペースに流されるのは癪だが、1度でも流されてしまうと中々抜け出せないので、あまり抵抗せずそれだけ返しておく。そんなことを考えつつ手持ちのカードを1枚交換すると、見事にスリーカードが揃った。賭け事はエリゼから注意を受けるのでチップなどはないので味気ないが、とりあえずこの手で行くことに。
「嬢ちゃんとヴィータはどうだ? 俺はいい感じだぜ」
わざとらしくそう言うが、ヴィータは特に手札を変えることはなかった。そしてエリゼは役が揃っていないようで、手札の5枚全てを交換することに。とりあえず彼女には勝ったに違いない。クロウは早速己の手札から明かした。
「スリーカードだ」
「ごめんなさい、ストレートよ」
「いきなり上回るなよ……」
笑みを浮かべたクロウだったが、予想通りヴィータによっていきなり玉砕されてしまった。ジト目で睨むものの、いつものように意に介する気配はない。
「エリゼ嬢は?」
「私は……フルハウスです」
エリゼの強運は今日も絶好調のようだ。
その後もクロウが2人に勝つことは中々なく、エリゼが持ち前の強運で強い役を完成させたり、或いはヴィータがブラフで役を揃えていると思わせたりと、2人にまったく太刀打ちできなかった。
「あー……全然勝てやしねぇ」
「リィンくんとの勝負に影響が出ないといいわね」
「…おい」
ゲン担ぎと言うわけではないが、確かに負け続きと言うのも困ったものだ。しかしこんな状況でリィンの名前を出す方が困り者だ。ヴィータに釘を刺すが、もう遅い。
「どうしても、兄様と戦うのですか?」
「……あぁ。お互い、譲れないものがあるからな」
それにここまで来て、今更白旗を上げるほどクロウもお人好しではない。残念そうにするエリゼを見、クロウは溜め息を零して優しく彼女の頭を撫でた。
「あっ……」
「けど、あいつは俺を取り戻す気満々だ。
兄貴を信じているなら、俺が連れ戻されるって信じておいた方がいいぜ」
「クロウさん……」
「まぁ、もしも連れ戻されたら、その時はまたポーカーでもしようぜ」
「…はい、是非」
やがてエリゼとは別れ、別の部屋でヴィータと共にのんびり過ごす。しかし失言だったと理解しているのか、ヴィータはあまり口を開こうとはしない。
「ヴィータ。ちょっとブレードⅡの練習相手になってくれねぇか?」
「……いいわよ」
乗り気かどうかは分からないが、素直に応じてくれたので早速対面に座ってカードを配る。
ブレードⅡとは、1~7枚の数字のカードと、4種類の特殊なカードを駆使して戦うカードゲームだ。まず、山札からそれぞれ10枚のカードをドローし、その後更に山札から互いの場に1枚ずつカードをセットする。その際、数字が低い方を先攻とし、手札から数字の書かれたカードを後攻と交互に出していき、最終的に合計値の高い方が勝利と言うことだ。
ちなみに特殊なカードは値を1とし、最後まで手札に残ってしまうと負けとなる。
「そんじゃあ、やっていくか」
クロウがカードをシャッフルし、互いの場にカードを配っていく。そして最後に先攻と後攻を決めるためのカードを配する。ヴィータは2、そしてクロウは4だ。手札のカードも中々だ。失敗さえ起こさなければ、なんとか勝てるだろう。
「いっちょ揉んでやるぜ」
「意外と大胆なのね」
「変な意味じゃねぇよ」
意気込むクロウの気が一気に削がれたが、少しは彼女のペースも戻っているのならなによりだ。
「それじゃあ……3を」
まずは単調に数字を増加させていく。それはクロウも同様で、手札から2を出して値を1だけ上回るようにする。それをしばし繰り返し、やがて互いの手札が3枚となる。ここからが勝負だ。クロウの値は22で、手札は相手の一番上のカードを破壊できるボルトと、数字の6と7となっている。対してヴィータは値が19で、ここからの逆転は残っている特殊カードによるだろう。
「…フォースを使うわ」
そしてヴィータが出したのは、やはり特殊なカードだった。フォースが発動され、自分の場にあるカードの合計値が2倍になり、38となる。クロウはすかさずボルトを発動させてそれを破壊する。
「意地悪ね」
「何を今更」
むぅと剥れるヴィータは、いつもの大人っぽさよりもあどけなさが出ていて可愛らしい。そんなことを言ったら何をされるか分からないので口を噤んだ。
「なら、1を使うわ」
「そう来たか……」
1は全く以て役に立たないかと思いきや、ボルトで破壊された際に使うことで、破壊されたカードを元の状態に戻すことができる。つまりヴィータの値は38に戻ってしまい、クロウに勝ち目はなくなってしまった。
「あちゃー……俺の負けか」
「ふふっ、残念でした」
「…リベンジしたいところだが、何もないっていうのも味気ねぇし……そうだな、ここは勝った方が相手に言うことを聞かせられるってのはどうだ?」
「いいわよ。変なことをしたら赦さないけど」
「しないっての。つーか、すると思ってんのかよ」
「もちろん、思っていないわよ」
「だろうな」
賭けの内容を決めると、今度はヴィータがカードを配っていく。今度こそ──そう思ったクロウの手札は、先程と同じく数字と特殊カードのバランスが整っていた。今回の先攻はクロウがつとめることとなり、早速カードを置いて、数字を上げていく。
