東方万能録   作:オムライス_

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今回オリ設定多めです。と言うか独自解釈かな?



147話 夢幻の狭間に咲く花

太陽の畑上空を高速で飛行する二つの影は、鉄と鉄を打ち付ける様な甲高い音を響かせ何度も衝突する

 

互いの武器は、異界の堅牢な植物を元に作られた日傘と、甲虫の様な外皮に守られた腕から振るわれる鋭利な鉤爪

 

 

「おいおい!こうやって空中に出てきたって事はよっぽど下の花共が心配なんだなぁ?なんなら戦いに集中できる様に俺が全部散らしてやろうか?」

 

 

畑を覆っていた結界は、既に蝗の群れによって食い破られていた。

強固に張られていた結界だが、崩壊に繋がったのは構築過程で魔力を使ってしまっていたことか…。

 

 

「喋るな虫けら」

 

 

幽香の怒声に合わせて地中から何本もの巨大な荊棘が飛び出し、太陽の畑全体を覆う即席のシェルターを作り上げた。

突出している棘からは絶えず外敵から身を守る為の毒霧を散布している。

そんな荊棘の上へ、幽香は平然と着地し日傘の先で足下を叩いた

 

 

「ほら、ステージを作ってあげたわよ。降りてらっしゃい」

 

 

挑発めいた言葉に、アバドンは周囲に漂う蝗の大群を指してにんまりと笑った

 

 

「毒の噴き出すステージとは、随分嫌われちまったみてぇだな。こいつらもよく見たら可愛いんだぜ?」

 

「ならここに来てよく見せて頂戴。それとも何?いくら蝗の王とて殺虫性の毒は怖いのかしら」

 

「怖い?」

 

 

アバドンは笑みを崩さぬまま徐ろに身体を丸め、次の瞬間空中を蹴りつける様に急降下し、荊棘の上へ勢いよく着地した。

荊棘の表面に凄まじい衝撃が伝わったが、依然傷一つない堅牢な防御力を示した

 

「ほぅ?随分頑丈なステージだな。毒さえなきゃ蝗共に喰わせてるところだぜ」

 

(……この子から噴き出す毒はさっきのよりも猛毒の筈なんだけど…。毒そのものに耐性があるのかしら?)

 

 

荊棘上に立つアバドンの頭上では、蝗の大群が慌ただしく飛び回っている。

主人を守る様に命令されているのか、毒に阻まれそれが実行できず混乱しているのかも知れない。

知能の低い虫ですら本能的に避けようとする危険な毒。

幽香にこの毒が効かないのは、この荊棘が彼女の魔力によって育てられたものであり、荊棘自体も親を殺す毒を生成しないから

 

 

ーーーアバドンはその事実を知っていた

 

 

「なんつってな ♪」

 

 

パチン と、指を鳴らす音が一つ。

思わず身構える幽香に対し、アバドンは相変わらずおちょくった様に笑った

 

 

「!?」

 

 

直後、幽香は左腕に激痛を感じ日傘を落とした。

ざわりっと気持ちの悪い感触が伝わる腕に視線を移すと、一匹の蝗がその尾から飛び出ている毒針を突き立てていた

 

 

「ッッッ!?……毒に構わず刺しにくるなんて…!!」

 

 

 

しかし腕に纏わりついた蝗は毒気に晒せれても落ちる事は無かった。

寧ろ、より攻撃的に刺し口をグリグリと捻る様に広げ始めた

 

 

「づっ!?…このッッ!!」

 

 

幽香は苦痛に顔を歪めながら、残る左拳を全力で叩きつけ蝗を粉砕した。

傷口は見た目の割に出血は少ないが、それを幸運と思わせぬ程の激痛と高熱を発していた

 

 

「はい残念。可愛い蝗ちゃん達はとっくに毒を克服してました」

 

 

いつの間にか、アバドンの周囲には蝗の大群が降りてきており、鋭い牙と毒針を剥き出しにいつでも襲いかかる為の態勢をとっていた

 

