東方万能録   作:オムライス_

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お待たせしました!!
武神戦の後編です。

今回はオリジナル要素も含みますので悪しからず。


155話 剣豪 VS 武神 (後編)

ーーーーのまれる、

 

目の前の武神から噴き出したドス黒い力の波が、妖夢の身体を地の底へ引き込んでいく

 

 

ーーー沈む、

 

足裏から伝わる気持ちの悪い浮遊感は、底なし沼に落ちたような感覚に似ている

 

 

ーー染まる、

 

自身の意思とは無関係に、視界が闇一色に変貌していく

 

 

「ッッあああぁああ!?」

 

 

叫び、振り払うように銀髪の少女は横へ跳んだ

 

その直後、彼女の立っていた空間が飛来した何かによって貫かれた(・・・・)

一連で何が起こったのか理解するよりも早く、視界を巨大な影が遮る

 

ゴッッ!!! と、冥界の地が震撼する。妖夢は地面を転がり、体勢を立て直しながら地面に打ち付けられた槍の石突を目にした

 

 

「………投げた槍を掴んでから打った…っ!?」

 

「……見えていたか」

 

 

ぽつりと呟いた蚩尤は、クレーターの出来上がった地面から石突を抜き、まるで棍棒の様に槍を逆手に持ち替えた

 

 

「威圧に繋がる殺気とは、戦闘に於いて相手を萎縮させる牽制技だ。お前が並の精神であったならば、先の一撃で死んでいた」

 

 

逆手に持った槍を振り上げ、蚩尤の姿は消失する

 

 

「ーーーッ」

 

 

半霊との融合で飛躍的に上昇した身体能力をもっても、僅かにしか捉えられない残像が真後ろから襲い掛かる

 

ゴバァッッ!!! と、振り下ろされた逆手持ちの槍は、一撃で地面を爆ぜさせる。続け様に何度も振り抜かれる。

それは棍棒……、と言うよりも鞭の様に少女の身体を粉砕せんと殺到した。見た目金属製の槍が竹竿のようにしなる

 

 

(……なんて猛襲ッ、受け流すだけで痺れがっ!)

 

 

例え避けたとしても、まるで砲撃の様な爆音と衝撃波が身体を叩く。

だが堪らず後退すれば直ぐ様『槍の間合い』となり、少女の身体に一瞬で風穴が開けられるだろう。

だから、その荒々しくも一撃一撃の間隔が殆ど無い殴打の雨へ、妖夢は更にふみこんだ

 

 

「!」

 

 

決死の覚悟で突き出されたのは長刀による刺突。狙いは喉や心臓と言った急所ではなく、槍を振り回す右肩へ

 

そうして肩当ての隙間へ吸い込まれるように放たれた鋒は、鈍い音と共に蚩尤の肩口を抑え込んだ

 

 

(……止まった。でもいくら踏み込みが足らなかったとは言え生身の身体に刺さらないなんて…ッ!)

 

 

 

「………『足を止めるな』と、」

 

 

蚩尤は低い声で呟き、抑えられている右肩を引きながら左拳を握る。

 

 

「しまっ…!」

 

 

ハッとなった妖夢は、すかさず刀を抜いて後方へ跳ぶが…、

 

 

 

メキメキッメリッ……

 

 

「……そう言った筈だ」

 

 

 

凄まじい速度で打ち込まれた鉄拳が、少女の身体をノーバウンドで外壁まで吹き飛ばした。

今度は壁に留まらず、一瞬で瓦礫と化した外壁を突き破って白玉楼の外まで叩き出された妖夢は地面を何度も転がる

 

 

「っ…!ぁ、かっ……ッッ!?」

 

 

最早痛覚を緩和させる効果のある叫び声すらあげられなかった。身体の末端を痙攣させ、口からはひたすら浅い呼吸音が漏れる

 

 

……そして、

 

 

「ぁ………」

 

 

今の今まで固く握り締めていた二刀の内、長刀がその手を離れて、視線の先にあった

 

 

 

正確には、刃のみ(・・・)が地面に刺さり、柄部分が少し離れた位置に転がっていた。

周囲の音が異様に小さくなり、一瞬少女の時間は停止する

 

 

自身の扱う二刀の技の要となり、長年家宝である短刀『白楼剣』と共に戦ってきた彼女にとって半霊とは別のもう一つの分身だった

 

 

「…………………楼観剣」

 

 

……ぼそりと呟かれた刀の名。

その刀が今、無残に根本から折損している

 

 

 

 

 

 

