東方万能録   作:オムライス_

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長らくお待たせしました。
4月、5月でちょっと忙しくなりまして……、いつもより大分開いちゃいましたが、地底戦です



152話 心理と真理 (前編 )

その瞬間、旧都全体が震撼した。

元々地中にできた巨大な洞窟のような場所である地底は、衝撃をダイレクトに伝播する

 

衝撃の正体は音だった。

たった一人の鬼から発せられた咆哮が、音の爆弾となって一帯を揺るがしたのだ

 

 

「〜っつ!耳が馬鹿になるわ…!」

 

「流石鬼の頭領だけはありますね。速やかに正気を取り戻してもらわなくては」

 

「簡単じゃないわよ。あいつ、既にモード入っちゃってるし。って言うか一番びっくりなのが……」

 

 

さとりと共に空中へ飛び出したパルスィは、ある一点を見て言った。

戦闘前のストレッチでもするように身体の調子を確かめる勇儀の傍には、未だ酒が残ったままのそれが置かれていた

 

彼女が普段手加減の意味も込めて持っている『盃』が。

 

 

「…確かに」

 

 

さとりも納得した。

普段の彼女ではあり得ない行動だ。

喧嘩と同等に好物である酒を飲み干さずに捨て置くなど…。それだけでも勇儀の身に起きている異常が見て取れる

 

 

「あまり逃げ回られると面倒なんでね。大人しく捕まるなら苦しまずに済むよ」

 

「こっちだってマジもんの鬼ごっこに身を投じる気はないわ。今の貴女は危険だもの」

 

「パルスィさん、何とか勇儀さんの相手を頼みます。私はあの男を。」

 

「出来るだけ早くね。私が殺される前に…!」

 

 

額から一筋の汗を流し、パルスィは表情を強張らせたまま一歩前へ出た。

今まで敵対したことがなかったせいか、いつもより勇儀の姿が大きく見えた

 

 

「ほっほっほ、畏縮しているのが見て取れますねぇ。それでは長く持たないでしょう」

 

「貴方の相手はこっちです」

 

 

言葉と同時に複数のレーザーが放たれた。

勿論弾幕ごっこレベルではなく、本気の出力で。

対して、ダンタリオンは手元の本を開き、文字の羅列を指先でなぞった。するとレーザーは忽ち指向性を失ったようにあらぬ方向へ飛んでいく

 

 

「ええ、ええ、勿論ですとも。貴女は私の手で葬らなければ戦果になりませんからなぁ」

 

「戦果?そんなものが設けられていると?」

 

「『各拠点の長を潰せ』。これが我々天使軍に命ぜられた任務でしてねぇ。私自ら貴女を選ばせて頂きました。何せ似通った能力をお持ちなんだ、ぜひ試してみたいではありませんか?」

 

「…は?」

 

 

にちっ、と不気味に吊り上がった口角を隠そうともせず、ダンタリオンは舌舐めずりをして言う

 

 

「嗚呼、早く貴女が身も心もズタボロになる様を拝みたいですねぇ」

 

「………………………………………控えめに言って、超キモいです」

 

 

 

 

本当に冗談抜きで、その拳を掠めただけの家屋が音を立てて崩壊した。

技術云々より力任せに振るわれる手足は、皮膚の周囲に鑢でも纏っているのかのように、軌道上の物体を破壊していく

 

 

「なんだパルスィ、逃げてるだけかい?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 

常に勇儀との距離を開きながら立ち回るパルスィは、既に旧都の入口付近まで移動していた。

 

彼女が普段、地底の番人として立つ橋へ。

 

 

「追いかけっこは終わりかい?」

 

「ええ。ここなら別に暴れてもいいわ」

 

「態々此処へ移動したってことは、橋姫として戦ってくれるってことか」

 

「私が橋姫であることと、この橋で戦うことは関係ないわ。たださっきいた場所の近くには行き付けの酒屋があったってだけ」

 

 

長く、横幅のある橋の中心に立ち、勇儀は周囲に視線を移しつつ、

 

 

