最近、中々こっちに手が付けられず、遅くなってしまい申し訳ないですm(_ _)m
今回で地底編ラストです!
水橋 パルスィは傷付いた土蜘蛛の少女を抱え、橋の袂で立ち往生していた。
何故態々、大橋の真ん中にいた彼女が其処へ移動したのかは言葉に出すまでもなく、火を見るよりも明らかだった
もう何度目かになる轟音が耳を叩く
完全に崩壊した大橋の木片が未だ宙を舞う中、高速で動く二つの影は、消え失せた足場など御構い無しに、谷底と空中で縦横無尽に衝突し合う
互いに手加減の表明である酒を置き、轟音が伴う拳は一振りで直線上にあるものを破壊する
「萃香、拳から血が滲んでるぞ。まあ、嘗てから『力の勇儀』と称されている私と正面から殴り合ってるんだ。『非力』なお前じゃ些か分が悪いか?」
「へっ、なら同じ鬼として言わせてもらうよ、この馬鹿力!!」
赤く染まった手の甲を拭い、改めて拳を握り直した萃香は一度身を屈めて大振りで飛んできた勇儀の拳を躱す。
そうしてできた隙だが、今の今までは力不足により、大したカウンターを入れることができずにいた
……飽くまで地力による衝突なら、その二つ名が示す通り勇儀に軍配が上がるからだ
「いやなに、私も鬼として力には力でぶつかっときたかっただけさ」
ここで、萃香は握り込んだ拳を突き出した。
その瞬間、両者の間に熱気にも似た高温の空気が漂い、それに勘付いた勇儀は思わず腕を突き出して防御姿勢を取る
ボゴッッ!! と、挟み込まれた腕へ、高密度のエネルギーを纏った拳が突き刺さった。
地面へ着いていたはずの足が離れ、踏ん張る間も無く勇儀の身体は百メートル程後方へ吹き飛ばされる
「っっづ!そうだな、そうだったよ。お前にはそれがあるよな」
じんわりと腕に広がる痛みと痺れを振り払い、勇儀は目線を上へと向ける
そこには直径五十メートルは下らない球体を持ち上げる萃香の姿があった。
よく見れば所々凹凸のあるそれは、周囲の鉱物が集まってできた岩塊だ
まるで磁力によって引き付けられた砂鉄のように結集した岩塊は、外側から凄まじい圧力を受け、当初の半分程の大きさに留まった
「もう分かってると思うけど、こいつはこの世のどんな鉱物よりも堅牢に押し固めてある。逃げたきゃ逃げていいよ。こんなもん叩いちまったら拳も無事じゃ済まないだろうし、ねッ!!」
言い終わりと同時に投げられた岩塊は、勇儀の頭上へ巨大な影を作りながら迫った。
一見安い挑発に聞こえるその言葉も、鬼が相手なら時として充分に効果を発揮する
案の定、勇儀は避けなかった
「……萃香お前それ、誰に向かって言ってんだい?」
彼女は構えない。見向きもしない。
唯、迫る岩塊に合わせて、力の鬼は拳を突き出した
ゴッッッ!!! と、まるで鋼鉄同士がぶつかり合ったかのような、轟音が響く
瞬間、岩塊は衝突した場所から扇状に亀裂が入り、砕き割れた。
つまりそれは、単純な物理的破壊力によって成されたことを意味する
「……『語られる怪力乱神』か。相変わらず出鱈目だね」
出血どころか、擦り傷一つない拳を目の当たりにして、萃香は今一度息を飲むと、静かに手を翳す
「まっ、砕かれるのは想定済みってね」
砕け散った岩は一度砂となり、再び一つの塊を形成するように密集し始める。近場にいた勇儀を軸にして、その四肢に纏わりついた
「四肢は潰させてもらうよ」
萃香が掌を握り締めたの同時に、殺到した砂の密度が飛躍的に上昇…、覆っていた手足を圧砕するプレス機となった