 

「ほら、早く構えろよ。一気に襲っちゃうぜ」

 

 

幽香は急いで日傘を拾い上げ、片手で構えた。

刺された右腕は既に感覚がなく、痛覚だけを残し痙攣を続けている。

身体中から嫌な汗が流れ出る中、痛みを堪える様に言った

 

 

「……毒は、効いていた筈よ。何をしたの?」

 

 

確かに毒によって死んだ蝗を目にした。

例え迅速に抗体を作れる力があったとしても、新たに生み出したこの荊棘はより強力な毒を発する。

初見でそんなことが出来るとは思えなかった

 

 

「何言ってやがる?」

 

 

アバドンはこれ見よがしに棘から噴き出す毒を手で扇ぎながら小馬鹿にした様に言う

 

 

「この毒が対象によって有害と無害に分けられてることはお前自身が証明しちまってんだよ!!」

 

 

蝗の大群は幽香がその言葉を理解する前に放たれた。

しかもさっきまでとフォーメーションが違う。

正面、上下左右から取り囲む様に分散していく蝗は、確実に逃げ道を塞いでいった

 

 

(これ以上食らうわけには…!)

 

 

毒針を一発でも貰えば耐え難い激痛と刺傷部位の麻痺に見舞われ、戦闘どころではなくなるだろう。何よりそれは自身の右腕で実証済みだ

 

幽香は傘の柄を口に咥え、残る左手をフィールドとなっている荊棘の表面に押し付けた

 

 

ズッ…… と、荊棘表面が盛り上がり、幽香を守る様に一人分サイズの小さなドームが形成された。

間髪入れずに次々と蝗の毒針が突き刺さっていく。だがどれも分厚い壁に阻まれ幽香まで達していなかった

 

 

「おいおい結局それかよつまんねーな。……喰らえ」

 

 

言葉に反応し、蝗等は一斉に毒針を抜くと、荊棘の壁に牙を立て始めた。

ガリガリと石畳を金属の棒で掻くような音と共に、強固な荊棘の表面は見る見る削り取られていく

 

ものの数秒でその名の通り虫食いの穴だらけになった荊棘の壁だが、その内部に幽香の姿は無かった

 

 

「あん?」

 

 

次の瞬間、怪訝に思い首をかしげるアバドンの両足を、足場となっていた荊棘が沼の様に飲み込み拘束した

 

更に背後の荊棘が盛り上がり、花が咲く様に開かれる

 

 

「やっと無防備になってくれたわね」

 

 

声と共に飛び出した幽香は、漸く訪れた勝機に瞳を紅くギラつかせ、日傘に充填していた魔力を解放する。

伝家の宝刀である魔砲は、視界一面を閃光で埋め尽くした

 

 

……しかし声は、

 

 

「…こう言うの、何て言うんだっけか?」

 

 

放出されている光のその先で、アバドンは雑談でもしているかの様な感覚で言葉を発した

 

 

「ああ、そうだ。『飛んで火に入る夏の虫』…だったな」

 

 

魔砲の放出を無視して、光のカーテンを突き破る様にアバドンの鋭利な手が幽香の首を掴んだ

 

 

「ッ!?」

 

「確かに不意に後ろからってのはいい考えだったぜ。現に気づかなかったしな。だが、だからって魔力を含んだ攻撃を仕掛けたのはナンセンスだ」

 

 

刺々しい甲殻に覆われた外皮と、指先から伸びる鋭利な爪が首筋に食い込み鮮血が滲む。

抜け出そうと掴み返すが、指先に至るまでビクともしない。

そのまま幽香の身体は宙に浮いた

 

 

「魔力の直接的な吸収。あいつ等蝗にできて俺にできないとでも思っ、ッッ!」

 

 

鈍い音と共に、幽香の膝がアバドンの顎へ打ち込まれる。

衝撃で拘束が緩んだ隙をついて即座に後方へ跳んだ幽香は、咳き込みながらも次の攻撃へ移る

 