「理由はそれだけか?」

 

 

呟かれた言葉に反応するように、橋の裏側から吹き出したものがあった。

その白い繊維の集合体は同質量で鋼鉄をも凌駕する強度を持ち、鋼鉄にはない柔軟性をも併せ持つ最も優れた糸。

 

 

「あれ?敵が来るからって聞いてたのになんで勇儀が?」

 

 

糸と同じく橋の裏側から現れた土蜘蛛の少女、黒谷 ヤマメは、今まさに糸によって緊縛された勇儀を見て首を傾げた

 

 

「私も現場に行って吃驚よ。彼女、子分の鬼達をフルボッコにしてるんだもの」

 

「え、ちょっと待って。勇儀を縛っちゃったのは事故じゃなくて、正解だったてこと?」

 

 

目をパチクリさせるヤマメへ、パルスィは面倒くさそうに囁いた

 

 

「地霊殿の主が言うには洗脳を受けてるらしいわ。今の彼女からすれば敵の親玉が主人で、私達はそれに仇なす敵ってこと」

 

「うっそ……、よりによって一番厄介なのを取られたか。……敵も頭良いね」

 

「親玉の方は覚妖怪が相手してるわ。そいつを倒して洗脳が解けるまで鬼さんを足止めしておくのが私達の仕事」

 

「とんだ貧乏クジじゃないか!あの勇儀相手に長期戦は御免だよ!?」

 

 

視線の先で絡みついた糸を力尽くで引き千切る鬼を見たヤマメは、思わず顔を強張らせた。

 

 

「あまり手間取らせるな。大人しくしてればすぐに済む」

 

「!、ヤマメっ……」

 

 

パルスィは自身の発した言葉よりも早く、傍に立つヤマメを突き飛ばした。

直後に眼前を通過した鬼の腕は、間近にいた二人の少女の身体を吹き飛ばす程の凄まじい衝撃波を生んだ

 

 

「!」

 

 

二人が体勢を立て直すよりも速く、ヤマメに急接近した勇儀は拳を振り上げる

 

 

「ッああ!!」

 

 

ヤマメは受け身すら不完全なまま、闇雲に糸を放った。だが半ば取り乱しながらの抵抗であった為か、勇儀は不規則に動く糸を躱し切れず、反射的に顔を庇ったことにより拳の動きを止めてしまう

 

 

「ちっ…!」

 

 

一拍遅れて拳は空を切った。

直後にその背中へ弾幕が着弾し、爆音が耳を叩いた

 

 

「……鬱陶しいねぇ!」

 

 

煙を払い、苛立ちを隠さず後方で掌を向けるパルスィを睨み付け、叫ぶ。

…と 同時に、この程度の事で怒りを露わにする自分自身に違和感を覚えた

 

 

「……『煽った』な?パルスィ」

 

 

自分より優れている相手に悪意を抱き、憎らしく思う、又は劣等感を抱く。

思い通りにならないもどかしさ、怒りや無力感、嫌悪感といった負の感情を引っ括め、人は『嫉妬』と呼ぶ

 

それは橋姫である彼女が忌み嫌われ、地底深くまで潜る要因となった『嫉妬心を操る』能力。

 

 

「あら、妬ましいかしら?勇儀」

 

 

嫉妬と言う感情が増幅すればする程、彼女は力を得る反面、戦闘という場面では相手の攻撃性をも煽ることになる

 

 

「わかってるのか?その分私の手心も消えるってことだ。力を得る前に肉塊に変わっても知らないよ」

 

「何を今更。貴女が盃を置いてる時点でそんなもの無いに等しいじゃない」

 

「……言っとくが、私は怒りに任せて集中を乱したりしない。ただムカついてる分、執拗に殴りつけるかも知れないけどね」

 

 

瞬間、勇儀の身体は爆発的な脚力によって砲弾のように射出され、衝撃で舞い上がった橋の木屑が再び地に着くよりも早く、パルスィの前に躍り出た

 

 

(……まあ、勝てないわよね)

 

 

