東方万能録   作:オムライス_

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昼間に現出した『狂月』に理性を失わせるだけの魔力はない。
故にその魔力を取り込んだからといって、爆発的に戦闘力が向上することもない。

だが疲労困憊の者が引き続き戦場に立つだけの活力を回復させることならば可能だ。
未だ潰えぬ闘争本能を燃焼させ、幻想郷の戦士達は迫る大敵へ立ち向かう。



166話 背負った重み

顔面が髑髏に覆われた化物は、爆発的な脚力を持って地面を踏み砕き迫る。

一度加速すれば天狗にも引けを取らず、振り降ろす腕や脚の一撃は大木をへし折り、岩盤を砕いた。

 

幻想郷全体を標的とした無差別殺戮。

それが彼等に与えられた唯一無二の命令だった。

 

 

「!」

 

 

化物の一体が前方に人影を見つけて足を止めた。

視線の先では金髪のメイド服を着た少女が背を向けて立っている。

 

それは彼がこの地に降りて最初に発見した獲物だった。

 

にちりと湿った音が鳴り、化物は髑髏の内側で加虐的な表情のまま口角を吊り上げた。

 

 

「…………」

 

 

化物は我慢出来ずに地を蹴った。

 

 

後続の仲間に蹴り上げた土砂が掛かるのも構わず、我先に少女へ飛び掛かり……、

 

 

「あっ、来た」

 

 

聞こえたのはそんな間の抜けた声だった。

 

 

「?」

 

 

突如、頭部に浮遊感を覚え、首から下の感覚が消失する。何が何だか分からないまま、化物の意識は永久に闇へと沈んだ。

 

ごとりと地面に落ちた頭を、少女は乱雑に掴み上げて呟く。

 

 

「なーんだ、弱っちい」

 

「夢月、汚いから素手で触らない」

 

 

その傍らに立つ天使の様な純白の翼を生やした少女は、妹の行動を咎めつつ周囲を見渡した。

 

 

「とは言え囲まれたわね」

 

 

既に両の指では数え切れない量の気配が、二人の少女を取り囲む様に散在していた。

 

その様子を知ってか知らずか、夢月と呼ばれた少女は『鋼鉄の刃』に変化させていた腕を元に戻しながらぼやく。

 

 

「でも幻月姉さん、折角あの丸っこいやつでパワーアップできたんだからもっと試したい」

 

「はいはい、別に我慢しなさいとは言ってないでしょう?」

 

 

周囲の空間を歪めながら、幻月はぱきりと指を鳴らした。

此方はたった二人なのに対し、敵は多勢。

 

思わず背後の神社へと意識が向く。

 

 

つい先程まで轟音が絶えなかったあの場所も今では静寂に包まれていた。

あのとんでもない魔力を放っていた悪魔も倒されたのだろう。空高く聳える結界もあってか、巫女の少女等の下までまだ化物達は到達出来ないでいる。

 

今一度、自分達に与えられた使命を思い出した。

 

 

(全く、私達を番人に使うなんて……)

 

 

不満気な表情を作りながら、幻月は飛び出してきた一匹を空間ごと破裂させて物言わぬ骸へと変える。

その光景がより一層化物等を興奮させた。

髑髏の向こう側で血走った瞳をギラつかせ、ほんの少しの物音で一斉に殺到しかねない緊張感が漂い始める。

 

 

(でもある意味重要ポジよね。なるべくなら攻撃して欲しくないんだけど……、)

 

「よっしゃ」

 

 

傍では小さく呟いたメイドもどきの妹が、刃に変えた両腕を頭上でがちがちやりながら何かを叫ぼうと大きく息を吸っている。

 

 

「ばっちこぉぉぉぉぉいッ!!!」

 

 

斯くして、化物等は濁流の様に押し寄せた。

 

 

 

 

─────────

 

 

 

それは膨大な量の水だった。

どこからやって来たのでもなく、虚空より突如生み出されたそれは、国一つを軽く丸呑みにせんとする規模で襲い掛かる。

 

 

「…」

 

 

標的となった一人の男がとった行動は、その場から一歩も動かず、ドアをノックする様な動作で巨大な津波へ裏拳を放っただけ。

瞬間、押し出された拳圧は凄まじい破壊力を持った空気の弾丸へと変わり、天高く伸びる水の壁の中心へ風穴を開けた。

左右へ割れるように退いていく圧倒的水量はその場に止まることなく、遥か遠方まで流れていく。それだけでこの異空間の広大さが伺えた。

 

 

「ちっ」

 

 

天変地異クラスの猛威を何気無しに退けた柊 隼斗は、津波によって濡れた衣服を鬱陶しそうに払った。

 

 

「ふふっ」

 

 

その頭上をとったのは、対峙する死の天使サリエル。不敵な笑みを零し、青白く迸る掌を隼斗へと向けた。

 

 

耳を劈く轟音が聞こえたのは事が起こった一瞬後。

 

