東方万能録   作:オムライス_

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お待たせしました。
今回は妖怪の山編です


149話 包容する大空

頭部が鴉と梟を掛け合わせた様な容姿の男、アンドラスは地面に力無く倒れ伏す大天狗を機械の様な瞳で見下ろした。

その手が乱雑に大天狗の髪を鷲掴み、項垂れる身体を引き起こす

 

 

「くるる…」

 

 

梟の様に首を傾げ、アンドラスは掌に黒い靄を出現させると、靄はその手を離れ、大天狗の周囲を漂い始めた。

それを目にした白狼天狗の隊長、犬走 椛は剣を握り締め叫ぶ

 

 

「貴様ぁぁ!!大天狗様を離せッッ!!」

 

「椛?!待ちなさいッ!!」

 

 

怒りに身を任せ、敵へと突っ込んだ部下を引き止めようと、鴉天狗の文も後に続いた。

アンドラスは血溜まりを広げる大天狗に構わずその口を開く

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

……轟く奇声。

その鳴き声は意識の無い大天狗の身体を揺るがし、間合いが開いている周囲の天狗達の耳をも劈いた

 

 

「がっ…ぐぅ…ッ!」

 

「くッ…!!椛、迂闊に近づくのは危険よ!」

 

「ッッ、でもあの出血では!早く手当てしないと…!」

 

「わかってるッ!!」

 

 

椛の言葉が示す通り、瀕死の重傷を負い、既に意識の無い大天狗には早急な止血と創傷の保護が必要だった。

何より、刺し貫かれた場所が左胸であるため、心臓に達していないとも限らない。

ぐったりと動かないあの状態では視認での生死が判別しにくい為、生きているならば一刻も早く助けださねばならない。

だが、既にその鼓動が止まっているならば……。

 

 

これは遊戯や訓練などではなく、隊を率いた戦争だ。一度感情的に行動を起こせば隊は崩れ、負の連鎖は次第に広がってしまう。

時として冷酷な決断を下さなければならないこともある。

例え『死者』の優先順位を後回しにしてでも

 

 

(私の速度ならすれ違いざまに掻っ攫えるか?運良く大天狗様を救出できたとして医者まで運べる人員は何人いる…!)

 

 

文は周囲を見渡し、深く息を吐いた。

今一度気を引き締め、傍らの椛に耳打ちする

 

 

「椛、私が………」

 

 

そこで文は言葉を止めた。

椛も同様に固まる

 

 

「大天狗…様…?」

 

 

ズンッ… と、重々しく地面を踏み締める音があった。

本来ならば立ち上がることは疎か、身動ぎすら危険な状態にあるその身体を起こしたのは、他でもなく大天狗本人だった

 

 

「お、おい…、何か様子がおかしくないか…?」

 

 

周囲の誰かが大天狗を指して言った。

俯いたまま言葉を発さない大男の身体は、徐に足下にある大刀を拾い上げる

 

 

……動きがあったのはその直後。

 

 

ゴォッッ!! と一つの爆発があった。

正確には、周囲の者にそう見えただけの唯の衝撃波だ。

大天狗の丸太のような剛腕から力任せに振るわれた大刀は、軌道上の空間を薙ぎ払った。

それは誰に向けられたものでもなく、仲間である天狗達を巻き込む形で…。

 

 

「ヴゥ……」

 

 

微かに聞こえた呻き声を始め、今の大天狗の姿を目にした者は皆息を飲んだ。

 

 

濁った瞳が鈍く光り、悪霊に取り憑かれたような禍々しい形相の指揮官がそこにいた

 

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

 

轟く咆哮が惨劇の合図だった

 

誰を意図して狙ったわけでもない。

偶々近くにいて、偶々視界に入った天狗の一人が横薙ぎに振るわれた大刀の腹で吹き飛ばされた

 

血飛沫を撒き散らし、大木に叩きつけられた天狗は身体を痙攣させて力無く崩れ落ちる

 

 

「だ、大天狗様?!何を……!」

 

 

言葉を発した天狗が次のターゲットだった。

そして破壊の連鎖は立て続けに広がっていく

 

その光景に呆気にとられていた文と椛は、数秒経って自分達が立ち尽くしていたことに気が付いた

 

