目を開いて最初に映ったのは見覚えのある天井だった
「……」
起き上がろうと力を入れるが、まるで自由が効かない身体は首から上を起こしてすぐ枕へ突っ伏した。
記憶を辿ろうと思考を辿るが、イマイチ集中出来ず手で顔を覆った。
すると間髪入れずに腹から間の抜けた音が漏れる
「………………………………………、お腹……、空いたわね」
博麗 暁美はそう呟くと、部屋の外から聞こえる小さな足音に耳を傾けた
(敵なら…、為す術無くやられちゃうわね)
足音は丁度部屋の前で止まり、ゆっくりと襖が開けられた
「…………あっ」
「………………霊夢?」
暁美は部屋の入り口で立ち尽くしている少女を見て思わずその名を呼んだ。
自信が記憶しているのはもっと幼い少女であった筈だが……、っと目をパチクリさせながら。
「起きたんだ。調子はどう?」
「んー、頭がクラクラすること以外は特に大丈夫かな」
「…そう……。あっ、何か食べる?」
「あらホント?じゃあお願いしようかな」
ぎこちない会話はそこで切れ、台所へ駆けていく霊夢。
暁美は未だ消えぬ虚脱状態の様な症状に苛まれながら、今一度天井を見上げた
(……霊夢、いつの間にあんなに成長したんだろ……う…?)
ジジ……ッ、と。
………思考が一瞬止まり、頭の中でノイズが走る
(えっ…、あれ?私……、あの時…?)
徐々に、ノイズの音が大きくなっていく。
それと並行して記憶の中にある映像が浮かび上がり始めた
里の噂。妖怪とは違うナニか。夜間の襲撃。化物。髑髏。異変。湖。神社。結界。一人で?不気味な女。敗北。被験体?実験、苦しい。実験、痛い。実験、実験、実験、実験、実験、実験、実験………。
ーーー怪物になった自分
「ーーッッッ!?」
瞬間、暁美は両手で頭を抱え蹲った
ノイズが……、頭の中を這い回る虫の様に彼女の思考を掻き乱していく
(………そうだ)
思い出した。
この幻想郷で博麗の巫女としての役を継承し、本来ならば守護を担う筈の自分が拳を向けた、……向けてしまった相手を。
(意識はあった。でもまるで別の自我が私の身体を動かして…、私自身は蚊帳の外でその光景を眺めるしかなかった…!)
唯一幸いだったのは意識だけ起きていた為、拳の感触が伝わらなかったこと。
だがその脳裏には焼き付いてしまった。自身の拳が突き刺さり、吐血する友人の姿が。
変貌した自身を見つめる義妹の姿を…。
「暁美、姉さん……?」
いつの間にか軽食を持って立っていた霊夢に、暁美はハッと顔をあげた。
カタカタと震える身体に加えて、本人は気付いていないが大量の汗を掻いていた。顔色も目に見えて悪い
「あ、ありがと霊夢……。そこ…置いといてくれる?」
気さくに振る舞おうにも、声が終始震えていては説得力に欠ける
霊夢は言われるまま椀に盛られた粥を置くと、暁美の隣へ腰を下ろした
「大丈夫」
そう言って、未だ震える身体を上から抱き寄せる
「私は誰よりもずっと姉さんの姿を見てきた。普段は楽観的で自由奔放だけど、異変が起これば真っ先に駆け出して行ってた。自分がどれだけ傷付こうと、身体に生傷を増やそうと、雨の日も嵐の日も、ずっと」
異変の爪痕なんてとっくに修繕された。
傷はちょくちょく顔を出しにくる師が度々治してくれた
……形としての勲章なんて残っていない
「だから大丈夫」
しかし少女は区切るように
「私は知ってるから。隼斗も紫も皆、姉さんを敵だなんて思ってない。多少は心無い事を言ってくる奴もいるかも知れないけど…、そうなったら私や隼斗がとっちめてやるんだから」
暫く黙っていた暁美はやがてぽつりと言った
「……でも私の中にある罪の意識は消えないわ」
「消す必要なんてない。それを引きずったまま周囲の視線を気にして隠居生活送るくらいなら、堂々としてればいい。ちゃんと謝って許してもらって、元の生活を普通に過ごせばいい」
霊夢は即答した
「………………………そっか」
頭を抱いているか細い腕に手を添え、暁美は瞳を閉じながら眠気の混じった声で呟いた
「大きくなったね、霊夢」
「………………おかえり」
ポツポツと垂れてくる水滴に温もりを感じながら、暁美の意識はゆっくりと途切れた
「……」
部屋の外では二つの人影が佇んでいた。
その内の一人、艶やかな雰囲気を醸し出す幻想郷の賢者は小さく言った
「結局逃しちゃったわね。お説教タイム」
「……しゃーねーな。また今度にしてやるか」
縁から庭先へ降りた男は参道方向へと歩みを進めていく
「あら、どこに行くの?」
「ちょいと野暮用」
次の瞬間、吹き抜ける風と同時に男の姿は消えていた
「『野暮用』、ね」
その場に一人残された八雲 紫は既に誰もいない庭先を見つめた後、未だ全開には至っていない身体でスキマを開いた
(必ず阻止してみせる)
ーーー
人間界某所。
正確には人間界の中に存在する異世界
赤髪に鹿のような角を生やしたこの世の最高神である龍神は、 背後に現れた存在に振り向かず言った
「やれやれ本来は如何なる者であっても此処には入って来られない筈なんだがな」
『手段』がではない。この異世界で存在を維持するには、その創造者と同等かそれ以上の力を持たぬ者で無くてはならない
侵入者は大して気に止める様子も無く、
「用件はすぐ終わる。そっちの返答次第だけどな」
「相変わらず無礼な奴だ。この龍神に対して用件とは」
溜息混じりに振り返った視線の先で、柊 隼斗は立っていた
「頼みがあって来た」
野暮用多いなこの主人公…。
霊夢も先代さんのことお姉ちゃん呼びから姉さん呼びへ。
次回の投稿日も、今回と同じくらいの期間が開くかもです。