東方万能録   作:オムライス_

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お待たせしました、守矢編の続きです。

不覚にも胃腸炎でダウン中です。
この時期流行るもんだったかな〜とか考えてたらまさか自分が…。

ってなワケで、皆さんも胃腸炎には気をつけてくだちい(ーー;)



151話 神と人 (後編)

比那名居 天子は挑発するように、その手に持つ緋想の剣をチラつかせ呟く

 

 

「中々斬り甲斐のありそうな巨人ね。どこからいこうかしら?やっぱりその無駄に多い腕?」

 

 

対して、その言動に溜息を漏らす六腕の巨人、ラーヴァナは呆れた声色で返した

 

 

「新手ならば丁度良いと思っとったが…、どうやら期待できそうにないな」

 

 

巨大な体躯に見合った刀とメイスを振り上げ、姿勢を低く落とす。

後は蹴り足一本で接近し、六つの内どれかを振り下ろせば、目の前の少女は肉塊に変わる。

次いで、そのまま足を止めることなく緑髪の少女を叩き潰せば、この場に於ける危険因子は消え、後は確実に二柱を殺せば任務完了だ

 

 

「あんたみたいな脳筋に期待されても嬉しくないわよ」

 

 

天子の握る剣の刀身が煙の様に揺れ、緋色の光が発生する。

光はラーヴァナを含む周囲を数秒照らし、緋想の剣に秘める能力を発動させた

 

 

「!」

 

 

ラーヴァナの身体から黒い気が出現し、蒸気のように揺らぎ始めた。

突然発生した黒い気体に一瞬警戒の色を示したラーヴァナだが、すぐに無害であると判断する

 

 

「なんのつもりか知らんが、虚仮威しなら止めておけ。無駄に儂をイラつかせて惨たらしく死にたくないならな」

 

「虚仮威しかどうかはすぐわかるわ。そのちっこい脳味噌でもね」

 

「……ならば、脳味噌ぶち撒けて死ねぃッッ!!!」

 

 

地面が爆散し、巨体は高速で射出された。

僅か十数メートルの距離。刀やメイスを振り下ろすと言うよりは、殆ど打ち噛ましに近い

 

しかし、ラーヴァナの足は少女へ行き着く前にその動きを止める。……いや、正確には突如出現した落とし穴によって、片足が地中に埋まっていた

 

がくんっ と体勢が崩れ、手を突こうと前のめりに崩れ掛けたその顔先へ、緋色に光る刀身が走った

 

 

「ッ!」

 

 

神の本気をも正面から受け切ったラーヴァナが身を引いたのは、単に反射によるものではない。本能的に…、その剣を受けてはならないと判断したため。

何より、それを証明する事実がそこにあった

 

 

「んー?浅かったかしら」

 

 

髑髏の仮面に入った一筋の傷。

今しがた表面を掠めていった緋色の刃によるものだった

 

 

「……ほぉ、儂に傷を付けるか。小娘」

 

 

常人には視認できない速度で動くラーヴァナを即席の穴にはめる反応速度。

そして、『傷』と言う明確な有効打を与えることのできる攻撃力。

その二つを『同時に有する存在』を、ラーヴァナは知らなかった

 

………だが、

 

 

「知っているぞ。お前は天人と言う元は人間が神格化した種族だろう?」

 

「だったら何?言っとくけど、今更心入れ替えて崇めたって無駄よ。巷じゃ不良天人なんて呼ばれてるし」

 

 

……つまり、人ならざる存在。

ラーヴァナにとって重要なことはその一点のみだった

 

 

(ならばカラクリはあの妙な剣にあると言うわけか。効力は色々考えられるが、今はそれだけわかれば良い)

 

 

ラーヴァナは構えを変えた。

左半身を前に出し、同側に持つ武器を盾のように重ね合わせる。残る三つの武器は上段から下段まで対応できるよう構えた

 

 

「あら、ちょっと斬られただけで随分慎重になったわね。デカい図体とは裏腹に肝が小さいのかしら?」

 

「口が達者なのは結構だが、儂がこの構えになった以上軽口は叩けんようになるぞ?」

 

 

瞬間、ラーヴァナの巨体は起こり無く天子の眼前に移動した

 

 

「っ!」

 

「言ったそばからだ」

 

 

思わず飛び退いた少女を追うように、メイスが横一閃に振るわれる。

天子は後方宙返りの要領でメイスをやり過ごすが、更に距離を詰めてきたラーヴァナの『盾』による体当たりで後方へ大きく吹き飛ばされた

 

 

(痛っ…、所詮力任せな輩と高を括ってたわ!)

