東方万能録   作:オムライス_

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長らくお待たせしました。
今回は紅魔館組の戦闘になります


148話 スカーレット・デビル

「お姉…さま……?」

 

 

フランから弱々しく、悲痛な声が漏れる。

目の前でその小さな身体を貫かれた肉親の少女は、夥しい量の鮮血を滴らせ、力無く項垂れていた

 

 

「くだらん」

 

 

一言そう吐き捨てたアスタロトは、毒蛇に変化させた右腕を力任せに引き抜いた

 

ズリュッ…と、支えを失った身体は重力に従って館の屋根に墜落し、小刻みに痙攣を続けながら血溜まりを広げていく

 

 

「そんな…!いやっ!お姉さまぁぁああああ!!」

 

 

掌で顔を覆い、泣き崩れる少女へ、アスタロトは表情一つ変えずに毒蛇を伸ばした。

大口を開け、牙を剥き出しに飛び出した毒蛇は容赦なく少女の喉元へ喰らいつく

 

 

「がっ…!?ひゅっ……ッッ!!」

 

 

少女は喀血し、先に落ちた姉と同様に身体を痙攣させ、目鼻口から夥しい量の血を吐き出し絶命した。

そのままゴミのように空中へ放られた身体は姉の亡骸と並ぶように屋根へ転がり落ちる

 

姉妹揃って血袋に変えた悪魔は、冷めた瞳で見下ろした後、呆れた声色で呟いた

 

 

 

「くだらん茶番はやめろ」

 

 

視線は正面へ。

その言葉を向けられた相手は薄く笑うと、興味深そうに言った

 

 

「ああ、ヤッパリバレタカ。割と良い完成度だったと思ったんだが。だとするとやはり視えているようだ。私達の本当の死が」

 

「俺の力を試す為にこんな茶番を組んだのなら時間の無駄だ。所詮運命は確定付けられている。俺の視る未来に外れなどありはしない」

 

「……その前にお前の能力を見破った私の観察眼を称賛すべきではないか?」

 

「別に隠していたつもりはない。寧ろ気付くのが遅いくらいだ。お前、鈍いな」

 

「ッ!?……い、いちいち癪に触る物言いだなこの下郎め!!」

 

「お姉さま、このやり取りにデジャブを感じるんだけど」

 

 

ーーー

 

 

レミリア達の眼下に転がる二つの亡骸は、透き通るように消失した。

その様子を館の内部から見守る人物は、冷静な面持ちで呟く

 

 

「まったく、ネタばらしが早いわよレミィ。…でもまあ、敵も勘付いてたようだし同じだったかしら」

 

 

紅魔館内部の大図書館の主、パチュリー・ノーレッジは、水晶玉に映る自身の魔術で作り出した囮用の人形が消える様子を、興味深そうに眺める。

その隣では小間使い兼司書を勤めている、使い魔の小悪魔(通称 こあ)が、不思議そうに主人の言葉に耳を傾けていた

 

 

「あの、パチュリー様。差し出がましいようですが、この男の能力が未来で起こる出来事を視る事が出来るものなら、今の作戦に意味は無かったのでは…?」

 

「そうとも言い切れないわ。その能力がどのレベルの予知なのかが分からなければね」

 

「と、言いますと?」

 

「予知がこの男の主観によるものなのか、全てを理解した上での予知なのかで対策も全く異なるってことよ。……前者なら、まだ勝機はある」

 

「…では、後者なら……」

 

 

パチュリーの表情が僅かに曇る

 

 

(……レミィ。貴女の力なら、或いは…。)

 

 

ーーー

 

 

未来の予知能力。

これから起こる事象を知ることのできるこの力は、単発や直線的な攻撃はもとより、範囲を広げて逃げ道を塞ごうと即座に安全圏へ先回りされてしまう

 

ならばと吸血鬼姉妹は手数と速度で攻めた。

例え此方の手の内が知れていようと、先行的に攻撃の及ばない圏外へ逃れようとも、『躱す』という選択をしている以上、当てる事が出来ればダメージに繋げられると言うことだ

 

攻撃の間に空白を与えない。

仕掛けること全てを予見できるならば、それを理解し、処理して動きに繋げる前に次の攻撃を仕掛けるまでのこと

 

