東方万能録   作:オムライス_

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いよいよ霊夢 ・ 魔理沙戦共に大詰めです。


今回の投稿につきましては、前編と後編で分けました。


162話 月の増援 ①

扉は突然現れた。

 

重々しく巨大で、空中に浮かぶそれはゆっくりと開かれる。

中から顔を覗かせたのは無数の化物。

顔面を覆う髑髏が、そいつらを天使の軍勢だと認識させる。

 

 

「………()()()

 

 

紅魔の主は上空を見上げて呟いた。

今の今まで激闘を繰り広げていたその身体には痛々しい傷が刻まれている。

傷口には邪気が残留し、吸血鬼の治癒力をもってしても即時回復には至っていない。

 

傍に立つクリスタル状の翼を生やした少女は、同じくして負傷した傷を抑えながら臨戦態勢を取る。

 

 

「アレがお姉様の見た敵の大群?多いね」

 

「フラン、油断しては駄目よ。『数で押してくる奴等は、個体の力は弱い』って定説があるけれど、彼奴らはそこそこ強い個体の集まりだ」

 

 

音も無く……、紅魔のメイド長、門番、居候の魔法使いが付き従う様に並ぶ。

 

 

「レミィ、魔力の方は?」

 

「ふむ、疲弊に反して消費は少ない。……と言っても大半は残っちゃいないか。これも『奴』の血を取り込んだお陰かもしれないわね」

 

 

レミリアは紅霧に覆われた空を一瞥した。

 

時刻は昼時。

本来吸血鬼である彼女が活動するにはあらゆる制限を受ける時間帯であるが……、

 

 

「後は、()()がくるのを待つだけね」

 

 

十六夜 咲夜は手元の懐中時計に視線を落とし、一言告げた。

 

 

「お嬢様、間も無くです」

 

「……そうか」

 

 

紅魔の主はその体躯に不釣合いな翼を広げ、周囲に攻撃用の魔法陣を展開させると、口角を吊り上げて笑った。

 

 

「お前達、もう少し付き合ってもらうわよ。紅魔の力を奴等に示せっ!!」

 

 

直後に、空を覆う程の影が降り注いだ。

 

 

──────

 

 

各地で出現した扉だが、霧雨 魔理沙含む『魔法の森』の面々はそれどころではなかった。

 

空中に浮かぶ巨影、奮闘の末に倒したかに見えた大敵が、今まさにバラバラになった身体を再構築しているのだから。

 

 

「あれだけやって復活するのかよ…ッ!こちとらリミット超えてるってのにっ!!」

 

 

魔理沙の握り締めてる八卦炉は森近 霖之助の手によって改良されている。

以前と比べ、より多くの火力を発揮するだけでなく、八卦炉自体に掛かる負荷を軽減させることに成功していた。

 

基本状態は台座の付いた八角柱のフォルムだが、使用限界を迎えた際は上部が花弁状に開く。これは使用者の安全面を考慮した安全装置(セーフティ)だ。

 

 

「できれば安全装置(ああなる)前に決めたかったね。流石にバラバラになっても再生するのは予想外だったよ」

 

 

霖之助は額の汗を拭い、今一度『霧雨の剣』を握り直しながら呟いた。

先の疲労もあってか剣を握る手が僅かに震えている。

 

その傍ら、アリスから弱々しい声が掛かる。

 

 

「……他に、手立ては?」

 

 

見れば、その表情は明らかに狼狽している。

 

無理もなかった。

基本的に自作した戦闘用の人形を操り戦ってきたアリスだが、その殆どが再起不能レベルの損耗を受けている。

また、彼女は魔法使いでもある為、魔法による戦闘ができないわけではない。……が、逆を言えば魔理沙の様に火力に長けた魔法は使えない。

障壁や治癒魔法の心得はあるものの、目の前の敵が相手では効果は薄いだろう。

 

 

「あるにはある」

 

「!」

 

 

その言葉に思わず此方を向いた少女に対し、霖之助は冷静に見解を述べた。

 

 

「……そもそも再生と言うものは元の形から部分的な損失があった場合に行われるものの筈なんだ。だが彼奴の再生能力は常軌を逸している。それこそ、身体がバラバラになっても元通り修復してしまう程にね」

 

 

つまり、と霖之助は続ける。

 

 

「彼奴に勝つには消滅させるしかないと思うんだ。例え塵一つだろうと残さず()()()消し切る。その為には…、」

 

 

