東方万能録   作:オムライス_

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少し遅くなりましたが投稿します!



132話 死地

 

周囲から化物達の息巻く音が鮮明に聞こえてくる。陸上は勿論、湖も空すらも異形の化物で埋め尽くされていた。

まるで閉鎖空間に定員一杯まで押しかけた様な状況に加えて、その全てが敵。

数千数万といる化物達に対し、此方の陣営は五人。内、まともに戦闘が出来るものは三人しかいない。

上空の扉には此方を監視したまま動かない100メートル近い巨人。

地上には一拳で景色を削り取る力を持った巫女まで控えている

 

 

その全てを統率する天使は無慈悲に言い放った

 

 

 

 

 

「さあ、いきなさい」

 

 

その瞬間、周囲を包む空気が一気に重圧へと変わる。まるで飛瀑の音が間近で炸裂しているかの様な轟音と共に、化物達が雄叫びをあげて殺到した

 

 

 

「幽々子!能力は効かないの!?」

 

「……瞬間的には無理みたい……!」

 

 

個体差はあれど、幽々子の死を操る能力は効いていた。だが先程のミノタウルスの様にはいかず、僅かに耐えられてしまう。それでも掛け続けていれば発動から数秒のタイムラグの後に倒れるのだが、それではこの数を相手取るには効率が悪い

 

 

そして、目の前に赤く光る二本の閃光が走った

 

 

ガキイィィッッ!!と、甲高い音が響き渡る

 

厄介な能力を持つ幽々子を逸早く仕留めようと飛び出してきた暁美。

その拳の一撃を紫が障壁で防いだ音だった

 

 

「紫…!」

 

 

あまりの衝撃と重圧に顔を顰めつつ、紫は言った

 

 

「久しぶりに会ったと思ったら挨拶の一つも無いなんてつれないじゃない?暁美」

 

「……」

 

 

返ってくるのは沈黙のみ。

人形の様に表情一つ変えない暁美は、障壁に押し当てている拳を瞬間的に打ち付ける事で、いとも容易く障壁を砕き割った

 

 

「隼斗直伝の技は健在ってわけね…!」

 

 

後方に飛び退く紫目掛けて五発の突きが打ち出される。どれも身体の中心である正中線を狙ったものであり、速過ぎる連打は全く同じタイミングで飛んできた

 

対して紫はこの追撃を予期していた。

そして反応する。

『加速と停止』、『エネルギーと衝撃』の境界を操り、インパクトの瞬間に発生する撃力を極端に弱めた

 

そうして手応えを殺された事で、違和感を感じた暁美は僅かに残心の動作を鈍らせてしまった。その一瞬の隙を突き、紫は指先を水平に振るう

 

 

 

ゾンッ!!と、暁美の足下に六芒星の陣が浮かび上がり、赤紫色の光を発しながら天高く伸びた

 

 

「……!」

 

 

光の柱に閉じ込められた暁美は抜け出そうと結界の内側に手を伸ばすが、触れた途端拒絶するかのように弾かれてしまう

 

 

「その場の空間だけ周りから切り離したから流石の貴女でも簡単には抜け出せないでしょ?」

 

 

紫の指先が淡く光を帯びる。すると結界の内壁に無数の目が現れた。目玉は全て、結界を壊そうと拳を打ち付ける暁美を凝視し、結界内をスキャンする様に瞬き始めた

 

 

(あの白い仮面……、入り込んだ天使の力が表面上に浮き出ているのね。………まだ間に合うか…!)

 

 

暁美が放つ力の質は、天使によってその殆どが侵食され、妖力と化していた。

僅かに残留する霊力も、いずれは妖の色に染まってしまう。

だからこそ、まだ助け出せる可能性も残されていた

 

 

ーーー暁美の魂に取り付いた妖としての部分を切り離す

 

 

成功する確証はない。

そもそも暁美がこの状態になってからどれ程の時間が経過したかもわからない。

もしかしたら僅かに感知できる霊力も、残留思念の様に表面を漂っているだけで、妖としての力が完全に魂と融合してしまっているかも知れない

 

 

 

 

……解析完了。

結界内に現れた無数の目は閉眼し、消失する。結果を知った紫は一層気を引き締めた

 

 

 

 

 

「貴女には帰って来てもらうわよ。暁美…!」

 

 

暁美には人間としての力が残されていた。

まだ助けられる。

その為に紫は本腰を入れる必要があった

 

過去に藤原 妹紅に取り付いた妖怪『牛鬼』を引き剥がした時の様に、暁美の体力を極限まで削り、抵抗力が弱まったところを断絶する

 

人の身でありながら、妖怪をも圧倒する力と技を合わせ持つ歴代最強の巫女を相手に、最早手加減などと言う気遣いはしている余裕がない

 

 

「!」

 

 

先程と同様、暁美の拳にドス黒いエネルギーが溜まっていく。空間ごと切り離した結界は容易く突破出来るものではない

 

 

しかし。

 

背筋に急激な悪寒がはしり、紫は反射的に横へ飛んだ

 

 

 

ゴォッッッ!!!と、身体の真横を黒い靄の混ざった空気の塊が通過する。

圧縮された衝撃波は、地形を変えながら通過地点にいる化物諸共粉砕した

 

 

(境界を貫いた!?…マズイ!次がくる!!)

