東方万能録   作:オムライス_

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お待たせしました。
今回は少し時間の遡った天使軍再来前のバックストーリーがメインになってます。
現在戦もほんの少しだけ!




156話 戦闘の背景で

天使軍侵攻が迫る幻想郷。

いつもなら活気溢れる人里でも、常にピリついた空気が漂い、行き交う人々の中には小刀や手斧と言った護身用具を肌身離さず持ち歩く者まで散見される。

里のはずれにある命蓮寺からはその面々が交代で巡回し、異変の兆候がないか常に気を張っていた。

 

そんな殺伐とした空気を醸し出す人里に、寺子屋の教師、上白沢 慧音は深い溜息を漏らす。

 

 

(これではまるで紛争地帯だ)

 

 

今異変があってからというもの、寺子屋は閉鎖している。

子供達には日中夜間問わず極力外出を禁じ、単独での行動は縛り付けてでも止めるよう各家庭に伝達してある。

 

そして事が起こった際には住民を速やかに命蓮寺へ避難させなければならず、その誘導と護衛を兼ねるのが彼女の役目だ。

今回の一件で攻め込んでくるのは『死の天使』率いる軍勢。いくら彼女が半妖とは言え、稀に退治する野良妖怪とはわけが違う。

 

 

「………どうなってしまうんだ、幻想郷(ここ)は」

 

 

 

ーーー

 

 

迷いの竹林深部にある診療所『永遠亭』。

この場所は前回の襲撃で唯一被害を受けなかった場所であるが、それは異常な成長速度で伸びていく竹藪や、常に立ち込めている濃霧等、迷宮チックな地形の特性によるものではない。

 

 

過去に異変と言う形で露見するまでは、月の追手の監視をも欺いてきた存在を悟らせぬ結界。

永遠亭の薬師、八意 永林が施したこの大規模な術式は、幻想郷に侵出した襲撃者から幻想郷最大の医療施設を護る結果に繋がっていた。

 

そこへ易々と辿り着いた長身の男、柊 隼斗は周囲を見渡しながら呟く。

 

 

「しかしあれだな。実際こうなってみると、てゐ(あいつ)の罠も無いよりかはマシって思えてくるよ」

 

 

その傍らで縁に腰掛けている艶やかな()()()()を身にまとった少女、蓬莱山 輝夜は庭先に足を投げ出しながら小馬鹿にしたように笑う。

 

 

「あれに引っ掛かるほど間抜けなの?天使の軍勢とやらは」

 

「だと助かるんだけどよ。……つーか、仮にも姫様名乗ってた奴がそんな座り方してていいのか?」

 

「あら、お姫様だって欠伸をするし縁で寝っ転がることだってあるわ。ただそれを人前ではしないだけ。こんな姿、気心の知れた相手にしか見せないわよ。それにほら、最近よく言うでしょ?隙のある女性はモテるって」

 

「お前の場合隙だらけだけどな。特に私生活」

 

 

その言葉が示す通り、視線の先の部屋では無造作に置かれている絵巻や、煎餅の包み紙等が散乱していた。

 

 

 

「まあまあ。それで?ここ最近何度か訪ねて来てるのは、なにも永林と××する為じゃないんでしょ?」

 

「…ん、まあな。あと意味深に言うのやめろ」

 

「……でも実際は?」

 

「食いつくなアホ」

 

 

隼斗は一言で一蹴し、脱線しかけた話を戻した。

 

 

「はっきり言って今回ばかりは各地から協力を仰がねェと被害を抑えられそうにねェ。……輝夜、お前の力も必要だ」

 

「何よ改まって。水臭いじゃない、勿論協力するわ。場所は?」

 

 

快く了承した輝夜を前に、隼斗はある人物を指して続ける。

 

 

「今回、妹紅が人里の防衛にあたることになってる」

 

「へぇ、じゃあそこへ加勢に迎えばいいのかしら?」

 

「ああ。………だが加勢と言っても飽くまで戦闘は妹紅に任せてやってほしい」

 

