シビュラシステム召喚 作:公安のわんわんお
日本国首都東京 厚生省公安局
「気安く我の名を呼ぶな──この外道共が」
太陽神と呼ばれた少女は、禾生を──いや、
鋭い眼光、そして背後に浮かび上がる神のエネルギー。それを前にすれば、普通の人間など恐怖で身が竦む筈だが、禾生は顔色を変えずに言葉を返す。
「おやおや、手厳しい。太陽の神とあらせられるお方なら、さぞ広いお心を持っていると想像していたが」
「生憎、貴様らに寛容さを持ち合わせるつもりはない。犯罪者の脳が集まった貴様らが、この社会の神であるかのように振る舞うなど、度し難い」
太陽神はシビュラシステムの正体を形容し、軽蔑し嫌悪するような言葉遣いでそう言う。
そう、彼女の言う通り、シビュラシステムというのは人間の脳が大量に集まって出来ているバイオコンピュータなのだ。
表向きには「都市に分散配置されたサーバーを経由している」と説明されているが、実際にはある一点でこのバイオコンピュータを経由している。
しかもそのバイオコンピュータとして使われている脳は、かつて人間だった頃に様々な犯罪を犯した猟奇的な精神を持った者たち……今で言うなら
そうつまり、かの槙島聖護と同じ体質の人間達が、この日本社会における全ての善悪を決めているのだった。
太陽神はそのことをはじめから知っている。そんな気色の悪い存在が、この国で神のように振る舞っている。太陽神がシビュラを軽蔑するには十分すぎた。
「その割には、私を経由して外務省へ情報提供をしてくれたようだが?」
「勘違いするな。我はお主ではなくこの国の外交官に情報を提供したのだ。貴様らを経由しなければ怪しまれるが故のことよ」
「ふっ、それもそうだな」
太陽神は徐に立ち上がり、シビュラシステムを形成する人格の一つである禾生を指差し、警告を放つ。
「いいか?神を名乗る貴様らのような紛い物、我の手に掛かれば造作もなく捻り潰せるのだぞ。貴様らはそのことを常に肝に銘じておけ」
「そうか、ならば──」
彼女からの警告を受けたが、禾生はニヤリと笑って問いかける。
「今本当に、ここで我々を殺してしまえばどうなるかな?」
そう挑発するように問いかけると、太陽神は黙った。
「…………」
「どうした?神を名乗るのならば、矮小な人間が思いついた程度の隠蔽などさっさと看破し、我々の中枢ごとシビュラを消し去ればいい。君にはそれが出来るんだろう?」
太陽神はシビュラを睨みつける。だが、反論することはできなかった。
「それをしないのは単に、君たち神も、我々という存在がなければ今の日本社会が成り立たないということを切に理解している……ということではないかね?」
「……なるほど。人間風情も"頭数"が集まれば、大層見下げた知恵が回るものだな」
「それは褒め言葉として預かっておくよ」
禾生の言う通りだった。
元の世界が紛争まみれになり、秩序が破壊され、弱肉強食の世界になってしまっても、日本だけが唯一安全な法治国家でいられたのはシビュラがあったからに他ならない。
その恩恵は、遅くこの世界でも同じか──いや、むしろそれ以上の恩恵をもたらすだろう。もしシビュラシステムを消せば、日本社会は完全に崩壊する……太陽神もそれは否定できなかった。
「この国を召喚したのは、かの魔法帝国を滅ぼすためだ。来る時に備え、この世界の危機を救うため──」
「話は聞いてる。神に刃向かい、弓を引いたそうだね?彼らの実態には非常に興味があるよ」
「下手なことはしない方がいいぞ?我はあくまで、貴様らを
「そうか。では肝に銘じておこう」
禾生は不敵に笑いながら、上質な椅子に腰を深く下ろした。そんな禾生を最後まで睨みつけながら、太陽神は光の中へ消えていった。
転移から20日後
日本国首都東京 港区ショッピングモール