「妖夢っ!!?しっかりして!!」

 

 

間近で主君の悲痛な声が聞こえ、ハッと我に返った妖夢は改めて視線の先で折れた楼観剣を見遣った

 

 

「ーーーッ!」

 

 

妖夢はガクガクと震える身体を無理やり起こし、残った短刀を握り締めて立ち上がった

 

 

「もう止めなさい!!私や白玉楼(ここ)のことはもういいから!それ以上貴女が傷付く必要は……!」

 

「ーーー幽々子様」

 

 

遮るように少女は呟く

 

 

「主君である貴女にそれを言わせてしまうなんて、私は従者失格ですね」

 

 

一歩、ふらつく足取りで幽々子の前に出る

 

 

「ッッ!そんなことっ…!」

 

「それでも……ッ!」

 

 

先程殴打を受けたであろう腹部から鋭い痛みがはしる。

臓器を痛めたか、肋骨をやられたか。正常に判断が付かないくらい身体中傷だらけの少女は、眼前の敵を睨み付け、言葉を紡ぐ

 

 

「それでも私は貴女を護ります。私は白玉楼の庭師であり、幽々子様の剣術指南役を務める『剣士』だから!剣士は、例え対峙する相手がどれほど脅威的であっても!決して背を向けることはない!!一度護ると決めた人を見捨てて逃げる者など、剣士であっていい筈がない!!」

 

 

 

「……」

 

 

その言葉を、男は静かに聞いていた

 

 

 

「……妖夢」

 

「幽々子様、私は従者としてはまるで駄目かも知れません。でも、ここで本当に逃げてしまって生き残ったとしても、私の中の剣士(いのち)は死んでしまう。私は、剣士としてすら駄目になる訳にはいかないんです…!」

 

 

「……」

 

 

その言葉を、男は静かに聞いていた

 

 

「お願いします幽々子様。どうか私を殺さないで(止めないで)下さい…ッ!」

 

「でも、貴女刀が…!」

 

 

徐ろに、男は前へと踏み出した

 

 

「妖夢」

 

「!!」

 

 

その声に反応し、妖夢は思わず目の前の敵から視線を外した

 

 

「……」

 

 

その『隙』に反応し、武神は大きく踏み込むと槍の穂先を少女の眉間へ突き出した

 

 

「水を差すようで申し訳ないが……、」

 

 

「!?」

 

 

ぞわり、と

 

 

「暫し待ってもらいたい」

 

 

槍が僅か数センチに迫った瞬間、唐突に感じた悪寒に、蚩尤は思わず飛び退いた

 

 

直後、

 

 

キンッッッ!! と、甲高い音が一つ。

それは抜刀した(・・・・)刀を再び鞘へ納めた際に生じた音。

蚩尤のいた空間に複数の剣閃が走ったのは、それとほぼ同時だった

 

 

(………間合いの外にある空間に斬撃を?)

 

 

柄の先に付いた一筋の傷を目にしつつ、再び槍を構え直す蚩尤を尻目に、一度は前に出た魂魄 妖忌は意識だけを少女へ向ける

 

 

 

ーーーそして徐ろに、自身の腰へ下げていた刀を差し出す

 

 

「……解禁(・・)だ」

 

 

差し出されたのは、柄頭と鍔は黒、柄巻は雪の様に白く、鯉口から鐺までが銀色に塗られた打刀だった

 

 

「ッ!」

 

 

把持し、僅かに鞘をずらすと、白銀の輝きを放つ刀身が顔を出した

 

 

「師匠、これを……私に?」

 

「頃合いだ。今のお前にはその資格がある」

 

 

妖忌はそれ以上何も言わず、後方の主君の元まで後退った。

今まで厳格で、隙なんて一切見せたことのなかった師が、自身の唯一の武器(かたな)を託して後方へ下がった

 

 

「………」

 

 

その意味を、妖夢は重く受け止めていた

 

 

 

「幽々子様!お師匠様!どうか見ていて下さい!!」

 

 

短刀(白楼剣)を納め、新たに手にした刀

銀 嶺 剣 (ぎんれいけん)』を抜き放った妖夢は、再び武神と対峙する

 

 

「いいのか?短刀(それ)も使わなくて」

 

 

 

「……、」

 

 

蚩尤の諫言に対し、妖夢は静かに納刀する

 

 

 

「『次 元 斬』」

 

 

キンッッッ!!!

