東方万能録   作:オムライス_

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草薙の剣

〜三種の神器の一つ。素戔嗚尊(すさのおのみこと)が出雲で八岐大蛇を退治した際、尾の中から得た剣で、天照大神(あまてらすおおみかみ)に奉献された。のちに景行天皇皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの剣を伊勢斎宮の倭姫(やまとひめ)から賜り、相模で国造(くにのみやつこ)にだまされて野火の難にあった時、この剣で草を薙ぎ、()()()()をつけて難を逃れたという。〜



159話 穢れと浄化

三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)による破滅の雨が止んでから一秒と待たずして二人の魔法使いの少女は飛び出した。

三ツ首の内、向かって右側の頭が白黒カラーの少女を、左側が巨大な人形を従えた西洋ドレスの少女をそれぞれ捉えている。

 

対して、中央の頭は残る銀髪の男を視てはいない。その大口を僅かに開け、喉を鳴らすように顎を上げた。

その直後、両側の二つの頭が魔法を使う為に大口を開けた。

 

 

「『司令塔(ブレイン)』……、君だな」

 

 

不意に聞こえた男の声に、中央の頭はハッと顔を上げた。

 

ズンッ…!!! と、眉間に鈍痛が広がる。

思わず瞳を閉じた中央の頭は、霞む視界の中で己に剣を振り下ろす男の姿を捉えた。

 

 

しかし、刃の整っていない剣では肉を裂くには至らない。

……だがそれでよかった。

 

 

「やはりね」

 

 

『三種の神器』の内の一つを振るう道具屋の店主 森近 霖之助は、いつの間にか発動仕掛けていた魔法を止めて無意味に口を開閉するだけの両側の頭を見遣り、口角を上げた。

 

 

「よし!退いてろ香霖っ!!」

 

 

魔理沙は八卦炉を構え、三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の左上方から叫んだ。

それと同タイミングで、右側から大きな影が高速で動く。

大剣を構えたゴリアテ人形が、猛毒の血飛沫に構わず横一線に三つ並んだ巨首を切り裂いた。

 

 

「魔理沙っ!!」

 

 

アリスは巧みに指先を操り降り注ぐ毒血から人形を回避させると、もう片方の手に握る物を力強く引いた。

それは人形を操っている糸とは別の『糸束』。末端のもう一方は今し方攻撃の為に飛び出していったゴリアテ人形の片腕に繋がっており、鋼線の様に張り詰めた糸束は、首を裂かれて文字通り首の皮一枚で繋がっている三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の首を三本まとめて括っていた。

 

 

バツンッッ!!! と、今度こそ三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の首は三本まとめて宙を舞う。

再び毒蛇へと変貌する血飛沫が飛ぶが、その場にいた全員が既に回避行動を取った後だった。

 

 

「『ドラゴンメテオ』!!!!」

 

 

上空より極太の魔砲が降り注ぐ。

一見光の柱の様にも見えるそれは、一瞬で宙を舞う三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の首を飲み、空中の胴体部を巻き込んで地上へ叩きつけた。

 

 

「追撃だ!!」

 

「わかってる!!」

 

 

魔理沙は八卦炉に一層魔力を込め、両手と全体重で支えながら更に魔砲を打ち放つ。

 

 

───『マシンガンスパーク』。

 

 

立て続けに光の爆発が二度三度炸裂した。

 

 

 

……視界一面を砂塵が舞う。

 

 

 

「グル、ルルルルル……!」

 

 

地の底から響く様な、憤怒の混じった唸り声がその場を包んだ直後、

 

 

「ゴアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 

咆哮は砂塵を吹き飛ばし、上位の風魔法を思わせる程の突風を巻き起こした。

 

 

「ッ!?そんなのアリか……!?」

 

 

上空で逸早くその姿を捉えた魔理沙は額に汗を浮かべて呟いた。

一拍遅れて霖之助とアリスも同様に目を見開く。

 

 

「黒い……鱗?」

 

 

まるで黒曜石の様な光沢のある体表に加え、赤黒く光る眼光が三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の動きに合わせて軌跡を描いていた。

