シビュラシステム召喚   作:公安のわんわんお

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投稿頻度は1〜2日に一回を目安にします。


#2 ウカノミタマの賜物

クワ・トイネ公国 北東空域

 

 その日の空は快晴だった。

 クワ・トイネ皇国の竜騎士マールパティマは、今日もワイバーンという竜に跨り、大陸の北東空域を哨戒していた。

 この空域には特に仮想敵国はいない。しかし、最近緊張が続いている西のロウリア王国が、この近辺まで迂回して奇襲しようと企む可能性もあった。用心しておくに越したことはない。

 彼はそんな事情を抱えながらも、今日は何事もなく哨戒飛行を終えるはずだった。

 そんな時、東の空に何か黒い点のようなものが見えた。

 

「ん──なんだあれ?」

 

 相棒のワイバーンの手綱を握り、少し旋回させると、黒い点は形が変わって翼のようなものが見えた。

 マールパティマは大きな逸れワイバーンかと思ったが、それにしては全く羽ばたいていない。質感も無機質だった。

 マールパティマはとりあえず司令部に連絡を入れることにした。背中に背負った魔導通信機を操作し、ラッパの吹き口のようなマイクに向かって喋りかける。

 

「司令部、司令部、こちら第六飛竜隊のマールパティマ。北東方面にて未確認騎を発見。これより追跡する」

『了解。接触し、可能ならば退避させよ』

「了解した」

 

 マールパティマは手綱を弾き、ワイバーンを加速させて相手の懐に入ろうとする。

 しかし、その前に相手の未確認騎と高速ですれ違った。

 

「うおっ!?」

 

 凄まじい速度ですれ違い、マールパティマのワイバーンは大きく怯んだ。手綱を操り興奮するワイバーンを宥めると、すぐに反転して未確認騎を追いかけようとする。

 しかし、わずかな時間だったのにその距離はもう遥か彼方まで遠ざかっていた。

 

「くそっ、追いつけない……!」

 

 マールパティマは冷や汗をかく。

 未確認騎が向かっていたのは人口密集地の経済都市マイハークだったからだ。

 

「司令部!司令部!こちら第六飛竜隊マールパティマ!未確認騎は高速で飛行中、とても追いつけない!目標はマイハークへ向かっている!スクランブルを要請する!!」

『なんだって……了解した!第六飛竜隊全騎士にスクランブルを掛ける!貴騎はマイハーク上空で合流せよ!』

 

 マールパティマからの応援要請を受け、第六飛竜隊はスクランブルを号令。即座に飛竜隊の有する全ワイバーン、計13騎が滑走路から一斉に飛び上がっていく。

 


 

数分後

クワ・トイネ公国 経済都市マイハーク

 

 マイハーク騎士団の若き騎士団長イーネは、兵士たちを完全武装させて城壁に展開させていた。

 第六飛竜隊からの緊急連絡を受け、自身も鎧と弓を持って城壁を駆け上がったイーネであったが、その行為にあまり意味があるとは思えなかった。

 謎の飛行物体は、公国軍のワイバーンを振り切りマイハーク上空を旋回している。こちらのワイバーンが届かないような超高高度を飛んでいるので、ワイバーンは振り切られて追いつけないのだ。

 

「ダメか……」

 

 イーネは独りごちた。

 弓を構えるまでもなく、届かないのは分かりきっている。背後を見れば、マイハークの住民達は怯えた表情で家に閉じこもって鍵をかけていた。

 だが単騎で来た以上、攻撃が目的ではないことは明らかだ。おそらく目的は偵察、我々の知らない謎の飛行物体を使う勢力が、北東方面に存在するということだ。

 

「あっちに何があるんだ……?」

 

 イーネは北東方面を見た。飛行物体はその後10分ほどマイハーク上空を旋回したのち、満足したのか北東方面へ帰って行った。

 


 

日本国首都東京 首相官邸

 

 日本の政治的中枢である首相官邸。

 二世紀近く前からずっと変わらない、低いガラス張りの美しい建物であるこの官邸。だが時代が変わり、地下は十階近くまで拡張されている。

 そんな頑丈なビルには、地下八階に非常時対応会議室が存在する。ここは災害や有事の際に日本の首相が指揮を取るための施設であり、最も頑丈な区画の一つだった。

 