 

「…ったく、セリフぐらい最後まで言わせろよ。危うく舌噛むところだったぜ」

 

 

アバドンは顎を摩りながら目配せで蝗へ指示を送る。命令を受けた蝗の群れが此方に飛翔してくるのを確認後、直様視線を前へ。

…だが幽香の姿は既にそこには無く、仄かに花の甘い香りがその場を包んでいた

 

 

「貴方には『慢心』って言葉がぴったりね」

 

「?」

 

 

 

その歩みに足音は無い。

目で捉える事はできても、追う事はできない。

周囲に舞う花弁に紛れ、幽香は緩急のついた動きでアバドンの意識の外へと移動した

 

…返答がある。

 

 

「そう言うお前は『無用心』って言葉がお似合いだぜ?」

 

 

背後から心臓めがけて突き出された日傘の先端は、アバドンの背を貫く事はなかった。

幽香の視界のすぐ横に高速で動く影が映り、周囲を横一線に薙ぎ払った

 

ギリギリで反応し、無理やり上体を反らした幽香の鼻先を横切ったもの、

 

 

「なんだ後ろにいたのか。危なかったぜ」

 

 

アバドンは臀部から伸びる蠍の様な尾を腰に巻き付けつつ振り返った

 

 

(……今のは危なかった)

 

 

額から一筋の汗が流れる。

蝗の毒でさえ四肢の一つを潰す程強力なのだ。

あのサイズの毒針はまずい。絶対に受けてはならない

 

だが、後手に回れば相手の思う壺だ。

幽香は此方に向かってきている蝗等を横目で流しながら、日傘を軽く上へ放り、中指と親指を合わせた

 

パチンッ と小さな破裂音が鳴る

 

 

「少し本気でやってあげるわ」

 

 

走り出しと同時に日傘を掴み、再び特殊な歩法『桜舞』によってその存在を不鮮明にした幽香は、目前まで迫っていた蝗の大群の間をすり抜けた。

直前に目標を見失い、右往左往する蝗とは違い、アバドンは冷静に周囲を見渡す

 

 

(さっきの指鳴らしは何かの合図か?大方戦闘用の植物を呼んだとかだろうが、今んとこ動きはねーな。…それに)

 

 

一つの風切り音。

その僅かな空気の乱れを感知したアバドンは、視線を動かすよりも早く毒針のついた尾を振るった

 

 

「!」

 

 

だが返ってきたのは鋭い痛み。

見れば突き出された日傘の石突きが、尾の末端にある毒腺を貫いていた。

幽香はそのまま流れる様な動きで左手で軽く日傘の柄に触れ、小さく囁く

 

 

「マスタースパーク」

 

 

眩い閃光が走る。

魔力を吸収する暇を与えない。

直様柄から手を離した幽香は、魔砲の反動を殺さずその勢いのままアバドンの側頭部へ裏拳を叩き込んだ

 

更に魔砲の矛先はそのまま近場の蝗群へ。

命令を受けていない為か、一匹として魔力吸収を行うこと無く爆ぜ飛んだ

 

アバドンの身体は殴打を受け、更に尾の半分程が吹き飛んだことにより、身体の重心が大きくズレる。

幽香はそのまま胸倉を掴み、蹌踉めき思わず後ずさった身体を引き寄せながら思い切り頭を突き出した

 

 

ゴガンッッ!!! と石同士をぶつけ合った様な鈍い音が響く。

体表を甲殻で覆われているアバドンへの頭突きは、逆に幽香の額を流血させる強度を持つが、今回彼女が狙った部位は額では無く顎。

衝撃は脳へと伝播され、更にアバドンの動きを鈍らせる

 

 

「ッつ!」

 

 

初めてアバドンの表情が歪み、反撃に出ようと鉤爪を振るうが、力が入りきる前に幽香の左手はその腕を押さえていた

 

 