 

断ち切られた筈の首は繋がり、その風貌は以前よりも禍々しさが増している。

 

 

「体表を硬化させたのか?あれだけのマスタースパークで傷一つ入っていないなんて…!!」

 

 

そうして驚愕する間もなく次の動きがあった。

三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)中央の頭が喉を鳴らし、今度は三ツ首全てが大口を開ける。

 

 

キィィイイイイイッッ!!! と、それぞれの口に赤黒いエネルギーの塊が蓄積されていく。

三つのエネルギー体はやがて一つの巨大な球体を形成し、空間全体を震撼させた。

 

 

(マズいッ!?)

 

 

霖之助が直ぐさま二人を呼び戻そうと口を開いた瞬間、既にその少女等は後方まで下がってきていた。

 

 

「「あとよろしく!!」」

 

 

示し合わせたような見事なハモりっぷりに、やや表情を引きつらせながらも霖之助は剣を構える。

 

 

(……アレだけの規模、返せるか?)

 

 

思考する余裕はない。

 

一定の大きさに膨れ上がった赤黒いエネルギー体は、一拍置いて発射された。

 

その瞬間周囲の木々が薙ぎ払われる。

そして凄まじい圧迫感が押し寄せる中で、霖之助は剣を振るった。

 

刃の軌道上から同色の波動が打ち出される。

波と球体が衝突し、間近で大規模な爆発が起こった様な衝撃波と轟音が少女等の耳を叩いた。

 

 

「くっ!?やはり強い、な……ッ!!」

 

 

本来ならば同様の性質と出力をぶつけて相殺する『霧雨の剣』固有の力。

しかし、三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の放った赤黒いエネルギー体はまるで対象を侵食する様に蝕む特性があるようで、互いが互いに侵食し合い、中々打ち消すことができない。

 

何より『打ち負けることは無く』、『打ち勝つこともできない』、『同等の力』が仇になっていた。

 

 

「…の、野郎ォ!!!」

 

 

真後ろから衝撃が突き抜け、『霧雨の剣』の黒い波動と並ぶように魔砲が打ち出された。

頭上で炸裂した魔砲に髪先をチリ毛にされた霖之助は文句を言おうとしたが、彼女の行為が功をなし、出力を上回った『向かい火』は赤黒いエネルギー体を打ち消した。

 

 

「………まあ、結果オーライか。それと魔理沙、マスタースパーク(それ)を打つのは良いけど、ちゃんと使用回数の上限から逆算してるかい?」

 

「へ?……あ、ああ勿論!この霧雨 魔理沙、同じ轍は踏まないんだぜ」

 

 

そう言ってひっそりと使用回数を数え始め、危うく()()()()()()()()()少女を尻目に霖之助は今一度思考を凝らす。

 

 

(あの硬質化は魔法によるものか?どの道マスタースパークを跳ね返す防御力は厄介だ)

 

 

しかし、そこに一つの確証があった。

 

 

(だがあの瞬間、硬質化を使ったってことは少なくとも有効ではあるらしい。………()()()()()()()()()()()()()っ!)

 

 

となれば、当面の課題はあの体表を貫く手段だ。

現状ではマスタースパークを幾ら打ったところで傷一つ付けられないのだから。

 

 

ふと、アリスは白黒少女の持つ八卦炉を見つめながら尋ねた。

 

 

「ねぇ魔理沙。貴方お得意の魔砲、『スパーク』って付くくらいだから物体を伝導することは可能かしら?」

 

「伝導……?さあ、どうだろうか」

 

「二人共、作戦会議は一旦中止だ」

 

 

視線を変えずに耳だけを貸していた霖之助は会話を遮った。

ハッとなった二人の少女は、今にも魔法を発動せんと大口を開けている三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)を見遣り、直ぐさま離脱態勢に入る。

 

 

「続きは念話で知らせるわ!!」

 

「えーい畜生め!!」

 

 

直後に魔弾の嵐が殺到した。

再び弾丸飛び交う戦場の真っ只中へ飛翔した魔理沙等は、狙い撃ちにされないよう不規則に弾幕の隙間を潜り抜けていく。

 

 

「!?」

 

 

弾幕の一つが間近の木々に触れ、その部分が一瞬で消し飛んだ。……かと思えば被弾した地面の一部がどろどろに融解した。

 

 

(おいおい、今までの弾幕ごっこ感覚でやってたらあっという間にお釈迦だぞ…!)