本来パルスィの持つ能力は、人間か力の弱い妖怪に対して行使する。嫉妬と言う概念を感じるのは、基本的に自分より優れている相手に対してだからだ。

この場合、格上である勇儀の感情を煽ったところで、対した嫉妬心は生まれない。寧ろ逆だ

 

 

(『妬ましい』)

 

 

パルスィは自信が嫉妬を抱いたとしても、力に変換することができる。

ここまで圧倒的な戦闘力を見せつけられれば、否が応でも抱かずにはいられない

 

 

 

……だが、

 

 

(………貴女が本心から、洗脳とか関係無しに私達を裏切って敵に寝返っていたなら、そう思っていたでしょうね)

 

 

その瞬間にパルスィは失敗していた

 

星熊 勇儀と言う鬼を、旧都創設以来の昔馴染みを、唯の酒飲み仲間を……。

彼女は心の底から憎むことができなかった

 

更に、当初の手筈ではこうして正面から対峙することは計画になかった。

接近されればそれで終い。

パルスィとて名高い大妖怪ではあるが、目の前の鬼は更に別格な、日本三大妖怪にも数えられる種族の頭だ。

例え万全な状態で迎え撃ったとしても、一瞬で殺される

 

それだけ戦力差の開いた相手に対し、戦うと言う意思を行動に反映してしまった時点で、彼女達は失敗していた

 

 

ボッッ!! と、拳によって押し出された空気が破裂した風船のように爆ぜる。

パルスィは寸でのところで、上体を後方へ倒し、半ば倒れこむ形で打ち出された拳を躱した。

同時に、至近距離で炸裂した空気の爆弾によって、全身を強く打ち付けたような衝撃が襲う

 

 

「っづ…!勇儀……。」

 

 

視界の先で、新たに拳が振り上げられ、昆虫のように冷たい眼球と目が合った

 

 

「じゃあな、パルスィ」

 

 

ハンマーのように打ち下ろされた拳は、容赦なく少女の額へ落ちてきた

 

 

「さ・せ・る・かぁぁッ!!」

 

 

叫び声と同時に傍らの欄干へ勢いよく何かが突っ込み、ぐしゃりと鈍い音が鳴った

 

脳天へ向かうはずだった拳は直前で止まり、パルスィはぎごちなくその方向へ首を動かした

 

 

「ヤマ…メ…?」

 

 

そこには衝撃でへし折れた鉄製の欄干の端で、ぐったりと倒れ伏すヤマメの姿と、彼女から伸びる数多の束ねられた糸が、今しがた振り下ろされた勇儀の手首に巻きついていた

 

 

「たった一発の拳を止めるにしちゃあ、ちと身体張りすぎたね、ヤマメ」

 

 

手首に食い込み、僅かに赤く染まった糸を引き千切りながら、勇儀は冷めた声色で吐き捨てる。そして同じく冷ややかな瞳はそのままパルスィへ向けられた

 

その掌が、乱雑に彼女の胸倉を引き寄せる

 

 

「随分抵抗が無いな…、まだ何か企んでるのかい?今度は誰が出てくる?

此処の悪霊共か?さとりの所のペットか?でもどれだけ連れて来ようが無駄さ。視界に入った奴は皆殺しって言われてるんでね」

 

「……わよ」

 

 

消え入りそうな声が漏れる

 

 

「……なんだって?」

 

 

弱々しく伸びた指先が、とある一点を指す

 

 

「……涙、出てるわよ?」

 

「……あ?」

 

 

指摘されて初めて気が付いたのか、当の本人は不思議そうに頬をなぞる

 

 

 

一筋の雫が、鬼の頬から落ちていった

 

 

ーーー

 

 

 

それは幻影と言えば聞こえはいいが、今さとりの眼前で起こっていることは紛れもなく現実だった

 

 

「お燐…、お空…」

 

 

開戦と同時に駆け付け、今の今まで主人と共に戦っていたペット二人が、その敵意を自分に向けている

 

火焔猫 燐は周囲に展開させた『妖怪に取り憑かせることで死に追いやる』怨霊を指向し、

 

