東方万能録   作:オムライス_

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今回は戦闘回ではありません。

12月に入って今年も残り僅かですが、よろしくお願いします!


165話 蘇る月光

 

古来より、闇に包まれた地上を照らす月には特別な力……、即ち『魔力』が宿っていると言い伝えられてきた。

地方によっては『月を凝視すると気が狂う』とまで言われ、月光を浴びて変身することで有名な狼男もこの伝承からきているのかも知れない。

 

………まあ尤も、そんなジンクスが生まれたのは現代の月が創造(うまれて)からの話だが。

 

 

『月』と言うからには、その効果が発揮される時間帯は夜だ。更に言うなれば、満月の昇る十五夜が最も魔力を放出する時期となる。

 

しかし高すぎる魔力を放つ月光は浴びた者の気を狂わせた。

満月の欠けるその時まで無尽蔵に力が供給される為、力の弱い者は身体がついていかずに終いには自らを滅ぼしてしまう。

 

故に封じられた。

月の神の手によって。

 

斯くして、地上には安寧の月光のみが残された。

月の神は古来の月を禁術として閉じ込め、月の民に管理させてきた。

今となってはこの月の存在を知る者も古参のものに限られ、万が一発動できる者となれば更に限定されてくる。

それこそ月の軍上層部に属する一部の術師か、()()()………………。

 

 

──────

 

 

 

命蓮寺の大部屋。

黒髪ショートの少女、封獣 ぬえは血相を変えて戸を開け放った。

室内を見渡し、そこに座している人物に向かって叫ぶ。

 

 

「星!来たよ、敵の大群だ!!」

 

 

その瞬間、大きく騒つきだした室内を見て、ぬえは思わず口を紡いだ。

現在此処命蓮寺では、非戦闘員である人里の住人を保護している。

法術による結界が外面を囲うように張られ、拡張された室内には命蓮寺の面々を始めとする多くの住人が身を潜めていた。

 

途端に狼狽が広がり始めた室内に、凛とした声が響く。

 

 

「皆さん、どうか落ち着いてください」

 

 

そうして立ち上がったのは、髪色と腰巻の配色が虎をイメージさせる僧侶、寅丸 星(とらまる しょう)

彼女は現在戦いに出ている住職の聖 白蓮(ひじりびゃくれん)に代わり、この場の主導を一任されていた。

 

星は未だ興奮気味のぬえを諭すようにして、報告の先を促す。

 

「ぬえ、慌てずに報告を。外の状況を正確に教えて下さい」

 

「えーっと、空にどでかい扉が出てきて……、そっから骸骨頭の奴らがうじゃうじゃ湧いてきた」

 

「……その者達は()()()()()()()に気付いていましたか?」

 

「うーん、どうだろう。でも上手く言えないけど……何かこう、敵意みたいなのは集中せずに分散してる感じだったかな」

 

 

ぬえは首を傾げつつ答えた。

現状彼女が命蓮寺に仕込んだ『種』により、外観に対する認識を弄っている。

過去に聖救出の為に向かった魔界から脱出する際にも使用された、一種のカモフラージュだ。

 

尤も、溢れ出た髑髏の化物等にどう見えているかは定かではないが。

 

星の傍に座る妖怪鼠の少女、ナズーリンは、外の気配に耳を傾けながら思案する。

 

 

「ご主人様、認識を誤魔化せているなら今の内に」

 

「そうですね」

 

 

星は大部屋の外と内に配置していた命蓮寺の面々を呼び出した。

 

新たに集められたのは、水兵服姿の少女、紺色の頭巾を被った僧侶、桃色の雲で構成された老人、小豆色のワンピースを着た犬耳少女だ。

 

その中でも犬耳の少女、幽谷 響子(かそだにきょうこ)は、敵の襲来に萎縮しているのか小さな身体を小刻みに震わせている。

 

 

「響子、大丈夫ですか?」

 

「は、はい……!あの、やっぱり戦わなくちゃ駄目です、よね?」

 

 

俯く犬耳少女の頭へそっと掌が置かれた。

少女がはっと顔を上げると、目の前には雲男を従えた雲居 一輪(くもいいちりん)がいた。

彼女は穏やかな表情のまま告げる。

 

 

「安心なさい。貴女は大部屋(ここ)でこの人達に付いていてあげればいいわ」

 

「まっ僧侶の私達が言うのも難だけど、戦闘の方は任せときなさい。寺の中には一匹たりとも入れはしないから!」

 

 

小さめの帽子を被り直し、村紗 水蜜(むらさみなみつ)も続けて響子の頭を撫でた。

 

徐々に命蓮寺周辺の空気が重くなるのを一同は感じ取っていた。

いくら外観を誤魔化したところで、寺内に身を隠している住民の気配までは消すことは出来ない。

化物の軍勢が匂いを嗅ぎつけ、襲撃してくるのも時間の問題だ。

 