 

 

粉々に砕け散った結界の破片が降り注ぐ中で、暁美の赤く光る瞳と目が合った。

構えが突きを打つ前に戻っている。

体勢を立て直せていない今の状況では回避が間に合わない

 

 

再び破壊の一撃が放たれる。

拳から発生する衝撃波は放射状に広がり遠方まで及ぶ為、後方は勿論、最早側方に逃げるだけでは躱し切れない

 

 

「…!」

 

 

だから紫はその場から動かなかった。

そして一つのスキマを展開する。

次元を捻じ曲げ、『入口と出口を繋げた』スキマの口へ、黒い衝撃波が吸い込まれる様に消える

 

 

「返すわ」

 

 

直後、暁美はスキマから吐き出された衝撃波をその身に受け、後方の化物達を巻き込みながら大きく吹き飛ばされた。

湖の上を水切りの様に何度もバウンドし、対岸で漸く足で踏ん張り減速する。

そして唇から流れる血を拭いながらゆらりと立ち上がった

 

 

(カウンターでモロに入ったのに効果が薄い?……いや、そもそも今の暁美の状態ではダメージを認知出来ているのかも怪しいわ)

 

 

紫は暁美の腹部に視線を転じた。

たった今反撃を受けた腹を黒い靄が覆い、傷の治癒を行っている

 

 

(痛覚を感じない上にある程度のダメージは修復できるって訳ね……。つまり段々と侵食の進行速度が増してきているという事。あまり時間も残されていないか…!)

 

 

修復が終わり、暁美は姿勢を落とした。

紫との位置関係は湖を挟んだ対岸側だが、今の彼女ならば一足跳びで事足りる

 

 

「……」

 

 

周囲からは扉から溢れ出た化物達の雄叫びが聞こえ、仲間達が其れ等と対峙している。

現状はまだ持っているが、此処にあの天使が加われば状況は一変。忽ち惨劇の舞台と化してしまう。

一刻も早く暁美を無力化して加勢に回る必要があるが、此方も一筋縄では行かない

 

 

(……隼斗)

 

 

一瞬脳裏を過ぎった人物

 

振り払い、意識を集中させる

 

 

……同時に対岸から博麗 暁美が砲弾の様に飛来した

 

 

 

 

 

 

「ふふっ」

 

 

サリエルは不敵な笑みを浮かべ、目の前に広がる光景を楽しんでいた。

圧倒的な数の暴力を前に、対抗するたった数人の少女達。今のところ劣勢の色は見られないが、彼女にとってそれを覆す事など造作も無い事なのだ

 

 

(まあ、あの子達がこの状況下で未だに生き延びられているのは亡霊のお嬢ちゃんの力が大きいかしらね。一応強い個体を集めたつもりだったのだけど……。)

 

 

現在扉から現れた化物の数は、全体の2/3まで減っていた。だが同時に化物達の攻撃も苛烈なものになってきている。

四方八方から迫り来る化物の先頭を走っていた一角が、糸の切れた人形の様に倒れ伏す

 

 

「……」

 

 

その中心に浮遊する幽々子は、心なしか表情に疲労の色を浮かべ、後続を走る化物の群れへ弾幕とレーザーを放ち牽制していく

 

 

(……流石に余裕が無くなってきたかしらね。数が多過ぎるわ。………それに)

 

 

幽々子は上空に聳える扉を見上げた。

そこには何故か待機したまま動かない白い体表の巨人。

天使の指示を待っているのか、唯の気まぐれなのか。恐らく前者の方だが、それならば何故天使は指示を出さないのか。

あの巨人が介入してきたら、間違いなく自分は巨人に集中するしか無くなる。能力が通用するかもわからない。

それほどあの巨人と周りの化物達との戦力差は開いていた

 

 

(……何故?)

 

 

 

 

 

「正解は〜、………『私の気まぐれ』でした ♪」

 

「!?」

 

 

 

念頭で呟いた疑問に応答があり、幽々子は思わず天使へ向き直った。

天使は笑う。

悪戯好きの子供が、新たな遊び【悪戯】を見つけた時の様に

 

 

ゆっくりと。

 

 

焦らす様に。

 

 

伸びる。

 

 

天使は掌を上空の扉へ向け、お辞儀をするかの様に前へ倒した

 

 

 

 

 

ガゴォォンッッ!!!と、凄まじい大音響が響く

 

 

 

その場の誰もが。

 

化物達ですら、その動きを止めて一斉に上空にある扉を見上げた

 

それは半分程開いていた扉に巨大な白い腕が宛てがわれ、荒々しく開け放たれた音だった。

今まで地上の様子を静観していた巨人。

赤黒く光る二つの目玉を幽々子達にそれぞれ向けた

 

