東方万能録   作:オムライス_

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今回から新章突入!

時期的には隼斗が魔界へ向かってから暫く経ったある日の幻想郷です。
前回までの魔界探索記に引き続き、オリジナル回となりますが、一部の登場人物の中にはまだ万能録で出ていないキャラクターも今回から登場させていきます。(……ほんの少しだけ)




幻想郷 激動篇
122話 不吉の再来


この日の幻想郷はいつにも増して静かだった

 

朝方に聞こえてくる小鳥のさえずりや、風の吹く音。段々と気温の高くなってきたこの頃、いつもなら自然と聞こえてくるはずの虫のさざめきまでもが、今日は不思議と止んでいた

 

 

 

 

そんな小さな変化など気付きもしない人々で賑わう人里。

時刻は昼過ぎという事もあり、食事処や茶屋といった飲食店の店員は表に出て呼び込みをしている。

荷車が地面を進み、車輪が軋む音から、金物屋が刃物を研ぐ小さな音

 

 

人里はいつもの如く活気に溢れていた

 

 

 

寺子屋の教師、上白沢 慧音は生徒である腕白な子供達に手を焼きつつも、授業を進めていた

 

 

「こらタカシ、授業中にパラパラ漫画を描くんじゃない。ヤス、眼鏡で光を反射させて遊ばない。のび大、寝るな」

 

 

 

貸本屋を営む『本居 小鈴』と、本の返却に訪れた九代目稗田家当主『稗田 阿求』は、里の賑やかな様子を耳にしながら、雑談に花を咲かせていた

 

 

「うーん、偶には本の趣向を変えてみるのもいいわね。漫画とかは置いてないの?異世界の歴史書でもいいわ」

 

「外の世界のなら少しはあるけど…、それだったら此処よりも吸血鬼の館にある図書館の方が良いんじゃない?」

 

 

 

 

表の通りを行き交う人々は、里の外にある嘗ての危険など忘れてしまったかの様に、子供から老人まで普段と変わらぬ平和な日常を送っていた。

これも幻想郷に決闘ルールができた事や、昔に比べ友好的な妖怪が増えた事、里の警備を守護者たる上白沢 慧音が担っている事……、そして何より博麗の巫女の存在が人々に安心と余裕を与えたのかも知れない

 

 

 

 

 

 

「んん?」

 

 

そんな時、一人の住民の男がとある異変に気が付いた。

通りと隣接する店々の屋根に不自然な影が広がっている。大きさは凡そ直径3メートル程だろうか

 

 

「?」

 

 

男は、上に何かあるのか?と思い空を見上げるも、特に何かあるわけでも無く首を傾げた

 

 

「一体何なん………、」

 

 

男の言葉はそこで止まった。

再び戻した視線の先を凝視したまま、その場に立ち尽くした

 

 

 

 

ーーー影からは真っ黒な人の手の様なナニかが伸びていた

 

 

 

それは行き交う人々に反応しているのか、はたまた風に煽られているのか、ゆらゆらと揺れている。

その細い指一本一本が、尺取虫の様な動きで不気味に動いている

 

 

「……………あっ」

 

 

短く漏れた声。男はいつの間にか持っていた荷物を地面に落としていた。

その様子を目にした老人が、不自然に立ち尽くす男の様子を怪訝に思い、徐にその視線の先を追った

 

 

「!?」

 

 

老人は言葉を失った

 

 

 

 

 

 

 

 

……それは屋根に出来た影から這い出る様に、ズルズルと姿を現した。

まるで体毛の様な黒い手に身体を覆われたソレは、左右対称に生える六本の巨大な虫の脚で屋根の上を這いずり始め、やがて停止すると顔と思われる部位を持ち上げ、耳を劈く様な金切り声をあげた

 

 

 

「キィィィィィィィィィィィィィィィイッッッ!!!」

 

 

 

その咆哮は里中に響き渡った。

人々は一斉に動きを止め、先程まで賑わいを見せていた人里は一瞬で静まり返った

 

 

……直後、

 

 

民家の屋根や壁、大通りや路地裏などの至る所に円形の黒い影が出現した

 

そして人々が呆然と立ち尽くす中、次々と這い出てくる無数の黒い手で覆われた化物

 

カサカサと虫の様な動きで暫く蠢いていた化物は、突発的に里の人々へ向き直った

 

 

「……っ」

 

 

その場にいる誰一人として、蛇に睨まれた蛙の様に動く事が出来ずにいた

 

 

「ギィィ……」

 