数多の弱点を有する代わりに、圧倒的な戦闘力でそう言った小手先の技術を覆してきた吸血鬼の武器を最大限に発揮し、二人の少女は魔法陣を展開しながら空中を駆け巡った

 

 

(……左の魔法陣から魔獣が数匹。回避先に金髪の分身二体と側方からの魔槍。…2秒後だ)

 

 

アスタロトは至って冷静だった。

一瞬よりも早く思考を組み立て、ほぼ同時に行動に移していく。

右腕が再び毒蛇へと変化し、大剣片手に突っ込んできていた分身二体を纏めて食い破ると、そのまま溶解液を噴射し、魔法陣から出現した魔獣を腐蝕させた

 

読み通り真横から飛来した魔槍を僅かな首の動きだけで回避する。

計四方向からの攻撃を、その場から殆ど動かず対処してみせた

 

 

「貰い!!」

 

 

腹を食い破られ、貫かれたフランの分身の一人が、身体の半分程消失しかけながら蛇の胴体目掛け、炎の大剣を振り下ろした

 

同時に。

アスタロトの顔の真横を通過した魔槍が光を帯び、弾けるように弾幕へと変化した

 

蛇に変化させているとは言え、腕を焼き切らんと振るわれたギロチンと、顔面から僅か数十センチの位置で炸裂した爆弾。

 

 

一見すると、どちらも吸血鬼姉妹から仕掛けた攻撃に見える。

今まで通り読まれているだろうし、回避されてしまうだろう。

だが、そこに一つの『狙い』があった

 

 

この不意を突いたかに見えた攻撃にも、アスタロトは的確に対処する

 

大剣の一撃は、蛇に変化させ伸ばしていた腕を解除して引っ込める事で空振りに終わった

 

間近で放たれた弾幕は、炸裂する直前に後方へ離脱、その後軌道を完全に見切った動きで追従する弾幕の間隙を縫うように回避した

 

 

「……成る程な」

 

 

その光景を目にしたレミリアは眉を細め、一人納得する。

たった今行った攻撃はアスタロトにダメージを与える為のものではなかった。……寧ろ、回避させるのが目的だった

 

 

(今のは明らかに『後手』、だ)

 

 

そもそもの話として、大剣に対して腕を引っ込めたのも、直前に弾幕から逃れたのも、事前に分かっていたならば分身を直接攻撃しなければよかったし、弾幕を抱えた魔槍は弾くか大きく回避していればもっと余裕を持って対処できていたはずだ

 

 

 

つまり、

 

 

(自発的に誘導した未来は予見できない、と考えるべきだな)

 

 

飽くまで自分以外の事象に依存する能力であるならば、打開する方法はある。

どんな攻撃が来るかわかっていても、それをどう対処するかの選択を誤れば、そこから先の未来を再検索しなければならず、次の動作への移行が遅れる

 

更に言うならば、

 

 

(多分あいつの視てる未来は断片的な主観によるものってことね。…ならお姉さまの言った通り……。)

 

 

例えるなら、これから起こる出来事が記録されたビデオを再生して確認する事はできるが、視ることができるのは飽くまで視覚的情報までの為、その映像の裏で何が起きているかはわからない、と言った具合に。

 

 

フランは目配せでレミリアとコンタクトを交わす。互いに頷き、その手に再び真紅の大剣と魔槍を出現させると、今度はがむしゃらに攻め始めた。

敢えて、出たとこ勝負で攻め続けることこそが、アスタロトとの戦闘に於ける攻略法だ

 

だが、言うは易く行うは難し。

それはつまり、己の戦闘センスを問われる戦いとなる

 

吸血鬼とは言え、弱冠500年のまだまだ未成熟な少女二人。しかもフランは姉との稽古こそあれど、命のやり取りをする戦闘経験が殆ど無い状態だ。

そんな二人が、天使軍の中でも上位に位置する練達の士を相手にノープランで挑むなど、無謀の一言に尽きる

 

その事実を証明するように、アスタロトは的確に二人の猛攻を捌き、あしらうように痛撃を加えていった

 

 

「狙いは確かにいい。だが、飽くまで俺の能力は未来を視ることであって心を読むことでは無い。考え無しの攻撃が通用するなど努努思わないことだ」

 

「このっ、…ッ!!」

 

「わっ…!お姉さま!?」

 

 

敵に集中し、飛び回っていたレミリアへ同じく動いていたフランの身体がぶつかり一瞬動きが止まってしまった

 

 

(ッ!しまった、逆に誘導された!?)