 

「何が、起こってるの…?どうして大天狗様が…?!」

 

「わからない!……でも、唯一確かなことはこれがアイツの仕業だってこと位か…ッ!」

 

「!まさか、さっきの黒い靄が…?!」

 

「多分ね…。あの髑髏の面も私達を襲ってきた獣と同じ形状だし……ッ!?」

 

 

文は言葉をそこで切り、椛を抱えて空中へ飛んだ。

その一瞬後に、自分達の立っていた地面へ大刀が振り下ろされる

 

 

「……作戦を練る時間はないみたいね」

 

「あっ……」

 

 

椛の口から漏れた声が示すように、この場で立っている者は自分達と大天狗、そして元凶である鳥男だけになっていた

 

 

「くるるる」

 

 

地形がすっかり変わってしまった眼下では、此方を感情の無い瞳で見上げる鳥男と大天狗が最後の獲物を狩るべく武器を構えている

 

だが二人が驚愕したのは別にあった

 

 

「………椛、後方へ離脱を」

 

「………この状況で何を言ってるんですか。私が離脱したら文さん一人になるんですよ?」

 

 

地上は黒い靄に包まれていた。

瀕死の大天狗を狂戦士へと変貌させたそれは、同じく倒れ伏している天狗達にまとわりついていく

 

 

「……どの道この状況じゃあ二人いても同じことよ。だから、援軍を呼んできて」

 

「無理ですよ!今は山中が襲撃されてて兵士も出払ってる。此方に回す余裕なんて…!」

 

「そんなことわかってるわよ。……だから、『あの方』に頼るしかない」

 

「!」

 

 

地上ではアンドラスが深く息を吸い始めていた

 

 

……あの咆哮が来る

 

 

「早く!私だって死にたくないんだから!行きなさい!!」

 

「ッッ!」

 

 

椛は背中を向け、奥歯を噛み締めながら一気に飛び去った

 

背後からはけたたましい奇声が響き渡る。

数秒後、新たに覚醒したであろう狂戦士達の咆哮が耳を叩く中、椛は小さく呟いた

 

 

「ご無事で…!文さん!」

 

 

耐え難い奇声に表情を歪めながらも、文はその手に葉団扇を握り締める

 

 

「頼むわよ、椛…!」

 

 

団扇は横一線に振るわれ、直後に前方を凄まじい烈風が突き抜けた

 

 

「ヴォオオッッ!!」

 

 

狂乱する天狗達の殆どが風によって動きを封じられる中、大天狗だけはお構いなしに突き進んでくる。

混濁した瞳で文を捉え、重々しい大刀を頭上に掲げ一挙に振り下ろした

 

 

「大天狗様!そんなキレのない動きじゃ擦りもしませんよ!!」

 

 

大天狗の一撃が地面を割る頃、文はその脇をすり抜け元凶であるアンドラスへと突っ込んでいた。

葉団扇へ自身の能力から生み出した鎌鼬を纏わせ、振り抜く

 

 

ゴバァアアッッ!! と地面を捲り上げながら放たれたのは鎌鼬による斬撃を纏った竜巻だった。周囲にいる同胞を巻き込まぬよう、極限まで圧縮された破壊の弾丸が、音速を超えて突き進む

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

対するアンドラスは咆哮で迎え撃った。

発せられた音波は空気を振動させ、自身の前方に衝撃波の壁を作り上げる

 

 

「遅い!!」

 

 

竜巻の弾丸が衝撃波と接触した時点で、文の声は既に前方にはなかった。

気配を探知したアンドラスが頭上へ向き直る前に文は葉団扇を振るう。

 

彼女の持つ葉団扇は、本来ならば大天狗クラスが持つことを許される風を巻き起こす団扇だ。

一振り、二振りと重ねるごとに発生する風はより強いものとなる。

更に文自身も風を操る能力に秀でているため、二つの風を操る力に加え、天狗最速のスピードも相俟って、彼女も幻想郷に於ける屈指の強者に数えられるのだ

 

 

「!」

 

 

新たに打ち出された二振り目の風は、アンドラスの衝撃波を吹き抜ける。

それは発生した烈風を文が掌握し圧縮したもの。一纏めに凝縮された風の力はまるで徹甲弾のように防御壁を容易く貫いていた

 