 

 

その瞬間、蚩尤を中心に斬撃の渦が炸裂した。

金属同士が擦れるような甲高い金属音が連続して響き渡り、周囲の地面には幾本もの滑らかな筋が走る

 

 

「…ッ」

 

 

その強靭な肉体を包む鎧に深い傷が入り、僅かに蚩尤の表情が強張る

 

再び納刀したまま柄に手を掛けた所謂居合の姿勢を取った妖夢の構え(一刀流)は、明らかに仕上がったものだった

 

 

「………成る程な。その為(・・・)の二刀か」

 

 

……それが何を意味するか。

普段から二刀を振るっている彼女が、既に一刀の戦い方を修得している理由(わけ)

 

その理由を蚩尤はわかっていた。彼も武を極めた者として、その『境地』に辿り着いた一人だ

 

 

「……」

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

「あっ、おじいちゃん!」

 

 

左右で長さの違う二刀を握り締めたまま、まだ見た目幼い少女が慌ただしく駆け寄る

 

 

「これ!」

 

 

ポカリッ と、小気味の良い音が一つ

 

 

「師弟の関係を忘れたか。剣士たるもの、そういったところから気を張っていかねばならぬぞ」

 

「ぅう……」

 

 

涙目で頭を摩る少女へ、半ば呆れつつ男は諭す

 

 

「……で、どうかしたのか?」

 

「は、はい!あの、お師匠様!確かに剣術の修行とは聞いていましたが、どうして刀が二本なのですか?お師匠様のように一本の方が、その……、重くないし振りやすいと言うか……」

 

「………………………………。初めに説明をした筈だが、お前にはちと難し過ぎたか」

 

 

男は肩を竦めつつ、縁から庭へ出ると徐ろに帯びていた刀を抜いた

 

 

「よいか。一刀剣を極めようとするならば、一刀剣を鍛えるだけでは駄目だ」

 

「?」

 

 

首を傾げる弟子に対し、男は刀を片手に持ち替えて振るった。

風を裂く鋭い音が鳴る。弟子である少女は疎か、並の剣客では視認できない速度が出ていた

 

 

「見ての通り、片手で振るう剣は両手の構えに比べ()()()()()()()()。それが二刀剣ともなれば刀一本に注ぐ集中力も二分されることになる」

 

(い、今ので…?)

 

 

男は「しかし」と付け加え、改めて両手で握りなおし、上段に構えた。

そして少女が息を呑む中、一枚の葉が頭上より舞い落ちてきた瞬間…、

 

 

ボッ!! と、何かが弾けた様な音と共に男の肩から先が消失(少なくとも少女の目にはそう見えた)する。……そして、目の前にあった筈の葉は跡形も無く()()した

 

 

(す、凄い…!葉っぱが爆発した!?ーーー)

 

「ーーーなどと思っとるのではあるまいな?」

 

「ひゃいっ!?」

 

 

納刀し、新たな落ち葉を拾い上げた男は少女の目の前にそれを突き出して見せた

 

 

「よく目を凝らして見よ。細かい網目状の線が見えるだろう?」

 

「んん……、はい」

 

「それは葉脈と言う。人間で言うところの血管と同じ様なものだが、この際それはどうでもよい」

 

 

男はそのまま葉を少女へ手渡して続ける

 

 

「先程私が斬ったのはその葉脈だ。跡形も無く散る程細かくなってしまったがな」

 

「!!」

 

 

容易く言い放ったその言葉が示すものを実行することがどれ程のことなのか、幼いながらも少女は理解し、同時に衝撃を受けた

 

葉脈と言う、間近で目を凝らさなければ見えない様な細かい繊維一つ一つを、あの一振り分の時間の中で全て断ち斬ったと言うことだ

 

……一体、あの一瞬で何回斬ったのか?

 

 

「二刀剣の修得とは、『柔軟な体捌き』・『巧妙な間合いと太刀捌き』、そして『戦に於ける己の勘』を磨くのにこの上ない修行法と言える。二刀剣を極めることで初めて、一刀剣は達人の境地に達する」

 

「………」

 

 

少女は自身に授けられた二刀を改めて凝視する。左右で長さの違う『白楼剣』と『楼観剣』。それぞれ長さの違うこの二刀を極めた先にある未来を想像した

 

 

「私にも……、」

 

「んん?」

 

 

少女の中で、二刀剣に対する疑いが消失する

 

 

「私にも、出来るでしょうか!!」

 

 

少女の中で、一刀剣に対する憧れが膨れ上がる

 

 

「私に聞いても答えなど出ない。己自身で、真実(こたえ)は斬って知るがよい」

 

 

「はい!!」

 

 

 