そんな小さな鳴き声が聞こえ、ダンッ!と一匹の化物が屋根から飛び降り、着地した

 

偶々通りに立っていた少女の前に

 

 

「……」

 

 

化物は少女の顔を覗き込んだ。

無数に生える黒い手の向こう側から、薄っすらと見える赤い瞳がギョロギョロと忙しなく動いている

 

 

「あぁああああああ!!」

 

 

そう叫び、一人の男が渾身の力で化物を蹴りつけた。

その手にしっかりと少女の手を握り、自身の後ろへ引き寄せながら

 

 

彼女の父親だった

 

 

 

「!?……ぬ、抜けっ」

 

 

しかし、蹴りつけた足は化物を覆う無数の手に絡め取られてしまい、逆にバランスを崩した父親はその場に倒れ込んだ。

ゆうに大人の二倍はあるであろう体格差から、化物は怯むどころか獲物を少女から父親へと変えた

 

 

「と、父さん!」

 

 

少女から発せられた叫び声が、その場の人々の硬直を解く引き金となった

 

 

『うあああああああああああああーーー』

 

 

悲鳴をあげ、一斉に逃げ出す住民達。

それと同時に虫の様な化物達もそれぞれの標的を選定して動き出した。

強靭な後ろ脚で跳躍し、逃げ惑う人々の背中に飛び掛かっていく

 

 

……一時だけの静寂は砕かれ、今までの平穏が崩れ去った瞬間だった

 

 

周囲は逃げ惑う人々の悲鳴と、化物の不気味な咆哮で埋め尽くされた。

そんな中、少女は必死に父親の袖を引っ張り、なんとか助け出そうとしている

 

 

「父さん!頑張って!」

 

 

「父さんの事はいいから逃げろ!お前も捕まってしまうぞ!!」

 

 

既に身体の半分程を化物の触手の様な手に拘束されながらも、父親は娘に逃げる様叫んだ

 

 

しかし少女は首を横に振り、父親を放そうとしなかった

 

 

「駄目ぇ!一緒に逃げるの!!」

 

 

 

ーーー背後から、カサカサッと這いずる音が鳴った。父親の袖を握る少女の動きが止まる

 

 

「あっ……ああ」

 

 

その震える身体にゆっくりと伸びてくる無数の黒い手。それをみた父親は表情を歪ませ、力の限り叫んだ

 

 

「娘に触るんじゃない化物ぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ボォ……ッと、一瞬その場が熱気に包まれ、少女の背後にいた化物は炎上しながら吹き飛んだ

 

 

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

 

優しくかけられた声

 

 

だが次の瞬間には、父親に覆い被さっていた化物を蹴り飛ばす白髪の少女の姿があった

 

 

「……今のうちに早く逃げて」

 

 

その言葉で、倒れたまま呆気に取られていた父親は我に返った。

急いで起き上がり、娘を抱き寄せながらその少女を一見した後、一礼して駆けて行った

 

 

その様子を横目遣いで見送った少女は、掌に霊力を集束させると、一言口にした

 

 

「害虫駆除の時間だ」

 

 

新たに目の前に降り立った複数の化物を前に、『藤原 妹紅』は怒りを露わにしながら対峙する

 

 

 

ーーー

 

 

里中がパニックとなり、小鈴の貸本屋もその混乱に巻き込まれていた。

カサカサッと不快な音を立てながら這い回る化物は、人の気配を探れるのか、屋内に身を潜めていた小鈴とその両親、偶々訪れていた阿求の気配を嗅ぎつけ集まってきた

 

 

小鈴達は一箇所の部屋に追い込まれ、護身用の手斧を持った小鈴の父親が前に出て戦おうとしていた

 

 

しかし実際に戦闘が起こる事はなかった

 

 

「お怪我はありませんか?」

 

 

グラデーションのかかった髪を靡かせ、不可思議な光を放つ巻物を手に、ほぼ一瞬で複数の化物を一掃した女性は、仏の様に穏やかな表情を浮かべながら微笑んだ

 

 

「貴女……、命蓮寺の……」

 

 

そう口にした阿求を含め、全員が軽い放心状態となっている中、その女性の元へ紺色の頭巾を被った女性が駆け寄ってきた

 

 

「姐さん、やっぱり里全体が襲われてるみたい」

 

「……わかりました。私は引き続き住民の方々の救護に向かいます。一輪、彼女等の事を頼んでも?」

 

「任されました」

 

 

二つ返事で了承した一輪は小鈴達の元へ。

 

 

そして戦う僧侶と化した『聖 白蓮』は、疾風の如くその場を後にした

 

 

 







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