「魔法を使う私が肉弾戦は苦手だと思った?その道では最強の場所にいる男と長年戦ってるのよ。お前みたいに素人臭い動きなんて簡単に先読みできるわ!!」

 

 

叫び、不安定な姿勢にあるアバドンの腕を引き寄せ、前につんのめったその顎先を今度は上へ蹴り上げた。

アバドンの身体は一瞬浮き、姿勢が一直線に伸びる

 

追撃を加える絶好のチャンス。

だがその身体は甲殻に包まれているため、素手による打撃では効果が薄い

 

幽香は後方へ左手を伸ばす。

まるでそこに何があるかわかっている様に掌を握り締める。

その手には日傘の柄が握られていた

 

 

「終わりよ」

 

 

狙うは可動部位のためか比較的甲殻の薄い喉。

未だ仰け反った状態から復帰できていないアバドンへ、花妖怪全力の突きが放たれた

 

 

ゴギンッッ!! と、衝撃音が響く

 

 

 

「ッッ!?」

 

 

一瞬、時が止まったかに思えた

 

幽香は目を見開いたまま、日傘を突き出した姿勢のまま、ただその光景を前に、固まった

 

 

「……あーあ、やっちまったな花妖怪」

 

 

若干くぐもった声。

アバドンは口で受け止めた異物にギリギリと牙を立てながら、血走った瞳を向けていた。

その顔面を髑髏の様な仮面で覆い、口の部分だけが大きく裂けた異形の姿で。

 

身体から溢れる邪気が、桁違いに上がっていた

 

 

「もう楽に死ねねぇぞお前。つーか楽に殺さねぇし」

 

「!?」

 

 

直後、幽香の視界は大きくブレた。

次に訪れたのは不自然な浮遊感。

思考が停止し、呼吸が止まる

 

 

ジワリと自身の腹部から生暖かい感覚が広がっていく。……目線は自然と下へ

 

 

「あ」

 

 

巨大で鋭利なナニかが、自身の腹から突き出ていた。

それを『蠍の毒針』だと認知するのに数瞬、背中から貫通していると気付くのに数瞬。

 

……尋常ならぬ激痛が襲ったのはその数秒あと

 

 

「ッッ!!はっ…あ!!が、あ…ッ!?」

 

 

呼吸が止まり、最早叫び声すら上げられぬ程の痛みが身体中を駆け巡る

 

 

「痛えだろ?痛えよな?早く楽になりてぇか?だが残念〜。お前はその傷で死ぬ事はできねぇんだよ。……俺の毒針にはそういう呪いが込められてっから、さぁッ!!」

 

 

叫び、アバドンは尾を乱暴に振るった。

その衝撃で毒針は抜け、幽香の身体は血飛沫を撒き散らせながら地面へと転がる

 

 

(身体が……、言うことを……)

 

 

血溜まりを広げ、身体を内側から焼く様な激痛が徐々に増していく。

麻痺した様に動かない身体に無理矢理力を込め、なんとか立ち上がろうと歯を食い縛るが、身体を起こしたそばから再び血溜まりの飛沫が上がった

 

 

「俺の毒針を食らってまだ動ける事には驚きだが、それも時間の問題だ。時期に増していく苦痛はお前から気力すらも削いじまう」

 

 

アバドンの広げた両手から黒い靄が噴き出す。靄は拡散し形を変え、大量の蝗を生み出した

 

主に現れた仮面の影響を受け、ふた回り程巨大化した蝗の群れは、幽香を取り囲む様に上空を覆った

 

 

「哀れ、力無ぇ花の末路は……、虫食いだ」

 

 

その言葉を引き金に、蝗は一斉に獲物へと群がった。鋭く発達した牙をカチカチと鳴らし、その音は次第に惨たらしい咀嚼音へと変わる。

数秒後にはざわざわと蠢めく黒い塊へと変貌した獲物を、アバドンは楽しげに眺めていた

 

 

「へっ、呆気無ぇ幕切れだな。ご馳走さんでしたっと」

 

 

蝗の騒めきが止み始めた頃、既に興味を別へ向け次の算段を思案し始めたアバドンは、未だ群がったままの蝗等を一見して吐き捨てる

 

 

「おい、いつまで食い散らかしてんだ。その程度の餌ぐらいさっさと…」

 

 

言葉をそこで切り、僅かに表情を曇らせた

 

 

(時間が、掛かり過ぎてる?)