ーーーそれは、少女の長い長い剣術修行の始まりだった

 

 

 

〜〜〜

 

 

ジリジリと互いの間合いが狭まる。

やがて長物である蚩尤の得物()の間合いの一歩外まで迫った瞬間、両者は大きく動く

 

先に仕掛けたのは蚩尤の槍。

身体ごと消失する程の爆発的な踏み込みは、一瞬で妖夢の側面、つまり刀を帯びている方向から既に攻撃を繰り出す体勢で侵入する

 

 

空気が爆ぜる。

突き出された穂先は空間に歪みを表示させ、直線上の外壁に罅一つない三つの風穴を開けた

 

 

「!」

 

 

その刺突を身体を僅かに引き、紙一重で躱した妖夢から神速の居合が放たれる。

先程と同じく蚩尤を中心に、且つ攻撃の座標が蚩尤自身にでは無くその空間へ向けられた正しく次元ごと斬り裂く剣技。

 

『次元斬』と呼称されたこの剣技は、抜刀から納刀までの間隔が極めて短く、その間に幾十もの斬撃を繰り出す為か、多大な集中力と疲労が伴う大技。

 

……連発は出来ない。繰り出すからには必中させねばならない

 

 

斬撃の渦は蚩尤の身体を呑み込み、金属を削る様な音と風を裂く音が入り混じる。

武神はその様子を冷静に見ていた

 

 

(……抜刀から時間差で襲ってくる斬撃が回避や防御のタイミングをズラしている。螺旋を描く様に生じる太刀筋も軌道に法則性がなく見切り辛い。威力も……)

 

 

自身の身体に刻まれていく斬撃は、武神として名高い強靭な肉体に深い刀傷を与えていた

 

 

「成る程な」

 

 

僅か一秒にも満たない斬撃の渦は、後に静かに佇んだ蚩尤を残し消え去った。

一言発した言葉に、妖夢は怪訝な表情を浮かべる

 

 

「……成る程、とは?」

 

 

返答は、猛撃となって襲いかかった

 

再び加速した蚩尤の動きは移動過程が省かれ、攻撃に転じる一瞬のみが僅かに残像が映っている様に見えるほど。

四方八方から殺到する槍技は先程までと違い、一切の加減がない苛烈なものになっていた

 

 

妖夢は直ぐ様抜刀し、『八相の構え』で迎え撃った

 

 

踏み込みなど見えてはいない。

残像を目で追うことも不可能だ

 

それでも、

 

 

(……()()()

 

 

「!?」

 

 

攻撃前の一瞬の殺気。

次に転じる行動パターン。

どの角度で受ければ去なすことができるか

 

 

それら全てを己の直感のみで対応していく。

無駄な動きを極力省き、緩やかな体捌きはまるで舞い落ちる木の葉のように。

 

 

「……っ!」

 

 

「終わりですか?」

 

 

途端に止んだ猛攻に、しかし妖夢は澄ました表情で蚩尤を見据えていた

 

 

(……攻撃全てに手応えがなかった)

 

 

当初から引き出そうとしていた彼女の実力は、蚩尤の予想を大きく越えていた。

いや、そもそも初めに使っていた二刀が仮初めで、現在の一刀剣が彼女の本来の実力なのだ

 

 

その結果が現状を示している。

これまでの少女の動作を観察し、分析する為に攻撃を敢えて一度は受け切り、その上で攻め立てたにも関わらず、先の攻撃は全て往なされてしまった。

地力や魔力では圧倒的に勝っているはずの自分が、『武』と言う自分が最も長けていなければならない分野に於いて、遅れをとった

 

況してや、少女が握っている武器は刀。

長物()の特性を十分に熟知していなかったことも相まって、其れを振るっているはずの自分が圧倒的に有利であったはずだった

 

 

「認めよう」

 

 

蚩尤は一度構えを解いて告げた

 

 

「お前は強き剣客だ」

 

 

「……ならば、此処で止めますか?」

 

 

 

 

「…………………………いや。」

 

 

片側の掌が、ゆっくりと頭部へ伸びる

 

 

「お前と言う()()に敬意を表し、我も本気で相手をしよう」

 

 

武神は、『戦』でのこだわりを捨てた

 

 

ーーーその瞬間、

 

 

ゾンッッ!! と、周囲を包み込んだのは殺気の入り混じった悪寒。

その場の全員が、発生源を見遣り目を見開く

 

 

「……此処からは、任務を優先させてもらう」

 

 