「はっ!緩いよ。これじゃあ按摩にもなりゃあしない」
ギチギチと締め上げる砂の圧力を跳ね返すように、勇儀は身体中に力を込めて抗う。
笑みすら溢れるその表情からは余裕すら感じられた
「……ありゃ?」
「つあぁあッッ!!」
短い咆哮と同時に、纏わり付いていた砂は爆散した。
荒々しく息を吐き、周囲を闘気の渦で震撼させる勇儀の姿は、正しく鬼と言う種族の伝承と一致する
「………楽しいか?勇儀」
「ああ?何を言ってんだい萃香」
軽く地面を拳で触れた勇儀の姿は、次の瞬間、爆発的な脚力をもって萃香の眼前に現れた。
一拍遅れて、踏み付けた地盤が丸ごとひっくり返る程の衝撃が、地底全体を揺らす
「
言葉が切れぬ内から振り下ろされた破壊の拳へ合わせるように、高温・高密度の拳が衝突する
「そいつは良かったッッ!!」
正面からぶつかり合った拳圧は衝撃波となり、辺り一帯を大きく薙ぎ払った
ーーー
凄まじい爆風によって埋め尽くされた旧都は、再び静寂に戻りつつあった。尤も、今ここで起きた核爆発については、古明地さとりが再現した幻覚のようなもの。術中にはまった対象者に被害があっても、周囲の建造物等には何ら影響はない
「ほっほっほ。人の記憶から技を再現する瞳術に加え、先程のペット二匹の洗脳を相殺しましたか。仕置きと言ってもやはり可愛いがっていた犬鳥は大切ですか?」
何事もなくその場に立つ天使軍指揮官の一人、ダンタリオンはにんまりと呟いた
「…」
傷を負った形跡すら見えないその身体を一見し、さとりは怪訝な表情のまま分析する
(先の攻撃は脳に直接技のイメージと威力を送り込むことで作用する幻覚。例え視覚などの情報を遮断しても、ちゃんとダメージとして通る筈、なんだけど……。やはり読心が通じないのと同じ、何らかの方法で相殺されている?)
「おや、思考を凝らしてますねぇ。なに簡単なことですよ」
ダンタリオンは人差し指を立て、自身の顳顬付近を軽く叩いた
「貴女と同系である私の能力は、貴女の能力を大きく上回っている。……所謂上位互換、と言ったところでしょうか?」
「解せませんね。仮にそうだとしても私の能力が効かない理由になると?」
「貴女は普段、対象の表層意識を読み取り、それを能力の主としている。表層意識とは心の中で常にさらけ出している剥き出しの記憶のようなもの。言うなれば、読心術入門編です。心を読む能力意外にも、知識と話術に長けた者ならある程度の思惑を読み取ることができる」
表面化している意識、自身が最も理解している意識だからこそ、逆に蓋をして遮断することも容易い、と言いたいのか。
未だ疑問が残るさとりに構わず、ダンタリオンは続ける
「私が操るはその更に奥、『深層意識』と言うもの。仮に、表層意識を氷山の一角と例えるなら、深層意識とはその大半を占める隠れた意識。自分自身でも自覚の薄い、その者自身が本当に感じている心理なのです!」
「だからそれが何だと…、」
「貴女は心の奥底で私を恐れている」
「!」
被せるように呟かれた言葉に、さとりは一度押し黙った。
疑問は更に深まり、無表情だったその顔に困惑の色が見える
「貴女にとって!正体も!力量も未知数な私はその
狂った様に頭を振り回し、引き裂けそうなほど吊り上がった口角は、悍ましい笑みを強調させていた。
その仕草一つ一つが、さとりに言いようの無い不信感を抱かせる
(落ち着いた物腰かと思いきや、途端に狂人じみた仕草をする。この男の意図が掴めない…!)