「は、はぁ?」

 

 

輝夜は隼斗の発した言葉の意味を計り兼ね、肩透かしを食らったように首を傾げた。

介入はするが、戦闘自体は控えて里の防護にでも徹しろということなのか。

 

 

妹紅(あいつ)はな、優しいんだ。お前や素行の悪い妖怪(やから)なんかと戦闘になった時は多少なりとも口調やらなんやらが乱暴にはなるがな。だがそれとは対照的に周囲へ被害が及ばねェよう、力にセーブを掛ける傾向にある。悪く言えばまだまだ()()

 

「私が枷になるってこと?」

 

「悪く言えばな」

 

「なら初めから私が戦った方が得策じゃない?」

 

「……確かにお前は幻想郷内(ここ)じゃ上位に食い込む実力の保持者だが、戦闘に特化してるわけじゃねェ。第一天使軍(やつら)が相手なら、俺や妖忌が出ない限りそこに大した差はねェよ。()()()()()()が出せるメリットを考慮しても、単騎火力なら()()妹紅の方が上だ」

 

「……まあ、結構ズバッと言ってくれるわね」

 

 

いつもの言葉選びという配慮が薄れた鋭い指摘、見解を告げた隼斗の瞳は、いつしか見た()()のそれに戻っていた。

その表情一つにしても、今回の戦闘が苛烈を極めるものだと言うことをより濃く示している。

 

 

「あの子が最近竹林の深部で何度か()()()()のを見たわ。死因は明らか、力の酷使よ。いくら肉体の再生があるからと言っても些か無茶し過ぎな気もするけど」

 

「ああ、知ってるよ」

 

「おまけに今回あの()()()()まで教えたのよね?」

 

 

………、少しの間があった。

 

 

「……少なくとも愛弟子に教えるべき術じゃねェわな。非人道的って言われりゃそれまでだ。俺が彼奴にさせてるのは、身体にかかる負担を無視して戦闘での勝率を上げる為の修業だ」

 

 

前提として、妹紅が行っている荒修業は隼斗が指示したものではない。

今回は飽くまで『瞬閧』や『犠牲破道』といった、より戦力を上げる為の(すべ)を教授したに過ぎない。

だが言い方を変えれば、そうなることが分かった上で、”不老不死でなければ殴ってでも止めさせていたであろう修業法”を黙認していた

 

 

「今回のは最早、異変だけにとどまらない命の取り合い。生半可な情や道理を振りかざしたって勝てる戦いじゃねェ。やるなら徹底的に、半端なら戦線から引かせる、それだけだ。無駄な犠牲が出ちまう前にな」

 

 

冷酷な見解に見えて、その実先々を見越した合理的な解答だった。

 

国を護りたいけど自分も傷付きたくない。

仲間が死ぬのは嫌だけど、相手も殺したくない。

犠牲が出るのは間違ってる。

誰も傷付かないほうが良いに決まってる。

 

 

ーーーそんな平和一択の理想郷など存在しない。

 

 

二つの内どちらかを選択するならば、もう片方を手放さなければならないのが世の常だ。

住民を護ろうと戦えば、兵士は死ぬリスクを負う。かと言って住民を見捨てれば、兵士は命懸けの戦いは避けられる。

そのどちらも救いたいならば、それに伴うだけの実力が求められる。

 

ならばその『力』はどこから持ってくる?