妙にくぐもった声と、禍々しい気を放つ髑髏の仮面に覆われた頭部、絶えずドス黒い力が漏れ出る身体は、常人ならば近づいただけで魂を抜かれてしまうだろう

 

 

「妖忌」

 

「はい」

 

 

その様子を目の当たりにした幽々子は、静かに、それでいて凛とした声色で呟く

 

 

「もし次にあの子に死の危険が迫れば、私は迷わず飛び出していくわ。貴方もその時は私じゃなくてあの子を護りなさい」

 

 

それでも傍の従者は首を縦に振ろうとしない

 

 

「私が()()()()受けた指示は貴方を護ることと、妖夢に刀を託すことの二点のみ。それに、今の私にはあの者と十分に戦うだけの霊力が残されていない」

 

「それでもあの子を連れて逃げることくらい出来るでしょう?貴方にとってもあの子は大事な孫娘ではないの?」

 

「申し訳ございませんが、」

 

 

被せるように、胸倉を引き寄せて幽々子は叫んだ

 

 

「答えなさい!!」

 

 

 

「………」

 

 

僅かな沈黙の後、銀髪の剣客は重い口を開く

 

 

「私は、あの子を信じています。決して偽りや綺麗事ではなく、 私はあの子の強さを知っている。それは剣の師としても、祖父としても。もう一人の私も、同じ思いで妖夢にこの戦いを任せた」

 

「でも!」

 

()()()()()()()()()()

 

「!! ッ……」

 

 

両者それ以上は何も言わず、再び視線を戦場へと向ける。

禍々しく変貌した敵と対峙する少女の背中を、妖忌は黙って見つめた

 

 

(…妖夢)

 

 

ーーー

 

 

溢れ出る黒い靄が蛇のように三又の槍へ纏わりつき、蚩尤の腕と同化するように形態を変化させた。

取り込まれた槍の見た目は、中世時代のランスを思わせる程肥大し、その一部が生き物のように蠢いている

 

 

「最後に聞いておこう。此処の主を差し出す気は?」

 

「ッ!巫山戯るな!!」

 

 

妖夢は叫び、大きく踏み出した

 

二刀が一刀に還ったところで、桁違いな脚力が生まれるわけではない。

繰り出す剣技に驚異的な斬れ味が付与されるわけでもない

 

ただやることは変わらない。二刀を振るっていた時と同じ感覚で一刀を握ればいい

 

そうすれば、自ずと剣は走る。

その足は、自然と敵の懐へ飛び込む

 

 

「六道剣『一念無量劫』!!!!」

 

 

二刀を振るっていた頃は、余りに速度が求められるが故に集中力が追いつかず、完成し得なかった剣技の一つ

 

すれ違いざまの一閃。その刹那の間に、八芒星を描いた斬撃が黒い靄に覆われた胴体へ刻まれた

 

斬撃を受けた蚩尤の身体が、くの字に折れ曲がる。

妖夢は踵を返し、地面に深々とブレーキ痕を残しながら、再び蚩尤へ突進する

 

 

「っ!?」

 

 

次の剣が触れる一瞬前、唐突な悪寒を覚えた。

反射的に剣を振るう手を止め、その場から離脱しようと、方向変換の為()()()()()足を止めた

 

 

「なんだ」

 

 

その一瞬が、

 

 

「さっきより動きが鈍っているぞ」

 

 

時に揺るがない優勢を覆す

 

 

 

ドッ!!!! と、凄まじく重くて速い何かが少女の身体へ打ち込まれた。

だが肉を打つ湿った音が鳴ったのはその一瞬のみ

 

 

「あっ」

 

 

まるで砂山の一部を指で掬い取るように、それが触れた部位が刮ぎ落とされた。

その光景は、端から見れば突然少女の腹部が消失したように映ったかもしれない

 

 

「!」

 

 

明確な致命傷を負った少女の身体は、倒れ伏すことなくその場に停滞していた。

表情から体勢までがその時のまま、不鮮明に揺らぐ少女を目にし、一瞬の空白を経て、死角からの攻撃に蚩尤はワンテンポ遅れて反応した

 

 

ガキィィンッッ!!! と、甲高い衝撃音が鳴り響く

 

 

「質量を残した分身まで作れるとはな」

 

「そっちこそ、槍が()()()()()()()()()非常識です!」

 

 

先程攻撃を受けたのは、僅かな霊力を分身として形にした即席のデコイ。

分身を抉り、今し方少女の刀を弾いたのは、びちびちと魚の様に蠢く触手の様な槍。

 

 

「自立というのは半分不正解だ」

 

 

蚩尤が右腕を引き、連動して槍もバネを縮める様に収縮する

 

 

「ッ!」

 

 

少女の直感が警告を鳴らし、事が起こるよりも一瞬速く身を屈めた。

直後、弓の弦のように引き絞られた槍が一気に伸長した。穂先は屈んだ妖夢の頭上を通過し、その際ソニックブームにも似た衝撃波を発生させる

 

 

「我の()()()()()()()()その限りではない」

 

「!?」

 

 

今し方伸び切っていた槍が、()()()()()()()()()()()()

どんなに鈍い者でも、次に何がくるかくらい分かる。

そして考えた。伸縮間のインターバルを一瞬で実行できるならば?