 

()()()が現出するまで残り僅か。それに不鮮明にしている命蓮寺(ばしょ)から私達が出て行けば敵の注意も誘導できる。戦闘が始まったら各人必ず二名以上で動くことを忘れないように」

 

 

まるで作戦前に命令を徹底する軍人のように、星はてきぱきと指示を飛ばした 。そして懐から手の平サイズの『宝塔』を取り出すと、いの一番に大部屋の扉を開け放つ。

 

 

「聖の留守は私達が守ります」

 

「……………ッ!」

 

 

部屋を出て行く皆の背中を、響子は黙って見送っていた。その光景が最後にならないことを祈りながら。いざとなったら自分も飛び出していく覚悟で。

 

 

──────

 

 

幻想郷全域に魔狼の如く咆哮が木霊する。

各地域に出現した巨大な扉は既に開け放たれ、中から無尽蔵に湧き出る髑髏の化物達が次々とこの地に投下されていく。

 

仮にこれが空襲のような物言わぬ爆弾であったならまだマシだった。

各地に展開された結界がそれ等を跳ね除け、屋内で身を潜めているだけでやり過ごすことが出来る。

 

だが化物共は自分の意思で動く。其々が天使からの勅命を受けており、明確な指向性と悪意を持って獲物へと迫るのだ。

更に今回投下されていく化物の個体による強さも以前と比べて飛躍的に上がっていた。

少なくとも、並の妖怪程度では歯が立たないレベルの大群だ。

 

各地の猛者達も、先の戦闘で傷付き疲弊している。大なり小なり消耗戦を強いられるだろう。

 

 

そんな最中、幻想郷の名医である八意 永琳は地面に展開された六芒星の陣、その光の中に佇んでいた。

 

 

(少し、手間取ったかしら)

 

 

彼女が展開中の術式は、あるものを召喚する秘術だった。

それは以前幻想郷中を混乱に陥れた狂気の象徴。月の軍の上層部、その一部の者が目論んだ計画の核となった術式。

 

魔を秘めたる者に力を与え、代償として理性を狂気の渦に引き込む古来の月。

 

 

───『狂 月』

 

 

今まさに永琳が行っているのは、狂気の月を呼び出す為の召喚術式だ。

 

 

(幻想郷勢力の大半を占めるのは妖魔の類。戦闘によって消耗した力も、『狂月』の影響で補強される。目には目を、力には力をってとこかしら)

 

 

一時の力を得る為に身体を酷使し、受け入れた力によって食い潰される。

理性の弾けた獣に敵も味方も関係ない。

 

目に映るもの全てを拒絶し、壊して、蹂躙する。只々溢れ出る己の力に酔いしれながら、命尽きるまで闘い続ける狂戦士(バーサーカー)へと成り下がるのだから。

 

 

(貴方達には悪いけど、もう少し戦ってもらうわよ)

 

 

永琳は躊躇せず、最後の術式を組み上げた。

後は上空に続く光の柱を介して発動させるだけだ。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

永琳は一拍おき、凛として天を仰いだ。

 

直後、地上から天に掛けて聳える光の柱を、一層強い閃光が上騰した。

 

 

空を妖艶な光が覆う。

 

それは幻想郷を起点に発動した為か、普段のものよりやたらと巨大に見える天体。

 

 

しかし、この月の事を知る者、初見の者共にもしこの場に居たならば感じるであろう疑問がそこにはあった。

 

 

『狂』月などと呼ぶには些か狂気が足りないのではないだろうか?

それこそ本能に直接訴えかけるような、欲望や衝動といった感情の高ぶりが抑制されているような、もっと言えば狂気へ引き込もうとする干渉力が弱い……?

 

 

 

 

 

………時同じくして、上空に現出した月を見上げていた地上の妖怪達は、湧き上がる力をその身に受け、不敵に笑った。

 

 

………月光が届かぬまでも影響が大地に浸透して降り注ぐ地底にて、星熊 勇儀を始めとする鬼達はじんわりと広がっていく活力に、高揚を覚えた。

 

 

その誰もが()()()()()、迫り来る絶望の使者に臆する事なく言い放つ。

 

 

───『かかって来い』、と。

 

 

 

本来月は夜に輝くもの。

夜にこそ、本来の効力を発揮するのだ。

 

ならば昼間に見える月に輝きはあるか?

 

それは答えるまでもなく、今この瞬間に現実となって体現された。

 





今更ながら狂月って安易な名前だなぁ。酒の名前みたい。

次回の投稿は、なんとか年内におさめたいと思います。
変更等あった場合は活動報告に載せますので気が向いたら読んで下さい。

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