常人はある日突然、山一つ消し飛ばすだけの力は得られない。

蜜蜂が単身攻撃を仕掛けたところで、雀蜂に咬み殺されるのは火を見るよりも明らかだ。

 

自身の理想を叶えたいなら、それ相応の代償を払わなければならない。

 

 

その事情を知ってか、輝夜はパタつかせている足を止め、庭先へ若干勢いを付けながら立ち上がった。

 

 

「一つ言っておくけど、私は隼斗を批難してるわけじゃないわ。今回の異変が常軌を逸したものだって言うのも分かるし、蓬莱人(わたしたち)の特性をフル活用した戦法が合理的なら、どんどん使ったって構わない。唯、貴方の真意を測りたかっただけ」

 

 

昔と変わらぬ無邪気さの混じったその笑みは、同時に頼もしさすら感じた。

表情こそ見せなかったものの、隼斗はそっぽを向きながら呟く

 

 

「……悪いな。ロクでもねェ作戦で」

 

「いいわ。私だって何もしないで引き篭もってるより、多少の刺激を入れたほうがいいもの」

 

「………、彼奴(妹紅)は自分の死を前提にした戦い方を選ぶ傾向にある。犠牲破道教えた俺に言う資格は無いのかも知れんが……、頼むぜ、輝夜」

 

 

 

囁くように、それでいて力強い返答があった

 

 

「任せて」

 

 

 

ーーー

 

 

向日葵を代表とする、季節ごとの様々な花が咲き誇る幻想郷最大の畑。

此処に陣取るは、太陽の畑の主である風見 幽香唯一人。

 

先の異変によって畑はその四半が被害を受けたことにより、次なる襲撃に備え、強固な結界を張り巡らせていた。

 

強者として数えられ、戦闘では魔法と体術を主軸に使う幽香だが、結界と言う分野に於いてはその限りではない。

普段は単独での行動を好む彼女も、今回ばかりは第三者を頼っていた。

 

幻想郷でその分野に長け、同時に外界との境界をも結界によって管理する妖怪、八雲 紫。

 

 

「少なくとも強度は問題ないはずよ。貴方の魔力も加えてあるしね」

 

「ええ、助かるわ」

 

「でも気を付けさない。この結界が侵入を跳ね除けられるのは飽くまで雑兵くらい。天使クラスかそれに近い力を持った奴らには効果を発揮できないかもしれない」

 

「元より頭から爪先まで貴女に頼り切るつもりはないわ。前回よりも強敵が来るのは容易に予想できる。それを私が潰せば問題ないわ」

 

 

言葉とは裏腹に赤をベースとした花柄のガーデンエプロンを着用し、手にはそれぞれ如雨露とスコップを装備した幽香は片手間に言った。

 

その姿を見た紫は聞こえるかどうかの声量で、

 

 

「…………………のうかりん」

 

「………今、凄い和やかな呼び方しなかった?」

 

「別に……?」

 

 

作業の手を止めて急速に頭を傾けた花妖怪もといのうかりんに対し、紫はそっぽを向いて口笛を吹くと言うベタなシラの切り方を実践しつつ話を切り替えた。

 

 

「それはそうと、本当に貴女一人で大丈夫なの?此処が大切なのは分かるけど……、他の勢力と共同戦線を張った方が良いんじゃないかしら?」

 

「………意味がないのよ」

 

 

幽香は手にしていたスコップを土に刺し、立ち上がりながら畑全体を一見して言う。

 

 

「此処を失ってしまったら、私が幻想郷を護る理由がなくなる。自分の家族を捨てて他所を優先する家主はいないでしょう?」

 

 

前回の襲撃で幽香はその力を十分に見せ付けた。雑兵とはいえ、向かってきた敵を皆殺しにしたのは、隼斗等を除いて彼女のみ。

当然、居を構える太陽の畑(ここ)にもより強大な戦力が投入されるだろう。

 

 

「でも誤解しないで。私はこの地を提供してくれた貴女に感謝してるの。だから、心配は無用よ」

 

 

僅かに大気が震える。

今しがたほのぼのとしたアダ名で呼んだ花妖怪から漏れかけたそれ(殺気)は、微量ながらも幻想郷賢者に悪寒を与える程の鋭さを併せ持っていた。

 

 

「必ず()()

 

 

 

ーーー

 

 

 

『紅魔館』。

名前にもある通り、外観が紅一色に統一されているこの屋敷は、長時間見ていると目がチカチカする、趣味が悪いなどと不評を買っている(近隣又は通行人談)。

 