 

 

直後に伸びてきた毒蛇が二人の身体を纏めて縛り上げる。

猛毒を分泌する牙先が首筋に突き付けられ、アスタロトは言い放つ

 

 

「どうした?今がまさに反撃に出るチャンスだった筈だが…、こうして縛られてはそれすらもできんか?」

 

「ッ!」

 

 

二人への緊縛が徐々に強まっていく。

力を込め、身体を強張らせれば、その分だけ肉へ食い込む為、ろくに抵抗することができない

 

 

「がっ……ぐッ」

 

 

次第に聞こえ始める骨の軋む音と平行して、二人の身体は上へ逃れようと伸びていく。大口を開ける毒蛇の牙へと

 

 

「先に骨の砕けた方を楽にしてやる。当然その時が最後のチャンスになるだろう。もう片方は反撃に出る準備でもしておくことだ」

 

 

見え見えの誘導だった。

敢えて隙を晒し、選択肢を絞らせる。

アスタロトは自身の能力における盲点を使い、相手をコントロールすることで能力の欠点を補ってきた。

況してや締め付けられ、呼吸も儘ならない上にいつでも殺せるよう喉元に刃を突き付けられている現状の吸血鬼姉妹に、冷静な分析・判断をする余裕などある筈がなかった

 

 

次の動きがあったのは、アスタロトの言葉から数秒後…。

 

 

 

 

「…………なに?」

 

 

一切緩めていない筈の拘束から、二人の少女は忽然と姿を消していた

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

「……ふぅ」

 

 

大図書館中央フロアで、館の従者の十六夜 咲夜は安堵の息を漏らした。

傍で既に術式を組み上げたパチュリーが、膝を突く二人の少女へ向けて掌を翳す

 

 

「特に痛む箇所は?」

 

「左の上腕と肋骨がやられたわ。軽くでいいわよ、すぐに治るから」

 

「私は大丈夫。ありがとパチュリー。あと咲夜も」

 

 

一礼する咲夜を尻目に、レミリアは机上の水晶玉へ視線を移した。

その石の向こう側では、紅魔館上空で周囲を見渡すアスタロトの姿がある

 

 

「結果は?」

 

 

質問は咲夜とパチュリーへ。

両者は互いに頷き、口を揃えて言った

 

 

「的中(です)よ」

 

 

その報告を受けたレミリアの口角が上がる

 

 

「咲夜、美玲を此処へ」

 

「かしこまりました」

 

 

命令を受けた咲夜の姿が消失し、瞬時に美鈴を連れて現れた。

突然連れてこられたにも関わらず、既にその意図を読み取った美鈴は、静かに主の傍に立つ

 

 

「さて、余裕綽々な奴の鼻っ柱をへし折りにいこうか」

 

 

ーーー

 

 

赤黒い暗雲が立ち込める空の下、一人残されたアスタロトはそのタイミングで口を開いた

 

 

「逃げたと思ったが…?」

 

 

再び現れた対峙者は薄く笑い、腰に手を当て得意げに吐き棄てる

 

 

「あら?そうで無いことはお前が一番わかっているだろう?」

 

「…」

 

 

アスタロトは左右交互に視線を移し、新たに現れたメイド服とチャイナ服の女を一見した後、怪訝な表情を浮かべた

 

 

「その銀髪は人間だろう?」

 

「だったらなんだ?」

 

 

答えるのは飽くまでレミリアだった。

後方で控える二人の従者は主人の命令を待っているのか、アスタロトを睨み付けたまま動かない

 

 

「気付いている筈だ。今空を覆っている靄はお前達にとって『有害』…、況してや種族として脆い人間が長時間外気に晒されれば命はない。それでもお前はそいつを出すのか?」

 

「…なんだ?親切に解説までして、そんなにコイツを遠ざけたいのか?」

 

「さあな」

 