 

 

 

ラーヴァナの不可解な接近の正体は、所謂摺り足だった。

身体を上下すること無く、構えを崩さずに最短で踏み込む歩法。

それに加えて、盾技術を交えた接近戦まで繰り出してくる。先程の言葉通り、単に慎重になった訳ではなかった

 

 

「上等じゃない!!」

 

 

天子が腕を水平に振るうと、注連縄の巻きついた大量の要石が浮かび上がった。

要石は周囲をビットのように飛び回り、一つ一つが光を帯びると、瞬く間にレーザーを打ち放った

 

閃光と爆音が耳を叩く中、天子は構わず爆風の中へ飛び込み中心に向かって緋想の剣を振り下ろした

 

 

「ぐっ!?」

 

 

だが返ってきたのは敵を斬り裂いた感触では無く、手首に伝わる鈍痛だった。

見れば振り下ろした緋想の剣の鍔元に、巨大な剣先が打ち込まれていた

 

前提として、緋想の剣は刀身が存在しない。

能力によって丸裸にした相手の弱所を斬るために、質を変える気の塊こそが刃を構成する物質なのだ

 

つまり、定めた対象以外には唯の刃に成り下がるため、間に対象以外の物を挟み込めば受けることが可能。

 

 

「痛みで剣を離さなかったのは見事。…が、動きを止めてしまったな」

 

 

ラーヴァナは砂塵の向こうから剣を捻り、緋想の剣を横に弾くと、新たにメイスを振り下ろした

 

 

ゴガァアアッッ!! と、轟音が響く。

飛び散ったのは血肉では無く砕き割れた要石の破片だった。

天子は構わず接近し、新たに複数展開した要石を盾にしながら巨人の懐へ飛び込む

 

身体に纏わりつくように動く要石を鬱陶しそうに振り払い、ラーヴァナの目はしっかりと少女の姿を捉えていた

 

 

「!?」

 

 

がくんっ、と再びラーヴァナの体勢が崩れた

 

そして理解する。

足下に深々と突き刺さった要石が淡く光り、地盤を極端に脆くしていた

 

ラーヴァナは追撃を警戒し、盾を構えつつ身を引いたが、その目に飛び込んできたのは凄まじい閃光と衝撃だった

 

 

「今です!!」

 

「ナイス衣玖!!」

 

 

身体に溜めた電撃を放った羽衣の従者、永江 衣玖はそのまま放出を止めること無く叫び、それに合わせて天子は緋想の剣を振り抜く

 

そして、

 

必殺の刃は咄嗟に構えた巨人の武器の間を擦り抜け、六腕ある内の一本を斬り飛ばした

 

 

 

 

 

「す、凄い…!」

 

 

その光景を後方から目の当たりにしていた早苗は率直な感想を漏らした。

傍に立つ二柱も同様に目を見開いている

神である自分達の全力が通じなかった巨人の腕が、文字通り落ちた。

自分達は腕どころか傷一つ負わせることができなかったと言うのにだ。

しかし、遺憾を感じるよりも先に一つの疑問が浮かび上がる

 

 

(…いくら弱点をつけるからと言って、火力では明らかに私達が上だった)

 

 

単純な火力だけで見れば、膂力だけで振るう剣よりも、山一つを焼き払える火力を打つけたほうが強いに決まっている。

だが目の前の光景はそんな子供でもわかるような物理法則を覆している

 

 

つまり…、

 

 

(私達の攻撃を阻む何かがあった…?いや、もっと根本的な…、力そのものを無効化する何かが……?)