 

決壊した音波の壁は、堰き止めていた竜巻の弾丸を再びアンドラスへと向かわせ、そして炸裂。バラバラに斬り刻まれた肉塊が宙を舞った

 

 

「……しっかり躱すかッ!」

 

「くるるる」

 

 

視線の先でアンドラスは今の一撃を回避していた。自身が跨っていた大狼から離脱し、更に狼を竜巻の弾丸へ蹴り出す非道なやり方で…。

だが相変わらず首を傾げる動作からは、感情らしきものは全く感じられず、仲間を捨て駒にしても大して気に止めていない様子だ

 

 

「でもこれで機動力は奪った。次で決めるわよ!!」

 

 

葉団扇を構え直し、再び突撃の姿勢を取った文の頭上に、大きな影が映る

 

 

「ヴゥ…!」

 

「あーもうっ!空気読んで下さいよ大天狗様!?」

 

 

ここで漸く追い付いてきた大天狗は、文の脳天目がけて大刀を振り下ろしてきた。

よく見れば刀の握り方から構え方まで技術的な面が一切感じられない。だが一番酷いのは刃と峰の向きが逆なこと。これでは唯の打撃に終わる

 

 

(飽くまで破壊衝動によって動いてるってことか。周りの天狗達もやっと私の姿を視認して動き始めてる。つまりあの狼が消えた今、私の動きについて来られる奴は一人もいないってこと…!)

 

 

ならば彼女が取るべき行動は一つだ。

今のような不意に死角から来る攻撃にのみ注意を払い、スピードで撹乱しつつ元凶を叩く。

唯一天狗の速度とタメを張っていた狼も倒した。あの鳥頭を捉えるのも時間の問題だろう

 

 

……少なくとも、この時点で文はそう思っていた

 

 

 

「くるるる」

 

 

コキリッ と、乾いた音が一つ鳴り、アンドラスは首を今まで以上に傾けた。

本来は眼窩によって眼球を固定された梟などが視線を変える為に行う動作だが、彼の180度近く回転したその頭部は見ていて気持ちの良いものではない

 

 

「最早 加減ハ皆無」

 

 

初めて発した言葉と同時に、アンドラスの頭部が髑髏状の仮面に覆われた。

同時に身体から噴き出した黒い靄が、周囲の空間を暗黒に染める

 

 

「ッッ!これは狂気作用のある靄!?こんなに大量に出せるなんて…!」

 

 

咄嗟に口元を手で覆う文だったが、特に身体に異常は見られない。

だが視界一面が黒一色となり、このままでは周囲の位置関係が掴めないと判断して靄の外に向けて飛翔した

 

 

「オ前 逃亡 不可能。既ニ包囲シタ」

 

 

まるで機械のような淡々とした声がすぐ間近で聞こえた直後、文の身体を真正面から強い衝撃が襲う。

ひゅっ と息が押し出され、一瞬呼吸が止まる。

次に身体を誰かに鷲掴みにされている感覚を残したまま地面に叩きつけられた

 

 

「がっ…はッッ!?」

 

 

内臓にまで響く激しい衝撃に悶える間もなく、彼女の身体は再び宙を舞った。

視界の悪い中、僅かに見えた巨大な体躯の男は片手に持つ大刀を後方へ引いていた

 

 

「ヴゥオッッ!!」

 

 

まるで野球のノック練習のように、重力に従い落ちてきた文の身体目掛けて大刀が振り抜かれた

 

 

「ッッ!!」

 

 

文は大勢の崩れた状態から無理やり身体を捻った。ミシミシと背筋から嫌な悲鳴が上がるが、そんなことかまっていられない

 

ボッッ!! と、空気が弾け飛ぶ轟音と同時に、風圧で靄が一瞬晴れ、力任せに振るわれた刀身は頭襟を引っ掛け、弾き飛ばした

 

 

「……すいません大天狗様」

 

 

攻撃後の硬直を狙い、大天狗の顔面へ風の圧縮弾が放ちこまれ、その巨躯を大きく吹き飛ばす。

周囲からわらわらと群がってくる天狗等の気配から逃れるため、文は勢いをつけて上空へ飛翔した。

だが集まってくる複数の気配達は彼女程ではないにしろ、先程までの緩慢な動きが嘘のように高速で接近してくる

 

 

(………ッ!さっきの大天狗様に追いつかれた事といい、あいつが仮面を出したから?)