 厚生省公安局刑事課所属の監視官の若き女性刑事──常守朱は、公安局の代表としてこの会議に出席していた。

 公安局刑事課……彼らはシビュラの犬とも呼ばれることがある。

 常守らはシビュラシステムの判断に従い、サイコパス値が悪化し、犯罪者になりうると判断された人々──所謂"潜在犯"を取り締まる組織に属している。

 だが常守は、公安局に所属していながらも、そのシビュラシステムの真相を知っている数少ない人間であった──

 

「…………」

 

 常守は無言で会議室の席に座る。

 彼女の隣には、厚生省の代表として大臣官房統計本部長の慎導篤志が座った。

 ここのところ彼らは、首相官邸に篭りっぱなしであった。何せ開国政策を少しずつ進めていた際に起きた突然の音信不通。事態が事態なので、海外勢力の工作疑惑もある。一大事になる可能性があった。

 常守は、隣に座る慎導篤志を横目で見る。不満そうな表情だった。何せ開国政策を進め、難民の受け入れを提言していたのは彼自身だからだ。

 

「開国政策、どうなりますかね」

 

 常守が小声で語りかける。

 

「無駄にならないことを祈るさ。まあ、悪い結果でも受け入れるつもりだよ」

 

 慎導はそう言った。

 徐々に人が集まってきた会議室に、護衛を連れ、背広のスーツを着込んだ背の高い中年の男が入ってきた。

 

「総理大臣が入ります」

 

 彼が入ると、側近がそう言った。

 途端に会議室の面々たちが一斉に立ち上がる。常守と慎導も立ち上がって、日本国内閣総理大臣たる武田実成に敬意を払った。

 

「座ってくれ。状況は?」

「先ほど国防省より、UA-01長距離偵察ドローンの偵察結果が出ました。撮影した映像を流します」

 

 そう切り出したのは、国防省の軍人。

 高度にシステム化されたAIやドローンによる自動化戦闘が主流となった現代の戦場にて、人間の軍人というのは非常に優秀な者の集まりであり、かつ人を殺してもサイコパス値が曇りにくい人材が求められている。

 彼もまた、シビュラシステムからそのように適性を診断され、軍人としてのコースを長年歩んで来た人間であろう。

 

「こちらは名護基地より南に500kmの地点。本来ならばスプラトリー諸島があるはずの地点ですが、確認されたのは……」

 

 会議室の大画面に映像が映し出される。

 そこは本来なら海外の領土であるはずだが、ドローンが捉えた土地は全く違うものだった。

 

「こちらの巨大な大陸です。面積は不明。しかし都市と思しき人工物が多数確認されています。それからこれを──」

 

 国防省の軍人が画面を切り替える。

 そこに映ったのは、地球ではまず存在があり得ない空想上の生き物、ドラゴンだった。

 

「こちらは偵察機が接触した、空飛ぶ竜のような生き物です」

 

 その画像に、内閣の大臣達はどよめきの声を上げた。無理もない。フェイクではない本物のドラゴンが国防省のドローンと接触したのだ。

 常守も動揺を抑えていたが、自分の目が信じられない思いだった。今まで現実には存在しないと思われていた生物が、突如として存在し始めた事実。得体の知れない何かがのしかかる。

 

「先日から発生している連続的な海外との連絡切断、そして今回の新大陸の出現と、不可解な出来事が立て続けに起きています。そしてこの偵察結果……海外勢力の工作と疑うのは難しいでしょう」

「ドラゴンがホログラムの可能性は?」

「ありません。レーダーにはしっかりとこの目標が判別できました。フェイクの可能性は限りなく低いと見ています」

 

 国防省の軍人は、大真面目にそう言った。そして彼は続ける。

 

「また、他の地域にも偵察を出しましたが、日本周辺の海域が完全に不明なものに置き換わっています。誠に信じ難いことですが……本件は新大陸が突然日本の近辺に出現したのではなく、我が国が異なる星に転移したと見るべきです」

 

 国防省が既に結論付けているその答えは、とても信じられる内容ではなかった。大臣達が一気に狼狽する。

 

「そんなバカな……」

「それが事実だとして、国民にどう説明する?」

「シビュラシステムの判断を仰ぐべきでは……?」

「馬鹿者!それではなんのための政治家だ!」

 