「それにしてもお前は随分大袈裟だな。確かに人体には有害かも知れんが、流石に死ぬとまではいかない。精々脆弱な奴らが体調不良で仕事を休む程度のものだ」

 

「何を言っている?」

 

 

上空を覆っている赤黒い靄は天使軍侵出と同時にアスタロトが展開したものだった。

当然のその靄が含む成分や効果についてもアスタロトが作り出し、計算したうえで広げている。

少女の口振りもそうだ。

明らかに靄の効力を断定している物言いだった

 

 

ふと、アスタロトの視線の先に眼下の館が映る。

ものの数秒、深紅色に染められた洋館を凝視していたアスタロトは、何かに気付き勢い良く上空を見上げた

 

 

「まさかッ…、空のあれは…!」

 

 

レミリアから思わず笑い声が漏れる。

やっと気づいたか とでも言うように、一笑の余韻を残しつつ赤黒い空を指して言った

 

 

「あれは『私が広げた紅霧』だ」

 

「!?」

 

 

常に冷静な面持ちだったアスタロトの表情が驚愕に染まった。その反応を楽しむようにレミリアは続ける

 

 

「まあお前が気付かなかったのも無理はない。なにせ見た目は殆ど同じだし、何より元の靄がお前にとって害を成さないものなら余計に変化にも気付きにくかっただろう」

 

 

つまり『最初』から。

天使軍が現れ、アスタロトと言う悪魔がこの地に有害な靄を振りまくことを予見していた。

それと重ねるように紅霧を展開することで被害を『死への直結』から、『若干の体調不良を起こす』程度に抑え込んでいた

 

対天使軍として構える各地の人間等が満足に戦えたのも、皮肉なことに嘗て異変にまで至った紅い霧による影響だったのだ

 

 

「……予知能力」

 

「名答」

 

 

妹の『ありとあらゆるものを破壊する』能力のネームバリューよって隠れがちだが、紅魔館が主であるレミリア・スカーレットにもそれに匹敵する力があった

 

 

ーーー『運命の操作』

 

 

言葉だけで見れば、運命を操り何でも出来てしまう正に最強の能力と言えるだろう。

だが、この能力はそんな理想的な力とは言えない。何故ならレミリア自身、この能力を自在に発動することができない上、能力の発動によって運命がどのように変化するかが本人にもわからないのだ

 

現状、彼女にできることは能力のほんの一部である未来の予知と、それに反する行動をとることで矛盾をもたらし、僅かに運命を変える程度のものであった

 

その垣間見た運命でさえも、記憶の層と呼ばれる確率に邪魔され、必ずしも起きるとは限らない

 

 

「だがそれを戦闘に反映させていないな。いや、できないと言うべきか?つまり能力の発動には特別な条件若しくは制限があると見るがどうだ?」

 

 

どちらも当たっていた。

能力発動の条件として、レミリア自身が深い眠りにつくこと、加えて人間の生き血を取り込む必要があった。

そうして見た夢が、未来の出来事として現実に起こりうる。

更にその精度は、取り込んだ血液の保持者が持つ力の大きさに比例する

 

条件を満たし、深い眠りにつく明け方から夕暮れに掛けて見る夢が、未来予知の効果を発揮するため、使用限界は一日に一度まで。

厄介なことに、日が経てば経つ程記憶の層は薄れ、それが起こりうる確率も下がってしまう

 

つまり最も鮮明で確率の高い前日に発動させるのがベストであった

 

 

「未来を主観でしか捉えられないお前よりかはマシだ。第一、お前の能力にも穴は幾つかある」

 

 

パチンッ と、レミリアが指を鳴らした瞬間、傍にいたメイドの姿が消失し、次の瞬間にはその手に黒い羽を摘んで現れた

 

 

「! 成る程な」

 

 

アスタロトは己の翼に意識を向けて納得する。

そんな彼の露見した穴をレミリアは嘲るように指摘した

 

 

「停止した時間の中では未来が進むことはない。お前の未来予知はお前自身の意識とリンクしている」

 

 

言い終わるや否や、アスタロトの後方から背部に向けて凄まじい衝撃と爆発があった。

僅かによろめき、後方を見るでもなくアスタロトは理解する

 

前方にいる金髪の少女の手から伸びる炎の大剣が、時間を超越して後方から叩き込まれたのだ

 