 

 

だが後続する気配ばかりに意識を向けていられない。

あの瞬間、彼女の速度に追いついた者がもう一人いる

 

 

「逃亡ハ不可。二度目ダ」

 

 

またも文と並走するように靄の向こう側から声だけが聞こえた

 

 

「まあ、来るわよ、ねッ!!」

 

 

その方向へ向けて、待ってましたと言わんばかりに左手から巨大な鎌鼬を放つ。

再び風圧によって一瞬靄が晴れるが、しかしそこに声の主はいなかった

 

 

「無駄ナ抵抗。今ノ我、オ前ヨリ速イ」

 

 

音は無かった。

ただ一つの殺気に反応し、殆ど反射的に飛び退いた文の背部を剣の鋒が斬り裂いた

 

 

「あぐッ…!」

 

 

白いシャツの肩先から腰上に掛けてが赤く染まっていく

 

 

傷自体は深くはないとは言え、天狗最速の彼女が攻撃を当てられた。

その唯一つの事実が、彼女の精神を揺さぶり、先程まで抱いていた勝機を崩壊させる

 

 

「オ前ハ動キヲ止メタ。ソノ時点デ詰ミダ」

 

「ッッ!しまっ…!」

 

 

一瞬とは言え思考に空白が生じ、態勢を立て直すのが遅れてしまった文の周囲を追い付いてきた天狗達が包囲した

 

 

「制圧」

 

 

その言葉で周囲の天狗達は一斉に文へと掴み掛かった。

天狗最速の速度を持っている彼女とて、四肢に組みつかれ、機動力の糧となっている翼をも抑えられては、自力で拘束を解くことは不可能だった

 

 

「ぐっ…!仕方ないッ、悪いけど加減出来ないわよ!!」

 

 

文は纏わりつく天狗達を吹き飛ばそうと、身体に掌握した風を集束させようとした

 

 

「『制圧』ト、ソウ言ッタ筈ダ」

 

 

ゴッッ!! と鈍い音と衝撃が文の腹へ打ち込まれた

 

 

「えぅッッ…!?」

 

 

視界が暗転する。苦痛を認識するのに数瞬の時間を有した。

次に彼女が目にしたものは、自身の腹に打ち付けられている大刀の柄だった

 

 

「大…天狗…様……!?げほっごほ!ぜぇ…ッ」

 

 

息が吸えず、途端に咳き込む文を見下ろす大天狗の瞳は、アンドラス同様に感情が込められていない氷のようだった

 

 

「今オ前ハ靄ノ中。此レデ終ワリ」

 

 

アンドラスはぐったりと項垂れる文の髪を無造作に掴み上げる。頭部を覆う仮面の口部分が大きく開き、狂気作用を含んだ奇声を至近距離で放った

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

「あっがッ…!ああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

頭をかち割られる様な凄まじい激痛が押し寄せる。あまりの苦痛に意識を手放すことすらできず、ろくに身動ぎも出来ないまま、文は人格を内側から蝕まれる様な感覚に襲われた

 

 

これが狂気。

理性すらも上書きして満たしていくこの感覚は凄まじい破壊衝動か。

最早、『誰に』ではない。最早、目の前の憎むべき鳥男だけに衝動を向けられない。

 

……全てが憎い。

 

そんな感情を煽る様に周囲の靄が、響く奇声が、憎悪となって文の身体を染め上げていく

 

 

「…すみません、天魔…様……」

 

 

意識すらも侵食が始まった文から、消え入りそうな声が漏れる。

せめてもの抵抗に、今後アンドラスの配下になった際の武器になりうるであろう葉団扇を手放した

 

ひらひらと落ちていく葉団扇を視線の先で捉え、文の意識は闇に埋もれていった

 

 

 

 

 

だが、ほんの一瞬前

 

 

 

彼女の耳にはとある声が聞こえていた

 

 

 

「なんじゃ?さっきから喧しくてかなわん」

 

 