彼は一旦そこで会話を切り、上空の魔理沙に向けて指先を行き来させた。

その意図に気付いたアリスは直様『念話』を用いて三人の脳内を繋ぐ。

 

 

『魔理沙、もう一度君に魔砲を撃ってもらう。それもさっきのより()()()やつをね』

 

 

突拍子もない言葉だった。

第一に、魔理沙の持つ八卦炉は使用限界を超えて安全装置が掛かっている。

魔力の供給が絶たれている為、今となっては調理用の火すら起こすことができないのだ。

 

 

『ま、まさか今から八卦炉(こいつ)を弄って安全装置を外すとか?幾ら何でも無茶だぜっ!?』

 

『いや、その必要はない』

 

 

霖之助は一度深く息を吸った。

 

此処は魔法の森。

空気に混じった濃度の高い瘴気を身を以て感じることができる。

尤も身体には有毒故、唯の人間には耐え難い場所ではあるが、その瘴気が魔法使いの魔力を高める力も秘めている。

 

 

『間も無く発動するはずだ。八卦炉に施した()()()()()()()()がね』

 

 

 

 

ガチンッッ と、何かが作動する音があった。

発生源は魔理沙の手元から。

 

 

「これは……ッ?!」

 

 

─── 先程まで安全装置が掛かり花開いていた八卦炉は、淡い光を発しながら元の形状に戻っていた。

 

 

『詳しい仕組みについては割愛させてもらうよ。簡単に言えば其れは周囲の魔素、つまり瘴気を吸収して魔力源とする八卦炉のもう一つの形態だ』

 

 

一度三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)へ視線を転じると、既に身体の大半が修復を完了しつつあった。

霖之助は若干の焦燥感も交えながら次なる指示を飛ばす。

 

 

『魔理沙、よく聞いてくれ。その形状になった八卦炉は取り込んだ魔素の量に応じて火力を上げていく仕組みになっている。最大まで溜まれば()()()を帯びるだろう。それまではなるべく耐えてほしい』

 

『そ、そいつを打てば勝てるってことか?』

 

『……わからない。でも最大火力は通常時の出力を大きく上回る筈だ。…………後は、』

 

 

徐に、『霧雨の剣』の鋒が三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)へ向けられた。

見た感じでは身体の修復は完了してる様に思える。動かないのは爪先・鱗等の細部、或いは体内組織の再生が終わってない為か。

 

いつ動き出しても可笑しくはない状態……、

霖之助は一歩、二歩と前に出ながら言った。

 

 

『後は魔砲の威力を少しでも発揮できる様、奴を消耗させるだけだ…っ!!』

 

『な……っ!?まさか一人でやる気かっ!?』

 

 

当然と言えば当然の反応だった。

彼の持つ『霧雨の剣』にできることは、相手の攻撃に合わせて同出力の技を打ち出す返し技のみ。

唯振るっただけでは『都牟刈の太刀(つむがりのたち)』のように三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の硬化した鱗を斬り裂くことはできない。

 

 

『彼奴にギリギリまで接近し、敢えて技を受ける。後は向火の矛先を奴自信に向けてやれば、大なり小なりダメージは入る筈だ』

 

『無茶だっ!!お前が無事じゃ済まないだろっ!!』

 

『霖之助さん、もうまともに機能するゴリアテ人形もないわ。立ち回るにしたってそれじゃリスクが…!』

 

 

しかし遮るように、

 

 

『リスクの一つでも冒さなきゃチャンスは生まれないよ。彼奴に勝つには、これしかない』

 

 

彼の覚悟は折れなかった。

 

心の内で、いつも異変が起これば真っ先に飛び出していく男の姿が浮かぶ。

今回の異変前、ただ一言『頼む』、と握手を交わした友人との約束が思い出された。

 

 

昔から負けず嫌いで自信家、何をするにしても危なかしくて気が気じゃなかった少女と目があった。

 

 

(僕は、君が誰よりも努力家なのを知っている)

 

 

まだ幼い年頃の内から、大人でも危険とされるこの森に単身挑み、魔法使いを目指した少女。

切っ掛けこそ与えたものの、魔法の習得はその殆どが彼女の独学によるものだった。

そのたゆまぬ努力の日々を、彼はずっと見てきた。

 

だからこそ引けなかった。

そんな少女に武器を与え、勝敗を握らせているのは自分なのだから。

 

 

─── 命のリスクを冒してでも、この戦いを勝利へと導いてみせる。

 

それは断固とした決意だ。

 

 

「……、」

 

 

後方では、アリスも一つの決心をしていた。

 

 

(ごめんね、もう動けない貴女達を今一度戦わせることになる)

 

 

彼女の指先から伸びた糸が、力無く横たわるゴリアテ人形へ接続されていく。

その手には武器がない。腕そのものが消し飛んでいる個体まである。

其々が操られていると言うよりも、クレーンで吊り下げられているように浮遊する。

 

少しでも目の前の男のリスクを減らす為に。

 

 

 

 

(ちくしょう…ッ!)