 

 

答えは、横殴りの槍の雨となって襲いかかった。

全力で側方へ走る。

だが、最早足捌きだけでは躱し切ることが出来ないほどの密度で殺到する、()()()()()()()()()()()()槍の嵐に対し、数ある回避行動の中から妖夢は敢えて攻撃を選んだ

 

全力で駆け出した身体にブレーキをかけ、追尾してくる槍を意に止めず放つ

 

 

ーーー『次元斬』

 

 

「!」

 

(先程言っていた言葉の意味。それが本当なら!)

 

 

狙うは槍ではなく、それを操作する本体。

視認出来ぬ斬撃の渦が、蚩尤を取り囲むように炸裂した

 

 

ズガガガガガガガガガガガガガガッッ!!! と、連続で響く轟音は、直前に挟み込まれた槍が次元斬を防いだ際に生じたもの。

しかし会得して日が浅いとはいえ、己の奥義とも言える剣技を弾かれて尚、妖夢は思惑通りだと笑った

 

 

「やっぱり、その槍は自立して動いている。それも、貴方の()()()()()()()()()限定で」

 

「……ほう?ならばとその特性を逆に利用して攻撃を中断させたわけか」

 

 

この時、仮面越しでは判別しにくいが、蚩尤は確かに笑みを零していた。

まるで、教え子の成長を喜ぶ様に。

 

 

「だがそれでは後手に回るばかりでジリ貧だ。どう打開する?」

 

「私には貴方のように手の内を曝け出す余裕はないので」

 

 

だが言葉とは裏腹に、妖夢は行動に移した。

流れるようなモーションで納刀し、再び居合の構えをとる

 

 

「またそれか?芸がない」

 

「剣術に芸など不要です」

 

 

スッ…… と、少女の発していた剣気が鎮まる。

その間に深い呼吸音が聞こえた

 

 

(溜めが長い?)

 

 

蚩尤はすぐに違和感を感じた。

少女を中心にピリピリとした空気が広がり始める。その様子から、尋常ではない集中力が伺えた。これまで彼女が放ってきた、次元を斬り裂く居合ですらここ迄の『溜め』はなかった

 

 

つまり、

 

 

「若き剣豪よ、()()をやるには隙を見せ過ぎだ」

 

 

蚩尤は槍が同化した腕を伸ばし、横一線に薙ぎ払った。

その威力は地平線を斬るが如く、衝撃波が直線上の物体を両断したのはその直後だった

 

この時、白玉楼が倒壊の末路を辿らなかったのは、その余りに凄まじい斬れ味によって、だるま落としのように直立を維持出来ていたからではない

 

 

蚩尤は白玉楼に背を向けて攻撃していた

 

 

「私が言うのも難ですが……」

 

 

直前に屈んだ妖夢がむくりと起き上がりながら尋ねる

 

 

「何故今ので幽々子様達を狙わなかったのですか?」

 

 

ふっ、と笑った蚩尤はこう返した

 

 

「……狙っていたら、お前は不完全なまま放っていただろう?」

 

「完全なものが見たいなら少し待って頂ければお見せできますよ?」

 

「生憎とただで食らってやる義理はない。お前も剣豪ならば、我の隙を突いてみせよ」

 

 

額から流れる汗、肩を上下させての呼吸。

半霊との融合から既に10分が経過している。

多大な集中力を有する剣技の多様。

 

現状、妖夢の疲労は肉体的にも精神的にもピークを迎えつつあった

 

 

(打てて、あと3回…。でも、)

 

 

その計算式は飽くまで『次元斬』を基準にしたもの。その先を出すならば……。

融合の強制解除まで時間も迫っている。

考えている余裕などなかった

 

 

「すぅ……」

 

 

もう何度目かになる納刀。

一見居合に移行できるこの構えは、隙が無いように思える。

だが実際は多大なストレスも同時に負ってしまう

 