 

 

そんな疑念が浮かんだ直後、アバドンは鉤爪を虫玉へと振るっていた。

別に確証があった訳では無いが、まだ死んでいないならこれで確実に終わらせるため。

鉤爪は一瞬で群がる蝗諸共微塵に斬り裂いた

 

 

「……」

 

 

 

ーーー灰が吹く様に四散する残骸の中に、あるべき血肉は混じっていなかった

 

 

「チッ、やっぱりか。お前いつの間に抜けてやがった…?」

 

 

丁度、バラバラと崩れ落ちる残骸の向う側。

挽肉になるはずだった目標はほんの目と鼻の先、十メートルも離れていない場所にいた

 

その姿は血に濡れ、誰が見ても戦える状態にはない

 

 

アバドンが変化に気付いたのはその姿を目の当たりにしてからだった

 

 

「あ?お前そんなに髪長かったか?」

 

 

幽香はその質問に言葉では返さなかった

 

たった一つの、タンッ と言う軽い音が鳴る。

アバドンがそれを目の前の女が爪先で足場を叩いた音だと認識した瞬間、周囲の景色は一変した

 

 

ドォオオッッ!!! と、莫大な振動が一帯を揺さぶり、大量の土塊が上空へ打ち上げられた。

荊棘のドームの外、畑に達していない地面が丘の様に盛り上がり、下から突き出てくる異物によって吹き飛ばされたのだ

 

 

「な、に…?」

 

 

アバドンの目から見ても、其奴は異形の怪物だった。

地中から飛び出してきたそれは、決して人間界には存在しないもの。

かと言って魔界にもこんな禍々しい姿の生物がいただろうか

 

怪物は言葉を発しない。

鳴き声すらない。…当然だ

 

 

 

『植物』に声帯など存在しない。

 

その風貌は花にも大木にも当てはまらず、巨大な蕾から複数の隆々たる茎が伸びており、その先にはハエトリグサと蛇の頭を掛け合わせた様な葉が付いている

 

ざっと見ても樹齢数百年を迎える大木と変わらない巨躯の怪物草が、次から次へと幻想郷の大地を突き破り出現した

 

 

「お前が呼んだってのか…!『こんな』レベルの奴らを!?」

 

 

アバドンは焦りの色を隠さず叫んだ

対して、幽香は囁く様に、

 

「私は普段、この世界に適した力を振るっている」

 

 

腰まで届く長い髪の隙間から、紅く光る瞳と同色の軌跡が走る

 

 

「この世界は四季と、それに合わせて咲く花々のあるとっても居心地のいい所よ。でも同時に退屈な世界でもあるの。この世界は弱過ぎるわ」

 

「………俗に言う『強過ぎる自分の力をセーブしている』ってやつか?解せねぇな。なら何でさっさと使わなかった?俺に殺されかけてまで力を隠しとかねぇといけなかった理由はなんだ?」

 

「……その質問こそ解せないわね」

 

「あ?」

 

「単純な理由よ。実力を出さない内から相手が屍になってちゃ戦いが詰まらないでしょう?」

 

 

幽香は嘲笑う様に吐き捨てた

 

 

「……でも駄目ね。強者との戦いを求める反面、こうやって花々の咲き誇る安息の地を壊されたくない自分がいる。こっちの世界に来て私も毒気が抜けちゃったみたい」

 

「こっちの世界……、さっきから引っかかってたが、お前何モンだ?」

 

 