負のイメージを振り払い、再び正面を見据えたさとりの眼前に飛び込んできたのはダンタリオンではない巨大なナニかだった
「一度取り付いた恐怖を振り払うことなど不可能です」
声は何処から聞こえてきたのか…。ドス黒い影の様な体表に覆われた其れは姿勢を落として四つん這いになり、その全貌が露わになる
異様に手足が長くて細い、人の形をした巨人だった。その頭部と思われる部位には、顔の7割を占める単眼と、余りにも不釣り合いな小さい口が付いている。
胴は細長く、腹部が異様に膨らんだ奇怪な出で立ちをした巨人だ
「なに…、これは…!?」
さとりは無意識に第三の瞳を向けていた。
…と、同時に流れ込んでくるイメージに、視界が大きくぶれる。
我慢出来ず片膝をついたその身体を、凄まじい悪寒と嫌悪感が駆け巡った
「うっ、ぐ…!?」
鳥肌が立つレベルではない。最大級のトラウマをほじくられたような感覚に、さとりは頭を抱えて悶えた
「深層意識で捉えた恐怖を何倍、何十倍にも増長させていただきました。これで貴女の心は私の手の内。このまま粉々に砕くことも容易いですよ?」
(これが恐怖…?私は目の前の化物を恐れているとっ?!)
「しかし、まだ持ち堪えているところを見ると、貴女にはあの鬼族と違って些か耐性があるようですねぇ」
「!……勇儀さんに何を…!?」
ガクガクと震える身体を抑え付け、少女は必死に声を絞り出した
「……まだ喋れますか、しかしそれも時間の問題。数分後には心が崩壊し、唯呼吸をするだけの人形へと変貌する貴女に私も少しばかり情が湧きました。…良いでしょう」
「…」
「深層意識とは本能と強く結びついている。つまり、その者が本当に求めているものもまた、深層の中に潜んでいるのです。私は能力でそこに刺激を加え、増長させることができる。そしてその者は崇拝するのです。自分の欲望を理解し、与えてくれる私を。本能的な服従とも呼べます」
それはカルトチックな宗教団体等が、信者に施しているマインドコントロールに近いが、この場合は元々ある思想へ、新たに上書きすることでその者の人格すらも変えてしまう心理術である
対して、今回の事例は……
(……ちょっと待って!求めているものを増長ってことは…ッ!?)
我に返ったさとりは先程仕置きをした
「おや、気付いたようですねぇ。……貴女は普段から彼女等の心の内を理解しているようで理解出来ていなかったのです。その深層に!明確な敵意を抱かれていたことを!!」
高らかに笑い、勝ち誇ったように言い放ったダンタリオンを前にして、さとりの心は大きく揺れていた。
この一瞬で、今までの記憶を何度辿ったかわからない
いつの間にそのような感情を抱かれていた?
今まで自分に見せた笑顔は嘘だったのか?
皆、表では笑顔を振りまき、ずっと共通の怨敵として自分を見ていたのか?
何時しかさとりは頭を抱え、膝を着いてへたり込んでいた
だが、次に少女が口にした言葉は、
「なんちゃって☆」
「……………………………は?」
淡白でいて、少しばかりの茶目っ気のつもりか舌を出して顔を上げた少女の前に、ダンタリオンは大口を上げた笑顔のまま固まった。
少女は膝についた土を払いながら立ち上がると、何事もなかったかのような涼しい表情で呟いた
「その笑顔、控えめを通り越して超キモいです」
「なっ!?」
少なからずショックを受けたのか、一歩後退ったダンタリオンは、わなわなと肩を震わせて言う
「
「……そうやって口にする時点で、貴方が先程語っていた能力は嘘であると証明できますね」
「!?」
さとりはその反応を楽しむように続ける
「確かに深層意識は私の能力も届かない未知の部分。洗脳はもとより、意識を読むことすらできません。でも、だからと言ってその事について全く理解がないというわけではない」
「…、」
「貴方は言いましたね?相手の深層意識が読めると。深層意識は表面化している意識と違って、
「……解せませんね。例えそうだったとしても、先程貴女を襲った恐怖心は本物だった筈だ。初めに攻撃を無効化したのだって…」
「つまり『深層意識を弄る』、と言った点に於いては事実だと?」
「!」
「まあ、私の読心術や幻覚攻撃が効かなかった理由は別にあるのでしょう。例えば先程から手にしているだけで大して使用されていないように見えるその『本』とか」
「……………………………っ」
額から汗が伝い、しかし、全てを見透かしているかのような凛とした瞳を向ける少女に、ダンタリオンは小さく舌打ちをすると、徐に持っている分厚い本を開いた
「………もう少しで、貴女の
(開いた途端魔力が…?あれは、魔道書ッ!?)