簡単な話だ。

武器を持って戦う場で、敢えて()()()()()()()()()()()()()この状況は、一度タイミングを逃せば命を落とす諸刃の剣と言える。

況してや、蚩尤ほどの強敵を前に敢えて無防備になるなど、並々ならぬ覚悟と精神力を有する。更にはその中で多大な集中力を必要とするのだ。構えをとるだけでも容易である筈がない

 

 

「見せてもらうぞ、若き剣豪よ」

 

今度は蚩尤から仕掛けた。

槍を触手の様に畝らせるのではなく、腕に固定した状態で、リーチを変えることなく構える

 

 

一瞬で眼前へ踏み込んできた蚩尤を前に、妖夢は居合の構えのまま身体を横軸に回転させて背部をその巨体へ押し付けた

 

衝撃自体は些細なものであったが、予想外の行動に一瞬蚩尤の動きが止まる

 

 

「何の真似…」

 

 

言い終わる前に少女は前方へ駆け出した。

一瞬呆気に取られた蚩尤だが、その程度の虚をついたところで時間稼ぎの一つにもなりはしない。

直ぐ様追撃する態勢を整え、槍の照準を小さな背中へ合わせる

 

 

だが、またしても蚩尤は目を見開いた

 

 

「な、に?」

 

 

それは蜃気楼や吹き散らされた煙の様に一部から徐々にではなく、初めからそこに居なかったかの如く、前方を駆けていた少女の姿がぱったりと消えた

 

……直後、

 

 

「はああぁああああああっ!!!」

 

 

背後から発せられた喊声と共に、銀嶺剣を振り上げる少女の姿があった。

当然気配には気付いていた蚩尤は、その方向を見向きもせずに槍が同化した腕を軟化させて後方へ放つ。

妖夢は直前で動作を切り替え、突き出された穂先に上手く刃の表面を滑らせるように受け流した。そのまま勢いを殺さずに身体をコマの様に回転させ、蚩尤の横腹へ銀嶺剣を叩き込んだ

 

 

ギィィインッッ!!! という金属音と硬い手応え

 

 

「態々声を上げて斬りかかるとはな」

 

 

見れば、今し方後方へ受け流した槍が急速に曲がり、瞬時に主である蚩尤と銀嶺剣の間に割り込んできていた

 

 

「槍自身の動きより、貴方の動きの方が見慣れてますので!」

 

「……言ってくれる」

 

 

鍔迫り合いが続く中、槍は不規則な動きで少女の身体を押し下げた。

最早体勢的に優位であろうと、力の均衡は成立しない。

此方は次元斬のような大技を使わなければ、薄皮一枚程度のダメージしか入らないのに対し、向こうの攻撃は皮膚を掠めただけでその周辺の肉が消滅する程の力量差がある。

まともにぶつかっていれば一秒たりとも生きていられない

 

 

今更正面から迎え討つだのなんだのと、正攻法を実行する余裕などない。

『力』で大きく下回っている自分の立ち回り方はこれでいい

 

だから、妖夢は今一度大きく距離をとった

 

 

「どうした?我に隙を作るのではないのか?」

 

「……」

 

 

……『納刀』。

 

 

「………なんだと?」

 

 

再び、その場の空気が張り詰める。

心なしか肌に微弱な振動さえ伝わってくるかのような感覚。

 

蚩尤の声色から()()()()()()

 

 

「貴方は言いましたよね?『それを使うには隙を見せ過ぎだ』、と」

 

「理解しているならば、それは何だ?この状況で隙を作ったとでも?」

 

「はい」

 

 

ズアァァァ…ッッ!!! と、蚩尤から膨大な力の奔流が噴き出し、白玉楼全体にまるで彼の感情を体現したかのような、凄まじい重圧がのしかかる

 

 

「我を愚弄するか…!そのような詰まらぬ選択は、一か八かの大博打にも劣る唯の自暴自棄に過ぎん!!」

 

 

この戦闘で初めて声を荒げた蚩尤とは対照的に、妖夢は冷静を保ちつつ答えた

 

 

「いいえ。寧ろ私は、貴方に敬意すら感じます。………そして、私は()()()()()()()

 

 

互いの目があった。蚩尤は感情に任せて相手に烙印を押したりはしない。

その瞳から、明確な決意を感じ取った

 

 

「良いだろう」

 

 

まだ準備の整っていない少女へ、瞬時に槍を突き付ける。

『彼女の決意が本物か否かは、次の行動で分かる』、と言いたげに。

 

 

「行くぞ」

 