霊烏路 空は右腕に構えた制御棒の砲口に多大なエネルギーを充電し始めた

 

 

「中々面白いペットをお持ちのようで。お陰様で良い勢力となってくれそうです」

 

 

虚ろな瞳を向ける少女二人の後方で、不敵に笑うダンダリオンの身体には埃一つ付いていない。

それどころか、当初の位置から一歩も動いていなかった

 

 

対して、肩で息をするさとりは蔑んだ瞳を向け、第三の目を開眼させる

 

 

瞬間、周囲を眩い光が放射状に奔った。

やがて光は形を成し、何もない空間から目の前の少女達と瓜二つの分身を作り出す

 

 

さとりは間髪入れずに攻撃に移った

 

 

 

「『アビスノヴァ』、『死灰復燃』」

 

 

本来はチャージに時間を有するエネルギー波を一瞬で放ち、連発すれば即座に燃料切れを起こす核エネルギーを再び復活させる

 

この組み合わせは目の前の少女達が独自に編み出した連携技であるが、主人であるさとりは彼女等の頭の中からその記憶を読み取り、再現してみせた

 

核エネルギーをチャージ無しで放てたのも、技のイメージを再現したためである

 

 

「ほぉ、ペットと言えどお構いなしですか。いや、寧ろ所詮はペットだからこそ?」

 

「……」

 

 

さとりは答えない。

幾重にも連なる破壊の波は、少女等二人を巻き込む形で押し寄せた

 

 

ズァッッ!!! と、最初の一波が容赦なく少女等を薙ぎ払い、ダンダリオンの遥か後方へ吹き飛ばした

 

だがそれだけ。

立て続けに押し寄せていた残りの波は忽然と消える

 

 

「!?」

 

「主人に牙を剥いたペットに仕置きをするのは当然です。……しかし、」

 

 

漸く口を開いたさとりは普段の落ち着いた物腰とは違う、明確な怒を含んだ声色のまま続ける

 

 

「私の大切な『家族』を誑かした下郎に、加える手心などありません…!」

 

 

再び、消失していた破壊の波がダンダリオンを囲むように出現した

 

 

(事前に調べた情報では、地霊殿の主は相手の記憶から心的外傷等を呼び覚ますことができるとあった。つまり、私が一度攻撃と認識した先程のエネルギー波を…!)

 

 

 

 

にちりっ と、湿った音と共にダンダリオンの口角がつり上がった

 

 

「いいですねぇ…!早く、貴女の心を壊したぁぁい」

 

 

この瞬間、旧都の一角は轟音と凄まじい衝撃波によって、跡形もなく吹き飛んだ

 

 

 

〜〜〜

 

 

「あれー?鬼のお姉さん、どうしたの?」

 

 

その声は何の前触れもなくその場に響いた

 

 

「こらこらチビ助、迂闊に近付いたら危ないぞー?」

 

 

声はもう一つ。

今度のは明確に後方から聞こえてきた。酔っているのか若干間延びした声色だ

 

 

「どっちかって言うと貴女の方が小さくない?」

 

「お?なんならこの場の誰よりもでっかくなってやろうか」

 

 

勇儀はその声に覚えがあった。

かつては妖怪の山のパワーバランスを担っていた、鬼の四天王の一人。

 

 

「それで?ちょっと目を離した隙に随分暴君になっちまったもんだね。歳食えば丸くなるって定説の逆をいったか」

 

「……萃香」

 

 

頭部から伸びる鹿のように捻れた二本の角と、腰から垂らした三つの分銅が特徴的な、見た目幼い鬼がそこにいた

 

 

「まあお前のことだ。何か理由があるんだろうけど」

 

 

萃香はフラフラと覚束ない足並みを止め、今の今まで口へ運んでいた瓢の栓を閉めて言い放つ

 

 

 

「ここは友として止めなきゃだな!」

 

 

小さな体躯を思わせぬ闘気を放ち、百鬼夜行は対峙する




最初にお燐とお空をぶっ飛ばした一波はちゃんと加減してますのでご安心を。

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