東方万能録   作:オムライス_

126 / 196




123話 拡散する凶変

 

この日、紅魔館の門番である紅 美鈴は居眠りをしていなかった

 

 

普段から役職上、一日中立番する事すらある彼女は、度々メイド長の隙を見つけては昼寝をしている。

しかし、睡眠中であっても周囲に気を集中させている為か、門の出入りがあった場合や、接近する気配等即座に察知できる為、例え寝ていようが門番として最低限の職務はこなすことができる

 

 

……これはいつも通りの日常であったならの話

 

 

 

 

「……何処の誰かは知りませんが」

 

 

人里では比較的安全な妖怪として認知されている美鈴。時には人間とも親しく挨拶を交わす程穏やかな彼女が、唯一見せる威圧的な一面…。

 

 

 

ーーー己が主の座する紅魔館を護る時である

 

 

「お帰りを。さもなくば此処で迎撃します」

 

 

鋭い眼光で正面を睨み、警告する。

目の前にある小さな林にできた木陰から顔を出す複数の対者

 

 

「ギ……、ギギ…」

 

 

梟の様に首を震わせながら、影から現れた人型のソレは、まるで傀儡を思わせる動きでカタカタと揺れ始める。

身体全体を黒い靄に覆われ、僅かに垣間見えたその顔は、『髑髏』の様な容姿をしていた

 

 

(確実に人間じゃない。……かと言って妖怪って訳でも無さそうだけど……。一体なに……、っ!!)

 

 

美鈴は新たに現れた気配に、思わず意識を周囲へ向ける

 

目の前の傀儡と同じ気配は、まるで紅魔館を取り囲む様に次々と出現していた

 

 

(この数っ!最初から狙われていた…!?)

 

 

「ギギ……」

 

 

目の前の傀儡は腕の形状を刃の様に変化させ、ジリジリと距離を詰めてきていた。

刀身を振り上げ、三匹の傀儡は三方向から美鈴に向けて刃を振るった

 

 

「……」

 

 

 

しかし、美鈴の意識は既に目の前の傀儡達には無かった

 

 

「ギ?」

 

 

傀儡は美鈴の流れる様な足の運びを目で捉えることができなかった

 

 

気が付いた時には右方にいた傀儡は打突を受けて吹き飛ばされ、中心にいた傀儡は背後から自身を貫く刃に首を傾げた後、力なく崩れ落ちた

 

 

「此処に攻め入るからには相応の覚悟をして貰うぞ」

 

 

美鈴は冷ややかにそう告げると、突き刺していた左方の傀儡の『腕』を引き抜いた

 

 

(入口は正門と裏門……。まあ、礼儀正しく入ってくるわけないか)

 

 

地に転がっている傀儡には目もくれず、美鈴は正門に常備してある魔法陣を軽くなぞった。

普段は滅多に使う事がない、館内へ危険を知らせる警報装置の様なものだ

 

 

再び美鈴の元へ集まってくる複数の気配。

新たに動員された傀儡は敵陣に攻め入る上での優先順位を選定したのか、湯水が湧き出る様に増殖していく

 

 

美鈴は怯まない。

全身を闘気が覆い、紅いオーラを纏った龍はゆっくりと構えをとった

 

 

「此処は何人たりとも通すつもりはない。命が惜しくない者だけかかって来い」

 

 

 

 

ーーー

 

 

哨戒を主たる任務としている白狼天狗の犬走 椛は、自身率いる隊をもって、侵入者を迎え撃っていた

 

 

「何なんだコイツ等…ッ!?」

 

 

生い茂る木々の間を自由に駆け抜け、枝から枝へ跳び回る身体が黒い靄に覆われたトカゲの様な化物。

大木を深々と抉り取る程の鋭く発達した爪を武器に、警備に当たる白狼天狗へ次々と襲い掛かって来ていた。

天狗とまともに立ち回る程のスピードを有し、その髑髏の様な頭部から覗く赤い眼光は同色の軌跡をつくった

 

 

「犬走隊長、敵の数が徐々に増加しています!このままでは……!」

 

「既に伝令は出してある!増援が来るまで持ち堪えろ!!」

 

「カロロロ……」

 

「!!」

 

 

ギィィインッッ!!と、椛の盾に化物の爪が突き立てられた。

堅牢な造りになっている鋼の盾だが、思わず耳を塞ぎたくなる様な不快な金切り音と共に、表面に残された鋭利な爪痕がその威力を物語っていた

 

 

「はああッッ!!」

 

 

椛は盾を引き、その交換作用をもって刀をトカゲの胸部へ突き刺した。

致命傷を与えたのかトカゲは身体に纏う靄を散らす様に四散していったが、そんなもの大した損耗にはならないとばかりに、周囲に浮き出ている影から次々と飛び出してくる

 

 

「くっ、ジリ貧か…!」

 

 

既に負傷者も多数出ている。

その負傷者等を搬送する為に割く人員すら今は容易ではない。

明らかに敵の数が自軍を上回りつつあった

 

 

代わる代わる襲い来るトカゲの群れを斬り捨てながら、椛は最悪のケースを想定していた

 

現状、その正体も規模もわからない侵略者の存在は、彼女に僅かな気落ちを与え、その動きを鈍らせていた

 

 

 

 

「カアアアアアッッ!!」

 

 

鋸の様な牙を剥き出しに向かってきた一匹が、椛の刀に噛み付く

 

 

「しまっ…!?」

 

 

途端に動きの止まった標的へ、トカゲ達は一斉に襲い掛かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旋風『鳥居つむじ風』!!」

 

 

ビュゴォォッッ!!と、突如発生した二つの竜巻が、群がるトカゲを吹き飛ばした。

更に竜巻は周囲の木々に反射する様に、しかし的確に侵入者を巻き込んでいく

 

 

「しっかりしなさい、椛。戦闘中に気を緩めるなんて貴女らしくもない」

 

 

次に自身を諭す声。

椛はその人物に若干の悪態を付けながら振り返った

 

 

「文さんこそ……、少々到着が遅いのでは?」

 

 

黒い翼を広げ、射命丸 文は微笑を浮かべながら言う

 

 

「これでも可愛い後輩が心配で急いで飛んで来たんですけどねぇ?」

 

 

 

「……………調子狂う事言わないでください」

 

 

椛は一度咳払いした後、敵方へ向き直った。

その隣へ降りてきた文も、率いてきた部下へ指示を飛ばす

 

 

「何としても此処で食い止める!これ以上の侵攻を許すな!!」

 

 

その命令に応える様に、背後では増援として駆け付けた烏天狗達が一斉に侵入者へと攻撃を開始した

 

 

「……っ」

 

 

前方で繰り広げられる合戦を前に、椛は先輩に一言呟き、飛び出した。

それを聞いた文も、やれやれと溜息を吐き、一拍置いた後続く

 

 

「……どういたしましてっと」

 

 

 





次回の投稿ですが、主の都合により1月31日(日曜日)となります。2週間程あいてしまいますが、ご了承お願いします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。