 

蹴られた地面が大きく抉れ飛んだのはその一瞬後。

 

間隙はなかった。

突然巻き起こった突風が身体を吹き抜けていくように、蚩尤の槍は少女の身体を突き貫いた。

余りにも一瞬過ぎるその有様は最早、肩から上、膝から下のみがその場に残り、空中で停止しているかのようだった

 

 

 

その場が一斉に静まり返る。

静観していた幽々子と妖忌も、その光景に声すら上げていない。ただ、目を見開いている

 

蚩尤も同じだ。

端から見れば、仮面のせいで表情が読み取れないが、その顔は確かに……、

 

 

ーーー『動揺』

 

 

「ま、さか……!」

 

 

ギリギリ…と、錆び付いた歯車の様に振り向いたその先に、答えはあった

 

 

 

「お待たせしました」

 

 

構えも、脱力も、集中も、()()()()()()()()()()()で、魂魄 妖夢は立っていた

 

両者の間で静かに消失していく()()を尻目に、蚩尤は全力で地を蹴った

 

 

それは少女に技を出させまいとしているのではない。

それは待ち侘びた瞬間を噛み締めるように、最大の力を持って迎え討つ為に。

 

 

 

 

『 次 元 斬 』ーーー

 

 

 

その瞬間、妖夢は別次元の速度を手にする

 

 

 

ーーー『 絶 』

 

 

妖夢の身体が複数の残像に別れ、前方へ消える。残像の消失と入れ替わるように、空間全体を白銀の剣閃が埋め尽くす。

その動きは蚩尤の体感速度を大きく振り切り、槍による自動迎撃すらも置き去りにした

 

 

一瞬と言う時間が長くすら感じる程の次元を経て、刃を残り数センチまで納刀した妖夢は再び姿を現した。

拡散していた残像がその身体に取り込まれるように戻り、一つの金属音を鳴らして刃を納めた

 

 

 

 

 

「…………………………………………………………………………………………見事」

 

 

べしゃり、と粘着質のある音と同時に、天使軍の武神は地に伏した。

仮面に亀裂が入り、音を立てて砕き割れる。

力の抜けた掌から槍が転がり落ち、根元からヘシ折れた

 

 

 

「隙を作る…か、してやられたものだ。……何をした?」

 

 

仰向けに倒れ、天を仰ぐ蚩尤は、既に()()()()()()を意に介さず尋ねた

 

 

「……、」

 

 

妖夢は黙って銀嶺剣を軽く水平に振るうと、魚の身をおろすようにその場の空間が捲れ上がり、そのまま重なっている妖夢の身体を周囲の景色と同化させていた

 

 

「次元斬は次元を斬る剣技。攻撃から転換させれば、こう言った応用も利くんです」

 

「…………成る程な。ならばその後に戦っていた分身は以前より(霊力)を多く供給していたわけか」

 

 

徐々に、蚩尤の身体から止めどない赤色の池が広がっていく

 

 

「確かに、これは芸と言われても仕方がないのかもしれません」

 

「……謙遜するな。剣術に、芸などないのだろう?」

 

「……、」

 

 

呼吸が浅くなり、視界が黒く染まっていく感覚にとらわれながら、

 

 

「……些か、私情を挟み過ぎたか。我の敗けだ」

 

 

弱々しくも振り絞る

 

 

「………さらばだ。互いに、名の知らぬ…、剣豪よ」

 

 

………武神がそれ以降口を開くことはなかった

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 

深々と頭を下げた妖夢が起き上がることはなく、限界に達した身体は重力に従い地面へと向かった

 

 

「お疲れ様、妖夢。ありがとう、護ってくれて」

 

 

西行寺 幽々子はその身体を優しく抱きとめた

 

 

「……」

 

 

妖忌はその場で安堵の息を漏らすと同時に、ある方向を見つめ、僅かに表情を険しくした

 

 

(………頼みますぞ。()殿()

 

 




※作中に出てきた剣術云々の話は、主の調べによるものですので、必ずしもそうとは限りません。

次元斬 は言わずと知れた悪魔泣屋の兄貴の技です
銀嶺剣とかは完全にオリジナルです。

由来?)
白『楼』剣→高い建物
『楼観』剣→物見の高殿
『銀嶺』剣→雪が積もって銀色に輝く峰
…………高い所つながり!

天使軍も残すところはあと2組。
結構長かったー(汗

次回は天使軍襲来前に裏で動いていた主人公等の話になります。(霊夢・魔理沙 vs 天使軍戦も少しは出ます)

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