異変に気付いたさとりは、前方のダンタリオン……の側方に向けて叫ぶ
「そこから離れなさい!
〜〜〜
旧都の一角で、小規模な爆発と閃光が奔る少し前。地形が爆散してひっくり返るほどの嵐は止んでいた
この場で戦闘していた二つの鬼。しかし、その勝敗が決した訳ではない。
一振りで大地を震撼させる剛腕も、熱を帯びた高密度の拳撃すらも、嘗ての鬼族最強を争っていた両者に膝を付けさせるには至らなかった
一方が口を開く
「しぶといね、いい加減
一方は笑って返す
「ははっ、お互い様だよ」
血の伝う口元を拭い、星熊 勇儀は拳を固く握り込むと、後ろに体重を掛けて振りかぶった。
戦闘においては致命的とも言える、大きな隙。
しかし、対峙する伊吹 萃香は狙わない。理由を問われれば、彼女は一言で一蹴するだろう
ーーー『無粋』だ、と。
彼女もまた、構えを崩して拳を後方へ引いた。
ぐるぐると肩を回し、やがて腰上で拳を止め、徐に片側の掌を翳す
直後、
ズンッッ!!!! と、地底全体が音を立てて沈み込んだ
正確には、体感的にそう感じた
「づっ!?」
数百メートル後方で様子を見守っていたパルスィは、思わず表情を歪ませて倒れ込んだ。
頭上から押し寄せる凄まじい重圧は、目先の鬼二人から発せられているのか。
それとも彼女等が発する妖力に、地底全体が悲鳴を上げているのかは定かではない
「いいのか?此処が壊れるよ」
「じゃあ止めるってか?冗談じゃない!
「……はぁーあ、我ながら鬼っていう種族は難儀なもんだ。高鳴りが最高潮に達してるのは私も同じだってのにねえ!!」
高密度のまま掌握された二つの妖力は、両者を中心に空間を歪め始める。
周囲を飛び交う砂塵が、そうして視覚化された空気の渦となって岩肌や地面を削り取っていく
(さて、これで正気に戻ってくれれば良いんだけど。……
最中、萃香の耳に僅かに入った言葉
「悪いね、萃香」
既に平地と成り果てたその空間で、勇儀は一歩踏み出した。対峙する萃香も、ほぼ同タイミングで踏み込む
「……ああ」
二歩目。
踏み込んだ地面が波紋状に砕き割れ、通過した空間に烈風が吹き荒れる。
破裂しそうな程肥大していた妖力の塊が、拳へ圧縮されるように縮まった
ーーー『 四 天 王 奥 義 』
両者の三歩目。
数メートルの至近距離に迫った両者の間で、水蒸気爆発が如く円形に拡散する衝撃波が巻き起こった
「『 三 歩 必 殺 』!!!!」
「『 三 歩 壊 廃 』!!!!」
発生した余りの高熱に、周囲に転がっていた岩山の残骸が融解する
今度こそ、地底の一角は音を立てて崩壊した
〜〜〜
ダンタリオンの開いた魔道書から飛び出した火炎が、旧都の家屋を炎上させたのは一瞬前のことだった。
空を自在に泳ぐ影は、炎によって身体を形成された、四つ脚で立つ西洋の
一匹だけではない。炎の他に、水・雷・毒を纏った計四匹の竜が、旧都上空を飛び回っている
「これは私のお気に入りでしてねぇ。魔界の四大精霊を捕獲して、竜を触媒に術式化したものなんです」
ダンタリオンは得意げに嘲笑したかと思えば突然真顔に戻り、とある疑問を口にする
「そう言えば〜先程貴女、誰かの名前を呼んでいたようですが?可笑しいですねぇ〜?気配なんて微塵もなかったのに」
「……」
さとりは黙ったまま、横目で旧都を飛び回る竜を目で追っていた。
恐らく、術式として召喚された竜ということは、無生物のカテゴリーに入るのだろう。
となれば、トリガーである心も、記憶も有していないあの竜等には彼女の能力が通じない
(このままでは旧都が……。幸いまだ戦える鬼達が子供やお年寄りを匿ってはいるけど、長くは保たない…!)