 

 

神奈子や諏訪子が振るう力。即ち、神の力

 

早苗がせめてもの抵抗に打った攻撃が巨人の腕を焼いた事実。

現人神である彼女の振るう力には……。

 

 

「!」

 

 

一つの仮説が立てられた直後、前方の戦況は動いた

 

 

「腕一本で満足か?戦場でその欲の無さでは生き残れんぞ小娘」

 

 

振り抜かれたメイスは空気を裂いた

 

 

「あ………」

 

 

短く漏れた悲鳴なのかどうかもわからない声と同時に、青髪の少女は凄まじい勢いで薙ぎ払われ、地面を何度も跳ねて転がった。

一拍遅れて彼女が被っていた丸い帽子が地に落ちる

 

 

「総領娘様…っ!?」

 

 

直様駆け寄った衣玖が力無く倒れ伏す身体を抱き上げた

 

 

「がはっ…!?げほっ……う、ぐッ!」

 

 

血反吐の混じった咳を繰り返し、飛んでいた意識から復帰した少女は腹部を押さえ、その苦痛に表情を歪めた。

吐血量から察するに、内臓に痛手を負っている。肋骨も何本かやられているだろう

 

それでも、直撃だけは避けていた

 

 

「は、ははは。咄嗟に要石を挟み込んで後ろに跳んでみたけど…、おとぎ話の英雄みたいに上手くはいかないわね…!」

 

「強がってる場合ですか…?その状態でこれ以上は……」

 

「…そうね。ちょっと私一人じゃ危なくなってきたかも知れないわ」

 

 

天子は徐ろに後方の緑髪の少女を見遣った。

心配そうに此方を見つめるその姿からは、この場の誰よりも『か弱く』見える

 

 

「衣玖、耳を貸しなさい」

 

「は、はぁ?」

 

「いいから早く。痛いから叫びたくないのよ」

 

 

時間にしてほんの数秒。たった一言呟いた少女は再び緋想の剣を握り立ち上がった

 

若干呼吸の荒い自身を落ち着かせ、今一度目の前の巨人を睨み付ける

 

対する巨人は先程と打って変わって溜息を漏らしつつ吐き捨てた

 

 

「その状態では大して持つまい。……まあ、少しは楽しめたか」

 

 

盾として固めていた左側の武器の構えを解いたラーヴァナは、再び低く腰を落とした

 

 

「小細工で止めたければ好きにせい小娘。だが次は攻めの一手でいかせてもらう。易々とは止まらんぞ?」

 

「何?腕落とされて焦ってるの?手負いの女相手に随分必死じゃない」

 

 

逆に、心の内で焦燥にかられているのは天子の方だった。

唯でさえ体格やリーチといった戦闘ステータスは相手の方が上であり、その上額に汗が滲むほどの手傷を負わされ、更に攻撃が激化するのであれば形勢的に不利なのは火を見るよりも明らかだ

 

しかし、そんな中でも彼女は一人で巨人と対峙する。後方にいる二柱や、従者の力を借りれば決定打は無いにしろ、幾分かは戦いやすくなるはずなのに。

何より、先程従者へそうなるように指示したのは彼女自身だ

 

 

「……はぁ、こんなことなら引き受けるんじゃなかったかしら」

 

 

天子は小さく漏らした本音を捨て置き、周囲に大小様々な要石を出現させ、空中に浮島のようなフィールドを作り上げた。

その内の一つに飛び乗った少女は挑発を交えた手招きで吐き捨てる

 

 

「ほら、お望み通り小細工してあげたわよ?」

 

「なるほど、考えたな」

 

 

ラーヴァナは構わず近場にあった浮島へ跳躍し、天子と同じ土俵へ飛び込んだ。

数ある浮島の中で、その巨体で乗ることができる大きさのものは限られてくる。

勿論高さもバラバラだ。立ち位置によっては浮島が視界を遮り、死角が生じてしまう

 

 

ラーヴァナはその内の一つを横薙ぎに振るったメイスで叩き割り呟く

 