 

 

『魔理沙、霖之助さん』

 

 

唐突に入ったアリスからの念話。

正直言ってあまり悠長に聞いている余裕がない魔理沙は、半ばヤケクソ気味になりながら返答する。

 

 

『ああもう!何でも来いやァァ!!』

 

 

 

──────

 

 

砲弾でもぶっ放したかの様な轟音と同時に、凄まじい速度で白い悪魔の身体は地面へ叩き込まれた。

 

 

博麗 暁美は拳を振り抜いた姿勢のまま深く息を吐いた。

 

未だ拳に残る確かな手応え。

防御はされていない。確実に決まった。

 

……にも関わらず、

 

 

「……()()()()

 

 

小さく吐き捨てられたその言葉が示す様に、舞い上がった砂塵から一つの影が立ち上がる。

影は当たり前の様に歩みを進め、再び博麗の巫女二人の前に現れた。

 

 

「凄まじく速い、そして重い一撃だった。さっきまでの軽い打撃とは別物だな」

 

 

サタンは淡々と口にする。

腹部には確かに『瞬閧』が炸裂した形跡がある。

だがそれをダメージとして数えていない。

 

 

「白々しい。だったらもう一発打ち込んであげるからちゃんと受けてみる?」

 

「おや、気付いたのか」

 

 

その隣で怪訝な表情を見せる霊夢へ、暁美は小さく呟いた。

 

………『博麗の加護が効いていない』、と。

 

 

暁美は背部から高濃度の霊力を発生させ、態勢を低く構えた。

 

それを見たサタンは薄く笑う。

 

 

「上、中、下段、どれが来ても対応できる構えということか。今更そんな対人用の武道(ゆうぎ)が通じるとでも?」

 

「遊びかどうか決めるのは後にしなさい」

 

 

言い終わるや否や、暁美の足下が凄まじい衝撃を受けて爆散した。

『瞬閧』による加速が彼女の身体を音速の数倍にまで引き上げ、振るう手足に大地を割る程の撃力を与えているのだ。

 

一瞬にして目の前から消失した暁美は、周囲に烈風を纏いながらサタンの背後をとった。

 

 

パパパパパンッッッ!!!! と、立て続けに空気の弾ける音が木霊する。

だが音速を超えて動いている彼女の姿は既にそこにはない。

サタンの周囲を回り込む様に、しかし一切の姿を見せず、残像だけを残して徒手による弾幕を打ち込んでいく。

 

 

「しっ!!!」

 

 

次の瞬間には白い悪魔が顎を打ち抜かれ宙に浮いていた。

 

 

刹那、宙に浮いたサタンを追い越し空中へ先回りしていた暁美の拳がその腹へ深々と突き刺さる。

 

 

───『四連発勁』。

 

 

 

サタンの身体がくの字に折れ曲がり、凄まじい速度で地面へ叩き込まれた。

 

 

 

「…………遊びかどうか決めるのは後にしろと言ったな?」

 

 

地面に身体をめり込ませたまま、サタンは淡々と口にした。その声色にはこれといって消耗した様子は感じられない。

 

やがて何事もなく上体を起こしたサタンは、静かに立ち上がると溜息を吐きながら身体についた砂埃を払った。

 

 

「未だ考えは変わらないが、それで終いか?」

 

 

言葉と同時にサタンの姿が消失する。

 

暁美の脇腹に鋭い一閃が走った。

 

 

「がっ!?」

 

 

急激に視界が振れ、気がついた時には身体が錐揉み状に吹き飛んでいた。

 

 

「俺は『武』を知らんが、こうして武を極めたであろうお前を()()()()()()()()()ことができる。故に、戦闘に於ける武道が理解できない」

 