 

「……」

 

 

この瞬間、巨人は『静観する者』から『兵士』へと成り替わった。

それまで鳴りを潜めていた圧力が一挙に押し寄せる

 

 

そして。

 

 

巨人は何の躊躇も無く扉から飛び降りた。

地上にいるであろう主君や、同胞達に構わず

 

 

 

ゴオッ!!!と、凄まじい衝撃の波が地上を襲う。巨人の着地と同時に、『肉片』の混ざった土が舞い上がり、周囲一帯に土砂の雨を降らせた

 

 

「あらあら、この子ったらはしゃいじゃって。仕様がないわねぇ」

 

 

サリエルは母親の様な穏やかな笑みを浮かべ、飛散した泥によって汚れた自身の衣服に視線を転じた

 

 

「………ん〜、お仕置き!」

 

 

サリエルはそう言って軽く指を鳴らす。

同時に大木がへし折れた様な鈍い音が響き、巨人は膝をついた。

片足の膝から下が本来曲がるはずの無い方向へ曲がり、今にも捻り切れそうな状態となっている

 

 

「何よ……、一体……」

 

 

霊夢は思わず目を反らし、そんな言葉を漏らした。

すぐ近くにいる魔理沙や妖夢の表情を確認する余裕は無いが、きっと同じ様な心境だろう

 

 

「……」

 

 

だが対照的に巨人は痛がる素振りを一切見せること無く、捻れた足を無視してもう片方の足で立ち上がった

 

そしてビニールテープの様に揺れる下腿部は、ある瞬間を持って軟体動物の様に畝り、小気味の良い音を立てながら元の状態へと戻った

 

 

「あの巨体に加えて再生まで……。いよいよ本格的に困った状況ね。差し詰め今のはそれを見せつけるデモンストレーションのつもりだったのかしら」

 

 

幽々子はそう呟き、妖夢等の前に出た。

紫の手が塞がっている今、この巨人と戦えるのは自分だけだ。

戦闘の経験値は少ないながらも、伊達に人より長く生きてはいない。

飽くまで冷静に自身を保つ

 

 

……例え、『能力が通じない』強敵と対峙する事になっても

 

 

 

「幽々子…様…?」

 

 

不安気な声を漏らす妖夢へ、幽々子は振り返り、

 

 

「大丈夫。貴女達は死なせないわ」

 

 

何処までも優しく、温かい声色でそう言った。

だがそれでも妖夢の胸騒ぎは治らなかった

 

 

 

見てしまったのだ。

 

 

飄々としており、常にペースを崩すことの無い主君の『固く握られた拳』を。

 

 

 

周囲では巨人の参戦により、一時は様子を見ていた化物達が再び動き始めていた

 

 

「……ッ」

 

 

刀を握る手に力が入る。

今自分が命じられているのは、主君と肩を並べて戦うことでは無い。

化物達から後方の少女二人を護衛する事だ

 

 

『切り替えろ、意識を乱したままでは足元をすくわれる』

 

 

剣の修行中、師である祖父からよく言われていた言葉だ

 

自分が足を引っ張るわけにはいかない

 

仲間を守る為、そして幻想郷を守る為。

同じ信念を持って戦っている主君とその友人に代わり、自分にしか出来ないことを成し遂げる

 

 

「……二人とも私から離れないで。向かってくる奴は全て斬り伏せてみせるわ…!」

 

 

そう言って構えをとる妖夢の隣へ、それぞれ陰陽玉とビットを展開した霊夢と魔理沙が並ぶ

 

 

「………魔理沙、無理して倒れても知らないわよ?」

 

「……お前が言うな。大して回復してないのはお互い様さ」

 

「……貴女達大丈夫なの?」

 

 

妖夢の問いに、二人は親指を立てながら同時に答えた

 

 

「「助かったわ(ぜ)」」

 

 

 

ジリジリと距離を詰めてくる化物に臆する事なく、三人の少女は背中合わせで構えた

 

 

「今日は厄日だわ」

 

「ホントだぜ。幸運の神様とやらの職務怠慢じゃないか?」

 

「同感」

 

 

 

頃合いを見てか、一匹の化物が急に加速し襲い掛かる。それを皮切りに他も一斉に押し寄せた。

三人の身体と表情が自然と強張る

 

 

 

……だが前に出た。

 

 

「『夢想封印』!!」

 

「『オーレリーズサン』!!」

 

「『迷津慈航斬』!!」

 

 

退魔の力が宿る巨大な光弾が、マシンガンの様に打ち出される魔法弾とレーザーが、妖力の注ぎ込まれた巨大な刀身が、殺到する化物の群れへ叩き込まれる

 

炸裂し、粉塵が舞う。

三人は一斉に飛び出した

 

 

 





〜【主人公はウズウズしている。早く出番が欲しい様だ】〜

次の投稿日は3日後の4月15日を予定してます!







次回のタイトル

『二人の師匠』

お楽しみに!!



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