それは現状知り得たところで意味のなさない質問。得体の知れない幽香に対し、少しでも時間を稼ぎ、算段する為の会話に過ぎなかった

 

しかし、幽香は敢えて答える

 

 

好きなだけ考えればいい

 

それで少しでも戦いが楽しくなるなら

 

 

少しでもこの戦いを楽しむため、意味のない質疑に応じた

 

 

「人間界と夢幻世界の境にある館の主。私の正体はそれが全てよ」

 

「……ならアレはその館で育ててるお花か?悪趣味なもんだぜ」

 

 

太陽の畑を取り囲む様に出現した怪物草を指してそう吐き捨てた。

幽香の応答は続く

 

 

「あの子達はね、番人なの」

 

「番人…、お前んところは植物なんぞを門番に雇ってんのか」

 

「いいえ?ウチにはちゃんとした門番がいるわ」

 

「は?」

 

 

どうも話が噛み合っていない。

 

アバドンは頃合いを見計らい、いつでも動き出せる態勢を取っていた。

大した情報は得られなかったが、要は目の前の女の首を刎ねればそれで終いだ。

確かに外見が変わってから、纏う力の質はより重く、冷ややかなものに変質したが、特段脅威と感じる程でもない

 

そして正に動き出そうとした瞬間の出来事だった

 

 

「ーーー『ユグドラシル』。数多の世界を支える世界樹の名よ」

 

 

アバドンは思わず身体を硬直させた

 

 

「私の力は『花を操る』能力。その名の通り、とても戦闘で活かせる力ではないわ。だから今まで出してきた戦闘用の草木や、今貴方の足下にある荊棘だって私が召喚魔法で使役した異界の植物ってこと。…でもあの子達を呼ぶにはさっきまでの姿じゃ駄目なのよ」

 

(何を…、言ってやがる)

 

「逆に言えば、この姿になっても私が使役できるのは番人まで。それも下級のね。例えほんの僅かな一部分だったとしても、その極小の力で世界を支えている存在を使役することなんて出来るはずがない。そんな事が出来たら神話の一面を飾ってしまうわ」

 

(だから…、何言って…ッ!)

 

「あっ因みにね、あの子達が制御下から離れたら私でも止められなくなっちゃうから、その時は人間界が滅んじゃうかも知れないわ ♪」

 

 

……その言葉を皮切りに、

 

 

「!?」

 

 

完全に覚醒した花妖怪の、今まで抑えられていた全ての圧力が噴き出した。

幽香の身体から溢れる魔力は、陽炎の様に周囲の空間を歪めていく

 

 

「さあお話は終わりよ。たっぷり作戦を練る事が出来たでしょ?お願いだから少し強めに叩いたくらいでツブレナイデネ?」

 

 

刹那、アバドンの目は完全に幽香の姿を見失った

 

 

「クソがぁああッッ!!」

 

 

この瞬間、アバドンからは立ち止まって様子を伺うと言う選択肢が消失していた

 

銃弾飛び交う戦場で一人取り残された様な、『足を止めたら死ぬ』…、そんなイメージが脳裏にべったりとこびり付く

 

アバドンは周囲に大量の蝗群を出現させ、四方に分散させた。

『近づく者は全て排除しろ』、という命令を送る

 

それは少しでも生存率を上げるための、最早侵攻とは程遠い消極的な行動を実行していた

 

 

「あらあら、急に慌ててどうしたの?もっと機敏に動かないと……」

 

 

声のした方向と、掌が伸びてきた方向は一致しなかった。

幽香の掌はアバドンの左腕を掴み、次の瞬間にはトマトを潰したような音が聞こえた

 

 

「が、あぐぁぁあああああっ!?」

 

 

仮面によって強度が飛躍的に上がった腕の甲殻は、発泡スチロールの様に砕け散った

 

 

「これで腕の借りは返したわよ」

 

 

幽香は掴んだ手を離さず、先程まで使用不能となっていた右腕を目一杯引いた

 