 

 

魔理沙は八卦炉に視線を落としながら歯噛みした。

別に魔砲以外の攻撃手段がないわけじゃなかった。

だがそんなもの、あの巨体にとっては蚊の刺すような刺激にしかならない。

 

 

だからこそ彼はこう言っていた。

『使用を控えろ』ではなく、『耐えろ』と。

 

つまりそれは、()()()()()()()()()()()()好機が訪れるまでは攻撃に加わるなということ。

 

 

(早く、溜まってくれっ!)

 

 

ひたすら八卦炉の充填を待たなければならない現状が、どこまでももどかしかった。

本当なら今すぐにでも怨敵に向けてぶっ放したかった。

それでこの戦いが終わるなら。犠牲を出さないで済むなら。

 

 

「ちくしょうッ!!もし万が一の事があったら許さないからな…ッ!!!」

 

 

 

……直後、

 

 

霖之助は『霧雨の剣』を手に駆け出した。

 

 

(硬直している今の内に接近させてもらうっ!!)

 

 

アリスは複数の人形を飛翔させ、同時に自信も魔法陣を展開した。

 

 

(彼奴相手に幻視や障壁が通用するとは思えない。でもせめて混乱くらいはさせなきゃ……っ!!)

 

 

そんな二人の様子を目にした魔理沙は、未だ魔素を吸収し続ける八卦炉を敵に向けて突き出した。

 

 

(……悪い香霖、アリス。()()()の時があったら私は、八卦炉(こいつ)の充填を待たずに発射するかも知れない。だから……、死ぬなっ!!)

 

 

 

 

再び、三人の時は動き出した。

三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の合計六つの目が先頭を走る霖之助へ向けられる。

 

 

「グルルルルッ!」

 

 

中央の頭が喉を鳴らすように唸った。

 

瞬間、複数の魔法陣が展開された。

 

続いて魔法の嵐が迫る。

 

 

そして、

 

 

其々が覚悟を決めたその瞬間、三人の脳内へ唐突に割り込んできた声があった。

 

 

『手を貸しましょうか』

 

 

直後に連続的な爆発が起きた。

 

それは三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の打ち出した弾幕が着弾していく音。

 

 

「グ、ガ……ッ!?」

 

 

しかし、被弾したのは三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)自身だった。

 

 

 

「なっ、香霖…ッ!?」

 

 

魔理沙は真っ先に霖之助の姿を探した。

今相手の魔法がそのまま返ったように見えたからだ。

そんな芸当ができる人物は、この中では彼しかいない。

 

周囲を見渡し、三ツ頭の竜(アジ・ダハーカ)の前方100メートルの位置で、目印の銀髪頭を見つけた。

 

だが彼もまた、()()()()()()()()()()()()

 

 

『あら、貴女達まで困惑させてしまったかしら?』

 

 

再び脳内に響く知らない声。

 

なんの前触れもなく、その者は一同の中心に()()()()()

 

 

『初めまして、地上の皆さん。私 綿月 豊姫と申します』

 

 

腰まで届く金髪を靡かせ、白シャツの上に着ているサロペットスカートの裾を持ち上げながら、豊姫と名乗った女性は頭を下げた。

 

 

 

──────

 

 

霊夢はありったけの護符を展開し、白い悪魔の前に立ち塞がった。

背後に佇む神霊『神直毘神(かむなおびのかみ)』に意識を向ける。

 

この神は元々、黄泉の国から帰った伊邪那岐(いざなぎ)が行った禊により誕生した浄化の神だ。

本来ならば穢れが神格化した神 『八十禍津日神(やそまがつひ)』と『大禍津日神(おおまがつひ)』の穢れを清めるだけの力を持っているのだが…、

 

 

(飽くまで()()()()。私に付与される力は『増加』や『減少』と言った力の量に変化が生じない恩恵。だから奴の穢れを祓うためにより多くの力を要求することは出来ない)

 

 

しかし、現状の彼女にも戦う手段は残されていた。

 

 

いくら力の供給量は変わらないとて、強度を変えることはできる。

 

浄化の力を結界内の空間に充満させれば、それだけ強度は薄く、分散してしまう。

 