隼斗の脳天へ落とされたのは大規模な落雷だった。凄まじい雷光を放ちながら、水で湿った身体を容赦なく突き抜けていく。

 

 

「眩しいっつーの」

 

 

声はサリエルの後ろから発せられた。

彼女が振り返るよりも早く、男の指先が顳顬(こめかみ)に触れる。

 

 

───『白雷(びゃくらい)』。

 

 

先程と同様青白い閃光。

唯一違うのは、それが一直線に伸びる雷の光線だったという事だった。

 

詠唱の破棄どころか、無詠唱での破道。

それも数字が大きくなればなるほど強力になる、一から九十九まである内の僅か四番台。

 

通常なら精々人の腕程度の幅の雷を放つ術であるが、彼の放ったそれは大木を縦に丸々飲み込んでしまうほどの規模。

 

当然、零距離から受けたサリエルの脳内は一瞬で沸騰し、身体中から青白い光を放ちながら消し炭と化す。

 

 

「!」

 

 

宙を舞う灰。

だがその一つ一つが元の形を取り戻すべく膨張し始めた。

 

 

「はぁい♪」

 

 

おちゃらけた様子で手を軽く振り、一瞬で増殖した死の天使は、間髪入れずに再生した六枚の翼を振るう。

 

 

「六枚……、掛・け・る五百は?」

 

 

そう問いかけた瞬間には、既に音速の数十倍の速度で殺到する三千の翼が攻撃を開始していた。

 

 

()()()()()()()()?」

 

 

そう返答があったのもまた、反撃が全て終わった直後。

サリエル本体、そして一人頭六枚の翼、計 三千五百 個の的へ、的確に一発ずつの拳が打ち込まれていた。

 

 

「嘘っ、さっきより断然速い……」

 

 

 

 

「いい加減終わらすぞ」

 

 

隼斗は痺れを切らしたように吐き捨てた。

肉塊となって消失していく分身に混じり、未だ再生途中のサリエルへ一気に詰め寄る。

 

 

「うっ……」

 

 

天使の腹を再び拳が貫通した。

そして隼斗は腕を引き抜く際、縛道(ばくどう)による封を施す。

 

 

「縛道の九十九『禁』」

 

 

サリエルの風穴が開いた腹部を中心に、術で生み出されたベルトと鋲が出現。その身体を縛り付ける。

 

 

「何を……?」

 

「……」

 

 

その問いに彼は答えない。

口にするのは天使を封ずるための言霊のみ。

 

 

「縛道の九十九 第二番

─── 初曲 『止繃(しりゅう)』」

 

 

霊力で構成された帯状の『布』が、サリエルの身体に巻き付き地面へと縛り付ける。

 

 

「弐曲『百連閂(ひゃくれんさん)』」

 

 

地に落ちた身体へ幾十もの杭が突き刺さり、完全に縫い止める。

 

 

 

そして続く最終局面、隼斗は掌を合わせて地面へ叩きつけた。

 

 

 

「─── 終曲『卍禁太封(ばんきんたいほう)』!!!!」

 

 

空中に卍模様の刻まれた巨大な四角柱の碑石が出現。

それは重力とは違う力に引かれ、拘束したサリエルへ降り注いだ。

 

一つの轟音。

ここが大地の存在しない異空間でなければ、地中深くまで食い込んでいたであろう衝撃が走る。

 

 

「こいつは『縛道』だが、封じる力が強過ぎて対象を圧殺しちまう。博麗(あいつら)にも教えなかったとっておきだ」

 

 

隼斗は血溜まりの広がっていく碑石を眺めながら呟いた。

そして徐に空間に浮かび上がっているモニターへ視線が動く。

 

幻想郷の中継映像だ。

巨大な扉から無尽蔵に湧き出る異形の存在。

対峙する幻想郷の住民達。

 

 

「……」

 

 

博麗神社の様子もあった。

戦いを終えたばかりなのか、巫女二人の疲労の色は濃い。特に暁美は辛そうに膝をついている。

 

今戦闘に於いて、幻想郷を護る要となるあの場所は、賢者である八雲 紫と共に彼が作り上げた結界によって護られている。

結界にはとある特殊な細工が施されており、それは『境内に侵入することの出来る人数を限定し、それ以外を弾き出す』と言ったもの。

 

これによって外からの援護が受けられない代わりに、敵に増援を呼ばれることもない。

だが飽くまで結界。外からの強い圧力を受け、許容応力を越えれば忽ち破壊されてしまう。

 

 

その為の悪魔姉妹だ。

襲撃前に彼女らには隼斗が直々に作戦を伝えていた。

 

内容は単純明快。

 

─── 博麗神社周囲の敵の殲滅。

 

尤も、本来なら幻想郷とは無関係の彼女等には協力する筋合いはないのだが、()()()()()()()()()()()()隼斗の説得により、協力を仰ぐことができた。

 

 