 

「まさか、破壊されないと思っていたわけではあるまい?」

 

「どかんっ」

 

 

その一言の後砕かれた要石が点滅し、炸裂した。飛び出したのは爆炎ではなく色とりどりの弾幕で、ダメージを与えると言うよりも目眩しに近かった

 

 

「ちっ…!」

 

 

鬱陶しそうに弾幕を払い、直様天子の脳天目掛けて剣を振り下ろすべく踏み込んだラーヴァナを、唐突な浮遊感が襲う。

視界が上下逆さまになり、身を捻って地面に着地した先で、180度回転した浮島を見た

 

 

「ぷっ、ダッサっ!小細工にまんまとハマったわね!」

 

「……」

 

 

その子供のような悪態に、ラーヴァナが青筋を立てることはなかった。

寧ろ逆に、自分が殺すつもりで動いたにも関わらず、ここまで凌いだ少女に感心さえしていた

 

 

「いいだろう!ならば出せる手は全て出すがいい!!儂はその全てを粉砕してやる!!」

 

 

ラーヴァナの叫び声は衝撃波となり、辺り一帯の木々を揺らした。巨体全体を黒い邪気が包み、羅刹の王は地を蹴った

 

 

〜〜

 

その瞬間、大地が揺れた。

目先の巨人が勢いよく跳躍した余波で、小規模な地鳴りが起きていた

 

 

「ッッ、とうとう本気になったかあの巨人っ!?」

 

「あの娘もそろそろヤバイんじゃない?神奈子、傷も少しは癒えたし私達も!」

 

「お待ち下さい」

 

 

飛び出しかけた二柱を引き止めたのは、先程まで青髪の少女と共に戦っていた羽衣を纏った女だった。

怪訝な顔をしつつ、神奈子は目の前の戦況を見て言う

 

 

「待つだって?悪いけどこれ以上あの巨人に好き勝手されるわけにはいかないのよ。あの娘だって十分戦ってくれた。後は私達が…!」

 

 

しかし天界の従者は首を横に振る

 

 

「『傷が癒えた』、と言うのは気休め程度でしょう?失礼ですが、貴方がたが加勢したところで状況は進展しないかと」

 

「ちょっ、仮にも神に向かって戦力外通告なんて言ってくれるじゃん!あの娘には有効手段があるみたいだし、私達が隙を作れば…!」

 

「では、あの大男の弱点をご存知ですか?」

 

 

その言葉に逸早く反応した神奈子は、憤慨する諏訪子を掌で制し、その先を促した

 

 

「お前達は知っていると?」

 

「はい。そしてその事実を伝えろと、あの方から言付かりました」

 

「!」

 

 

衣玖は傍らに立つ早苗を見遣り、頼まれた言伝を告げる

 

 

「あの大男は魔の力も、神の力でさえも受け付けない特異な体質を持っています。…打破するには人の、『人間』の力を使うしかありません」

 

「!?」

 

 

早苗の攻撃が通じた訳…、それで合点がいった

 

現人神とは、神であり人でもある存在だ。

100%神力で構成されていないその力の質は、人の力と配合している。つまり、あの巨人は純粋な神の力のみを無効化すると言うことだ

 

 

「……どうやら今回の主役は早苗みたいだね」

 

「えっと、つまり…、えっ、私が…っ!?」

 

「確かにお伝えしました。私はこれで。」

 

 

永江 衣玖は一礼し、帯電させていた雷を身体中に巡らせて瞬く間にその場から消えた

 

残された二柱と一人は互いに顔を見合わせ、未だ混乱している少女へ、神奈子と諏訪子は優しく、力強い声色で諭した

 

 

「早苗、よく聞きなさい。今から私達が貴女に持てる限りの力を授ける。受け取ったら、あの巨人に向かってその力を打ち込みなさい」

 

「持てる限りのって…、私ではそれだけの力を制御できるかどうか…!」

 

「大丈夫。急ぎ足ではあるけどなるべく早苗に負担が掛からないよう浸透させていくから」

 

 