 

「お前が意識できないことは未来予知に反映されない。今のは挨拶代わりだが、次は容赦はしないぞ」

 

「…そうか」

 

 

レーヴァテインによって、アスタロトの背中は焼け焦げていた。

徐ろに、その手が頭部へと伸びる

 

 

(認めよう。子供とは言え大したものだ。一党の主と言うだけはある)

 

 

 

 

「お姉さま!あいつ何かする気だよ!!」

 

「咲夜!!美鈴!!」

 

 

主の声と同時に、二人の従者は攻撃に転じる。

アスタロトの周囲を幾十にも及ぶナイフが取り囲み、ナイフの飛翔に合わせて『気』が込められた光弾が発射された

 

 

ゴッッ!!! と炸裂した光弾が閃光を発し、続けて光を掻き消すようにドス黒い力の波が辺り一帯に拡散する

 

 

「お嬢様、奴を覆う気の質がより洗練されたものへと変化しました。『例の場所』も同様に…!」

 

 

美鈴の報告を受け、後方のフランを一見した

 

 

「!」

 

 

視線が交わる。

僅かに不安気のある瞳だった

 

 

「心配ないわ。貴女ならやれる」

 

 

そう勇気付け、再び前を見据える

 

今戦闘の要はフランだ。

紅魔館で最高の火力を有し、目を捉えることさえできればどんなに堅牢な防御も無視して破壊することができる

 

 

「美鈴、お前の力も必要だ。しっかりフランへ繋げてちょうだい」

 

「……かしこまりました!」

 

 

ぱしっと拳で掌を叩き、武の構えに移った美鈴は、目前に佇む人影の様子を伺いつつ、側方で同じく身構えている咲夜と視線を交わした。

互いに頷き、タイミングを合わせる

 

 

そして、黒き靄に包まれたアスタロトは、その頭部に髑髏の仮面をつけて現れた。

外見上の変化はそれだけだが、先んじて美鈴が気付いたように、その力はより強大なものになっている

 

アスタロトはゆっくりとした動作で彼女等を一見した後、不思議そうに呟いた

 

 

「どうした?時を止められる強力なアドバンテージがあるんだ。躊躇せずに向かってこい」

 

 

仮面出現前と比べ、やや饒舌となった男は余裕のある態度を崩さず手招きした

 

だが二人の従者は迂闊に動かない。

時間停止を使わなければ此方の動きは筒抜けであり、尚且つ不意打ちのレーヴァテインを受けても平然としていた化物相手に、そうやすやすと接近するのは危険だ

 

 

「『スピア・ザ・グングニル』!!!」

 

 

出方を伺っていた二人の間を高速で飛翔する魔槍が突き抜け、アスタロトの心臓へと向かう。

だが、まるで歩行中の障害物を避けるような軽い動きで回避されてしまう。

やはり攻撃を当てるには、予知能力の穴を突くか、時間停止による不意打ちしかない

 

ーーーだが、

 

 

「安心しなさい、まだ予知夢の範囲内よ。でも此処からあの状況に持ってくには腹を決めなきゃね」

 

 

主であるレミリアは、自身の覚悟を示すように前に出た。

その小さな体躯に纏う魔力を最大限に解放し、手には再び魔槍を握り締める

 

周囲に展開した魔法陣からは、止めどなく配下の魔獣等が召喚されていく。

手数で押すつもりなのか、将又隙を作るための人柱としてか。

どちらにせよ、アスタロトはそんな作戦など平然と叩き潰すだろう

 

だがそれでいい。

例えこの身が滅びようとも、要は目の前の悪魔自身が反撃のために動いてくれればなんでもいい

 

ーーーそこに勝機がある

 

 

だが覚悟とは対照的に強張る身体。

少女は身に迫る死への恐怖と、紅魔の主としての使命感に駆られていた

 

 

 

………そんな緊張を解すように、凛とした声が届く

 

 

「お嬢様、もう一歩後ろへ。前衛は私達が務めます」

 

 

ナイフを構え、片手に懐中時計を握り締めたメイド長が前に出る

 

 

「ご心配なく。この命に代えても役目を全うします」

 

 

拳を握り、闘気を纏った門番は勇ましい背中で主を覆った

 