詰まる所、幻想郷を覆う結界は博麗神社を起点に展開されている。

彼処が落とされれば、博麗大結界は崩壊する。そうなれば幻想郷はその存在を保てず、天使による被害は幻想郷外部にも雪崩れ込むことになるだろう。

 

だからこそ彼は救援の要請を惜しまなかった。

 

モニター内で高速で動く影が二つ。

それは蔓延(はびこ)る化物等の間を駆け抜け、その全てを斬り伏せていく。将又その身に雷を纏い、近付く怨敵を消し炭に変えていく。

 

 

(頼むぜ……、妖忌、依姫)

 

 

隼斗はモニターから視線を外し、再び碑石を睨みつけた。

先程と変わらぬ惨状。だが彼の反応は至って冷め切ったものだ。

 

 

「……で、いつまでそうしてる気だ?」

 

 

ぐちゃり と、湿った音が聞こえ、沈黙は破られる。

地面に広がった血溜まりは一瞬にして消失し、後に残った碑石が音を立てて崩れ去った。

 

 

「あら、てっきり勝った気でいると思ってたからもう少し余韻に浸らせてあげようとしたのに」

 

 

くすくすと嘲笑を零し、死の天使は隼斗の背後を取っていた。

振り返ることのないその背中へ、何がそんなに楽しいのかサリエルは笑みを絶やさず続ける。

 

 

「大体貴方が言ったのよ?『終わらせる』って。まっ、結果は残念だったけど」

 

「……」

 

 

隼斗から反論は返ってこない。

代わりに懐から一枚の護符を取り出して見せた。

 

 

「?……何かしら、それは」

 

 

たった一言、彼は呟く。

 

 

「『終わり』だよ」

 

 

直後だった。

その場の二人以外何も存在しない筈の異空間に、眩い光が差し込んだ。

まるで卵の殻を破るように、空間全体が音を立ててひび割れていく。

 

 

「なっ……!?これはッ!」

 

 

サリエルから初めて狼狽気味な声が漏れた。

 

 

「ふっ」

 

 

その様子を隼斗はほくそ笑んだ。

 

天使が崩壊を止めようと動き出した頃にはもう遅い。

 

─── ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

─────────

 

 

幻想郷上空。

そこに降り立つは一柱の神。

 

 

彼女の名は『龍神』。

 

頭に鹿のような角を生やし、髪と瞳が真紅色に包まれたこの世界の創造神だ。

 

 

「頃合いか」

 

 

眼下から沸き立つ殺気の混じった喧騒に耳を傾けながら、彼女は掌を翳した。

そしてこの世界とは遠く離れた場所、即ち『魔界』へと念を送る。

 

 

『準備は?』

 

『いつでも』

 

 

聞こえてきた若干陽気混じりの声。

彼女も龍神と同じくして魔界の創造神、名は『神綺(しんき)』。

 

世界を統べる彼女等に取って、互いの距離などあってないようなもの。

二柱の神は其々の『創造神』たる力を注ぎ込み、一つの球体を創り出した。

 

 

『本当にいいの?』

 

『何が』

 

『彼、戻れなくなるわよ』

 

『知らん、奴が決めたことだ』

 

 

龍神は鬱陶しそうに念話を切ると、掌に浮かぶ球体を握り込んだ。

 

………先程から不機嫌気味な彼女の心境は定かではないが、たった一言呟かれた言葉があった。

 

 

「……馬鹿者め」

 

 

 

─────────

 

 

「ここは……?」

 

 

自身が創り出した異空間が崩壊し、彼女が瞬きした瞬間には景色は変わっていた。

 

何もない、ただ只管(ひたすら)何も存在しない真っ白な世界が広がっていた。

 

 

「!」

 

 

不意に違和感を覚え、サリエルは掌へ視線を落とした。

 

 

「なっ…」

 

 

ぴしりっ……と、まるで欠けた陶器の様に指先から亀裂が入っていた。

掌だけじゃない。僅かではあるが、その影響は確実に身体全体に及んでいる。

 

 

「この世界では()()()()()()()()()()

 

 

 

ぴしゃん と、水面に水滴が落ちる音が異様に響き渡った。

直後、白一色の世界に波紋が広がり、天も地も水鏡の様に変化する。

 

 

 

彼も同様にその場に立っていた。

 

 

「言ったはずだぜ、サリエル」

 

 

隼斗の足元からドス黒い力が昇り始め、身体に巻き付いていく。

 

その光景に見覚えがあった。

 

 

 

(まさか……っ!?)

 

 

 

 

まるで、

 

それはまるで……、

 

 

 

《─────終わらせるってな》

 

 

エコーのかかった声。

そう吐き捨てた男の顔は、髑髏状の仮面に覆われていた。

 

 




何とか間に合いました!今年最後の投稿です。

暫くの間ログアウトしてた悪魔姉妹もやっと出せました。

東方万能録も今年で3年目になりましたが、来年には書き終えることが出来そうです。

今年1年お疲れ様でした!!来年もよろしくお願いします!!

よいお年を!!!


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