やがて残りが3枚となると、クロウはミラーを使ってヴィータと場のカードを入れ替える。しかしすぐに彼女も同じカードを使って元の状態に戻してしまった。互いのカードは差が1しかない。自分が持っているのは6と、相手の手札から1枚選んで破壊するブラストと呼ばれるカードだ。だが、特殊カードを最後まで残していてはルール違反として負けてしまう。
「ブラストだ」
「あっ……!」
両方とも数字のカードか、はたまた片方特殊カードか。どちらにせよ、迷ってはいられない。クロウはヴィータの手札から1枚選び、それを破棄させる。クロウが選んだカードは───
「よっしゃ!」
「もう……お姉さん相手に手加減しないなんて、クロウの方がよっぽどサドね」
───描かれていたのは、数字の7だった。そしてヴィータの手元に残ったのは、ボルトのカード。これでカードを出せるのはクロウだけとなり、ヴィータは敗北となった。
「おーしっ、やったぜ」
「もう……少しは手加減するのが紳士でしょ?」
「俺にそんなのを求める方が間違っているっての」
「まぁ、確かにね」
否定してもらえなかった。自分で言ったこととは言え、なんだか物悲しく感じてしまう。咳払いして気持ちを切り替える。そしてヴィータに何を命ずるか腕を組んで考え出す。
「んー……そういやぁ、ヴィータは料理とかできるのか?」
「なぁに、唐突に?」
「いや、こないだフィッシュバーガーを作っただろ? だから、ヴィータの料理も食ってみたいなぁと」
「…まさかヘタレなクロウからプロポーズしてもらえるなんてね~」
「ばっか! ちげぇって」
ヴィータの返答に真っ赤になるクロウ。その狼狽ぶりに満足したのか、再びカードを配る。ペースを崩さないヴィータの様子に、クロウも深呼吸をしてやがて気を落ち着ける。
「今度は私の先攻のようね」
最初のゲームと同じように、先攻はヴィータがつとめることに。ヴィータの場にはブラストのカード。つまり、彼女の値は1だ。対するクロウは4で、かなり優位に立っている。
「ここは、流すわ」
「げっ!」
だが、この差を打開する方法がある。ヴィータは手札から3をだし、クロウの場にあるカードと値が同じようにする。互いの数字が同じとなった場合、仕切り直しになるのだ。そして山札から場のカードを引くと、今度はヴィータが3、そしてクロウは2となる。今度はクロウが劣勢に立たされる。
「負けるかよ」
これ以上劣勢に立たされるのは御免だ。改めて仕切り直そうかと思ったが、大きな差でもないので2を出し、差を1のまま維持していく。ヴィータも同じ気持ちなのか、2を出して差を変えずに続けていく。一気に攻めようと値の大きい数字を出しては、ミラーかボルトで破壊されるだろう。フォースを持っていないクロウとしては、覆せなくなるので簡単には攻めきれない。
「ミラーよ」
「…なら、ボルトだ」
やがて互いの手札の残りが減ってくると、残った特殊カードを使い切ろうとヴィータが動いた。ミラーで互いの場のカードを入れ替えるが、クロウはボルトでそれを破壊する。しかしまだ1を残していたヴィータはボルトで破壊されたカードを復活させる。
「くっ……」
残っているのは6とミラーだけ。当然、ここではミラーを出すしかない。まだ差は1しかないので、もしヴィータがボルトを持っていたら、負けが確定してしまう。意を決し、クロウはミラーを使う。
「あら、残念ね」
しかしヴィータが使ってきたのは、クロウと同じくミラーだった。となると、残っているカードの値が大きい方が勝つことになる。顔を見合わせ、どちらともなく手元に残った最後の1枚を見せる。クロウは6、そしてヴィータは……7だった。
「ちぇー……俺の2敗、か」
「いい勝負だったわね」
勝ててご機嫌のヴィータ。その笑みを見て、クロウも頬を緩める。いつもの妖艶な笑みも素敵だが、こういう時に見せてくれる相応な笑みも好きだ。
「…で? 俺に何を命令するんだ?」
「そうね……」
しばらく思案した後、ヴィータはおもむろに立ち上がった。そしてクロウの正面まで来ると、ぎゅっと彼を抱き締める。
「クロウ……」
「何だ?」
「お願い。無事でいて」
その言葉に、ようやくヴィータの真意に気がついた。エリゼがいる場所でリィンのことを口にしたのは、クロウの決意が揺らいでいないか確認したかったからなのだろう。今日はトールズ士官学院解放されたと言うこともあって、余計に気になってしまったようだ。
「ったく、素直に心配だって言えっての」
「いいじゃない。私とクロウの仲なんだから……分かってくれるでしょ?」
「まぁな」
ヴィータの言う通りだ。うぬぼれかもしれないが、自分以上に彼女を理解している奴はいないと思う。付き合いが長いからと言うのもあるかもしれないが、なにより2人はお互いのことを───。
「分かったよ。ちゃんと無事でいる。
その代わり、約束しろ。お前も無事でいるって」
「クロウ……」
「おっと、結社の一員だからとか、魔女だからとか……下らねぇことを言うなよ。
ヴィータ・クロチルダ……お前は、俺の女なんだから」
鼓動が高鳴っていく。かなり恥ずかしいし、ヴィータははぐらかすかもしれない。それでも、今言わないと後悔しそうな気がした。それにこれ以上先延ばしにするのも、クロウとしては嫌だったから。
「…それじゃあ、おまじないしないとね」
そう言って、ヴィータはいつもの妖艶な笑みを浮かべ、クロウと──唇を、重ねた。