しかしこの屋敷の主は美的感覚が世間一般のものより少しばかりずれている。

当の本人は屋敷を見て顔を顰めた相手に対し、「あまりのセンス抜群な造形美を前に、直視出来ないんだろう」とでも思っているらしい。

 

 

「相変わらず凄ェ(ずれた)センスだな、この屋敷」

 

 

来訪者は遠慮なくずばりと言い放った。

これでもかと言うくらい眉間に皺を寄せながら。

しかし、小洒落たティーテーブルを挟んで座している屋敷の主は、微笑ましく「そうだろそうだろう」と勝手に頷いている。

 

 

「お前は見る目があるわね」

 

「……()()()()()()

 

「?」

 

 

それが貶し言葉であることに気が付かない見た目幼い吸血鬼、レミリア・スカーレットは首を傾げる。

彼女の対面に座り、今まさに横合いから金髪の少女に袖を引かれている仏頂面の男は、今異変に於ける要であり、とある件でこの場所を訪れていた。

 

 

「ねぇ隼斗ー、暇だから遊んでよー」

 

「フランちゃん、おじさんは君のお姉ちゃんと大事な話に来たんだ。つーか500年近く生きてるのにその幼げな仕草は正直イタ………」

 

 

突然高速で打ち出された拳が彼の喉を捉え、言葉の先を中断させた。

 

 

 

「アハッ☆手が滑っちゃった!」

 

 

普通なら喉どころか首から上が吹き飛んでいるであろう威力の吸血鬼パンチを受けた男は、平然と会話に戻る。

 

 

「……弾幕ごっこならまた今度付き合ってやるから、ちょっと落ち着け」

 

「むー。大体今日隼斗は何しに来たの?」

 

 

姉であるレミリアがやや食い気味に答える。

 

 

「私の()()になりによ」

 

「………………………………………………えっ?」

 

 

途端にフリーズしたフランを尻目に、呆れ顔の隼斗はすかさず修正を加えた

 

 

()()()()な。誰がお前の飯になるか。一億年早ェよ」

 

「??……なんでまた?って言うか隼斗の血なら私も吸ってみたいかも!!なんか強くなれそうだし!!」

 

 

隼斗は勝手に舞い上がっているフランの帽子を軽く指先で小突いた。

 

 

「俺の血は栄養ドリンクじゃねーよ。大体その形で吸血シーンとか絵面的にアウトだし、そもそもお前らごときの牙が俺の皮膚に刺さるかよ」

 

「えー、じゃあお姉さまはどうやって血を貰うの?」

 

「既に採取してるんでしょ?」

 

「ああ」

 

 

そう言って懐から取り出されたのは、札の貼られている小瓶に入れられた少量の血液だった。

札には達筆な漢字で『清』と書いてあり、中の血液の鮮度を保つ特殊な術がかかっている。

 

 

「足りるか?」

 

「ええ、十分よ」

 

 

小瓶を受け取ったレミリアは、いつの間にか傍らに立っていた銀髪のメイド長へ其れを手渡した。

 

 

「寝室へ」

 

「畏まりました」

 

 

瞬く間に姿が消失したメイドを尻目に、今の今まで脳内に?マークが浮かんでいたフランもやっと理解できたようだ。

この瞬間に用件を終えた隼斗は早々に席を立つと、去り際に釘を刺した。

 

 

「永林からの伝言だ。摂取する時は100倍まで希釈しろってよ。じゃねーと身体が持たねーそうだ」

 

「……んん?あの医者がなんでそんな事わか……、ってそう言えば前に殺されかけた挙句身体を調べ尽くされたんだったわね。……わかったわかった気をつけるわよ」

 

 

了承を確認し、その場を後にした男を見送ったレミリアは、背伸びをしながらポツリと呟いた

 

 

「さて、寝るか」

 

 

 

ーーー

 

 

 