 

「絶対勝とう、お姉さま」

 

 

最愛の妹は、一層強く燃え上がる紅蓮の大剣を握り締め、隣に立った

 

 

 

 

(……とっくに、決まってたってことか)

 

 

紅魔の主は少しばかり生き急いでいた自分に対して、小さく失笑する

 

 

「覚悟するんだな、天使の犬め。こうなったら私達は強いぞ?」

 

 

肩の力が抜け、心にゆとりを取り戻した少女は今一度目の前の悪魔へ宣言した

 

 

だが、仮面の下から冷たい視線を向けるアスタロトには、その強い意志が逆に浅はかに思えた

 

何を根拠に?先程から同じ結果を辿っているだけだと言うのに、何故それ程までに強気でいられるのか?

 

 

「強いかどうかは俺を倒すことで証明してみろ」

 

 

その瞬間、アスタロトが動いた。

狙いは彼にとって最も厄介な能力を持つメイドへ。

毒蛇をトライデントの様な矛に変化させ、猛毒が滲み出る鋒を突き出した

 

 

「…ッ!」

 

 

魔力で身体の強化をしているとはいえ、ベースが人間である咲夜には、吸血鬼に匹敵する程のアスタロトの動きを捉えることができず、回避するための時間停止が僅かに遅れた

 

ギィイインンッッ!! と、紅魔の武人は下から上へ矛の上把を蹴り上げた。

鋒が上へ逸れ、続いて把尖による殴打が迫るも、同じく足裏を合わせ撃力を殺して止める

 

咲夜の時間停止はそのすぐ後に発動した。

次の瞬間には、アスタロトの両脇から魔槍と炎の大剣が振るわれる

 

 

「おっと、逃げようとしても無駄よ」

 

 

後方に跳びのき躱そうとしたアスタロトだが、その進行方向の空間は弄られ、僅か数メートルの移動が何十キロにも及ぶ距離に拡張されていた

 

しかし、アスタロトは表情一つ変えず、両側からの二撃をその場でコークスクリューの様に身を捻り回避する

 

 

「……この姿になると反応速度も上がるのでな」

 

 

そのまま回転の勢いを殺さず、遠心力によって猛毒のトライデントの鋒から周囲に毒液を撒き散らした

 

 

「咲夜さん!!」

 

 

美鈴は叫び、同時に前方へ等身大の気弾を発射した。気弾はその衝撃波で飛散する毒液を弾き飛ばし、アスタロトごと目の前の空間で炸裂した。

後方では咲夜と共に離脱したレミリアがすかさず叫ぶ

 

 

「やれ!!」

 

 

主君の言葉に反応し、周囲で待機していた魔獣等が一斉にアスタロトへ飛び掛った。

一匹のレベルはそう大したものではない。

召喚魔術の前提として、召喚者の力を超越した魔獣は使役することができず、従えるにはある程度力の差が開いてなければならない

 

だから数で押す。

その影に紛れて攻撃したとしても、未来を見通せるアスタロトには容易く見破られてしまうだろう

 

だが、狙い目は別にあった

 

 

「咲夜、次のフェイズよ」

 

 

そう一言残し、妹と共に魔獣が群がってできた蜂球へ突っ込んでいく主の背中を見送り、紅魔のメイドは時空間へ消えた

 

 

 

 

ーーー

ーー

 

 

周囲に鮮血が舞った。

同時に肉が爛れ、腐り落ちる異臭が漂い、猛毒の矛によって屠られた魔獣等が次々と墜落していく

 

 

「結局、何がしたいんだお前達は」

 

 

その中心で佇む悪魔は飛びかかってくる残党を容易く突き払いながら吐き捨てた。

視線の先では肩で息をする紅魔の少女達が、未だ闘志に満ちた瞳を向けている

 

 

「お前達も気付いている通り、この仮面は俺達の力を大きく上昇させるものだ。今では唯一劣っていたスピードでさえもお前達を凌駕している。……あのメイドの姿が見えないのも反撃のチャンスを窺っているからだろうが、今迄の傾向から、時を止めている最中での攻撃は不可能とみた」

 

 