「無視、ですか?」
声がすぐ近くから聞こえ、ハッと前に向き直ったさとりは、髪を乱暴に掴み上げられ宙吊りになる
「…ッ」
「私の質問に答えなさい。まだこの近くに仲間がいますね?上手く隠れているようですが、炙り出されるのは時間の問題です。身を焼かれ、切り裂かれ、猛毒に侵された無惨な亡骸を見たくなければ早々に呼んでいただけますか?」
(…!)
さとりは宙吊りのまま徐にその方を指し、
「
その言葉にやや被せるタイミングで、ダンタリオンの側方からハート型の弾幕が殺到した
「!?」
目標へ吸い込まれるように、次々と着弾していく弾幕だが、直前に挟み込まれた念の壁によって阻まれていた。
即座に距離を取ったダンタリオンは、その方向を見据えて叫ぶ
「姑息な!誰です、隠れてないで出てきなさい!」
応答があった
「それ、貴方が言う?」
その少女は其処にいた。
付近の建物の陰に隠れていたわけでも、地中から浮かび上がってきたわけでもなく、
「ごめんねこいし。出来るだけ貴女の存在は悟られないようにしたかったのに」
「ううん、平気!」
詫言を述べるため隣に並んだ姉へ、古明地 こいしはある方向へ意識を向けて耳打ちする
「……鬼のお姉ちゃんの洗脳は解いてきたよ。唯ちょっと厄介なことになっちゃったけど、萃香ちゃんがなんとかしてくれるって」
「…えっ、どういうこと!?」
「えーっとね……」
指先で頭を叩いて事情を話そうとするこいしの頭上へ、縦軸上に走る鋭い影があった。
逸早く視界にとらえたさとりは、半ば体当たりをするように妹の身体を抱えて横へ跳んだ
ズバァッッ!!! と、影の軌道上にあった家屋が両断される。
次に彼女らに降り注いだのは、重力に従い落ちてきた水飛沫だった
……つまり今のは、
「水と言えど侮るなかれ。超高圧で噴出された水は刃となって金剛石すらも斬り裂くことができるのですよ」
笑いながら、しかし次の瞬間には表情から笑みを消した状態で淡々と呟かれた
「二度目の無視は流石に傷付きますねぇ。貴女がどこにいたかは分かりませんが、姿を現した時点で……」
「どこに?ずっといたよ」
男の言葉を遮って少女は言い放った
「……は?」
「そうね、この場で気付いていたのは私くらいかしら」
「は?」
理解できないと言った風に仰々しく首を傾げる男の姿は、傍から見れば不気味の一言に尽きるだろう
ダンタリオンの額に、僅かな青筋が浮かび上がる
「貴女方は先程から……、私を馬鹿にしているのですか?」
「いいえ微塵も。だって貴方がこの子の存在に気付けなかったのは仕方の無いことだもの」
「……、」
ビキリッ と、男の額にくっきり青筋が浮かび上がる
だがさとり本人は挑発したつもりはなかった。
『無意識を操る』こいしにとって、例えそれが唯の散歩だとしても、周りは彼女に気付かない。
目の前を横切ろうが、至近距離に立たれようが、無意識の中にいる彼女を認識することは困難である。
彼女を認識するには、本人から話し掛けられるか、物理的干渉によって、彼女の存在を意識下に置くしかない
それは姉と同じ種族でありながら、第三の瞳を閉ざし、覚妖怪としての能力を捨て、新たに開花した
わなわなと肩を震わす男の表情は、先程とは打って変わって怒の感情が滲み出ていた
「貴女達、どこまで私を馬鹿にするば気が済むのですか?そうですかそうですか。わかりました。では!何よりもまず先に!貴女方を無惨な死体に変えてあげましょう!!」
ダンタリオンの頭部が邪気を孕んだ禍々しい靄によって包まれる。
次に現れたのは髑髏状の仮面で、以前地底を襲撃してきた化物達の頭部と形状が似通っていた
「最早慈悲はなし!慈悲はなしぃ!!」
男は叫び、魔道書の開かれたページへ勢い良く掌を叩き付けた。
その瞬間魔道書が光を帯び、連動して宙を漂う竜達の矛先が一斉にさとりとこいしへ向けられる
「あひゃひゃひゃひゃひゃぁああ!!焦げて!裂かれて!血反吐を撒き散らせて死ねぇえい!!」
奇怪な笑い声を上げ、即座に障壁で身の安全を確保したダンタリオンは間近で叫んだ。