見渡す限りの雲海と、そこに浮かぶ島々。

此処は地上の人間が苦行の末に辿り着く事の出来るユートピアであり、住民も皆『天人』と呼ばれる種族へ昇華している。

 

そんな天界にある一つの大きな屋敷に、幻想郷の賢者はいた。

 

 

「私が何の為に此処へ来たのかわからないって顔ね」

 

 

向かい側に腰を下ろしている青髪の少女、比那名居 天子は引きつった表情のまま口を開いた。

 

 

「な、何よ。別に最近は地上にちょっかい出してないしアンタに文句を言われるようなことは何も……」

 

「ええ、私も心当たりはないわ」

 

「………………じゃあ、何しに来たのよ?」

 

 

ぱちんっ、と扇子を畳んだ八雲 紫は静かに尋ねる。

 

 

「最近になって恐らく、此処にも一報くらいは入ってるであろう異変のことは認知しているかしら?」

 

「異変……って、あの変な化物が湧いて出たあれのこと?知ってるもなにも、当時私は下界に出向いていたから直接見てるし、襲ってきたから撃退もしてやったわ」

 

「!……なら、話は早いわね」

 

「?」

 

 

いまいち相手側の意図が飲み込めない天子の表情が怪訝なものに変わる。

 

 

「単刀直入に言うわ。貴女に協力を要請したいの。来るべき天使軍再来に備えてね」

 

「………はい?」

 

 

唐突な申し出に、危うく口に運んでいた饅頭を落としかけた天子の反応をスルーして賢者は続ける。

 

 

「理由は二つ。一つは貴女が天人にしか扱えない武器である緋想の剣を所持していること。前回よりも激化が予想される今戦闘に於いては、()()()()()ことのできるその剣は非常に有効的な手段と言えるでしょう」

 

 

視線の先で無造作に置かれている()のみの緋想の剣を一瞥する。

気質を斬る場合にのみ刀身が出現するこの剣は、勝手に天子本人が持ち出し私物化しているものであり、悪く言えば横領の罪でしょっぴかれても可笑しくなさそうだが……。

 

 

「か、仮にこれ(緋想の剣)が必要だとしても……、何で私が……?」

 

 

まあ当然と言えば当然の反応なのかも知れないが、何故彼女がやや遠慮気味に質疑をしているのかと言えば、以前に彼女自信が起こした異変にある。

紫もその点を強調気味にして答えた。

 

 

「それが理由二つ目よ。貴女もそろそろ前回の罪滅ぼしをしたいだろうと思って」

 

「……うっ」

 

 

未遂に終わったとは言え、目の前の大妖怪を一度本気で怒らせた上、仲裁が入らなければ殺されていたかも知れなかった()()()()が思い起こされる。

 

 

「更に一つ付け加えるなら、貴女も次の襲撃時には狙われる可能性も考えられる。何故だかわかるわよね?」

 

 

理由は単純。

戦争に於いて、戦闘を行える者を残しておく理由はない。

 

 

「奴らは場所を選ばず出現する。いずれは此処も狙われるでしょう。貴女の匂いを嗅ぎつけてね」

 

「……っ」

 

「………、」

 

 

押し黙ったままの天子の傍らには、表情にこそ出してはいないが、僅かな敵意を紫へと向ける従者の姿があった。主君と客人との対談で口を挟むべきではないと理解しているのだろう。紫は心の内で、仮にこれが自身に仕えている式神ならばとっくに手が出ていたかも知れない、と羽衣を纏った従者を賞賛した。

 

 

「………そうね、我ながらタチの悪い申し出だわ」

 

 

紫は間近で僅かなスキマを開くと、中から術式が印された一枚の札を取り出し、卓上へ静かに置いた。

 

 

「これに念を送れば此処とも幻想郷とも繋がっていない異空間へ続くスキマが現れる。その場凌ぎではあるけど、襲撃間は安全地帯として使えるはずよ」

 

 