緊張と不安から震える少女の手を、二柱の温かい掌が包む。

今更、「本当は戦場に出すべきではなかった」などと言う、謝罪や惻隠の情を並べる気はなかった。

今すべき事は、一人の少女に全てを託すことでは無い

 

 

「私達がついてるんだ。早苗なら必ずできるよ」

 

「一緒に守ろう、私達の家を」

 

 

見据えるは、後悔ばかりが立つ過去ではなく、こうであって欲しいと願う未来でもない

 

 

ーーー今、この現状を。

 

 

膨れ上がろうとする不安を振り払うため、風祝の少女は思いっきり両手で頬を叩いた

 

小気味の良い音が鳴り、顔を上げた少女は言葉を紡ぐ

 

 

「私に、お力添えをお願いします!!」

 

 

 

〜〜

 

 

「あっぶ…!?」

 

 

剛腕から振るわれた刃は鋭い剣閃を描き、咄嗟に屈んだ天子の頭上30センチの位置を通過した

 

本当の意味で、殺しにかかってきたラーヴァナの動きは、浮遊する要石を障害としていない。

壊れれば弾幕の目眩しが飛び出すギミックも、火の粉を払うように突っ込んでこられては効果が薄い。

唯一の対抗手段である緋想の剣も、圧倒的なリーチの差によって阻まれつつあった

 

 

「どうした小娘ぇ!小細工はもう終わりか?!足場を回転させたり消したりするだけではあるまい?手品はネタが多くなければつまらんぞ!!」

 

「急におっさんがテンション上げて張り切ってんじゃないわよ!…って言うか絶対さっきの根に持ってるでしょっ!?」

 

 

天人として、人間から神格化した身体機能を持つ彼女の目でも、ラーヴァナの腕の動きを追い切れていなかった。一度間合いの中に入れば、回避し切れず瞬時に挽肉になる。

膂力で勝てるわけもなく、緋想の剣で受けることもできない。運良く受け流せたとしても、反撃に出る前に次の攻撃が飛んでくる

 

 

(…ジリ貧ね。このままじゃいつか貰う。……………、だったらッ!)

 

 

天子は意を決して前に踏み込み、迫り来る巨人との体格差を逆に生かしてその股下へ滑り込んだ

 

削岩機のように動く剣やメイスに身体中撫でられながらも、直撃だけは避け巨人の下を潜り抜けた

 

 

「痛ッッ!、ぅあああぁあああ!!」

 

 

鋭い痛みに表情を歪めながら、天子は跳躍し緋想の剣を振り上げる。

ギチッ、と骨に食い込む感触が伝わり、緋色に光る刃は新たに巨人の腕二本を斬り裂いた

 

 

「ゔあ…ッ!?」

 

 

だが天子の口から、無理矢理空気を押し出されたような悲鳴が漏れる。

今しがた斬った腕の内、骨に阻まれ断ち切れなかった二本目の腕が空中で動きの止まった天子を乱暴に掴み取っていた

 

 

「放しなさ……ッう、ぐ……ッッッ!?」

 

 

言葉すら詰まる激痛が襲う。

ゆらりと、巨大な鋒が首筋に宛てがわれた

 

 

「終いだ、小娘……ッッ!?」

 

 

剣を引くよりも先に、眼前で閃光が走りラーヴァナの目を眩ました。

雷を纏った従者は、一瞬僅かに緩んだ拘束から掻っ攫うようにして滑り込み、天子の身体を抱き留めて離れた位置へ着地する

 

 

「総領娘様、大丈夫ですか?」

 

「い、今まさにあんたの雷に感電してるところよ」

 

 

既にズタボロの身体を起こし、自身の力で立ち上がった天子は他方へ意識を向け呟く

 

 

「で、どう?」

 

「……さぁ?」

 

「……さぁ?、って何よ!この私がこんなになるまで時間稼ぎしてあげたって言うのに!」

 

「申し訳ありません。答えを聞く前に総領娘様がピンチに陥りそうだったので、早々に飛び込んだ次第です」

 