 

脚を振り上げたままサタンは吐き捨てた。

視線の先では地面を何度も転がりながら、息も絶え絶えに態勢を立て直そうとする巫女の姿があった。

 

………突如視界の端が瞬く。

 

 

「『夢想封印』!!!!」

 

 

隣に立っていたもう一人の少女が巨大な陰陽玉を複数打ち出した。

煌びやかな光を発しながら殺到したそれは、間近にいた少女を巻き込む形で炸裂する。

 

 

「そこで転がっている巫女が言っていたろう?」

 

 

サタンは未だ終わらぬ光の爆発の中を構わず歩く。

 

 

「既に加護が切れている、と」

 

 

言って、少女の目の前に立った。

か細い首筋へ容赦なく鋭利な爪が振るわれる。

しかし、『夢想天生』の効力により一撃は透過して空を切った。

その余波によって、背景の木々や地面が砕き割れる。

 

 

「面白い術を使う。だが先程()()()()()()()()()()()、となればそれはお前固有の能力(ちから)と言うわけだ」

 

 

徐に白い魔手が伸び、掌から黒い炎が湧き出した。

 

唐突に冷ややかな汗が背を伝う。

 

 

「っ!?」

 

 

霊夢は反射的に飛び退いた。

 

そして異変に気付く。

髪飾りのリボンの一部が黒く変色していた。

 

『あらゆる事象から浮く』という影響は、身体だけでなく身に纏っている衣服にまで及んでいるはずなのに、だ。

 

 

「お前達程度では払うことはできんさ」

 

 

サタンが掌を掲げた。

瞬間、手中に収まっていた黒い炎が一気に20メートル近くまで膨れ上がる。

 

間隙はなかった。

まるで会話の一部と言わんばかりに、少女を確実に死に追いやるであろう火球が打ち出された。

 

 

「霊夢っ!!」

 

 

少女と火球の間に割って入ろうと暁美は全力で地を蹴った。

 

だがその直後……、

 

 

「!」

 

 

目が合った。

今まさに死が迫っている筈の少女と。

 

 

「…………ああ、わかったよ霊夢」

 

 

暁美は急遽方向を変えた。

 

伸ばしかけた掌が握り込まれる。

その矛先は……、

 

 

 

 

………衝撃が走った。

 

 

この場で起きたことは二つ。

 

 

一つは少女に差し迫っていた火球が、蝋燭の火を吹き消した様に消失したこと。

 

二つ目は悪魔が()()()()()()()吹き飛んだこと。

 

 

「な、に……ッ!?」

 

 

サタンは受け身を取ることも忘れ、仰向けで倒れ込んだ。頬がじんわりと熱い。その感覚自体、久しく感じていなかったものだ。

 

 

「漸く『1(ワン)ダウン』、貰ったわよ」

 

 

顔を刺す痛みと自身を見下ろす女の言葉で漸く気が付いた。

 

 

───()()()()()()()()()

 

 

(……加護は、打ち消した筈だ。何が…、)

 

 

上体を起こした視線の先で、淡い光に包まれている少女の姿があった。

その背後では薄っすらと人の形をしたナニかが佇んでいる様に見える。

 

 

 

「!」

 

 

ハッとなって掌を見遣る。

答えはすぐに出た。

 

 

「『神直毘神(かむなおびのかみ)』」

 

 

ふと、霊夢が口にした名前。

それはサタンの()()()()を弱めた『神』の名であった。

 

 

「そっちだけ何時までも無傷じゃズルいでしょ?」

 

 

霊夢は自身の『夢想天生』を棚に上げて言い放った。

 

彼女がその身に纏うもう一つの力。

『神』を己が身に降ろすことで、力の一端を使役・借りることの出来る神霊術。……その名を、

 

 

 

 

──────『神降ろし』。

 

 




※補足
香霖が持つ霧雨の剣の能力、『向(かひ)火』。
○刃に映した技や術の特性・威力を、振るった際に生じる波動に乗せて打ち出すことで()()させる。

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