当たっていた。

咲夜の時間停止の能力は、空間に作用させる部分が大きい。

空間の運動を凍結させ、咲夜以外の全ての物質をその空間に縛り付けている。

彼女だけが動けるのは、身体の周りに熱を帯びた膜をはり、凍結した空間を溶かしながら進める、と表現すればわかりやすいか。

だから咲夜の身につけている衣服やナイフも同様に空間を移動できるが、その手を離れた瞬間、熱は冷め、再び凍結する

 

 

「直前とはいえ兆候があるならば回避は可能だ。もうお前達の攻撃が俺に当たる事はない」

 

 

アスタロトの持つ矛先が少女等に向けられる

 

 

「一人ずつ、確実に仕留める。回避は無意味だ。既にお前達が逃げる方向はわかっている」

 

 

回避不能の刺突。

恐らく魔槍や大剣で受けることも不可能だ

 

 

「お二人は後ろへ」

 

 

紅魔の門番は、身構えるレミリアとフランを庇う様に前へ出た。

その手にありったけの気を集束し、迎撃態勢を整える

 

 

「相打ちを狙っているなら無駄なことだ。お前の未来は視えた」

 

 

矛は、瞬く間に打ち出された。

 

 

 

「ッ」

 

 

 

……数秒後、美鈴は猛毒の矛で心臓を貫かれ絶命する。それは反撃する間もないほど一瞬で、長きに渡る修行によって鍛え上げられてきた肉体はあっけなく腐り落ちる

 

 

「!?」

 

 

これはアスタロトの視た未来。

 

 

「漸く、捕まえた」

 

 

貫く筈だった女は突き出された矛を擦り抜け、アスタロトの腕を掴み取っていた

 

 

「な、ん……」

 

 

アスタロトの、冷静沈着だった表情が崩れる

 

視えていた筈の未来が急に切り替わった。

直前に挟み込まれた異物によって

 

 

「列車の走る線路を急に作り変えることはできない」

 

 

レミリアは淡々と言い放つ

 

 

「だが停止しているならば、元々の線路を打ち壊し、新たなレールを引くことも可能だ」

 

 

ーーー『停止した時間の中では未来が進むことはない』。

そんな言葉が脳裏にはしる

 

 

「お前の視た未来も!時間停止という異物をはさみ込めば改変も可能なんだよ馬鹿め!!」

 

 

瞬間、掴まれていた腕から急激にナニかを流し込まれる感覚が襲った

 

 

「チッ……!」

 

 

すぐに振り払い、その腕を確認するが、特に変わった様子はない

 

 

「……何をした?」

 

「んん?お得意の能力でもわからないか?」

 

「………………………………………っ!?」

 

 

驚愕に染まる表情。

同時に、今の今まで使用不能だった力が再びその脅威を取り戻す

 

 

「捕まえた ♪」

 

 

可愛げのある声でそう口にした金髪の少女は、掌を上に向け、何かを手に取っていた

 

 

「馬鹿な…!『その力は』真っ先に対策した筈だ!」

 

「ああ、お陰で手間取った」

 

 

全ての物体に存在する最も緊張した部分。

 

その『目』を掌握し、力を加えることでいとも容易く対象を破壊することができる能力。

 

 

その最強とも取れる能力の対策として、自身の『目』を覆っていた邪気だが、流し込まれた『気』によってその纏まりが乱れ、散らされていた

 

 

 

 

「手間取っただと…?つまりお前は端からこうなるよう仕組んでたというわけか…?!」

 

「……確かにお前の言う通りだ。私の能力は直接戦闘に反映できるものではないし、事前に知ることができても、確実には起こり得ない。所詮は自分の力でその未来に近づけていくしかできない」

 

 

だが、と付け加え、レミリアは吐き捨てた

 

 

「お前は、『起こるかもしれない』運命に負けたのよ」

 

 

バギンッ!! と、硝子が砕かれた様な音が一つ

 

 

「……………………………………………………ッ!!」

 

 

アスタロトの身体が、糸の切れた人形の様に項垂れる。

……勝敗は静かに決した

 




はっきり言ってこの回めちゃくちゃ展開に困りました。
未来がわかる敵とかどうすりゃいいんだと悩みまくった結果、ゲシュタルト崩壊を起こしかけた…。

咲夜さんの能力理論とかは完全に主の解釈です。


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