港区の大きなショッピングモールは、食料が一時的に配給制になったことで閉店していた。従業員らは臨時休業ということで出払っている。
だがシャッターの閉まったその店に、パールやハンマーを持った集団が現れ、店のシャッターを強引に破壊した。
「開いたぞ!」
シャッターが開いたのを確認した途端、彼らは我先にと食料品コーナーへ向かった。そこにはまだ配給として回収される前の缶詰や保存食などが沢山置かれていた。
彼らはそれをバックや袋に詰めるだけ詰め込み、回収される前に奪おうとしていた。
「どけっ、俺の物だ!」
「横取りすんなよ!」
「やめろ!それは俺が先に取った缶詰だぞ!」
「私のよ!!」
大勢の大人達が略奪行為をし、歪みあっている最中、開いたシャッターから一台のパトカーが突入して来た。
ドリフトで強引に停止すると、パトカーを盾に公安局の刑事が降りて彼らに警告を放つ。
『公安局刑事課です!今すぐ略奪行為をやめてください!』
暴動の通報を受けて出動した常守は、略奪行為を働いていた人々へパトカーの拡声器で警告を放つ。
それに遅れて、パトカーに随伴していた公安局の警備ドローンが一列に並んだ。
「んだとこの野郎!」
「食料が滞ってんだよ!奪うしかねぇだろ!!」
「うちの子がお腹を空かせてるのよ!見逃して頂戴!!」
だが暴徒達は聞き分けがなかった。それぞれの言い訳を叫んで公安局を追い払おうとする。
パトカーから降りた執行官の宜野座は、彼らを見据えてこう言った。
「呆れた奴らだな」
「想定内です。彼らのサイコパスが濁る前に鎮圧しましょう」
常守はそう言うと、腰のホルスターからある物を取り出した。
それは拳銃のようにグリップとトリガーが備え付けられていたが、銃として見るには異質な形をしている。
そしてなにより、先にあるべき銃口が無かった。
『携帯型心理診断、鎮圧執行システム──"ドミネーター"起動しました』
その銃を握ると、公安局のユーザー認証が行われる音声が耳に響いた。
これはこの銃──ドミネーターから放たれている完全指向性音声であり、他の者には聞こえない。
常守は起動を確認すると、即座に暴徒達にそれを向ける。
『犯罪係数、オーバー120。執行対象です。執行モード、ノンリーサル"パラライザー"。トリガーを解除します』
手頃な目標に狙いを付けると、常守は宜野座と同時に引き金を引いた。
「がっ!」
「ぎゃっ!?」
ドミネーターの青く光る部品から、強力な電磁麻痺弾が放たれる。狙いは中枢神経を避けて脚に命中したが、対象は一撃で地面に倒れてしまった。
これがパラライザー、ドミネーターの非殺傷モードである。その電磁弾は中枢神経に命中すれば二、三日は寝たきりになるほど出力が高かった。
『これ以上痛い目に遭いたくないなら、大人しく投降しなさい!』
ドミネーターを片手に常守が再度警告する。
公安局最強の暴力装置を見た暴徒達は、その威力とこの後起きるかもしれない"殺傷モード"の存在を想像し、その場で降参した。
「こちらシェパード1、ショッピングモール北側の区画を制圧しました」
『こちらシェパード2、こっちも完了です。今から合流します』
「わかったわ。道中には気をつけて」
彼らに手錠を掛けたのち、常守は別行動している班に声をかけた。向こうの方も順調であるのか、怪我人はいなかった。
「暴動はなかなか収まらないな……」
パトカーにもたれ掛かりながら、宜野座が徐にそう言った。常守はそれに答える。
「異世界の国から食料が来るのが、あと一週間くらいだそうです。それまでは油断できません」
「異世界、か。そういえば親父が古いファンタジー小説を持ってたな……」
「魔法とか、あるんですかね?」
「もしあったら夢があるな。"色相を安定させる魔法"とか」
宜野座が冗談めかしくそう言うので、常守は苦笑いで答えた。