さとりの額に汗が伝う。
能力が効かない以上、自分には対抗手段がなく、こいしの能力もそのまま攻撃力には加算できない
「っ!こいし!逃げ……」
決断した少女が妹に向かってそう叫び掛けた瞬間、事態は一変する
ゴバァアアッッ!!! と、炎龍の半身が凄まじい
「ちっ、再生するか。なら…!」
身体を修復しようと四散した炎を集束し始めた炎龍の身体へ、一拍おいた集中砲火が炸裂する
ドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!! と、まるでマシンガンの速度で大砲が発射されるような轟音が耳を叩く
時間にして数秒。
再び静寂に包まれた頃には、炎龍の姿は跡形もなく消失していた
「あっ、一匹仕留めた。何だ、竜ってのは呆気ないね」
さとり達がいる旧都とは正反対に位置する、出入り口付近の丘の上。
幼さの残る声色でそう吐き捨てた二本角の鬼は、拳を打ち終え余韻に浸る一本角の鬼の隣へと並ぶと、残る三匹の竜を無視してその奥を睨みつけた
「あれが親玉か?って、ちょっとちょっと勇儀、
「う、煩いな!気が付いたらお前と戦ってて、その辺の記憶は曖昧なんだよ!!」
頭をガシガシと搔き上げ、深いため息を吐いた勇儀は小さく漏らす
「……でもまあ、私が旧都の仲間達に手を挙げたのも事実だ。頭として、この落とし前はきっちりつける。
勇儀の怒りに呼応し、身体から漏れ出た闘気は赤い蒸気のように立ち昇っていく。
ミシリっと言う鈍い音が鳴る程握り込まれた拳を見て、萃香も同様に怒りを露わにした
「私も、あんな貧弱な奴に友を弄ばれたと思うだけで、こんなにも怒りが湧いてくるとはね」
鬼が、明確な『怒』を剥き出しにした瞬間だった
「あの蜥蜴が邪魔だね」
「ああ」
ドンッッッッッ!!!! と、砲弾の様に射出された二人の身体は、一足飛びで旧都の半分まで達した
勇儀には雷竜、萃香には毒竜がそれぞれ立ち塞がったが、
「邪魔だぁあああああああああああ!!!」
勇儀から発せられたのは、力任せに発せられた唯の咆哮。
その声は音の爆弾となり、凄まじい衝撃波となって雷竜の身体を一瞬で爆散させた
「鬼の住処に汚物を撒き散らすな」
萃香が軽く拳を握ると、毒竜は毒の息を吐く間もなく、ミクロサイズ以下にまで圧搾され、塵と化した
二人同時に其々家屋の屋根へと着地後、新たな力を持って蹴り付け、再び空へ。
当然家屋が衝撃に耐えられる筈もなく、一瞬遅れて倒壊した
「な、なん…っ!?」
時間にして数秒。
最初の地点からさとり達の位置までノンストップで(竜との衝突があったにも関わらず)跳んできた二人の鬼は、地面を踏み砕きながら着地した。
その光景は、目の当たりにしたダンタリオンが思わず立ち尽くすほど
「随分好き放題やってくれたな。覚悟は出来てるだろうねぇ?」
「言っとくけど今更謝罪なんてつまらない真似するなよ?こっちはそんなもんじゃ気は治らないから」
「ぐっ、水竜!!」
その余りの圧力にたじろぎながらも、ダンタリオンは魔道書へ掌を翳して叫んだ。
同時に、魔力を供給された水竜の身体は倍の大きさに膨れ上がっていく
「調子に乗らないで頂きたいですねぇ鬼風情が!!幾ら馬鹿力とてこの攻撃は防げませんよ!!」
絵に描いたようなテンプレ台詞だが、事実、五ツ頭に変化した水竜は、其々の口から超高圧の水のレーザーを発射できる。
そう…、
「河童から聞いた話だが、水ってのは二つの気体の集合体らしいねぇ。……どれ」
発射された五本のレーザーに対し、小さな掌が翳される
それだけで。
「……………………………………はっ?」
それだけで五本の水の刃は出力を落とし、やがては霧散してしまう。
更に分解の
「ば、馬鹿な…!?」
仮面越しからでもわかる、焦燥が伺える声色。
その眼前へ、怪力乱神は容赦なく踏み入った
「情けない」
心底苛立ったように
「洗脳とか蜥蜴とか…、ちったあお前自身で向かってこれないのかい?」
「!」
ぎりぎりぎりぎりぎりぎり……ッ!!