 政治家達がこの非常事態に激しい議論を交わす中、彼らが少し鎮まるのを見計らい、常守は発言を求めた。

 

「公安局として発言します。ここ数日で起きた光害現象や移民船のロスト、海外との通信遮断を受け、市民には徐々にですが根も葉もない噂が広がっています。このまま日本が別の星に転移したことを明かせば、市民には強いストレスを与えかねません」

 

 常守の言葉には多くの大臣たちも同意見だったのか、唸る声が聞こえた。そして、外務省からも発言を求める挙手が上がった。

 

「外務省も言わせてもらいます。我が国がこの惑星……以後"新世界"と呼称しますが、我々はこの世界のことを何も知らない状態です。我が国は自給自足が可能なので、しばらくの間は偵察や情報収集に徹し、未知の国家とのコンタクトは避けるべきではないでしょうか?」

 

 痩せ気味の外務省事務次官、磯谷宗央がメガネを人差し指で揃えながらそう言った。その意見には、官房長官も同意見であったのか、総理大臣の方へ意見を述べる。

 

「外務省事務次官の言うとおりかも知れません。確かに我が国の自給自足に問題は出ていませんし、下手に出るよりも大人しくしておいた方がよろしいかと」

「確かに、ドラゴンが出るような見知らぬ世界では何が起こるかわからない。鎖国体制を続けた方が良さそうだな」

「その通りです」

 

 総理の言うとおり、今の日本はシビュラシステムによる鎖国体制を築き上げてきた。

 元の世界で2020年ごろから始まった新自由主義経済の歪みによる貧富の差の拡大が原因となり、倫理・道徳観念の世界的崩壊が発生。犯罪・紛争の激化に起因する政情不安のため、世界各国で政府や国家の崩壊が起こった。

 結果、日本以外の国の多くは無法地帯となり、戦争・紛争・虐殺・暴力などの応酬が行われる混沌たる情勢となった。

 そんな中でこの国が平和を保っていられたのは、シビュラシステムによる色相判定と犯罪の未然処理、そして他国の紛争に巻き込まれないための鎖国政策である。

 それを達成するため、日本は深震度地下やメタンハイドレートの開発を進めて資源の自給自足を達成。食料に関しても、遺伝子強化された小麦・ハイパーオーツの普及によって自給を達成している。

 そのためこの国は、他国と積極的に交流する必要はなかった。

 だが慎導の尽力もあり、最近になって鎖国政策を緩める話も出てきていた。外務省が外国船舶を監視していたのはそのためであったが、転移によって一時振り出しに戻った形であった。

 慎導は鎖国体制を続けようとする総理大臣を見つめて、不満そうに睨んだ。何か言いたげであったが、この世界で下手を打つわけにはいかないのも事実だった。

 

「大臣」

 

 総理や大臣達が今後の方針をどうするべきか、その考えがまとまり始めていた時、農林省の大臣に耳打ちする官僚が現れた。

 

「なにっ……それは本当か?」

「どうした?」

 

 彼からの報告を受けた農林水産大臣は、顔色を変えて即座に総理の方を向いた。そして衝撃的なトラブルが発生していることを告げる。

 

「総理、たった今、農産局から緊急連絡が入りました。北陸の無人穀倉地帯にて、ウカノミタマ防御ウィルスでも対処不能な新種のウィルスが急速に蔓延しているとのこと!」

「なん、だと……?」

 

 農林大臣からの報告を受け、武田総理は絶句した。それは日本の鎖国体制が危機に陥ったことを示す合図だった。

 

「(ハイパーオーツに新種のウィルス……まさか──!)」

 

 そして常守は──それらの単語を聞いて、あの事件の出来事の記憶が蘇った。

 




用語解説
『UA-01長距離偵察ドローン』
名前は妄想で付けましたが、見た目はPSYCHO-PASSの劇場版一作目に出てきた偵察機型ドローン。作中ではゲリラ掃討作戦時に空から偵察し、目標のサイコパス値を測定したりしていた。
本作では燃費の良い単発エンジンを搭載した、航続距離の長い偵察機として設定。偵察機だが武装に対地ミサイルを積める模様。
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