目の前に差し出された護符には『博麗』の文字と、強力な霊力が封じ込めてあった。

作成者は他でもない、幻想郷に於いて最も大きな力を持ち、博麗の代を初代より育ててきた男によって練り上げられたもの。彼とは一度きりの面識しかない天子は知る由もないが、その効力は折り紙付きだ。

 

 

「結果的に此方(幻想郷)の都合で巻き込んでしまったのは事実。だから強制もしないし、協力が得られなくても非難するつもりもない。ただ、一つの選択肢として頭の片隅に留めておいて頂戴」

 

 

紫は立ち上がり、片腕を水平に振るうと、今度は等身大サイズのスキマが口を開いた。

 

 

「突然お邪魔して御免なさい。それとお茶、御馳走様」

 

 

そして地上へと続くスキマに足を踏み入れた瞬間、意を決したように声がかかる。

 

 

 

「………待ちなさいよ」

 

 

 

 

ーーー

 

 

隼斗は幻想郷と外界の境に来ていた。

住民にはあまり知れ渡っていないこの場所は、幻想郷の賢者とその式神が住まう屋敷が建っている。

尤も、場所が知れたところで発見できるかと言われれば定かではないが…。

 

 

「……で、首尾はどうよ、そっちの」

 

 

そう切り出した隼斗は湯呑みに入った茶を啜りながら尋ねた。

同じくして、席に着いている紫は端的に答える。

 

 

「最低に順調よ」

 

「どっちだよ」

 

「結果的に協力をこじ付ける形になってしまったと言うだけ。此方の話よ、問題ないわ。そっちは?」

 

「………まっ、似たようなもんだ」

 

 

何もない天井を見上げ、仕事に一区切りつけた様に溜息を漏らす両者。

時間にして数秒の沈黙が続き、隼斗から先に細部の報告に移った

 

 

「俺が回った人里、紅魔館、妖怪の山、そんで最後にお前と合流した地底共に喚起は済ませてきた。()()の戦闘人員の配置と非戦闘員の処置も問題ないはずだ」

 

「私の回った各所も同じく問題はなさそうね。………それより、あのおチビさんの予知夢で出たのはいつ?」

 

「明後日だ」

 

「…………そう」

 

「不安か?」

 

「………………………………そんなこと、」

 

 

そう言って一瞬視線を外した紫を、隼斗はジッと見つめた。

 

やがて観念した様に、

 

 

「……そうね。ちょっとどころか大分…、凄く不安、かな」

 

 

困った様に、紫は笑ってそう答えた。

 

誰が見てもわかる。明らかな作り笑いだ。

 

 

例えそれがやっと絞り出した虚勢だったとしても、彼女は幻想郷を担う賢者として、他者に己の心情を晒すわけにはいかなった。

 

 

「………色々、あり過ぎちゃったわね」

 

 

………そう、目の前の男以外には。

 

 

「……だよな」

 

 

以降、弱々しく項垂れていくその頭へ、徐に隆々たる腕が伸びる。

 

その大きな掌は、やや粗雑に彼女の頭を撫でるでも無く、力強く包んだ。

 

 

「隼…斗……?」

 

 

その言葉自体には何の根拠もない。

見知らぬ誰かが発したところで、悩みの種は微動だにしないであろう一言。

しかし信用に足る人物が口にして、初めて効力を発揮する一言。

 

 

「大丈夫だ」

 

 

「………………………ぁ…………っ、」

 

 

 

小さく、響もしない悲壮の声が、ほんの一瞬だけ一室を包んだ。

 

 

 

 

〜〜〜

〜〜〜

 

 

 

「いい加減にしろ、何時までこんな茶番続ける気だ」

 

 

返り血を払い、隼斗は食傷気味に吐き捨てた。

足下には無数の亡骸が転がっている。

どれも圧倒的な()()によって一撃の下葬られた死の天使の分身体………、だけではない。

 

衝撃で吹き飛んだであろう欠損箇所こそあれど、その姿形は異なっていた。

 