ダンタリオンの奥歯が砕けそうな勢いで軋る
「舐めるのも大概になさい…!!」
そのまま魔道書のとあるページを鷲掴み、引き千切りながら頭上へ放った
宙を舞う紙切れが闇に包まれる。
空間が歪み、巨大な綻びが生じたことによって開いた穴から、先程の竜より五倍はあろう漆黒の竜が姿を現した
「大口もここまでです!この竜は魔力・妖力・霊力、そして神力までも喰らう悪食でしてねぇ!それらを用いた攻撃は勿論、いかなる物理攻撃も吸収……」
捲し立てるように意気揚々と語る言葉を遮るように、ダンタリオンの真横を突風にも似た衝撃が突き抜ける
そして、
直後に炸裂した轟音と衝撃波が、ダンタリオンの身体を背後から前方へ吹き飛ばした
「うぐっ!な、なに……が……ッッ!?」
後方を直視したまま固まった。
男の思考に、空白を生じさせるに足る光景が広がっていた
許容応力を大きく超えた闇の竜は、土手っ腹に風穴が開いた状態で機能を停止していた。
やがて末端から砂の様に崩れ落ち、呆気なく霧散する
「……物理攻撃も、なんだって?」
ゴキリッ と拳を鳴らし、平然と竜を粉砕した鬼は鋭い眼光で見下ろした
「あ、ありえない…!あの
「なにを?唯普通に殴っただけ。
「ッッ!そんな、馬鹿な…!?」
「馬鹿なものか、単純な話さ。神力を喰らうだの、攻撃が効かないだの、其方の常識なんて通用しないんだよ。『
「かいりょ…?!何を、何を訳のわからないことをぉ…!」
「まあ理解出来ないならそれでいいさ。元々
「人知ぃ!?この私を脆弱な人間と同格に並べるなど!!」
「……あ?」
一歩、鬼は踏み込んだ
「ッッ!?」
一歩、男は後退った
(ま、不味い!今の私にはこの鬼を殺す手立てがない…!残る手は洗脳か、転移魔法による離脱か、だ。し、しかしなんの成果もなく離脱すれば、サリエル様も御怒りに。やはりもう一度こいつを洗脳して…!)
ふと、ダンタリオンの中で一つの疑問が浮かぶ
(……そう言えば、何故この鬼にかけた洗脳が解けている?)