「うっ…、悪かったわね…ッッ痛っ〜!……もうちょっと慎重にいくべきだったかし……」

 

 

天子の言葉は突然吹き荒れた突風によって掻き消された。

それは自然に発生した風とは思えない程不自然で、ある一点に向かって渦を巻くように集中している

 

 

「……さて、大詰めね」

 

 

言って、比那名居 天子は緋想の剣を頭上に掲げた。不鮮明だった刀身が緋色の光を帯び、数倍の大きさに膨張していく

 

 

「……成る程、足りない火力はその二柱に借りるという訳か。それに二手に別れればどちらか一方は当たるかも知れんなぁ」

 

 

少女二人による、攻撃に転じる前の『溜め』の間にラーヴァナは敢えて攻めなかった。

自身の油断や虚を突かれたこともあったが、確かにダメージを負わされた事実と、少女等の覚悟を秘めた表情から迂闊に動くよりも、迎え撃つ方が得策と判断したためだ

 

 

(青髪の方は攻撃判定が刃の長さ分のみ。間合いに入られぬよう気に掛けておれば脅威にはならん。…となればやはりあの小娘の方か)

 

 

残る四腕を構える。

刀傷が骨にまで達している一本を捨て石として、天子の方へ置く。

ラーヴァナの邪気を纏った三つの武器は、その一つで周囲一帯を更地に変える程の威力を生み出していた

 

 

早苗の翳した掌の先へ、神力を帯びた風が球状になって集束していく。

その手に添えられた力強い二柱の手が、極限まで高めた神力が四散せぬよう制御しつつ、自身の身体を触媒として、東風谷 早苗という戦士に力を授けた

 

 

 

「いくよ早苗」

 

 

「さあ、見せてやれ」

 

 

ふっ、と通り雨が止んだように、吹き荒れていた風は止まった

 

 

「『 守 矢 の 神 風 』」

 

 

黄金色の烈風が吹いた。

それは押し寄せる津波のように、景色そのものを飲み込みながら、ラーヴァナへと突き進む

 

 

「なめるな小娘ぇ!!この程度の微風なんぞに…!!」

 

 

後方で控える天人の少女はまだ動く気配がない。ラーヴァナは三つの武器を重ね、姿勢を低く構えた

 

 

しかし、

 

 

「!」

 

 

押し寄せた風は、ラーヴァナに何の被害も齎すことなく、その身体を吹き抜けた

 

思考に空白が生じ、反射的に振り返ったラーヴァナは目を見開く

 

 

「ありがたく、使わせてもらうわよ」

 

 

その緋色の柱は、羅刹の王でさえ見上げる程に。

 

神々しく伸びる刀身は金色の光を放ち、それを握る天人の少女は、傷付いた身体を意に介さず振り下ろした

 

 

 

「『 全 人 類 の 緋 想 天 』」

 

 

 

音さえ消えた。

衝撃も生まれなかった。

一挙に伸びた金の混じった緋色の刃は、天を隔てるように一文字の軌跡を作った

 

 

 

 

ただ一つ、凝縮された神の風は、緋想を形成する気質となって、ラーヴァナの身体を両断していた

 

 

「!?……………………っ!…………………………………見事っ」

 

 

 

髑髏状の仮面が砕き割れ、羅刹の王は砂のように四散した

 

 

「終わっ……た…?」

 

 

緊張の糸が切れたのか、将又力を酷使し過ぎたか、途端に崩れ落ちた早苗を両脇の二柱が支える。向かい側でも同じく膝をついた青髪の少女と目が合った

 

 

「……っ」

 

 

力無く取られたガッツポーズに、早苗も小さく掌を振り返した

 

 




ラーヴァナについて補足
能力として言うならば、『神にも悪魔にも殺されない能力』です。神はそのままで、悪魔は妖怪なども含みます。
例外は人間です。
この半不死身の力はラーヴァナが願ったものらしいですが、まさか人間で自分を倒せるやつなんていないと思ってたんでしょう。

それが貴様の敗因だぁ!!

次回は地底編の予定です。
お楽しみに

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