『狩人』の様な装束、砕け散った『甲虫』の様な外殻、血に染まった『黒翼』、破砕した『梟の頭部』、風穴の空いた『巨軀』、焼け焦げた『魔道書』、へし折れた『三又の槍』……、

 

 

「あら凄い!()()()で貴方のお友達が散々苦戦した相手をこうもあっさり倒しちゃうなんて!……どうだったかしら?対戦ゲームの勝ち抜き戦みたいで面白かった?」

 

 

死の天使 サリエルはその光景を楽しむ様に語りかけた。それこそ手品を成功させた時の様な気軽さで。

 

 

「ほざけ」

 

 

次の瞬間、轟音が周囲一帯を揺るがした。

サリエルが空中で腰掛けるようにして浮遊していた場所に隼斗が()()、拳を突き出している。

遥か前方では赤黒い何かが米粒大になり吹き飛んでいく光景が見える。

 

 

「んもう、貴方の攻撃って距離を詰めるとかの過程がなくって、気が付いたら攻撃されてるから防ぐのが難しいのよねぇ」

 

 

声のする方では、当たり前のように地面から浮き出てくる天使の姿があった。

その様子を心底冷めた様子で見下ろす隼斗の表情には、明らかな苛立ちが垣間見える。

 

 

「逆にこっちも聞きてェんだけどよ、お前どうやったら倒せんだ?」

 

「あら、それは自分で見つけなくっちゃっね。簡単に答えがわかったら面白味がないでしょ?」

 

 

間近で返答。

 

 

「もう飽きたっつってんだよ」

 

 

再びサリエルへ向けて放たれた視認できない速度の拳。……だが此処で戦況に変化があった。

 

 

ゴグシャアッッ!!! と、湿った音と共に、挟み込まれた六枚の翼がトマトを潰したように爆散する。

 

………だが、

 

 

「あっ、反応できた♡」

 

 

木っ端微塵になった身体の一部を意に介さず、サリエルは満面の笑みをこぼした。

 

 

「……ッ」

 

 

小さな舌打ちの後、隼斗は拳を更に押し込み今度こそ本体の身体に風穴を開けた。

 

だが返ってくるのは粘土細工を指で押し広げるような感触と、後方で聞こえるせせら笑い。

 

これだけ身体を粉砕されても尚、死の天使は会話の続きを楽しむように口を開く。

 

 

「私は寧ろ楽しくなってきたわ。ふふっ……、だって、貴方の攻撃に応じられるようになってきたんですもの ♪」

 

 

狂気の笑みだった。

己の死を、『死』だと認識していない。

最早戦闘を楽しむための一環として自身の命すらも扱っていた

 

 

「それにね、お楽しみはまだ終わってないわよ?あの子達も大半がやられちゃったけど、まだ()()()()()()子達が残っているもの ♪」

 

 

両者の間で映し出されているモニターに視線が移る。

既に勝敗が決した七つの画面は消え、残り二つの状況が現在進行形で中継されていた。

 

 

『ゴアアアァアアアアァァアアア!!!』

 

 

耳を劈く程の轟音。

画面の向こう側で傍若無人に暴れまわっている三ツ首の(ドラゴン)と、その周囲を飛翔し応戦する白黒魔法使いが彼の目に止まった。

 

 

(……魔理沙)

 

 

一方で博麗神社が映し出されている画面では、全身白い体表に覆われた人型の悪魔と、弟子である二人の巫女との苛烈な近接戦が繰り広げられていた。

 

 

(……………異界に飛ばされてるこんな状況じゃ直接力は感じ取れねェが……、)

 

 

先程死の天使が口にした『とっておき』が示す通り、現在幻想郷に残る二体の天使軍の力量は……、

 

 

()()()()()()()ぞっ……!今までの奴らとは!)

 

 

隼斗の額から、一筋の汗が伝う

 

 





ドラゴンみたいな基本喋らねー奴の言葉書くのって「がおー」とかしかないよなあ(困)
いっその事人語もいけるクチにするか?

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