闇の中で光る金色の瞳を一点に向け、天魔である日高 彩芽は煙たがる様に言った

 

その傍らでは今にも飛び出しそうな白髪犬耳の少女が襟首を掴まれて制止させられている

 

 

「は、離してください!文さんが!!」

 

「落ち着かんか。不用意に飛び込めばどうなるかくらいわかるだろう?全く、優秀だが感情的になりやすいのが玉に瑕かの」

 

 

突然の乱入者に、アンドラスは仮面の口を閉じつつ言った

 

 

「何者?」

 

「天魔」

 

 

妖怪の山の統率者は端的に答え、片手に持った扇を水平に振るう

 

 

ビュゴォオオッッッ!!! と、凄まじい突風が辺り一帯に吹き抜け、周囲を包んでいた靄を一瞬で吹き散らした天魔は、晴れた視界の先に浮くアンドラスを見て嘲謔する様に吐き捨てた

 

 

「おや、随分趣味の悪い仮面をしとるんじゃな。しかもその下に覆面まで付けて」

 

「……仮面ノ下ハ自前」

 

「んん?そうかそうか自前か。それは失敬」

 

「オ前 天魔ト言ッタ。ツマリ此奴等ノ長。オ前ヲ倒セバ任務終了」

 

 

アンドラスの意思に呼応するように天狗達も一斉に天魔へと向き直った。

拘束の解かれた文は落下することなく、項垂れたままその場にとどまっている

 

 

「……ふむ、少し間に合わなかったか」

 

「文…さん……!?」

 

「ヴゥ……!」

 

「やれやれじゃな。椛、お主は下がっておれ」

 

 

彩芽は一歩前へ出ると、何の気なしに敵陣との間合いを詰め始めた。それこそ近所を散歩するような気軽さで。

一瞬怪訝そうに首を傾げたアンドラスは、構わず一言命ずる

 

 

「……討伐」

 

 

一斉に押し寄せる狂気の軍勢。

中でも速度に秀でている烏天狗の少女と、大刀を携えた大天狗が先行的に向かってきた

 

天魔は風を巻き起こす扇を振らなかった

 

 

ーーー直後、

 

 

「!?」

 

 

烏天狗の少女と大天狗が力無く倒れ伏したと気付いたのは、その身体が地に向かって落下を始めた時だった。

遅れて、後続する天狗達も同じ地点に踏み入った瞬間に次々と墜落を始める

 

 

「……何ヲシタ?」

 

「さぁの」

 

 

天魔はすっとぼけた様に不敵な笑みを浮かべた。その後方で控えている椛でさえも、何が起こったのかわかっていない様子だ

 

 

「ダガ無駄ダ。我ノ兵士ハ負傷デハ倒レナイ」

 

「ッッ!」

 

 

椛は思わず耳を塞ぎ、身構えた

 

あの奇声がくる。何度も見てきた。

アンドラスの兵士となった者は致命傷を与えるだけでは止まらない。完全に殺し切るまで動き続けるゾンビのような耐久力に加えて、狂暴化までする

 

先程天魔が何をしたかはわからないが、恐らく仲間である天狗達を殺してはいないだろう。

つまり、再び動き出す。再び、仲間に剣を向けなければならない

 

……少なくとも、椛はその覚悟でいた

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

轟く奇声は、忽ち周囲の空間を埋め尽くす。

地上で伏せる傷だらけの兵士の身体を容赦なく揺さぶった

 

 

「?」

 

 

アンドラスは奇声を止め、口を閉ざす。

耳を劈く音波は止み、静寂が戻り始めたその場に存在していたのは先の三人だけだった

 

 

「ハ?」

 

「無駄じゃ。既にあの者達の呪縛は解いてある。幾ら叫ぼうが近所迷惑な騒音にしかならんわ」

 

 

耳栓代わりに突っ込んでいた指を抜き、天魔はあっけらかんと言い放つ。

未だ理解の追いつかない鳥男と白狼天狗の少女は同タイミングで首を傾げた

 

 

「呪縛?我ノ力ハ呪イデハ無イ。体内ニ侵入シタ我ノ力ノ一部ガ共鳴ニヨッテ……」

 

「だから、それを『解いた』と言っている」

 