 

「痛いなら反撃したら?」

 

 

ゴグチャァッッ!!! と鈍い音が鳴り、アバドンの身体は砲弾の様に吹き飛んだ。

意識を手放しかけながらも、何とか空中で踏みとどまる

 

殴られた頭部全体が高熱を帯び、視界がガクガクと揺れる

 

 

「あり、得ねぇ…!!」

 

 

視線の先では一方的な蹂躙が行われていた。

花妖怪は四方八方から襲い掛かる蝗の群れの波状攻撃を見向きもせずに躱し、視認できない速度で潰していく。

その様は剥き出しの扇風機の羽に巻き込まれ弾け飛ぶ蝿のよう。

 

最早魔力の吸収云々など、この選択肢から消え失せていた

 

力を得てから今日に至るまで、魔法と呼ばれる力を振るう者に敗北を喫した事などなかった

 

幾ら強大な術師であろうと、その力の全ては自身の餌でしかなかった

 

 

(俺は……、何に手を出したんだ…?)

 

 

ーーー『撤退』と言う言葉が頭を過る

 

 

「別に逃げてもいいのよ?」

 

 

そんな悪魔の囁き。

RPGゲームでもお馴染みの選択肢へカーソルが動く

 

 

 

 

「ただし、あの子達には外へ出ようとする虫は食い散らせって命令してあるから、気を付けて逃げなさい」

 

 

選択肢は強制的に書き換えられた。

 

『たたかう』『たたかう』

『たたかう』『たたかう』

 

 

花妖怪はそんな心情を刺激する様に、

 

 

「あ、そうそう。貴方魔力を食べるのよね?」

 

「!」

 

「折角だから恵んであげるわよ?それなら少しはやる気も出るかしら?」

 

 

魔力を有する者でありながら、その一切を使わず自身を圧倒する戦闘能力。

世界樹なんて言う、あまりにもスケールの桁が違う存在の提示。

自ら相手に助力を持ちかける余裕

 

全てがアバドンの理解を越えていた

 

 

「は、はは」

 

 

意思とは関係なく笑みが零れる。

魔法を使ってくれるなら願ってもない好機だ

 

だが、全く勝機へ繋がるイメージが湧かない

 

寧ろ自分は次で…。

 

アバドンにとって最悪なイメージが浮かび上がったその時、幽香は何の気なしに実行する

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

会話の一部として放たれた魔砲に轟音は無かった。

それは周囲の空気を弾き飛ばし、一瞬真空を作り上げる

 

当然遅れて轟音が響き渡る訳だが、当のアバドンにはその音は届かなかった

 

 

「?」

 

 

アバドンは何が起きたのかわからず掌を開閉して動かした。

魔砲が放つ閃光があまりに強すぎた為か、視界が黒い。轟音で聴覚もやられたか、何も聞こえない

 

 

………頭部の『消失』した身体は、数秒前と違わぬ姿勢で立ち尽くしていた

 

 

「……はぁ」

 

 

心底つまらないと言わんばかりの溜息が漏れる

 

 

「その状態で動くなんて、まるで蜚蠊ね」

 

 

幽香は身体の末端をぎこちなく動かすアバドンへ歩み寄り、静かに吐き捨てた

 

 

「喰らえ」

 

 

バグンッッ!! と、畑の外から一瞬で伸びてきた怪物草の頭がその身体に喰らいつく。

骨と肉の潰れる音と共に、この世界からアバドンという存在は完全に消滅した

 

 

「はぁ」

 

 

暫しその場で立ち止まり、再び溜息を吐いた幽香は人間界での姿に戻った。同時に太陽の畑周囲に出現していた怪物草も地中へ帰って行く

 

どこか虚しさの感じる表情のままたった一言呟いた

 

 

「弱過ぎる」

 

 




幽香さんが呼んだ怪物草については、イメージ的にゼル伝のデクババとか無双のテスチタートの姿を想像していただければわかりやすいかと

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