「もしもそんなのがあったら、みんなして飛びついちゃいますよ」
「だろうな」
数ヶ月後
クワ・トイネ公国 首都
日本と国交を樹立させてから数ヶ月が経過した。その間、クワ・トイネ公国には様々な変化が現れた。
彼らはこの国の穀倉地帯と港湾を繋ぐ"鉄道"と呼ばれる輸送車両を引き、巨大船でそれを本国にまで輸送しはじめた。
電気やガス、清潔な水道なども国民に整いはじめており、徐々にではあるが舗装された幹線道路なども出来上がっていた。
最初はカナタも困惑していたホログラムも、紙が必要無くなるとのことで広く使われはじめている。
生活の様々なものが便利になっている。このような生活水準の向上は、第一文明圏の列強国でも味わえないだろう。
「凄まじいな、日本国というのは……」
他の都市と同じく急速に発展していく首都の様子を、庁舎の窓から眺めながら首相のカナタはそう言った。
独り言を聞かれていたのか、秘書が答える。
「我が国も日本のおかげでずいぶん発展しました。文明圏外の田舎国家がわずか短期間でここまで豊かになれるなんて、夢のようです」
「ああ。しかも彼の国は魔法を持ち合わせていない科学文明国であるのだから驚きだ。同じムーでもここまでではあるまい。だが──」
カナタはそこで一呼吸置き、残念そうに呟いた。
「ここまで交渉しても、日本の首都への訪問は許されなかったか……」
カナタは日本が鎖国政策を理由に首都への訪問を許可していない現状を指し、ため息をついた。
そう、クワ・トイネ公国の人々は、まだ誰も日本の主要都市に踏み入れたことがない。
結局使節団は、日本の首都である"東京"ではなく、西端にある外務省管轄の閉鎖都市"出島"だけ案内された。
そこは無数のホログラムや超高層ビルが立ち並ぶ美しい都市だった。確かにそこだけでも日本の文明レベルの高さを知れたが、ここは昔日本に移住しようとしている人たちが、入国審査が終わるまで一時的に暮らすためだけの臨時居住区なのだと言う。
外交使節団にもかかわらず、そのような閉鎖都市にしか案内されていない現状が、日本の鎖国体制の厳しさを物語っていた。
「彼の国の鎖国体制は異常です。我が国から食糧を輸入しておいて、自分は本国の位置すら曖昧にしてます」
「不平等ではある。だが我が国は、そんな実態の知らない国に頼らざる得ないわけだ」
「嘆かわしいことです」
秘書がクワ・トイネが置かれている厳しい現実を嘆き、そう言った。
「……そういえば初会談の時、彼の国には"審判の神"なる存在がいると聞きましたが、本当なんですかね?」
ふと、話題を変えるためか秘書がそんなことを言った。カナタは彼女に振り向いてそれに答える。
「ああ。彼ら日本人はその神に従い、身を委ねているらしい。自分の人生の進路ですら神に相談し、決めてもらうのだとか」
「へー……随分と人間に寄り添った神様なんですね」
秘書が随分と気楽なことを言うが、カナタはそれには賛同しかねていた。
「……案の定、我が国にもインフラの一部としてシステム導入の打診が来たよ。私は断ったがな」
「何故です?彼らの持つインフラは全て魅力的に思えますが……」
秘書が純粋な心でそう言うので、カナタはため息を吐いて、徐に椅子から立ち上がってこう答えた。
「神は敬うだけであるべきだ。その身まで委ねては人は滅びる。それではまるで……生贄と一緒だ」
用語解説
『ドミネーター』
正式名称は"携帯型心理診断鎮圧執行システム"。公安局刑事課の刑事達が使用する、犯罪者・潜在犯を裁くための拳銃。
PSYCHO-PASSシリーズの顔とも呼べるアイテムであり、相手の犯罪係数を測定し、それに合わせて銃が変形、執行モードが切り替わる。
非殺傷モードのパラライザー、殺傷モードのイルミネーター、対物用のデコンポーザーの三つのモードがある。