ピタリッと、勇儀との間合いを開けようと後退っていたダンタリオンの足が止まった
「なんっ…ッッ!?」
一歩、男の足は前に踏み込んでいた
「はっ!?えっ、な、何故足が勝手にぃ!?」
その様子を見ていた、緑がかった灰色髪の少女は無邪気に口を開く
「逃げちゃ駄目だよおじさん。ちゃんとお仕置きを受けなきゃ」
一歩、男は後退った
「な、何をしたぁ!?」
一歩、男は踏み込んだ
「うふふ、秘密 ♪」
一歩、男は後退った
一歩、男は踏み込んだ
一歩、男は後退った
一歩……………………………………
(ど、どうなっている!?私は確かに退がろうとしているのに、
ジャリッ、と地面を踏み締める音が間近で聞こえる。
錆びた歯車の様なぎこちない動きで顔を上げたダンタリオンは、胸倉を凄まじい力で掴み上げられた
「お前と人間が同格だあ?ふざけた事言うもんじゃない」
沸々と込み上げる怒りを噛み締めるように、星熊 勇儀はそう口にすると、固く握り込んだ拳を引いた
(ま、不味い!これは非常に不味い!?こうなれば!再度洗脳するしかない!!)
ダンタリオンは静かに能力を発動させ、思想を
「無駄だよおじさん。鬼のお姉ちゃんの中は私が守ってるから」
「!?」
その言葉が指す通り、ダンタリオンの
「………………………………………………………………………………………………………………………は?」
今度こそ。
今度こそ本当に、彼の思考回路は停止する。
少女の言っている事が、何一つ理解出来なかった…、いや、受け入れられなかった
「…………なんなんだ」
絞り出すような声で囁かれた
「なんなんだ、お前はぁ……!?」
少女は、
「じゃあね」
狂気にも似た、感情の入っていない言葉を最後に、その場からその気配は薄れていった
「歯ァ食い縛りな」
呆気に取られている男の胸倉を掴む手に、一層力が込められる
「ひっ…!?ちょ、ちょっと待っ……」
「お前程度の根性の欠片もないヘナチョコと、たった一人でも私達に立ち向かおうとした
「くぁwせdrftgyふじこlp」
ボッ!! と空気が弾け、血飛沫と一緒に粉々に砕き割れた仮面だか頭蓋だかわからない欠片が飛び散り、男は激突した壁の染みへと成り果てた
「ふぅ、終わったね」
こびり付いた返り血を払い、誰が見ても
「勇儀さん?」
「此度の被害の多くは私にある。すまなかった」
旧都を中心とした人的被害の多くは、紛れもなく勇儀が出したものだ。
しかし、此度の敵将を討ち取ったのもまた、彼女である
『洗脳を受けていた』・『記憶にない』、と弁明すれば、情状酌量の余地は十分にあるのかも知れない。
しかし、そんな余裕など勇儀自身が許さなかった。プライド云々の話ではない。持って生まれた真理だ
僅かな沈黙の後、さとりは言葉を連ねて口にした
「私に謝罪は結構です。それよりも、洗脳された貴女を必死になって止めてくれた方々への礼と、蟠りを早く解消して下さい」
ふと、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえる。
振り返れば加勢に来たのか、鬼の衆が挙って向かってきていた。
その中には橋姫や、土蜘蛛の少女の姿もある
「勇儀さん、私は貴女方が好きですよ?だからケジメだとか負い目を感じて
「!」
再度振り返った先で会釈をした地霊殿の主は、先に吹き飛ばしたペット及び、放浪癖のある妹を探しに行くと言ってその場を後にした
「………敵わないね、全く」
「たはぁー、鬼の頭領が貸し作っちまったね」
「萃香」
「んー?」
「ありがとう」
「良いってことよー。でも本能のまま、戦闘衝動に駆られたお前さんを止めるのには苦労させられたのも事実……」
「…うっ、わかったよ。私の行きつけでいいかい?」
「流石っ!」
無意識を操るこいしの能力は今回、さとりとは対照的で、無意識の中の記憶などを呼び覚ます能力として書きました。
ダンタリオンの能力は、相手の深層意識を読み、洗脳する能力でなく、深層意識を書き換える能力だったんですね。
相手へ信憑性を持たせるために態々能力について語る描写がありましたが、狡い野郎です。
当初は洗脳を受けていた勇儀も、直接的な描写こそなかったものの、こいしの介入によって本来の意識を取り戻しました。しかし、ダンタリオンによって増長されていた精神状態がそのまま本能(鬼としての)へ引き継がれ、衝動のままに戦闘を欲した、と言うわけです。