障壁や身体に纏わせれば、穢れの侵食から護ることはできるが、……『纏わせる』とは飽くまで物の表面上に膜を張ってコーティングしているのと同義である為、やはり強度的には薄いものになってしまう。

 

 

だからこそ、霊夢は『護符』を選んだ。

 

博麗の巫女である彼女が使用する護符は、魔を退け・厄を祓う力が付与された退魔の札。

 

同系統である『神直毘神(かむなおびのかみ)の力』と合わせることで、より強く浄化の力を引き出すことができる。

 

 

「それが唯の紙切れじゃないことはわかる。……が、当てられるか?お前に」

 

 

だがサタンは嘲笑い、ゆっくりと歩み寄る。

わかりやすく両の掌に黒炎を纏わせ、見せ付けるように横へ広げた。

 

 

「理解してないのなら教えてやる」

 

 

霊夢の視界からサタンの姿が消失する。

刹那、背中から心臓を刺し貫かれるような殺気が迫った。

 

 

「ッ!!?」

 

 

少女は振り向きざまに博麗の護符を射出した。

 

わかっている。

姿も気配も碌に捉えられずに撃った弾が当たるわけがない。

唯、牽制的にその場を離脱し、態勢を立て直す為だった。

 

 

「霊夢っ!…後ろっ!!」

 

 

暁美の叫び声。

 

しかし今度は振り向く時間すら与えられなかった。

 

 

「この戦い、お前達のどちらかが欠けた時点で勝機は無い」

 

 

背後から霊夢の顔を覆うように、黒炎纏った魔手が回される。

触れれば最後、少女は頭部から『穢れ』に侵食され、一瞬でその命を奪われてしまうだろう。

 

 

「……ッ」

 

 

正に喉元へ刃物を突きつけられた状態。

しかし霊夢は諦めていなかった。

手元で小さく印を結び、四方からサタンと自信を取り囲むように退魔の護符が配置させる。

 

 

「相打ち覚悟か?お前が死んだ後も札の効力が続くとは思えんが……、まあいい」

 

 

次の瞬間、護符が高速で射出された。サタンにとっては実に緩やかな速度だろう。

札が彼に届く前に何回死の魔手で少女の顔に触れられるか。なんなら『穢れ』の侵食を待たずして握り潰すこともできる。

 

視界の端ではもう一人の巫女が駆け出しているのが見えた。

だが急所ではなかったにしろ、その身に受けた『穢れ』によって、身体機能が以前の()()()()()()()()()()()()。到底間に合わない。

 

 

サタンは、確信を持って一人呟いた。

 

 

「任務完了」

 

 

 

その言葉と同タイミングで。

 

 

 

キンッッ!! と、神社の石畳を叩く一つの音が鳴る。

 

 

 

─── 直後、地面を突き破り、無数の刃がサタンを取り囲むように飛び出した。

 

突然の事で思わず動きを止めたサタンだが、

 

 

「しまっ…」

 

 

既に殺到してきていた札の弾幕が次々と着弾した。

 

光の爆発が何度も走る。

拘束の緩んだ隙を突いて、霊夢は前方へ転がるように離脱した。

 

 

「チッ…!」

 

 

まだ手を伸ばせば届く。

サタンは反射的に少女の背中へ魔手を振るった。

 

 

 

 

「動けば祇園様の怒りに触れる」

 

 

凛とした声。

 

その言葉が示す通り、自らの意志で動いたサタンの身体へ、突きつけられていた無数の刃が一斉に食い込んだ。

 

 

「……!」

 

 

しかし、鋒が彼の皮膚を貫くことはなく、結果的に上空へ押し出す形となった。

 

 

神須佐能袁命(すさのおのみこと)の垣が通らない、か。ただ単に頑丈という訳ではなさそうね」

 

 

その者の足下には、地面へ突き立てられている刀があった。

 

 

「誰だ貴様」

 

 

空中で静止したサタンは、新たな乱入者に若干の苛立ちを覚えながら問いかけた。

 

 

「月の使者」

 

 

薄紫色の長髪を後ろで束ね、白シャツの上からサロペットスカートを着た女性は端的に答え、徐に地面から刀を抜き放った。

すると突出していた刃は地中へ引っ込むように消失する。

 

 

 

「更に言うなら…、貴方の『敵』で、この子達の『助っ人』ってところかしら」

 

 




………アジ・ダハーカがもう完全に魔人○ウじゃん。




後編につきましては1〜2週間後の予定です。

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