「有リ得ナイ。我ノ力ハ一度取リ込マレレバ身体ト同化スル。取リ除クニハ生命活動ヲ止メルシカ無イ」

 

「それはお主の主観だろう?事実この場で出来ているのだ。疑うのは寧ろ主の認識の方ではないか?」

 

「有リ得ナイ。理解不能ダ」

 

 

アンドラスはその手に持つ剣を構え、鋒の照準を天魔へと定めた。

力を解放した彼の速度は天狗最速である射命丸 文をも凌ぐ。

天魔が反応する前に心臓を刺し貫きさえすれば、それで終いだ。

得体の知れない力の解明は済んでいないが、自身に定められた最終討伐目標が自ら現れたのだ。見す見す逃す手はない

 

アンドラスは空中を駆けた

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

牽制として響き渡る奇声には、間近で聞いた者の平衡感覚を狂わせる効果がある。

天魔の周囲を取り囲む様に飛び回るアンドラスの姿は残像によって不鮮明となり、声は彼方此方に木霊しているため、音による探知も不可能だった

 

 

「のう、天使軍の指揮官よ。何故天狗の長所である速度すら部下に敵わぬ私が、天魔なんぞと言う肩書きを与えられていると思う?勿論、兵の指揮能力やカリスマ性なんてものは後付けだぞ?」

 

 

耳を劈く程の超音波を受けて、まともに視認することも儘ならない敵と対峙して尚、余裕の姿勢を崩さず天魔は言い放つ

 

 

「天狗のもう一つの力。『神通力』に秀でていたからだ」

 

 

ガクンッッ と、高速で飛び回るアンドラスの身体に急ブレーキがかかった

 

 

「ナ、ニ……?」

 

 

錆びついた歯車の様な動きで自身の身体を一見したアンドラスの声色には、僅かに動揺が含まれていた

 

 

「何ヲシタ!?貴様ッ!」

 

 

自身の機動力を支える両翼、そして接合部位である背面から腰下に掛けてが、土色に変色して固まっていた。

パキパキと氷が軋む様な音と共に、変色した肌は徐々に広がっていく

 

 

「言ったろう?神通力ってやつさ」

 

 

天魔は言葉を短く切り、一帯に広がる景色を指して続けた

 

 

「この山は大昔に大地が盛り上がってできたものだ。

色んな歴史がある。権利を求めて争いあった時代。互いに和合し、共存を目指した時代。数々の歴史を繰り返し、今の調和のとれた山に落ち着いた」

 

「其レガッ、何ダト言ウノダ…!」

 

 

 

「共存とは調和。争いとは中和を意味する」

 

 

 

対立するものは和合し、共存する様になる

 

相対する二つの力は互いに打ち消し合い、消滅する

 

 

「私の神通力はその二つの力を体現したものでな。さっきお前の能力を打ち消したのは中和、今まさにお前の身体に起こっている現象は調和によるものじゃ」

 

「ナ、ナラバ……此レハ…!?」

 

「調和の力は二つの存在を同化させることで一つの共存を実現させる。お主には、この山と同化してもらう」

 

 

身体の九割程まで同化が進行したアンドラスを憐れむでもなく、寧ろ彩芽はシビアに言い放った

 

 

「ヤ、止メ……」

 

「私は調和を乱す者には容赦はしない。何より主達が仕掛けた戦争じゃ。末路も受け取れ」

 

 

ビシッッッ!! と石に亀裂が入るような乾いた音が一つ

 

 

「皮肉にも、私が久しく忘れていた感情を主が呼び覚ました。ーーー『怒り』だ」

 

 

一流の風が吹く。

それは重力に従い落ちていく土の塊を、塵が舞う様に吹き散らした

 

 

「……天魔様、もう時期信号を送った救護班が到着する頃かと」

 

「うむ。では私達も応急処置に当たるぞ」

 

「はっ!」

 

 

直様地上に倒れ伏す仲間達の元へ向かう椛を視界に捉えつつ、彩芽は心の中で一つの約束を浮かべた

 

 

(すまぬな隼斗。応援を出すのは難しいようじゃ)

 

 




バーサーカー製造機のアンドラス

主の大天狗のイメージは、丸太持って戦う師匠(フガ-
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